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2019/05/31

ボクの友人も両親から捨てられた子だった

一時期、会社の同僚で今も親しく付き合っている友人Aさん。未だお互いが20代だった頃、初めて彼から身の上話を聞かされた。
それは終戦から間もなくの時代に、彼の父親が殺人を犯し刑務所に入ってしまった。母親は他に男を作り育児放棄だ。Aさんとその姉は食べるものが無く栄養失調になり、姉はそのまま餓死してしまう。残されたAさんも痩せた身体にお腹だけ大きく膨らんだ危険な状況になっていた。
幸いにも、伯母さんがAさんを見つけて家に引き取り、自分の子として育ててくれた。
Aさんはこの話を淡々と語ってくれたが、聞いていたボクは泣いた。彼にそれほど辛い過去があるとは知らなかったのだ。
一度だけAさん宅を訪れ、伯母さんに出会ったことがあるが、とても優しそうな人だった。彼は幸せだと思った。
Aさんが偉いのは、後年出所してきた父親を引きとり、最期を看取ったことだ。なかなか出来る事じゃない。

報道によれば、川崎市登戸殺傷事件の岩崎隆一容疑者も、幼い頃に両親から捨てられ伯母夫婦に引き取られたとのことだ。Aさんとは異なり、伯母夫婦に実子がいたこともあって、より辛い人生を送ってきたのだろう。
Aさんと岩崎容疑者、それぞれの人生を改めて考えてみた。

 

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2019/05/30

「三遊亭歌太郎 独演会」(2019/5/29)

「初歌」
日時:2019年5月29(水)19時
会場:らくごカフェ
<  番組  >
三遊亭歌太郎『代脈』
三遊亭歌太郎『たがや』
~仲入り~
三遊亭歌太郎『子別れ・下』(ネタ下ろし)

何とか言う噺家がTVでコメンテーターをやってるそうで、先日の登戸の殺傷事件について「死ぬなら一人で死んでくれ」なんて、おバカなことを喋っていたらしい。ああいうのは落語家の面汚しだ。

神保町にある「らくごカフェ」、一度行ってみたかったので、29日の歌太郎の会に出向く。40席位のキャパだが、一杯の入りだった。
いつもの事だが、開演前に周囲の客の会話に耳を傾けると色々参考になる事がある。
当方も一応は落語好きの部類に入るだろうが、ハードなファンの前では前座に等しい。会話の中身を聴いていても、マニアック過ぎてとても付いて行けない。
さて、来春の真打昇進が決まった歌太郎がどんな高座を見せてくれるか。

歌太郎『代脈』
こういう会だと、マクラと言うよりは親しい人に世間話をするような雰囲気になっている。それが又ファンには魅力なんだろう。
師匠や自分の病気や入院のことを話題にしていたが、喬太郎の膝について心配していた。確かにあの座り方は、膝が相当悪いんじゃないかと私も心配している。
主人公の銀杏を、愚かだが愛すべきキャラに描いていた。

歌太郎『たがや』
マクラで、掛け声について触れていたが、新派では名字で掛けると、そこまでは良かったが、「辰巳!」ってそれは新国劇だろう。なお、新派でも喜多村緑郎の様に「緑屋!」と屋号で掛ける場合がある。
余談だが、近くの席に歌舞伎に詳しい方が会話していて、歌舞伎の大向うの掛け声を練習する会があるようだ。確かに歌舞伎座の大向うの掛け声は相当訓練していないと無理だ。国立劇場の歌舞伎で、下手な掛け声でぶち壊している客を見かけるが、あれはやめて欲しい。
さて歌太郎の『たがや』だが、通常はたがやが押されて尻餅をつき、持っていたたがが外れて殿様の笠を飛ばしてしまい、家来が怒ってたがやを手討ちにするという運びになる。
歌太郎の高座では、たがやが押されて行列の前に出て来たので、手討ちにするという運びにしていた。しかし混雑している橋の上で行列の前に出ただけで手討ちになるだろうか。この設定は疑問だ。
たがやの啖呵や、周囲の町人の反応は良く描けていた。

歌太郎『子別れ・下』
ネタ下ろしだった。独自の工夫は、冒頭で番頭が熊と分かれた女房のとこを訪ね、熊との再婚を勧める場面を置いたことだ。つまり、この後で熊と子どもの亀吉との再会は、番頭がセッティングした様な形となっている。また、この場面を置くことにより『子別れ・中』の説明にもなっている。歌太郎によれば、二人の再婚は周囲の人たちの祝福で行われた事を強調したかったと述べていた。
この演じ方の欠点は、母親が亀吉から熊の様子を訊きだすのだが、実は既に番頭から聞かされていたのだ。この部分が不自然になってしまう。
反面、母親が鰻屋を訪れ熊と再会を果たす段階では、既に熊との再婚の覚悟は決めていたことになり、流れは自然体となる。
議論の分かれる所だが、こうした新たな試みは評価してよい。

 

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2019/05/28

なんとも痛ましい「川崎市・登戸殺傷事件」

5月28日午前7時45分ごろ、川崎市多摩区登戸新町の路上でスクールバスを待っていた小学生らに男が近づき、刃物で次々と刺した。小学生16人と近くにいた成人2人の計18人が襲われ、小学6年生の女児と別の小学生の保護者とみられる30代男性の計2人が死亡。40代女性1人、小学生女児2人の計3人が重傷を負った。110番で駆けつけた神奈川県警の警察官が、刺したとみられる男を確保。男は自分の首を刺しており、搬送先の病院で死亡が確認された。現場の状況から通り魔事件の可能性があり、県警は殺人の疑いで捜査している。
現場は小田急線登戸駅の近くで、県警によると同駅から北西に約1・5キロにある「私立カリタス小学校」(川崎市多摩区中野島)のスクールバスを待っていた小学生らが襲われたとみられる。

なんともやりきれない事件がまた起きてしまった。
私はおよそ50年前に結婚して実家を出るまでは、近くの中野島に住んでいて、通勤で毎日登戸駅で南武線から小田急線に乗り換えていた。その後も年に数度は実家を訪れていて、その度に登戸駅を通っていた。
カリタス小学校は当時は畑の真ん中に校舎があり、電車の中からもよく見えていた。長閑な土地柄で、こんな惨劇が起きるなど想像もつかない。
犯人と思われる男は死亡したと見られ、事件の解明は困難が予想される。
今は、亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、怪我を負われた方々の一日も早いご快癒を祈るばかりだ。

 

 

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「ふるさと納税」なんて、やめちまえ!

「ふるさと納税」というのは、寄附金税制の一つで、「納税」という名前だが制度上の実態は「寄付」である。
個人が希望する自治体に寄付をして、その寄付金額を現に居住する地方自治体へ申告することにより寄付分が控除できる仕組みで、「ふるさと寄附金」とも呼ばれている。
災害にあった自治体や、自分が生まれ育った自治体に本制度を使って寄付をすることは意味のあることだ。制度の発足当時は、そうした観点から賛成した人もいただろう。
しかし、様相が一変したのは「返礼品」の登場だ。
自治体によっては、高額な返礼品を売り物にして寄付を集める手法をとるケースが現れた。「ふるさと納税」を利用し高額な返礼品を受け取れば、実質的に税金の還付が行われることになる。
その結果、運用当初からしばらくは100億円程度の規模で推移していたが、第2次安倍政権が発足し菅義偉(本制度を発足させた際の総務相)が官房長官として辣腕をふるいだすと金額は急増し、2017年度には3653億円に達した。
「返礼品」目当てに金額が一気に増えたのだ。

だいたい、寄付に返礼品を贈るという自体がおかしいのだ。
私も災害や福祉関係で年に2,3度は寄付をしているが、受け取るのは礼状だけだ。寄付ってもんは、そういうもんだろう。
返礼品を目当てなら、それはもう寄付の範疇を超えている。
制度の欠陥は当初から指摘されていたが、現状では
・返礼品の過当競争(寄付に見返りを求めるという社会精神の崩壊)
・都市部自治体の税収減(行政サービスを受ける住民が税を負担する「受益者負担の原則」からの逸脱)
・「ふるさと納税」サイトの乱立により、業者が税金の上前をはねる事態になっている
など、まさに稀代の悪法といって良い。
こんな「ふるさと納税」なんて、さっさとやめちまえ!

 

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2019/05/27

「トランプ大統領」なんのための大相撲観戦

5月16日、トランプ米大統領とメラニア夫人、安倍晋三首相と昭恵夫人が、大相撲夏場所の千秋楽を観戦した。
スポーツ観戦では、競技の進行を妨げないことが最低のマナーだ。
そうした点からすれば、今回の大統領と首相の観戦は大いに疑問だ。
先ず、再三言われていたことだが、なぜ2階正面の貴賓席を使えなかったのかだ。トランプがどうしてもマス席での観戦を希望してというなら、通常通り座布団に座って貰うしかない。それをマス席でソファとは、あまりに我がままというものだ。

入場を最後の5番の取組とした意図も分からない。こんな事をすれば、進行の妨げになることは分かり切っていたはずだ。
出来れば仲入り、それも難しければ幕内の前半と後半の間の休憩に入場すべきだった。それも叶わぬなら、せめて三役揃い踏みの直前というのが譲れぬ線だった。
現に前日14日目に初優勝を決めた朝乃山と御嶽海の取組が遅れる異例の事態となった。館内の異様なムードが、力士たちの集中力に影響した可能性は否定できない。
御嶽海が取組後に「もうちょっと工夫が欲しかったです。あれじゃあ(観客が)トランプ大統領を見に来たのか、優勝した朝乃山を見に来たのか、わからない。朝乃山がかわいそうでした」と語っていたが、率直な感想だと思うし、力士たちの気持ちを代弁したものだろう。
表彰式に備えていったん退場した際も、なぜ弓取り式まで待てなかったんだろう。
TVで何度かトランプの表情を写していたが、どう見ても楽しんで観戦している様には伺えなかった。本当に相撲が好きで来たのだろうか。
日ごろ「相撲は神事」と言い続けている相撲協会の対応にも疑問が残る。大相撲は「見せ物」だというなら、それでもいいけどさ。

 

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2019/05/26

「神々の残照」(2019/5/26)

「神々の残照-伝統と創造のあわいに舞う-」
日時:2019年5月25日(土)14時30分
会場:国立劇場 大劇場

国立劇場とアーツカウンシル東京は、ジャンル等の垣根を越えて広く舞踊(ダンス)の魅力にふれる、〈言葉~ひびく~身体〉を2019年よりスタートさせる。
その第1回目となる「神々の残照」では、「神」をキーワードに、日本舞踊、インド舞踊、トルコ舞踊、コンテンポラリーダンス(新作)を企画、上演した。

【日本舞踊】
長唄 『翁千歳三番叟(おきなせんざいさんばそう)』
翁 :尾上墨雪
千歳 :花柳寿楽
三番叟 :若柳吉蔵
地方=杵屋東成・杵屋勝禄 ほか
囃子=藤舎呂浩連中

【インド古典舞踊】
『オディッシー』
マンガラチャラン/バットゥ/パッラヴィ/パシャティ・ディシ・ディシ/モクシャ
小野雅子
シルシャ・ダッシュ
ラシュミー・バット
ビシュワ・ブーシャン・モハーパトラ
演奏=サンギータ・ゴーサイン
     ブッダナート・スワイン
     シュリニバス・サタパシー
     スワプネシュワル・チャクラボーティ
     クシティ・プラカッシュ・モハーパトラ

【トルコ舞踊】
『メヴラーナ旋回舞踊〈セマー〉』
トルコ共和国文化観光省所属 コンヤ・メヴラーナ楽団

【コンテンポラリーダンス】
構成・振付・演出=笠井叡 衣裳=萩野緑
マーラー作曲〈交響曲第五番〉と群読による古事記祝典舞踊
『いのちの海の声が聴こえる』
テキスト=古事記~大八島国の生成と冥界降り~
近藤良平・酒井はな・黒田育世・笠井叡/
浅見裕子・上村なおか・笠井瑞丈/
岡本優・小暮香帆・四戸由香・水越朋/
〔群舞〕ペルセパッサ・オイリュトミー団/
〔群読〕天使館朗唱団

その昔、歌舞伎座で踊りの神様と謳われた七世 坂東三津五郎と十七世 中村勘三郎による『三番叟』を観て、感心した。
もう30年以前になるが、南インドで名前は忘れたが著名な女性舞踊家によるインド舞踊を観たことがある。一人だけで約40分ほど踊ったのだが、その素晴らしさに目を奪われた。静かな踊りだったが、手の指先から足のつま先までの身体全体を使った繊細な動きや、目の動きで感情を表現していたのだ(この女性の目がクリっとしていたので動きが分かり易かった)。
そんな思い出もあって、本公演を鑑賞。

長唄 『翁千歳三番叟』
元は能の『翁』で、国土安穏、五穀豊穣を祈る祈祷舞踊。この舞踊も能や狂言に近い厳粛な舞だ。
威風堂々の翁の舞、爽快な千歳の舞、そしてダイナミックな三番叟の舞、さすが舞踊各流派の家元級の舞だけあって気品に満ちたものだ。
落語の『うどん屋』に出てくるお馴染みの「鳴るは滝の水」もあるお目出度い詞が続き、「八百万代も国も栄えん」で舞い納めとなった。

『オディッシー』
インド東部の古典舞踊で、神への奉納として営まれてきた。男女4人によるかなり動きのある舞で、インドでしばしば見られる彫刻がそのまま踊っているような感じだ。目、手、胴、腰、足がそれぞれ独立に動き、その繊細で多彩な動きが特長だ。ただ、目の動きはこの会場の大きさだと良く分からない。

『メヴラーナ旋回舞踊〈セマー〉』
名前の通り、裾の長い白いマントの様な衣装の男性の踊り手が終始旋回し続ける。こうして神と一体となれるという。
イスラムの舞踊については全く無知なせいか、率直に言って良さは感じなかった。

『いのちの海の声が聴こえる』
マーラーの交響曲第5番にあわせて「古事記」の国生み、冥府降り、天の岩戸開きが朗誦され、それに合わせてコンテンポラリーダンスが舞うという趣向。
コンテンポラリーダンスというのは始めてだったが、人間の身体の美しさ、躍動感は感動的だった。
舞踊(ダンス)というものが、これほど人の心を動かすのかと、改めて感心した。

 

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2019/05/23

池袋演芸場5月下席・昼(2019/5/22)

池袋演芸場5月下席昼の部・2日目

前座・春風亭枝次『子ほめ』
<  番組  >
柳家かゑる『都々逸親子』
柳家小八『旅行日記』
春風亭百栄『誘拐家族』
ジキジキ『漫才』
入船亭扇治『たがや』
桂文生『漫談』
─仲入り─
柳家三語楼『長短』
柳家一琴『三人無筆』
ストレート松浦『ジャグリング』
柳家小せん『崇徳院』

仲入りで桂文生が三遊亭圓生の思い出を批判的に語っていた。園主は見栄えの良い、華やかさのある噺家を好んだようだ。これは大事な要素だと思う。
噺家にとって売れる売れないは死活問題だが、やはり高座で喋る姿、見た目は重要だ。売れてる人というのは「華」「粋」「愛嬌」「色気」「ふら」といった要素を持っており、噺は上手いのに売れない人というのは概してそうした要素に欠けている。この中には本人の天性の因るものもあり、努力だけではどうにもならない事があるのが、辛い所だ。

かゑる『都々逸親子』
師匠は柳家獅堂、かゑるは大師匠の鈴々舎馬風が二つ目時代に名乗ったものだから期待されているんだろう。
親子で都々逸合戦をするが、息子の方が親父より出来が良いという基本パターン。芸風が明るくていい。

小八『旅行日記』
前の師匠の喜多八から厳しい指導を受けなかったようだが、芸風は争えない。狡いんだか素朴なんだか分からない旅館の主など、喜多八を彷彿とさせる。

百栄『誘拐家族』
会話のなかった家族が誘拐犯を通じて会話が成り立つよいうになるというストーリー。演者につられて、聴いてる側も脱力。

ジキジキ『漫才』
夫婦の音曲漫才は、知る限りではこのコンビだけだろう。客席のテンションを一気に上げた。

扇治『たがや』
メリハリの利いた丁寧な高座だった。

文生『漫談』
圓生から嫌われていたようで、前座の頃に圓生の着物を畳んでいたら、傍の圓生が自分で着物を拡げで畳み直した。「あんたの手は油っ手だ。こういう手で着物を触られると着物が光ってしまい、客から安物に見られる」と言われた。落ち込んでいると、近くにいた先代正蔵が、「世の中色んなのがいるから」と慰めてくれた。
そんな分けで、圓生の悪いエピソードと、対して先代正蔵の微笑ましいエピソードが紹介されていた。
まあ、他人から恨まれるような事はしちゃいけないってという教訓ですかね。

三語楼『長短』
短七つぁんのタバコをのむ姿が良かった。

一琴『三人無筆』
上方では『向う付け』というタイトルで演じられるネタで、通夜の帳付けの係になった二人とも揃って無筆。仏の遺言で向う付けだと言い張って、参加者が自分で記帳するようにして切り抜けた。最後に遅れてきた熊さんが無筆、困った二人は「仏の遺言で熊さんは来ないことにした」でサゲ。
テンポが良く明解な語り口で、この日の中では一番の出来。

ストレート松浦『ジャグリング』
鼻歌を口ずさみながら、あれだけの激しい動きがよく出来るもんだと感心。

小せん『崇徳院』
この人らしい軽やかな語り口だったが、若旦那の思い人を探す男とその女房の描き方が、やや淡白な印象だった。
トリの高座としては物足りなさを感じた。

 

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2019/05/19

丸山穂高への辞職勧告決議には反対だ

丸山穂高議員への辞職勧告決議に反対と言ったら、「お前、アタマ大丈夫か?」と言われそうだが、議員の発言に議会が辞職を勧告することは慎重であらねばならないと言うのが私の考えだ。
確かに丸山穂高の「北方領土は戦争でなければ取り返せない」などという主旨の発言は、過去に人の手を噛んだり、今回の国後島を訪問した際に大声で騒ぎ周囲に迷惑をかけた行為を考慮するなら、国会議員失格は元より人間失格である。常人であれば自らを恥じ議員辞職するだろうが、本人は辞めないと言い張っている。
今の世間の空気からいえば「辞めろ」の声が多数を占めるだろうが、議員の発言による辞職勧告という方法を権力側が利用し出したら、どういう恐ろしい事が起きるだろうか。
実は、その典型的な実例が戦後の、つまりは現憲法下の国会で起きていた。
それは川上貫一衆院議員(当時)の国会除名問題である。

1950年に朝鮮戦争が開始されるが、時を同じくしてGHQの指令により、共産主義の思想・運動・政党に関係している者を公職や企業から追放「赤狩り(レッド・パージ))」が行われ、およそ1万数千人が公職や企業から追放(解雇)された。
こうした状況の中で川上貫一は、1949年に行われた第24回衆議院議員総選挙で大阪府第2区に日本共産党から立候補して衆議院議員に初当選する。
ところが、1951年に衆議院の代表質問を行い、その中で朝鮮戦争や吉田茂内閣の単独講和論を非難した部分が、革命を賞賛して議会政治を否認するとも受け取れる発言が含まれていたとされ、懲罰委員会にかけられて本会議での陳謝を命じられた。
川上は用意された陳謝文の朗読を拒否し、この処分の不当性を訴える演説を行ったため、衆議院本会議で賛成239、反対71となり除名処分(憲法に従って国会議員を解職)となった。
当然のことながら、この処分はGHQの命令に従った政府と、それに追随した勢力による仕業だった。
私は以前に、この時の川上貫一の演説全文を読んだが、理路整然とした内容で、名演説というべき中身だったと記憶している。
しかし、当時の国会は川上の演説を忌避し、圧倒的多数で除名処分としたのだ。

いま、安倍一強体制の中で彼らがどんな仕業を企んでくるのか。
そうした状況を考慮するなら、今回の辞職勧告決議には慎重な態度を求めるべきだろう。

【追記】5/23
その後の報道によれば、丸山穂高は「女のいる店に行きたい」などと言い出し、周囲とトラブルになっていた。
差別発言の長谷川豊といい、維新の会はよくもこうガラクタばかり集めたもんだ。

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「兼好・萬橘 二人会」(2019/5/17)

兼好・萬橘 二人会「おかしなふたり」
日時:2019年5月17日
会場:深川江戸資料館 小劇場
<  番組  >
前座・三遊亭じゃんけん『寿限無』
前座・三遊亭まん坊『四人癖』
三遊亭兼好『犬の目』
三遊亭萬橘『風呂敷』
~仲入り~
三遊亭萬橘『ろくろ首』
三遊亭兼好『天災』

世の中、人手不足で外国人を労働力にする政策が進められているのに、人が集り過ぎて困っている業界がある。それは落語界だ。
どうやら近ごろの人にとっては、落語界が成長産業に映っているようだ。およそ芸人なんてもんは、世を拗ねた道楽者がやる商売と相場が決まっていたが、昨今の入門者は健康的だね。
前座が余ってるからと、この日は二人出た。

円楽一門の将来を担うであろうこの二人は共に爆笑派だが、方向性が異なる。
兼好はオリジナルはあまりいじらず、独自のクスグリを入れて面白くしている。
萬橘はオリジナルそのものに少し手を入れて、客の意表をついて笑いを取る。

兼好『犬の目』
お馴染みのネタだが、眼医者のシャボン先生が患者を診察しながら、何か目に関する面白いシャレを思いつくと手帳に書き込むのだが、そこで笑いが起きていた。

萬橘『風呂敷』
亭主が遅くなると言って出かけた夕方、たまたま家を訪れた新さんを座敷に上げお茶を飲んでいると、酔った亭主が帰ってきて・・・が通常の運びだが、この高座では女房が予め新さんを呼んで家に入れたという『紙入れ』風の設定にしていた。風呂敷を持った兄いが出かけよいうとすると、女房が「あたしなら、もっと上手くやるね」と呟き兄いを慌てさせる。酔っぱらった亭主はこれが日課だからと押し入れの前で洗濯物を畳んでいた。これが終わると縫物をしてお釜を洗い・・・と、だからなかなか寝られないのだと。変わった演じ方が受けていた。

萬橘『ろくろ首』
ろくろ首の女の下へ婿入りした男、初夜の夜にいつ女の首が伸びるのかと一晩中待っていたが、最後まで首は伸びなかった。「首を長くして待っていた」のは男の方だったでサゲ。逆転の発想。

兼好『天災』
特にクスグリ入れず真っ直ぐに演じていたが、それでも受けていたのは兼好の技量に因るものだろう。乱暴者の男もこの人が描くと可愛らしく見えてくる。

 

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2019/05/16

イラク戦争の情報操作を暴いた映画『記者たち』

今トランプ米国大統領が日々大量のフェイクニュースを流しているが、16 年前にアメリカ政府が自国民と世界中を欺く巨大な嘘をついていた。
それは「イラクが大量破壊兵器を保有している」というもので、これが2003 年におけるイラク戦争の主な開戦理由だった。のちに大量破壊兵器は見つからず、情報が捏造だと明らかになった。
しかし当時、ニューヨークタイムズやワシントンポストなど大手メディアは軒並みこのジョージ・W・ブッシュ政権の嘘に迎合し、権力の暴走を押しとどめる機能を果たせなかった。
これに対して、1社だけこの情報が捏造であることを暴いた新聞社があった。
本映画は、実在の新聞社「ナイト・リッダー」の記者たちの姿を、当時の映像を挟みながら描いたものだ。

『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』
(2017年/アメリカ映画/本編91分)
監督:ロブ・ライナー
出演:ウディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン、ロブ・ライナー、ジェシカ・ビール、ミラ・ジョボビッチ、トミー・リー・ジョーンズ
なお、タイトルの「衝撃と畏怖」はブッシュ政権がイラク戦争に名付けた作戦名である。
「UPLINK渋谷」にて上映中。

【あらすじ】
2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件への報復として、ブッシュ政権はアフガニスタンへ侵攻し、2002年には「大量破壊兵器保持」を理由に、イラク侵攻に踏み切ろうとしていた。
新聞社ナイト・リッダーのワシントン支局長ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)は部下のジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)、ウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)、そして元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)に取材を指示。しかし破壊兵器の証拠は見つからず、やがて政府の捏造、情報操作である事を突き止めた。
つまり、初めに戦争ありきで、イラクの大量破壊兵器云々はその理由付けに使われていたのだ。
ナイト・リッダーの記者たちは、真実を伝えるために批判記事を世に送り出していくが、大手新聞社は政府の方針を追認してしまう。ナイト・リッダーはかつてないほど愛国心が高まった世間の潮流の中で孤立していく。
それでも記者たちは大儀なき戦争を止めようと、米兵、イラク市民、家族や恋人の命を危険にさらす政府の嘘を暴こうと奮闘するが・・・。

昨今、日本でも多くのメディアが政府の方針を無批判的に報道する傾向が強まる中で、イラク戦争における米国メディアの誤報は他山の石とせねばならない。意義のある映画と言える。

ただ、この作品には不満も残る。それは、名だたるアメリカの大手メディアがなぜニセ情報を流し続けたのかという疑問に応えていないからだ。
映画では実際にあった話として、政府内でもイラクの大量破壊兵器保持について疑問を持っていた人たちがいたのだ。情報が捏造であることを証言していた人もいた。もしアメリカがイラク戦争を起こせば泥沼化し、長期にわたる内戦状態に陥ると(結果はその通りになった)予測した人もいた。
なぜ、大手メディアはそうした情報を黙殺したのか。それは政権に屈服したのか、政権に忖度したのか。あるいは当時の米国民の愛国感情に同調してしまったのか、その理由が分からない。その点を掘り下げていれば、本作品の価値はもっと高まったろう。そこが惜しまれる。

 

日本映画の黄金時代を代表する女優、京マチ子の訃報に接した。
親父が彼女のファンで、いつもは恐い顔をしている親父が「京マチ」の事になると相好を崩していた。
気品とコケティッシュを併せ持った、稀有な日本人女優だった京マチ子。
ご冥福を祈る。

 

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2019/05/13

「上方落語会」(2019/5/12)

第61回「上方落語会」 
日時:2019年5月12日(日)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
林家愛染『あみだ池』
林家花丸『平成無い物買い』
桂団朝『一文笛』
≪仲入り≫
桂花団治『昭和任侠伝』
笑福亭たま『令和の人』

横浜にぎわい座 「上方落語会」は改元特集ということで、明治、大正、昭和、平成、そして令和の時代に因んだネタが披露された。
上方落語にお馴染みのない方向けに、にぎわい座のHPから出演者のプロフィールを紹介する。なんて偉そうに書いているが、当方も花丸とたま以外は初見だ。

林家愛染(はやしや あいそめ)、上方落語界の自称「らぶりん」。
林家花丸(はやしや はなまる)、2014年文化庁芸術祭優秀賞・繁昌亭大賞・大阪文化祭賞奨励賞と一気に三冠受賞する。趣味は宝塚歌劇。
桂団朝(かつら だんちょう)、2012年繁昌亭奨励賞受賞。落語だけでなく、役者としても活躍。
桂花団治(かつら はなだんじ)、1988年MBS落語家新人コンクール優勝。大阪青山大学客員教授、放送芸術学院専門学校講師などで、教壇に立つことが多い。
笑福亭たま(しょうふくてい たま)、2017年国立演芸場花形演芸会大賞、2004年文化庁芸術祭新人賞など多数受賞。特技は落語界のマーケティングとコンクールの傾向分析。

愛染『あみだ池』
時代は大正。本来は、男が隠居宅を出てから町内の知人、次に隣町の知人を訪れるのだが、最初の知人の場面をカットしていた。開口一番で時間の関係もあったのかも知れないが、オリジナルで演じて欲しかった。

花丸『平成無い物買い』
時代は平成、ちょっと無理があるけど。古典落語の『無い物買い』を現代風にアレンジした改作。日本人とアメリカ人の二人が色々な店に入り、その店にはありそうも無い物を注文して困らせるというストーリー。寿司屋に入れば、ネタにサメやイルカを注文する。店主の方も負けていられず、「それならイルカに乗った少年はどうですか?」と、「なごり雪」のレコードの上に若い店員を乗せる。こんな感じのギャグ満載で、面白く聴かせていた。この人は上手い。

団朝『一文笛』
桂米朝作だが、時代は明治。良く出来た噺で、今では東京の噺家も高座にかけている。今は堅気となった兄貴分が、怒ってスリを改心させる場面は迫力十分。締まった高座を見せていた。

花団治『昭和任侠伝』
桂音也が1970年代初めに創作した新作落語。当時人気のあった、高倉健や鶴田浩二らが主演した東映任侠映画のパロディが散りばめられた噺。 こうした時代色の強い噺はズレがおおきくなるので、今のお客にどこまで通用しただろうか。

たま『令和の人』
上方落語四天王のエピソードをマクラに振って、出来立てホヤホヤの新作。
令和元年に生まれた娘が25年、つまり24歳になるまでの娘の両親の物語。生まれた時に易者が予言したことが、その通り当たるというストーリー。かなり強引なコジツケだが客席を沸かせていたのは、たまのセンスによるものだろう。
これにて、5つの時代をネタにした会は終了。
終演後、出演者全員による見送りがあった。

 

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2019/05/11

「露の新治 落語会」(2019/5/10)

「露の新治 落語会」
日時:2019年5月10日(金)18時30分
会場:深川江戸資料館 小劇場

露の新幸『東の旅~旅立ち』
<  番組  >
露の新治『西の旅~兵庫船』
露の新幸『時うどん』
露の新治『ちりとてちん』
柳家さん喬『笠碁』
~仲入り~
さん喬・新治『トークコーナー』
露の新治『大丸屋騒動』
(三味線:田村かよ)

本公演はNPO法人「東北笑生会」が主催したもの。同会は露の新治と共に、東北大震災の被災地を回り笑いを届けるボランティア活動を行っている団体で、2015年設立以来15回の公演を行っている。他に、東京や大阪での公演では、被災地の状況を伝えるトークコーナーを設けている。

ここ数年、上方落語を聴く機会が増えたが、中でも露の新治の高座が最も多い。噺が上手い面白いという他に、この人の人間性に魅かれるだ。高座からホッコリするものが伝わってくる。東京での公演も多くなり、新治ファンも拡がってきたようで、この日も一杯の客入りだった。

開演前に、新幸『東の旅~旅立ち』が演じられた。

新治『兵庫船』
上方落語には旅の噺が多い。このネタは西の旅、大阪から金毘羅詣りをしてその帰途に兵庫から船で大阪に戻る途中の物語りだ。
船上で乗客たちが謎かけで楽しんでいると、突然船が止まってしまう。船頭に言わせると、たちの悪いサメが客の誰かを目当てに寄ってきて船を止めた。客の持ち物を海面に投げ、沈んでしまった者が犠牲者になってサメに食われてしまえば船は助かると言う。乗客たちは次々に持ち物を海に投げるが、巡礼の母娘の娘のものだけが沈んでしまう。母娘が嘆き悲しんでいると、一人の男が船べりに乗り出してサメを挑発。怒ったサメが大きな口を開けて迫ってくると、男は持っていた煙管の中の灰を火玉ごとサメの口の中に放り込み、撃退する。
「あんた、何者?」と問われた男、「かまぼこ屋です」でサゲ。
東京では、他に『桑名船』や『五目講釈』といったタイトルで演じられ、上客の中に講釈師がいて、それが扇子で船べりを叩きながら滅茶苦茶な講釈を語ると、サメが逃げてゆく。理由を訊くと、サメが講釈師をかまぼこ屋と間違えたでサゲる。
上方版は初めて聴いたが、新治に高座は前半のノンビリした様子から、後半の緊張感への切り替えが上手く描かれていた。

新幸『時うどん』
自己紹介で、ロックミュージシャンから落語家になったそうだ。入門4年目だそうで、東京でいえば二つ目になりたてといった所。優れた師匠の下でしっかり修行をして欲しい。

新治『ちりとてちん』
元は東京落語『酢豆腐』で、これを初代柳家小はんが改作した物が「ちりとてちん」。これが上方に輸入され、更に東京に逆輸入された。今では東京でも『酢豆腐』より『ちん』の方が多く演じられている。
上方版でもバリエーションがあるようで、新治の高座では最初の客にはお茶と金平糖が出される。その後、酒とご馳走が出てくるがメインが寿司だった。出されたものは全て「生まれて初めて」と世辞を言う男に対し、裏に住む嫌味な男の話題になり、懲らしめのために酢豆腐を食わせようと相談がまとまる。ちりとてちんという名前は、男が三味線の音から連想したもので旦那も賛成する。酢豆腐に醤油をたらし、唐辛子をタップリ振りかけて混ぜ合わせ、折り詰めにして紙をかぶせ、筆で「長崎名物 ちりとてちん」として、更に「元祖」の字を斜めに書き加える所がミソ。招かれてきた嫌味な男、何か言う度にそっくり返る。この男が嫌味を言いながらご馳走を食べる所はなく、いきなり「ちりとてちん」を勧め始める。男は何度も躊躇するが、その度に旦那におだてられ、やがて一気に喉に入れ悶絶する。慌ててビールで流し込み(これも珍しい)、「どんな味がした?」「酢豆腐の様な味だった」でサゲ。

さん喬『笠碁』
結論から言えば、上出来の高座だった。
このネタに登場する二人の身分は説明はないが、大店の、それも店の主の座は譲り終えた隠居の身だと思われる。それが一目の碁のことで子どもじみた喧嘩をする。二人の人物にそうした雰囲気を醸しだせるかどうかが肝要で、さん喬の高座はそれに見事に応えていた。この人の語りのリズムや、表情や仕草の細かな変化が、このネタに良く合っていた。

さん喬・新治『トークコーナー』
主に東北大震災の被災地を訪問した時の思いや、感じた事が披露されていた。印象に残ったのは、さん喬が被災者のために何かやって上げるんじゃなくて、何が出来るかという視点を強調していたこと。
新治の話では、仮設住宅の中に熊本地震の募金箱が置かれ、そこに1000円札を入れていた老婦人がいた。自分の暮らしも大変なのにと訊いたら、「分かるんです」と答えたそうだ。自分が辛い思いをしたからこそ他人の辛さが分かるのだと、新治は語っていた。

新治『大丸屋騒動』
新治のこのネタは過去に2度聴いている。あらすじは下記の通り。
伏見大手町の商家大丸屋宗兵衛の弟・宗三郎は、祇園の舞妓おときと恋仲になったことが親戚の怒りを買い、3カ月の約束でそれぞれ、おときは祇園の富永町に、宗三郎は木屋町三條にそれぞれ別居する。
その際、兄の所持していた村正を請われて宗三郎に貸し与える。
兄としては、親類を説得させた上で、いずれは晴れて二人を夫婦にする算段なのだが、宗三郎には兄の思いが伝わらない。
番頭の監視下に置かれはや2ヶ月が過ぎたある夏の夜、おとき逢いたさに、宗三郎は、木屋町の家をぬけだして村正を腰に、富永町の家にやって来る。
そうした宗三郎の心情をうれしく思うおときだが、ここで宗三郎を入れたら二人が夫婦になる話が壊れてしまうと考え、訳を話して追い返そうとする。
しかし宗三郎は話が通じない。逆に愛想尽かしと勘違いし、怒って村正で鞘ごとおときの肩に食らわせると、鞘が割れ、誤っておときを切ってしまう。
狂った宗三郎、下女と様子を見に来た番頭をも切り殺し、祇園界隈で多くの人に切りつける。ついには二軒茶屋での踊りに乱入し暴れまわる。役人も手が付けられない。
知らせをきいて駆けつけてきた宗兵衛は、血刀をさげた弟を見て肝を潰し、役人に自分が召し取ると訴え、役人の許しを得て宗三郎を後から羽交い締めにする。
狂った宗三郎が刀を振り回すが、どういう訳か兄はかすり傷一つ負わない。
不思議に思った役人が「こりゃ。その方は何やつか」
「へい。私めは、切っても切れぬ伏見(不死身)の兄にございます」 でサゲ。

今回、この噺に関連する京都の地図が配られ、理解の助けになった。
宗三郎が蟄居した三条木屋町は鴨川の西側の川岸に近い場所で、今でも高瀬川沿いに料理屋や旅館が並ぶ閑静な場所だ。
反対に、おときが住んでいた富永町は鴨川の東側にあり、南座や祇園に近い賑やかな場所だったと記憶している。
この位置関係が大事で、夏の夜、宗三郎と番頭が東山の光景から南禅寺、知恩院、八坂神社と次第に近場に目が移り、八坂神社から祇園、そしておときが住む富永町に。ここで宗三郎の寝た子を起こす事になってしまう。
この光景変化や宗三郎の心理変化が、田村かよ(美声!)による三味線と唄「京の四季」に乗せて表現されてゆく。
新治の高座は、前半の宗三郎が扇子片手に浮き立ちながら祇園を歩く風景から、一転して後半の殺しの場面での様式美、はめものと呼吸の合った所作が披露され、今回も素晴らしい出来だった。

 

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2019/05/09

「芸協仲夏祭花形」(2019/5/8)

第30回大演芸まつり 「芸協仲夏祭花形」
日時:2019年5月8日(水)13時
会場:国立演芸場
<   番組   >
前座・神田桜子『ジャンヌダルク』
春風亭昇々『お面接』
桂文治『鈴ヶ森』
春風亭昇太『そば清』
~仲入り~
『口上』日本演芸家連合会長・三笑亭夢太朗を始め、出演者全員が並ぶ。
玉川太福(曲師 玉川みね子『石松代参・三十石』
ねづっち『漫談』
三遊亭遊雀『三枚起請』

2日前にこの会があるのを思い出し、ダメ元でチケット予約したらスンナリ取れた。こんな事もあるんだ。
地下鉄の永田町を降りて階段で地上に出ようとしたところ警官が立っていて、「天皇陛下が通るのでここで待って」と止められた。2分ほどで解除されたが、歩道も止められると初めて知った。

昇々『お面接』、文治に付きまとわれていると言った楽屋落ちから新作へ。お受験の面接のこの噺、どこが面白いんだ。

文治『鈴ヶ森』、この人独特のリズムと噺がよく合っていた。旅人が新米の泥棒に「お前、泥棒の二つ目だな」は面白かった。いつもの癖、受けを狙うような間を持たなかったのは良い。

昇太『そば清』、子どもの頃に自宅に電化製品が来た当時の思い出など長いマクラで、このまま終わるのかと思っていたら食い物の話からネタへ。そば清が身体の回りに置いてあるソバを片端から食べるという演じ方。ソバ賭けの相手の顔を伺いながらニヤリと笑顔を浮かべたり、完食の最後の1本をツルリと食べ、してやったりの表情を浮かべる所が良い。最後の方でそば清が食べた草が人間を溶かすものだったと説明してサゲたが、あれは予め仕込んでおいた方がサゲが効果的にだと思う。

『口上』で、芸協が次第に活気が生まれてきたと言っていた。松之丞が来年2月11日の真打昇進にともない、6代目神田伯山を襲名するなど、ここのとこ目出度いニュースが続いている。文治も言ってたが、中堅やベテランもそれに負けじと頑張って欲しい。

太福『三十石』、御存じ廣澤虎造の代表作、「江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」「食いねえ、食いねえ、寿司食いねえ」は、子供たちでさえ口ずさんでいた。外題付けから啖呵まで虎造と同じだが、張りのある声と独特の節回しで客席を盛り上げていた。

ねづっち『漫談』、ライブでは初めて。沖縄でお神籤を引くと凶ばかり。何故なら「もう吉(基地)はいらない」は秀逸。客席から題を貰ってその場で謎かけを披露する腕は大したものだ。客席から「安倍晋三」、即座に「マジシャン」と解く、そのココロは「トランプが気になります」。お見事。

遊雀『三枚起請』、先日、兼好で聴いたばかりだが、やはり遊雀の方が上手い。騙され三人男それぞれの人物像や、海千山千の花魁の描き方が巧みで、終盤の男たちと花魁との掛け合いがドラマチックになった。いずれ芸協は、この人が引っ張って行くことになるだろう。

 

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2019/05/05

名作落語の夕べ(2019/5/4)

第200回にぎわい座「名作落語の夕べ」
日時:2019年5月4日(土)18時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・三遊亭遊七『たらちね』
三遊亭兼好『三枚起請』
入船亭扇遊『付き馬』
    《仲入り》
立川生志『木乃伊取り』
柳家さん喬『幾代餅』

出囃子にも使われている俗曲「梅が枝の手水鉢」の中にこんな文句がある。
♪お互いの胸と胸
合わせて子どもが出たときは
もしもその子がいい子なら
そのときゃお役者 そーれ頼む
もしもその子が変な子なら
そのときゃ落語家 そーれ頼む♪
つまり、器量のいい子なら役者、悪けりゃ落語家というわけだ。
近ごろは、特に女流は器量のいい子が多いね。噺家には勿体ない。
『明烏』のセリフじゃないが、「あんたがた、他にやるべきことが無いんですか!」。こんなこと書くと、また女性蔑視だのとお小言を頂戴するかな。近ごろはウルセエ奴が多いからね。

この小屋は、開演前にナントカ言うオジサンが出てきてネタの解説をするが、あれは余計だね。落語は想像する芸だから。

兼好『三枚起請』
マクラで鳥の物真似をして会場を沸かせネタに入る。こういう所はさすがだ。
ただ、起請文というのが分かりづらいので、説明をしておいた方が親切だったのでは。、正式な起請文は熊野三所権現発行の午王の宝印に書き付ける。宝印には熊野権現のお使いの烏をかたどった文字で呪文が記してあり、嘘をつくと熊野の烏が血を吐いて死ぬと言う。
これがサゲに使われている。
兼好が描く花魁は可愛らしくて、あれじゃ男は騙される。最後に居直って啖呵を切る所も良く出来ていた。

扇遊『付き馬』
扇遊のこのネタは今年に入って2度目だが、今回も素晴らしい出来だった。何より完成度が高く、一分の隙もない。
最初に、男が上から下までゾロリとした身なりをしていたことを述べるが、だから妓夫太郎はこの身なりで男を信用してしまう。
湯豆腐で一杯飲んだ代金が95銭という金額も妥当だ。3円とか4円とする演者もいるが、それでは揚げ代が26円50銭との辻褄が合わない。
後半の早桶屋の主人と妓夫太郎の珍妙な掛け合いも良い、妓夫太郎がようやく勘定を受け取れるワクワク感から燥ぐ姿が良く表現されている。
今や、このネタは扇遊がベストだ。

生志『木乃伊取り』
毎度思うのだが、この人のマクラはピリリと風刺も利いていて面白い。
だが、ネタに入るとマクラに比べテンションが下がる気がするのだ。
このネタの勘所は、飯炊きの清蔵が角海老に乗り込んで、若旦那に家に戻るよう説得する場面だ。懇願する清蔵に、若旦那は生意気な口をきくからと暇を出すと命じる。ここで清蔵は居直って、本気で怒りをぶつける。この気迫に若旦那も押され、帰宅すると言い出す。生志の高座では清蔵の気迫は足りないのだ。村相撲では大関だったと胸を叩いたりして見せるが、気迫とは別物にしか見えない。
ここが物足りないので、清蔵が花魁のかしくの手練手管に篭絡される最後の場面が生きない。

さん喬『幾代餅』
非の打ち所がない、と言いたい所だが、同じ事の繰り返しが多いと間延びした印象になってしまう。丁寧というより諄いのだ。
もっと簡潔に演じた方が、山場の清蔵が幾代に真実を打ち明ける場面で、客はより感情移入出来ると思うのだが。

 

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2019/05/02

「慰安婦問題」論争ドキュメンタリー映画『主戦場』(2019/5/2)

10連休に映画の1本も観ようかと思い立ち、5月2日に渋谷「シアター・イメージフォーラム」へ。最初の上映開始時間10時50分の回に入場したのだが、30分前にはこの日の4回の上映チケットは全て完売だった。
へえー、あっし同様の物好きが多いのかな。前日に予約しておいて良かった。

この映画の監督・脚本・撮影・編集・ナレーションを担当したミキ・デザキの経歴は以下の通り。
1983年、米フロリダ州生まれの日系米国人2世。ミネソタ大ツイン・シティーズ校で医大予科生として生理学専攻で学位を取得後、2007年に来日し、外国人英語等教育補助員として5年間、山梨県と沖縄県の中高等学校で教壇に立つ。同時期から、YouTuberとしてコメディー映像や日本、米国の差別問題をテーマにした映像作品を数多く公開。タイで仏教僧となるための修行の後、15年に再来日した。
本作が初映画監督作品。

ミキ・デザキがなぜ従軍慰安婦問題に関心を持ったかというと、日本の差別問題をとりあげた作品をこさえたとこ、そのスジから「日本には差別なんかない!」「そんなこと言う奴は中国人か朝鮮人だ!」といったお馴染みの非難、中傷、脅迫を浴びた。
デザキは、そのスジの人たちの主張に却って好奇心を掻き立てられ、敢えて従軍慰安婦をテーマにした映画に取り組んだようだ。

ミキ・デザキ監督は先ず、このテーマの日・韓・米の論客たちにインタビューした。27人の人はいずれも本作品の中に登場している。
トニー・マラーノ(a.k.a テキサス親父)、藤木俊一(テキサス親父のマネジャー)、山本優美子(なでしこアクション)、杉田水脈(衆議院議員・自由民主党)、藤岡信勝(新しい歴史教科書をつくる会)、ケント・ギルバート(カリフォルニア州の弁護士、日本のテレビタレント)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、吉見義明(歴史学者)、戸塚悦朗(弁護士)、ユン・ミヒャン(韓国挺身隊問題対策協議会)、イン・ミョンオク(ナヌムの家の看護師、元慰安婦の娘)、パク・ユハ(日本文学者)、フランク・クィンテロ(元グレンデール市長)、林博史(歴史学者)、渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館)、エリック・マー(元サンフランシスコ市議)、中野晃一(政治学者)、イ・ナヨン(社会学者)、フィリス・キム(カリフォルニア州コリアン米国人会議)、キム・チャンロク(法学者)、阿部浩己(国際法学者)、俵義文(子どもと教科書全国ネット21)、植村隆(元朝日新聞記者)、中原道子(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター)、小林節(憲法学者)、松本栄好(元日本軍兵士)、加瀬英明(日本会議)

映画は、慰安婦たちは「性奴隷」だったのか?「強制連行」は本当にあったのか? 元慰安婦たちの証言の信憑性は? 日本政府の謝罪と法的責任とは? といったテーマごとに肯定派と否定派それぞれの主張を紹介し、主張の元になった資料や映像が挟まれるドキュメンタリータッチ。
論点が浮き彫りになるにつれ、論争の背後にあるカラクリが次第に明らかになって行く。
タイトルの「主戦場」の意味も。
それは、見てのお楽しみ。

印象に残ったのは、否定派の面々の仕草や表情だ。
テキサス親父は、ブスとやる時は相手の頭に紙袋をかぶせるんだと言いながら、慰安婦像の頭から紙袋をかぶせていた。親父、大丈夫か?
資金の件を質問された櫻井よしこは、一瞬当惑の表情を浮かべてからニッコリと「お答えしません」。さすが、元キャスター。
杉田水脈を見て、かつてのオウム真理教の「ああ言えば上祐」を思いだした。薄っぺらい言葉を並べるとこがね。
そして、最後に登場した日本会議の代表委員であらせられる加瀬英明、トリに相応しい実にいい味を出していた。この男の表情を見、発言を聞くだけでもこの映画を観る価値があるかも。

 

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