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2019/05/30

「三遊亭歌太郎 独演会」(2019/5/29)

「初歌」
日時:2019年5月29(水)19時
会場:らくごカフェ
<  番組  >
三遊亭歌太郎『代脈』
三遊亭歌太郎『たがや』
~仲入り~
三遊亭歌太郎『子別れ・下』(ネタ下ろし)

何とか言う噺家がTVでコメンテーターをやってるそうで、先日の登戸の殺傷事件について「死ぬなら一人で死んでくれ」なんて、おバカなことを喋っていたらしい。ああいうのは落語家の面汚しだ。

神保町にある「らくごカフェ」、一度行ってみたかったので、29日の歌太郎の会に出向く。40席位のキャパだが、一杯の入りだった。
いつもの事だが、開演前に周囲の客の会話に耳を傾けると色々参考になる事がある。
当方も一応は落語好きの部類に入るだろうが、ハードなファンの前では前座に等しい。会話の中身を聴いていても、マニアック過ぎてとても付いて行けない。
さて、来春の真打昇進が決まった歌太郎がどんな高座を見せてくれるか。

歌太郎『代脈』
こういう会だと、マクラと言うよりは親しい人に世間話をするような雰囲気になっている。それが又ファンには魅力なんだろう。
師匠や自分の病気や入院のことを話題にしていたが、喬太郎の膝について心配していた。確かにあの座り方は、膝が相当悪いんじゃないかと私も心配している。
主人公の銀杏を、愚かだが愛すべきキャラに描いていた。

歌太郎『たがや』
マクラで、掛け声について触れていたが、新派では名字で掛けると、そこまでは良かったが、「辰巳!」ってそれは新国劇だろう。なお、新派でも喜多村緑郎の様に「緑屋!」と屋号で掛ける場合がある。
余談だが、近くの席に歌舞伎に詳しい方が会話していて、歌舞伎の大向うの掛け声を練習する会があるようだ。確かに歌舞伎座の大向うの掛け声は相当訓練していないと無理だ。国立劇場の歌舞伎で、下手な掛け声でぶち壊している客を見かけるが、あれはやめて欲しい。
さて歌太郎の『たがや』だが、通常はたがやが押されて尻餅をつき、持っていたたがが外れて殿様の笠を飛ばしてしまい、家来が怒ってたがやを手討ちにするという運びになる。
歌太郎の高座では、たがやが押されて行列の前に出て来たので、手討ちにするという運びにしていた。しかし混雑している橋の上で行列の前に出ただけで手討ちになるだろうか。この設定は疑問だ。
たがやの啖呵や、周囲の町人の反応は良く描けていた。

歌太郎『子別れ・下』
ネタ下ろしだった。独自の工夫は、冒頭で番頭が熊と分かれた女房のとこを訪ね、熊との再婚を勧める場面を置いたことだ。つまり、この後で熊と子どもの亀吉との再会は、番頭がセッティングした様な形となっている。また、この場面を置くことにより『子別れ・中』の説明にもなっている。歌太郎によれば、二人の再婚は周囲の人たちの祝福で行われた事を強調したかったと述べていた。
この演じ方の欠点は、母親が亀吉から熊の様子を訊きだすのだが、実は既に番頭から聞かされていたのだ。この部分が不自然になってしまう。
反面、母親が鰻屋を訪れ熊と再会を果たす段階では、既に熊との再婚の覚悟は決めていたことになり、流れは自然体となる。
議論の分かれる所だが、こうした新たな試みは評価してよい。

 

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