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2019/05/11

「露の新治 落語会」(2019/5/10)

「露の新治 落語会」
日時:2019年5月10日(金)18時30分
会場:深川江戸資料館 小劇場

露の新幸『東の旅~旅立ち』
<  番組  >
露の新治『西の旅~兵庫船』
露の新幸『時うどん』
露の新治『ちりとてちん』
柳家さん喬『笠碁』
~仲入り~
さん喬・新治『トークコーナー』
露の新治『大丸屋騒動』
(三味線:田村かよ)

本公演はNPO法人「東北笑生会」が主催したもの。同会は露の新治と共に、東北大震災の被災地を回り笑いを届けるボランティア活動を行っている団体で、2015年設立以来15回の公演を行っている。他に、東京や大阪での公演では、被災地の状況を伝えるトークコーナーを設けている。

ここ数年、上方落語を聴く機会が増えたが、中でも露の新治の高座が最も多い。噺が上手い面白いという他に、この人の人間性に魅かれるだ。高座からホッコリするものが伝わってくる。東京での公演も多くなり、新治ファンも拡がってきたようで、この日も一杯の客入りだった。

開演前に、新幸『東の旅~旅立ち』が演じられた。

新治『兵庫船』
上方落語には旅の噺が多い。このネタは西の旅、大阪から金毘羅詣りをしてその帰途に兵庫から船で大阪に戻る途中の物語りだ。
船上で乗客たちが謎かけで楽しんでいると、突然船が止まってしまう。船頭に言わせると、たちの悪いサメが客の誰かを目当てに寄ってきて船を止めた。客の持ち物を海面に投げ、沈んでしまった者が犠牲者になってサメに食われてしまえば船は助かると言う。乗客たちは次々に持ち物を海に投げるが、巡礼の母娘の娘のものだけが沈んでしまう。母娘が嘆き悲しんでいると、一人の男が船べりに乗り出してサメを挑発。怒ったサメが大きな口を開けて迫ってくると、男は持っていた煙管の中の灰を火玉ごとサメの口の中に放り込み、撃退する。
「あんた、何者?」と問われた男、「かまぼこ屋です」でサゲ。
東京では、他に『桑名船』や『五目講釈』といったタイトルで演じられ、上客の中に講釈師がいて、それが扇子で船べりを叩きながら滅茶苦茶な講釈を語ると、サメが逃げてゆく。理由を訊くと、サメが講釈師をかまぼこ屋と間違えたでサゲる。
上方版は初めて聴いたが、新治に高座は前半のノンビリした様子から、後半の緊張感への切り替えが上手く描かれていた。

新幸『時うどん』
自己紹介で、ロックミュージシャンから落語家になったそうだ。入門4年目だそうで、東京でいえば二つ目になりたてといった所。優れた師匠の下でしっかり修行をして欲しい。

新治『ちりとてちん』
元は東京落語『酢豆腐』で、これを初代柳家小はんが改作した物が「ちりとてちん」。これが上方に輸入され、更に東京に逆輸入された。今では東京でも『酢豆腐』より『ちん』の方が多く演じられている。
上方版でもバリエーションがあるようで、新治の高座では最初の客にはお茶と金平糖が出される。その後、酒とご馳走が出てくるがメインが寿司だった。出されたものは全て「生まれて初めて」と世辞を言う男に対し、裏に住む嫌味な男の話題になり、懲らしめのために酢豆腐を食わせようと相談がまとまる。ちりとてちんという名前は、男が三味線の音から連想したもので旦那も賛成する。酢豆腐に醤油をたらし、唐辛子をタップリ振りかけて混ぜ合わせ、折り詰めにして紙をかぶせ、筆で「長崎名物 ちりとてちん」として、更に「元祖」の字を斜めに書き加える所がミソ。招かれてきた嫌味な男、何か言う度にそっくり返る。この男が嫌味を言いながらご馳走を食べる所はなく、いきなり「ちりとてちん」を勧め始める。男は何度も躊躇するが、その度に旦那におだてられ、やがて一気に喉に入れ悶絶する。慌ててビールで流し込み(これも珍しい)、「どんな味がした?」「酢豆腐の様な味だった」でサゲ。

さん喬『笠碁』
結論から言えば、上出来の高座だった。
このネタに登場する二人の身分は説明はないが、大店の、それも店の主の座は譲り終えた隠居の身だと思われる。それが一目の碁のことで子どもじみた喧嘩をする。二人の人物にそうした雰囲気を醸しだせるかどうかが肝要で、さん喬の高座はそれに見事に応えていた。この人の語りのリズムや、表情や仕草の細かな変化が、このネタに良く合っていた。

さん喬・新治『トークコーナー』
主に東北大震災の被災地を訪問した時の思いや、感じた事が披露されていた。印象に残ったのは、さん喬が被災者のために何かやって上げるんじゃなくて、何が出来るかという視点を強調していたこと。
新治の話では、仮設住宅の中に熊本地震の募金箱が置かれ、そこに1000円札を入れていた老婦人がいた。自分の暮らしも大変なのにと訊いたら、「分かるんです」と答えたそうだ。自分が辛い思いをしたからこそ他人の辛さが分かるのだと、新治は語っていた。

新治『大丸屋騒動』
新治のこのネタは過去に2度聴いている。あらすじは下記の通り。
伏見大手町の商家大丸屋宗兵衛の弟・宗三郎は、祇園の舞妓おときと恋仲になったことが親戚の怒りを買い、3カ月の約束でそれぞれ、おときは祇園の富永町に、宗三郎は木屋町三條にそれぞれ別居する。
その際、兄の所持していた村正を請われて宗三郎に貸し与える。
兄としては、親類を説得させた上で、いずれは晴れて二人を夫婦にする算段なのだが、宗三郎には兄の思いが伝わらない。
番頭の監視下に置かれはや2ヶ月が過ぎたある夏の夜、おとき逢いたさに、宗三郎は、木屋町の家をぬけだして村正を腰に、富永町の家にやって来る。
そうした宗三郎の心情をうれしく思うおときだが、ここで宗三郎を入れたら二人が夫婦になる話が壊れてしまうと考え、訳を話して追い返そうとする。
しかし宗三郎は話が通じない。逆に愛想尽かしと勘違いし、怒って村正で鞘ごとおときの肩に食らわせると、鞘が割れ、誤っておときを切ってしまう。
狂った宗三郎、下女と様子を見に来た番頭をも切り殺し、祇園界隈で多くの人に切りつける。ついには二軒茶屋での踊りに乱入し暴れまわる。役人も手が付けられない。
知らせをきいて駆けつけてきた宗兵衛は、血刀をさげた弟を見て肝を潰し、役人に自分が召し取ると訴え、役人の許しを得て宗三郎を後から羽交い締めにする。
狂った宗三郎が刀を振り回すが、どういう訳か兄はかすり傷一つ負わない。
不思議に思った役人が「こりゃ。その方は何やつか」
「へい。私めは、切っても切れぬ伏見(不死身)の兄にございます」 でサゲ。

今回、この噺に関連する京都の地図が配られ、理解の助けになった。
宗三郎が蟄居した三条木屋町は鴨川の西側の川岸に近い場所で、今でも高瀬川沿いに料理屋や旅館が並ぶ閑静な場所だ。
反対に、おときが住んでいた富永町は鴨川の東側にあり、南座や祇園に近い賑やかな場所だったと記憶している。
この位置関係が大事で、夏の夜、宗三郎と番頭が東山の光景から南禅寺、知恩院、八坂神社と次第に近場に目が移り、八坂神社から祇園、そしておときが住む富永町に。ここで宗三郎の寝た子を起こす事になってしまう。
この光景変化や宗三郎の心理変化が、田村かよ(美声!)による三味線と唄「京の四季」に乗せて表現されてゆく。
新治の高座は、前半の宗三郎が扇子片手に浮き立ちながら祇園を歩く風景から、一転して後半の殺しの場面での様式美、はめものと呼吸の合った所作が披露され、今回も素晴らしい出来だった。

 

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