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2019/12/29

「My演芸大賞2019」の発表

「My演芸大賞2019」
【大賞】
入船亭扇遊『鼠穴』1/19「朝日名人会」
【優秀賞】
林家種平『居残り佐平次』1/26「国立名人会」
露の新治『大丸屋騒動』5/10「露の新治落語会」
むかし家今松『水屋の富』6/7「国立演芸場」
桂吉坊『胴乱の幸助』10/5「三田落語会」
五街道雲助『二番煎じ』12/15「らくご古金亭ふたたび」
【特別賞】
江戸家小猫『ものまね』
柳家小菊『粋曲』

<講評>
「My演芸大賞」は、1年間で強く印象に残った高座を対象にしている。良かった面白かったという以外に、ガツンというインパクトを受けたものというのが大事な要素だ。聴いた時は感心したが後から振り返ると印象に残っていないものや、振り返ってしみじみ良さが伝わってくるものがあるが、受賞作は後者が中心である。

大賞の入船亭扇遊、いま最も脂の乗った噺家だ。どの高座も水準が高く選考に迷ったが、中でも『鼠穴』が傑出していた。
このネタは陰惨な感じであまり好きな噺でなかったが、扇遊の高座は最後に本当に良かったねと安堵できる。これは演者の人柄の反映という面が強かったと思う。

優秀賞は5名。
林家種平『居残り佐平次』だが、『居残り』といえば現役では権太楼が定番といえるが、種平の高座は肩の力を抜いた演じ方で、主人公の佐平次がまるで風に舞うように描かれていた。こういう演り方もあるんだなと再認識させられた。
露の新治『大丸屋騒動』、数年前にも受賞者として採り上げたが、お囃子との息がよりピタリとあった今回の方がより充実したものになった。この噺は前半の世話物風から後半は一気に芝居がかりの様式美へと移る難しい作品だ。今回も新治の迫力に呑み込まれた。
むかし家今松『水屋の富』、普段の寄席ではあまりかかることが少ないネタ。マクラで江戸の下町の水道事情と、水屋という商売の大変さの説明があり、この噺の奥行きが一段と深まった。富が当たったばかりに心身ともに疲労困憊してゆく水屋の姿が描かれていた。
桂吉坊『胴乱の幸助』、唯一の若手からの選出。上方ではお馴染みのネタで多くの人が演じているが、吉坊の高座では後半の稽古屋の師匠が弟子に「お半長」の一節を語る場面が優れている。ここの出来で高座が締まるのだ。登場人物の演じ分けも申し分ない。
五街道雲助『二番煎じ』、通常は2班に分ける火の回りを分けないという珍しい型で演じたが、この方が自然に見えた。冬の厳しい寒さの描写から番小屋での密かな宴会。身体も心も暖まり呑むにつけ酔うにつけ出てくる色事のノロケで、江戸時代の庶民の姿が活写されていた。他のネタでもそうだが、あれだけのベテランになっても未だ古典に手を入れて演じる雲助の姿勢には感心させられる。

今回「特別賞」として2名。
江戸家小猫『ものまね』、江戸家は3代の高座を観てきたが、この人の技術が断然優れている。研究熱心だし間に挟むトークとの繋ぎも巧みだ。国立ではトリを取っていたが、全く違和感がなかった。
柳家小菊『粋曲』、古くは柳家三亀松、春風亭枝雀、都家かつ江、人形・お鯉、柳家紫朝など音曲を主とした芸人を観てきたが、小菊の抽斗の多さには感心させられる。間に挟む素っ気ない喋りが何とも言えない色気を感じる。小三治が「居直った芸」と評していたが、その通りかも知れない。


さて、本年も相変わらず役に立たぬ事を書いてきましたが、本稿をもって年の納めとします。
新年は1月10日頃から再開の予定です。
では皆さま、良いお年を!

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2019/12/27

安倍政権の末期的症状

【安倍晋三語辞典】
「ご指摘を真摯に受けとめる」→「相手の意見を右から左へ聞き流すこと」
「丁寧に説明する」→「自分の主張を一方的に押し付けること」
「美しい国」→「首相の側近や後援者を特別に優遇できる国」

「桜疑惑」から始まって、「カニ・メロン大臣」「ウグイス嬢ヤミ手当大臣」「身の丈大臣」と不祥事が続き、止めは現在捜査が進行中の「IR収賄容疑」だ。今のところ現職の議員としてはIR担当の内閣府副大臣だった自民党の衆院議員、秋元司容疑者の逮捕だけだが、これが本命なのか、事件としてもっと大きく拡がるのかは不明で、政権の目玉政策であるIR事業化に影響がでるのは避けられまい。

「桜疑惑」については、そんな低次元の問題を国会で議論する必要があるのかという意見もあった。だが、その低次元の原因を作ったのは安倍首相だ。政府主催の公的行事に自身の後援者を大量に招待し、予算の3倍もの費用を使って選挙運動をしていた。明らかな公私混同だ。追及されると言を左右に言い逃れし、果ては官僚を使って証拠隠ぺいまで行った。問題を大きくしたのは安倍自身なのだ。
参加者名簿を廃棄した点を追及され、シュレッダーのせいにしていた官僚の情けない姿は、哀れにしか見えない。

国会での追及のさなか、安倍は報道各社のキャップを集めて、料理店で懇談会をひらいた。席上、安倍は弁明に追われ、ニューオータニで行った後援会の前夜祭の会費が5千円だったのはホテルの言い値だと強調したと報じられている。こんな話をするためにメディアを集めたのかと呆れるしかない。
「5千円会費」のカラクリに気付いている人は多いだろう。政府主催の国際会議などをたびたびニューオータニで開いているが、その費用の上乗せ分でオツリが来るのだろうと。なにしろホテルの総支配人によれば、「首相は天皇の次に偉い人」なのだ。いや、もしかすると「天皇より偉い人」なのかも。

今春の「桜を見る会」が、秀吉政権下の「醍醐の花見」を連想させるのだが。

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2019/12/25

2019年下半期「演芸佳作選」

2019年7-12月に聴いた演芸のうち、優れた高座を選び、
演者、ネタ、落語会(又は寄席)の名称、月/日、の順に記した。
下記の高座は、月末に発表する「My演芸大賞」の大賞、優秀賞の候補になる。

柳家権太楼『居残り佐平次』「権太楼・雀々 二人会」(7/19)
桂福丸『女侠客・奴の小万』「花形演芸会」(7/21)
笑福亭鉄瓶『茶屋迎い』「東西交流落語会」(8/27)
立川龍志『小言幸兵衛』「一天四海」(9/3)
桂文我『雪の戸田川・お紺殺し』「桂文我独演会」(9/19)
桂吉坊『胴乱の幸助』「三田落語会」(10/5)
柳家喬太郎『真景累ヶ淵・宗悦殺し』「三田落語会」(10/5)
柳家小満ん『らくだ』「人形町らくだ亭」(10/10)
露の新治『仔猫』「露新軽口噺」(10/11)
桂宗助『市川堤』「宗助・吉坊 二人会」(10/19)
古今亭志ん橋『井戸の茶碗』「国立名人会」(11/14)
柳家さん喬『福禄寿』「大手町落語会」(12/7)
五街道雲助『二番煎じ』「らくご古金亭ふたたび」(12/15)

 

【参考】
上半期「演芸佳作選」は下記の通りだった。

春風亭一之輔『二番煎じ』1/15「鈴本演芸場」
入船亭扇遊『鼠穴』1/19「朝日名人会」
柳家喬太郎『偽甚五郎』1/19「朝日名人会」
林家種平『居残り佐平次』1/26「国立名人会」
神田京子『与謝野晶子』2/5「国立演芸場」
入船亭扇遊『付き馬』2/17「ぜん馬・扇遊二人会」
立川ぜん馬『ちきり伊勢屋』2/17「ぜん馬・扇遊二人会」
桂吉坊『胴乱の幸助』3/2「花形演芸会」
柳家小満ん『盃の殿様』3/27「人形町らくだ亭」
五街道雲助『九州吹き戻し』4/6「にぎわい座名作落語の夕べ」
春風亭一朝『刀屋』4/20「三田落語会」
露の新治『抜け雀』4/20「三田落語会」
三遊亭遊雀『三枚起請』5/8「芸協仲夏祭花形」
露の新治『大丸屋騒動』5/10「露の新治落語会」
むかし家今松『水屋の富』6/7「国立演芸場」
江戸家小猫『ものまね』6/15「花形演芸会」

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2019/12/22

「花形演芸会」(2019/12/21)

第487回「花形演芸会」
日時:2019年12月21日(土)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・柳亭市坊『真田小僧』
瀧川鯉八『多数決』 
桂福丸『七度狐』
山上兄弟『奇術』
古今亭文菊『七段目』
  ―仲入り―
柳家小せん『盃の殿様』
おせつときょうた『漫才』  
菊地まどか『阿波の踊り子』 曲師=佐藤貴美江

えーと、この会のチケットなんで取ったんだっけ? 思い出した、桂福丸の名があったから。いま上方落語界の期待の若手の一人だ。

鯉八『多数決』 
今回で3度目かと思うが、前2回は何を言いたいのか分からない、つまらないという印象しかなかった。今回のネタは着想が明快だし面白いと思った。多数決というのは民主主義の基本であり公平を思われがちだが、実際はそうでもない事は多くの人が実感していると思う。そこの所を、夏休みに学校で飼育しているウサギの世話をどう分担するかというクラス討論を通じて問題を投げかけた作品だ。
従来の新作落語にはない視点で、興味深く聴いた。

福丸『七度狐』
噺家というより歌舞伎役者に近い、上方の落語家にしては珍しくシュッとした風貌。この人も3度目だが、古典を忠実に演じながらその面白さを観客に伝える力量を持っている。
ネタは『東の旅』の中で最も多く演じられている鉄板ネタ。喜六と清八の二人と茶屋の親爺との掛け合いから、七戸狐に化かされて尼寺で怖い思いをする所までをほぼフルに演じた。語りがしっかりしているのと、一つ一つの所作が丁寧な点が魅力。
折りをみて独演会に行ってみようと思う。

山上兄弟『奇術』  
カードマジックからイリュージョンまで、相変わらず鮮やかなもんです。寄席の色物の奇術としては、少し立派過ぎるかな。

文菊『七段目』 
芝居への興味や愛着が必要とされるので、演者が限られるネタだ。文菊にとっては自家薬籠中のネタとはいえ、他の出演者に比べ格の違いを感じさせた。お約束の12世市川團十郎の声色や八百屋お七の火の見櫓の人形振りなど、本人も楽しそうに演じていた。

小せん『盃の殿様』
先輩としてのゲスト出演。江戸から300里離れた殿様と吉原の太夫が盃の交換をし合うという壮大というか馬鹿々々しいというか。小せんはいつもの脱力系の高座で楽しませていた。

おせつときょうた『漫才』
初見、2019年 『第18回漫才新人大賞』大賞受賞とある。
二人とも大阪出身だが、東京で活動するのだろうか。「クリスマス」を題材にして仏教徒がクリスマスを祝うのを洒落で演じた。なかなか達者だ。

菊地まどか『阿波の踊り子』 
浪曲。いつもながら美声だ。熱烈なファンからの声援を浴びていた。
ただ浪曲大会ならこれで良いのだろうが、寄席演芸に挟まって演じると違和感があるのだ。
浪曲といえば「三尺物」に限るという、当方の好みの問題もあるのが。

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2019/12/19

国立12月中席(2019/12/18)

国立演芸場12月中席・8日目

前座・林家彦星『やかん(序)』
<  番組  >
林家扇兵衛『権助魚』
古今亭志ん五『牛ほめ』
松旭斉美智・美登『奇術』
入船亭扇辰『片棒』
橘家圓太郎『化け物使い』
─仲入り─
浮世亭とんぼ・横山まさみ『漫才』
桂才賀『カラオケ刑務所』
柳家小菊『粋曲』
古今亭志ん輔『幾代餅』

今年の寄席の締めは国立の中席に、気が変わればもう一回どこかの寄席に行くかも。

扇兵衛『権助魚』
ウーン、タイトル以外思い出せない。確か木久蔵ラーメンがどうとか言ってたね。最近ますます物忘れが酷くなってきたか。

志ん五『牛ほめ』
この人は佇まいが良い。ガツガツした若手は嫌だね。前座噺を過不足なく、やはりこのクラスの人が演ると面白い。

美智・美登『奇術』
相変わらず客席に向かってキャアンディをラケットで打つという無礼な事を続けている。了見が分からぬ。

扇辰『片棒』
寄席の場合、一人の持ち時間がマクラを含めて15分程度(小屋によってはもっと短い場合がある)なので、まとまったネタを演ろうとすると尺を短くせねばならぬ場合がある。このネタも扇辰は囃子の口真似を短くしたり、息子を二人にしてサゲを変えたりといった工夫をして収めていたが、ネタの面白さは引き出していた。

圓太郎『化け物使い』
寄席のどの位置に上がっても手を抜かない熱い高座が、この人の特長。柳亭燕路の代演だったが、独自の子育て論を語るマクラから熱い。
ネタでは、出てくる化け物は「一つ目小僧」一人だけで、隠居は先ず茶碗を洗わせるが、大きい茶碗から先に洗い小さい方から先にザルに伏せるよう命じる。次に布団を敷かせるが、畳の縁に従って真っすぐ敷くように枕は北に向かぬよう、枕元に置く水差しの細かな位置まで指定する。この隠居は人使いが荒いだけでなく細かいのだ。これじゃ奉公人から嫌われるわけだ。さらに天井裏まで掃除させようとすると、小僧は狸の姿に戻ってガタガタと震えながら、「お暇を頂戴します」でサゲ。
通常は化け物は3人現れるが、この様に化け物が一人でも面白さは十分に伝わる。

とんぼ・まさみ『漫才』
初見。上方の漫才師の様だが落語協会員だ。
本人たちは東京で通用するかどうか不安に思ってる様子だが、ボケとツッコミのタイミングもよく面白いと思った。

才賀『カラオケ刑務所』
久々、お互い様だいぶ年を取ったね。十八番というよりは、専らこのネタを掛けているようだ。2年前と言ってたが、実際は2014年度落語協会・新作台本発表会の準優勝作だ。所内のコンクールで収監者たちが自分の罪名を言ってからそれにまつわる替え歌を披露するというもの。演者が言っていた通りで、それほどの作品とも思えない。

小菊『粋曲』
~💛~

志ん輔『幾代餅』
『紺屋高尾』というネタもそうだが、このネタも身分を偽っていた奉公人が正直に身分を明かし、当初は訝っていた太夫もその真心に触れて年季明けに女房にしてくれと頼む、そこの場面に観客がどれだけ感情移入出来るかが勝負だと思う。奉公人の告白と太夫の反応、ここの所が志ん輔ではあっさりとしていて、「うすうす気が付いていた」んじゃ感動もない。
そこが不満だ。

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2019/12/17

「らくご古金亭ふたたび」(2019/12/15)

第14回「らくご古金亭ふたたび」
日時:2019年12月15日(日)13時
会場:お江戸日本橋亭
<  番組  >
前座・金原亭駒介『無精床』
金原亭馬久『代脈』
五街道雲助『二番煎じ』
~仲入り~
隅田川馬石『駒長』
金原亭馬生『富久』

「らくご古金亭ふたたび」始まって以来の大入りとか。高座の袖にまで客が入っていた。

馬久『代脈』
リズムが悪い、間が悪い、だから面白ない。

雲助『二番煎じ』
通常の演じ方と大きく変わっていた。
先ず、火の回りを2班に分けない。これに就いては以前から疑問に感じていたのだが、この噺で2班に分ける必然性がないと思うのだ。分けた他の班の出番がこの噺にはない。それどころか、1班の組の人たちが番小屋で鍋を囲んで酒盛りすれば、後から戻ってくる組の人間に気付かれてしまう筈だ。一組だけなら見回りの役人にさえバレなければ、気兼ねなく酒盛りが出来るというもの。
雲助では、宗助一人番小屋に残し5人で火の回りに出かける。5人の内一人は上方出身という設定で、この人がちょいとずれた言動をするのだ。
「火の用心」の掛け声を5人が一人ずつ発声するというも独自の演りかた。上方の人は「デンデロデンデロ」と口三味線で浪花節の「火の用心」。他には謡曲あり都々逸あり。
最後に吉原で火の回りの経験があるとう辰つぁんが指名されるが、馴染みだった女と再会する話ばかり。せかされてようやく良い声で「火の用心、さっしゃりやしょう!」を、追い風と向かい風に分けて発声。
番小屋に戻ってからは例の酒盛りが始まる。次第に興に乗ってくると、月番が辰に、さっきの女の話の続きを催促する。辰は二の腕をまくり「花命」の入れ墨を見せて女房にしたんだとノロケ始める。ここで皆が囃し立てる所に見回りの役人が入ってくる、所望した煎じ薬(酒)の匂いを嗅ぎニヤリと笑う。お代わりを申し付けながら猪鍋をつつき、次はいつ番が回ってくるのか訊くと月番が「ひあさってです」と答えると、侍が「よいか、明後日にしろ」。どうやらこの侍の見回りは隔日のようだ。サゲは通常通り。
この型は初めてで、恐らくは雲助独自の演出かと思われる。随所に細かな工夫が行き届き、見事な高座だった。

馬石『駒長』
会の弟子枠があって、年に1回まわってくるので仕方なく、なんて言いながら。
このネタは寄席では滅多に掛からない、その理由はトリネタにはならず、さりとて間に挟めるネタではないとか。なるほと、そういう事情があるのか。
ちょいと『包丁』に似た様な展開だが、怠け者で乱暴な長兵衛から親切な損料屋によって救われるお駒、こちらの方がほのぼのとしている。
馬石の柔らかな語りはニンだ。

馬生『富久』
先日、文菊で聴いたばかりだが、聴き比べると馬生の上手さが光る。売れない幇間の悲哀や必死さがこちらへ伝わってくる。だから久蔵の一喜一憂に共感し、最後は本当に良かったとこっちも胸を撫でおろすのだ。
年の瀬に相応しい高座で締めた。

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2019/12/15

「雀々・喬太郎 二人会」(2019/12/14)

「桂雀々・柳家喬太郎 二人会」
日時:2019年12月14日(土)18時30分
会場:日本教育会館 一橋ホール
<  番組  >
前座・三遊亭歌つを『子ほめ』
桂雀々『田楽喰い』
柳家喬太郎『ウルトラマンのつる』
~仲入り~
桂雀々『蝦蟇の油』
柳家喬太郎『カマ手本忠臣蔵』

上方の落語家の平均寿命は50代前半だそうだ。調査した結果なので間違いないらしい。東京の落語家のデータは無いかも知れないが、平均寿命よりは短い気がする。
話はそれるが、喬太郎の膝を心配している。通常の噺家は座布団に座るとき先ず膝を折ってから両手を前についてお辞儀するが、喬太郎の場合は先ず両手と膝をつき膝を折りながら前に体をせり出してお辞儀している。相当、膝が悪いんじゃないかと。正座しておしゃべりするのが仕事の噺家にとって膝は生命線だ。今から治療なり養生なりしておかないと更に悪化するのでは。

この会の主催者に一言、このキャパのホールでお囃子を入れずにテープはないだろう。なんかケチくさいね。

雀々『田楽喰い』
雀々の面白さを活字で表すのは難しい。実際に観て聴いて貰うしかない。マクラからエンディングまでずっとハイテンションで客席をグイグイ引っ張る。こういうスタイルは、東京の客には受け容れられるかどうかと思っていたが杞憂、毎回大受けだ。
「ん廻し」の場面で、男が野菜の名前を並べるがどれも「ん」がつかない。「カボチャ」というと、それじゃ「ん」が入ってないからと、別の名前で「0ん0ん」(ナンキンと言わせようと)ヒントを出すと、「パンプキン!」と答える。「エー、カボチャのことお前いつもそう言ってるの?」と突っ込むが、こうした会話の間が絶妙なのだ。

喬太郎『ウルトラマンのつる』
喬太郎は『つる』の改作が好きなようで、他に『極道のつる』という新作がある。「なぜ帰ってきたウルトラマンがウルトラマンジャックと呼ばれるようになったか」を隠居が解説し出すと。この先はウルトラマンの蘊蓄の塊。機関銃のように語られるその内容はサッパリ分からない。私だけでなく恐らく他のお客も理解してないだろう。それでも場内は爆笑。こんなどうでも良いことを何故あれほど熱く語れるのか、という面白さなんだね、きっと。

雀々『蝦蟇の油』
上方版は初見。筋は東京版と同じだが、油売りが酔っぱらって腕を切ると、拭いても拭いても後から後から血が止まらず、「誰か病院に連れてって!」でサゲた。

喬太郎『カマ手本忠臣蔵』
12月14日に因んで忠臣蔵の噺を。だけどこのタイトル、いずれ差別用語だと使えなくなるかもね。
浅野「ねえ、吉良様、もう一度抱いて」
吉良「いや、あの時は酔っていたので、つい」
浅野「吉良様ったら、近ごろ伊達さんばかり親切にして、私のこと構ってくれない」
吉良「君とは勅使接待役は二度目だが、伊達とは初めてなんだから仕方ないだろう」
浅野「もう私、嫉妬しちゃう」
こんな痴話喧嘩のような中で刃傷事件が起きてしまうという設定。
浅野内匠頭が吉良上野介のもとで勅使接待役を務めたのは二度目でしかもこの時は吉良が浅野を指名していたということ、また刃傷事件について浅野が最後まで理由を語らなかったという歴史的史実を踏まえている様に見える。
結局討ち入りに参加したのは大石以下、そのケがあるものだけだった。
吉良邸で四十七士は全員が返り討ちに合うが、皆揃って殿のおそばに行けると笑って死んでいく。
事情を理解した吉良方の家来たちが上野介の首を泉岳寺に捧げると、墓の下で浅野が吉良を待っていた。
赤穂事件を「忠義」と捉えるのではく「情死」とした意欲作。
でもこれ、歌舞伎や映画にするのは難しいね。

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2019/12/14

「人形町らくだ亭」(2019/12/13)

第87回「人形町らくだ亭」
日時:2019年12月13日(金)18時50分
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・三遊亭ぐんま『初天神』
立川こはる『金明竹』
三遊亭歌奴『掛取り』
柳家さん喬『二番煎じ』
~仲入り~
五街道雲助『夢金』

12月も半ばになってきたが、今年もいい事は何もなく、来年も期待できない。生きていることだけがメッケもの、なのかね。
「人形町らくだ亭」は師走公演で、仲入りを挟んで師走に相応しいネタが並んだ。

こはる『金明竹』
プログラムの演者紹介に「少年のような風貌」なんて書かれていたが、確かに一度会場の階段ですれ違った時に、珍しく着物をきた少年に出会ったと思った。酒場で店員から年齢証明を求められたこともあるそうだ。
久々の高座だったが、一段と上手さが増していた。ただ、ちょいと上がっていたのか、肝心の言いだての時に息継ぎが合わずカンでしまったのが惜しまれる。

歌奴『掛取り』
場内がパッと明るくなるのはこの人の人柄か。フーテンの寅さんの物真似も登場させていたが、芝居好きな番頭の場面では古典を忠実に演じていた。

さん喬『二番煎じ』
この噺、以前から宗助が格下に見られているのが不思議と思っていたが、さん喬の高座では宗助だけが主人の身代わりという、これで納得した。夜回りの場面では、辰つぁんが吉原の火の回りをしていた頃の思い出話しをたっぷりと聞かせていた。
見回り同心が番小屋に入ってきて詰問するたびに、月番「この宗家さんが・・・」に、宗助「あたしの名前をだすのはおよしよ」の繰り返しは、定番ながら欠かせないところ。同心が「何か鍋のようなものを・・・」で、「ちょっと出所が悪いんで向こうを向いてくれませんか」と言いながら、股の下から鍋を出すのは丁寧な演りかた。
近ごろ、番小屋で宴会のように騒ぐ演じ方も見られるが、さん喬のように抑制するのが正解。

雲助『夢金』
雪の中を大川に漕ぎ出す船頭、船中の侍が「どうだ、ここらで一服せぬか」と声を掛ける。「へい、ただいま」と言いながら船頭は、凍えた指先にフーっと息を吹きかけて蓑の紐をほどき、蓑に積もった雪を払い落してから船中に入ってゆく。こういう細部の描写が、凍えるような寒さを実感させてくれる。
侍が船頭に斬り捨てると脅した際に、船頭が「震えてるんじゃねえ、体が小刻みに動いてるんだ」と強がり、「いざとなりゃ船をひっくり返しちまうぞ」と反対に脅すと、侍は「それは困る、みどもは水練の心得がない」と弱音を吐く。ここで両者の立場は逆転する。
この後、侍を中州に置いてきぼりにするのは船頭の計略通り。
最後に全ては夢となる所を、船宿の主人が煙草を吸いながら2階に向かって「静かにしろ」の一言で締めたのも印象的。
雲助ならではの計算され尽くした高座、結構でした。

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2019/12/11

「青鞜」を描いた『私たちは何も知らない』(2019/12/10)

二兎社公演43『私たちは何も知らない』
日時:2019年12月10日(火)13時30分
上演時間:2時間40分(休憩含む)
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
脚本:永井愛
演出:永井愛
<  キャストと人物紹介  >
朝倉あき:平塚らいてう(本名は明)/「青鞜」編集と執筆の中心人物。女性を抑圧する家制度に反対し、夫婦別姓、シングルマザーを貫いた。後に、婦人参政権運動を展開。
藤野涼子:伊藤野枝/親の決めた結婚相手に拒み「青鞜」に参加。平塚から「青鞜」を譲り受けるが後に廃刊。高女時代の恩師・辻潤と結婚し二人の子をもうけるが、大杉栄の元へ奔る。関東大震災の際に大杉らと共に憲兵にに斬殺される。
大西礼芳:岩野清/妻子ある男に失恋し投身自殺を図るも漁師に救われ、「青鞜」に参加。作家の岩野泡鳴と結婚し出産するが、夫の不倫で別居。日本初の離婚訴訟で勝訴するも、養育費は得られず困窮する。
夏子:尾竹紅吉/日本画を修行していて、平塚に惹かれ「青鞜」に参加。平塚との間に恋愛感情を持つが、その奔放な言動が世間のスキャンダルとなり「青鞜」を退社。陶芸家の宮本憲吉と結婚し、その後は子育てをしながら婦人運動に加わり反戦を貫く。
富山えり子:保持研(やすもちよし)/平塚と共に「青鞜」を創刊、編集など実務で支える。丸善社員の小野東と結婚し「青鞜」を退社。小野と愛人との間に生まれた子を養育した。
枝元萌:山田わか/単身アメリカに出稼ぎに行くが、騙されて娼婦になる。サンフランシスコで語学塾を開いていた山田嘉喜と知り合い結婚、夫の元で語学や哲学を学ぶ。帰国後、嘉喜の弟子だった大杉栄の紹介で「青鞜」に参加、翻訳や評論を手掛ける。「母性保護法」の成立に取り組んだ。
須藤蓮:奥村博/画家。平塚とは当時として珍しい事実婚の夫婦となる。

平塚らいてうを中心とする「新しい女たち」の手で編集・執筆され、女性の覚醒を目指した『青鞜』は世間から大きな反響をよぶ。支持する意見がある一方、当時は親の許しがなければ結婚できない時代で、「姦通罪」や「堕胎罪」など制度的にも女性が一方的に不利な時代だった。彼女たちが家父長制的な家制度に反抗し、男性と対等の権利を主張するようになると、逆風やバッシングが激しくなり、やがて編集部内部でも様々な軋轢が起こる。
本作品は、「青鞜」に集まった女性たちの像を、平塚らいてうを中心に描いたものだ。

伊藤野枝「処女ってそんなに貴いのだろうか。男子の不貞はとがめられないのに女子だけ責めるのは女の人格を無視している」
平塚らいてう「貧困や親になる資格がないということだけが避妊や堕胎の理由だろうか。勉強したり考えたり、自分の内面を高めるゆえの避妊や堕胎が罪になるとは思えない」
山川菊栄「私娼は自己責任ではなく、原因は社会にある。売笑婦を処罰するなら、共犯者である男子も同等に処すべき。」
これらの意見は今の時代では極めて妥当に見えるが、それでも女性がこうした発言を行うとネットの世界では叩かれる。当時は実名で批判していたが、今は匿名でバッシングするのだから余計に始末が悪い。
「青鞜」や平塚らいてうの戦いは今も続いている。

公演は12月22日まで。

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2019/12/08

文楽公演『一谷嫩軍記』(2019/12/6)

『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』
「陣門の段」
豊竹咲寿太夫
竹本小住太夫
豊竹亘太夫
竹本碩太夫
竹澤宗助
「須磨浦の段」
豊竹希太夫
野澤勝平
「組討の段」
豊竹睦太夫
鶴澤清友
「熊谷桜の段」
豊竹芳穂太夫
鶴澤藤蔵
「熊谷陣屋の段」
竹本織大夫
豊竹靖太夫
鶴澤燕三
野澤錦糸

「主な人形役割」
熊谷次郎直実:吉田玉志
無冠太夫敦盛:吉田一輔
平山武者所:吉田玉翔
玉織姫:吉田蓑紫郎
相模:吉田蓑二郎
藤の局:吉田勘彌
石屋弥陀六:吉田文司
源義経:吉田玉佳

源氏と平家が激突した「一の谷の合戦」で、平家の公達・平敦盛は十六歳で討死したが、討ち取ったのは源氏方の武将・熊谷次郎直実であった。「平家物語」に出てくるこの物語は数々の芸能に採り上げられきた。本作品もその一つで、この合戦にまつわる伝説や様々なエピソードを加え創作したもの。
全部で5段の構成になっているが、全ては最後の「熊谷陣屋の段」に物語は収斂されている。
源平の合戦で平家には安徳天皇という錦の御旗があったが、源氏にはそれがなかった。
かつて都で御所づとめの侍と腰元だった直実と相模は、私的な恋を咎められ罰せられるところを、藤の局の情けで都を逃れていた。二人にとっては藤の局は命の恩人ともいえる。その藤の局は平経盛に嫁ぎ、一子・敦盛をもうけたが、実は敦盛は後白河法皇のご落胤であった。そうした経緯を知った義経は、敦盛を安徳亡き後の皇位継承者としたいと考え、熊谷直実に敦盛を救出するよう命じる。しかし戦場の味方の前で敵将を助けることなど不可能だ。そこで直実の一子・小次郎がたまたま敦盛と同じ年齢でよく似ていたことから、初陣で負傷した小次郎の首を落とし、それを敦盛の首として差し出すというストーリー。

山場の熊谷直実の陣屋に、直実の妻・相模が息子・小次郎の無事を心配してやって来るが、そこに藤の局も訪れ相模に「我が子の敦盛を討ったのは、おまえの夫・直実である。その仇を討たせよ」と迫り、相模は困惑する。
やがて直実が館に戻るが、陣屋の前には桜の木があり、そこには立て札で「一枝を切らば一指を切るべし」と書いてあった。その制札を直実は深い想いで見つめる。
陣屋に戻った直実が妻の相模に戦で敦盛を討った手柄話をすると、奥から藤の方が「我が子の敵!」と直実に斬りかかる。直実は敦盛の最期を語り、戦場では致し方がなかったことと、藤の方に言い聞かせる。
直実が討ち取った敦盛の首を携えて義経の元へ向かおうとすると、その義経が陣屋に現れ、敦盛の首実検を行なう。すると首桶の中に敦盛の首はなく、そこにあったのは直実と相模の子・小次郎の首だった。
制札の文言にあった「一指を切るべし」とは「一子を斬れ」という意味で、義経が直実に下した「身替り差し出せ」という命令を意味していたのだ。
この有様を見た藤の局は安堵し、相模は我が子を失った悲しみにくれる。
主の命令とはいえ、我が子を手に掛けた直実は世の無常を感じ、出家して僧の姿となり、相模と共に戦場を去る。

総大将の命令とはいえ我が子を手に掛けた直実の苦しみ、それを命じておきながら直実の心中を慮る義経。首実検で死んだのは敦盛ではなく小次郎と分かった時の、藤の局と相模の天国と地獄の逆転。武将には勝ち負けはあるが、妻たちには夫や息子を失う悲しみしかない。いつの時代でも変わらぬ戦争の惨禍を形で示していることが、この芝居が長く愛されている理由だろう。
「熊谷陣屋の段」での、太夫と三味線、そして人形が一体となった舞台は感動的だった。

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2019/12/07

「大手町落語会」(2019/12/7)

第58回「大手町落語会」
日時:2019年12月7日(土)13時
会場:日経ホール
<  番組  >
前座・柳亭市坊『寄合酒』
柳亭市楽『お血脈』
瀧川鯉昇『鰻屋』
柳家さん喬『福禄寿』
~仲入り~
柳家三三『磯の鮑』
柳家権太楼『文七元結』

市楽『お血脈』
来春に真打昇進とか、大丈夫か?

鯉昇『鰻屋』
こうした会では常に落語協会の噺家の、それも柳家の比重が高い。この日の鯉昇もそうだったが、少数派の芸協の人がしばしば芸協を自虐的に語る。確かに受賞歴を比較すれば両者の差は歴然としている。しかし、個々の技量にそれほどの差があるとも思えない。むしろ普段の寄席で感じるのは、芸協のベテランの中には明らかに手抜きするのがいる。それもトリの高座でさえ平気で手抜きするんだから呆れてしまう。この悪弊を断ち切ればもっと差は縮まるのでは。
鯉昇はいつもの脱力マクラからネタに入ると一気に熱演。額に赤十字マークの付いた病気の鰻や、秋葉原から仕入れた電気鰻を登場させ、最後は鰻が逃げるのを指先の動きで示し爆笑。

さん喬『福禄寿』
圓朝作だが、全体に暗い雰囲気が漂う噺のせいかあまり演じ手がいない。福徳屋の妻と二人の息子の物語で、実子で長男の福太郎が放蕩息子であるのに対し、養子で次男の禄太郎は働き者で親孝行。この二人の対比をどう演じるか、それに対する母親の心理状態を描き出す所がポイント。ここをさん喬が上手い。
古くは圓生は得意としていたが陰気臭いのが欠点で、福太郎が自分の技量の限界を悟り一念発起する事で未来の明るさを強調して終わるさん喬の高座の方を好む。

三三『磯の鮑』
三三の十八番。与太郎の造形が良く、会話の間もテンポも挟むクスグリも真に結構。こうした肩の凝らないネタを挟んだのは正解。

権太楼『文七元結』
フルバージョンだが、各場面の寸法を少しずつ短くして演じた。
通常と異なる点は、長兵衛が借りた50両の返済を半年後として、それも全額ではなく少しずつ返済するというもの。佐野槌の女主人は、長兵衛が真面目に働き返済の意志さえはっきりすれば娘お久は返すと約束する。これだと長兵衛がきっぱりと博打と手を切り回心するだろうかと疑問に感じるのだが。やはりオリジナルの返済方法が自然ではなかろうか。
吾妻橋の場面で長兵衛が長く泣きすぎるのも気になった。ここは50両を文七に渡す時に、お久の身の上を嘆く所だけ涙を見せる方が効果的かと思う。
達磨横丁の長兵衛宅での最後の場面では、権太楼らしい笑いの多い演じ方でお開き。ただ、長兵衛夫婦とお久が再会する山場で電話が鳴ってしまったのは惜しまれる。

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2019/12/01

舞踊公演「京舞」(2019/11/30)

Miyako

「京舞」
日時:2019年11月30日(土)11時
会場:国立大劇場
だいぶ以前のことだが、一度京都祇園の「都をどり」を観にいって、その煌びやかさに感心した。
今回、国立劇場で21年ぶりに井上流による「京舞」が上演されると言うので出向いた。
国立のHPによれば、18世紀末頃、初世井上八千代に始まる井上流は座敷舞ならではの高雅で匂い立つような風情と、能や人形浄瑠璃の影響を受けたダイナミックな表現力を併せ持つ。
また、祇園という土地に深く根を下ろしながら磨き上げられてきた豊饒な魅力を通じて、京都の伝統文化の一翼を担っているという。
今回の公演は、五世家元・井上八千代を中心に総勢約60人の祇園の芸妓、舞妓が出演している。

上方唄「京の四季」
上方落語にも登場する京都を代表する唄で、祇園周辺の四季の風情を唄ったもの。今回は大勢の舞妓(全員衣装の色が異なる)によって舞われた。オープニングにふさわしい華やかな舞。
なお、歌詞の中に「そして櫓の差し向かい」とあるが、かつては四条通りを挟んで北座と南座の櫓が差し向かいに立っていた。これを炬燵を挟んで男女が差し向かいの姿と重ねていると。これは桂米朝による解説。

地唄「水鏡」
井上小りん
井上豆涼
一転して芸妓の正装による舞。琵琶湖の水面を鏡に見立て、近江八景を詠み込みながら水鏡のように揺れ動く女性の恋心を詠ったもの。「艶物」ではあるが、琵琶湖の広々とした情景が思い浮かぶように舞うとのこと。
しっとりとした舞。

義太夫「弓流し物語」
井上小萬
屋島の合戦っで、義経が弓を海中に流したとされる逸話に基づく有様を描いている。男踊りで、衣装も義経を思わせる着付け。ダイナミックな動きは歌舞伎の踊りを思わせる。勇壮な中に戦った武者たちへの悲しみも表現されていた。

地唄「正月(まさづき)」
元旦から注連飾りを解くまでの祇園の風景の中に恋人を待つ女心を描いたもの。新年の浮き立つような華やかな舞。

一中節「千歳の春」
井上和枝
春を迎えて終わりなき代を寿ぐ舞だが、四世井上八千代が古希の祝いに踊ったことからしっとりを落ち着いた舞。

義太夫・上方唄「三つ面椀久」
椀久:井上八千代
面売:井上安寿子
江戸時代に実在した大阪の商人・椀久が遊女恋しさのあまり発狂し、大阪の街を狂い歩いたという姿を描いた「椀久物」の一つ。
椀久が、大尽・太夫・太鼓持ちという三つの面を被り替わしながら、それぞれの所作を舞う分けるというコミカルな舞。踊りには詳しくないが、切れがあるのに柔らかいというか、とにかく素晴らしい舞だった。
これが観られただけでも来て良かった。

上方唄「十二月」
「十二月」といっても、落語の「いちがちーは、まちゅかじゃり」じゃありませんよ。
1月から12月までの紋日を詠ったもので、黒紋付の晴れ着の芸妓衆が稲穂の簪を刺して踊る目出度い舞。
これまたフィナーレにふさわしい華やかな中にも落ち着いた姿を見せていた。

いやー、良かった良かった。
華やかにみえる祇園の芸妓、舞妓の世界も、その裏ではこれだけの厳しい修行をしているんだと実感させられた。

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