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2020/02/21

「紀伊国屋文左衛門」の虚像と実像

竹内誠「元禄人間模様 変動の時代を生きる」
の続きで、今回は「紀伊国屋文左衛門」の人物像をとりあげてみたい。
落語が好きな方ならこの名をきいて直ぐに思い出すのは「かっぽれ」の文句だろう。
♪沖の暗いのに 白帆が見える 
あれは紀の国 みかん船♪
若年のとき暴風雨をついて紀州(和歌山県)からミカン船を江戸へ回漕し巨利を得た、というこの有名なエピソードは後述するようにフィクションだった。
実在の人物ではあったが、生年は不明で、没年は菩提寺の墓碑銘では享保3年(1718年)、過去帳には享保19年とあり確定できていない。現在では享保19年(1734年)説が有力のようだ。
出身が紀州かどうかも分かっていない。紀伊国屋は屋号であって必ずしも出身地を示すものではないからだ。

【北八丁堀三丁目紀伊国屋文左衛門といふは御材木御用達、金子沢山にて威を振ひしなり。第一、悪所にて金遣ひの名人、上方にも今西鶴がありと讃た古本あり。江戸揚屋和泉屋にて小粒の豆まきをしたり。是は慥に今吉原の年寄の覚えたり。銭座に掛りて紀伊国屋銭とて未に有り。此銭より、始めて銅計りにてちひさくなりて悪しくなり始なり。しかし江の嶋にて石垣建立して名を残しぬ。後には段々悪く成て、法体して深川八幡宮一ノ宮居前に住み、七、八年以前まで長命なり。】
上記は、寛延頃(1750年頃)に書かれた『江戸真砂六十帖』の紀文に関する記述である。
ここで紀文は幕府の御用材木商であり、大金持ちであり、遊里吉原の豪遊の名人であり、銭貨の鋳造を請け負ったがこれが衰運の契機となったこと、晩年は微禄して深川八幡宮の一の鳥居付近に隠棲したこと、長命で7、8年前(享保末~原文年中)に没した事が書かれている。著者が紀文とほぼ同時代の人物であることから、記述はかなり信用できるとこの著者は書いている。

紀文が紀州と関係があるとしたのは山東京伝で、文化元年(1804年)に書かれた『近世奇跡考』で紀文の伝記を考証し、紀文の父親が紀州熊野の出身としている。しかし明確な根拠を示しておらず信用に欠ける。

有名なミカン出世話は、幕末期に出版された二世為永春水の『黄金水大尽盃』という小説が発生源で、暴風雨をついて必死のミカン船出帆のくだりもその中の一節に書かれている。
処が、明治以降にこのモデル小説が紀文の一代記として、歌舞伎、講談、浪曲などにとり上げられ、紀文の虚像が一人歩きすることになった。

江戸で材木商を開業した紀文が豪商と呼ばれるきっかけとなったのは、上野寛永寺根本中堂の造営用材の調達請負いであったとされる。この際、紀文は50万両の富を手に入れたと世に伝えられている。この後の10年間が紀文の最盛期だった。
当時の木材は大井川上流の山々で伐採したものを使用していたが、紀文は駿府の豪商松木新左衛門と手を組んで大儲けした。その松木についての情報を集めた『始末聞書』にはこうある。
【元禄の末から宝永の始めのころから、江戸城御修造の御材木を、江戸の紀伊国屋文左衛門という者と松木新左衛門との両人に仰せ付けられ、御材木滞りなく江戸に着船し、御用相済みて大金を儲けしよし】
こうして紀文は当時の大型公共工事を一手に扱うことにより財をなした。

勿論、こうした事が可能だったのは幕閣のトップとのつながりが大事で、とりわけ武蔵忍(おし)藩主で老中阿部正秋に取り入っていたことが大きい。
忍藩の記録によれば、紀文が忍藩中を訪れた際には、不自由な思いをさせぬよう受け入れ体制を整えよと、阿部正秋が江戸の藩邸からわざわざ国元へ書状を出しているほどの密着ぶりだ。
阿部は度々幕府の土木建設事業を統括しており、これらを通して紀文との癒着を強めたものと思われる。
紀文の豪遊もその頃がピークだったようだが、吉原を貸切る(大門を閉める)などの行為は自らの金持ちぶりを天下に知らしめるためのパフォーマンスだったようだ。今でいう広告宣伝費だったわけだ。
そうした行為が、綱吉の苛政に苦しんでいた江戸町人に喝采を浴びることになったのだろう。

しかし綱吉の時代が終わって新井白石らが台頭してくると緊縮財政政策の影響で材木商は衰退する。紀文の場合は貨幣の鋳造事業の失敗も重なり没落してゆく。
紀文の次男は他家の養子となったが早くに亡くなり、長男には子が無かったため息子の代で子孫は絶えたようである。

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