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2021/03/31

なぜ厚労省の役人は深夜まで宴会をしていたのか?

厚生労働省老健局の職員23人が東京・銀座の居酒屋で深夜まで送別会を開いていた問題で、同省は30日、送別会を主催した同局老人保健課の真鍋馨課長(51)を減給1か月(10分の1)の懲戒処分とし、大臣官房付に異動させた。事実上の更迭とみられる。田村厚労相は閣僚給与2か月分を自主返納する。
残る参加者22人のうち、自治体からの研修生を除く19人を訓告や注意などの処分とした。監督責任を問い、樽見英樹次官を厳重注意、土生栄二老健局長も訓告の処分とした。
同省によると、送別会は今月24日午後7時過ぎに始まり、順次、同課職員が合流した。この日は政府の緊急事態宣言解除から3日後で、東京都は飲食店などに午後9時までの営業時間短縮を求めていたが、最後まで残った十数人が退店したのは同11時50分頃だった。
同省の調査に対し、職員らは店が午後11時まで営業していることを確認した上で予約したとしており、「業務で遅くなる職員も参加できると考えた」と説明しているという。
田村厚労相は30日の閣議後記者会見で「非常に多い人数での宴会で、常識では考えられない。国民の信用を裏切る行為だ」と述べた。
この問題について、菅首相は30日、都内の視察先で記者団の質問に答え、「大変申し訳ないことだ」と陳謝した。
(讀賣新聞オンライン 2021/3/31)

コロナ下で感染防止を監督する厚労省の役人が、23名で夜の11時まで宴会をしていたというのは驚きだ。
宴会の主催者によると、この店が午後11時まで営業していることを知って予約したとあるが、首都圏での酒食の提供は午後9時までと規制されていた筈で、この点すら疑問に思わなかったのだろうか。
先般、国会議員らによる同種の行為が発覚し、辞任や議員辞職まで追い込まれたことがあったばかりだ。
では、なぜ彼らはこうした行動を取ったのだろうか。
①自覚が欠如していたから
②酒席や宴会がコロナ感染の原因とならないと知っていたから
原因が①であった場合は問題解決は容易い。
しかし②であった場合は、感染対策に大きな影響を与える。それだけに厚労省としては絶対に認めたくないだろう。
真相が大いに気になるところだ。

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2021/03/29

VIO脱毛

今回は少し毛色のかわった話題で。
落語『浮世床』には色々な演じ方があるが、字の読めない人が太閤記の姉川合戦を拾い読みする場面で、春風亭百栄では「あ・ね・が・か・わ・ら・け」と読むと「妹は毛深い」と混ぜ変えすというギャグ。
鈴々舎馬風のマクラで、脇野さんと下野(しもの)さんの結婚式で司会者が、「本日はわきの家(毛)、しもの家(毛)、両お毛毛の・・・」。
というわけで、アンダーヘア脱毛の話。近ごろはVIO脱毛というようだ。妻が何故?と訊くから、VIOを縦に並べれば分かると答えた。
娘が職場の若い女性に仕事を頼んだら、「その日はちょっと脱毛の予約があるんですけど」「そう、脱毛をする人って多いの?」「若い人はやってる人が多いです」。それで近くにいた20代の女性二人に訊くと「私もやってます」「私も」と答えたので、五十路の娘は「エー!」とビックリしたと言う。
最近では年配の人にも増えているようで、一つには介護の際にヘアが無いと作業が楽だし、衛生面でもヘアが無い方が望ましいらしい。
親類の娘さんが夫の赴任先に同行し、しばらくドイツで暮らしていた。彼女はドイツでの生活をブログで綴っていて、様々な分野での日本の暮らしのとの違いに興味がそそられた。その中に、スポーツジムに通いシャワーを浴びる時に、周囲の女性たちはみな脱毛していて、ヘアは自分だけで恥ずかしかったと。夫にそのことを話すと男の方も同じ事情だということだったので、夫婦で脱毛したとあった。
国によってもヘア事情は違うんだね。
本来は必要性があって存在していたはずだが、今の世では無用になってしまったのだろうか。
エッ、そんな「不毛な議論はよせ!」ですか?
とんだ「ヘアレス・ミス」でした。

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2021/03/27

「報ステのWebCM」への批判は的外れでは

テレビ朝日の報道ステーション(以下報ステ)が制作したCM動画が炎上し、陳謝とCM削除に追い込まれた。その謝罪文が更に批判を浴びているようだ。
このCMは3月22日にYouTubeなどで公開された。仕事から帰宅した女性が「会社の先輩、産休あけて赤ちゃん連れてきてたんだけど、もうすっごいかわいくって。どっかの政治家が『ジェンダー平等』とかって今、スローガン的に掲げてる時点で、何それ、時代遅れって感じ」と話しかけるシーンが描かれていた。
これについて、主に「ジェンダー平等が達成されているという間違った認識に立っていること」といった指摘が行われている。
私はYouTubeを見ていないので文章から判断するしかないが、上記の指摘は的外れだと思う。
最初のフレーズで「会社の先輩、産休あけて赤ちゃん連れてきてたんだけど」と言っている所から、この女性の職場では出産しても女性が仕事を続けていることが分かる。むしろツッコミどころは、コロナのこの時期に職場に赤ちゃんを連れて来ることの是非ではなかろうか。
次のフレーズの「どっかの政治家が『ジェンダー平等』とかって今、スローガン的に掲げてる時点で、何それ、時代遅れって感じ」の後半部分が専ら批判の的となっている。
しかしCMの女性は「ジェンダー平等をスローガン的に掲げてる」ことが時代遅れと言っているのだ。今はお題目のように「ジェンダー平等」を繰り返すだけではなく、どう具体化するかが問われている。
この文脈からすれば、「ジェンダー平等が達成されているという間違った認識」という批判こそ間違えだと思う。
五輪組織委員会で森元会長が失言すれば、会長と担当大臣を女性にして、あたかも「ジェンダー平等」の様に見せる。それも菅首相の「誰か適当な女性はいないか」の一言で森側近の橋本を後任の会長に。野党議員に汚いヤジを飛ばすことで安倍前首相に取り立てられていた丸川を五輪担当大臣に。
そんな見せかけだけの「付け焼き刃」な対処こそ問題なのだ。
こうした世の中の風潮に一石投じたとすれば、このCMに意義があるのでは。

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2021/03/25

大相撲3月場所11日目(2021/3/24)

24日に大相撲3月場所11日目を両国国技館で観戦。子どもの頃から大相撲が好きで、親にねだって年4回発行の相撲雑誌を買って貰っていた。国技館でみるのは今回で4度目だから、それほど熱心なファンとは言えないかも知れないが。
相撲の魅力は、格闘技でありながら体重別になっていないことだ。100㎏の人と200㎏の人が同じ階級で闘うという珍しい競技だ。しかも大きい人が有利とは限らないのも特徴で、かつての栃錦や初代若乃花の例を出すまでもなく、小兵で名横綱をはった人も少なくない。「小よく大を制す」が醍醐味で、実際に小兵力士に人気力士が多い。
今回行く気になったのは、白鵬と鶴竜の両横綱が見納めになるかも知れないと思ったのだ。前売りの時点ではその期待があったが、二人とも今場所を休場してしまいガッカリ。
それと入場制限をしているので、今ならゆったりと観られると思ったが、実際の席は定員1人のマス席だったので効果なし。
先ず眼についたのは空席が目立つことだ。マス席では私がいた東側は一番後ろの列はゼロ、2‐4番目の列はいずれも1人、5番目の列に2人で、椅子席もガラガラ。
コロナの影響とはいえ、淋しい入りだ。このままでは人数制限を無くしても、元の状態に戻るとは思えない。
不人気の原因はやはり休場ばかりの横綱に不甲斐ない大関と、芯が定まっていないからだろう。本命不在で、毎場所誰が優勝するか分からないというのは楽しみに面もあるかも知れないが、やはり圧倒的に強い人がいて、その人を誰が倒すかという形をファンは期待している。
それでも土俵上では熱戦が続き、呼び出しや行司の声、力士の四股を踏む音、柏手を打つ音、両力士が激しくぶつかり合う時のバチンという衝撃音が館内に響き、ライブならではの雰囲気を味わうことができた。
大関の正代が意地を見せて1敗の高安を破り、10日目の敗戦で大関とりに黄色信号がともった照ノ富士が3敗を守ったことで、優勝争いが面白くなってきた。又この日は今場所初めて3大関が白星を並べた。
お相撲さんとは縁があって、羽田空港のカウンターでコーヒーを飲んでいたら周りが騒がしいので、横を見たら隣で千代の富士がコーヒーを飲んでいた。思ったより体が大きくなかったのが印象的だった。連勝中だったので、周囲の声援がすごかった。
現役時代の琴欧州とはあるパーティーで出あったが、身長が高くハンサムで映画俳優の様だった。ニコニコしながら握手してくれて愛想のいい人だと思った。
また機会があったら、国技館に足を運ぼう。

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2021/03/22

警察の失態が招いた「オウム真理教事件」

昨日がオウム真理教による「地下鉄サリン事件」から26年目にあたる日だった。当時、事件の主要な現場となった地下鉄「霞が関」から300mほどの所に私の勤務していた会社のオフィスがあったし、社員の中にはこの駅から通勤していた人もいたので鮮明に記憶している。
メディアでは事件の悲惨さを風化させないようにと特集を組んでいたが、もう一つ忘れてはならない重要なことは、地下鉄サリン事件に至るオウム真理教の一連の事件が、警察による数々の失態が助長したという事実である。
以下に、地下鉄サリン事件までにオウム真理教が起こした主な事件(信者同士の殺傷事件を除く)を記す。

1989年11月4日 坂本堤弁護士一家殺害事件
1993年6月28日  亀戸異臭事件
1993年11月~ サリン建屋建設事件
1993年12月18日 池田大作サリン襲撃未遂事件
1994年5月9日 滝本太郎弁護士サリン襲撃事件
1994年6月27日 松本サリン事件
1994年9月20日 江川紹子ホスゲン襲撃事件
1994年12月12日 会社員VX殺害事件
1995年1月4日 被害者の会会長VX襲撃事件
1995年2月28日  公証人役場事務長逮捕監禁致死事件
1995年3月15日  霞ケ関駅アタッシュケース事件
1995年3月19日  島田裕巳宅爆弾事件
1995年3月20日  地下鉄サリン事件

事件の発端ともいうべき「坂本堤弁護士一家殺害事件」は、オウム真理教の幹部6人が、「オウム真理教被害者の会」を組織していた弁護士の坂本堤とその妻、1歳だった長男を殺害した事件である。
殺害事件の現場にプルシャ(オウム真理教のバッジ)が落ちていたため、当初からオウム犯行説が浮上していた。
しかし、捜査にあたっていた神奈川県警は、坂本弁護士が労働運動の弁護を行っていて共産党に近い人物だとして、当初から捜査に消極的だった。それどころか、「坂本弁護士は借金を抱えて失踪した」「大金を持ったまま逃げた」「共産主義過激派の内ゲバに巻き込まれた」などの事実無根の噂を新聞社に流し、失踪説を吹聴していた。
また、相手が宗教団体だったということで腰が引けていた面もあった。
この警察の失態がオウム真理教の暴走を増長させてしまう結果となり、その後の松本サリン事件や地下鉄サリン事件など多くのオウム事件を誘発する要因となった。

松本サリン事件は、長野県松本市で発生したテロ事件。オウム真理教教徒らにより、神経ガスのサリンが散布されたもので、被害者は死者8名、負傷者は144名に及んだ。戦争状態にない国において、サリンのような化学兵器クラスの毒物が一般市民に対して無差別に使用された世界初の事例である。
またこの事件は、無実の人間が半ば公然と犯人として扱われてしまった冤罪未遂事件・報道被害事件でもある。その背景には、ずさんな捜査を実施した警察とマスコミのなれ合いがあった。
捜査していた長野県警察は、サリン被害者でもある第一通報者の河野義行(妻はこの事件で死亡)を重要参考人とし家宅捜索を行い、薬品類など二十数点を押収。その後も連日にわたる取り調べを行った。その一方で事件発生直後の「不審なトラック」の目撃情報は黙殺した。
マスコミは、一部の専門家が「農薬からサリンを合成することなど不可能」と指摘していたにもかかわらず、オウム真理教が真犯人であると判明するまでの半年以上もの間、警察発表を無批判に報じ、あたかも河野が真犯人であるかのように印象付ける報道を続けた。
この結果、捜査の転換が大きく遅れてしまった。

もし、これらの事件で警察がまともな捜査を行っていたら、「地下鉄サリン事件」は未然に防ぐことができただろう。上記の他にあげた事件も、全てオウム真理教に批判的、あるいは敵対的な人々が標的にされていた。
警察の失態(意図的とも思えるような)がオウム真理教の暴走を招いてしまったと言っても過言ではない。
事件の記憶を忘れぬようにすることも大事だが、なぜ警察が失態を繰り返したのかを反省し総括することも重要であるが、そうした事実は耳にしない。

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2021/03/20

東京五輪が開催できない理由

今年の1月18日に開かれた通常国会の冒頭で、菅義偉首相は就任後初めての施政方針演説を行った。このなかで今年夏に延期された東京五輪・パラリンピックは改めて開催する決意として、「夏の東京オリンピック・パラリンピックは、人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証として」と述べた。
これは前年に安倍前首相が五輪を1年延期する際に「人類が新型コロナウィルスに打ち勝つ証として」と述べたことを受けたものだが、コロナをめぐる状況は昨春ごろの見通しとは大きく異なっている。さらに「打ち勝つ」なら未だ進行形とも受け取れるが、「打ち勝った」は完了形又は過去形だ。
今年の夏に、人類がということは世界中が、新型コロナウィルスに打ち勝った状況になるとは到底考えにくい。
しかし、菅首相がそう公言したからには、「東京五輪開催=人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証」を宣言したことになり、開催すれば誤ったメッセージを世界に発信することになる。
菅首相としては、勇ましい表現にしようとついつい前のめりになったのだろうが、かえって東京五輪開催のハードルを上げて自ら手を縛ってしまった。

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2021/03/18

はたして「渡辺直美を侮辱した」と言えるだろうか?

以下、日刊スポーツの記事より。
東京五輪・パラリンピックの開閉会式の演出を統括するクリエーティブディレクター佐々木宏氏が3月17日、辞意を表明した。開会式に出演予定だったお笑い芸人、渡辺直美の容姿を侮辱する演出案を考案していたとこの日、文春オンラインが報じていた。
記事によると佐々木氏は演出チーム内のLINEに渡辺が豚に変身する演出案を送っていた。豚にかけて「オリンピッグ」などと書き、豚の絵文字まで使っていたがチーム内の批判を浴び、撤回に追い込まれた。
組織委は17日深夜、佐々木氏の謝罪文を公表。文書には「あと数カ月に近づいた五輪パラの開閉会式を日々、死にものぐるいで準備するメンバーにも、本当に申し訳ない。先ほど、橋本会長にお電話で辞意をお伝えしました。渡辺さんにはおわびをしてもしきれないと思っています」と書かれていた。

記事で読むかぎりでは、演出チーム内でアイディアを出し合う段階で佐々木宏が提案したもので、東京五輪・パラリンピックの開閉会式に出演予定の渡辺直美をどう見せるかという議論をしていたものと思われる。そうすると彼女のキュートでコミカルな部分を活かす演出方法という事になる。そこで佐々木は渡辺直美をブタに変身させるというアイディアを出したのだろう。
しかし、チーム全体では否認され案は撤回されていた。演出チームとしては正しい判断を下していたわけで、結論には瑕疵がなかった。従ってチームの責任者が辞任するような問題ではなかったのではなかろうか。
アイディア段階では色々な提案が許されるべきで、そこまで縛ってしまうと斬新なアイディアは生まれてこなくなる。
”渡辺直美を「ブタ」と侮辱か”という見出しをうったメディアもいるが、それこそ彼女を侮辱している。

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2021/03/17

やっぱり武田総務相とNTT社長は会食していた

週刊文春によれば、武田良太総務大臣が大臣就任後の昨年11月11日に、NTTの澤田純社長と会食していたようだ。
場所は、東京・パレスホテル内にある日本料理店「和田倉」。澤田社長とNTTドコモ独立社外取締役の遠藤典子氏、武田大臣とJR東海の葛西敬之名誉会長が同席していた。
NTT関係者が次のように証言している。
「2019年12月18日にNTTグループが運営する迎賓館『KNOX』で澤田社長と遠藤氏が、JR東海の葛西氏と小菅俊一副社長らを招き、接待していました。この日の和田倉での会合は、返礼として葛西氏側がセットしてくれたものです」
では、なぜそこに武田氏が現れたのか。
「武田大臣を連れて行ったのはNTT側です。遠藤氏は週刊ダイヤモンド副編集長を経て、2016年6月にNTTドコモの社外取締役に就任。澤田氏の覚えがめでたい一方で、武田大臣とも以前から関係が深いと聞いています。葛西氏と武田大臣は面識がなかったそうです」(同前)

会食の有無について尋ねると、国家で武田大臣は「私は国民の皆さんから疑念を招くような会食に応じることはありません」と答弁し、NTT澤田社長も「上場企業の社長としては、個別の会食の有無については控えさせていただく」と答弁し、会食の事実確認に応じない姿勢を貫いてきた。中でも武田大臣は、壊れた蓄音機のように同様の答弁を再三繰り返し、度々国会が紛糾してきた経緯がある。
今回の会食の有無について、JR東海に尋ねると「事実でございます」(広報部東京広報室)と回答した。

会食の11月11日は、NTTとドコモの命運を左右するTOB(株式公開買い付け)の真っ最中。9月29日に澤田社長はドコモの完全子会社化を発表し、翌日からTOBを推し進めていた。史上最大と言われる4・2兆円規模のTOBが完遂されたのは、会食の6日後の11月17日だった。NTTのトップと子会社化の渦中にあったドコモの社外取締役は、TOBの最中にNTTの事業計画などを認可する立場の総務大臣を会食していたのだ。

武田総務相が繰り返していた「疑念を招くような会食に応じることはない」という答弁も理屈に合わない。疑念を招くかどうかは本人が判断することではない。過去の数々の不正でも本人が自主的に認めたことなど一度もない。外部の報道や調査によってのみ明らかにされてきた。
武田総務相は直ちに辞職すべきだ。
また、会食の場で具体的な政策を話題にしていないと言い張るケースが多いが、もともと大臣や高級官僚と社長との会食でそんな話題が出るわけがない。会食して挨拶を交わすことが重要で、具体的な進め方は担当者ベースで進むものなのだ。「世間話をしただけ」なんてバカな言い訳をした元総務相もいたが、その「世間話」が大事なのだ。
この件でもう一つ注目すべきは、ドコモの社外取締役が同席していたことだ。
社外取締役とは、外部の視点により企業経営のチェック機能を果たす役割を持つとされているが、実態は全く異なることは今回のケースを見ても分かる。
むしろ社外取締役制度は、官僚の天下りに格好の場を与えてしまった。「仕事は少なく」「実入りは多く」「責任は限定的」と、こんなオイシイ話は他にないのだ。

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2021/03/14

第25回「COREDO落語会」(2021/3/12)

第25回「COREDO落語会」
日時:2121年3月12日(土)13時30分
会場:日本橋三井ホール
<  番組  >
「挨拶」山本益博
三遊亭わん丈『近江八景』
橘家圓太郎『祇園会』
柳家さん喬『幾代餅』
~仲入り~
柳家喬太郎『錦の舞衣(上)』

前回も書いたが山本益博「挨拶」は不要。解説はプログラムに書いてあるし、その他は無駄話。だいたい落語の解説なんて野暮だ。
「こんな立派な会場で」と言ってたが、立派なのは立地と建物だけで、落語を聴く環境としては近くにある「お江戸日本橋亭」とあまり変わらない。会場の大きな部分を占めるフラットな床に、人がやっと通れるほど椅子を詰め込んでいるので、高座が見えにくい。
毎回、協賛社へのお礼の言葉があるが、最高レベルの入場料でこれだけ集客していながら、と思ってしまう。

わん丈『近江八景』
3代目金馬が得意としていたが、最近ではわん丈がよく高座にかけている。出身が滋賀県ときいて、その理由が分かった。短いネタだが「近江八景」を知らないと面白さが分からない。そういうわけでマクラで大きな扇子を使って、滋賀県の位置関係と近江八景の説明があり、八景が膳所から見た景色であるということからサゲが理解できた。
テンポよい高座だったが、江戸っ子の江戸弁が今ひとつ。

圓太郎『祇園会』
この日のお目当て。マクラで前方の近江の話をイジッタり、森喜朗はバカで、それは誰もが知っていた筈だと言ってたが同感。江戸落語というのは江戸という地域にしか通用しないドメスチック(ローカル)なもので、江戸から外は全て田舎。だから落語に出てくる言葉は江戸弁と田舎言葉(出身地方に関係なく)しかない。関西弁が出てくるこのネタは珍しい例だ。
京都を訪れた江戸っ子3人のうち、二人は先に帰り一人だけ京都に残るのだが、その理由として京都の遊郭で金を使い果たして、一人だけ親戚の叔父の家に居候していたという説明は初めて。
何かと「京は日本一」と鼻にかける尊大な京都人と短気な江戸っ子の対比が、双方の祭の風景とともに良く描かれていた。
圓太郎は上手い。

さん喬『幾代餅』
前にも書いたが、このネタは遊女の再就職物語でもある。来年3月に年季があける幾代にとって、その先の身の振り方が決まっていないとしたら、焦りもあったろう。大名や金持ちの愛人になるのを良しとしなければ、庶民の女房になるしかない。正直で勤勉な清蔵を相手に選んだのは正解だった。
想定通りのさん喬の高座。

喬太郎『錦の舞衣(上)』
歌劇『トスカ』を翻案した三遊亭圓朝作。上下の2回に分けてそれぞれ約1時間で演じるというもの。今回はその上。
芸人の面倒を見るのが好きな商人・近江屋が、なにやら浮かぬ顔の名人との呼び声も高い絵師・狩野毬信に事情を訊くと、「いくら精進しても、好きな女とも添えないようでは、私ももうやめたい」との返事。近江屋が相手は誰かと尋ねると、踊りの師匠でやはり名人の呼び声の高い坂東須賀だという。さっそく近江屋は金八を使いに立てて、お須賀の意向を探りにやらせた。お須賀は自分の舞姿を描いた毬信の絵を取り出し、踊りが描かれていないと言って、名人を目指すならもっと精進をと、求婚を拒む。首尾を聞いた毬信は自分の未熟さを悟り、修業のために大坂に発つ。以来6年、画業に励み、江戸に戻った毬信とお須賀は夫婦となる。しかし両者は仕事のために別居する。
その毬信のもとへ、毬信が上方へ修行へ行っていた際に世話になっていた宮脇家の子息・宮脇数馬が訪れる。数馬は、大坂で起きた大塩平八郎の乱の残党として追われていたが、江戸にいる母へ手紙を持って毬信に助けを求めてきた。数馬は追っ手から逃れるために女装するが、これが実姉である芸者・小菊とうり二つ。お須賀は毬信が小菊と浮気していると勘違いして嫉妬するが、事情を聞かされて納得する。
そこへ吟味与力・金谷東太郎の手下が毬信宅へ入り込み、数馬を捜査する。毬信は数馬をかくまうが、手下がい場所を突き止めた時には数馬は窮地を察し腹を切って絶命していた。謀反に加わった残党をかくまったとして、毬信も捕らえられる。これには狙いがあって、お須賀に懸想していた金谷東太郎が、邪魔な毬信を排除しようと企んでいたのだ。

喬太郎の高座で感心するのは、この様なおよそ落語らしからぬ面白さに欠ける噺を1時間近く演じても、全く長さを感じさせないことだ。それはメインストーリーと関係ない部分の描写も丁寧に、しかもダレずに演じていたからだ。時々息抜きに入れたクスグリも観客の肩の力を抜いていた。
喬太郎独特の話の緩急と「間」の取り方は、天性というしかない。
こうなりゃ、次回の下も聴かざあなるめえ。

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2021/03/12

【注意】「トロイの木馬」詐欺の手口

最近、この詐欺に危うく引っかかりそうになったので、その巧妙な手口を紹介する。
①PCの画面に突然「このPCは『トロイの木馬』のウイルスに感染しました」という警告が警告音と共に表示され、「このウイルスに感染するとあなたのPC内部にある情報が全て盗まれてしまいます」と書かれている。
②「ウイルスを除去するので直ぐに連絡下さい」と電話番号が表示され、「050-5806-8366」とあった。
③電話すると外国人らしい言葉使いの男が出てきて、ウイルスを除去する作業を教えると称して、具体的な操作を指示してくる。
後で分かったことだが、こちらのPCに先方のPCから遠隔操作できるという恐ろしいソフトが埋め込まれる。
④「今からウイルスを除去する操作を始めるので、しばらくはPCを操作しないように」と言ってくる。これも後から考えると、当方でウイルス除去や対策をネットで検索させないための手口だ。
⑤今後、ウイルスに感染させないためにマイクロソフトのファイアーウオ-ルを設定するようにと言って、ファイアーウオ-ルの役割とマイクロソフトのバックアップ体制について説明がある。
⑥そのための費用として、1年間、5年間、終身の各期間に応じた費用の説明がある。およそ3-6万円の金額だった。
⑦支払いはPCが感染しているので、クレジットカードなどは避けて近くのコンビニで「GOOGLE PLAY CARD」を金額分購入し、番号を知らせるように指示してくる。
ここで、ようやく詐欺らしい事が分かり、電話を切りPCの電源を落とした。

後からネットで調べてみたら、典型的な「トロイの木馬」詐欺だった。巧妙なのはマイクロソフトの名前を使って信用させたり、ウイルスがPCから情報を盗んでいるらしい画面を見せて恐怖を煽るといった手口だ。
もし、この様な警告メッセージが出たら、一度PCの電源を切り、一息入れてからネットにある「トロイの木馬」対策を探すか、PCのメーカーに相談すると良い。
なお、既にウイルス対策ソフトを入れていれば感染の危険は無いようだ。

 

こうした詐欺にあわないために、次の点に注意してください。
絶対に、相手の番号に電話をしないこと。
万一電話をして相手の指示に従ってPCを操作した場合は、「アプリと機能」の一覧から怪しいアプリや、電話のあった日に新しく入れられたアプリは直ちに削除すること。

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2021/03/11

組織はなぜ不祥事を隠蔽するのか?

現在、国会で総務省幹部などによる不正な接待が問題とされていて(実態は「贈収賄」)、総務大臣の責任追及がなされている。今回の不正の発覚は週刊誌の報道から始まっていて、それを受けて政府がようやく重い腰を上げたかっこうだ。政府の各機関で、外部からの報道や通報なしに不正が暴かれた例は皆無に等しいだろう。
今回の総務省などの一連の不正は数年前から行われてきた。しかし、不正発覚後も、不正が行われていた当時の管理責任を問う声はない。

こうした事例は民間でもある。
かつて勤務していた会社のある支店の営業マンが3億円使いこんだ事件が発覚した。その人は過去10年間ほどかけて横領していたが、その間に支店長は3代替っていた。新しい支店長が着任して半年で横領の事実をつかんだのだ。会社は本人を懲戒解雇にして、支店長を左遷した。処が、過去の横領が行われていた時の3人の支店長にはお咎めなしで、なかには既に役員になっている者もいた。この処置については社内でもあまりに片手落ちという批判があったが、遡って過去の支店長が責任を問われることはなかった。

民間企業での社員による使い込み事案は、実際にはかなり多い。だが表沙汰になるのはごく一部で、本人や家族が損害を弁済して依願退職扱いにしている例が多い。不祥事が明らかになると、管理職が責任を取らされるから組織をあげて隠蔽してしまうのだ。
私が知っている例では、使いこんだ本人や親族に弁済能力がなかったため、事業部長の指示で同じ事業部の社員が全員で金を出し合って弁済し、本人はそのまま定年退職まで勤めたという酷い例もある。最終的には本人の退職金で金を出してくれた社員たちに返済してチャラにした。

この様に、不正が行われた時期と発覚した時期がずれていた場合、責任を取らされるのは発覚した時点での管理責任者となり、不正が行われていた時点での管理責任者は責任を問われない。
そうすると、自分が責任者であるうちは不正があっても隠蔽してしまう事になる。
こうした慣例が横行しているうちは、組織が不祥事を隠蔽するのを防ぐことはできない。

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2021/03/08

「お月様いくつ 十三七つ」が意味するもの

ある程度の年配の方なら「お月さまいくつ、十三七つ、まだ年あ若いな」というわらべ歌を聞いたことがあると思う。辞書によれば「十三夜の七つ時(4時ごろ)の、出たばかりの月のことで、まだ若いの意」(デジタル大辞泉)とある。
月刊誌「図書」2012年2月号によると、「十三七つ」について女子にとっては一つの区切りをつける年齢と、月への信仰との関連を暗示しているという。
男子の場合は15歳が「元服」だが、女子の場合は13歳が「成女式」といって様々な儀礼をおこない、振袖を着て子どもから大人になった。恐らくは女子の「初潮」を迎える年齢とも関係していたのだろうと推測する。
「十三で大人」は今の時代では早すぎるように感じるだろうが、『赤とんぼ』では「十五でねえやは嫁に行き」だし、浄瑠璃『桂川連理柵』で40歳の男と不倫する「おはん」は14歳、小唄勝太郎の『島の娘』では「娘十六恋心 人目忍んで主と一夜の仇なさけ」と唄っている。今なら刑事事件になりかねないけど、昔は立派な大人として扱っていた。

では「七つ」はどういう意味があるかだが、諸説あるようだ。民俗学の分野では「七歳までは神の子」「七つ前は神のうち」として、無垢な子どもらしさの根拠にしてきた。
しかし歴史学者の柴田純によれば、これは昭和になって生まれた俗説にすぎないという。近代・中世の社会では、幼児は「無服」とされ、神事や刑罰から疎外・排除されて、特別な存在とみなされてきた。これは「養老律令」(757年)で七歳までは「服忌(ぶっき)」の対象外としてことにより、七歳を境界とする観念が生まれたのだという。民俗社会では「七歳未満忌服なし」という言い回しがあり、7歳未満は葬式を出さないとされてきた。
フランスの歴史学者のアリエスによると、かつての伝統的な社会では、子どもが死亡した場合は、すぐに別の子どもが代わりに生まれてくると受け止められいたという。子どもの出生や死について社会は無関心であり、7歳くらいまで生き残った子どもだけが労働力として家族の数に加えられていた。
つまりある時期までは「子供は存在しなかった」のだ。
近年になってから、子どもに対する強い関心と親密な家族関係が生まれた。
このことから、親が子どもを虐待したり、子どもを殺しても「無理心中」などという用語が平気で使われているのも、前近代の名残かも知れないと思った。
宮本常一によると、大阪郊外の農村部では、女の子は7,8歳になると子守として金持ちの家に雇われるか、母親が工場で仕事をしている間に子守をしていたという。そして14,5歳になると自分が工場で働くようになった。
こうして見ていくと、子どもの人権が謳われるようになったのは、つい最近のことになる。

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2021/03/06

「弘田三枝子」の思い出

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昨年7月に亡くなった弘田三枝子について、病気療養中だったので追悼文が書けず時期を逸してしまった。ポップス系の歌手として私が唯一ライブをみた歌手として思い出深い。
弘田は私の3歳年下で、ライブは20歳の頃にみた記憶があるので、彼女は17歳ということになる。TVで顔を見ない日がない超売っ子だった弘田のショーなど、私の乏しい小遣いではとてもみに行けなかったのだが、当時は労音(未だあるのかな?)の会員になっていてかなり安い入場料だったのが幸いした。
弘田三枝子は14歳で「子供ぢゃないの」でデビュー、以後「悲しき片思い」「すてきな16才」「ヴァケーション」「渚のデイト」「悲しきハート」「私のベイビー」「砂に消えた涙」「ナポリは恋人」「夢みるシャンソン人形」と次々ヒットをとばしていた。
弘田の特長はパンチ力に溢れた歌唱力で、これは同世代のポップス系歌手に比べ遥かに優れていた。
ライブの時の弘田は司会もゲストも無しで、およそ1時間半ほど一人で歌いまくった。10代の彼女はキラキラと輝いており、はちきれんばかりの肢体だったと記憶している。
自身のヒット曲を中心にしたポップスと、ジャズのスタンダードナンバーを次々と披露し会場を沸かした。声量、歌唱力、表現力とも、とても10代の歌手とは思えない期待通りでの舞台で、さすが8歳の頃から進駐軍のキャンプで歌っていたと言われるだけの事があると思った。その実力は1965年、東洋人歌手として初めてアメリカ合衆国の「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」に招待されたことからも分かる。
1960年代の中頃から大きなヒットに恵まれず、TVへの露出も減っていたが、1969年に「人形の家」のヒットでカムバックした。しかし、整形とダイエット後の弘田は以前とは別人の様だった。
以後はスキャンダラスな報道もあり、かつての弘田三枝子ファンとして落胆することが多かった。
弘田は後輩のミュージシャンたちに大きな影響を与えていて、桑田佳祐は「チャコの海岸物語」の歌詞にある「ミーコ」は弘田を指し、アルバム「綺麗」では弘田の愛称である「MICO」という作品を収録し、彼女をリスペクトしている。
レコードデビュー60周年の年に73歳で亡くなったのは早世の感もあるが、早足で駆け抜けた人生であったのだと思う。

 

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2021/03/04

国立演芸場3月上席(2021/3/3)

国立演芸場3月上席・3日目

前座・林家ひこうき『つる』
<  番組  >
春風亭ぴっかり☆『たらちね』
春風亭柳朝『唖の釣り』
翁家勝丸『曲芸』
林家三平『四段目』
― 仲入り ―
桂文雀『風の神送り』
のだゆき『音楽パフォーマンス』
春風亭小朝『抜け雀』

久々の寄席、国立演芸場は昼席だけで公演時間も2時間半と短く手頃なのがいい。コロナ対策も他の会場に比べ厳重で、これなら感染の心配はないだろう。小朝がトリの割には客の入りが悪い。

前座の高座をみて、この人も10数年経てばいずれ真打になるんだろうなと。師匠が弟子をとる時に芸人としての本人の適正を判断した方が良いのでは。さもなくば、真打昇進の基準を設けるとか、立川談春みたいに前座の段階でふるい落とすとか、考えた方がいい。冷たいようだが、その方が本人のためでもある。

ぴっかり☆『たらちね』
過不足なく上手いもんだ。私は女性は噺家に向かないというのが持論だが、この人と立川こはるは別格だ。

柳朝『唖の釣り』
時間が急いていたのか、喋り急ぎの感があった。もう少し「間」が取れていたらもっと面白く聴かせたのでは。

勝丸『曲芸』
大神楽で度々ボールを落としていたが、あれはプロとしてどうなんだろう。

三平『四段目』
大して面白くもない「笑点」の裏話を長々とマクラに振って本題へ。このネタの勘所は、定吉が演じる判官切腹の場を芝居仕立てに演じることにある。時間の関係か全体を端折ったのはやむを得ないとしても、四段目のセリフも所作も歌舞伎とはほど遠い。高座にかけられるレベルではない。下手なのは致し方ないが、もっと真面目に取り組んで貰いたい。

文雀『風の神送り』
昔は町内で悪い風が流行ると、風の神をこさえて「送れ送れ、風の神送れ」と囃子ながら川に流すという風習があったそうだ。町内から寄付を募る所から始め、夜釣りで網打ちをしていた人が風の神を網にかけ、「弱み(夜網)につけ込んだ」のサゲまで演じた。時季に適したネタだ。
この人のいかにも芸人らしい風情がいい。

のだゆき『音楽パフォーマンス』
鍵盤ハーモニカでアコーディオンの音でシャンソンを演奏してのが良かった。

小朝『抜け雀』
独演会以外で、寄席でトリの小朝を聴いたのは4代目桂三木助の襲名披露以来だから、もう遠い昔のことだ。
お馴染みのネタだが、随所に小朝らしいクスグリや工夫が見られた。絵師の父親が雀の絵にカゴと止まり木を加えた時に、宿の主に絵師へ「お前はこの画の雀と同じで、カゴも止まり木も要る」と伝言するよう依頼する。通常は絵師が宿に戻ってくる時は立派な恰好をしてくるが、小朝の高座では昔のままのボロ服で戻ってきて父親からの伝言を聞かされ、自分はその通りだと涙する。親子の対立がこれを機に和解に向かうという劇的効果を加えたものと想像する。
少々ダレ気味の番組を、最後に締めた。

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2021/03/02

韓国「光州事件」をテーマにした作品『タクシー運転手 約束は海を越えて』『1987、ある闘いの真実』

韓国は長期にわたり軍事独裁政権が続いていて、民主化がなされたのは1990年代の始めになってからだ。今では信じがたいかも知れないが、当時は日本でも右派は親韓(岸信介、安倍晋太郎が代表的)、左派が嫌韓だった。日韓条約は自民党が推進し、社会党などが反対した。日本国内では韓国のスパイが暗躍し、来日した韓国人が誰と面談しどんな会話をしたかを本国に連絡していた(ある韓国の学者から聞いた実話)。私などは未だにその頃の韓国のイメージが強く残っている。
なかでも「光州事件」は、中国の天安門事件と並ぶ韓国の黒歴史で、概要は以下の通り。

1980年全羅道の中心都市光州において起きた反政府運動を,成立直後の軍事政権が弾圧した事件。
クーデタで成立した軍事政権は金大中 (キムデジユン) をはじめとする国会議員を逮捕したが,その多くが全羅道の出身者で占められていた。これに対して光州市の市民・学生らは激しい反政府運動を展開したが,軍隊の導入で徹底的な弾圧を受けた。公式発表では死者174名とされたが,数千人が死亡または行方不明になったとされる。全羅道という政治的・経済的に冷遇されてきた地域の人々の不満が背景にあり,金泳三 (キムヨンサム) ・金大中の文民大統領によって当時の軍人・政治家の処罰および光州市民の名誉回復が行われた。
(旺文社世界史事典 三訂版)

韓国の民主化以来、ようやく被害の実態と被害者救済が進められてきたが(その点は中国とは大違い)、未だに事件の全貌が明らかになったとは言えない。10年ほど前から韓国の映画界で光州事件を扱った作品が公開され、反響をよんでいる。その中から2作品をとりあげてみたい。

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『タクシー運転手 約束は海を越えて』 2017年 韓国映画
監督:チャン・フン
脚本:オム・ユナ
主演:ソン・ガンホ
実話をもとにしたフィクション、主要な人物には実在のモデルがいる。
1980年5月に韓国の全羅南道光州市で起こった民主化を求める民衆蜂起の光州事件が描かれている。全斗煥らによる軍事クーデターや金大中の逮捕を発端として、学生や市民を中心としたデモが戒厳軍との銃撃戦を伴う武装闘争へと拡大していった事件。作中ではソウルのタクシー運転手キム・マンソプは、10万ウォンと言う高額な運賃が得られることを期待し、ドイツ人記者のピーターを乗せ光州へと車を走らせ、検問をかいくぐり光州へ入る。ピーターは軍による暴虐を目撃し、その事実を全世界に発信するため撮影記録を持ち帰ることを決意する。キムも無残にも次々に死んで行く彼らを見るうち、次第にピーターの使命を理解するようになり、キムは軍の追手を振り払いながらピーターを無事ソウルに送り届ける。この映像により初めて全世界に光州事件の実態が明らかになる。
軍隊が市民を虐殺していく映像が衝撃的で、今起きているミャンマー軍による市民殺害とダブってしまう。

1987

『1987、ある闘いの真実』 2017年 韓国映画
監督:チャン・ジュナン
脚本:キム・ギョンチャン
主演:キム・ユンソク
1987年1月14日の学生運動家朴鍾哲拷問致死事件から6月民主抗争に至る韓国の民主化闘争を描いた作品で、実話にもとずく。
1987年1月、全斗煥大統領による軍事政権下の韓国で、内務部治安本部対共捜査所長のパクは北分子を徹底的に排除するべく、取り調べを日ごとに激化させていた。そんな中、行き過ぎた取り調べによってソウル大学の学生が死亡してしまう。警察は隠蔽のため遺体の火葬を申請するが、違和感を抱いたチェ検事は検死解剖を命じ、拷問致死だったことが判明。さらに、政府が取り調べ担当刑事2人の逮捕だけで事件を終わらせようとしていることに気づいた新聞記者や刑務所看守らは、真実を公表するべく奔走する。また、殺された大学生の仲間たちも立ち上がり、事態は韓国全土を巻き込む民主化闘争へと展開していく。運動のリーダーだった学生が軍に射殺されたのをきっかけとして全市民を巻き込む民主化闘争に発展する。
「光州事件」から7年後の物語で、反共のためならどんな不正も許された時代が続いていた。しかしこの時代には真実を暴く人々が現れ、報道するジャーナリストもいた。彼らの命がけの闘いが民主化を導いていったことがよく分かる。

両作品から、韓国の民主化がいかに大きな犠牲の上で勝ち取られたかが良く分かった。特に大学生ら若者が先頭に立っていたのも印象的だった。
振り返って我が国で、ああした状況になった時に、若者たちが立ち上がるであろうか。

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