« 東京五輪が開催できない理由 | トップページ | 大相撲3月場所11日目(2021/3/24) »

2021/03/22

警察の失態が招いた「オウム真理教事件」

昨日がオウム真理教による「地下鉄サリン事件」から26年目にあたる日だった。当時、事件の主要な現場となった地下鉄「霞が関」から300mほどの所に私の勤務していた会社のオフィスがあったし、社員の中にはこの駅から通勤していた人もいたので鮮明に記憶している。
メディアでは事件の悲惨さを風化させないようにと特集を組んでいたが、もう一つ忘れてはならない重要なことは、地下鉄サリン事件に至るオウム真理教の一連の事件が、警察による数々の失態が助長したという事実である。
以下に、地下鉄サリン事件までにオウム真理教が起こした主な事件(信者同士の殺傷事件を除く)を記す。

1989年11月4日 坂本堤弁護士一家殺害事件
1993年6月28日  亀戸異臭事件
1993年11月~ サリン建屋建設事件
1993年12月18日 池田大作サリン襲撃未遂事件
1994年5月9日 滝本太郎弁護士サリン襲撃事件
1994年6月27日 松本サリン事件
1994年9月20日 江川紹子ホスゲン襲撃事件
1994年12月12日 会社員VX殺害事件
1995年1月4日 被害者の会会長VX襲撃事件
1995年2月28日  公証人役場事務長逮捕監禁致死事件
1995年3月15日  霞ケ関駅アタッシュケース事件
1995年3月19日  島田裕巳宅爆弾事件
1995年3月20日  地下鉄サリン事件

事件の発端ともいうべき「坂本堤弁護士一家殺害事件」は、オウム真理教の幹部6人が、「オウム真理教被害者の会」を組織していた弁護士の坂本堤とその妻、1歳だった長男を殺害した事件である。
殺害事件の現場にプルシャ(オウム真理教のバッジ)が落ちていたため、当初からオウム犯行説が浮上していた。
しかし、捜査にあたっていた神奈川県警は、坂本弁護士が労働運動の弁護を行っていて共産党に近い人物だとして、当初から捜査に消極的だった。それどころか、「坂本弁護士は借金を抱えて失踪した」「大金を持ったまま逃げた」「共産主義過激派の内ゲバに巻き込まれた」などの事実無根の噂を新聞社に流し、失踪説を吹聴していた。
また、相手が宗教団体だったということで腰が引けていた面もあった。
この警察の失態がオウム真理教の暴走を増長させてしまう結果となり、その後の松本サリン事件や地下鉄サリン事件など多くのオウム事件を誘発する要因となった。

松本サリン事件は、長野県松本市で発生したテロ事件。オウム真理教教徒らにより、神経ガスのサリンが散布されたもので、被害者は死者8名、負傷者は144名に及んだ。戦争状態にない国において、サリンのような化学兵器クラスの毒物が一般市民に対して無差別に使用された世界初の事例である。
またこの事件は、無実の人間が半ば公然と犯人として扱われてしまった冤罪未遂事件・報道被害事件でもある。その背景には、ずさんな捜査を実施した警察とマスコミのなれ合いがあった。
捜査していた長野県警察は、サリン被害者でもある第一通報者の河野義行(妻はこの事件で死亡)を重要参考人とし家宅捜索を行い、薬品類など二十数点を押収。その後も連日にわたる取り調べを行った。その一方で事件発生直後の「不審なトラック」の目撃情報は黙殺した。
マスコミは、一部の専門家が「農薬からサリンを合成することなど不可能」と指摘していたにもかかわらず、オウム真理教が真犯人であると判明するまでの半年以上もの間、警察発表を無批判に報じ、あたかも河野が真犯人であるかのように印象付ける報道を続けた。
この結果、捜査の転換が大きく遅れてしまった。

もし、これらの事件で警察がまともな捜査を行っていたら、「地下鉄サリン事件」は未然に防ぐことができただろう。上記の他にあげた事件も、全てオウム真理教に批判的、あるいは敵対的な人々が標的にされていた。
警察の失態(意図的とも思えるような)がオウム真理教の暴走を招いてしまったと言っても過言ではない。
事件の記憶を忘れぬようにすることも大事だが、なぜ警察が失態を繰り返したのかを反省し総括することも重要であるが、そうした事実は耳にしない。

|

« 東京五輪が開催できない理由 | トップページ | 大相撲3月場所11日目(2021/3/24) »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 東京五輪が開催できない理由 | トップページ | 大相撲3月場所11日目(2021/3/24) »