「ルッキズム」は難しい問題だ
「ルッキズム」とは、「外見にもとづく差別」であり、特に「身体的に魅力的でないと考えられる人々を差別的に扱うこと」を指す。外見至上主義という呼称もほぼ同義として扱われる。
もう10年位前になるが、ある海外のツアーに参加した時に、マスクしている女性がいた。気になって理由を訊いてみると、自分の顔に劣等感があるのだと言う。私から見て、美人とは言えないがいわゆる10人並み。本人は銀行に勤めているが、窓口に配属されたことがないとか。その原因は、自分の容姿が劣っているからだと言う。事実なら、それは「ルッキズム」だ。
今度は女性の方から私に質問。「他の条件は一緒で、片や美人、もう一方は美人じゃないとしたら、どちらを選ぶか」と訊かれた。「そりゃ、美人の方を選ぶね」「ほら、やっぱりそうじゃない」と非難の眼。
私は俗物だから、美しい女性に出会うと幸せな気分になる。当ブログのカテゴリーの中に「世界の街角で出会った美女」がある。海外旅行で出会った美女の写真を紹介したものだ。相手の承認を得て撮影したものが殆んどで、拒否された事はめったに無い。撮影スポットやポーズを指定してくる人もいる。きっと自信があるんですね。
こちらは観光写真のついでに撮影していたが、中には美女の写真だけ、それも自撮りでツーショットの撮影に励んでいた人も。そちらはハードルが少し高いせいか、断われて落ち込んいる時もあった。
外見の問題は男性にもある。女性から見ても、背が高くてハンサムな男性は、やはり魅力を感じるだろう。
知り合いに色男がいるが、若い時から女性にもてていた。こっちは指を咥えて横目で見ているしかなかった。でも結婚してからは、妻にヤキモチを焼かれると、ぼやいていた。私の知る限り、浮気をするような男じゃないが、奥さんから見ると心配でしょうがないらしい。一度もヤキモチを焼かれたことがない私は、幸せ者だ。
SNSの発達によって、世の中はますます「見てくれ」の傾向が強まった。
一般論としては「ルッキズム」は否定されねばならないが、個々の問題としてはそう簡単ではない、悩ましい問題である。
« 人はなぜ「陰謀論」に騙されるのか | トップページ | 日本はデジタル後進国 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 懐かしい昭和の風景(2023.08.26)
- 身近な美女に逢える確率は40年に一人(2023.08.23)
- 「個人的意見ですが」は不要(2023.08.17)
- 日本人のさもしい根性を映しだす「ふるさと納税」(2023.08.03)
- 喫煙者が羨ましかった(2023.07.14)
コメント