日本の司法制度の闇を映す「強姦冤罪事件」
再審の判決が出たのは7年前であり、それほど大きな反響をよんだ事件でもなかったので、忘れた人も多かったと思られるが、日本の司法制度の闇を映す冤罪事件として、又これからも起こりうる事件として注目したい。
『Business Journal』の河合幹雄氏の記事を参考に、事件の顛末を追ってゆきたい。
事件が起きたのは2008年で、当時65歳だった男性が、自身の養女である14歳の少女を2004年と2008年に強姦したという、少女本人の証言によって逮捕、起訴された。この少女は、男性の妻の連れ子(女性)の娘、つまり男性にとっては孫娘に当たるが、2005年に男性の養女となったという複雑な環境にあった。男性は捜査や裁判で一貫して容疑を否認したものの、少女やその兄の証言が決め手となって、2011年に最高裁で懲役12年の実刑判決が確定した。
ところが男性が服役しているさなかの2014年、少女が「証言はウソだった」と弁護士に告白し、兄も証言が虚偽だったことを認めた。さらに、少女が事件直後に受診していた医療機関において、性的被害の痕跡がなかったことや、実際には被害を受けていないという少女の発言の記載されたカルテが存在することも判明。虚偽の証言による冤罪であったことが明らかとなり、男性は釈放された。
その後、2015年の再審判決公判で無罪が確定した。逮捕、起訴されてから無罪が確定するまで7年を要した。
なぜこうした冤罪を生んでしまったのか。
第一は検察の考えられないミスだ。検察官が、14歳の少女がありもしない強姦被害等をでっち上げるまでして養父を告訴すること自体非常に考えにくいと勝手に解釈し、少女やその兄の証言を鵜呑みにしていたからだ。そのため、大事な証拠となる少女の診察記録を調べなかったか、あるいは隠蔽したのか、いずれにしろ検察の重大なミスだ。
第二は、裁判官の姿勢だ。この事件の裁判官は、検察と同様、少女の虚偽の証言に基づく検察の描いた事件のストーリーをまったく疑うことなく、有罪判決を下してしまった。それも地裁、高裁、最高裁のいずれも揃って誤った有罪判決を下したのだ。
この背景には、日本の刑事裁判においては、しばしば検察の主張はほぼ自動的にそのまま採用されてしまう。検察が起訴したら、裁判所はそれに対してほとんど異を唱えず、99.9%以上の率で有罪判決を下しているのが現実だ。極論すれば、日本の刑事裁判で人間を裁いているのは、事実上、裁判所ではなく検察なのだ。
本件では、男性が、過去に少女の母親と性的関係を持っていたという事実も裁判官の心証を悪くした可能性がある。それと、証言のみを鵜呑みにして証拠調べを怠ったという姿勢は、裁判官としてあるまじき態度だ。
無罪が確定した男性とその妻は、冤罪によって受けた精神的苦痛に対する国と大阪府の責任を追及すべく、国家賠償請求訴訟を起こした。ところが大阪地裁は、「起訴や判決が違法だったとは認められない」として、男性側の請求をすべて棄却した。
前項に記したように、この冤罪は検察と裁判所の完全なミスが原因であり、それによって男性は長期間刑務所に入れられ、物心両面で多大な損害を被ったのですから、国が賠償責任を負うのは当然と思える。
国家賠償の定義だが、国家賠償法第1条において、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と規定されている。
ところが、最高裁の判例では、
「違法行為があったとして国の損害賠償責任が認められるためには、裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合でなければならない」
「各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があったときは、検察官の公訴の堤起および追行は違法行為に当たらない」
としている。
つまり、「検察官や裁判官が、悪いことをしようという明確な意図のもとに行ったことでなければ、国家が賠償する必要のある違法行為には当たらない」という判断だ。今回もこの判断に基づき、男性側の請求は棄却されたことになる。
しかし、本件の様に検察官と裁判官の明らかなミスで冤罪を生んだケースでは、国家賠償が適用されるべきだろう。
この事件全体を見るに、刑事事件に対する司法の在り方に、一石を投ずるものだ。
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はじめまして、ほとんどの方が一般常識で、この家族を想像されるでしょうし、また河合幹雄氏の記事を(全くの一般論)、ベースにされたら、こう考えられて当然と思います。但しこんな家族は稀で、これに国家賠償を認めていると、親族ぐるみの国賠詐欺もあり得るほど特殊な家族です。義理関係と性的に超ルーズな男性の起こした(他の面では良い所もあったのかもしれませんが)、家庭内事情に国賠は考えものかと思います。
■文春の記事(家庭環境に詳しい)→
https://bunshun.jp/articles/-/10454?fbclid=IwAR2eYBDEELhoifLpkBtMnsFNM_ytUW6-deOgXk9V3aF0kHQa__KIfhECq_k
■個人ブログ(1,2で全体の経緯に詳しい)→
https://hokusetsu-navi.hatenablog.com/entry/2019/01/08/191428
投稿: ink | 2021/10/31 11:21
追記:ご承知かと思いますが、男性は、拘置された補償は約1800万円受領済みです。この額が低額であるというのは理解できますが、本人が同居中の義理の孫娘に、何もしなければ何もなかった。それ以前に彼女の母親(義娘)と性的な関係を持たなければ、問題は起きなかった。
投稿: ink | 2021/10/31 11:29
追記2:失礼しました。補償額は約2800万円を、1800万円と書き違いをしたかもしれません。何度もすみません。
投稿: ink | 2021/10/31 11:35
inkさん
体調不良のため、お返事が大幅に遅れて申し訳ありません。
確かにこの男性の行った過去の行為は大いに問題があり、その心証が有罪判決に結びつけられてものと思われます。
一方、検察と裁判官は、本件にとって重要な被害者の診察記録を調べずに(又は故意に隠蔽して)起訴から判決に至ったものであり、過失は明らかだと思います。こうした冤罪を繰り返さないためにも国家賠償の請求は妥当な訴えを思われます。
>はじめまして、ほとんどの方が一般常識で、この家族を想像されるでしょうし、また河合幹雄氏の記事を(全くの一般論)、ベースにされたら、こう考えられて当然と思います。但しこんな家族は稀で、これに国家賠償を認めていると、親族ぐるみの国賠詐欺もあり得るほど特殊な家族です。義理関係と性的に超ルーズな男性の起こした(他の面では良い所もあったのかもしれませんが)、家庭内事情に国賠は考えものかと思います。
> ■文春の記事(家庭環境に詳しい)→
>https://bunshun.jp/articles/-/10454?fbclid=IwAR2eYBDEELhoifLpkBtMnsFNM_ytUW6-deOgXk9V3aF0kHQa__KIfhECq_k
> ■個人ブログ(1,2で全体の経緯に詳しい)→
>https://hokusetsu-navi.hatenablog.com/entry/2019/01/08/191428
投稿: home-9 | 2022/01/06 09:21