「子ガチャ」だってあるさ
「親ガチャ」という言葉がある。子どもの立場から「親は自分では選べない」「どういう境遇に生まれるかは全くの運任せ」(「実用日本語表現辞典」)と述べる表現を言うらしい。
しかし、「子ガチャ」だってあると言いたい。
同じ両親から生まれ、同じ環境で同じ様に育てにも拘わらず、兄弟姉妹の性格が全く異なるということは珍しいことではない。
私は二人兄弟の弟だったが、兄は模範的な人柄で親孝行、昼は仕事をしながら高校大学を夜間で卒業した努力家だった。だから、親戚の家に行くと、いつも兄を褒める言葉を聞かされた。ということは、私はその正反対に見られたわけだ。なかには露骨に、「この子は兄さんとは似てないねえ」なんて言われることさえあった。
だから親は困惑しただろう。兄弟で何でこんなに違うんだろうと。
自分が親になって子育てをしてみると、二人の子どもは同じ様に育てた筈だが、性格が正反対なのに戸惑うばかりだ。
結局、その子の本来持っているものが異なるのだから仕方ないと思うしかない。全てはこれも運任せ、「子ガチャ」である。
よく重大事件を起こした子どもの家族が夜逃げに追い込まれたり、時には自殺者まで出してしまうことがあるが、気の毒としか言いようがない。
養育環境についてあれこれ議論したりしても、一部のケースを除けば無意味だと思っている。殆んどが特殊なケースであり、その人の個別の事情によるものだと思う。
だから一般的な背景を詮索しても何も出てこないし、ましてや事件を防ぐことなど不可能だと思っている。
前にも触れたが、私は旅行が好きであちこちのツアーに参加してきた。そうすると、必ずと言っていいほど周囲に迷惑をかける人が一定割合いる。
最初は腹が立ったが、ある時に約5%(およそ20人に1人程度)はそういう人がおり、それは仕方ないことだと諦めたら気が楽になった。だから20人ほどのグループで、何も問題が起きなければ今回はラッキーで、迷惑になる人が2人以上いたら今回はついてないと思うことにした。
世の中には、どうにもならない事があるのだ。
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