ボクも鈴さんに恋をしてしまった、吉田修一『ミス・サンシャイン』
吉田修一『ミス・サンシャイン』(文藝春秋‐2022年1月10日初版)
普段、小説といえばミステリー、それも海外ミステリーしか読まないが、この本を手にとったのは広告を見て、女優の京マチ子をモデルにしたものだと思ったからだ。
デビューのころは「肉体派、ヴァンプ(妖婦、魔性の女)女優」とよばれ、主演した映画が次々と国際映画賞を獲得すると「グランプリ女優」、ハリウッドにも進出して「国際派女優」と呼ばれた、戦後の日本映画を代表するスターだ。映画が斜陽化してからはTVドラマや舞台女優として活躍した。
小説では、かつての大女優で今は高齢で引退している「鈴さん」として描かれているが、女優としての経歴は京マチ子とほぼ重なる。
主人公の青年「一心」があるきっかけで、鈴さんの家にある資料の整理を頼まれる。一心は、スクリーンの中の鈴さんは知っていたが、80代と年を重ねても凛とした美しさを保つ等身大の鈴さんに魅了される。資料を整理する中で、鈴さんが一心と同じ長崎の出身であり、被爆者であることを知る。鈴さんが長崎で姉妹同様に仲良くしていた佳乃子という少女がいて、彼女の方がずっと美人だったこと、女優としても彼女の方に先に声がかけられていたこと、原爆症の白血病で若くして亡くなり夢が断たれたこと、そして鈴さんはずっと佳乃子の歩むべき道を歩いてきたと思っていることなどを知る。幼い頃に最愛の妹を病気で亡くした一心に、鈴さんの思いが重なる。一心が失恋した苦しさを打ち明けると、鈴さんはそれを優しく受けとめてくれ、やがて50歳も年が離れている鈴さんに恋心を抱くようになるが、それは成就できないことは最初から分かっている。ただ、鈴さんが佳乃子の事を公には一切語らなかったことに疑問を持つが、鈴さんからの手紙で幻となったアカデミー賞の授賞式スピーチで、自身が被爆者であることと、原爆症で亡くなった佳乃子への思いを吐露しようと準備していたことを知る。
「彼女は亡くなり、私は生きた」と。
敗戦と占領を経て、日本人は心を失ったかに見えたが、鈴さんは決して失っていなかった。
華やかなスターの姿の陰で哀しんでいた鈴さんの、その彼女への純粋な一心の恋慕の情が、静かに伝わる作品だ。
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