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2022/04/04

柳家小三治とその周辺(下)

月刊誌「図書」4月号に、矢野誠一「柳家小三治とその周辺(下)」が掲載されているので、概要を紹介する。
落語家は住んでいる地名が綽名となっていることは、ファンならご存知のとうり。8代目文楽なら黒門町、5代目小さんなら目白、6代目圓生なら柏木、小三治は高田馬場に住んでいたので「馬場の師匠」あるいは「馬場」と呼ばれていた。
余談だが、楽屋で師匠がたが「馬場は」という会話を交わしていたら、傍できいていた前座が「馬場なら10年前に死んでますよ」と言って大笑いになったという。ジャイアント馬場と勘違いしたのだ。
高田馬場駅のホームから、線路を挟んだ目の前に小三治宅があった。
ある夏の日に、小三治がパンツ一丁で屋根にのぼり、TVのアンテナを直していたところ、ホームにいた入船亭扇橋が「なにやってんだ」と声をかけた。小三治が「見りゃ分かるだろう。テレビのアンテナを直してるんだ」と答えた。この会話をきいたホームの乗客たちが爆笑して、後日小三治は扇橋に、「あんなとこで芸をやらされるとは思わなかった」と言った。いかにも、この二人らしいエピソードだ。
「東京やなぎ句会」では100回の吟行を重ね、そのうち10回は海外だった。どうやら行く先でトークショーを開いて、旅行費の足しにしてようだ。その際は、扇橋と小三治は落語を披露していた。時には落語なしの場合もあり、小三治は「着物を持っていかなくていい旅って、本当に楽なんだ」と言っていた。
香港経由でバリ島に行く句会では、出発になって航空機のトラブルで降ろされてしまった。こういう時は、ただ一人英語が話せる加藤武だけが頼りになった。加藤によると航空会社への抗議の仕方も国柄が出ていて、英国人とオランダ人は論理的、米国人や韓国人は感情的、そして日本人は「何とかしろ」の一点張りだったとのこと。
空港内なら何を食べても無料という食事券が配られ、オイルサーディンを頼んだら、缶詰のまま出てきた。矢野誠一が「ひどいね、せめて皿に移せよ」と言うと、小三治が「非常時だよ、我慢おし」とたしなめた。
結局、その日は飛行機が出発せず、一同は手配して貰ったホテルに送られたら、そこは天井と壁が鏡張りでベッドは円形、ボタンを押すと真ん中が浮き上がるという仕掛け。こんな部屋に二人で泊まるわけにはいかず、全員が一部屋に集まって一晩中バカ騒ぎ。
この旅行を手配した永六輔が責任を感じてしょげかえっていると、小三治が「旅はこうでなくっちゃ面白くない。トントン行ったんじゃ想い出にならない」と慰めると、永は号泣した。
小三治は、オートバイが趣味の一つで、よく同好の士と共にツーリングに出かけていたが、リュウマチを患ってから乗れなくなってしまった。「今でもオートバイに乗ってる夢を見るんだ」と言ってから、「そのうち落語演ってる夢を見るんだろうな」と続けていた。
オートバイに乗れなくなってからの小三治は、読書三昧の日を送るようになる。最初は大佛次郎の本を方端から読み漁り、次は永井荷風に傾倒する。きっと、荷風の生き方に感じるところがあったのだろうと、矢野は推定している。
東京五輪の開催には批判し続けていた。
著者の矢野が小三治と最後に会ったのは、2021年9月14日の紀伊国屋ホールでの「桂八十八襲名披露興行」の楽屋だった。
2021年10月7日に小三治が死去すると、「東京やなぎ句会」のオリジナルメンバーで残ったのは、矢野だけになってしまった。10月17日の第626回をもって、句会の名称は故人に返上することになった。
最終回で詠んだ、小三治(俳号は土茶)への追悼句は次の通り。
小首傾げ一サ苦吟や柳散る 倉野章子
ゴム留めの手紙の束や美男葛 小林聡美
冷まじやま・く・らを永く抱きにけり 中村梅花
どささんのほがらかにいた日のたのし 南伸坊
曲がらずに曲がらずに往く神の旅 矢野誠一
名月や幕降りてなほ頭垂れ 山下かほる

最後に、矢野誠一が選んだ小三治の秀句5句。
煮こごりの身だけよけてるアメリカ人
ひといきに葱ひんむいた白さかな
鶯のかたちに残るあおきな粉
旧姓に戻りましたと秋めく日
(追悼小沢昭一)
もう一度上がってたもれ冬の寄席

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コメント

お書きになった記事全体から、古き良き感じが漂ってきます。
冷まじやま・く・らを永く抱きにけり 中村梅花
実に機知に富んだ句ですね。

福さん
こういう素敵な人たちに囲まれていた小三治は、いい人生を送ったのだと思います。

ご紹介なさった海外でのトラブルの逸話は、「ま・く・ら」でも出てきますね。 
航空会社も、よほどホテルが空いてなかったとはいえ、すごい宿を手配したものです。
あと半年で一周忌ですか。早いものです。

小言幸兵衛さん
エライ目にあったようですが、旅行はハプニングにあった時の方が思い出に残るのはその通りです。

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