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2022/09/19

三遊亭圓窓の死去を悼む

落語家の六代目三遊亭圓窓(さんゆうてい・えんそう=本名・橋本八郎)が、9月15日に心不全のため都内の自宅で死去した。81歳だった。
【芸歴】
1959年3月 八代目春風亭柳枝に入門、「枝女吉(しめきち)」を名乗る
1959年10月 師匠柳枝の死去にともない、六代目三遊亭圓生門下に移り、「吉生(きっしょう)」と改名
1969年3月 抜擢され真打に昇進し、六代目三遊亭圓窓を襲名
1970‐1977年 「笑点」にレギュラー出演
1973年より 500の噺を口演する事を目指し隔月に3席ずつの口演を開始
2001年3月 「圓窓五百噺を聴く会」500席達成

師匠の芸風を継いだ折り目正しい高座が印象的だった。古典から新作まで、滑稽噺から人情噺まで、あらゆるジャンルの演目を演じた。
そして何より、公式サイトである「圓窓落語大百科事典・だくだく」でのネタの解説がとても参考になった。
例えば『青菜』の解説では、次の様に書かれている。
”東京の者にはこの落ちの意味がわからない。女房は「その名を九郎判官」と言って切り上げるべきなのに「九郎判官、義経」とまで言ってしまったので、熊五郎はその続きみたいに「弁慶にーー」と言った。それがなぜ落ちになるのかしら、と不審の念にかられる。
解説をすると、上方ではご馳走になることを「弁慶」というそうだ。これなら、立派な落ちである。
落ちを理解するには語彙が豊富でなければならない、と言えそうだ。”

心より哀悼の意を表します。

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コメント

あるとき圓生が誰に名前を継がせるか、と客に問われ、圓窓を指名した、ということを小朝がブログに書いています。
(因みに小朝は追悼文の名手、金翁のときもしみじみとしていた)

圓生襲名問題は水入りでしょうが、そのような可能性もあったとは。
とにかく残念です。

投稿: 福 | 2022/09/20 06:55

福さん
私も圓生を継ぐのは圓窓だと思ってました。ただ圓楽一門から抜けて協会に戻ったことで難しくなったのでしょう。

投稿: home-9 | 2022/09/20 08:44

1990年代の前半から中頃だったかの、落語研究会で(要はTBSで放送されたやつ)、円窓さんがやった「中村仲蔵」がとてもよかったなって今でも思います。サゲも工夫されてた。このコメントを読まれた方は頭に入れておくといいかもしれません。この時代ですから、何かの折にこの映像素材に遭遇する事もあるでしょう。

投稿: ななし〜ず | 2022/09/25 21:41

ななし〜ずさん
音源が残っていそうなので観てみたいと思いますが、落語はライブでしか味わえないですので、どうでしょうか。

投稿: home-9 | 2022/09/26 00:56

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