渡辺延志『日清・日露戦史の真実』(筑摩書房 2022/7/15初版)
今さら日清戦争と言ってもピンとこない人が多いと思う。戦争の全体像は陸軍が編纂した「日清戦史」にまとめられていて、政府の公文書としてメディアを通じて広く国民の間に流布され、教科書などにも引用されている。
しかし、近年になって新たな資料が発見された。それは「日清戦史決定草稿」という資料で、本来はこの資料に基づき正式な戦史が書かれる筈だった。
ただ「決定草稿」が、どういう経過かは分からないが個人が所有していて、1968年に遺族が図書館に寄贈したため始めて公になった。
草稿と戦史の間に大きな食い違いがあり、戦史では朝鮮から清国を追い払って欲しいという依頼を受けて、日本が戦争に乗り出したことになってる。
しかし草稿では、日本軍が朝鮮の王宮を攻撃し国王を捕らえ、政権を転覆させてから依頼させたものとしている。これでは開戦の大義名分が成り立たない。
この様に、草稿に書かれている陸軍にとって不都合は内容は、戦史では全て書き換えられてしまった。
中央に従わない現地部隊の独断的行動や、指揮官の思惑や野望による無謀な作戦、人命を軽視し兵站を考慮しない部隊運用など、昭和に入ってからの戦争での陸軍の多くの重大な欠陥や問題点が日清戦争の時に明らかになっていた。
戦史の改ざんにより、こうした教訓が日露戦争やアジア太平洋戦争への教訓とならなかった。
それどころか、無謀な作戦や独断的な行動が英雄視され賞賛の対象になってしまった。
この様な改ざんは次の「日露戦史」にも引き継がれてゆく。
「日露戦史編纂綱領」には、書いてはいけない15項目があげられている。
①戦闘準備に必要な日数
②各部隊の対立
③部隊又は個人の臆病や失策
④兵站の守備及び輸送力
⑤特殊部隊の編制
⑥軍の戦闘力の消耗や弾薬の欠乏
⑦弾薬の追送と戦闘への影響
⑧休養の欠乏
⑨人馬弾薬及び材料の補充
⑩特殊の戦闘法
⑪国際法違反又は外交に影響の恐れがある記事。例えば俘虜の虐待や中立侵害
⑫高等司令部幕僚の真相
⑬将来の作戦に関するもの
⑭地図は必要な部分だけ記載
⑮海軍に関しては必ず海軍当局の承諾を得ること
こうして出来た戦史は陸軍学校の教科書となり、国民の間の思想形成にも大きな影響を与えてゆく。
公文書の改ざんが怖いのは、改ざんされたものが「事実」として伝わっていくことで、それは今の政治にもつながっている。
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