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2022/12/04

「落語家」談志と、「噺家」小三治と

月刊誌「図書」12月号に、写真家の橘蓮二が「落語家と噺家」というタイトルで、立川談志と柳家小三治の思い出を書いている。
業界以外の人の目で、しかも二人を撮り続けた写真家という目を通して、二人にどういう印象を持ったかという点で興味ある記事だ。
タイトルの由来は、談志が「噺家なんぞと呼ばれたくない。俺は落語家だ」と言っていたのに対し、小三治は「私は話を語って聴かせるだけの噺家」と語っていたことによる。
同じ5代目柳家小さん門下でありながら、対照的な芸風だったいう点が面白い。
橘によれば、二人の「落語家」と「噺家」を別の表現に置き換えるなら、「表現」と「描写」だと言う。
談志が「伝統を現代に」を実践すべく、落語を一度解体、再構成して、演者がどう表現するかに重きを置いていた。
小三治は、言葉のデッサン力で、物語の起伏よりも光景を描くことに注力した。感情を使い過ぎぬよう落語の世界に溶け込む。演者の気持ちを優先するのはなく、登場人物の了見になる。
二人は全く別の落語世界に生きているように感じるのだが、表現の根幹は共通することが多かった。共に人間の営みや滑稽さや切なさに向きあい続ける、答の出ない人生への問いかけを生涯やめることはなかったと、橘は言う。

橘が談志を撮り始めて最初の2年間は全く口をきいてくれず、挨拶してのもチラリと一瞥されるだけだったが、ある日「オイ橘、お前はもう好きにしていい、いつでも撮らせてやる」と言われた。
周囲が求める立川談志として振舞い続ける首都圏の会に比べ、地方公演では自分のペースで過ごすリラックスした姿が撮れる。
自問自答を繰り返し、それまでの信念すら勝手な思い込みと疑い、既存の人間の本質を落語によって証明しようと格闘を続ける姿は鮮烈だったと言う。
無頼で奔放なイメージで語られることが多かった談志だが、ファインダー越しに受けた印象は繊細な心配り人。誰よりも他者の感情の揺れを察知する能力に長け、もっと鈍感であれば楽だったのにと思う事があったが、それこそ持って生まれた業、良くも悪くも世界が見え過ぎていた。
世界と自分とのバランスを取るために選んだのは、破壊と創造が同居したトリックスターであり続けることだったと言う。
私自身は、多くの高座に接した小三治に比べ、談志をライブでみた回数が圧倒的に少なかったで(好きじゃなかったから)、橘の言っていることは理解できない事も多いのだが、優れた談志論であると思う。

橘にとって最も印象的だった小三治の高座は、2008年3月の、まるで演者と観客が物語の中で一つに溶け合ったような圧巻の、「千早ふる」だった。
「自分で言うのもおこがましいが、小三治落語の完成形だった」と言っていたように、その日の高座は言葉一つ一つが優しい音になり、柔らかく舞うような所作と共に描いた空間はまるで異次元にいるようだったと言う。
こういう高座に出会ったフアンは幸せだね。
橘にとって最後の撮影になったのは、昨年9月23日の三鷹公会堂での「錦の袈裟」だった。珍しく小三治の方から声がかかり、「身体に気をつけろよ、元気でな」「ありがとうございます、また伺います」が最後の会話となった。
その10日後に演じた「猫の皿」が小三治の最後の高座になってしまった。弟子によると、高座を降りてからも「今日のサゲは上手くいったよ」と終始ご機嫌だったとのこと。
予定調和でない人生の、日々を愛で、人は何かの加減で生きているだけと、風に吹かれる柳の如く飄々と生きていた小三治の人生。
権威を嫌い、人間国宝になった時も弟子を前に、「芸人は芸がすべて、肩書などいらない」と言った。
高座では、聞き所をことさら強調せず、登場人物の想いがこぼれ落ちるのを待つように意識を手放し、感情のグラデーションで物語を彩った。台詞で想像力を掻き立てる表現力だからこそ掬いとれない秘めた心の内は、敢えて言葉に出すことことなく伝えた。
その研ぎ澄まされた感性こそが小三治落語の真骨頂だと、橘は言う。

長引くコロナ禍による閉塞感と、分断を煽る不穏な空気。気持ちの均衡が崩れそうになった時こそ、他者を許容する「落語的発想」が必要になる。
二人の稀代の芸人が愛した落語を通じて時代を見れば、きっと世知辛い日常も別の顔になって現れる、と橘は締めくくっている。

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コメント

橘氏のツイッターでは今売り出し中の二葉のボーイッシュなフォトが
紹介されています。
表情にその人らしさが出ていて素晴らしいですね。
昔テレビで、下町のお年寄りが「談志は年寄りを大事にする」とコメントしていて、
「へえ」と思いましたが、かといって枯れることは決してありませんでした。
葛藤の結果でしょうか?

お久しぶりです。
体調はいろいろのようですが、健筆の方は相変わらずと敬服しました。
取り上げる題材も多岐にわたってすばらしいです。
寄席や独演会に行かなくなりましたが、また小三治の会に行きたくなりました。
あちらでどうぞ、と言われそうですが。

福さん
この人のような写真家の手にかかると、心の中まで見透かされそうですね。

佐平次さん
外出もままならず歯がゆい日々を送っていますが、もう年齢相応なのかも知れません。

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