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2024/02/02

あの頃の色物の芸人

私が小学生時代(昭和20年代)に寄席で活躍していた落語家について2度にわたり紹介してきた。
今回は色物(寄席で落語以外の芸)の芸人について書いてみる。
先ずは柳家三亀松、当時は大変な人気で、色物では珍しくトリをとっていた。三味線漫談ともいうべき芸だったが、プログラムには「ご存知」柳家三亀松とあった。ただ、当時私は面白いと思ったことがなかった。小学生じゃ無理だったのかも。
三味線漫談では、都家かつ江も人気が高かった。女優としても映画に出ていたが、毒舌で「ここ(新宿末広亭)と人形町(末広)じゃ客ダネが違う」なんて平気で言っていた。高座は面白かった。
三味線コントでは、「のんき節」で売っていた瀧の家鯉香がいた。
音曲では、春風亭枝雀が美声で、細い首を長く伸ばして唄っていた。
漫才では、リーガル千太・万吉が人気があった。ゆっくりとしたテンポで喋りあうのだが、独特の間が特徴だった。
宮田洋容・布地由起江のコンビも、ラジオでレギュラーを持つほどの人気があった。二人とも声が良く、ミュージカル風のネタを入れていた。
楽器を持った歌謡漫才では都上英二・東喜美江がいた。東京では珍しい夫婦漫才だった。
講談は黄金時代とも言うべきで、一龍齋貞山(7代目、俗にお化けの貞山)、一龍齋貞丈(5代目)、宝井馬琴(5代目)といった錚々たる顔ぶれが揃っていた。講談は子どもには馴染めないと思われるだろうが、上手い人の講釈は楽しめた。
紙切りでは、初代林家正楽。
動物物まねでは、江戸家猫八 (3代目)。NHKの「お笑い三人組」のレギュラーでもあったが、トークの上手い人だった。
浪曲では、広沢菊春(2代目)。出囃子に乗って座布団の上で演じるといった変わったスタイルで、浪曲を落語風にアレンジしたり、又はその逆を行ったりして楽しませていた。
奇術では、怪しい中国訛りで喋り続けながら手品を演じたゼンジー北京がいた。コミックマジックの走りだ。
以上のように、色物でも綺羅星のごとく腕の良い人が揃っていたので、寄席は充実していた。

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寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

「こいつは春から演技が・・・悪いや!」

三河万歳に扮した猫八が強面の兄貴に「邪魔だ」と殴られた後の台詞です。
周囲が笑うと、兄貴から「うるせえ!」という怒声が飛ぶ。
そこへ主水(藤田まこと)が来てうまくとりなすんですが、見事なシーンでした。

小猫(4代目猫八)と親子で寄席に出ていました。小猫(4代目猫八)も故人に。
無常の感に打たれます。

福さん
猫八が、広島の原爆で全員が死亡した「櫻隊」の一員であったということを初めて知りました。当日猫八は寝坊して遅刻したため難を逃れたそうです。

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