名も無き兵士たちの戦史『松本連隊の最後』
山本茂実『松本連隊の最後』 (角川新書–2022/5/9初版)
本書は先のアジア太平洋戦争に長野県出身の兵士たちから編成された松本連隊の戦史である。
戦史と名がつくものは夥しい数にのぼるが、その多くは部隊や指揮官などを中心としたものが殆どだが、本書の特徴は通常の戦史には登場しないような兵士たちを中心に描いたものだ。
著者の山本茂実は膨大な資料を読みこむと共に、帰還して故郷に戻っていた元兵士を一人一人訪ね歩き、1年半かけて貴重な証言を集めた。
本の中で書かれている亡くなった兵士、無事生き残った兵士の階級や氏名、出身地が記録されている。
松本連隊は主に山岳戦の技量を買われ、古くはシベリア出兵から、昭和10年代には中国に派遣され各地で転戦、いったんは任務を終えて解散するが、1944(昭和19)年2月に太平洋における日本海軍の最大の根拠地トラック島防衛のため派遣されることになる。
南太平洋の各所で米軍の攻勢に押され、防衛線をトラックに移し要塞化して米軍を迎え打つという役割を負っていた。
しかし、既に制空権や制海権を米軍に握られ、頼みの連合艦隊は攻撃を避けるため横須賀に帰還、最初から厳しい状況に置かれる。
連隊を乗せた輸送船が、がトラック島に向かう米軍の潜水艦を受けて沈没するなど、島に到着するまでに犠牲を出した。
残りの兵士はトラック島に上陸するが、米軍はこの島をターゲットにして猛烈な空爆を敢行する。
島に駐留していた航空機は全て爆撃で破壊され、周辺に係留されていた船も沈没させられる。
しかも全体の戦況は更に悪化し、本土からの補給も途絶えてしまう。
食糧も弾薬も尽きていた兵士たしは、米軍の攻撃に晒されながら陣地を築く一方、飢えとも戦うことになる。
本書の後半は、兵士たちが飢餓と戦い、あるいは生き抜き、あるいは亡くなってゆく状況が詳述されている。
トラック島には最早武器がなく、丸太砲(高射砲に偽装した丸太)が押し立てられていた。
作戦で近くの島に移送する命令がくだっても船がない。止むをえず椰子の木で筏を組み、漁船に引かせるという作戦を考案したが、これだと20日間かかってしまうので人間は生きられないと断念する。
こんな笑い話のようなエピソードが真剣に考えられていたのだ。
松本連隊の終戦までの死者はおよそ1000名と言われ、多くは餓死者であった。
本書は、愚かな戦争によって多数の犠牲者を出した先の戦争の実態を描いた力作である。
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