マスメディア

2016/06/16

強きにおもね、弱きをたたく

おもね・る 【阿る】
《意味》気に入られようとする。へつらう。 「大衆に-・る」 「時流に-・る」

昨日、東京都の舛添知事が辞職した。辞職は当然としても、あの過剰な騒ぎには些か疑問を感じていた。
TV局の関係者の証言として、ワイドショーでは舛添問題を扱うと視聴率が高くなるので、毎日続けていたと言う。メディアの社会的責任でもなければ、権力の監視でもない。

石原慎太郎都知事時代の公私混同は、こんなものじゃなかった。桁違いだ。
飛行機のファーストクラス問題にしても、知事自身はもちろんのこと、随行員までがファーストクラスに搭乗していたとして議会でも問題になった。
公費(都民の税金)を使って私的な飲み食いをしたり、息子たちへの便宜を図ったりとやりたい放題だった。
しかし議会では共産党が問題を追及していた程度で、与党は黙認姿勢。
メディアも一部の週刊誌やネットのニュースがとりあげた程度で、TVなどの大手メディアはほとんど報道していない。
なぜ石原知事の時には大きな批判が起きなかったのか。
それは、石原慎太郎が強かったからだ。
大手出版社の多くは石原の著作を出版していて、その関係で出版社系週刊誌の筆が鈍っていた。
都議会議員も選挙で圧倒的に強かった石原と対決したくなかったので、見逃してしまった。
その結果、石原知事時代の負の遺産を背負った後任の猪瀬知事が、その責任を取る形となった。

そうした経緯を知る者として、あんまり舛添たたきには気分が乗らなかったのだ。
彼に同情する気は一切ないけどね。

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2016/04/03

新聞の「株式市況」欄ってムダじゃねえの

新聞にはさまざまなジャンルの記事が掲載されている。人によって関心の度合いは異なるから、熱心に読むページもあればサラリと読みすごすページもある。
この中で、少なくともこの20年間に一度も読んだことがないページがある。
それは、「株式市況」欄だ。
日本の上場企業の数は2016年4月1日現在で3520社ある。新聞にはこの各企業(銘柄)ごとの日々の株価が掲載されている。新聞社によって多少の違いはあるが、左から銘柄、始値、高値、安値、終値、前比、出来高の数字が並んでいる。およそ1ページ半のスペースを使用しているが、何せ銘柄数が多いので字が細かく、虫眼鏡が要りそうだ。
いったい誰が読むのだろう。

株式市況に関心のある人というのは、およそ次のケースだろう。
1.保有している持ち株の株価をチェック
2.株式の買い増しや新規購入のために、購入予定の銘柄の株価をチェック
3.自社、あるいは同業者、取引先などの特定企業の株価のチェック
4.経済欄の記事でとりあげられた企業の株価のチェック
つまり株式市況全体を把握するのではなく、いずれも特定の企業(銘柄)のデータを求めているわけだ。
この内の1と2のケースでは証券会社に口座を持っている人が大半だろうから、その証券会社のHPで簡単に検索できる。
株式の売買をしようと思えば新聞記事のデータだけでは不十分で、企業の実績や利益予想、チャートと呼ばれる一定期間の株価や出来高の推移などが最低限必要だ。新聞の株式市況欄だけでは役に立たない。
また3や4の様なケースで、特定企業の株価をウオッチしようとしても、はやり新聞から探すのは容易なことではない。
一方、証券会社のHPや日経netを使えば、上記の各データは日々容易にチェックできる。
株式に関心のない人は元々市況欄なぞ見ないだろう。
こうして見ていくと、新聞の株式市況欄というには完全にムダではあるまいか。
ネットの時代になって、もう役目は終わったのだ。

株式市況欄を廃止し、あまったスペースでもっと有効な記事を掲載して欲しい。

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2015/12/17

「新聞協会」への抗議

以下の新聞協会会長談話は、明らかな選挙目当ての自公与党の「軽減税率」を賛美し、これから国会で審議される税制改正を評価するという一方的内容で、新聞の不偏不党、公平な報道を著しく逸脱するものであり、到底容認できない。
断固、抗議する。

白石興二郎・日本新聞協会長の談話
与党の税制改正大綱は、週2回以上の発行で定期購読される新聞を軽減税率の対象とした。新聞は報道・言論によって民主主義を支えるとともに、国民に知識、教養を広く伝える役割を果たしている。このたびの与党合意は、公共財としての新聞の役割を認めたものであり、評価したい。私たちは、この措置に応え、民主主義、文化の発展のために今後も責務を果たしていく所存である。ただ、宅配の新聞に限られ、駅の売店などで買う場合が除かれた点は残念だ。一方、書籍や雑誌については引き続き検討されることとなった。多くの主要国は書籍・雑誌も軽減税率の対象としている。新聞協会は知識への課税強化に反対してきた。あらためて書籍・雑誌も軽減税率の対象に含めるよう要望したい。

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2015/02/20

曽野綾子の「人種差別」思想

産経新聞の2月11日付朝刊に掲載された作家の曽野綾子の「労働力不足と移民」と題したコラムが大きな波紋を呼んでいる。アパルトヘイト(人種隔離)を許容する内容が含まれているとして、南アフリカのモハウ・ペコ駐日大使が同紙に抗議文を送っていた他、海外のメディアにもこの問題が採りあげられている。
こうした抗議について産経新聞は、小林毅・執行役員東京編集局長名で「当該記事は曽野綾子氏の常設コラムで、曽野氏ご本人の意見として掲載しました。コラムについてさまざまなご意見があるのは当然のことと考えております。産経新聞は、一貫してアパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えです」とのコメントを掲載した。
問題のコラムだが、全文は以下のようである。

【引用開始】
「労働力不足と移民」
最近の「イスラム国」の問題など見ていると、つくづく他民族の心情や文化を理解するのはむずかしい、と思う。一方で若い世代の人口比率が減るばかりの日本では、労働力の補充のためにも、労働移民を認めねばならないという立場に追い込まれている。
特に高齢者の介護のための人出を補充する労働移民には、今よりもっと資格だの語学力だのといった分野のバリアは、取り除かねばならない。つまり高齢者の面倒を見るのに、ある程度の日本語ができなければならないとか、衛生上の知識がなければならないとかいうことは全くないのだ。
どこの国にも、孫が祖母の面倒を見るという家族の構図はよくある。孫には衛生上の専門的な知識もない。しかし優しければそれでいいのだ。
「おばあちゃん、これ食べるか?」
という程度の日本語なら、語学の訓練など全く受けていない外国人の娘さんでも、2、3日で覚えられる。日本に出稼ぎに来たい、という近隣国の若い女性たちに来てもらって、介護の分野の困難を緩和することだ。
しかし、同時に、移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない。条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではないのである。不法滞在という状態を避けなければ、移民の受け入れも、結局のところは長続きしない。
ここまで書いてきたことと矛盾するようだが、外国人を理解するために、居住を共にするということは至難の業だ。
もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住むほうが良い、と思うようになった。
南アのヨハネスブルグに一軒のマンションがあった。以前それは白人だけが住んでいた集合住宅だったが、人種差別の廃止以来、黒人も住むようになった。ところがこの共同生活は間もなく破綻した。
黒人は基本的に大家族主義だ。だから彼らは買ったマンションに、どんどん一族を呼び寄せた。白人やアジア人なら常識として夫婦と子供2人くらいが住むはずの1区画に、20~30人が住みだしたのである。
住人がベッドではなく、床に寝てもそれは自由である。しかしマンションの水は1戸当たり常識的な人数の使う水量しか確保されていない。
間もなくそのマンションはいつでも水栓から水の出ない建物になってしまった。それと同時に白人は逃げ出し、住み続けているのは黒人だけになった。
爾来、私は言っている。
「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方が良い」
【引用終り】

先ず一読して感じるのはプロの作家としては随分と粗っぽい文章を書いたもんだという事だ。
「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来」と書いているが、曽野は南アのどんな実情を把握したというのだろうか。
南アのアパルトヘイト(人種隔離政策)が撤廃されたのは1994年の事だから、曽野がいう20~30年前とはアパルトヘイトが撤廃になった後の混乱した時期だったかと思われる。白人としての特権が失われ、今まで白人だけが住んでいた土地が黒人に分配され、白人だけが住んでいた住宅にも黒人が住むようになった。差別されたきた側にとっては平等の実現に伴い生活が改善されたのだが、差別して来た側にとってはさぞ不愉快な事も多く面白かろう筈はない。やっぱり黒人なんかと一緒にするからと不平を言い、経済力のある白人は別の土地や住宅に移って行ったであろう事は想像に難くない。事実、医師など特定の資格を持つ白人の多くがこの時期に南アからカナダなどの他国へ移住してしまった。
つまり曽野綾子が言う「南アの実情」とは、特権を失った人の嘆きであり、差別してきた側の実情なのだ。アパルトヘイト当時の黒人の居住環境がどうであったのか等といった差別を受けてきた側の人々の実情には一顧だにしていない。
そうした歪んだ視点のもとで、「居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住むほうが良い」という結論を導き出している。これこそアパルトヘイト(人種隔離)の思想である。
これでは「人種差別主義者」と批判されても致し方あるまい。
今になってチャイナタウンなどの例を持ち出しているが、噴飯ものだ。

曽野はまた、「高齢者の面倒を見るのに、ある程度の日本語ができなければならないとか、衛生上の知識がなければならないとかいうことは全くないのだ」と断定しているが、介護の現実をどこまで知って書いているのだろうか。言葉が通じず衛生上の知識もない人は介護など出来ない。
介護関係に携わっている人たちをバカにしているとしか思えない。

産経新聞社側の「曽野氏ご本人の意見として掲載しました」という言い分も首を傾げる。掲載するかどかは新聞社の編集権、判断に委ねられるし、不適切な表現には執筆者に修正を求めることもできる。この記事を掲載すべしというのは産経側の判断であったわけだ。
「産経新聞は、一貫してアパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えです」というコメントも建前としてはそうだろうが、日ごろから産経com.の記事を読む限りでは額面通りに素直には受け取れない。
これだけは言えると思うが、今回のような曽野の文章を載せるのは全国紙では産経新聞以外には考えられまい。

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2015/01/08

NHKは「番宣」をやめろ

NHKは毎年恒例のように年末になると「紅白歌合戦」の番組宣伝をくりひろげる。大晦日が近づくにつれてその量は増し、当日は朝から放送直前まで繰り返される。ニュース番組の中でさえ行うのだから呆れるしかない。
そしてその「紅白歌合戦」自体が他のNHK番組の「番宣番組」と化している。NHK連続テレビ小説や大河ドラマの出演者を司会や審査員に起用し、おかげで下手な司会やくだらないコントに視聴者は付きあわされる羽目になる。NHK最大の看板番組の司会にわざわざ素人を起用する神経を疑う。
その結果は歌番組だかバラエティだか分からぬような中途半端な内容になってしまった。
それもこれも、NHKが「番宣」に拘っているからだ。

番組宣伝とは、特定の番組の視聴率・聴取率を上げるために行う宣伝、広告活動である。
民放の場合は広告収入で経営を維持せねばならないので、視聴率が局の収入に直結する番組の宣伝・広報活動を行うことは理解できる。
しかしNHKは事情が全く異なる。半ば強制的に受信料を聴取しているので、視聴率と局の収入とは無関係だ。毎年「紅白」の視聴率が何パーセントだったという数字が出ているが、それでNHKの収入が左右されたという話は聞いたことがない。
問題は逆で、他の民放と違って視聴率に惑わされず放送すべきことを放送できるのがNHKの特質ではないか。その公共性を認めているから視聴者はイヤイヤながら受信料を支払っているのだ。
そこをはき違えている。
あの「番宣番組」の制作料も我々の受信料から支出されている。なんの意味もないムダな費用を使うのなら、その分受信料を引き下げて欲しい。

お笑いコンビの爆笑問題がラジオ番組内で、NHKのお笑い番組に出演したさいに、事前に用意した政治ネタをボツにされていた事を明らかにしたとある。放送前に番組関係者に対し事前に「ネタ見せ」をしたところ、政治家のネタについては全て放送できないと言われてそうだ。太田光は「これは政治的圧力でなく局側の自粛だ」と語っているが、それが怖いのだ。
報道する側が自粛する、あるいは自粛せざるを得ない状況に追い込んでおけば、別に圧力なんぞかける必要がなくなる。
最近のNHKのニュース番組を見ていても、安倍首相の「お友だち」らを会長や理事に送りこんだ効果が次第に顕著になりつつある印象を受けている。
安倍政権への「番宣」だけはゴメンだぜ。

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2014/03/05

籾井NHK会長は誰から「言わされた」のか

NHKの籾井勝人会長は2014年3月3日の参院予算委員会で、就任会見でいわゆる従軍慰安婦について「戦争しているどこの国にもあった」と発言したことについて、「質問を受けたために、そういうことを結局『言わされた』というのは言いすぎだが、私はそういうことで申し上げた」と答弁した。那谷屋正義議員(民主)の質問に答えた。
(J-CASTニュース3月4日付)

さて、当時のニュースから該当する部分を確認すると、NHK会長に就任した籾井勝人氏は1月25日、就任会見を開いた。この中で旧日本軍の慰安婦問題について「会長の職はさておき」と個人的な見解と断った上で記者の質問に対し以下のように答えている。
――慰安婦を巡る問題については。
「戦時中だからいいとか悪いとかいうつもりは毛頭無いが、この問題はどこの国にもあったこと。」
――戦争していた国すべてに、慰安婦がいたということか。
「韓国だけにあったと思っているのか。戦争地域にはどこでもあったと思っている。ドイツやフランスにはなかったと言えるのか。ヨーロッパはどこでもあった。なぜオランダには今も飾り窓があるのか。」
――証拠があっての発言か。
「慰安婦そのものは、今のモラルでは悪い。だが、従軍慰安婦はそのときの現実としてあったこと。会長の職はさておき、韓国は日本だけが強制連行をしたみたいなことを言うからややこしい。お金をよこせ、補償しろと言っているわけだが、日韓条約ですべて解決していることをなぜ蒸し返すのか。おかしい。」

「言わされる」というのは通常なんらかの脅迫あるいは強制下において、
1,発言の内容を指示された場合
2,誘導尋問による場合
3,発言しないと自己に不利が生じる場合
とが考えられる。
先ず2,誘導尋問について見てみると、例えば記者が「慰安婦なんてどこの国にもありますよね」と質問し、籾井氏が「そうだ」と答えたなら、これは誘導尋問と言われても仕方ない。
しかし質問では特定の回答になるよう仕向けたものではなく、籾井氏がどう考えるかを訊いただけなので誘導尋問とは言えない。
3,発言しないと自己に不利が生じるかどうかだが、この場でこうした発言をしなくともこれからのNHK会長としての職務になんら不都合な事はない。
記者からしつこく訊かれたのでついついしゃべってしまったという擁護論もあるが、乗せられてペラペラしゃべったとすれば軽率の謗りを免れぬ。
1,発言の内容を指示されたかどうかは本人しか知り得ないことで、もし指示されたなら誰にだろう?

結局、仔細にみれば籾井氏は記者から訊かれるままに自分の所信を語ったというのが偽らぬところだろう。
誰かから「言わされた」のではなく、本人が「言った」のだ。
「『言わされた』というのは言いすぎだが」なんて言うくらいなら、なぜ敢えて「言わされた」という言葉を使ったのか不可解だ。
近ごろ政治家やトップの立場にある人間が、とかく他人のせいにして自分の責任をのがれる傾向が強いが、この籾井会長の発言もその典型だ。

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2014/03/01

長谷川NHK経営委員の受信料支払い拒否

2014年02月27日付毎日新聞の記事によると下記の通り。
【引用開始】
NHKの経営を監督する経営委員の長谷川三千子・埼玉大名誉教授(67)が委員就任前の2005年に、受信料支払いを拒否する意向の手紙を月刊誌のコラム執筆者に寄せていたことが、26日分かった。誌面では、放送内容への不満から支払いを実際に拒否した経過が、手紙の文面を直接引用する形で紹介された。
放送法は64条で、NHK放送を見ることができる受信設備を設置した者に受信契約の締結を義務づけている。契約者はNHKとの受信規約で支払い義務が生じるが、罰則規定はない。NHKは法的手続きによる支払い督促を実施している。
長谷川氏は毎日新聞の取材に「未納は2カ月間で、その後、支払った。支払いの保留をあたかも視聴者の権利のごとく考えていたのは、完全に私の無知によるものだ」と釈明した。
手紙は、月刊誌「正論」(05年7月号)の元大学教授(故人)が執筆したコラム「NHKウオッチング」で2通紹介された。
それによると、NHKが05年3月28日に放送した「『クローズアップ現代』 国旗国歌・卒業式で何が起きているのか」について「本当に酷(ひど)うございましたね。私も生まれて初めてNHKに抗議電話をしようといたしましたらば、すでに回線がパンク状態でございました。ちやうど自動振替が切れましたので、NHKが回心するまで不払ひをつづけるつもりでをります」と旧仮名遣いで心境をつづった。
番組が、国旗・国歌の取り扱いを巡る東京都教育委員会と教職員の“対立”を印象づけたとして、都教委側がNHKに抗議し、NHK側は「公平、公正な番組内容」と反論した。これを受けて、長谷川氏は2通目の手紙で「受信料支払ひはまだまだ先のことになりさうでございます」とNHKの対応に不満を示した。
昨年12月に経営委員に就任した長谷川氏は、不払いを助長しかねない当時の考えに関して「支払い義務を委員になって初めて知った。世の中には、かつての私のような思い違いをしている人が多いかと思いますので、このことは声を大にして、深い反省と共に申し上げたい」と話した。
【引用終り】

長谷川三千子NHK経営委員が過去にNHK受信料の支払いを拒否したことがあるという記事だ。
本人の説明では支払い留保としているが、手紙では不払いを明言しているのでこれは「拒否」が妥当だろう。期間が2か月だったという説明だが、別のメディアには4か月と語っている。
長谷川氏が受信料支払い拒否したことがあった点はなんら問題ない。私だってあの品性下劣な籾井勝人が会長を務めているNHKなぞに受信料を払いたくない。出来ればいま直ぐにでも拒否したいくらいだ。
過去にNHKの報道姿勢に疑問を持ち、受信料の支払いを拒否しようとしたことがあるが、手続きが煩雑なうえに今の法律では受信契約を解除することが不可能に近いことが分かり断念した経緯がある。
彼女がNHK受信料支払いの拒否という「前科」があるなら、経営委員なぞ就任すべきではなかった。仮に引き受けるにしても、就任時に過去の言動との整合性を説明すべき義務があった。
長谷川氏の「支払い義務を委員になって初めて知った」という説明には驚くしかない。受信料の徴収はそれこそNHK経営問題の根幹ではないか。それを「初めて知った」と言い切る神経が分からない。
少なくとも2005年にNHKに対し受信料不払いを通告した時に、NHK側から説明があった筈だ。
嘘をついているのか、シラを切っているのか。
いずれにしろ経営委員としては相応しくない人物だ。

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2014/02/26

産経・FNNの「慰安婦問題」世論調査

「世論調査で河野談話(見直し)賛成が約6割だった。山田さんのお蔭だ」。2月24日、安倍首相は山田議員にこう声をかけたと報じられている。
20日の衆院予算委員会で日本維新の会の山田宏議員が「慰安婦」問題をとりあげて質問したことを受けて謝意を表したもの。山田氏は「政府と国会で(見直しに向けて)役割分担をしていきましょう」と応じたとある。
この世論調査とは2月22,23両日に実施した”「産経・FNN」合同世論調査”で、「慰安婦強制募集を認めた『河野談話』を見直すべきか」という設問に対して58.6%の人が「思う」と答えた。

ところがこの設問には前書きがあり、こう書かれていた。
「慰安婦募集の強制性を認めたと受け取れる『河野談話』について、軍や官憲による強制連行を裏付ける公的資料が見つかっていないほか、元慰安婦に対する調査のずさんさが指摘されているが」。
いわゆる誘導型世論調査というやつで、こう書かれていれば大半の人が「思う」と回答する。私でもそう答えただろう。初めに結論ありきの調査なのだ。
むしろこうした「仕掛け」にも拘らず、「思う」と答えた人が6割に満たなかったことに驚く。
正確な調査を行うとすれば、単に「慰安婦問題に関する『河野談話』を見直すべきか」という設問にすべきだった。

世論調査を行う上で留意すべき点として、意図的かどうかにかかわらず、設問文や設問順によって回答が誘導される恣意的な設問などによる世論誘導が行われないよう実施しなければならないことが大切だ。
調査に名を借りた世論誘導であれば、調査結果に対する信頼性が失われる。
これは今回の”「産経・FNN」合同世論調査”に限ったことではないが、世論調査のルールをわきまえぬ調査を行い結果だけ一人歩きするような傾向が随所にみられ、メディアの反省を促したい。

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2014/01/01

【紅白】NHKよ、恥ずかしくないか

明けましてお目出度うございます。
皆さまにとって幸多い年となりますよう、お祈り申し上げます。

新年早々こんなこと言うのもなんなんですが、昨夜のNHK「紅白歌合戦」のひどいこと。
実はこの番組、まともに見たのはホントに久々になるが、果たしてプロなのか?と疑うような下手な歌手が次々と現れるわ、素人同然といいたいけど素人そのものが司会をするわ、視聴者をナメテますね。あれじゃまるで「かくし芸大会」だ。
「卒業」がどうのとか言ってる人間がいたが、あんなこと公共の電波を通して言うべきことか。
NHKのドラマに出ていた人が数多く出演していたようだが、アタシらのように観ていない人間にとっては意味が分からない。
一番許せないのは時間の管理ができていないこと。ゲストが芸を披露しているのに突然打ち切りニュースに切り替わったけど、ディレクターは何をしていたんだろう。
やはり司会者はプロにやらせなくては。
これを歌番組だと表するなら「偽装表示」ですね。来年からは「紅白バラエティ大会」とでも改称するんだね。

ついでなので、もう一つ言わせて貰うと、30日の全国紙にNHK紅白の広告が掲載されていた。あれは一体なんのため? 
民放が番組宣伝するのは分かりますよ。視聴率が収入に直結するのだから自局の番組をPRするのは当然でしょう。
だけどNHKは違う。NHK受信料というのは税金並みに強制徴収してるんだから、視聴率によって経営に影響を及ぼさない。しかもあの広告宣伝のため新聞社に払った費用は我々の受信料から出てるんだよね。そんな無駄使いする金があるなら受信料を下げて欲しい。
責任者出てこい!
って、これじゃまるで「ぼやき漫才」か。

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2013/11/04

「親バカ」は悪事なのか

みのもんたに対する袋叩きが続いている。
では一体、みのもんたってどんな悪事を働いたんだろう。
いや、悪事は次男の御法川雄斗の方で、それも凶悪犯罪ではない。いわゆる「置き引き」で微罪に属する。検察も本人が勤めていた日本テレビから解雇されるなど社会的制裁を受けているということから起訴猶予とした。つまり事件としては一件落着なのだ。
みのもんた自身もTVの報道番組を降板するなど、社会的制裁は受けている。
それでも週刊誌を中心としたみのへの厳しい批判はやまない。

以前にも何度か書いたが、私はみのもんたが大嫌いだ。でも好き嫌いと善悪は別だ。
批判の矛先は、つまるところ父親であるみのが息子の就職に口利きしていたことと、息子の住居に資金援助をしていたこと、この二点に尽きる。
しかし世の中、親が子ども就職を助けたり、住まいに資金を出すことなどザラにあることだ。試しに20代から40代の持家の人を調べてみればいい。本人の資金だけで自宅を持った人は少数ではなかろうか。
通称「親バカ」と云われることはあるが、社会的道義に反する行為ではない。
ワタシ自身は親から就職の世話や、資金援助や遺産も受けたことがない。だからといって、みのの行為を批判する気にはならないし、息子たちを羨む気にもなれない。
経済的条件も違うし、生き方も人それぞれだからだ。

犯罪を犯すような息子にしたのは親の責任という論調がある。
しかし子どもを育てた経験がある人なら分かるだろうが、子どもというのは親の思いをとは別に育つものなのだ。同じ夫婦から生まれ、同じように育てたつもりなのに兄弟姉妹が全然似ていないなどという例はごく普通だ。
子どもというものは親の思った通りに育たないのは、自分を振り返れば分かることだ。

では、何故みのもんたはここまで叩かれ続けているかといえば、それは「世間の風」ということしか説明がつかない。
今回の御法川雄斗の事件について、神奈川県警元刑事で、犯罪ジャーナリストの小川泰平氏がこう語っている。
「警視庁は最初から力の入り方が違った。本来ならば所轄が担当する事件ですが、今回捜査にあたったのは警視庁捜査第三課。普段は窃盗常習者、余罪が100件以上あるような『職業泥棒』ばかり相手にしているところです。ただのケンカに、殺人事件専門の捜査一課が出張ってくるようなもの」
また、取材にあたった全国紙社会部記者は、捜査の経緯についてこう語っている。
「われわれ記者も今回は微罪だということで、人員を割いて裏取りができず、もっぱら警察発表に頼っていました。でも、よくよく考えれば決め手となった『目撃者』は唐突に現れた印象で、素性も明かされていません。そんな目撃者に都合よく辿りつけるものなのか。あまりにも謎が多すぎる。雄斗は警察にハメられた、という見方もあります」
検察が起訴猶予としたことで、事件の真相はいよいよウヤムヤに終わることになった。

「世間の風」というのは往々にして誰かが作為的に吹かせるものだ。
今回の「みのもんたバッシング」も、こうして作られた世間の風によると考えれば分かりやすいだろう。

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