【思い出の落語家21】古今亭志ん朝(4)志ん朝の気になる「マクラ」
ここで紹介する古今亭志ん朝の「マクラ」は「にっかん飛切落語会 第261夜」での高座で、この時のネタは『試し酒』だ。
「マクラ」の中で、志ん朝の体調が思わしくない様子が窺われる。
時系列で並べてみると、よりこの事が明確になると思う。
1999年1月25日 本「マクラ」の口演。
1999年9月 11代目馬生の襲名披露興行の際の高座で、鈴本演芸場の最前列で見ていた私が、志ん朝の体調の異変(痩せて体が一回り小さく見え、顔色がどす黒くなっていた)に気付いた。
2001年10月1日 志ん朝の死去。
この高座で、ご本人は健康問題は飲酒が原因と思っていたようだが、実際には肝臓癌が体を蝕んでいたのだろう。
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えー、ただいま昇太君という、ねぇ、売れっ子でございまして、ああいう方を袖で聞いてますと自分の年を感じますな。ああいう時代も、あたしもあったんです。段々勢いが無くなってきて、今このまんま寝たいくらいで。
うー、正月は寄席の方をつとめます。元旦から、えー、これ10日まで、初席ですな。あたくしの場合は、えー、浅草と上野。11日から20日まで、これを二之席といいますが、お正月は。えー、池袋から新宿にまいります。でー、元旦から10日の間は忙しいんで、ガチャガチャしてますから。もう昼夜の2興業じゃないんです。浅草なんか4興業ぐらいになっちゃう。だから、そこへ大勢入れますから。そうですね、ひと高座5分ぐらい、ご挨拶。でまあ、掛け持ちったって近いし、昼間だけですから。ちょっと家に帰ってゆっくりできるんです。ところが、こんだ二之席では、池袋で夜仲入りをつとめまして、そして、えー、新宿へ行って夜のトリをつとめさして頂く。大変ありがたいが、これが急にねぇ、長くなるんで疲れるんです。そこへもってきて、あたくしが夜トリを取ってる。
前に色物さんがあがります、その前にこん平*1)がいる。医者に言われてるんです、「こん平は気をつけなさい」。もう、とにかく、もう、いつまでも飲んでんですから。だからもう、なんですよ、この前、たい平*2)に会った時に「今度の”にっかん”*3)、宜しくお願いします」っていうから「そう、一緒かい」。そしたら「ええ、一緒です。ウチの師匠も一緒です」って、「え、えー!」。やだなぁ、さっきまで随分気が重かったんですけど、したら「これから、あたしね、卓球なんですよ」って言うから、「そりゃいい、行った方がいい、そっち行った方がいい」。
うー、とにかくもう、ああいう乱暴者というか、もっとも酒ですけどね。もー、とにかく、もー、ほうぼうの店で断られるんですよ。賑やかですからね。他のお客さまの迷惑になるってんで。だからもう、ちょっと早めに帰って貰いたいなんて。えー、そういうお店はちょっと遅くなると、「すいません、閉店なんで」って追い出そうとする。「そぉ、ラストオーダー? うーん、じゃねぇ、焼酎のウーロン割り18杯!」とかなんとか言うんで。店がかわいそうですよ。付き合っている連中もかわいそうです。「お送りいたしますよ、兄さん、ねぇ、ウチまで送りましょう」。送り狼ってぇのは聞いたことがありますが、送りこん平。
ねぇ、そいでもう、あいつの顔を見ると、それだけで酔うんです。で、実際、噺家を二人殺してましてね。梅橋*4)という、ねー、なかなか新作ではいい噺家ですよ。えー、機転のきく、謎かけなんぞやらしたら大変に上手い。いまだに名作として残ってるなんていくつもある。ね、うー、やられちゃった。その後にやられたのは小圓遊*5)。ね、あれ見栄っ張りだから、おだてに乗るんですよ。「いいねぇ、兄さんの飲みっぷりいいなぁ、きゅーってやった時なんか、ぶるぶるって来るね」、「そうかい」なんて言いながら「きゅうー!」。「もっと見たいなぁ」「見たい?」なんて、とうとう死んじゃったんです。いま、あたしが狙われてるらしいんです。もう、だから、もう、正月の疲れが今残ってねぇ。もう少し反り身になって一番後ろの方にもお顔を見せたいですけど、身体がなかなかもちゃがんないんです。どうぞ、しばらくの間、お付き合いを頂きます。
ヤケになって、酒の話でもしたいと思いますが。まあ、あの、お酒もねぇ、そうですねぇ、「たまに休肝日を作った方がいいよ」って言われるんです、お医者さんに。「ええ、じゃそうしましょう」なんて休肝日を作るんですが、上手くいかないんですよ、ねー。で、こやって、こういう所で一席やらせて頂く。あるいは寄席をつとめて終わる。ウチへ帰る。ね、湯に入って飯を食い、さあ、どうしよう。なんにもすることぁないんですよ。はなっから飲まない人なんか、なんてことないんですよ、えー。その時間がとっても楽しいんです、なんてぇのもいる。ねー、小朝*6)なんかそうですよ。あれ、はなっから飲まないから。「君、どうすんの? 飯食ったら」、「そうですね、デザートを頂きながら、紅茶を飲んで、好きな音楽を聴きます」。引っ叩いてやろうかと。あたしら飲む人間は、そうはいかないんですよ。終わっちゃって、じゃ、飯食っちゃって、歯も磨いちゃって。で、ね、もうしょうがないから寝るかと、とりあえず寝床に入るんです。で、普段酔っぱらって寝るんですから、シラフじゃとても寝られません。ね、しょうがないから又起きて、寝床から出て、本かなんか読んでる。なんか知らないけど、なんか忘れ物したようで、読んでても気乗りがしないですな。おんなじ行を何度も読んじゃたりなんかして。で、ちょっと飲もうかななんて考えながら読んでるんです。それじゃ音楽でも聞こうかなと。シラフの時に音楽を聴いても、気乗りがしない。よくこの人たちぁこんなこと出来るなぁ、なんて冷静になったりして。そうなると、よけい寝られない。とどのつまり明け方になって、ほら、あした仕事があるんだから、少し寝とかなきゃいけない。いきなり冷蔵庫を開けてガーっと飲んじゃって。これが残っちゃって、何にもならない。まあ、そうですね、何日かやめられるんならといいと思うんですが。体にいいからと、あたしもやめたことがあるんですが、これがなかなか難しいんですよ。
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【註記】
*1)林家こん平、元「笑点」メンバー
*2)林家たい平、現「笑点」メンバー
*3)にっかん飛切落語会
*4)2代目春風亭梅橋、前名は初代柳亭小痴楽、「笑点」初代メンバー
*5)4代目三遊亭小圓遊、「笑点」初代メンバー
*6)春風亭小朝
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