皇室の危機

2021/09/25

M子とKの相互利用関係

M子とKの結婚式が近づいているようだ。この二人の婚姻は相互利用関係にあると見ている。
母子家庭に育ったKを一流に育て上げようとしたKの母親の苦労は、並大抵ではなかったろう。今Kの母親の婚約者との金銭トラブルが報じられているが、恐らくは過去にもこうした困難をいくつも乗り越えてきたであろうことは、想像に難くない。Kは幼い頃からこうした母親の姿を見て、自分たちの様な境遇の者がどうしたら幸せになるか、学んできたと思う。それが皇族の息女と結婚することだった。現に、
・米国への留学
・一流法律事務所への就職
・米国の就労ビザの取得
・住居や警備
などで、特別の待遇を得ている。正にKの狙い通りで、幸せの80%は手に入れたも同然だ。
一方のM子は、とにかく皇族でいることが嫌なのだ。庶民から見れば羨ましいと思えるだろうが、所詮は「籠の鳥」で羽ばたくことさえ許されない。女性の皇族は結婚と同時に皇籍を離脱できるのだから、とにかく早く結婚してしまいたい。それも、何かというと元皇族としてのあるべき姿を求められる様な環境ではなく、後腐れのない別天地であることが望ましい。それにはKとの結婚は理想的なのだ。
かくして二人の思惑が一致して結婚と相成る。
それぞれの幸せを手に入れた二人が、今後どうなるかは誰も分からないし心配する必要もない。二人が選んだ道だもの。
二人の結婚について、ネットでは袋叩きの状態で、特にKに対する批判の声が強い。「あの野郎、上手いことやりやがって!」という嫉妬が多分に含まれているのでは。

| | コメント (2)

2021/09/02

「M子とKの結婚」まあ、いいんじゃないですか

Kと皇族のM子が、年内に結婚する方向で調整している。結婚式をはじめ、結婚に関する諸行事は行わない方針で、M子は日本で婚姻届を提出して皇籍離脱した後に米国へ移り、Kと同国を拠点に生活するという。「納采の儀」や「朝見の儀」などの儀式は行わず、「一時金」も受け取らない方向の様だ。
2018年から米ニューヨーク州で生活しているKは、今年7月に同州の司法試験を受験。12月までに合否が発表されるが、同州の法律事務所で就職する予定で、安定して生活できる見通しが立ったことから二人で生活を始められると判断した模様。
この結婚に対して世間では賛否が渦巻いているようだが、こちとらとしては、親族でもないし知り合いでもない二人の結婚。相思相愛で結ばれるんだから、まあいいんじゃないの。先行きを心配する声もあるようだが、それは二人の問題だから、彼らが解決するしかない。
反対論の多くは、いわゆる「釣り合わぬは不縁の基」を根拠にしているようだ。M子の結婚相手としては、①家柄が良く ②品格があり ③高学歴(安定した収入)の条件が必要であり、Kとその家族(特に母親)が相応しくないと言うものだ。しかし、この主張には欠陥がある。それは、皇族の側に一方的に選ぶ権利があり、相手方の意思を無視している点だ。相手にも選ぶ権利がある。皇族と婚姻関係を結ぶことを有難がる時代は過去のものだ。今の若い人にとっては、皇族と結婚することにそれほどメリットは感じないだろう。それどころか、①家柄が良く ②品格があり ③高学歴(安定した収入)の条件が揃っている人は、敢えて皇族と結婚する必要性がないだろう。
未婚の皇族の方々がいるが、その結婚相手としてこれからは、外国人や再婚の人もいるかも知れないし、あるいは同性婚を選ぶケースさえ出てくる可能性がある。
時代も人の意識もどんどん変わってきている。その中で皇室制度を維持していくにはどうしたら良いか。そう考える上で、今回のM子とKの結婚はテストケースになる。

| | コメント (0)

2021/06/08

皇太子妃は男の子を産むロボットか

安定的な皇位継承策を議論する有識者会議の会合が、今年3月からスタートした。ここでは、女性天皇や女系天皇の是非などを検討するべく、専門家へのヒアリングが進められている。世論調査では、女性天皇、女系天皇を容認する人が約8割を占めているが、専門家たちの意見はそれとは異なっているようだ。
例えば、歴史学者の今谷明は、次のような提言を行った。
「悠仁様の後どうなるか。側室制を前提として、なおかつ非常に継承が難しかったことをどうやって維持していくか。ここに書いたように、近代医学の粋を尽くして男子出生を目指すというような医学的なことは当然おやりになったほうがいいと私には個人的に思う。しかし、これはあまり公には出せないことだが、個人的には側室制の代償として近代医学の技術を入れた皇位継承があるべきだというふうに考える」
この主張を要約すれば、天皇になるべき人の妃の役割は男子を産むことにあるということ。そのためには、「男子出生を目指すというような医学的なことは当然おやりになったほうがいい」とまで主張している。
これではまるで、男の子を産むロボットの様な扱いだ。
皇族といえども生身の人間だ。その人間としての尊厳を否定するような意見が専門家の名の下に罷り通って良いものだろうか。
又こうした意見が現在の皇族の方々、特に皇后に対して精神的な打撃を与えるものだ。
こんなことでは、これから皇位継承者と結婚する女性は現れなくなるだろう。だから、形を変えた皇室滅亡論である。

| | コメント (0)

2021/05/13

顔の見えない「皇室」

近ごろの皇室に関する話題といえば、専ら秋篠宮家の長女・眞子さんの結婚問題ばかりだ。新型コロナ感染による非常事態が1年以上続いているのに、皇室は何をしているのだろうかと、ふと疑問に思ってしまう。
皇族の方々が誕生日の談話などでこの問題に触れることはあったが、今年の元旦に天皇皇后から新年の挨拶の中でコロナ禍におけるメッセージが送られたぐらいしか、記憶にない。
東日本大震災などの折りには上皇ご夫妻がたびたび現地を訪問し、被災者を励ます姿に感動したのとは大きな違いだ。
感染を恐れて外に出られないという事情も分かるが、例えばイギリスでは、昨年の年末にウィリアム王子夫妻が、コロナ禍においても各地方を列車で回り人々を励ましている。
もし秋篠宮家の方々が同様の行動をとっていたら、眞子さんへの世間の風当たりはだいぶ違っていただろう。公務そっちのけで私的なことばかりしているという批判は避けられた筈だ。

文春オンラインの記事によれば、日本の皇室で公務を担っているのは16名で、85の団体の総裁や名誉総裁を務めている。
対してイギリスでは、約20名の王室メンバーで3000近い団体の総裁や名誉総裁を担っていて、エリザベス女王も600の団体の名誉総裁を担われているとのこと。
名誉総裁とは言っても、その活動は形式的なものばかりではない。それぞれの団体について、今どういう状況なのか把握している必要があるし、節目の式典には出席しなければならない。国民も王室がそれだけ国民のために汗を流していることを知っているから、王室への敬愛の情も生まれるのだと。
日本の皇室と英国の王室では、立場も役割も異なるので単純な比較はできないが、皇室の公務の在り方に考えるべき点がありそうだ。
皇族減少に伴う公務負担の軽減策が課題となっているが、数字で見る限りではその心配はなさそうだ。
いま、安定的な皇位継承の在り方を検討する有識者会議が設置され、有識者からのヒヤリングも開始されているが、いずれにせよ皇室が国民から敬愛される存在であることが重要だ。
会議では、女性天皇・女性宮家の創設や旧皇族の皇籍復帰、女性皇族に「皇女」という呼称を贈り公務を継続してもらう案などが、検討される模様だ。
ただ、旧皇族の皇籍復帰だけはやめて欲しい。あの「竹田家」の皇族復帰なんて、考えただけでもゾっとするぜ。

| | コメント (0)

2021/04/28

M子のお相手Kはアメリカ人だ、と思えば(敬称略)

M子との結婚が噂されているKが書いた文書が却って世間の火をつけ、二人とも袋叩きの状態だ。Kの文書には感謝や謝罪の気持ちがなく、M子の意向もそこに反映されているとか。
でも見方を変えて、Kがアメリカ人で、M子と結婚後は二人でアメリカで暮らす(多分そのつもりか)と考えれば、そう腹も立たないのでは。まさか、手に手を取ってアメリカに駆け落ちでもあるまいに。
畏き辺りの御方も、今後は外国人と結婚するという例が出てくるかもしれない。そうなると、日本の伝統様式を一方的に押し付ける分けにも行かなくなるだろう。今回の事はそのためのテストケースと考えて、もっと気楽に行きましょう。

| | コメント (0)

2021/04/09

M子とKの結婚問題(敬称略)

M子とKの結婚問題が又ぞろメディアを賑わしている。とりあげたTV番組は視聴率が上がり、新聞や週刊誌は売り上げが上がるという、オイシイ話題なのだ。それだけ国民の興味を惹いているという事だろうが、自分の息子や娘でもなく、見たことも合ったこともない人の結婚に、そんなに関心が持てるものだろうか。議論はまさに百家争鳴。ヒマなんだね、きっと。そう言うコッチもヒマだけどさ。
共通しているのは二人への非難の声だ。要約すれば、こういう事だ。
M子に対して:国民の税金で暮らしてきて、結婚費用も生活費も税金で賄われるんだから、国民の納得いくような相手を選べ。
Kに対して:母親とその交際相手だった人との金銭問題が未解決であり、相応しくない。
いずれも「金」にまつわる下世話な理由である。
先ずM子の問題について、税金うんぬんは国の制度で決められた事柄であり、見方を変えれば国民の側が勝手にに押し付けた事ともいえ、M子自身には何の責任もない。
Kの問題について、本人には責任がない。こういう事を言い出せば、家族の誰かがトラブルを抱えている人は結婚が出来なくなってしまう。
こうして見ると二人の結婚に格別の障害はなさそうだ。

Kへの批判者は何か勘違いしているのでは。
王子様やお姫様の結婚相手など門前市をなすほど溢れかえり、選り取り見取りなんて、それこそお伽話の世界でしかない。
昨今の畏き辺りの婚姻事情を拝察するに、相手を探すのに苦労し、あの手この手で説得しようやく結婚にこぎ着けるというのが実態のようだ。つまり、あまり贅沢は言えない状況にあるということ。さもなくば政略結婚か。
男系だろうが女系だろうが、あまりヤカマシイ事を言ってると結婚相手が決まらず、結果として系統は絶えてしまう。
かの国では、皇太子が永年にわたり人妻と不倫関係を続け、挙句にその相手と再婚するのを許されているではないか。
我が国でも今の制度の永続を願うなら、結婚相手にはもっと寛容であらねばなるまい。
♪M子 甘えてばかりでゴメンね Kはとっても幸せなの~♪

| | コメント (0)

2020/11/26

ワタシ「皇族」稼業に向いてないモン

皇族のA殿下の長女M子が男性Kと近く結婚するのではということが大きな話題になっている。
Kの出自があまり宜しくなく、借金まで抱えているとかいないとかということが、結婚の障害になっているようだ。当人が好きだと言ってるんだから、第三者がとやかく騒ぎ立てることは無いと思うのだが、皇室のことになると黙っていられない国民がいるようだ。私たちの税金でメシを食ってるんだから国民の総意に従えということか。

皇族といえども一般国民と同じ教育を受けている。海外留学を通して外国の状況も把握しているだろう。
処が、皇族というだけで選挙権をはじめ各種人権や表現の自由は無いか、あるいは著しく制限されている。そういう自分に対して疑問を感じたり、そこから抜け出したいと思う人がいてもなんら不思議はない。
公務だなんだと一般の人に接するときは、常に笑みを浮かべ手を振ってなければならない。そういうことが嫌いだったり苦手だったりする人もいるだろう。
生活保障されてるじゃないかと言っても、当人たちからすれば別に頼んだわけじゃないし、いわば国民が勝手に決めていることだと。
女性の皇族には一応の結婚の自由はあるが、過去の例からすれば広義の政略結婚とも思える組み合わせが少なくない。それでも皆が皆、夫婦円満で幸せな結婚生活であれば良いのだが、漏れ伝わる所によれば必ずしもそうでもないようだ。

現在の皇室典範では、皇族女子が一般男性と結婚した場合、「皇族の身分を離れる」と定めている。
処が、政府は女性皇族が結婚して皇籍を離脱した後も特別職の国家公務員と位置付け、皇室活動を続けてもらう制度の創設を検討している。「皇女」という新たな呼称を贈る案が有力だそうだ。
「えー、結婚してもまだ皇室活動を続けなくちゃいけないの? それじゃ一生縛られるじゃない、冗談じゃないわよ!」
そんな制度が出来る前にさっさと結婚してしまおうという人がいても、誰も非難はできない。

| | コメント (0)

2011/12/02

若旦那、別れるなら今だ!

あの結婚は失敗だった。口にこそ出さないが、皆そう思ってる。
世間には嫁さんを非難する者もいるが、それは違うね。あの人は賢い人だし人柄だって悪くない。ただ家風に合わなかったんだ。若旦那に見込まれてしまい、あの頃は親父さんの商売の都合もあって断り切れなかったんだろうけどね。
何しろあの「家」は古風で、伝統と格式をやたら重んじる家柄だ。それに大旦那の存在が全てであって、家族、親戚から奉公人にいたる全員が大旦那に奉仕するという特別の「家」だ。そこんところを呑み込んでおかないと、あそこの嫁は務まらない。
そこに男顔負けの外回りをこなすような人が嫁に入ったんだから、元々無理があった。いうなれば水と油。だから心の病ってやつに罹かっちまった。
あの病気は環境を変えなきゃ治らないんだってね。いくら医者よ薬よとやったって、ちっとも良くなりゃしない。あの「家」を出なけりゃ永久に治らないと、アタシは思うね。
このままいけば本人はもちろん、あの「家」全体が不幸になる。
ここいらで若旦那も思いきって見切りをつけて、嫁さんと別れるしかないんじゃないかな。
そりゃ辛いだろうけど、「家」を守るためには仕方ないんじゃない。だって普通の家とは違うんだから、そこんとこの分別はつけなくっちゃあ。

近ごろ心配なのは大旦那が病気で時々休むことだ。だいぶ高齢ということもあり、いつまでもバリバリと仕事を続けるわけにもいかなくなる。
これは宿命だから仕方がないけど、いずれ若旦那が大旦那の仕事を受け継がなきゃならない時期がくる。そうなった時は、今の嫁さんじゃもたんぞ。
代替わりしてから別れる切れるは、いよいよ不可能になってくる。
だから大きなお世話かも知れないが、別れるなら今だ。
若旦那だって、今からならやり直しがきく。
その方がお互いに幸せになる。
世間体とかなんとか、昔と違って今どきは、親類も周囲も得心してくれると思うよ。
どこかの婆さんが、長男を勘当して次男を跡に直せなどと喚いているようだが、それじゃこれからのあの「家」の秩序が保てないだろう。

家系に男の子が少ないので、将来は「女主人」のことも頭に入れておきたいと番頭が言い出しているらしい。
それも時代の流れかも知れない。
ただここで考えておかなくちゃいけないのは、あの「家」に嫁のきて、婿のなりてがいなけりゃあ、いずれ家系は絶えてしまうってことだ。
そりゃ誰でもよけりゃ相手はいるだろうが、そうはいかない。
あれだけの格式のある「家」だ。相手もそれ相応の家柄から貰うことになる。
そうした良家の息子や娘たちはふだん自由で良い暮らしをしているわけだから、好き好んであの「家」に入りたいと思うだろうか。
嫁に来たい婿に入りたいという若い男女が、門前市をなすような状況をこさえていくにはどうしたら良いか、そこを考えておかないと、どんなにいい制度を作っても絵に描いた餅になっちまうと思うよ。

色々言いにくいことも言ってきたけど、気を悪くしないでね。
これでも本気で心配してるんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/03/30

皇室の危機(3)「『皇位簒奪』の仕掛人」

本シリーズ1回目は「反皇太子キャンペーン」、2回目は「『秋篠宮を天皇に』大合唱」と続いてきましたが、それがなぜ「皇室の危機」に結びつくのかが今回のテーマです。
「簒奪」という言葉がありますが、これは皇位(王位)を奪うという意味です。他の国と同様、日本の歴史上でも皇位の簒奪をめぐる争いが数多く繰り広げられてきました。
その最も典型的な事例は「壬申の乱」です。
大化改新の中心人物であった天智天皇が亡くなったあと,天皇の弟の大海人皇子と天智天皇の子の大友皇子との間で皇位継承問題がおこります。両者の戦いは太子であった大友皇子が自害して果て、弟の大海人皇子の勝利に終わり、天武天皇として即位します。反乱軍側が皇位を簒奪したとあって、戦前は義務教育では教えないことにしていました。
これとは別に、周囲の取り巻きの思惑で、皇位の簒奪や継承問題が起きた例も過去にはあります。

それほど遠く遡らなくとも、昭和天皇の時代にも皇位をめぐる事件が起きています。
その一つは、1936年(昭和11年)に起きた通称「島津事件」と呼ばれるものです。
宮中の元女官長であった島津ハルが、神道系カルト教団の神政龍神会に入信しますが、やがて島津ハルは昭和天皇が早晩崩御するから、高松宮を擁立すべきと主張するようになります。
逮捕後の取調べの中で島津ハルは、「国体明徴維神の道を立つるには、高松宮殿下を擁立しなければなりませぬ。」と答えています。またカルトの祈祷師・角田つねも同様に「国体明徴は、現皇統には高松宮殿下を措いて他になし・・・」と、取調べで述べています。
もちろん戦前は、こうした事実は一切公表されていません。

この島津ハルというのは宮中の女官長という要職にあったばかりでなく、かつての薩摩藩国父・島津久光の孫であり、当時の香淳皇后とも親戚関係だったという大変な家柄だったわけですから、これは大事件でした。というより、政府にとっては難問でした。
結局この事件で、島津ハルらは精神異常者として不起訴となり、入院の措置がとられます。
当局としては何としても裁判を避けたかったんですね。
これとは別に神政龍神会の責任者は不敬罪で逮捕、起訴されます。
こうして島津事件は一件落着となります。

もう一つの事件はより深刻でした。
1936年(昭和11年)2月26日に日本中を震撼させた重大事件が起きます。陸軍兵士1400人が決起し、政府要人を殺害し、国会議事堂や総理官邸など政府の施設を占拠した軍事クーダター、二・二六事件です。
事件は、昭和天皇自らが指揮して、叛乱軍を鎮圧するという強い態度を示したため失敗に終わり、首謀者は処刑されます。
この事件を主導した将校たちが、昭和天皇に代わって皇弟・秩父宮を擁立する動きがあった、こうした噂が全国を駆け巡ったとされています。
事実ならそれこそ一大事だったわけで、根も葉もないウワサ話とされている反面、単なる風説とは片付けられない証言もあります。

事件当時、秩父宮は陸軍第八師団(青森)に属していましたが、事件のその日に列車で東京に向かいます。
これを聞いた皇国史観で知られる歴史家で、皇室にも影響力のあった平泉澄帝大教授が上野から列車に乗り込み、途中の水上駅で宮の列車に乗り換えます。
その時の模様を後年、
「車中拝謁の上、此際極めて大切なる事は、皇室の御意志の完全なる統一であって(中略)一乱鎮定までは、終始高松宮殿下と並んで、陛下の御左右に御立ちになり、最高の地位に於いて陛下を御補佐遊ばされますように御願申上げ・・・」
と書いています。

事件の5年前に、内大臣・牧野伸顕が元老・西園寺公望を訪れ、こんな話をしていました。
「秩父宮が汽車に乗って何処かに行かれる時に、その列車に陸軍の大佐が入って来て、殿下を担ぎたいということをじかに申上げたという事実がある。」
軍の一部に秩父宮を担ぎたいという気配があることは重臣の耳に届いていて、心を痛めていたようです。
火の無い所に煙は立たぬ、という所でしょうか。

二・二六事件後、西園寺公望が秘書の原田熊雄にこう語っていました。
「日本の歴史にも随分忌まわしい事実がある。例えば神武天皇の後を承けられた綏靖天皇は、実はその御兄君を殺されて、自分が帝位につかれた。(中略)まさか今日の皇族にそういう方々が、どうこうということは無論あろう筈がないが、しかしこういうことはよほど今日から注意しておかねばならん。」
「まさか陛下の御兄弟にかれこれいうことはあるまいけれども、しかし取巻きの如何によっては、日本の歴史にときどき繰り返されたように、弟が兄を殺して帝位につくというような場面が相当に数多く見えている。(中略)皇族の中に変な者に担がれて何をしでかすか判らないような分子が出てくる情勢にも、平素から相当に注意して見ていてもらわないと・・・」
こうした発言に、事件の影を見ることができます。

皇位をめぐる争いについて、前記の平泉澄は次のように憂慮していました。
「ただ一つ心配なのは、万々一皇族の間に御意見の不一致があれば、その間隙に乗じて魔手が謀略を逞しくするかも知れないという事であります。之を壬申の乱や保元の乱に見ても、或は南北両統の争に見ても、皇室が二つに割れる事が、最大至重の病根であります。」

3回にわたり「皇室の危機」と題して雑文を書いてきましたが、ここまで読んでもらえば私の言いたい事は理解して頂けたと思います。
「秋篠宮を天皇に」と主張し、「反皇太子キャンペーン」を展開している人々に対し、皇太子こそが正当な後継者だと主張する人も必ずいる筈です。
そうなると、お互いの正当性をぶつけ合うことになり、やがては双方のネガティブキャンペーンがエスカレートしていくでしょう。
例えていえば、今の麻生太郎首相と小沢一郎代表の争いみたいに。
そうなれば、やがて国民の皇室に対する信頼感や敬意が薄れてくるのは眼に見えています。

こうした主張を煽っている人は、ほぼ例外なく皇国史観の持ち主です。彼らは、皇位或はその継承者の地位を簒奪せよと、けしかけている事になります。
さて仕掛人はいったい誰で、果たして何を謀っているのでしょうか。

(終わり)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009/03/24

皇室の危機(2)「『秋篠宮を天皇に』大合唱」

前回、一部の右翼的な学者や文化人、ブログなどで激しい「反皇太子ご夫妻批判キャンペーン」が行われていることを紹介しましたが、これと相反するように彼らは「秋篠宮を天皇に」(文藝春秋の記事についてはタイトルとは異なっている)の主張を強めています。
ある学者なぞは「次は皇太子さまではなく、秋篠宮さまが天皇になる」ことを望むと、ハッキリ明言している程です。

年配の方なら覚えておられるでしょうが、今上天皇が皇太子だった時代に、当時の右翼が昭和天皇と比べると「民主主義教育を受けた」「軟弱な平和主義者」と批判していました。「昭和天皇と違い、命をかけてまで守ろうとは思わない。」と言い放った右翼幹部もいました。
また批判の的が、しばしば美智子さん(現皇后)に向けられていたのも、今と同じような状況です。
右翼というのは皇室崇拝主義かと思うのですが、どうも代々の皇太子(近ごろは東宮と表記するのが流行りらしい)ご夫妻が気に入らないようです。

さかのぼると、そうした人々が敬愛してやまぬ昭和天皇の皇太子時代にも、実は同じようなことがありました。
1912年に皇太子時代の昭和天皇が、半年にわたりヨーロッパ旅行を行っています。
これに母親の貞明皇后は、皇太子が西欧文化の影響を受けることを危惧して、欧州行きに反対し皇太子と対立します。
果たせるかな、帰国後の皇太子は宮中の制度改革に乗り出します。
それまでは後宮という制度がありました。映画や芝居でおなじみのように、そこには沢山の未婚女性がいて、全員がそこで生活していました。気に入った女性がいればやがて側女にというわけです。
現代の人から見れば「え~」という制度にうつるかもしれませんが、代々男系の男子が皇位を継承するための一種の保険でもあったわけです。
皇太子時代の昭和天皇は後宮の女官制度を一新し、女官は通いで務めるものとし、既婚女性でも構わないとしました。更に古いしきたりの女官言葉を廃止して、普通の現代語を使うように改めたわけです。
当然のことながら、当時の宮内大臣牧野伸顕を始め宮中の側近たちはこれに反対しますが、皇太子は自説を押し通します。
かくして昭和天皇は、歴史上初めて皇室の一夫一婦制を確立することになります。

このように、制度を改革しようとする側と、旧態依然とした制度にしがみつく側との対立は、今に始まったことではないのです。
余談になりますが、皇太子が重要な儀式である新嘗祭を休んで、四国へ旅行に出かけてしまうというような事もあったようで、この時も貞明皇后は皇太子は西洋風の習慣に影響されてしまい、宮中祭祀をないがしろにしていると思われたそうです。
何だか、現在の皇太子批判ととてもよく似た状況だったわけですね。

秋篠宮に対する評判は上々で、一昔前のあの世評はどこへ行ったのかと思えるほどです。
誰もが知っている「あんなこと」や「こんなこと」、全てすっ飛んでしまいました。
皇室の中の問題は一切情報公開されないので、いずれも真偽のほどは分かりません。それは皇太子ご夫妻に対する非難についても言えることです。
事実かどうか、それはかなり後年にならないと分からないことです。

世評の風向きが変ったのは、やはり秋篠宮家の長男・悠仁さんの誕生でしょう。
皇太子の側には男子が生まれない、それに対して秋篠宮家は男子が誕生した、この事実が大きかったのです。
おりから、女性天皇を認めるべく皇室典範を改正する動きがあったのですが、これにより女帝反対派が俄然勢いづきました。このことを契機に、「女帝反対」=「反皇太子」=「秋篠宮擁立」という図式が出来上がったと思われます。

では仮に彼らが言うように、秋篠宮こそ次の天皇に相応しいとしましょうか。しかも国民の多数がそれを支持したとしましょうか。でも結論からいえば、皇位継承にはなんら影響はありません。
日本が近代国家になって大日本帝国憲法を制定するにあたり、「天皇」についての規定をどうするか、これは大きな問題でした。
明治憲法は一般にプロイセン憲法をモデルにしていると言われていますが、例えばプロイセン憲法で摂政に関する規定は次のようになっていました。
「第57条 国王未成年ニ属シ若クハ久シク故障アリテ政ヲ親ラスルコト能ワザレバ、最近ナル支親ノ成年ナル者摂政ノ事ヲ行ウ。此ノ時ハ其ノ人必ズ速ニ両院ヲ徴聚シ、両院合会シテ摂政ヲ設クルニ必要ナルコトヲ宣告セシムベシ。」
つまりプロイセン憲法では、摂政の設置については議会両院が決定権を持っていました。

これに対して、明治憲法制定を担った一人である井上毅は、
「皇室ノ大事ヲ以テ民議多数ノ裁判ニ委ネ、従テ人民ニ勢力ヲ誘導シ,将来皇室ヲ左右スルノ漸ヲ啓クコト」
になると、これを批判しました。
つまり議会を関与させれば皇室の尊厳が脅かされ、国民が皇室に口を挟むことに道を開く、井上毅はこう考えたわけです。
この結果、摂政の設置について旧皇室典範では次のように定めていました。
「天皇未ダ成年ニ達セザルトキハ摂政ヲ置ク。 天皇久キニ亘ルノ故障ニ由リ大政ヲ親ラスルコト能ワザルトキハ皇族会議及枢密顧問ノ議ヲ経テ摂政ヲ置ク。」
こうして戦前の日本では、摂政を置く場合は「皇族会議及枢密顧問ノ議ヲ経テ」として、議会や国民の意思が入る余地がないように決めたわけです。

では、現行の皇室典範でこの条項はどうなっているでしょうか。 
「第16条 天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。
2 天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。」
旧法と比べ「枢密顧問」が抜けているだけで、基本的な考え方はそのまま引き継がれています。

繰り返しますが、現在の皇室典範においては皇位継承を、あの人の方が相応しいからと国民や議会が決定するというシステムになっていません。
従って「秋篠宮を天皇に」といくら主張しても、所詮は「遠吠え」にしかなりません。
もし本当に実現しようとするのであれば、皇室典範を改正するか、何か特別のウルトラ-Cでもあみ出さないと無理です。
(続く)

| | コメント (3) | トラックバック (0)