街角で出合った美女

2009/10/02

【街角で出会った美女】オーストリア編(4)

当ブログではいくつかのシリーズものを掲載していますが、なかでもこの「街角で出合った美女」シリーズはアクセスが多く、人気の高さがうかがえます。
時には「看板に偽りあり」と思われる向きもあるでしょうが、海外の街を歩いていても、映画のスクリーンから飛び出したような美女がそうゾロゾロ歩いているわけではないですし。
さらにカメラに収められるのは、その一部です。
したがって1枚も撮れなかったという国も少なくなく、なかなか思うようにはいきません。

行き先が観光地が中心になりますが、そうすると外国からの観光客も来ています。そういう人は対象から除外しなくてはなりません。オーストリアに行ってアメリカ人を撮っても仕方がないですから。
馴れてくると、その国の人かどうかは、服装や態度でおよそ見当がつきます。
何を言いたいのかというと、まあこれでそれなりに苦心して(大した苦心じゃないけど)撮った画像だということを理解してください。

美しい金髪をポニーテールになびかせていたこの少女は、小学生ぐらいの妹二人の手を引いてメルク修道院を見学していました。たぶん中学生でしょう。
目をつぶっているのは、日差しが眩しかったせいでしょうか。
ノーブルな横顔です。

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2009/09/29

【街角で出会った美女】オーストリア編(3)

オーストリア中央部、ザルツカンマーグート地方の美しい湖畔の町、サンクトウォルフガングから可愛らしいSLに乗ってシュッポシュッポと登っていくと、頂上のシャッフルベルク展望台(標高1783m)に着きます。
ここからはウォルフガング湖が一望に見渡せます。
ここと反対側に進むと、フェッシェル湖、モント湖、アッター湖などの素晴らしい景色が見られます。
しばらく散策して、登山列車の山頂駅近くに戻るとレストランが並んでいます。
もうこれは、ビールを飲めということですね。

席について少しすると、ウエイトレスが注文を取りにきます。
可愛い顔に似合わせずやたら威勢のよいお姐さんで、メニューをボールペンの先でトントン叩きながら、「飲み物はココ、食べ物はコレ、さあどれにするの?」という風に、気合を入れられます。
多少なりとも笑顔でも向けてくれればいいと思うのですが、ヨーロッパの店員というのは概してアイソが悪い。
それはともかく、山頂で飲んだ生ビールの味は最高でした。

画像は、その威勢のいいレストランのウエイトレスです。
民族服のコスチュームがよく似合っています。

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2009/09/15

【街角で出会った美女】オーストリア編(2)

こちらの花嫁さんは、ツークシュピッツで式を挙げたあと、麓のアイブ湖畔で家族と写真を撮っていました。
頂上は寒いのでコートを着用していましたが、やはりウエディングドレス姿で記念撮影をしたかったのでしょう。
私たちも飛び入り(押しかけ?)しての撮影大会となってしまいました。花婿さんは気を利かして横にどいてくれたのですが、チョット気の毒でした。
ウットリするほど、スタイルの良い花嫁さんです。
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オーストリアは国土のおよそ3分の2が山岳地帯ですが、今年訪問したチロル地方となると、山と山の間に町や村があるという感じです。
街のどこからもアルプスが見える、あるいは麓の湖が見える、そういう風光明媚な地方でした。
ハイキングをしていると、お年寄りから赤ちゃんまで、車椅子からベビーカーまで、実に様々な人々が山歩きを楽しんでいることが実感できます。
公共の交通機関が発達しているし、列車に自転車が乗せられるのも良いですね。
環境保護のためには国民の生活スタイルを変えていかねばならないし、政府はそのための基盤整備を推し進めねばならないでしょう。
乗用車を買うのに補助金を出したり、高速道路をタダにするというのでは、環境破壊が進むだけです。

それと海外の結婚式を見ていつも思うのは、華やかだけどムダな費用をかけていないという点です。
結婚式に限らず、冠婚葬祭の費用は日本に比べ一桁低いのではないでしょうか。
お金がなくて結婚できないという若い人が多いそうですが、もう少し足元の生活を見直す必要があるかと思います。

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2009/09/14

【街角で出会った美女】オーストリア編(1)

海外旅行の楽しみの一つに、現地の結婚式や披露パーティーに出会えることがあげられます。時には飛び入りで参加することさえあり、この辺が日本と大きく異なるところです。
会場も教会など宗教施設はもちろん、景色の良いスポット、有名な観光地や、意外に多いのが山の上、それに湖の辺など、実にさまざま。
新郎新婦に立会人、両親など親族、友人などが列席していますが、そこに我々のような見物客が集まってきて、一緒にお祝いをすることになります。

ドイツとオーストリアの国境にまたがるツークシュピッツは標高が2964mとドイツでは(山頂がドイツ領)最高峰です。この頂上で結婚式を挙げようという新婚が二組いました。
ロープウエイは行列して待つのですが、新婚さんだけは特別で先頭に立ちます。乗客たちから「オメデトウ」の声がかかり、もうロープウエイ乗り場からお祝いで盛り上がります。
山頂は雪が残り近くに氷河もある寒い場所でしたが、そこで立会人が二人のグラスにワインを注いでいました。日本の三々九度みたいなものでしょうか。
私たち観光客も喜びの輪に加わって、一緒に声をかけたり拍手したり写真を撮ったりしました。

寒いので、ウエディングドレスの上に黒いコートを羽織った花嫁さんの、幸せそうな笑顔が印象的でした。

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2009/06/06

【街角で出会った美女】ラオス編

永らく混乱が続いていたラオスは、2000年からようやく外国からの観光客を受け入れるようになりました。
隣国のミャンマーと同様に、旅行ガイドで「微笑みの国」というキャッチコピーが付けられていますが、ミャンマーとは異なり強圧的なイメージもなく、ノンビリとした穏やかな印象を持ちます。
「アジア最後の国」というキャッチコピーも使われていますが、確かに農村部を歩くと、かつての日本と良く似た風景がひろがり、これがアジアの原風景なのかと思わせます。

物価が安く観光客相手の土産店もないので、気に入った物があればお買い得です。
長袖シャツを1枚買いましたが、海外で購入したものというのは通常は日本へ戻ってから着て歩けない製品が多いのですが、今でも愛用しています。縫製がしっかりしているし、デザインも悪くありません。
1ドルで買った小さな人形も、周囲に好評でした。
GDPは世界でも下から数えた方が早く、人々の生活は貧しいのですが、彼らの表情を見ていると決して貧しさを感じさせません。
これといった目玉になるような観光地はありませんが、人なつっこさと親切な国民性が何よりの観光資源なのかも知れません。

写真は、ラオスの首都ビエンチャンで食事した時のウエイトレスで、この笑顔が一番のご馳走でした。

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<お断り>
断続的に連載してきた「街角で出会った美女」シリーズですが、今回でひとまず終了します。
今後も海外で美しい女性の写真が撮れたら、順次ご紹介していくつもりです。

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2009/05/28

【街角で出会った美女】ウズベキスタン編(2)

海外、特に開発途上国に行くと子供たちの生活力の旺盛さに圧倒されることがあります。
ウズベキスタンの少年少女たちも、親の仕事を手伝ったり、自分の小遣い稼ぎをしたり、たくましく生きています。
世界遺産であるヒヴァのイチャンカラでは、ミナレットに登るときに手助けしてくれる少女がいました。
なにしろ煙突みたいな形の内部の100段以上あるらせん階段を手探りで上るので、手を引いてくれたり、荷物を持ってくれたりすると助かるわけです。
下の写真の少女もその1人で、もちろんお目当てはチップです。菓子をあげる人が多く、わたしは日本から持っていったボールペンにしました。中学2年だと言っていましたが、気の強そうな性格が顔に表れています。
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ずらりと軒を並べる店では、就学前の子どもの面倒をみながら女性たちが商売をしています。
ブハラの街のこの少女は年下の子と、商品が並ぶ台の下で鬼ごっこをしていました。
6歳以下のはずですが随分とオシャレしているし、また大人びて見えます。
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ウズベキスタンの最大の農産物は綿です。
綿の実は雨にふられるとダメになるので、収穫期には学校の生徒たちも皆、畑で綿の摘み取りを手伝います。
ブハラ郊外でも学生や生徒たちが収穫をしていて、私たちも飛び込みで手伝いをしました。
私とペアを組んだこの少女は中学生で、たぶんロシア系だと思われます。
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ウズベキスタンの首都タシケントで、ツアーのメンバー数人が地下鉄に乗ったところ、座席に座っていた若い人がいっせいに立ち上がり席を譲ってくれました。揃って年配者だったからでしょう。
戻りの車内でもやはり全員が席が譲られて、あれは感心しましたね。
是非、日本の若い人も見習って欲しいところです。
こういうことがあると、それだけで相手の国に好印象を持ってしまいます。

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2009/05/11

【街角で出会った美女】ウズベキスタン編(1)

カナダから帰国した高校生が新型インフルエンザに感染していることが分かりましたが、彼らが現地でマスクをしていなかったと非難する声があるようです。何だか嫌な世の中になりましたね。
これだけ人、モノが世界中を大量に移動する時代、日本に感染者が出るのは時間の問題でした。むしろ入国時の空港の検査で判明したのは、不幸中の幸いでしょう。

20世紀に大流行した新型インフルエンザと世界の死者数は下記の通りです。
発生年   名称      型   世界の死者数
1918年 スペイン風邪 H1N1型  4000万人
1957年 アジア風邪  H2N2型   200万人
1968年 香港風邪   H3N3型   100万人
死亡者が着実に減っているのは、検査や特に治療薬に飛躍的進歩があったためでしょう。
今回の新型インフルエンザを「スペイン風邪」の再来などと騒ぐ向きもありますが、医療技術は当時と今とでは比べ物になりません。
それより季節型の従来タイプのインフルエンザでは、日本で毎年1万人前後の方が亡くなっています。こっちは全く問題にしなくて良いのでしょうか。
感染の規模も毒性も未だはっきりしていないほうには大騒ぎし、現実に1万人の死者が出ているほうにはあまり関心を示さないって、やっぱりナンか変です。

さて、中央アジアのウズベキスタンですが、ここもイスラム教国です。
イスラム教の女性の服装というのは、ほぼ共通していて、
(1)髪の毛をかくす
(2)肌を露出しない
(3)身体の線を出さない
という3原則があります。
処がここウズベキスタンでは、この3原則が全く無視されています。
下の写真をご覧ください。二人ともスカーフすらかぶっていないし、半袖で、身体の線がくっきり出るような服を着ていますね。

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時には胸の谷間が見えるような襟が開いた服の女性もいて、ここがイスラム教の国であることを忘れそうになります。
是非、この点は他のイスラム教国も見習って欲しいですね。

ウズベキスタンはシルクロードのほぼ中央にあり、従って東は中国から、西はイランやトルコにいたる様々な民族がミックス(混血)されていて、そのせいか美人の多い国でもあります。
下の画像は、シャフリサブスの街で出会った新婚の花嫁さんで、大きな瞳が印象的です。

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こちらはヒヴァの街のホテルで、部屋の掃除をしていた従業員です。
とても明るく朗らかな人で気軽に撮影に応じてくれて、後でホテルのアドレスに画像を送って、と約束させられました。

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2009/04/18

【街角で出会った美女】コロンビア編

コロンビアと聞くと直ぐに頭に浮かぶのが、「コーヒー、麻薬、誘拐」でしょう。どうもコーヒー以外、あまり良いイメージがありません。
かつては「大コロンビア」として、今の南米北部から中米南部一体が全てコロンビアの支配下にあった大国でした。それがいまや、麻薬と誘拐がビジネスとして立派に成りたつ国になってしまいました。
次々と反米政権が生まれる中南米にあって、コロンビアは親米を代表する国家です。もっともアメリカに持ちこまれる麻薬の多くがコロンビア産だといわれていますから、いわば需要国と供給国という友好的関係なのかも知れません。
コロンビアの麻薬はけしからんと非難されると、彼らは決まって「買うほうが悪い」と反論します。確かに一理ありますね。

ゲリラだのテロだの内戦だのという危ない国ということで、最近まで日本からコロンビアに行くツアーが無かったのですが、ようやく国内も落ち着いてきてツアーが再開されました。
私たちのグループが、その再開ツアーの第一陣ということで少々緊張しましたが、観光した首都ボゴタ周辺を見る限りでは全くそうした危険性は感じられませんでした。むしろ一歩郊外に出ると、日本に似た田園風景が広がっており、懐かしさすら覚えます。
それでも街の中心部には沢山の警官が配置され、撮影していると警官が近付いてきて、公共の建物を写真に撮ってはいけないと注意を受けました。こっちとしては、どれが公共でどれがプライベートか分からず、神経を使いました。

面白いと思ったのは、宿泊したのは高級ホテルでしたが、いずれも洗面台の上にコンドーム(いくつもの!)が置かれていたことです。
どうやらこの国では、ホテルの必需品のようです。
ボゴタ旧市街は中世の重厚な建物が数多く残されており、見所は十分です。
国民性は明るくフランクで、気分良く旅行ができました。

コロンビアはまた美人の国としても知られています。
下の画像は、ボゴタ市内の大学の前で撮った写真で、女子大生だと思います。
顔をしかめているように見えるのは、この日はカンカン照りで気温も上昇していて暑かったせいでしょう。
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もう1枚はボゴタ市内の植物園で、園内の清掃をしていた女性です。
とてもキレイな人で、写真はOKだったのですが、撮影になるとすっかり照れてしまいました。そこがまた可愛らしいですけど。
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2009/03/27

【街角で出会った美女】ギリシア編

ジャズのスタンダードナンバーに「マイファニーバレンタイン」という曲がありますが、その歌詞の一節に、
“Is your figure less than Greek”
とあります。
この”Greek”はギリシア彫刻という意味なので、日本語に訳せば「あなたの容姿はギリシア彫刻よりは劣るけど・・・」ということになります。
ギリシア彫刻=「彫りの深い顔」というイメージがありますね。実際にギリシアに行ってみると、ギリシア人が特に彫りが深いというわけではありません。

それよりヨーロッパの中で、ギリシアは貧しい国であることを実感します。
宿泊したホテルの多くは、トイレットペーパーを流すことができず、くずかごに捨てねばならなかったのです。下水道の設備が貧弱なためです。これは、日本人にはかなり抵抗がありますね。
欧州の他の国では考えられないことで、数々の素晴らしい文化遺産や、美しい島々の光景とのギャップが大きいのです。

デルフィーという町で宿泊したホテルで、小学校から下校してきた管理人の娘さんが、窓ガラスやテーブルの拭き掃除をやらされていました。カメラを向けうるとOKだったのですが、シャッターを押すときに照れて横を向かれてしまいました。

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ギリシアの人々にとって、ギリシア正教は生活の隅々にまで行き渡っています。
教会に行くとどこも正教であることを示すイコン(東方教会で礼拝の対象とした聖画像。アイコンの語源でもある。)が、沢山掲げられています。
下の画像はカランバカの町のイコン制作工房で、細密画を描いていた女性です。この人の横顔は確かにギリシャ彫刻みたいですね。

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2009/03/25

【街角で出会った美女】アルジェリア編

アルジェリアと聞くと、年配の方なら先ず「カスバの女」という歌を思い浮かべるのではないでしょうか。
1955年(昭和30年)にエト邦枝が歌ってヒットした曲ですが、なんといっても「ここは地の果てアルジェリヤ」というフレーズが忘れられない曲です。

「カスバの女」(歌詞は1番のみ)
作詞:大高ひさお  作曲:久我山明
涙じゃないのよ 浮気な雨に
ちょっぴりこの頬 濡らしただけさ
ここは地の果て アルジェリヤ
どうせカスバの 夜に咲く
酒場の女の うす情け

アルジェリアは通称マグレブと呼ばれている北西アフリカ諸国の中の国で、日本から一番遠い西の端はモロッコですから、決して地の果てではありません。この歌詞には戦前の名画「外人部隊」や「モロッコ」の影響が強く出ています。
昭和始め1928年(昭和3年)には、浅草オペラのスターだった二村定一によって「アラビアの唄」がヒットしました。
当時の日本人のエキゾチズムが、中東から北アフリカ地域に向けられていたのでしょう。

「アラビアの唄」
作曲:Fred Fisher、日本語詞:堀内敬三
砂漠に陽が落ちて 夜となるころ
恋人よ なつかしい 歌を歌おうよ
あのさびしい調べに 今日も涙流そう
恋人よ アラビアの 歌を歌おうよ

この歌の原曲はアメリカのポピュラーソングで、本国のアメリカでは流行らず日本で大ヒットしたのは、この曲の哀愁をおびたメロディが日本人の琴線に触れたものと思われます。

さてアルジェリアですが、長期にわたるアルジェリア戦争でフランスと戦い、せっかく1862年に独立を果たしたのに、1990年代から10年以上に及ぶ内戦で10万人以上の犠牲者を出してしまいました。
私たちのツアーでも全工程にわたり、車両の前後を軍の車が護衛しての移動となり、観光中もマシンガンを持った兵士が周囲を囲んで警戒する中での観光となりました。
国土の大半がサハラ砂漠で、サハラの雄大な景色を堪能することができました。

首都のアルジェは地中海に面した街で、カスバはその旧市街にあたります。フランスからの独立戦争では、ここが抵抗運動の舞台となりました。今でも人々がここで暮しています。
下の画像はこの町に住んでいる女性で、買い物から帰って玄関に入るところを撮影したものです。
本物の「カスバの女」です。

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実際のカスバの町を歩いてみると、何とも表現のしようがない独特の魅力を感じます。
建物の白い外壁に男の人が寄りかかって立っていたり、石段(カスバは傾斜地なので階段の町)を幼い子どもの手をひいて老婆が上がってくる、そういう一つ一つのシーンが絵になっている町です。

下の画像はカスバの中にある小学校の下校時に撮った少女の写真で、ちょっと大人びて見えますが二人とも小学生です。
やがて美しい「カスバの女」に成長していくことでしょう。

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