司法

2015/12/18

【産経記者無罪判決】第三者告発の恐ろしさ

韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を記事で傷つけたとして罪に問われた産経新聞の加藤達也前ソウル支局長に対し、ソウル中央地裁は12月17日、無罪判決(求刑懲役1年6カ月)を言い渡した。李東根(イドングン)裁判長は判決公判の冒頭、韓国外交省が文書を提出し、日本側が善処を求めていることに配慮してほしいと要請してきたことを明らかにした。
判決では大統領としての朴氏について、「うわさを報道されることがあっても言論の自由は幅広く認められなければならない」とし、名誉毀損(きそん)罪は成立しないとした。一方で、私人としての朴氏の名誉は傷つけたと認めた。ただ、記事が「韓国の政治、社会状況を伝えようとしていた」として、名誉を傷つける意図はなかったと認定した。
随分と奥歯にものの挟まった言い方だ。
無罪判決自体は、ここ数か月、ネットでも産経の記事が韓国政府に配慮していると指摘していて(他紙がいっせいに韓国政府を批判する記事を出していたのに産経だけが沈黙していた等)、産経-韓国政府間で取引があったのではという憶測が出ていたので、ある程度予測はされていた。

無罪は当然であり、元々が起訴すること自体が間違っていた。加藤達也前ソウル支局長が書いた記事の肝心な部分は朝鮮日報からの引用だ。その元記事が問題とされず転載された記事だけが起訴されたのは韓国独特の法律によるものだ。
韓国の国内法では名誉棄損については被害者本人以外の第三者が告発できる事になっている。今回の告発は朴大統領自身ではなく市民団体による告発で、これを受けて検察が起訴したものだ。
ここで私たちが考えておかねばならないのは、いま著作権や性犯罪に関して被害者以外が告発できる制度が検討されているという点だ。もしこうした事が法制化されれば、第三者が自由に相手を告発できる様になる。もし不起訴や無罪になったとしても告発されただけで本人の名誉が傷つけられ事は明らかだ。相手方を名誉棄損で訴えても裁判に長い期間がかかり、世間的には告発されたという事実だけが残されてしまう。
著作権や性犯罪の第三者告発という法制度改正は大きな危険性をはらんでいることを指摘しておきたい。

判決で注目すべきは「裁判長は判決公判の冒頭、韓国外交省が文書を提出し、日本側が善処を求めていることに配慮してほしいと要請してきたことを明らかにした」という点だ。
これは司法自らが三権分立を否定したわけで、裁判官の意図が計りかねる。
もっとも政府による司法への介入はわが国でも珍しい事ではなく、米国政府の方針をそのまま反映させた「砂川判決」などはその典型だ。ただ日本の裁判官は決してそういう事は言わないが。

この判決を受けての熊坂隆光産経新聞社長の声明についてだが、「裁判所に敬意を表する」とはまた随分と卑屈な言い方だ。ここは加藤達也が会見で語ったように「無罪判決は当然」とすべきだろう。
「加藤前支局長の当該コラムに大統領を誹謗中傷する意図は毛頭なく」もウソでしょう。だって何かというと韓国を貶め、日韓両国関係を悪化させるのは産経の「社是」ではなかったか。当該コラムもその文脈からアリアリだ。しかしそれは飽くまで言論の自由の範囲であることは言うまでもないけど。

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2015/11/28

「菊地直子への無罪判決」から「公正な裁判」について考える

オウム真理教が1995年に起こした東京都庁郵便小包爆発事件で、爆薬の原料を運んだとして殺人未遂幇助などの罪に問われた元信徒・菊地直子被告(43)の控訴審判決が11月27日東京高裁であった。大島隆明裁判長は「被告に犯行を助ける意思があったと認めるには合理的な疑いが残る」と述べ、懲役5年とした一審・東京地裁の裁判員裁判による判決を破棄し、被告を無罪とした。
昨年6月の一審判決は、被告が事件前に「劇物」などと記された薬品を運んでいたことなどから、「人の殺傷に使われる危険性を認識していた」と認定。爆発物取締罰則違反の幇助罪の成立は認めなかったが、殺人未遂の幇助罪は成立するとした。
しかし、この日の高裁判決は「危険な物であっても、直ちにテロの手段として用いられると想起することは困難」と指摘。被告は教団幹部ではなく、他の一般信徒と同様に教団の指示や説明に従うしかない立場だったことなどから、「教団が大規模なテロを計画していると知っていたとは言えない」と述べた。
一審では教団元幹部の井上嘉浩死刑囚(45)が法廷で証言し、当時の被告とのやりとりから「テロの計画を被告は理解していると思った」などと語った。一審判決はこれらの証言を有罪の根拠の一つとしていたが、高裁は「多くの人が当時の記憶があいまいになっているなか、証言は不自然に詳細かつ具体的だ」と述べ、証言は信用できないと判断した。
菊地被告は1995年に警察庁から特別手配され、2012年6月に警視庁により逮捕された。特別手配中の被告と同居していた男性(44)は、犯人蔵匿などの罪で執行猶予付きの有罪判決を受けている。

この裁判の争点は、菊地被告が爆発物の原料であることを知っていて運搬していたかどうかだ。一審では菊地被告が認識していたという判断だったが、高裁は被告にはそうした認識はなかったと判断した。
その違いは、証人の井上嘉浩死刑囚の証言が信用できるかどうかが分かれ道になっていた。都庁郵便小包爆発事件は井上が計画したもので、主犯である井上の証言は決定的といえる。井上は既に死刑が確定しており、司法取引は考えにくい。そうした所から一審では信用がおけるとしたのだろう。
これに対して高裁では、井上証言があまりに詳細で具体的過ぎるから信用できないと真逆の判断をした。

また、一審が裁判人裁判だったことから、この制度の意味が問われることになる。
これを機に、制度の廃止を考えた方が良いだろう。

菊地直子被告は17年間逃走した理由については、「出頭すれば真実が曲げられると思った」と説明していた。私はこれこそが今回の無罪判決の大きなポイントだと見ている。
もしこの裁判が事件のおきた20年前の直後であったら、菊地は間違いなく有罪だったろう。当時はオウムの関係者であれば、微罪であってもかなり厳しい判決が下された。
一連のオウム真理教の事件は単なる刑事事件ではない。政府の転覆を謀ったという公安案件だった。だから他の刑事事件と比較しても量刑は厳しかった。また世論もオウムに対しては厳刑を求めていた。
しかし、20年経った今では、そうした空気は薄れている。菊地の裁判でも「疑わしきは被告人の利益に」という刑事事件の裁判の原則が守られたと見てよい。
見方を変えれば菊地直子の「逃げ得」という結果になった。
裁判の行方を左右する要因として、
・政府(政権)の意向
・世間の空気
がある事は否定できない。
この度の判決から、「公正な裁判」とは何か、それは実現可能なのか、という問題を改めて考えさせられた。

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2015/07/06

「砂川判決」を下した売国の裁判官

集団的自衛権の行使容認のための安全保障法制の審議が現在国会で行われているが、安倍首相や自民党幹部らは集団的自衛権の行使容認の論拠として、1959年の「砂川事件」判決を持ち出している。
その「砂川判決」とは一体どういうものだったのか。

その元となった「砂川基地」事件とは、1955~57年に東京都北多摩郡砂川町(現立川市)における米軍立川飛行場拡張反対闘争をめぐる事件を指す。当時の政府が防衛分担金削減を条件に米空軍基地拡張要求をのみ、1955年地元に接収の意向を伝えるが、砂川町ではただちに基地拡張反対同盟を結成し、町をあげての反対闘争体制を整えた。当時、日本国内各地で起きていた基地闘争の天王山といわれた。
1956年10月の強制測量は武装警官2000人余、反対派6000人余が衝突する闘争の峠となり、政府は測量中止を発表する。その後の1957年7月に、基地拡張に反対するデモ隊のうちの7名が基地内に1時間、4.5mほど立ち入ったとして、「安保条約3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法」違反で起訴された。

この裁判では、安保条約による米軍の駐留は憲法9条2項の「戦力」として違憲になるかが争点になった。
この訴訟で59年3月30日東京地方裁判所は、9条の解釈は憲法の理念を十分考慮してなされなければならないとし、「安保条約締結の事情その他から現実的に考慮すれば…、かかる米軍の駐留を日本政府が許容していることは、指揮権の有無・出動義務の有無にかかわらず、9条2項前段の戦力不保持に違反し、米軍駐留は憲法上その存在を許すべからざるものである。」と判示した。
この判決は裁判長の名前をとって「伊達判決」と呼ばれる。

この判決は、翌年の1960年に安保条約を改定する準備を進めていた日米両政府にとって大きな打撃となった。そのため政府は、高裁を飛び越して最高裁に異例の飛躍上告を行い、最高裁もスピード判決でこれに応じた。
最高裁判所(大法廷、裁判長・田中耕太郎長官)は、1959年12月16日、「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。したがって、アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」として原判決を破棄し地裁に差し戻した(63年12月有罪確定)。
これを受けて、1960年1月には、日米両政府によって新安保条約が調印された。
この時の最高裁判決が今日「砂川判決」と呼ばれている。

しかし、その後に機密指定を解除されたアメリカ側公文書を日本側の研究者やジャーナリストが分析したことにより、「砂川判決」がどのような背景と経緯から作成されたのかが、2008年から2013年にかけて新たな事実が次々に判明している。
以下に、WiKipediaから該当箇所を引用する。

【東京地裁の「米軍駐留は憲法違反」との判決を受けて当時の駐日大使ダグラス・マッカーサー2世が、同判決の破棄を狙って外務大臣藤山愛一郎に最高裁への跳躍上告を促す外交圧力をかけたり、最高裁長官・田中と密談したりするなどの介入を行なっていた。跳躍上告を促したのは、通常の控訴では訴訟が長引き、1960年に予定されていた条約改定(日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約から日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約へ)に反対する社会党などの「非武装中立を唱える左翼勢力を益するだけ」という理由からだった。そのため、1959年中に(米軍合憲の)判決を出させるよう要求したのである。これについて、同事件の元被告人の一人が、日本側における関連情報の開示を最高裁・外務省・内閣府の3者に対し請求したが、3者はいずれも「記録が残されていない」などとして非開示決定。不服申立に対し外務省は「関連文書」の存在を認め、2010年4月2日、藤山外相とマッカーサー大使が1959年4月におこなった会談についての文書を公開した。

また田中自身が、マッカーサー大使と面会した際に「伊達判決は全くの誤り」と一審判決破棄・差し戻しを示唆していたこと、上告審日程やこの結論方針をアメリカ側に漏らしていたことが明らかになった。ジャーナリストの末浪靖司がアメリカ国立公文書記録管理局で公文書分析をして得た結論によれば、この田中判決はジョン・B・ハワード国務長官特別補佐官による“日本国以外によって維持され使用される軍事基地の存在は、日本国憲法第9条の範囲内であって、日本の軍隊または「戦力」の保持にはあたらない”という理論により導き出されたものだという。当該文書によれば、田中は駐日首席公使ウィリアム・レンハートに対し、「結審後の評議は、実質的な全員一致を生み出し、世論を揺さぶるもとになる少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っている」と話したとされ、最高裁大法廷が早期に全員一致で米軍基地の存在を「合憲」とする判決が出ることを望んでいたアメリカ側の意向に沿う発言をした。田中は砂川事件上告審判決において、「かりに…それ(駐留)が違憲であるとしても、とにかく駐留という事実が現に存在する以上は、その事実を尊重し、これに対し適当な保護の途を講ずることは、立法政策上十分是認できる」、あるいは「既定事実を尊重し法的安定性を保つのが法の建前である」との補足意見を述べている。古川純専修大学名誉教授は、田中の上記補足意見に対して、「このような現実政治追随的見解は論外」と断じており、また、憲法学者で早稲田大学教授の水島朝穂は、判決が既定の方針だったことや日程が漏らされていたことに「司法権の独立を揺るがすもの。ここまで対米追従がされていたかと唖然とする」とコメントしている。】

「砂川判決」の裁判長だった田中耕太郎は戦後に文部大臣を務め、閣僚経験者が最高裁判所裁判官になった唯一の例である。
上の文書のも出ている田中長官とマッカーサー大使との密談で特に重要なのは判決の前月に行われたもので、内容はマ大使から国務長官宛の公用書簡により明らかになっている。
田中長官より米国大使への説明の概要は以下の通り。
①判決を出すタイムリミットを来年の初めまでと通報。
②評議において15人の裁判官の観点が手続上、法律上、憲法上の三つに分かれていることを通報。
③東京地裁の「伊達判決」をくつがえすという通報。
④その逆転判決は15人の裁判官の全員一致が望ましいという見解。
⑤「米軍駐留は合憲」というお墨付きを与える判決にすることへの示唆。
⑥「伊達判決」への敵意の表明。
そして判決は田中の言う通りになった。
最高裁長官が裁判の一方の当事者といえるアメリカの大使に、判決の事前にこうした事を報告していたのだ。
あまり軽々に「売国奴」という言葉は使いたくないが、田中耕太郎こそ「売国の裁判官」と言うしかない。
この田中長官の言動はまた、裁判所法第75条「評議の秘密」に明らかに違反している。憲法の番人たる最高裁のトップにあるまじき行為として糾弾されねばならない。

こうした売国の「砂川判決」にしがみつくしか自己を正当化できないのが現在の安倍政権であるのは、象徴的だと言える。

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2014/07/25

「裁判員制度」を否定する最高裁

大阪で1歳の娘を虐待死させたとして、1審の裁判員裁判で検察の求刑を大幅に上回る懲役15年の判決を言い渡された両親の裁判で、7月24日最高裁判所は「裁判員裁判といえども、ほかの裁判との公平性が保たれなければならない」と指摘して、刑を軽くする判決を言い渡した。

この事件は、4年前に岸本憲被告と妻の美杏被告が、大阪・寝屋川市にあった自宅で当時1歳の3女を虐待し、頭をたたくなどして死なせた傷害致死の罪に問われたもの。
検察の懲役10年の求刑に対し、1審の裁判員裁判は大幅に上回る懲役15年を言い渡し、2審も取り消さなかったため被告側が上告していた。
24日の判決で、最高裁判所第1小法廷の白木勇裁判長は「裁判員裁判といえども、ほかの裁判との公平性が保たれなければならず、これまでの刑の重さの大まかな傾向を踏まえたうえで、評議を進めることが求められる。従来の傾向を変えるような場合には具体的に説得力をもって理由が示される必要がある」という初めての判断を示した。
そのうえで、「1審判決は従来の傾向から踏み出しているのに根拠が十分示されておらず、甚だしく不当な重さだ」と指摘して、懲役15年を取り消し、父親に懲役10年、母親に懲役8年を言い渡した。

裁判員裁判の判決が2審で取り消されたケースはこれまでもあったが、最高裁が直接見直したのは今回が初めて。
5年前に市民の視点を反映させる裁判員裁判が導入されて以降、厳罰を求める判決が出される傾向にあり、裁判員裁判であっても刑の公平性は守られるべきだという今回の判決は今後の裁判に影響を与えるのは必至だ。

ここで問題とすべきは、白木勇裁判長の補足意見で、要旨次のようの述べている。
「裁判員裁判を担当する裁判官は、量刑判断に必要な事柄を裁判員に丁寧に説明し、理解を得ながら評議を進めることが求められる。」
ここでいう「丁寧に説明」「理解を得ながら」という表現は国会答弁などで毎度お馴染みで、「押し付け」「指導」「説得」と同意語だ。
これからの裁判員裁判では、量刑に関しては担当裁判官より「積極的指導」が行われることになろう。
裁判員制度の目的のひとつは裁判に市民感覚を反映させることにあり、従来のプロの裁判官の判断とは差が出ることは当然なのだ。それを過去のプロが出した判断に従えというなら、裁判員裁判など不要である。仕事や私生活を犠牲にしてまで裁判に参加した裁判員たちには虚しさだけが残されるだろう。
白木勇裁判官の意見は、事実上裁判員制度を否定したものと捉えられても仕方ない。

むしろ問われるべきは、そうした最高裁の体質だ。

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2014/03/29

「犯人にされる」という恐怖

私たちは日々、色々なリスクを負いながら生きている。病気になる、事故にあうもそうだが、犯罪の被害者になるリスクもある。しかし最も恐ろしいには犯罪の加害者にされてしまう、つまり何らかの犯罪の犯人とされて刑務所に入れられる事だ。それが死刑囚として処刑に怯えながら数十年間も、なんて考えただけで身の毛がよだつ。
TVの刑事ドラマなどでお馴染みだが、刑事が「あなたは0月0日の0時から0時の間、何をしていましたか」「それを証明する人はいますか」と訊くシーンがある。あれを見て常に思うのだが、自分ならアウトだと。
昨日の夕食のおかずさえ憶えていない位だから、数日前のある時間帯のことなど思い出せない。仮に思い出したとしても、リタイア-して自宅にいる時間が多いので証人は女房ぐらいだ。家族の証言は必ずしもアリバイ証明にはならないそうだから、この段階で重要参考人である。
以前、裁判の傍聴マニアの人の本を読んでいたら、検事が被告に「こんな大事な日の記憶が無いんですか」と怒鳴っていたと書かれていた。犯行当日の記憶のことを糾しているのだが、そりゃ検事にとっては大事な日かもしれないが、もし身に覚えのない被告ならチンプンカンプンだ。

では物証がなければ有罪にはならないかというと、これが違う。過去に状況証拠と証言だけで有罪になったケースはいくらでもある。検察側の証人の場合、事前にリハーサルが行われるそうで、被告にとって不利な証言がなされるのは避けられない。
その肝心の物証でも捏造されたとあっては、被告にとってはお手上げだ。

いわゆる「袴田事件」で死刑判決を受け再審請求を行っていた袴田巌(はかまだいわお)さん(78)が釈放された。実に48年ぶりということになる。
3月27日、静岡地裁は再審開始を決定し、同時に袴田死刑囚の死刑の執行と拘置の執行を停止する決定を下し、釈放を認めたものだ。死刑囚の再審が決定したケースで、拘置の執行停止が認められたのは初めてケースだ。
この事件の第2次再審請求審の最大の焦点は5点の衣類のDNA結果だった。半袖Tシャツに付着した血痕と、袴田死刑囚のDNA型が一致するかを調べるDNA鑑定が実施され、弁護団側と検察側双方の鑑定で「一致しない」との結論が出されていた。ただ検察は長期のためDNAの劣化があったと鑑定に疑問を呈していた。
村山裁判長は「5点の衣類が袴田死刑囚のものでも犯行着衣でもなく、後日捏造されたものであったとの疑いを生じさせるものだ」と指摘した。
捜査側の捏造という点にまで触れた踏み込んだ判断は異例であり、いかに悪質であったかを窺わせる。

一方、検察側は拘置の継続を求める抗告を東京高裁に申し立てるとともに、再審開始決定に不服があるとして同高裁に即時抗告したが、高裁は地裁の判断を支持した。
つまり検察は釈放された袴田巌さんをもう一度拘置所に戻せと求めたわけだ。
検察の辞書には「反省」という言葉がないらしい。「人間性」という言葉も。
もっとも猪瀬元都知事の公選法違反事件では、たった50万円の罰金刑で済ませたわけだから、検察も相手によっては大いに温情を示すということか。

袴田さんが一日も早く晴れて無罪になることを祈りたい。

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2013/11/29

安倍政権が狙う「盗聴法改正」

月刊誌「選択」11月号によれば、安倍政権が盗聴を拡大できる「通信傍受法」の改正を狙っていると報じている。
1999年に成立した「通信傍受法」について、法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」でこの夏、NTT、ドコモ、KDDI、ソフトバンクからヒヤリングを行っている。
現行法では警察官が通信事業者の施設内に行って、事業者側の立ち合いのもとで「盗聴」が行われている。これを改め、警察施設内部に常設の「傍受回線」を設置する構想について通信事業者からの意見を聴くのが目的だった。これが実現すれば警察は自由に「盗聴」が出来るようになる。

これ以外にも現行法では禁止されている容疑者の自宅や事務所に忍び込み盗聴器をしかける「室内盗聴」の合法化も目指している。
さらに現行法では麻薬や銃器犯罪など4つの犯罪の捜査に限り盗聴が許されているが、この規制も外そうとしている。
米国では国家安全保障局(NSA)による無差別の盗聴が明るみに出て問題になっているが、法務省や警察が目指す法改正が行われるなら、日本もこれと同じようになる。

安倍政権は一方で秘密保護法で国民の知る権利や報道の自由を制限しておきながら、もう一方で国民を監視する仕組みを着々と築きつつある。
憲法そのものには手を付けず、法律によって国民の権利や自由を骨抜きにしようという安倍首相の手口がますます明らかになりつつある。

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2012/04/27

「検察審査会」制度の変質を謀った検察

日本においては事件について裁判所へ起訴する権限は、原則として検察官が独占している。
つまり刑事司法は永年「官」によって独占されてきた。
それに対して「民」の声を反映させようというのが本来の「検察審査会」制度の目的だった筈だ。
さらに2009年5月21日からは新たな「起訴議決制度」が導入され、検察審査会の議決に拘束力が生じるようになった。これにより8人以上の多数(検察審査会は11名の審査員によって構成されるので、その3分の2以上の賛成が必要)で「起訴をすべき議決」が行えるようになった。
「民」の判断力に権限を付与したわけだ。

小沢一郎議員を被告とする陸山会事件で、検察側は何がなんでも起訴に持ち込みたかった。そのためには供述書の改ざんなどあらゆる手を使った。しかし結果として裁判で有罪にするだけの決定的な証拠に欠けていることも明らかになった。
もし裁判で小沢一郎が無罪となれば、検察の責任が追及されることは必至だ。
その一方、このまま不起訴とすることには検察内部に不満もあった。
そこで検察が生み出したのは、検察審査会による強制議決制度を利用しようという手法だった。
全国には検察OBが多数おり、そのネットワークを使えば審査申し立てを行う「組織」など容易に作れる。
そうして開かれた検察審査会に対して検察側は、判決でも指摘の通り、任意性に疑いのある供述書や事実に反する捜査報告書を提出した。
審査会の公正中立への疑いはないが、こうした虚偽の資料が議決の判断に影響したであろうことは否めない。
かくして、検察の思惑通り小沢一郎議員に対する強制起訴が決まった。

検察としては、もし裁判で無罪となっても権威が傷つくことなく、責任が追及されることもない。
有罪となれば、実質的な検察側の勝利となる。
どちらに転んでも検察有利だ。つまり強制起訴に持ち込めた時点で検察は目的を達成できたと言える。
本来は「民」のための制度を「官」が自らの利益のために利用したというのが実相だと思われる。制度の変質だ。

しかし検察にとって予想外だったのは、こうした強引な手法が判決の中で厳しく批判された点だ。
判決が一方で検察(指定弁護士)側の主張をほぼ認めたのに対し、「無罪」という結論にしたのはいうなれば「痛み分け」だ。
検察審査会制度を検察が悪用することは「禁じ手」なのだ。検察は今後また同じ「手」は使えまい。
全体として公正な判決だったと思う。

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2012/04/14

木嶋佳苗と林真須美と

首都圏の連続不審死事件で、交際男性3人への殺人罪などに問われた無職木嶋佳苗被告(37)の裁判員裁判判決で、さいたま地裁は4月13日、3人殺害をいずれも認定、「極めて重大な犯行を繰り返し、尊い命を奪った結果は深刻で甚大」とし、求刑通り死刑を言い渡した。
大熊裁判長は判決理由で「働かずにぜいたくで虚飾に満ちた生活を維持するための犯行。身勝手で酌量の余地は皆無」と指摘。量刑については「改悛(かいしゅん)の情は一切うかがえない」と説明した。
物証に乏しく、状況証拠の積み上げだけでの判決、裁判員たちもさぞ頭を悩ましたことだろう。
「疑わしきは罰せず」の原則からいえば無罪という選択もあっただろうが、3人の被害者の死亡状況があまりに不自然であり、殺害以外に説明がつかないという結論だったと思う。
とりわけ被告に殺害すべき動機が明確だったという点も見逃せない。動機は証拠にはならないが、裁判官や裁判員の心証に大きく影響したであろうことは否めまい。

木嶋佳苗という女は、自らの肉体を提供する代償として複数の相手の男性から対価を得るという生活を続けてきた。はやく言えば売春。
決して美人とはいえないが、いわゆる男好きのするタイプなんだろう。それに獲物を狙う嗅覚が発達していた。
ここまでなら世間にいくらでもいる。芸能界や水商売ならゴロゴロしているだろう。
ただ彼女の場合は派手好きで浪費癖があり、通常の売春では生活レベルが維持できなかった。
次第に結婚詐欺に向かい、挙句の果てが・・・といった所か。

もうひとつ思い出されるのが1998年7月25日に起きた「和歌山毒物カレー事件」で、こちらは既に林真須美の死刑が確定している。
この事件も被告人が犯人であるという直接的な証拠や自白がなく、状況証拠だけで死刑判決が出されたという共通点がある。
異なるのは林真須美の場合は夫とともに、保険金詐欺の常習ということで生計をたてていた点だ。
裁判では動機も解明されなかったが、そのことが被告人が犯人であるという認定を左右しないと最高裁で認定されている。
林真須美のような女は、自分の利益にならないような事には手を染めないタイプだ。
誰が食べるかも分からないカレーに毒物を入れることは、彼女にとって金銭的にはなに一つ得にならない。
つまり木嶋佳苗の場合は日常の延長線で起こした事件で必然性があると思われるのに対し、林真須美の方は非日常的な事件で必然性に欠けるということになる。

もし私が裁判員(後者の事件では有り得ないが)であったと仮定したら、林真須美はシロで、木嶋佳苗はクロという判断になる。

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2012/01/20

原発事故の「刑事責任」

2001年に起きた兵庫県明石市の花火大会事故で、検察審査会の議決に基づき業務上過失致死傷罪で強制起訴された元明石署副署長榊和晄(さかきかずあき)被告の初公判裁判が1月19日行われた。
この事件では明石署の地域官ら5人に対しては既に有罪判決が確定しているが、元署長は「現場の混雑状況を把握できる立場だったので、警察官を向かわせれば事故を防げた」として刑事責任を追及されている。

2005年4月のJR宝塚線(福知山線)脱線事故で、業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本前社長の山崎正夫被告の判決が、1月11日11日、神戸地裁であった。
山崎前社長は安全対策を統括する鉄道本部長だった当時、事故現場カーブが半径600メートルから304メートルの急曲線に付け替えられた。翌春のダイヤ改定で現場を通る快速電車が増加するなどして事故の危険性が高まったのに、自動列車停止装置(ATS)の整備を部下に指示しなかったとして起訴されたものだ。
判決では「現場カーブで事故が起きる危険性を認識していたとは認められない」と判断し、無罪(求刑禁錮3年)を言い渡した。
事故をめぐっては、山崎前社長の上司だった井手正敬(まさたか)元会長ら3人の歴代社長が検察審査会の議決を受け、同罪で強制起訴されている。
いずれも経営者としての管理責任が問われたものだ。

ひるがえって昨年3月の東電福島第一原発の事故であるが、地震や津波といった自然災害から引き起こされたとはいえ、あれだけの重大事故と住民への被害が拡大した背景には数々の人為ミスや意図的隠蔽が重なったことは明らかであり、人災としての側面が強い。
そうした組織や責任者らに対する刑事責任が追及されないのは一体どうしてなのだろうか。
思い当たるだけの容疑を列記すれば、
・原発プラント設計上のミス
・原発プラント建設時の瑕疵
・プラントの保守点検の過失
・プラント運転の過失
・以上を統括すべき東電経営者の管理責任
・原子力安全・保安院による情報操作と隠蔽
・首相、官房長官、経産相ら政府首脳(いずれも当時)による情報操作と隠蔽
事故に直接的に関与したと思われるだけでも、かなりの数に達する。
事故につながる過失や被害の拡大を引き起こした行為が明確であれば、全て刑事責任を問うべきではなかろうか。
これは二度とあのような事故を起こさぬようにするためにも大事なことだと思う。
この種の事故では、JR西日本や明石警察署のケースと同様に先ず関係者を起訴し、裁判を通して事実を明らかにさせるという方法もあり得る。
もし結果として過失がないことが明確になり無罪となれば国民も納得するだろう。
時間が経てば証拠隠滅の恐れや時効の問題も生じるので、刑事責任の追及は急がれる。

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2011/09/13

【大阪地検隠蔽事件】それを言っちゃあ、おしまいよ

大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠蔽事件で、犯人隠避罪に問われた元特捜部長の大坪弘道被告と元副部長の佐賀元明被告に対する初公判は9月12日行われ、大坪被告の弁護側は、証拠を改ざんした前田恒彦元主任検事=証拠隠滅罪で実刑確定=について「前田元検事は自らの責任を軽くしようと、改ざん隠蔽は大坪被告らの指示だったと虚偽の供述をした」などと批判した。
弁護側は、改ざん問題は2010年1月30日以降に地検内部で表面化したが、大坪被告は前田元検事らから改ざんが故意だったとの報告は受けたことはないと主張。
改ざん問題が報道された同年9月以降に、前田元主任検事や国井検事は自らの責任を回避すべく、改ざん隠蔽は大坪・佐賀両被告の指示だったと供述するようになったと述べた。

大坪・佐賀両被告側は、この事件は完全なデッチアゲだと主張しているわけだ。
郵便不正事件で厚生省・村木厚子氏を犯人にデッチアゲしようとした大阪高検特捜部幹部が、今度は自分たちがデッチアゲの被害者だというわけか。
正に「因果はめぐる小車」。
検察側と被告側が全面対決の様相を呈しているが、検察という組織の性格上、上司が部下の仕事について全く知らなかったということは有り得ない。
もし知らなかったとすれば、大坪・佐賀両名が上司としていかに無能であったかという証明になってしまう。
そんなプライドを捨ててまで、無罪を主張するつもりだろうか。
世間的には、上司と部下で責任のなすり合いをしているとしか見えない。

佐賀被告の弁護側は、国井検事が前田元検事の改ざんに対する自らの考えを記した同僚宛てのメールを証拠として示した。
メールは2010年1月30日に送ったもので、次のような書かれていた。
「言っていないことをPS(検察官作成の供述調書)にすることはよくある。証拠を作り上げたり、もみ消したりするという点では同じ。(自分も)前田を糾弾できるほどキレイなことばかりしてきたのか分からなくなる」と。
弁護側はメールの内容から、国井検事の証言の信用性に疑問を呈した。

国井検事のメールが正しいとすれば、検察というのは昔から、偽の供述調書を作成したり、証拠を創りあげたり、もみ消したりしてきたことになる。
ついこの前まで検察の幹部だった人間が、そんな検察の権威を貶めるようなことを証拠として出して、良心が痛まないのだろうか。
「それを言っちゃあ、おしまいよ」である。

物的証拠の乏しいこの裁判、結果として両被告に無罪判決が出る可能性もあるが、いずれにしろ検察の失うものは大きい。

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