映画・テレビ

2016/11/06

DVD「グッバイ、レーニン!」

「グッバイ、レーニン!(Good Bye Lenin!)」
監督:ヴォルフガング・ベッカー
脚本:ベルント・リヒテンベルク/ヴォルフガング・ベッカー
出演者:ダニエル・ブリュール/カトリーン・ザースほか
公開:ドイツ 2003年/日本 2004年

Photo普段は映画を見ることが少ないので、10年以上前に公開されたこの作品も見逃していて、今回DVDで鑑賞。
旧社会主義国に旅行で訪れた時に、現地ガイドに必ず訊くのは「今と昔と、国民はどちらの方が良いと思っているか?」という質問だ。ロシアを始めとする旧ソ連諸国、東欧などソ連の衛星国家と呼ばれた諸国、いずれの国々でも返ってくる答えは一緒で、「今の方が良いという人の方が多いが、昔の方が良かったという人もいる」というものだ。
中国の場合だと改革開放の前と後との比較で訊くのだが、これも答えは同様だ。
統制経済から市場経済への移行の中で流れに乗って成功する人もいれば、取り残される人もいる。そこで評価が分かれるのだろう。
そんな事も考えながらこの作品を見ていた。

物語は1989年10月、まだ社会主義政権下の東ドイツで東ベルリンに住む青年アレックスが主人公だ。父親は女を作って西ドイツに亡命。残された母親クリスは社会主義運動に傾倒し、姉のティアーネは大学生だが既に離婚し今はシングルマザーだ。
東独建国記念日に反政府デモに参加していたアレックスを偶然目撃したクリスは、衝撃のあまり心臓発作を起こし昏睡状態となる。
それから8か月、クリスは奇跡的に意識を回復したが、その僅かな間にベルリンの壁は崩壊し東独の社会主義は終焉、東西ドイツ統一も間近に迫っていた。
東側にも市場経済の波が一気に押し寄せ、街の様子から市民の暮らしまで大きく変貌していた。
アレックスもそれまでの仕事は失い今では衛星放送のアンテナのセースルの仕事につき、姉は学校をやめてバーガーショップでアルバイト。
担当医から母親の病状は重く次に心臓発作が起きたら命取りだと聞かされたアレックスは、衝撃を与えまいと友人らの力を借りて母親に以前の東独の暮らしを再現させて見せる。
母親のクリスは喜んでいたが、やがてベッドから起き上がってアレックスが目を離した隙に街を歩き回ってしまう。あまりの変貌に驚くクリス。
再び発作を起こして重篤状態に陥ったクリスは、夫の失踪について真相を語る。本当は夫の後を追って家族で亡命する計画だったが、上手くいかなかったというのだ。死ぬまでに夫に再会したいと言う。
アレックスは西側に住んでいた父親に会いに行くが、結婚していて二人の子供もいた。父親は病院にかけつけ、かつての夫婦は最後の面会を果す。
アレックスは病室で、東西ドイツが統一し西ドイツから多数の人々が希望の国である東ドイツに押し寄せて来たという偽ニュースをクリスに見せ、母はそれを見ながら静かに息を引き取る。

映画は前半で旧東独の秘密警察の取り調べや、市民のデモに対する容赦ない弾圧を描き、社会主義政権下での人々の息の詰まるような暮らしを描いている。
反面、ドイツの統一といっても実態は東独が西独に吸収されたものであることが、東西のマルク紙幣の交換などの場面で描かれている。
また、かつて東独初の宇宙飛行士として英雄だった人物がタクシードライバーの仕事についている姿から、東西統一後の旧東独市民の厳しい生活状況も描かれている。
旧東独でネオナチなど極右勢力が伸長しているのは、こうした現実があるからだろう。
アレックスが死の床にあった母親に見せた偽ニュースこそが社会主義の理想の姿だったが、それは幻に過ぎなかった。
でも母親がそれを信じて死んでいったのか、あるいは事実を知っていたにも拘わらず息子たちのために信じたフリをして死んでいったのか、それは母親本人にしかわからない。

タイトルの「グッバイ、レーニン!」は、ベルリンの壁が崩壊した後で分解されたレーニン像がヘリで撤去される場面から採ったものだろう。
作品は社会主義への決別と同時に郷愁をもコミカルに描いている。
ドイツ国内では数々の賞を獲得し興行的にも大ヒットしたそうだが、日本の映画ファンにはどう受け取られただろうか。


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2016/09/03

松山善三氏の訃報

以下、日刊スポーツcom2016,9,2付記事より引用。

【「名もなく貧しく美しく」などヒューマンな作品で知られる映画監督で脚本家の松山善三(まつやま・ぜんぞう)さんが8月27日午後8時41分、老衰のため東京都港区の自宅で死去した。91歳。神戸市出身。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は養女明美(あけみ)さん。
1948年に松竹入社。木下恵介監督の助監督としてシナリオづくりなどを学んだ後、脚本家としてデビュー。小林正樹監督「あなた買います」「人間の條件」の他、「乱れる」「人間の証明」「恍惚(こうこつ)の人」などの映画やテレビドラマのシナリオを数多く執筆した。
61年に「名もなく貧しく美しく」で監督業に進出。ろう者の夫婦愛を感動的に描いて大ヒットした。他にも「われ一粒の麦なれど」「ふたりのイーダ」「典子は、今」など、社会的弱者に温かな目を向けた作品を発表した。
映画「二十四の瞳」の助監督時代に親しくなった女優高峰秀子さんと、55年に結婚。おしどり夫婦として知られた。】

映画のタイトルを読んでいると、あの当時はせっせと映画館に足を運んでいた事を思い出す。
松山善三がシナリオを書いていた『あなた買います』ではプロ野球のスカウト活動を、『人間の条件』では戦時中の満州における帝国陸軍内部での兵士の苦悩を、といった社会派の映画だった。
監督として手掛けた『名もなく貧しく美しく』『典子は、今』では、当時としては珍しい障碍者を主人公とした映画で、いずれも大きな反響を呼んだ作品だった。
記事にもある通り、松山善三の作品は常に社会的弱者に対してあたたかい目を向けていた。

話は変わるが、9代目桂文治(留さん文治、ケチの文治)の落語の中のマクラやクスグリで、しばしば松山の作品の名が出てくる。
「日本人だから、寄席へ来なくっちゃいけません。これは『人間の条件』ですからな」
「落語てぇものは『名もなく貧しく美しい』もんですからな」
こんな調子だが、客席からは笑い声が起きる。それだけ松山作品が人口に膾炙していたという証左だろう。

ご冥福をお祈りする。

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2016/08/09

映画『帰ってきたヒトラー』、いくつかの違和感

映画館で映画を観るのは何年ぶりだろうか、思い出せない。
おそまきながら映画『帰ってきたヒトラー』をみに行った。館内はガラガラでゆっくり観られたのは良かった。眼の前の席の客が、映画が始まるまでずっと産経新聞を読んでいた。産経とこの映画の組み合わせって、と思った。
映画『帰ってきたヒトラー』の感想についてはネットでも沢山の方が書いていて、概ね好評だ。
1945年に死んだはずのヒトラーが2014年のドイツに突然よみがえったらどうなるかというのがテーマで、風刺のきいたコメディや、ドキュメンタリー手法を織り込んだ映画作りが話題になり、それらの要素は確かに優れていた。
原作を読んでいないので映画だけの感想になるが、いくつかの疑問や違和感も残った。

蘇ったヒトラーが先ず気になるのはドイツがどうなったかだ。彼はナチスが滅びるくらいならドイツ国民は全員が死んでもいいとさえ思っていた。だから復興したドイツを見て驚いたに違いないし、それは映画でも描かれている。
ドイツ以外の国で最も気になる国はソ連だったはずだ。決してポーランドやルーマニアではない。第一声は「ボルシェビキ(ソ連)はどうなった?」と訊いただろう。
何よりヒトラーは熱烈な反共主義者だった。彼が政権をとって最初に行ったのは共産党国会議員の逮捕と投獄だった。次は一般党員から同調者、社会民主主義者と次第に範囲をひろげてゆき、その多くは処刑されるか強制収容所送りとなった。映画でもヒトラーの主要な問題としてホロコーストがとりあげられていたが、これも元をたどれば共産主義撲滅の文脈からきている。
ヒトラーがソ連に侵攻する際にも、他国との戦争とは全く性質が異なることを訓示している。従来の戦闘では民間人の殺戮は避けるよう指示していたが、ソ連に関しては兵士と非戦闘員の区別なく殺戮するよう指示している。
そして対ソ戦の敗北がナチスドイツの破滅の原因となった。ヒトラーの遺体を検分したのもソ連軍だ。
だから、ヒトラーの最大の関心事はソ連(ロシア)がどうなったかだろう。

ヒトラーは自らが選挙で選ばれた、あるいは国民が選んだという主張をしていて、映画ではそこがスル―されていた。
しかし、経緯を振り返ればそれは不正確だ。
確かに選挙でナチスが過半数を占めたことは事実だが、1933年のヒトラーは政権を握ると、国会放火事件を利用し共産党議員全員と一部の社民党議員を逮捕・拘禁して、議会で圧倒的多数を得る。
そうして議会で「全権委任法」を成立させ、全ての権限をナチスが握ることになる。
同法の成立後、ナチスは他の政党や労働組合を解体に追い込み、同時に政党新設禁止法を制定し、事実上の一党独裁体制を確立していく。
つまり、1933年から終戦までの間はナチスの一党独裁体制となっていたので、選挙で国民がヒトラーを選んだわけではない。
ここは誤解のないようにして欲しい。

これは本質的な問題ではないが、ヒトラー役が本人に似ていない。映画のヒトラーは随分と体格がいいが、実物は背が低く中肉だ。顔も似ていない。あれではいくら本物だと主張しても誰も信用しないだろう。
ヒトラー役が現代の民衆の中に入ってゆき、その反応をドキュメンタリー風に撮影しているが、周囲が笑っているのは本人に似てないからでは。もしソックリさんが現れたら(例えば、ブルーノ・ガンツ)、反応は違っていたかも知れない。
この映画が単なる喜劇なら良いが、ドキュメンタリー・タッチを織り込むなら、より最適なキャスティングが必要だったと思われる。

今日8月9日、長崎原爆忌。

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2015/11/27

【憧れの映画スター】ジーナ・ロロブリジーダ

Lollobrigida

少年時代の最大の娯楽は映画だった。母親が映画好きだったので、小学校就学前後あたりから邦画に連れて行ってもらった。多分、私の入場料は無料だったのだろう。ただ小学生には内容が難しくてあまり面白くはなかった。小学校の中学年になると学校の友人たちや親戚の人と一緒にターザン映画やチャンバラ映画を見に行くようになり、こちらは楽しかった。
小学校の高学年になる頃から洋画を見るようになった。一つは隣家に住む同級生の母親が新宿武蔵野館のモギリをしていて、その友人と一緒だとタダで入れた。もう一つは12歳年上の兄が税務署に勤めていたのだが、入場税の係りだったので管内の映画館だと兄が一緒なら無料で入れた(今なら問題になるだろうけど)。そんな事情からせっせと映画館通いができた。
小学生ボウズといえども男の端くれ、洋画ではついつい女優たちの姿に眼が行ってしまう。その頃に見た映画に『空中ぶらんこ』(Trapeze)がある。ハリウッドの人気スターだったバート・ランカスターとトニー・カーチスが主演だったが、助演のジーナ・ロロブリジーダの美しさに目を奪われた。

Photo

世の中にこんな綺麗な人がいるのかと。美人なのは勿論のこと、日本人とは体形が違い見とれてしまった。後からDVDなどで確認すると空中ブランコのシーンはスタントを使っているが、簡単なロープを使った芸やトランポリンでの回転などは本人が演じている。
題名通りのサーカスの空中ぶらんこ乗りの物語で、通俗的なストーリーながら娯楽作品としては良く出来ていたが、この作品はジーナの魅力抜きでは語れない。
スチールを見ると近ごろの女優やタレントに比べるとふっくらとしているけど、私は女性の美しさは曲線美だと信じている。なにか割り箸を並べたような足を見せて「美脚」を押し売りする傾向があるが、本当の美脚はジーナの様な足を言う。
その後、彼女が映画『美女の中の美女』(La donna più bella del mondo)に主演していると聞いて、タイトル通りだと思った。この作品の中では歌手の役で歌を披露している。吹き替えの様だが、ジーナは歌手としてもショーやTV番組に出演しており、歌には自信があったのだろう。
『ノートルダムのせむし男』(Notre-Dame de Paris)ではエスメラルダ役で広場でのダンスシーンがあるが、官能的で見事な踊りを見せている。  
エキゾチックで野性的な魅力から、『ノートルダム・・』や『花咲ける騎士道』(Fanfan la Tulipe)(初期の初々しいジーナの姿が見られる)ではジプシー娘を、『パンと恋と夢』(Pane, amore e fantasia)では逞しい村娘を演じているが、後年の作品に比べこれら初期の作品の方が彼女の魅力が際立っていたように思う。  
ソフィア・ローレンと並んでイタリアの国民的映画女優であるジーナ・ロロブリジーダは80歳過ぎた今も健在で、youtubeなどでは可愛らしいオバアさんの姿が見られる。

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2015/11/26

原節子の死去に思う

昨日、原節子の死去が報じられた。亡くなったのは今年の9月5日で95歳だった。原は1963年の女優引退後は一度も世間に現れず伝説的な存在となっていた。また生涯を独身で通したことから「永遠の処女」という綽名が付けられていた。2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・女優編」で日本女優の第1位に輝いた所から、原節子を知らない世代の人でも名前は聞いたことがある方は多いだろう。
かく言う私もその一人だ。
原が出演した映画公開時にみたのは2本だけで、母に連れられてみた『晩春』と、小学校の講堂でみた『ノンちゃん雲に乗る』である。前者は小学校入学前後だったと思うが、娘を嫁がせ一人残った父親がリンゴの皮を剥くシーンだけが印象に残っていて、原が出演していた事さえ憶えていない。後者では原は主人公の母親役で印象は薄く、こちらはノンちゃんを演じた鰐淵晴子の可愛さ、それもバレーを踊るシーンでパンツが見える場面だけ鮮烈に記憶しているという、なんたる不謹慎。
原節子の代表的作品を観たのは成人後のTV放映やビデオだった。終戦の年には25歳だったから、いわゆる娘役は戦前の作品になるのだろう。戦後の原の役柄は学校なら教師、家庭なら行き遅れの娘(当時の結婚適齢期を過ぎていた)や嫁、後半になると母親役が増えてくる。
その原が最も美しく輝いて見えたのは『お嬢さん乾杯!』(1949年)だと思う。没落した上流階級の令嬢役だったが、上品な中に戦後の溌剌とした女性像が描かれていて、彼女を見ているだけでウットリしてしまう。
同じ年に公開された『青い山脈』では女教師役で、こちらも戦後の自立した女性像が描かれていた。ただ映画としてはそれほど優れた作品とはいえず、むしろ主題歌の『青い山脈』の方が印象に残っている。藤山一郎と奈良光枝のデュエット曲として大ヒットした。横道に外れるが奈良光枝は美人歌手として人気があり、美貌を買われて映画『或る夜の接吻』の主役に抜擢された。主題歌の『悲しき竹笛』は大ヒットとなり、デュエットした近江俊郎もスターダムにのし上げた。
なお映画『青い山脈』の挿入歌である『恋のアマリリス』(私はこっちの方が好きだ)は二葉あき子の歌でヒットし、当時のレコードでA面B面が両方ともヒットしたという記録が残されている。
1949年は原節子の当たり年で、小津安二郎監督と初めて組んだ『晩春』も公開されている。リアルタイムでの感想は前に記した通りだが、後年になって改めて観ると初老の父親が行き遅れの娘を嫁にやる悲哀というテーマはその後の一連の小津安二郎作品の出発点になっている。自分が娘を持って初めて分かったことだが、父親というのは娘には特別の感情を抱くものだということ。
このテーマは小津と原のコンビの代表作である『東京物語』では父親と戦死した息子の嫁という関係に置き換えられているが、双方の感情は父と娘そのものだ。
こうして見ていくと、戦後に原節子が演じた役は新時代に相応しい積極的で自立した女性像と、戦後に残る古い家族制度の中で生きてゆく女性像という、相反する二つの女性像を演じている。それが何の矛盾もなく納まっている所に彼女の個性や演技力があるのだろう。

原節子という女優の特長を一言で表せば「清楚」だと思う。何を演じてもそこにあるのは「清楚」だ。
それは彼女の長所でもあり、限界でもあったのではなかろうか。引退後は世間に出ず伝説となったのは、彼女にとっては正解だったと思われる。

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2015/10/02

映画の中の「イヌ」

ここのとこ日々、古い映画のDVDを観ている。最も古いものだと私が生まれるはるか前の1930年のものから、新しい映画では1950年代、つまり私が小学生上級から高校生になる頃までの青春期(なにせ早熟だもんで)に公開されたものだ。名画座とよばれた映画館で観たものもあれば見損なったもの、その後にTV放映で観たものもある。今の所はフランスやイタリアなどヨーロッパ映画が中心だが、これからもう少し範囲を広げるつもりだ。
1930年代の映画となると時間の流れがユッタリとしている。まるで5代目柳家小さんの落語を、それよりは3代目三遊亭小圓朝の世界に近いか。むろんモノクロだが画面の美しさに感心する。カメラアングルや影の写し方が巧みなのだ。当時の街並みや人々の息遣いまで聞こえてきそうになる。
古いフランス映画を観ていて思ったのは、イヌが出てくるケースが多いのと、これが実に効果的に使われていることだ。
先ずは『禁じられた遊び』から。
監督と脚本は巨匠ルネ・クレマン、映画全編に流れる音楽はナルシソ・イエベス、主演の幼い少女ポーレットをブリジッド・フォッセー、そして少年ミッシェルをジョルジュ・プージュリーが演じた映画史上に残る名画だ。1952年の作品。
この作品だが、映画館で観たのは10代前半だったと思う。12歳年上の兄から勧められ新橋の名画座で観たが、2本立てだった。1本がこれで、もう1本が『真昼の決闘』。ところが期待した『禁じられた遊び』はサッパリ面白くなく、ついでに観た『真昼の決闘』の方がやたら面白かった。
今になってこの理由を考えてみると、一つは私の年齢が低すぎて良さが理解できなかったこと。もう一つは『禁じられた』を途中入場して後半を、『真昼』を全編観てからまた『禁じられた』の前半をという具合に切れ切れになってしまった事があげられる。だからストーリーも頭に入ってないし、面白さも分からなかったのだ。その印象だけが残って今に至り、今回もう一度観かえしたという次第。
そうしたら、これが素晴らしいのだ。ご存知の方も多いだろうから解説は省くが、これほど静かに「反戦」を訴えた映画は他にあるまい。そして二人の子役の演技もこれ又映画史上に残る名演だ。
さてイヌの話しだが。
第二次世界大戦中の1940年、ナチスドイツの進攻を逃れ、都市から逃げてきた難民の列が南フランスの田園地帯で列をなしていた。それを狙ったドイツ空軍が爆弾の雨を降らせる。幼いポーレットを連れた両親は物陰に隠れるが、ポーレットが抱いてイヌが飛び出してしまい、ポーレットがそれを追いかける。両親が後を追うと、そこに敵機の機銃掃射が襲いかかる。少女をかばおうとした両親は背中を打ち抜かれ死亡、犬も打たれたのか痙攣している。
立ち上がり 一人歩くポーレットは後ろから来た馬車に乗せられた。乗っていた女はポーレットの抱く犬を見て、「死んでるよ」 犬を川に放り投げた。その犬の死骸を、馬車から抜け出たポーレットが追いかける。犬を拾い上げ、そのまま犬の死骸を抱いたポーレットは田舎道を歩く。
牛を追ってきた近くの農家の少年ミッシェルがポーレットに出会った。
「・・・どうしたの?」 
「・・・犬が死んだの」 
「どこから来たの?」 
「あっち」 
「ママは?」 
「死んだ」 
「パパは?」 
「死んだの」
ミッシェルは犬をそこへ捨てさせ「別の犬をやるよ」と言って、ポーレットを家に連れ帰った。
そのままポーレットはその農家に住むことになる。貧しいが親切な家族はポーレットを可愛がってくれる。
ある日、ポーレットはミッシェルから死んだ人は埋葬され、お祈りを捧げられることを教えられる。
「私のママとパパは?」
「もう穴に埋められてるよ」
「雨が降っても濡れないように?」
「そう」
「私のイヌは濡れちゃうわ」
翌朝、ポーレットは捨てた犬を拾いに行き、ミッシェルと一緒に廃墟になった水車小屋の中に穴を掘った。水車小屋には主のようなフクロウがいて、ミッシェルはそのエサのモグラの死骸を持ってきて犬と一緒に埋めてやった。ポーレットが、イヌが一人では寂しいからと言うので。
「・・・父と子と聖霊の名によりて、彼と天国に迎えたまえ・・・」 ミッシェルは村の司祭から教わったお祈りを奉げた。ポーレットも真似をして胸に十字をきりながら土を被せていく。
「十字架を立てよう」 
「十字架って?」 
「神様だよ」 
枝を折り、十字架にして土の上に立てた。二人は虫などの死骸を見つけては墓に埋め十字架を次々と立てる。こうして二人だけの秘密の墓地が出来上がるのだが・・・。
そうか、最初に墓を掘り十字架を立てたのは愛犬のためだったのだ。それもイヌの死骸が雨に濡れると可哀想だからという理由で。
この悲しみを通して観客は戦争に対する怒りが湧いてくる。

もう1本は、ジャン・ギャバン主演の『霧の波止場』で、監督はマルセル・カルネ、1938年の作品だ。
脱走兵の主人公ジャンは逃げる途中でトラックに乗せて貰う。夜道にイヌが飛び出してきて危うく轢きそうになるが、ジャンが運転手からハンドルを奪い咄嗟によける。怒った運転手からジャンは車から降ろされるが、くだんのイヌが後から付いてくる。ジャンが何度も石を投げて追い払おうとするが、イヌはジャンから離れようとしない。ある日、ジャンは街で女性と知り合うが、彼女は孤児で、引き取られた先の名付け親の男からしつこく迫られていた。見かねたジャンが男を脅し、女から引き離す。やがてジャンは知り合った医師の紹介で南米行きの船に乗れる事になるが、出航寸前になって女性の事が気になり家に向かうと、果たしてそこに名付け親の男が来ていた。ジャンと男は格闘になり、男は銃でジャンを射殺してしまう。
船室ではジャンとずっと行動を共にしてきたイヌが待っていたが、ジャンは戻って来ない。いよいよ出航の汽笛が鳴り船が出発する寸前になって、イヌは船室を飛び出し桟橋を駆け抜け、ジャンにいる家に向かって一目散に走って行く。これがラストシーンだ。
脱走兵と野良犬との触れ合いが巧みに描かれ、ラストのイヌが桟橋を駆け抜けるシーンによってこの物語の悲劇性をより際立たせていた。
もしこのイヌがいなければ、もっと平凡な作品になったに違いない。陰の主人公だと言える。

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2015/09/18

【DVD】「やさしい本泥棒」

Photo

『やさしい本泥棒』(原題: The Book Thief)
原作:マークース・ズーサック『本泥棒』
監督:ブライアン・パーシヴァル
脚本:マイケル・ペトローニ
<  キャスト  >
ジェフリー・ラッシュ:ハンス・フーバーマン/リーゼルの養父
エミリー・ワトソン:ローザ・フーバーマン/リーゼルの養母
ソフィー・ネリッセ:リーゼル・メミンガー /里子に出された本好きな少女
ベン・シュネッツァー:マックス・ファンデンベルク/フーバーマン家に逃れてきたユダヤ人の青年
ニコ・リアシュ:ルディ・シュタイナー/フーバーマン一家の隣に住む少年でリーゼルの親友

本作品はマークース・ズーサックのベストセラー小説『本泥棒』を映画化したもので、2013年制作。2015年にDVDがレンタル、発売された。劇場は未公開。
<ストーリー>
時は1938年、第二次世界大戦前夜のドイツ。ナチス政権下でユダヤ人への組織的な暴行や略奪、放火が全国に拡がった時期(水晶の夜)。赤狩りで逃亡を余儀なくされた共産主義者は、途中幼い息子を亡くしながら、娘リーゼルをミュンヘン郊外の田舎町に住み夫婦に里子に出す。養母のローザはリーゼルに対して冷たく当たるのだが、一方、養父のハンスはリーゼルを温かく迎える。リーゼルは隣家の少年リアシュに連れられ学校に通うが字の読み書きが全くできないのでバカにされる。それを知った義父のハンスは、リーゼルが弟を埋葬した際に持ってきた「墓堀人の手引き書」という本をテキストにして読み書きを教える。リーゼルは読書を通じて知識や勇気、希望を手に入れてゆく。
ナチス政権下ではナチスの意向に添わない本は全て焼き捨てる「焚書」が行われる。リーゼルはその焼け跡から一冊の本を再び盗み取るが、町長夫人が偶然にその様子を見ていた。 ローザはリーゼルに町長の家に洗濯物を届けるさせるが、町長夫人はリーゼルを図書室に招き入れ好きな様に読書をさせる。
そんなある日、収容所送りを逃れてユダヤ人青年マックスがハンス家を訪れる。 先の大戦でマックスの父親に命を救われたハンスは、その恩返しにと彼を匿う。もしバレれば家族全員が収容所送りだ。その日からリーゼル、ハンス、ローザ、そしてマックス4人の秘密の生活が始まるが・・・。  

この映画の主人公は9歳の少女だ。幼くして弟を亡くし、官憲から追われる両親から里子に出される。時代はナチス支配下のドイツで、過酷な環境が彼女を待ち受ける。しかし、どんな時にも希望を失わないのは「本」があったからだ。この作品は「本」を通して成長する少女の物語だ。
少女リーゼルを演じるソフィー・ネリッセの演技が素晴らしい。あどけなさの中に、時にドキッとするような大人の女性の顔をのぞかせる。観ていて、その輝くような瞳に吸い込まれそうになる。この映画の成功の半分は、彼女をキャスティングした事だと思う。
字が読めなかったリーゼルに読み書きを教え読書の素晴らしさに目覚めさせる養父役のジェフリー・ラッシュ、リーゼルに厳しく当りながら実は心優しい養母を演じるエミリー・ワトソン、隣人でリーゼルの同級生役を演じるニコ・リアシュ、いずれも好演だ。
ナチス支配下の田舎町の様子が「水晶の夜」や「焚書」を通じて丁寧にに描かれ、改めてファシズムの恐ろしさを感じさせる。
衝撃的なラストシーンは、涙なしには見られない。
我が国でも戦争法案が強行されようとしている今、一人でも多くの方に見て欲しい作品だ。

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2015/03/15

映画『ジョン・ラーベ 〜南京のシンドラー〜』

日時:2015年3月14日(土)17時30分
会場:カメリアホール
『ジョン・ラーベ 〜南京のシンドラー〜』(原題:John Rabe)は、2009年公開のドイツ・フランス・中華人民共和国合作による映画。
監督:フローリアン・ガレンベルガー
脚本:フローリアン・ガレンベルガー
<  キャスト  >
ウルリッヒ・トゥクル:ジョン・ラーベ
ダニエル・ブリュール:ゲオルク・ローゼン博士
スティーヴ・ブシェミ:ロバート・ウィルソン博士
アンヌ・コンシニ:ヴァレリー・デュプレ
ダグマー・マンツェル:ドーラ・ラーベ
マティアス・ヘルマン:ヴェルナー・フリース
チャン・チンチュー(張静初):琅書
香川照之:朝香宮鳩彦王
杉本哲太:中島今朝吾中将
柄本明:松井石根大将
ARATA:小瀬少佐

映画をみるのも久々だが会場のある亀戸駅に降りるのも久々だ。もう何十年ぶりだろう。現役当時の一時期、本部ビルが豊洲にあったので錦糸町から亀戸あたりまでよく飲み歩いたもんだ。この辺りはいかにも下町の場末という雰囲気で値段も安かった。日本酒を頼んだらジョッキで出て来たのも確か亀戸の飲み屋だったなぁ。

さて、この日に上映される映画を見に来る気になったのは、ジョン・ラーベというドイツ人を主人公にドイツ映画人が南京事件をどの様に描いたのか興味があったからだ。
ジョン・ラーベ(1882年11月23日 - 1950年1月5日)は、ドイツ人商社員でシーメンス社の中国支社総責任者として約30年にわたり中国に滞在。日中戦争の南京攻略戦時には民間人の保護活動に尽力した。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)南京支部副支部長。南京安全区国際委員会委員長。ナチス党員でありながら南京の多くの民間人を救った人物だ。
この映画はジョン・ラーベの日記をもとにしたものだが、原作からは大幅に脚色されているそうだ。
ドイツ映画賞で主演男優賞・作品賞・美術賞・衣装賞を受賞、バイエルン映画賞では最優秀男優賞・最優秀作品賞を受賞している。
おそらく南京事件を扱ったことが原因と思われるが日本では未公開だったが、昨年に初めて公開され、今年が2回目の公開となった。

ストーリーは。
日中戦争が始まって間もない1937年12月。日本軍は上海攻略に続き中華民国の首都・南京へ侵攻し陥落させた。首都機能と中国軍の主力はすでに重慶へ移転しており、数十万の市民と中国兵士、そして十数人の欧米人が南京に残留した。残った欧米人たちは、迫りくる日本軍から市民を保護する為、南京安全区国際委員会を設立、その委員長に選ばれたのがシーメンス南京支社長のジョン・ラーベだった。彼が選ばれたのは日本の同盟国であるドイツ人なので、日本軍への交渉力を期待されたものだ。
南京安全地区は各国大使館や外国企業、病院、学校などの施設があり、当初はそうした施設の人々や従業員の中国人を保護することが目的だったが、ジョン・ラーベらの尽力により兵士以外の民間人も多数(映画では20万人とされる)保護することになった。これは南京陥落後に日本軍による捕虜の処刑や民間人への殺害が起きたため、一人でも多くの中国人を助けたかったからだ。
しかし中国人の兵士の中には武器を捨て保護区に逃げてくる人もいて、捜査を目的として日本兵が区内に立ち入り捕虜として連行し、殺害するような事も頻発する。
ジョン・ラーベらはそれらの行為が国際法に反するという事で日本軍に申し入れるが、受け容れられない。保護区への食糧や医薬品への搬入も妨害され、区内の人たちは困窮していく。
やがて日本軍は保護区の閉鎖を決め、それに抗議する中国人たちが区の正門に並んで立ちはだかる。司令官は一斉射撃を命じるが・・・。

ドラマとして良く出来ている。単に善玉対悪玉という図式にとどめす、保護区の中のドイツ人と英国人との対立や和解、同じナチスの中でも中国人の対して同情的な立場の人間と差別主義者との対比、ユダヤ人の血を引くために冷遇されるドイツ外交官の姿や、日本軍の内部における軍紀を守らせようとする松井大将と捕虜の殺害を指示する朝香宮中将との対立やその間で苦悩する部下の将校などが描かれている。
主演のウルリッヒ・トゥクルは適役で、主人公の包容力を感じさせる演技だった。アンヌ・コンシニが常に毅然とした正義感溢れる女性を熱演、張静初の凛とした姿が印象に残った。
香川照之以下の日本人出演者も揃って好演だった。

南京における捕虜や民間人への殺害について、その規模に関しては諸説あるが事実としては否定できまい。南京ではないが、私は中国人捕虜を度胸試しとして殺害を命じられた人から直接話を聞いたことがあり、一生忘れられないと語っていた。その人が所属していた部隊では新兵全員がやらされたそうで、恐らく他の部隊でも同様だったと思われるとのことだった。
こうした残虐行為は日本軍に限ったことではないが、だからといって免罪されるべきではない。
日本にとって不利な事は全て無かった事にしようという様な風潮があるなか、こうした映画が公開される意義は大きい。

この映画に関して一部の評者から、良きドイツ国民の姿を積極的に描こうとする明らかなナショナルな傾向にある作品であるとの評価があることを付言しておく。

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2015/02/05

『ニュールンベルグ裁判[DVD]』はヤッパリ素晴らしい

先日『ハンナ・アーレント』を見てから『ニュールンベルグ裁判』の映画を思い出しDVDを注文した。
この映画は1961年に日本でも公開され大きな反響を呼んだ。私は劇場公開時点では見ていなかったが、その後に名画座でリバイバル上映されて時に見て感動したものだ。
監督は社会派の巨匠・スタンリー・クレイマーで、出演者はスペンサー・トレイシーを始めとした当時の20世紀FOXのオールスターキャストが顔を揃えた大作だった。
およそ半世紀ぶりにDVDで見たが当時の感動が蘇ってきた。それほど素晴らしい名画だ。
ストーリーは以下のように展開していく。

1945年にナチスが倒れドイツが降伏すると、ドイツは米ソ英仏の4カ国による分割統治となる。それぞれの地域でナチスの高官や軍人、あるいは協力した人たちに対する裁判が行われた。この点は連合国による裁判となった「東京裁判」とは事情が異なる。
米軍の軍政下にあったニュールンベルグではアメリカによる裁判が行われたが、この映画ではそのうちの裁判官に対する裁判を扱っている。
彼らの罪状はドイツ国の法律を無視し、ユダヤ人や反ナチスの活動家に対してナチスの意向に沿った不当な判決を下し、その結果罪の無い人々が処刑されたというものだ。
裁判長は米国の地方判事であるダン・ヘイウッド(スペンサー・トレイシー)で、検事は米軍将校のローソン大佐(リチャード・ウィドマーク)、弁護人はドイツ人のハンス・ロルフ(マクシミリアン・シェル)。一方の被告はエルンスト・ヤニング(バート・ランカスター)を始めとする4人の法律家(裁判官)である。

検察側は当時の記録から罪を告発するが、弁護人は証拠を求める。
そこで証人として、父親が共産党員だったからという理由で裁判で断種手術を命じられた男性ルドルフ・ピーターセン(モンゴメリー・クリフト)が証言台に立つ。これに対して弁護側はこの男性が精神科の治療を受けていたことを挙げ、戦前のドイツでは精神異常者に対しては断種手術が認められていたと反論する。
次に、被告のヤニング裁判官による不当な判決により少女時代にユダヤ人家主と親しかったという理由だけで本人は2年間収監され、相手は死刑に処せられたという主婦イレーネ・ホフマン・ウォルナー(ジュディ・ガーランド)が法廷に立つ。しかし弁護人はこのユダヤ人家主に清掃婦をして雇われていた女性に証言させ、少女と家主が不適切な関係にあった事を暗示させる証言を引き出す。
とにかくこのドイツ人弁護人は精力的かつ優秀で、検察の主張と真っ向から対立する。
状況が不利とみた検察側は、法廷で強制収容所でのユダヤ人大量虐殺のフィルムを上映し被告らを糾弾する。
ここで被告のヤニングが自ら証言台に立つことを申し出て、ユダヤ人家主と少女の裁判ではナチスの意向に沿って最初から結論が決まっていたと述べる。ユダヤ人虐殺についてもうすうす感づいていたが詳細を知ることを恐れていた。結果としてヒトラーに協力していたわけで自分は有罪だと主張する。

これに対して弁護人はこう反論する。
人道上の点が問題になるなら米国の原爆投下により数十万人の人が殺害されたことはどうなのかと。
ヒトラーに対する協力が罪であるなら、ヒトラーの意志を知りながら不可侵条約を結んだソ連の罪は? ヒトラーを偉大な指導者と呼んだ英国のチャーチル首相の罪は? そのナチスドイツに武器を売り利益を上げていたアメリカの経営者たちの罪は? どこが違うのかと迫る。
この弁護人の迫力は画面を通してこちらに伝わって来る。この役を演じたマクシミリアン・シェルはアカデミー賞主演男優賞を受けるが、それも当然と思える熱演だ。
それ以上に驚くのは、1960年という冷戦真っ最中の時期に、米国による原爆投下や米国企業のナチスへの武器の販売という事実を告発している点だ。アメリカ映画人の良心を見る思いだ。

こうした法廷内のヤリトリとは別の動きがこの裁判に次第に影を落とす。それは米ソの冷戦が開始されてことだ。ドイツを米ソどちらが取るかは今後のヨーロッパの運命を決めかねない。米国としてはここでドイツ国民を敵に回したくない。その為には裁判の判決を出来るだけ穏便に済ませたい。そうした圧力が裁判官や検察側に対し日に日に増してくる。
そして判決。裁判長は正義と真実と人命の重さに基づき、4名の被告全員に有罪、終身刑の判決を下す。
しかし映画のエンディングで、ニュールンベルグ裁判で有罪判決を受けた人間で、現在(1960年時点)収監されている者は一人もいない事が明かされる。
この裁判の結果とその後の結末をどう捉えるかは、観客ひとりひとりが判断することになる。

この映画は卓越したストーリー展開や息詰まる法廷シーンの他に、様々な趣向が凝らされている。
例えばドイツ軍将校(捕虜虐待の罪で既に絞首刑になっている)夫人としてマレーネ・ディートリッヒが登場するが、彼女は大戦中は祖国ドイツから売国奴呼ばわりされながら、ドイツを戦う連合軍の慰問に専念していた。まさに正反対の役どころを務めている。
モンゴメリー・クリフとは一時期ハリウッドを代表するような二枚目俳優だったにも拘らずアルコールやドラッグ中毒で事故を起こし、その美貌まで奪われていった。本作では精神障害を負っている男性を演じている。
少女俳優として一世を風靡したジュディ・ガーランドだったが、その後はアルコール中毒もあって不幸な私生活を送り、かつての栄光を失った女優だ。その彼女に少女時代に年配の男性と不適切な関係を疑わせる役を演じさせている。
こうした「楽屋落ち」風なキャスティングの妙も、この映画の楽しみ方の一つである。

さて省みて我が国の「東京裁判」はどうだっただろうか。あの裁判は結局、国体護持(天皇制の維持)を目指した日本政府と、天皇を利用して(通して)占領を円滑にし日本を支配しようとした米国政府との妥協の産物であり、そのための政治ショーだったと思う。
ただ裁判を通して明らかにされたいくつかの重要な事実は戦前の国民には知る由もなかったもので、そういう意味では意義のある裁判だったと言える。

それやこれやで、この映画を未だ見ていないという方には是非お薦めしたい名作である。

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2015/02/03

『ハンナ・アーレント[DVD]』をみて考えたこと

『ハンナ・アーレント』
監督: マルガレーテ・フォン・トロッタ
出演: バルバラ・スコヴァ, アクセル・ミルベルク, ジャネット・マクティア, ユリア・イェンチ, ウルリッヒ・ノエテン
(2013年10月岩波ホールで上映、2014年8月DVD化。)

ハンナ・アーレント(Hannah Arendt, 1906年10月14日 - 1975年12月4日)は、ドイツ出身のアメリカ合衆国の哲学者、思想家。主に政治哲学の分野で活躍した。
ドイツでナチスによるユダヤ人迫害が起きフランスに亡命、フランスがドイツに降伏しユダヤ人への迫害に協力するようになりアメリカに亡命する。
映画では彼女の生涯を描かず、アイヒマン裁判を傍聴し、その記事を雑誌に発表して大論争に巻き込まれるまでの間を描いている。

アドルフ・アイヒマンはナチスのユダヤ人追放のスペシャリスト、ドイツが降伏するまでユダヤ人移送の最高責任者だった。その後、バチカン発行のビザでアルゼンチンへ逃亡、1960年にイスラエル諜報部に拉致されイスラエルで裁判にかけられ、1962年に絞首刑に処せられた。この裁判は日本でも大きな話題となり、私の記憶にも残っている。
多くのユダヤ人からすればアイヒマンは数百万人のユダヤ人を虐殺した悪魔のような人間を想像していたが、ハンナが法廷で見た男はごく平凡な男で、ユダヤ人迫害や移送についても信念からではなく上からの命令で実行してきたと答弁していた。
ハンナはこの事実をニューヨーカー誌に連載記事として載せた。タイトルは『イェルサレムのアイヒマン』。この記事でハンナはさらに、ユダヤ人自治組織(ユダヤ人評議会)がユダヤ人移送に手を貸していた事実も書き、内外のユダヤ人から激しい攻撃を受ける。映画の中では彼女が脅迫を受けたり、永年の友人たちが彼女と絶交して行き、大学からは教授を辞めるよう迫られる様子が描かれている。

しかしハンナは怯まなかった。
彼女が提起した「悪の凡庸さ」とは、悪は狂信者や変質者から生まれるのではなく、普通に生きていると思い込んでいる凡庸な一般人によって引き起こされるような事態を指している。アイヒマンのような小役人が思考を停止し、上からの命令に無条件に従う官僚組織の歯車になることで、ホロコーストのような巨悪に加担してしまうのだと彼女は主張した。
映画のクライマックスでハンナは聴衆を前にしてこう講義する。「考えないことが一番の悪だ。この悪は我々ひとりひとりの中にもいる。それこそが悪の凡庸さだ」と。

映画は冒頭でハンナの夫の不倫について友人と語るシーンから始まり、ハンナの回想シーンでは一転して若き日の彼女が哲学者ハイデッカーと不倫していたことが明らかにされる。
同胞や友人からの非難や抽象に傷つきながらも、夫の支えで生き続けられる等身大の女性として描かれていて、それだけらこそ最終シーンでの彼女の演説に心打たれるのだ。

自分たちの過去の誤りを率直に認めたり語ったりすると周囲からパッシングを受けるというのは、今の日本でも日常的に起きている。
思考を停止し、上からの指示や命令に従い時流に流されていけば、いずれ人間は残酷な事でも平気で行うようになるという「悪の凡庸さ」は、現在の私たちへの大きな警告と捉えるべきだろう。

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