映画・テレビ

2007/12/09

こんなものイラナイ「街の声」

Shinbashi_ekiTVのニュース番組などで、ある出来事を報道した後「街の声をきいてみました」と称して、街頭インタビューを紹介するのが一つのパターンになっていますが、あれってどういう意味があるんでしょうかね。
「ガソリン代が過去最高を記録しましたが」という質問に答えて「困りますね、何とかして欲しいです」。「年金の横領について、どう思われますか」「絶対に許せない」。確かにその通りでしょうが、報道する価値がどこにあるんでしょう。
仮に「ガソリン代はもっと高くして」とか、「年金横領はこれからも続けて」という声があったらニュース価値があるでしょうが、まあ放映されませんね。

私が勤めていた会社が一時期新橋駅の近くにありましたが、駅前広場では毎日のようにどこかのTVクルーが街頭インタビューを行っていました。沢山の人が待ち合わせで立っているので、意見を聞きやすいんです。現に各局のニュースの「街の声」では、必ずといって良いほど新橋駅前でのインタビューが写ります。
でも時々TV局の仕込み(サクラ)が配置されていますので、この場所での「街の声」は要注意です。

面白いのは、内容によってインタビューする場所が変わることで、先の新橋駅前は事件や芸能、スポーツなどの題材によく使われます。
これが政治や経済問題となると東京駅の丸の内側の通称三菱村とよばれる一帯か大手町、または日比谷などが選ばれています。
朝青龍だの亀田一家だのというと新橋、大連立だの円高だのというと丸の内や日比谷と、ちゃんと棲み分けがされているんですね。ここにも格差社会が存在します。
TV局としては、何も国民のナマの声を集めようなどとは露ほどにも考えていません。要は絵になっていて、局の方針に沿った「街の声」が集められば良いのです。

似ているものにアンケート「100人にききました」というのがあります。
以前ある作家が、売れない時期に「100人アンケート」を一人で作っていたと告白していましが、そんなものなのでしょうね。
あらかじめアンケート結果は決まっているのですから、一人でも作れるわけです。
街の声にしろ、アンケートにしろ、所詮は結論に対するお飾りでしかありません。

これとは少し違いますが、事件がおきて容疑者が捕まると、近隣の人に「どんな人でしたか」ときいて回る場面が写りますが、あれも意味が分からない。
TVの「水戸黄門」じゃあるまいし、外見からして悪人などという人は極めて少数で、ごく普通の人が凶悪な事件を起こすのが一般的です。顔に殺人鬼などと書いている人は先ずいません。
「この男、普段はごくごく普通の生活ぶりだったようです」などと解説されても、何の役にも立ちません。
以前、男が大便を容器につめて通行人の女性にかけるという事件がありましたが、犯人はごく普通のサラリーマンでした。近所の人がインタビューで、「そんな事をする人のようには見えなかったですよ」と言ってましたが、当たり前です。見るからに大便をかけそうな人間がいたら、そっちの方が恐い。

先日容疑者が捕まった香川県坂出市の殺人事件では、被害者の父親が犯人と名指しするような報道がありました。父親へのインタビューには明らかな悪意がこもっており、容疑が明らかになれば、そのまま犯人の映像として使えそうなカメラワークでした。
私は昔から思っていることですが、被害者の家族へのインタビューは、代表取材にすべきです。それでなくても、家族の方は警察から事情聴取されるなど、大きな精神的負担を負わされます。
家族の了解を得て、代表の記者が単独でインタビューし、これ以外の取材は自粛する、それで十分だと思います。

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2007/08/08

田原総一朗様、いつ後を追うんですか?

Tahara_soichiro田原総一朗様、あなたは2001年に「私たちの愛」という本を出版なさいましたね。
当時乳ガンと闘っておられた奥様節子さんとの40年間の愛の記録、素晴らしいご本でした。
なかでも感動したのは、この本の副題ともいうべきあなたのお言葉、
「ぼくは君が死んだら、すぐに後を追うよ」です。
TVで拝見する外見からは想像もつかない、純粋なあなたの姿を、そこに見ることができました。

本が出版されて3年後に、ご不幸なことに奥様はお亡くなりになりました。
私たちは、田原総一朗様の「ぼくは君が死んだら、すぐに後を追うよ」という決意を信じて、毎日新聞の記事に眼を通して参りましたが、未だにその兆候が見られません。
これは一体どういうことなんでしょうか。
まさか、病床にあった奥様に対する、その場しのぎのセリフだったんじゃないでしょうね。
それじゃあまるで、落語の「三年目」です。
あなたに限ってそんな事は絶対に無いと、私たちは固く信じています。

「すぐに・・・」という時期はいささか失した感がありますが、田原総一郎様のお人柄からして、奥様とのお約束を必ずや実行して下さるものと、国民一同固唾をのんで見守っております。

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2007/07/09

「アンパンマン」のテーマは悲しきラブストーリー

DokinTVの幼児番組というのは、自分の子供が幼い時に見る機会があっただけですが、ここ数年は孫のお守りをしている関係から、久々にNHK教育TVの「からだであそぼ」やアニメ番組に付き合っています。
毎日のように見ているとこれがなかなか面白いんです。

幼児番組といえども、作りは大人向けのものと余り違わないことに気付きます。
「クレヨンしんちゃん」は、毎回シモネタ満載で、子供より先にこっちがニヤッとしてしまう。
「ドラえもん」でのしずかちゃんの入浴シーンは、「水戸黄門」の由美かおるのそれと二重写しになります。

「それいけアンパンマン」というアニメも、実際に見るようになって随分と印象が変わってきました。
アンパンマンは単なる狂言回しで、実際の主人公は、毎回手を変え品を変えアンパンマンたちに悪さを仕掛ける「ばいきんまん」と、その相棒の「ドキンちゃん」です。
ドキンちゃんが、あれが欲しいあれが食べたいとオネダリすると、その望みを叶えるべく、ばいきんまんが知恵を絞って奮闘努力する。
しかし最後は正義の味方アンパンマンの“アーンパンチ”を食らって、バイキン城に飛ばされて終わりというのが毎回のお約束です。

キュートだがやたら他人のモノを欲しがる女の子ドキンちゃんの、まるで女王様気取りのわがままを全て受け入れ、ばいきんまんはひたすら努力する。
しかし最後は必ず失敗に終わるわけで、ドキンちゃんからは感謝されたためしがない。
人間社会でいけば、ばいきんまんは風采が上がらぬ中年男、ドキンちゃんは20才前後のピチピチギャルというところでしょうか。
いくらブランドものを買ってやっても、高いレストランへ連れて行っても、いくら尽くしてもサッパリ相手はなびいてくれない。
美女と野獣、ノートルダム・ド・パリ、人類永遠の愛のテーマですね。
しかもドキンちゃんには、「しょくぱんまん」という意中の人がいます。
永遠に報われぬ愛に苦しむばいきんまん、涙無しでは見られません。

その一方でばいきんまんは、敵方の可憐な少女「めろんぱんな」にも、ほのかに好意を寄せています。
片方でコケティッシュな女性に惹かれながら、同時にもう一方では可憐な女性が好きになる、この辺りはビミョーな男心を衝いています。
「ウン、分かる、分かる」とうなずいている男性諸氏もおられるでしょう。
かつての苦い思い出が蘇ってくる男性も少なくないと思います。
「それいけアンパンマン」は、中年男の悲しきラブストーリーなのです。

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2007/02/18

他人事ではない、映画「それでもボクはやってない」

Soredemo男性であれば、いつでも誰でも痴漢の被疑者になり得ます。
以前会社にいた同僚が通勤電車内で痴漢の疑いをかけられ、随分と悩んでいたことがあって、痴漢の冤罪事件について考えさせられました。
それと、私は若い頃ある民事事件に係わり、証人として法廷に立った経験があるので、裁判制度に強い関心を持っています。

周防正行監督が11年ぶりにメガフォンをとった作品は、痴漢の冤罪事件を題材にして、日本の刑事裁判の実態を鋭く描く意欲作となりました。

ストーリーは、主人公のフリーターが、満員電車で女子中学生から痴漢の疑いをかけられます。駅員室に連れて行かれた青年は、身に覚えのない痴漢を頑強に否定しますが、間も無く警察がやってきてそのまま留置されます。
あくまで否定し続ける青年は長期間勾留され、やがて起訴されて裁判を受けることになります。
ようやく彼が痴漢をしていなかったと証言してくれる女性が現れ、無罪を確信して判決を迎えるのですが・・・・・。

映画の中で語られている通り、日本の刑事裁判の99.9%は有罪判決です。又被告が無罪を主張した裁判でも、97%は有罪判決が出されています。
つまり刑事事件で起訴されれば、先ず有罪になってしまうというのが、我が国の刑事裁判の実情です。
日本においては「疑わしきは罰せず」とは絵空事で、原則は「疑わしきは罰する」なのです。

この理由も映画の中で語られているように、有罪になれば検察や警察の顔が立つ。無罪なら被告が喜ぶ。裁判官としてはどっちを採るかといえば、もちろん前者です。
一審で無罪判決を出しても、上級審で覆されるケースが多く、そうなると裁判官自身の査定に係わります。
もう一つ、裁判官の能力が処理件数で評価される結果、早く判決を出そうとする傾向があります。
あれやこれやで、有罪判決を出すのが無難という結論になるわけです。

我が国の過去の冤罪事件で、最も大きなものは「松川事件」でしょう。
事件の経過は省きますが、一審では被告の中の5名が死刑、5名が無期懲役という判決でした。
最終的に、被告たちが無罪となる決定的な証拠を検察が隠していたことがバレて、最高裁で差し戻しとなり、14年の歳月を経て全員の無罪が確定した事件です。
この事件の最高裁では、確か1票の差で差し戻しとなったと記憶しています。もしあと1人の裁判官が有罪と判断していたら、彼らは死刑になっていた可能性が大きいわけで、そう考えると慄然とします。
それと当時、中央公論や文藝春秋といった総合雑誌が、弁護団側の意見を積極的に掲載していたことも、大いに影響したと思われます。
今では全く期待できないですけどね。

この他、留置所での非人間的な取り扱い、罪を認めれば直ちに釈放される一方、否認していると微罪でも数ヶ月間勾留されてしまう現在の制度についても、リアルに描かれています。

日本の刑事裁判のあり方は、以前から問題とされてきましたが、なかなか大きな世論にならなかった。被告に対する非人間的な取り扱いについても、悪い事をしたんだから当然という空気がありました。
しかし、私たち誰でもがその被告席に立たされる可能性があると考えると、決して今のままで良いとは言えません。
そうした中でこの映画が公開され、沢山の人々が刑事裁判の実情を知ることは、とても意義のあることです。

映画の出来ですが、ネットで見ても評価が分かれているようで、テーマを重視して観た人は評価が高く、映画そのものを評価した人は点数が辛い。
概ね妥当な所だと思います。

出演者では主人公の友人役の山本耕史が爽やかな演技で好演。留置房のオカマ役の本田博太郎の怪演に存在感があり、事件の判決を下す裁判官役の小日向文世にリアリティがありました。
他に痴漢被害者の女子中学生役の柳生みゆが可憐。

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2007/02/08

「捏造・ヤラセ発覚!まだある大事典」

Minomonta_1どうしてこうも懲りないものかと呆れるのがTV業界です。
今度はTBSの番組「人間!これでいいのだ」で、捏造・ヤラセが発覚しました。
2月3日夜放送された同番組では、2万ヘルツを超える高周波を含む「ハイパーソニック音」を聴くと、アルファ波という脳波が出て集中力や記憶力が高まる可能性があると紹介しました。
「頭が良くなる音」だそうですよ。
そんなこと、有る訳ないでしょう。

番組の中で、生徒に風鈴の音を聞かせている学習塾のシーンがありましたが、実際には番組の制作スタッフが持ち込んだ風鈴を下げて撮影していたことが分かりました。TBSは「行き過ぎた演出で視聴者に誤解を与えた」と言っていますが、普通こういうのをヤラセというのです。

ここでも研究者の見解が紹介されていましたが、事前に番組スタッフがその研究者とコンタクトした時には、「記憶力向上には結びつかない」とはっきり断っていました。
それを研究者に無断で、異なった見解を紹介したのですから、性質が悪い。
こういうのを普通は捏造と呼ぶんです。

関西テレビの「発掘!あるある大事典2」の捏造・ヤラセが、あれだけ大問題になっているにも拘らず、こうした不正な行為をするのですから、もう確信犯ですね。

TBSではもう一つ、1月24日放送の「緊急特番!みのもんた激ズバッ!」が問題となっています。
みのもんた自身が、財政破綻した北海道・夕張市に出向き、地元の人々の声を聞くという企画で、「男泣き」「涙の夕張レポート」などと報じられていたものです。
処が、番組内で82歳の女性が、みの氏に偶然目に止められ「大変だね、雪かき」と声をかけられシーンがあったそうですが、実は事前に「雪かきのリハーサル」を何度もやらされたのだそうです。
典型的なヤラセ。

ついでにお断りしておきますが、人間は訓練すると涙はいつでも出せます。
私は学生時代、素人芝居をやっていましたが、舞台でいつでも涙が流せました。
俳優やタレントの涙は演技ですから、くれぐれも騙されないように。

みのもんたと言えば、日本テレビの例の「おもいっきりテレビ」がありますが、この番組についてみのもんたは、「私のやってる健康番組、20年続きました『おもいッきりテレビ』、なぜ続いたと思いますか? 捏造だとか、ウソだとかは通用しないんです」 と語っています。
しかし群馬大学の高橋久仁子教授によれば、インタビューで「『おもいッきりテレビ』も『あるある』と同じぐらいひどい」と語っています。

その例として高橋教授は、2004年3月8日放送の「怖い糖尿病にならないために」で引用された学術論文が、次のように改変されていたと指摘しています。
・「食後に大量のシナモンを摂取」が「食事に少量のシナモンを加える」に
・「アルコールを適度に飲む」が「アルコールを毎日、適度に飲む」に(しかも、みのもんたが「ビールが最高にいい」と発言)
・「マグネシウムを多く摂っている」が「ナッツを多く摂っている」に

やっぱり、「おもいっきり」捏造やっていました。

以前、「くまえり」と称する女が、自分のブログのアクセスを増やそうと近所に放火し、それを撮影してネットで公開、逮捕されましたが、TV局の人間の頭の構造というのは、「くまえり」と何ら変らない。

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2006/04/20

春歌が溢れる映画「寝ずの番」

Nezunoban
4月15日に鈴本演芸場へ、桂三枝が鈴本初登場ということで満員の客でした。豪華な顔ぶれの割に中身が薄く、全体としては不満が残りましたが、お目当ての三枝だけは、さすがでした。私は三枝は2回目でしたが、今回の高座は少々お疲れの感がありましたが、そのサービス精神だけは客席に十分伝わり、お客は満足して帰ったと思います。
東京ではなかなか見る機会が少ないのですが、上方の落語家は総じてサービス精神が旺盛で、とにかく愛嬌があります。高座の出でも、東京の噺家は横向きに出てきて、座布団に座った時に客席を眺めますが、上方の噺家は三枝のように、高座に出た段階で客席に一礼する人が多い。
演芸の主体が漫才だという大阪と、落語が主役の東京の違いなのでしょう。
その上方の落語家の世界を描いた映画「寝ずの番」が、現在公開されています。

原作は一昨年52歳の若さで急逝した異色の作家中島らもの小説で、監督はマキノ(津川)雅彦です。マキノの祖父省三は日本映画の父ともいうべき名監督でしたし、叔父雅弘は監督として生涯261本の作品を映画史に残した娯楽作品の名手でした。
マキノ雅彦は日本映画の伝統である「洒落と粋」を再現させたいと、この映画作りに取り組んだそうです。

ストーリーは寝ずの番つまりお通夜をテーマに、上方落語家の重鎮、その一番弟子、師匠の女将さんが次々と亡くなり、そのそれぞれの通夜の席で、所縁の人々が故人の思い出話をするというものです。その大半がいわゆる猥談ですから、ボッカチヨの「デカメロン」のような趣です。
又映画の作りは、かつて伊丹十三が監督した「お葬式」に似ていて、遺体の目から会葬者を見上げるショットは、同じ手法を使っています。
R-15に指定されているのは、映画の始めから最後まで、放送禁止用語がマンサイのせいでしょう。
この映画の本当の主役は春歌(春の歌ではありません。ワイセツな歌詞の歌、Y歌です。)です。
私たちが若い頃は、宴会といえば春歌が定番でした。しかし最近は、とんと聞く機会が減りました。多分若い人は、耳にする機会も無いでしょうね。
このまま行けば、日本の伝統文化の一つである春歌が、絶滅しかねない。今回の映画制作者には、そうした危機感があったのではないでしょうか。
特に最終シーンで、昔売れっ子芸者だった女将さんの通夜に、昔の馴染客であったタクシー運転手が弔問に来て、落語家とその奥さんたちと、延々と春歌合戦を繰り広げ、歌い踊り狂うシーンは圧巻で、可笑しくて可笑しくて涙がでました。

この映画のもう一つの魅力は、キャスティングの妙です。
中井貴一や木村佳乃といった俳優に、春歌や隠語を連発させている意外性もありますが、師匠を演じる監督の実兄長門裕之(久々にスクリーンで見ました)、一番弟子役の笹野高は揃っての名演。
そして何と言っても女将さんを演じた富司純子のなんという上品な色香。自分の通夜に芸者姿で登場して、春歌版「十三夜」を舞うその美しさと香りたつような色気、短いシーンでしたがウットリと見とれていました。

日本映画の良さを残して行きたいという、映画作りの熱気が感じられる作品でした。

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2005/02/14

NHK問題

NHKNHK教育TVで放映された番組に政治介入があったかどうかが、大きな問題となっています。今のところNHK側は圧力は無かったし、政治介入による番組の改変は無かったとの見解です。

私が小学校に入った昭和25年ごろ、当時NHKラジオで“日曜娯楽版”という人気番組がありました。視聴率100%と言われていたほどの大人気で、もちろん我が家でも日曜日夕方になると家族揃って聞いていました。
ところがある時この番組が突如打ち切りとなり、世間を驚かせました。後に関係者の証言で、番組中の政治風刺コントが時の与党幹事長の逆鱗にふれ、中止させられてことが明らかにされています。
この後も、折りにふれ政治介入の噂は絶えません。音楽でフォークソング全盛期には、いわゆる反戦歌をNHKは放送禁止にしていました。

今回の件も含めて、NHKに対する政治介入、圧力は日常的にあったと考える方が妥当でしょう。
今回安倍、中川両氏の面談の時期がどうとか、内容がどうとかいう話になっていますが、元々有力政治家に事前に番組内容を説明していたこと自体が、既に問題です。通常事前説明するというのは了解を得る、あるいは気付きを貰うと同意義であり、事前検閲を受けていたと思われて当然でしょう。

NHKニュースは政府広報の色が濃いと感じるときもありますが、優れたドキュメンタリーの多くや教育TV番組などは、やはりNHKしか製作できないでしょう。
不祥事の件も含めてNHK側の対応に納得がいかない点も多々ありますが、NHKが公共放送本来の姿に再生してくれることを期待し、受信料を払い続けることにします。

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