音楽

2019/10/23

終戦後の日本人が愛した歌

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「青春歌年鑑(戦後編)1 昭和21年~23年(1946年~1948年) 」という2枚組のコンピレーションアルバムがある。この時代のヒット曲をレコード会社の枠を超えて年代順にコレクションした内容で、タイトルに青春とあるが世代に関係なくヒット曲が選ばれている。昭和20年のヒット曲も含まれており、終戦からおよそ2年の間に、当時の日本人がどんな曲を好んでいたかを伺い知ることが出来る。
【曲目リスト】
ディスク:1
1. リンゴの唄
2. 愛のスウィング
3. 麗人の歌
4. 東京の花売娘
5. 悲しき竹笛
6. 黒いパイプ
7. 別れても
8. かえり船
9. 青春のパラダイス
10. 啼くな小鳩よ
11. 雨のオランダ坂
12. 夜霧のブルース
13. 長崎エレジー
14. 夜のプラットホーム
15. 三日月娘
16. 港が見える丘
17. 泪の乾杯
18. 夢淡き東京
19. 胸の振子
20. 誰か夢なき
ディスク:2
1. 星の流れに
2. 山小舎の灯
3. 懐しのブルース
4. 君待てども
5. 東京ブギウギ
6. 夢去りぬ
7. 長崎のザボン売り
8. 流れの旅路
9. フランチェスカの鐘
10. 南の薔薇
11. 三百六十五夜
12. 恋の曼珠沙華
13. 男一匹の唄
14. 湯の町エレジー
15. 異国の丘
16. 憧れのハワイ航路
17. 小判鮫の唄
18. 君忘れじのブルース
19. 東京の屋根の下
20. さよならルンバ

アジア・太平洋戦争が敗戦となった昭和20年8月から、戦争の深い爪痕が残る中で人々は必死に生きてきた。親を子を兄弟を亡くした人、家が焼かれてしまった人、大陸から命からがら引き揚げてきた人で国中が溢れていた。人々は今日をどう生きるか必死だった時代。
それでも、というか、それだからこそ娯楽への希求心もまた強かった。
昭和20年の10月には松竹歌劇団(SKD)の戦後第1回公演が開かれ、11月には大相撲と早慶戦、12月にはNHKラジオで「紅白音楽試合」(第1回紅白歌合戦)が放送された。
戦時中は禁止されていた外国の映画やレコードがどっと入ってきて、映画館に人が押し寄せ、戦時歌謡から解放された新しい時代の歌謡曲が続々と作られた。
昭和20年にジャズの「センチメンタル・ジャーニー」「ビギン・ザ・ビギン」がヒット。
昭和21年には、洋画の「カサブランカ」「うたかたの恋」などが上映された。

日本国内でも次々と新しい映画が製作され、その主題歌が出演している歌手によって歌われヒットした作品が生まれる。
映画「そよかぜ」から主題歌「リンゴの唄」:出演と歌唱は並木路子
映画「或る夜の接吻」から主題歌「悲しき竹笛」:出演と歌唱は奈良光枝
映画「懐しのブルース」から主題歌「懐しのブルース」:出演と歌唱は高峰三枝子
などが代表的。
他に、曲がヒットしてから同じタイトルの映画が製作されたものが多数ある。

海外からの曲が紹介されると同時に、それらのリズムが歌謡曲に採り入れられようになる。「00の女王」という呼称が生まれた。
「ブルースの女王」淡谷のり子:「君忘れじのブルース
「スィングの女王」池真理子:「愛のスウィング
「ブギの女王」笠置シズ子:「東京ブギウギ」 
他に、この時期はタンゴの曲が目立つ。「夜のプラットホーム」「誰か夢なき」などで、とりわけ「夢去りぬ」はタンゴそのものだ。

戦後を代表する歌手といえば、やはり「おかっぱる」こと岡春夫だ。
青春のパラダイス」「啼くな小鳩よ」「男一匹の唄」「憧れのハワイ航路」「東京の花売娘」と5曲も入っている。
あの突き抜けるような明るい歌声が、当時の人々の琴線に触れたのだろう。

戦争に関連した曲として次の4曲があげられる。
夜のプラットホーム」歌唱は二葉あき子
当初は1939年公開の映画「東京の女性」(主演:原節子)の挿入歌として吹き込んだ曲で、戦時下の時代情勢にそぐわないと発禁処分を受けたものが、戦後に改めて発売されヒットした。出征兵士を見送るという曲想になっている。
かえり船」歌唱は田端義夫
敗戦時にはまだ多くの日本人が大陸に残されていた。およそ660万人もの人々が引き揚げる船の情景、人々の心情を歌ったもの。当時の国民の多くが身内や親類に引き揚げ者がいたので、強い共感を呼んだ。
異国の丘」歌唱は竹山逸郎中村耕造
昭和18年に満州にいた吉田正が、部隊の士気を上げるため作曲した「大興安嶺突破演習の歌」が原曲で、戦後シベリアに抑留されていた増田幸治が作詞したもの。非常に強い望郷の思いを歌っている。シベリア抑留者の間で広く歌われていたものが、戦後NHK「のど自慢」の番組を通して広まった。
星の流れに」歌唱は菊池章子
戦後間もないころに、東京日日新聞(現在の毎日新聞)に載った女性の手記で、従軍看護婦だった女性が奉天から引き揚げてきたが、家も家族もすべて失われたため、「夜の女」として生きるしかないわが身を嘆いていたというものだった。これを読んだ作詞家の清水みのるは、戦争への怒りや、やるせない気持ち、こみ上げてくる憤りをたたきつけるように作詞した。歌詞の中では明確にされていないが、女性は「パンパン」(米国兵相手の街娼)と見られる。鬼畜米英のスローガンで戦ったのが、戦争が終わるとその米兵相手に身を売らねばならなかったのだ。当初は街娼の間で歌われていたものが、その後広まり大ヒットとなった。
この中で戦争や世相を真正面から告発した曲は「星の流れに」だ。

歌詞のフレーズにある「こんな女に誰がした」は戦争を告発している。又これを歌のタイトルにしようとしていたら、GHQから「日本人の反米感情を煽るおそれがある」とクレームがつき、「星の流れに」に変えた経緯がある
「星の流れに」は、日本政府と占領軍の双方への抗議の意思をこめた曲として、永遠に残るだろう。

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2019/07/17

「ロシア国立交響楽団」(2019/7/16)

「ロシア国立交響楽団〈シンフォニック・カペレ〉」
日時:2019年7月16日(火)19時
会場:東京オペラシティ コンサートホール
指揮:ヴァレリー・ポリャンスキー
ピアノ:アンナ・フェドロヴァ
ロシア国立交響楽団〈シンフォニック・カペレ〉
[   曲目   ]
チャイコフスキー:
スラヴ行進曲 op.31
ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 op.23
交響曲第5番ホ短調 op.64

高校生のころ、今では信じがたいだろうが「ステレオ・コンサート」というのがあった。ステレオレコードを、ホールの舞台の両端に置かれたステレオスピーカーを通して音楽を聴くというものだ。当時は未だステレオが一般に普及していなかった。入場料は数十円だったと記憶しているが、貧乏学生にとっては有難い存在だった。
ある時、そこでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を聴き、なんという素晴らしい曲だろうと深く印象に残った。ピアノはリヒテルだが交響楽団は不明。司会者が、ソ連の演奏者のレコードはとても貴重で、リヒテルを「鉄の腕」 を持つピアニストだと紹介していた覚えがある。
以前の新聞広告で「チャイコの一番」と書かれていたが、コンサートの広告だったので多分「チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番」を指しているんだろうと思い、クラシックファンではこの略称で通じるほどの有名なんだろう。「メンコン」「モツレク」の類である。
ただ、生演奏を聴く機会のないまま今日まで来てしまい、来日したロシア国立交響楽団の演奏プログラムにチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とあったので、出かけた次第。
いつもは最も安い席を取るのだが、今回は張り込んで1階のほぼ中央付近の良い席を確保した。

「スラヴ行進曲」
冒頭のメロディを聴いて、ああこの曲だったのかと。誰でもが一度は耳にしたことがある物悲しい旋律で始まり、次第に勇壮な行進曲風な旋律に移り、終盤にはティンパニーの連打で盛り上がる。
19世紀に起きたトルコーセビリア戦争で、同じスラブ民族としてセビリアを支援するための曲だった。曲の中にセビリア民謡の旋律がとりいれられている。

「ピアノ協奏曲第1番」
期待通りの素晴らしい曲、そして他の生演奏を聴いていないので比較はできないが演奏もまた素晴らしかった。
この曲の魅力はなんと言っても冒頭部分で、華麗で壮大な旋律は一度聴いたら忘れられない。ただこの旋律はその後には再現されない。
第一楽章ではいかにもスラブ風な旋律が流れ、静かに始まる第二楽章は洒落た旋律に聴こえる。第三楽章ではピアノの技巧とオケの力強い演奏から、最終章ではピアノとオケとの盛り上がりによりカタルシスを味わえる。
やっぱり来て良かったと、そう思った。

「交響曲第5番」
ディスクを含め初めて聴く曲だった。チャイコフスキーの交響曲というと「悲愴」と名付けられた第5番が有名だが、この第5番も負けず劣らずの名曲だと思った。
この曲の第一主題は「運命の動機」と名付けられているそうだが、これが全楽章に登場する、とても印象的な旋律だ。特に第一楽章の冒頭にクラリネット2本で演奏され、耳に残る。第二楽章ではホルンが、第三楽章では木管が、そして第4楽章では序奏と終結部分に、それぞれ演奏される。

指揮のヴァレリー・ポリャンスキーは「赤いカラヤン」という綽名があるそうだが、巨漢で愛嬌のある人だ。観客の再三のアンコールに対して「時間だから」とばかり腕時計を示したり、観客の拍手に合わせて手を振りながら退場していた。
満足の演奏会だった。

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2019/06/29

ハチャトゥリアン・コンチェルツ(2019/6/28)

「ハチャトゥリアン・コンチェルツ」~チェロ、ピアノ、ヴァイオリンのための3つの協奏曲を一気に聴く一夜
日時:2019年6月28日(金)19時
会場:横浜みなとみらい大ホール
<  出演者  >
川瀬賢太郎(指揮)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 (ゲスト・コンサートマスター 豊嶋泰嗣)
石坂団十郎(チェロ)
佐藤卓史(ピアノ)
郷古廉(ヴァイオリン)
<  プログラム  >
アラム・ハチャトゥリアン:
チェロ協奏曲 ホ短調
ピアノ協奏曲 変ニ長調
ヴァイオリン協奏曲 二短調

先ずお断りしておきたいのは、このコンサートに不純な動機で行ったというと。「チケットぴあ」で購入しているとポイントが貯まるのだが、そのポイントを引き換えようとしてもなかなか良いコンテンツに当たらない。ポイントは一定期間が過ぎてしまうと切り捨てになる。先日たまたまポイント引き換えのサイトを見ていたら、このコンサートを見つけた、と言うわけだ。
このコンサートは私にとって初めてづくしだ。ハチャトゥリアンの曲をナマで聴くのは初めて。チェロ協奏曲というのをナマで聴くのも初めて。そして、一度に3曲の協奏曲を聴くのも初めてだ。
ハチャトゥリアンの曲で頭に浮かぶのは、「剣の舞」と「仮面舞踏会」ぐらいだもの。
演奏に先立ってコンサートを企画・監修した池辺 晋一郎のプレトークがあり、作曲家がチェロ、ピアノ、ヴァイオリン協奏曲を全て書いた例は少ないらしい。古典派のハイドンと、他には20世紀に入ってハチャトゥリアンを初めてして当時のソ連の作曲家たちの例がある程度とのこと。
まして、3つの異なった協奏曲を一度に演奏するなんざぁ、過去に例がないそうだ。貴重な会に参加したということになる。

ハチャトゥリアンはジョージア生まれのアルメニア人というから、ソ連の中でも辺境の出身ということになる。
そのせいか、アルメニアの民族音楽をとりいれた東洋的な「土くさい」音楽が特色だそうだ。アルメニアには旅行で行ったことはあるが、音楽のことはよく分からない。
ざっと感想を言うと、それぞれの演奏はとても良かった。どれだけ良かったかと言えば、休憩を含んで2時間40分の演奏中、一度も居眠りしなかった。それだけ惹き込まれたということだ。演奏者の熱気が伝わってくるようだった。
動機は不純でも、結果はとても満足!

 

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2019/01/23

憧れのボストリッジ、再び(2019/1/22)

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 第24篇「イアン・ボストリッジ」

日時:2019年1月22日(火)19時
会場:トッパンホール
イアン・ボストリッジ(テノール)
サスキア・ジョルジーニ(ピアノ)

<    プログラム    >
ロベルト・シューマン:
《子供のための歌のアルバム》Op.79より
ジプシーの歌Ⅰ&II/てんとう虫/歩きまわる鐘/牛飼いの別れ/時は春/松雪草/塔の番人リンツォイの歌
《子供の情景》Op.15[ピアノ・ソロ]
《5つの歌曲》Op.40
においすみれ/母親の夢/兵士/楽師/露見した恋

ベンジャミン・ブリテン:
《冬の言葉》 Op.52
11月のたそがれ/真夜中のグレート・ウエスタン鉄道/セキレイと赤とんぼ/古い小机/聖歌隊長の葬式/誇らしげな歌い手たち/アップウェイの停車場ににて/生まれる前とそのあと
《この子らは誰か》Op.84より
悪夢/殺戮/この子らは誰か/子供達
民謡編曲第2集《フランスの歌》より
愛の園の美人/こだま、こだま/父の家にいたとき

アンコール
ブリテン:スコットランド民謡《オー・ワリー・ワリー》
他2曲

イアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)、1964年ロンドン生まれのテノール歌手。
2008年にここトッパンホールでコンサートを聴いていて、その時はハイリッヒ・ハイネの詩に、シューマンとブラームスが曲を付けたものを中心にしたプログラムだった。その声の美しさに圧倒された。
今回はシューマンとブリテンの歌曲が中心のプログラムで、数か月前からチケットを買って楽しみにしていた。

ボストリッジは長身で痩身、風貌は歌手というより学者に近い。
それもその筈で、学歴からすれば歴史学者と言っても不思議ではない。
【学歴】オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ(歴史学)卒;ケンブリッジ大学大学院修士課程修了;オックスフォード大学コーパス・クリスティー・カレッジ(歴史学)博士課程修了 学位博士号(1990年)
学位取得後、歌手活動をスタートさせた様で、1996年にはシューベルト「美しき水車小屋の娘」でグラモフォン賞を受賞している。
この他、多数の受賞歴があり、特にシューベルトの歌曲を収めたディスクは高い評価を得ている。

音楽評論家の宇野功芳は、著書(1998年刊)の中でボストリッジについて次の様に書いていた。
「彼はイギリスの新鋭テノールだが、まさに歌心のかたまりである。歌を聴く喜び、楽しさ、醍醐味がここにある。リリックな美声の持ち主で、繊細かつ初々しく、どの曲も表情たっぷりに歌ってゆくが、少しも嫌味にならず、うっとりと酔わせてくれる。」
この宇野の批評は非常に的確で、現在50代半ばの年齢にもかかわらず、また体調があまり良くないように見えたが、突き抜けるような高音の美しさ、繊細な表現力を私たちに示してくれた。

素晴らしい!! の一言。

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2018/12/18

パリ管弦楽団「田園」ほか(2018/12/17)

ダニエル・ハーディング指揮
パリ管弦楽団
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
日時:2018年12月17日(月) 19時
会場:サントリーホール 大ホール
<   曲目   >
ベルリオーズ:オペラ『トロイアの人々』より「王の狩りと嵐」
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 Op.68 「田園」

かつては名曲喫茶というのがあった。クラシックのレコードを聴きながらコーヒーなどを飲むという喫茶店で、店名はたいがい「田園」だった。この曲が、数あるクラシックの中でも最も愛されてきた証拠だろう。
CDでは何度も聴いているがライブでは初めてで、
「田園」は交響曲としては珍しい5楽章からなり、第1、第2、第3-5楽章は続いて演奏される。
各楽章について、次のような標題が付されている。
1.「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」
2.「小川のほとりの情景」
3.「田舎の人々の楽しい集い」
4.「雷雨、嵐」
5.「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」
楽器編成は次の通り。
・ピッコロ 1、フルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2
・ホルン 2、トランペット 2、トロンボーン 2
・ティンパニ
・弦5部

やはり第1楽章が素晴らしい。主題の動機が転調しながら繰り返される独特のメロディーに陶然とさせられる。
第2楽章では、弦楽器による小川のせせらぎや、小鳥のさえずりが表現される。
第3楽章では一転して管楽器が活躍し、第4楽章ではティンパニの連打や管弦楽器の激しい演奏により風雨や稲妻の閃光を暗示され、第5楽章では牧歌的な風景が描かれ静かに閉じる。
感動した。
指揮者のダニエル・ハーディングは、札幌公演のおりに雪で転倒して怪我をしたようで、車椅子で登場し座ったままの指揮だったが、舞うようなスタイルの指揮ぶりが印象的だった。

もちろん、ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン:イザベル・ファウスト)も素晴らしかった。
優雅な響きに酔ってしまった。
やはり音楽もライヴでなくっちゃ。

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2018/11/10

歌曲の森「クリストフ・プレガルディエン」(2018/11/9)

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第23篇「クリストフ・プレガルディエン」
日時:2018/11/9(金)19時
会場:トッパンホール
<出演者>
クリストフ・プレガルディエン(テノール)
ミヒャエル・ゲース(ピアノ)
<プログラム>
シューマン:5つの歌曲 Op.40(詩:アンデルセン、シャミッソー)
シューマン:リーダークライス Op.39(詩:アイヒェンドルフ)
~休憩~
シューマン:詩人の恋 Op.48(詩:ハイネ)
(アンコール曲)
シューマン:
リーダークライス Op.24より 第9曲 ミルテとばらの花を持って
5つのリートと歌 Op.127より 第2曲 あなたの顔は
ベルシャザル Op.57
ミルテの花 Op.25より 第1曲 献呈
シューベルト:
夜と夢 D827

世の中で最も美しい音、それは人間の声だ。どんな楽器にも勝る。
そのことを実感したのは、ここトッパンホールで歌曲の数々を聴いてからだ。
私たちの日常で肉声の歌声が聴けるのは稀だ。歌謡曲やポップスのコンサートに行っても、マイクを通した歌声しか聴けない。あれではライブの意義が半減してしまう。
もう一つ大事なことは、ホールの音響だ。いくら歌手の声が良くてもホールの音響が悪くは台無しになる。
その点、トッパンホールは素晴らしい。客席が400余りと、歌曲を聴くには丁度いい広さだ。
このホールで聴いていると、歌手の声が喉から出るのではなく、身体の中から出ていることが実感できる。その声がホールの壁に反響して私たちの身体に伝わってくる。
そうした心地よさからくる陶酔感に浸りながら、至福の時間を過ごすことが出来る。
もちろん、それは歌手の技量にもよるのであって、この日のクリストフ・プレガルディエンの素晴らしい歌声があればこそ。リリックテノールなので高音が綺麗であることは言うまでもないが、この人は低音がまた美しい。
ミヒャエル・ゲースのピアノ演奏を聴いていると、歌手との関係が浄瑠璃の太夫と三味線との関係を思わせる。
ドイツ語が不勉強のため歌詞が分からず、表現力や情感が伝えられないのが残念だが、幸せな気分で帰路についた。

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2018/11/01

日本の抒情歌謡10選

抒情歌の定義について「Wikipedia」では、作詞者の主観的な感情を表現した日本語の歌詞に、それにふさわしい曲を付け、歌う人や聴く人の琴線に触れ、哀感や郷愁、懐かしさなどをそそるものとしている。
故郷や家族、愛する人への思いを歌い上げた歌謡曲の中から、特に印象に深く残っている10曲を選んでみた。
戦前の3曲はいずれも太平洋戦争とは切っても切れない曲だ。
戦後の7曲は、復興から高度経済成長期にかけて多くの若者が農村から都会へ移動してきた。彼らの望郷の念や別離の悲しみ、家族や親しかった人たちへの思いを歌ったものになった。
選曲された10曲は大半が1940-1950年代のもので、同じ境遇に置かれた同時代の人たちの共感を得ることが出来たのだろう。

「湖畔の宿」(1940年、高峰三枝子)
歌う映画スターっといえば、男優なら高田浩吉で、女優なら高峰三枝子だった。松竹の看板女優として活躍しながら、戦前から戦後にかけて多くのヒット曲を放った高峰三枝子の代表曲の一つ。
曲はヒットしたが、感傷的な曲調と詞の内容が時局に適さないとして発売禁止となった。しかし前線の兵士には人気があり、慰問でも多くのリクエストがあった。

「誰か故郷を思わざる」(1940年、霧島昇)
次々とヒットを飛ばし、「コロムビアのドル箱」と称された霧島昇の代表曲の一つ。
発売したレコードはタイトルが硬いということで、慰問用レコードとしてすべて戦地に送られたところ、前線の兵士の間で大ヒットし、内地に逆輸入された。慰問に訪れた歌手がこの曲をこの歌を歌うと、居合わせた将校から末端の兵士まで等しく泣いたという。
内地の工場などでは「士気が下がる」と禁止したところもあったという。

「鈴懸の径」(1942年、灰田勝彦)
甘い歌声で一世を風靡した灰田勝彦の歌唱で、戦時中にも関わらず、戦時色が感じられない数少ない曲だ。
戦後にジャズにアレンジして鈴木章治とリズムエースが出したレコードもヒットした。
灰田勝彦の母校でもある立教大学のキャンパス内に記念の歌碑がある。
灰田がハワイ生まれであることと、甘く切ない歌声が感傷的で好ましくないと、内務省をはじめとする当局から睨まれた。

「白い花が咲くころ」(1950年、岡本敦郎)
NHKラジオ歌謡といえば岡本敦郎の名が浮かぶ。高音の伸びのある美声で、数々のヒットを飛ばした岡本敦郎、「ミスターラジオ歌謡」の代表的な曲。
他に抒情歌として、「リラの花咲く頃」(1951年)「チャペルの鐘」(1953年)「ここは静かなり」(1956年)「今日の日はさようなら」(1974年)など、昭和を代表する抒情歌手と言える。

「ふるさとの燈台」(1952年、田端義夫)
NHKの歌番組でバタやんがこの歌を涙を拭きながら歌っていた姿を思い出す。
御前崎に歌碑があり、次の様な作詞家の清水みのるの言葉が刻まれている。
「時は昭和20年の初夏、三回目の応召をうけた私は、本土決戦のため千浜より池新田に亘る海岸線の防衛舞台に配属を命ぜられた。玉砕の日の近きを知ったその頃、御前崎燈台の偉容を遠望しつつ、郷里浜名湖の風景にも思いを走らせ、望郷の念やみ難きものをこの作品に織り込んだ。
今ここに再びこの燈台を仰ぎ見て、当時を偲ぶ懐かしくも哀しみに満ちた思い出は、余りにも鮮やかに私の胸によみがえる。
昭和49年5月23日   清水みのる (碑文より)」

「別れの一本杉」(1955年、春日八郎)
作詞は高野公男、作曲は船村徹による、代表的楽曲。二人は大学在学中に知り合い、二人は新人でこれといったヒットに恵まれず苦しい時代を過ごしていた。そのような中でいくつかの曲をキングレコードの春日八郎のもとに売り込みにいき、その中で目に留められた曲がこの「別れの一本杉」であった。この曲のヒットにより二人は世に出たが、高野公男は翌年病を得て世を去る。
春日八郎のヒット曲とあると同時に、高野公男、船村徹コンビの代表作ともなった。

「リンゴ村から」(1956年、三橋美智也)
ラジオ全盛期にはレコード会社各社が、独自の番組を持っていた。番組冒頭のテーマ曲はその会社の看板歌手の曲が使われていた。コロムビアなら美空ひばり、キングレコードは三橋美智也の「リンゴ村から」だった。それもその筈、このレコードは当時とすれば驚異的ともいえる270万枚も売り上げたのだ。それだけ当時の庶民の琴線に触れたということだ。

「柿の木坂の家」(1957年、青木光一)
これぞ抒情歌謡という曲。抒情歌謡としてのあらゆる要素がこの一曲に凝縮されている。

「からたち日記」(1958年、島倉千代子)
当時の台詞入りの歌は売れないというジンクスを破って130万枚を売り上げる大ヒットとなった。
曲の間のセリフで、島倉がポロリと涙を流すという評判だった。だが、その当時TVを持ってる家庭は極めて稀で、その話をただ羨ましいと思って聞いていた覚えがある。
島倉千代子という歌手の特質を最も表した曲だと思う。

「北上夜曲」(1961年、和田弘&マヒナスターズ/多摩幸子・その他、競作)
北上夜曲は、当時18歳の「菊地規(のりみ)」が作詞、当時17歳の「安藤睦夫」が作曲したもので、昭和16年の戦時中に生まれた。その後は口から口へと伝えられ、戦後はうたごえ喫茶やうたごえ運動の中で広まっていった。私も高校生の頃にはこの歌を歌っていた。
1961年になってレコード各社がレコーディングし、その数は6社から22種類に及んだ。
この様に民間で歌い継がれ、うたごえ運動やうたごえ喫茶を通じて火がついてレコーディングに及びヒットした例は他に、
「さくら貝の歌」(1950年、辻輝子)
「北帰行」(1961年、小林旭・その他、競作)
などがある。
余談だが、「さくら貝の歌」の歌唱を岡本敦郎としている記事が多いが、引用されている元の記事が誤っていて、それをそのまま転載している様だ。正しくは「辻輝子」だ。

他に、
「あざみの歌」(1951年、伊藤久男)
「山のけむり」(1952年、伊藤久男)
「山小舎の灯」(1947年、近江俊郎)
といった名曲があり、いずれも典型的な抒情歌謡といえる。

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2018/05/08

木下忠司さんを偲ぶ

作曲家の木下忠司さんが、4月30日に死去した。102歳だった。
兄の木下恵介監督作品の同名の主題歌「喜びも悲しみも幾歳月」や、TVドラマ「水戸黄門」の主題歌「ああ人生に涙あり」など、数多くのヒット曲があるが、私の青春の思い出にとって忘れられない曲は次の2曲だ。

「惜春鳥」
https://youtu.be/iNR3sVa_2V4

「ここは静かなり」
https://youtu.be/YZEn-iQvX1Y

曲を聴いていると、今でも当時の甘酸っぱい思いが蘇ってくる。
木下忠司さん、ありがとう。
安らかにお眠りください。

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2017/11/10

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(2017/11/9)

「ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」
日時:2017年11月9日(木)19時
会場:横浜みなとみらい大ホール

<出演者>
ヘルベルト・ブロムシュテット(指揮)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
レオニダス・カヴァコス(ヴァイオリン)

<プログラム>
『J.ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調op.77』
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
レオニダス・カヴァコス(ヴァイオリン)

『F.シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調D.944「ザ・グレート」』
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ドイツ~ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は、今年創立275周年を迎える世界最古のオーケストラ。
そのオーケストラがブロムシュテット指揮のもと、いずれもゲヴァントハウスが初演した作品を演奏するとあっては、こいつぁ行かざぁなるめい。
因みに『ヴァイオリン協奏曲 』の初演はブラームス本人が指揮、『グレート』の初演はメンデルスゾーンの指揮。

とは言え、実際にはブラームスが大好きという妻のお付き合い。
つまりは「牛に引かれて善光寺参り」。
この横浜みなとみらい大ホールだが、左右側面の座席になると舞台の3分の1近くが見えづらいという欠点がある。
とりわけ協奏曲の場合、左側の席ではヴァイオリンやピアノの演奏が見えないことがあるので要注意だ。

ボクは2曲とも良かったし、特に管楽器の音色の美しさに聞き惚れた。
だが、肝心の妻は「ブラームスのヴァイオリン協奏曲」に不満があったようだ。期待していた程ではなかったと言う。
妻が愛聴しているCDがジャネット・ヌブー演奏のライヴ盤で、そのイメージが強すぎるようだ。それと比較するのはちょっと酷だろう。

「シューベルトのグレート」はCDは持っているので1,2度は聴いていたと思われるが記憶ははっきりしない。
改めてライヴで聴くとやはり素晴らしい。
妻は良かったが、感激するほどでは無かったと、これまた点が辛かった。
でも最後には、「やはりライヴはいいわ、又来ましょう」、だって。

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2017/08/26

オペレッタ『ボッカッチョ』(2017/8/25)

浅草オペラ100周年記念『ボッカッチョ』
日時:2017年8月25日(金)14:00
会場:文化シャッターホール

原作:ジョヴァンニ・ボッカッチョ
作曲:フランツ・フォン・スッペ
台本/訳詞/演出:角岳史
<   キャスト  >
押川浩士:ボッカッチョ
三宅理恵:フィアメッタ
小貫岩夫:ピエトロ
里中トヨコ:ベアトリーチェ
小栗純一;ランベルトゥッチョ
小仁所伴紀:レオネット
(演奏)
東京オペレッタ劇場アンサンブル
内藤歌子(ヴァイオリン)
野間美希(ピアノ)

イタリア・フィレンツェの街は守護聖人のお祭りの真最中。
ピサへ仕事に出かけていた樽職人のランベルトゥッチョが故郷のフィレンツェに戻ってくれば、女房のベアトリーチェは他の男との浮気の真っ最中だったが、何とかその場を切り抜ける。
その様子を見ていたのが、世の中のスキャンダルを面白おかしく小説に仕立てる人気作家のボッカッチョ。彼の書く小説の世界にあこがれるパレルモの王子ピエトロと出会い、弟子にしてくれとせがまれる。
そんなボッカッチョも、ランベルトゥッチョの一人娘フィアメッタと出会い、恋に落ちる。だがフィアメッタに隠された秘密があった。
一方、ピエトロはベアトリーチェにぞっこん。
怒り狂うランベルトゥッチョを出し抜いて、それぞれの恋は成就するのか・・・。

オペレッタといのは今までに何度か観たが、今回は大正時代に一世を風靡した浅草オペラのオペレッタを観劇。
時は大正デモクラシーの時代、浅草オペラはロシア革命が起きて騒然とした1917年に勃興、関東大震災の1923年に終焉する。
遠い昔のことではあるが、浅草オペラを代表する作品『ボッカッチョ』の中で唄われた「ベアトリ姐ちゃん」や「恋はやさし野辺の花よ」はその後も長く愛唱されてきて、皆さんも一度は耳にされたことがあるだろう。

そんな懐かし浅草オペラ。
歌と踊りと笑いに包まれた舞台はとにかく楽しい。
当時の若者の西欧への憧れや、旧弊にとらわれない新しい倫理観への希求が根底にあったのだろう。
息苦しい明治時代から解放されたかのような大正の「モボ」や「モガ」、「ペラゴロ」 たちの息遣いが聞こえてくるようだった。

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