音楽

2009/11/01

チェコ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団(10/31)

日時;10月31日(土) 14時
会場:横浜みなとみらいホール
<演奏者>
指揮者:レオシュ・スワロフスキー
管弦楽:ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団
ピアノ:ベン・キム
<プログラム>
スメタナ;交響詩「モルダウ」
ラフマニノフ;ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:ベン・キム)
ドヴォルザーク;交響曲第9番「新世界より」
(他にアンコール2曲)

チェコといえばチェコ・フィルハーモニー管絃楽団が有名だが、こちらはチェコ第二の都市ブルノの本拠をおくブルノ・フィルハーモニー管弦楽団だ。
欧州の中堅楽団という位置になるだろうか。
協奏曲で共演したベン・キムは新進の米国人ピアニストで、国際的コンクールで優勝をしているとのことだ。

まあそういうことより、土曜日の午後にノンビリと名曲の数々を楽しもうという趣向である。
今回演奏されたようないわゆる名曲は耳に親しんでいるという利点はあるが、反面数々の名演、名盤が存在し、そういう音が耳に残っているため、どうしても比較してしまう。
これは演奏者にとっては、なかなか苛酷なことなのかも知れない。

ラフマニノフという作曲家の名前が一般に知られるようになったのは、おそらく映画「七年目の浮気」ではなかろうか。
マリリン・モンロー扮する女優の卵が、階下の中年男の部屋を訪れ、ピアノ協奏曲のレコードを聴いて「ラフマニノフ!」とつぶやく有名なシーンだ。
少々オツムの弱い女の子が知っている位だから、これはきっと有名な人なんだと、当時の人は思ったに違いない。私もその一人だった。
ピアノ協奏曲第二番が一般に知られたのも映画のおかげだ。
「アラビアのロレンス」の砂漠のシーン全編に流れたこの曲の「サビ」が、観客に強いインパクトを与えた。
クラシックといえども、他のメディアの影響は常に受ける。

ただラフマニノフの第二番をナマ演奏で聴くと、オーケストラの響きにピアノの音が負けてしまい、特に第一楽章ではピアノ・パートが聞き取りづらいという問題がある。
どうもこの曲だけは、CDで聴くのに向いている気がする。

ドヴォルザークの「新世界より」はさすがに自家薬篭中のものという演奏ぶりだったが、金管楽器の強音に不満が残った。

公演は11月22日まで各地で。

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2009/10/23

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団&イヴリー・ギトリス

公演日 2009年10月22日(木) 19時
会場 東京文化会館大ホール
演奏 キエフ国立フィルハーモニー交響楽団
指揮 ニコライ・ジャジューラ
ヴァイオリン イヴリー・ギトリス
<プログラム>
チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー:交響曲第5番
(他にアンコール5曲)

いやー、来てみて良かったなあとシミジミ感じるクラシックコンサートというは、そう滅多にお目にかかれるものではない。
フアンには失礼かも知れないが、それほど期待していなかったのだが、これが実にいいのだ。
ただ、どこが?と訊かれても上手く説明できないかも知れない。
行けば分かるさ、というのが正解だと思う。そんなコンサートだった。

キエフ・フィルがあるウクライナだが、多くの芸術家を輩出している国として知られている。
今回の奏者、イヴリー・ギトリスもウクライナ系ユダヤ人の血が入っているが、ヴァイオリニストだけでもオイストラフ、ミルシュテイン、アイザック・スターンという20世紀を代表する巨匠がズラリと顔を揃えている。
作曲家チャイコフスキーも父方はウクライナ人だ。
だから今回の演奏者も楽曲も、みなウクライナつながりというわけだ。

イヴリー・ギトリス、おん年87歳の最高齢現役ヴァイオリニスト。
背中をまるめたご老人がユックリと舞台に登場する。
いきなり音出しをして、さあ演奏開始かと思ったら片手をあげて制し、譜面を指しながら指揮者に二言三言。ではいよいよと思ったら、今度はハンカチを出して顔を拭いたり、鼻を拭いたり。
このユーモラスな雰囲気に、会場から笑いが漏れる。
なんだかリハーサル風景を眺めているような、そんな気分になる。

ヴァイオリン協奏曲の演奏が始まり、ヴァイオリンの最初のパートがスタートした時は、正直いって大丈夫か?と思った。
手元にいくつかあるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のCDとは、全く音が違うのだ。
第一楽章の長いガデンツァに入ってもその違和感は消えない。
ちゃんと譜面の通りに演奏しているんだろうな、そんな疑問も湧いてくる。
だけど、だけど、何だか次第に演奏に引き込まれていく。

アンコールでも繰り返された第二楽章に入る頃は、もうウットリと聞きほれていた。
実はこのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、今まであまり好きな曲ではなかったのだが、初めていい曲だなあと思ってしまった。
一口でいうと、「良い子のみなさんは真似しないように」という演奏。
落語でいえば、古今亭志ん生のような。
何を言ってるのか分からないって? そうでしょう、言ってる本人も分からないのだから。
とにかく良かったということ。
アンコール2曲目は日本の「浜辺の歌」、このお爺さん、サービス精神旺盛、偉い!

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の演奏、細かなことでは色々あるんだろうが、じっと聴いていると未だ見ぬウクライナという国の風土や文化、そして大草原を渡ってくる風が感じられる。
とてもハートフルな演奏会だった。

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2009/09/27

「清水和音 ブラームス・プロジェクト2」@トッパンホール

2009/9/26(土)、トッパンホールで行われた室内楽コンサートを観賞。
トッパンホールという劇場は実によくできていて、これほど落ち着けるホールを他に知らない。
このホールで音楽を聴けるというだけで、幸せな気分に浸れる。月に一度くらいは、ここで音楽を聴くという贅沢を味わいたい。
今回はブラームスのピアノ四重奏曲が中心で、ピアニスト清水和音(“かずね”とよぶが、生まれた時から音楽家にと思って命名されたのだろうか)がすすめている「ブラームス・プロジェクト」の第2回目となる。

普段クラシックとはあまりご縁のない生活を送っていて、もちろんピアノ四重奏曲をナマで聴くのは初めてだ。
解説書を見ると、やはり演奏される機会が少ないらしい。地味なんでしょうかね。

<プログラム>
ブラームス:ピアノ四重奏曲第3番 ハ短調 Op.60
~休憩~
ブラームス:ピアノのための6つの小品 Op.118
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op.25
<演奏者>
ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)
赤坂智子(ヴィオラ)
ポール・ワトキンス(チェロ)
清水和音(ピアノ)

弦楽四重奏曲に比べ、ピアノが加わるととたんに華やかさを増したような気がする。
曲目の順序が当初は1番、3番であったのが、演奏者の希望で3番、1番に変わっていた。
推測だが、1番の方が曲として優れていて、しかも終楽章が盛り上がって終了するというのが理由かなと思う。解説にあるとおり、「軽快さと激しさが入り乱れる」緊張感が心地よい。
ヴァイオリンのダニエル・ホープは力を入れる演奏箇所では、椅子から飛び上がらんばかりの動きの激しさをみせる。
真ん中のチェロのポール・ワトキンスは、大きな目で左右にアイコンタクトを交えながら目配りをしていた。こういう細かな動作を観察できるのも、コンサートの楽しみの一つだと思う。
清水和音は「ピアノのための6つの小品」を情感豊かに演奏。特に第2曲と第6曲が素晴らしかった。
なにせ初めてなので他と比較しようが無いのだが、全体として個々の演奏者の技量、アンサンブル共に申し分ないと見受けた。

家を出る時には家人から「ガラじゃあない、ニンじゃあない」と揶揄されたが、コンサートが終わって帰り道はルンルン気分だった。
ゲージュツを理解しない家族というのは、困ったものだ。

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2009/07/26

高橋真梨子コンサート“No Reason”@東京国際フォーラム

Takahashi_mariko7月25日東京国際フォーラムAで行われた高橋真梨子コンサート“No Reason”に出向く。
昨年、半世紀ぶりに日本のポピュラー(歌謡曲)歌手のコンサートを見始めて3回目。高橋真梨子のライブを選んだのは先ずは歌詞を大事に歌う彼女の歌唱力と表現力に注目していたからだ。
と言っても特別フアンではないし、ペドロ&カプリシャス当時の「高橋まり」時代のヒット曲を除けば、「桃色吐息」を知っている程度の認識である。
毎年50回ほどのコンサートを行う高橋真梨子の今回のタイトルは、いうまでも無く最近発売されたカバーアルバム「No Reason〜オトコゴコロ〜」からとったものだ。

全く知らなかったのだが、この日が1979年からソロ活動を開始して以来、観客動員数が通算600万人に達したのだそうだ。
31年間に通算2535回の公演を行い、この日で観客600万人を超えたのは、日本はもちろん女性歌手として世界でも初めてのことらしい。
正に大記録であり、フアンでもないし彼女のコンサートを初めて観た私のような人間が、こういう記念すべき日に立ち会えたというのは、少々申し訳ない気分だ。

ステージはアルバム「No Reason〜オトコゴコロ〜」収録曲から「勝手にしやがれ」「ワインレッドの心」など、ペドロ時代の「ジョニィへの伝言」「陽かげりの街」「別れの朝」(この曲は前野曜子だが)、「桃色吐息」を初めとしたソロのヒット曲、合計23曲を披露した。
途中休憩時間を挟むことなく、公演時間はおよそ2時間半。
高橋真梨子はステージ上で、「働きづめの31年でした。ここまで働いたら悔いはないです」と生涯現役をアピールしていた。

充実したコンサートだったといえるが、先に観た五木ひろしや石川さゆりのコンサートの比べると、やや物足りない感が否めない。
歌唱力としては決して遜色はないのだが、いうなればエンターテナーとしては力不足なのだ。
そのせいか舞台が総じて単調気味になり、満足感に欠けるのだろう。
ソロになって30年以上最前線で活躍しながらその割に世間の知られたヒット曲が少なく、本人が言っていたようにアルバムもオリジナルのものより、カバーアルバムの方が売れ行きが良いというのは、その辺りに理由があるのではなかろうか。

今年で還暦を迎えたにしては若さと美しさ、歌唱力に全く衰えを見せないのは、さすがと言うしかない。

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2009/06/22

ボリショイ劇場・オペラ「スペードの女王」@NHKホール

Popovskaya_spade
ロシア・ボリショイ歌劇場の来日公演が行われているが、6月21日NHKホールでのオペラ「スペードの女王」を観劇。
A席37000円が割引で20000円でチケットが入手できたからという、極めて不純な動機で出向いた。

音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本 : モデスト・チャイコフスキー
(アレクサンドル・プーシキンの同名の小説に基づく)
音楽監督 : ミハイル・プレトニョフ
演出 : ワレリー・フォーキン
舞台装置 : アレクサンドル・ボロフスキー
【主なキャスト】
ゲルマン(T):ウラディーミル・ガルージン
リーザ(S):エレーナ・ポポフスカヤ
エレツキー公爵(Br):ワシリー・ラデューク
伯爵夫人(MS):エレーナ・オブラスツォーワ
【演奏】
指揮 : ミハイル・プレトニョフ
ボリショイ劇場管弦楽団・合唱団

ストーリーは、
貧しい士官ゲルマンは令嬢リーザに恋をするが、リーザは既にエレツキー公爵の婚約をしていた。
リーザの祖母である伯爵夫人がかつて「スペードの女王」の異名を持ち、カード賭博の3枚の勝ち札の秘密を知っているという話を聞く。
リーザの心を掴んだゲルマンは、高官の館で仮面舞踏会が開かれた夜に伯爵夫人の寝室に忍び込み、帰宅した夫人からカードの秘密を聞き出そうと脅して、夫人をショック死させてしまう。
今や狂気のゲルマンはリーザを自殺に追い詰め、伯爵夫人の亡霊から告げられた3枚の勝ち札に全てを賭けるが、最後の1枚を「エース」の代りに「スペードの女王」を引いてしまい、自決し果てる。

第1幕 (第1場・第2場) ・第2幕(第3場)100分
-休憩 30分-
第2幕 (第4場)・第3幕(第5場・第6場・第7場) 70分
上演時間は休憩を含めて約3時間30分という長編である。
イタリア・オペラやモーツアルトの作品は見ていたが、ロシア・オペラは初めてで、前者に比べ洒落た要素が少なく重厚な印象を受けた。
作品としては、特に後半はドラマチックで緊張感のある舞台だったが、前半はかなり冗漫な感じだった。

歌手たちは全般にレベルが高く、特に主役のゲルマンを演じたウラディーミル・ガルージンのテノールが素晴らしい。全幕を通じて歌い続ける難役だが、会場全体に響き渡るテノールに酔った。
リーザ役のエレーナ・ポポフスカヤのソプラノも美しく、初々しい容姿(トップの画像)も役柄にピッタリであった。
ミハイル・プレトニョフ指揮のボリショイ劇場管弦楽団は全体としては良い音を響かせていたが、管楽器で2,3ヶ所濁った音に聞こえたのは、私の気のせいだろうか。

特筆すべきは舞台装置で、一見、無機質な印象だが、ある時は作品の舞台となっているサンクトペテルブルグの風情を、ある時は宮殿の内部を、ある時は賭場を、2段デッキを上下させながら実に巧みに表現していた。
オペラ後半の劇的盛り上がりも、この舞台装置がなければ印象は半減していただろう。

日程上NHKホールになったのだろうが、オペラハウスで見慣れると、やはりこのホールはチープな感じが否めない。

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2009/06/14

「トリオ・ディ・クラローネ」@トッパンホール

最近よく耳にする言葉に「草食系」「肉食系」というのがあるが、この分類でいえばさしずめ私など「雑食系」とでも言おうか。
とにかく何でも食べる、好き嫌いなしという訳だ。
今日も今日とて「クラリネットの演奏会? なんで又?」という家族の不審の声を背中に、6月13日トッパンホールの「トリオ・ディ・クラローネ」のコンサートに出向く。
ゲイジュツを理解しない人間に説明しても仕方ない。
室内楽の演奏はCDではよく聴くのだが、ライブを観る機会は少ない。オーケストラだと個々の楽器の音が取りにくく、今回はクラリネットの音色にシビレてこようという趣向だ。

管楽器の中で最もポピュラーなのはクラリネットではあるまいか。
かつてチンドンヤが町の中を練り歩いていたが、クラリネットは必須アイテムだった。子どもの頃見たサーカスには必ずジンタと呼ばれる演奏が流れていたが、そこでもクラリネットが主役だった。
昭和9年に流行した(生前ですけど)「サーカスの唄」の3コーラス目にもこの楽器の名前が出てくる。
「サーカスの唄」より
♪朝は朝霧 夕べは夜霧
 泣いちゃいけない クラリオネット
 ながれながれる 浮藻(うきも)の花は
 明日も咲きましょ あの町で ♪
哀愁を帯びた音色というのが、庶民に親しまれたのだろう。
もちろんクラシックの世界でもクラリネットは大活躍である。

【演奏者】
トリオ・ディ・クラローネ
・ザビーネ・マイヤー(クラリネット)
・ヴォルフガング・マイヤー(クラリネット)
・ライナー・ヴェーレ(クラリネット)
コンラート・エルザー(ピアノ)
【プログラム】
メンデルスゾーン:コンツェルトシュトゥック第2番 ニ短調 Op.114
シューマン:3つのロマンス Op.94
シューマン:おとぎ話 Op.132
<休憩>
シューマン(J.ミヒャエルス編):5つのカノン風練習曲 Op.56
シューマン:幻想小曲集 Op.73
メンデルスゾーン:コンツェルトシュトゥック第1番 ヘ短調 Op.113
他にアンコール2曲

「トリオ・ディ・クラローネ」はザビーネ・マイヤーを中心としたクラリネット・トリオで、ヴォルフガング・マイヤーは兄で、ライナー・ヴェーレは彼女の夫という家族的な構成だ。
経歴を見ると、ザビーネ・マイヤーはカラヤンの招きでベルリン・フィルに所属していた時期があるが、彼女が初の女性団員だったとのこと。オーケストラ内部の確執や、彼女がソロにむいているなどの理由から短期で退団したようだ。
他の2人の奏者が椅子に座って静かに演奏するのに対し、ザビーネは立ったまま身体全体を揺らしてダイナミックに演奏する。

休憩時間の周囲の会話を聞いていると、殆んどの人がクラリネットを手にしたことがあるようで、私のような門外漢は少数派だったと思われる。
クラリネットのコンサートは初めてだが、その艶やかな音色にウットリしてしまった。
クラリネットが2本のときは、1本はクラリネット、もう1本はバセットホルンという楽器で、通常のクラリネットより4度低い音を出す。
このクラリネットとバセットホルンがある時は競い合い、ある時は協調し、ある時は会話を交わすという具合に、実に美しい音を響かせるのだ。
ピアノも素晴らしく、例えばメンデルスゾーンのコンツェルトシュトゥック第1番では、3者の技巧をこらした掛け合いが披露された。

こうしたコンサートで感じるのだが、一流の演奏家というのは例外なく姿・形が美しい。男女は問わずだ。
この日のザビーネ・マイヤーもそうだった。
例に出して悪いが、この度イギリス政府より男性のナイトに相当する「デイム」の称号が授与されることが決まったピアニストの内田光子さん、決して世間的にいう美人ではないが、その容姿は実に優雅で美しい。
こういう発見も、ライブの楽しみの一つである。

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2009/03/06

歌曲の森第3篇「クリストフ・プレガルディエン」

Photo3月5日は《歌曲(リート)の森~詩と音楽 Gedichte und Musik~》 第3篇「クリストフ・プレガルディエン」を観賞にトッパンホールへ。
1回目のマーク・パドモア、2回目のイアン・ボストリッジに続くシリーズ3回目で、これで完走となる。
生まれてはじめてドイツ・リートなるものに接し、魅力にとりつかれてしまった。歌唱はもちろん、ホールも客筋も良く、芳醇な時を過ごすことができたことを感謝している。
トッパンホールは音響が素晴らしいのだが、例えばエントランスにあるベンチにヒーターが入っているのはとても親切だ。こういう細かな心遣いが嬉しい。

《出演者》
クリストフ・プレガルディエン(テノール)
ミヒャエル・ゲース(ピアノ)
《プログラム》
今回の作品全てはハインリヒ・ハイネの詩によるもの。
【シューマン】
海辺の夕暮れ Op.45-3/憎悪し合う兄弟 Op.49-2/きみの顔 Op.127-2/きみの頬を寄せたまえ Op.142-2/二人の擲弾兵 Op.49-1/ぼくの愛はかがやき渡る Op.127-3/ぼくの馬車はゆっくりと行く Op.142-4
【シューベルト】
「白鳥の歌》 D957より」
漁夫の娘/海辺で/都会/影法師/彼女の絵姿/アトラス
~休憩~
【シューマン】
《詩人の恋》 Op.48 全曲

テノールのクリストフ・プレガルディエンは、前の二人と違って堂々たる体格の持ち主。同じテノールでも彼の場合はバリトンに近く、低音がよく響く。
声量はたっぷりだし、両手を前に突き出して朗々と歌い上げるスタイルは、リートというよりオペラのアリアを聴いているような気分になる。
ドラマチックな歌唱で、「二人の擲弾兵」や「都会」「影法師」のような曲は胸が打たれる。
反面、前の二人に比べドイツ・リートの叙情性にはやや欠けていた印象を受けた。これは選曲の問題かも知れないが。
ミヒャエル・ゲースのピアノは、クリストフ・プレガルディエンの歌唱に負けず劣らずドラマチックで、度々主役の座を奪っていた。歌手の伴奏というよりは、ピアノ演奏に合わせて歌手が歌う場面があった。
リートではピアノがとても大事なのだが、今回のコンサートはそのことをより強く印象付けられた。

今回のコンサートの主催者が本シリーズの目的を、「心渇く現在(いま)という時代にあって、心静かに満ちる時間をお客さまと共有できることを願っています」としていたが、その目標は十分達せられてと思う。

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2009/02/03

ジェロの新曲「晴れ舞台」は良いですよ

1月末発売のジェロの新曲「晴れ舞台」、「NHKみんなの歌」で放映されていたのでご存知の方もおられると思いますが、初めて聴いたときに胸がジーンときました。
「晴れ舞台」
歌手:ジェロ
作詞:中村中
作曲:中村中
歌詞の全文は歌ネットに掲載されていますので、そちらをご覧ください。

歌詞の終わりが
♪もうじき暗い 幕が開くよ
おいらの姿 見ててください♪
となっていますが、自分の人生を振り返りながら故郷の母への想いを歌ったもので、ジェロの自伝的な歌詞になっています。
それはまた同時に、詞曲の中村中の人生をも投影しているかのようです。

ジェロという歌手、声も良いし歌唱力もありますが、今ひとつ歌に感情がこもっていないところから、あまり評価をしていなかった。
しかしこの曲は違います。新曲発表の時にジェロが歌いながら涙を流したと伝えられていますが、確かに魂がこめられています。
ブルース調のメロディもジェロの歌唱にフィットしていて、久々に感動を味わうことができました。

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2008/11/25

最高だった「イアン・ボストリッジ」@トッパンホール

Photo11月24日トッパンホールで行われたイアン・ボストリッジのコンサートは、シリーズ「歌曲(リート)の森」~詩と音楽第二編~として、主にハイリッヒ・ハイネの詩に、シューマンとブラームスが曲を付けたものを中心に選曲されていた。
ボストリッジというとつい数年前までは「新鋭」という肩書きがついていたが、今や世界的なテノールの声楽家として名声を博している。

CDの録音を聴いて、身長の高いスリムな人を想像していたが、その通りだった。風貌は歌手というよりは学者、研究者に近い。それもその筈ボストリッジは、オックスフォード大学で歴史学と哲学を学び、博士号を取得して後に、本格的に歌手としてのキャリアをスタートさせた。
当日のプログラムの前書きで磯山雅という人が面白いことを書いている。それは声楽を学ぶ学生は歌曲とオペラに専攻が分かれる。歌曲を選ぶ人は、声量はもうひとつだが繊細な感受性に秀でた人が多く、その結果博士課程は歌曲の人によって占められるのだそうだ。オペラ専攻に人に叱られそうだが、適正ということからすれば、そういう面があるのだろう。

当日のプログラムは次の通り。

イアン・ボストリッジ(テノール)
ジュリアス・ドレイク(ピアノ)

シューマン:きみの顔 Op.127-2
シューマン:きみの頬を寄せたまえ Op.142-2
シューマン:ぼくの愛はかがやき渡る Op.127-3
シューマン:ぼくの馬車はゆっくりと行く Op.142-4
シューマン:《リーダークライス》 Op.24
(休憩)
ブラームス:夏の夕べ Op.85-1
ブラームス:月の光 Op.85-2
ブラームス:海をゆく Op.96-4
ブラームス:死、それは冷たい夜 Op.96-1
ブラームス:《プラーテンとダウマーの詩による 9つのリートと歌》 Op.32(*)
註)詩はいずれもハイリッヒ・ハイネで、*印の作品のみブラーテンとダウマー

ハイネの詩は詩集「歌の本」から選ばれているようで、従妹に失恋した心の悲しみを詠ったものが多い。
解説によれば、シューマンの作品はクララとの恋の悩みを重ねたものとある。
そういえば私も若かりし頃、毎夜ハイネの詩集を開き、恋の悩みに浸ったことがあったっけ。本当ですよ。
ブラーテンは「憂愁の詩人」と呼ばれ、一方ダウマーは翻訳家で今回の作品はペルシャの詩人ハーフィズの訳詩とのこと。

リートの歌手の多くは一ヶ所に立ってあまり動かないが、ボストリッジは常に身体を動かしながら歌う。舞台を前後左右に、ある時はピアノに寄りかかり、ある時は両手をポケットに入れたり胸の前で組んだり、顔も右に左に前に、それも上を向いたり下を向いたり、ジッとしていることは殆んどない。

さてコンサートの感想だが、これが実に良かった。どう良かったは言葉に表せないほどだ。例えて言えば、とても美味しい料理を食べた時「美味い!」としか言えない、それと同じである。
ボストリッジの特長は先ずは声だ、リリックなテノールで素晴らしい美声の持ち主である。どの曲も表情豊かに歌い上げるのだが、それでいて爽やかなのだ。ビールでいえば、コクがあるのにキレがあるという所だろうか。
それにドイツ語の美しさだ。人間というものは、かくも美しい言葉を紡ぐものかと感心させられる。
加えて伴奏のジュリアス・ドレイクのピアノが又実に良い。胸に染み入るような音は、時に胸が締め付けられるような切なさを覚えた。

この日の観客のマナーも良かった。歌が終わりピアノの終音が完全に消え、静寂の時を経て後に拍手が起きた。コンサートの中には、曲が終わるや否や拍手を送る野暮な客も多い昨今である。
観客も演奏会の一員であることを改めて認識した。
私が聴いたクラシックコンサートの中でも、今回がベストだったと思う。

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2008/11/23

アルメニア・フィルハーモニー管弦楽団@東京OC

Manoukian先年エルサレムを訪問した際に、アルメニア正教の立派な教会があり驚いたことがある。その時アルメニアが世界で最初にキリスト教を承認した国であることを知った。だから今でもアルメニア正教は権威があるのだ。
アルメニアは又、ハチャトリアンを生んだ国としても知られている。
ソ連時代はソ連邦に組み込まれていたが、現在は独立して独立国家共同体(CIS)の一員となっている。
その国からアルメニア・フィルハーモニー管絃楽団が初来日しての公演、11月22日は東京オペラシティでの演奏会があった。楽団の設立当時からロシアとの関係が深く、現在も演奏曲目の多くはロシアの作曲家の作品が多いようだ。
いつものクラシックコンサートに比べ若い観客が多かったようだが、演奏曲目がポピュラーな選曲のせいだろうか。

指揮者:エドゥアルド・トプチャン
ヴァイオリン:カトリーヌ・マヌーキアン(写真)
管弦楽:アルメニア・フィルハーモニー管弦楽団
(コンサートマスター:セルゲー・アジジアン)
マヌーキアンはカナダ人だがアルメニアの血をひいているとのこと。

当日のプログラムは次の通り。
ハチャトゥリアン 「バレエ組曲「ガイーヌ」より 剣の舞、レスギンカ舞曲 ほか」
チャイコフスキー 「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調」
リムスキー=コルサコフ 「交響組曲『シェヘラザード』」

一曲目のハチャトリアン「ガイーヌ」よりの演奏が始まる。生き生きとした楽しそうな演奏ぶりで、自国の偉大な作曲家への誇りを感じる。
二曲目のチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」だが、実はライブでこの曲を聴くのは初めてだった。ヴァイオリニストの高度な技巧が要求される、難曲中の難曲だということが良く分かった。
マヌーキアンに一言、舞台ではもっと優雅に歩いて欲しい。私が見たところでは、一流の演者は揃って立ち振る舞いが優雅である。
隣席の若い男性は演奏開始後すぐに熟睡状態に入り、演奏終了直前に目を覚ましていたが、終わると盛大な拍手を送り続けていた。演奏者は拍手に騙されぬよう気を付けねばなるまい。
三曲目のリムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」は、スマートさよりエネルギッシュで泥臭さが強い演奏だったと思う。こういう演奏もアリだろうが、ただ全体にやや粗い印象を受けた。
アンコール曲はボロディンの「ダッタン人の踊り」を、これも楽しそうに。

こういう肩の凝らないコンサートも良い。

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