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2023/12/27

戦後を代表する女性歌手「二葉あき子」

戦後といえば、通常は1945年に敗戦を迎えたアジア太平洋戦争(大東亜戦争)後を指すが、戦争直後ということでここでは1946-1950年の5年間を一区切りとする。
この期間を代表する歌謡曲の歌手は、男性なら「岡春夫」になる。出す曲は片っ端からヒットし、今でもカラオケでは歌われることが多い。
女性歌手ならどうだろうか、一人名前をあげるなら「二葉あき子」になる。
なかには美空ひばりという人もいるだろうが、デビュー曲も最初のヒット曲も1949年だ。先日、ある記事を見ていたら「焼け跡にひばりの歌声が流れて」なんていう表現があったが、時代錯誤も甚だしい。1949年には焼け跡は無かった。
二葉あき子は広島の出身だ。芸名は出身地名の「二葉」と「安芸の国」から取っ手いる。
東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)師範科卒業後は、郷里の女学校の教師をしていた。
1936年春、コロムビアの専属となり、1939年に『古き花園』が大ヒットし人気歌手の仲間入りを果たす。
1940年に藤山一郎との共唱で『なつかしの歌声』、1941年に高橋祐子との共唱で『めんこい仔馬』がヒットする。
1945年には帰郷していた広島で原爆投下にあうが、乗っていた汽車がトンネルの中だったために助かる。
戦後、最初のヒット曲は1946年の『別れても』で、元は1939年に別の歌手が歌ったものだ。ある歌謡番組では、原爆で亡くなった方への鎮魂歌として歌ったという紹介があった。
1947年にヒットした『夜のプラットホーム』は、元は戦時中に外国の曲を装って作られた『待ち侘びて』で、当局から発売禁止となっていたものを、二葉あき子がレコーディングした。
1948年に大ヒットした『フランチェスカの鐘』、最初のレコーディングではセリフが入っていたが、評判が悪かったので翌年にセリフ無しの再吹き込みを行っている。
1948年にヒットした『恋の曼珠沙華』は、『三百六十五夜』のB面としてレコーディングしたもの。
同年には『さよならルンバ』がヒット。
1949年の『恋のアマリリス』は、『青い山脈』のB面としてレコーディングしたものだが、両面ともにヒットした。
1950年の『水色のワルツ』は大ヒットし、
同年には民話調の『村の一本橋』がヒット。
この年は『バラと蜜蜂』が、これもまたB面だがヒットした。
1951年には、和風シャンソンの傑作ともいうべき『巴里の夜』がヒット。
NHK紅白歌合戦にも1951年の第1回から1959年の第10回まで10回連続出場した。
こうして並べてみても、二葉あき子が戦後を代表する女性歌手であることが分かる。

2023/12/20

嫌いな歌謡曲

好きな曲については以前に書いたが、嫌いな曲もある。
ここでは有名な曲を4曲とりあげる。
①二葉百合子「岸壁の母」(オリジナルの菊池章子歌唱はOK)
②島倉千代子「東京だョおっ母さん」
③森進一「おふくろさん」
④美空ひばり「柔」
4曲に共通しているのは「押し付けがましい」だ。
①の「岸壁の母」はとても良い曲だ。
戦後、主に当時のソ連に抑留されて、いつ日本に帰国できるか分からない息子を日々待ちわびる母親の姿を描いたもので、菊池章子が歌って大ヒットした。菊池章子はこの曲を何度も泣きながらレコーディングしたと言う。
そうした名曲を二葉百合子は過剰なお涙頂戴なクサイ歌唱で台無にしている。こういう曲だからこそ、抑制的に歌わねばならない。
②から④に共通しているのは「押し付けがましさ」だ。
これらは歌唱の問題ではなく、曲自身が嫌いだ。
「東京だョおっ母さん」は、戦前ヒットした「九段の母」の焼き直しといって良い。歌詞も曲も古臭い。
「おふくろさん」「柔」は、教訓臭が強すぎる。歌で説教されたくないね。
②③は母子の情愛を歌ったものだが、心に響かない。
これが山口百恵「秋桜」だと、何度聴いても涙が出てくる。
私は母親との折り合いが悪く、結婚で家を出るときに母から「お前のただ一つの親孝行だ」と言われた。
私は私で解放感に浸った。
そういう経験が「秋桜」の涙として反作用を生んでいるのかも知れない。
歌を聴くときも、自分の人生が反映されるのだ。

2023/12/15

コロムビア・ローズ(初代)論

年配の歌謡曲ファンにとっては懐かしい名前として、そうでない方も名前は知ってる人は多いだろう。
コロムビア・ローズ(初代、以下同じ)は昭和20年代後半から30年代にかけて活躍した女性歌手だ。
1951年(昭和26年)、「第2回日本コロムビア全国歌謡コンクール」で優勝し、日本コロムビアに入社した。
コロムビアレコードでは有望な歌手に社名をつけることがあり(ミス・コロムビアの前例あり)、ローズは戦後有名だった東京ローズに因んだという説があるが、東京ローズは当時批判も多かったところからこの説には疑問が持たれている。
コロムビア・ローズは当初、アイマスクした覆面歌手として1952年にレコードデビューした。
デビュー曲の「娘十九はまだ純情よ」
次いで「リンゴの花は咲いたけど」
とたて続けにヒットを飛ばした。しかし、その後の2年間はヒットに恵まれない時期を迎えた。
この状況を打ち破ったのはコロムビアの文芸路線だ。
1954年に「哀愁日記」がヒット。
翌年の1955年には、玉ノ井の娼婦を描いた「渡り鳥いつ帰る」がヒットし、
以後は、揺れる女心を陰影をつけて巧みに表現する歌唱力に磨きがかかる。
同年の「かりそめの唇」
1956年に「しあわせはどこに」
続いて「どうせ拾った恋だもの」
と文芸路線のヒット曲が続く。
ここで再び路線転換が図られる。彼女が持っている清新な歌声を活かした曲、
1957年に「東京のバスガール」が大ヒットし、
続いて「プリンセス・ワルツ」がヒットする。
最初に「東京のバスガール」を聴いたとき、こんな歌を敢えてコロムビア・ローズに歌わせる必要がないのではと思ったが、聴き直してみると明るい歌声の中にペーソスがあり、やはりコロムビア・ローズでなければあれ程のヒットにはならなかっただろう。
しかし、彼女は歌手生活10周年を前にして1961年に突如引退しまう。
引退理由は結婚とされていたが、真相はよく分からない。
コロムビア・ローズの魅力は声の美しさにあり、特に中音から高音にいたる歌声の美しさは同年代の歌手の中でもずば抜けている。
歌唱力も昭和30年代の女性歌手としてはナンバーワンだったという評価がなされている。

2023/12/01

『リンゴの唄』と日本の戦後

作家の片岡義男が書いた『歌謡曲が聴こえる』を読んだ。以前に出版された本だが、月刊誌『図書』に片岡がジャズやシャンソンのディスクについて連載しているので、歌謡曲についてどういう関心を持っているかが興味があった。
片岡は私より5歳年上なのでほぼ同時代といって良く、本書でとり上げた曲の大部分は私にとってもお馴染みだ。
なかには物心のつく年齢以前の曲もあるが、子どもの頃は生活の中心がラジオであり、それも一日中つけっ放しの状態だったから、歌謡曲は常に耳慣れていた。
戦後の歌謡曲が『リンゴの唄』に始まるのは衆目の一致するところだろう。敗戦からわずか3か月後の昭和45年11月に映画『そよかぜ』が公開され、その主題歌として『リンゴの唄』が作られた。
『そよかぜ』はGHQ(実質は米軍)が検閲許可した日本映画の第1号で、『リンゴの唄』も検閲許可されたものだ。
映画『そよかぜ』は、元々は終戦間際の戦意高揚映画『百万人の合唱』として制作されたものだったが、こちらは当時の軍部の検閲に撥ねられ公開されずに終わっていた。その原因としてサトウハチローが書いた主題歌の作詞が、時局に相応しくないとされたようだ。
映画会社『松竹』は、お蔵入りだった『そよかぜ』をそっくり戦後の物語に改め、GHQの検閲に引っかからぬよう細心の注意を払って作り直した。一億総玉砕から一億総懺悔へ、軍国主義から民主主義への大転換に時流に乗ったわけだ。
主題歌『リンゴの唄』の作詞はサトウハチローだが、これは映画『百万人の合唱』の主題歌の歌詞をそのまま使ったもののようだ(異説あり)。片岡によれば、この詩には戦時中に犠牲になった多くの子どもたちへの鎮魂の意味が込められているという。
作曲は万城目正。
歌手は並木路子だが、レコードの吹き込みは霧島昇とのデュエットだ。これは霧島が強く希望したもので、コロムビアレコードとしても霧島の要望は受け容れざるを得なかったのだろう。
並木路子は松竹歌劇団(SKD)の団員として、兵士の慰問活動を行っていた。東京大空襲の際は東京の自宅で被災し、母親は死亡。彼女は火に追われて隅田川に飛び込んだが泳ぎが出来ず溺れていたところを助けられた。兄は出征したまま死亡している。
そんな状況の中でのレコーディングは並木にとって辛い思いがあったのだろう。万城目正から何度も「もっと明るく歌うように」という指示が繰り返されたという。
かくして行進曲風の明るい歌でありながら、どこかもの悲しい部分をも感じさせるこの曲は空前の大ヒットとなった。
『リンンゴの唄』は、その制作過程から作詞作曲家や歌手の人生そのものを反映したものであり、戦後日本の大転換を象徴した作品となっている。

2023/09/24

私の好きな曲(洋盤)

好きな曲を集めてみました。今回は洋盤です。
リストアップしたところ、大半の曲がスタンダード・ナンバーになりました。
()内は日本語のタイトル、グループ名の定冠詞「The」は省力しています。
太字は特に好きな曲です。

Ames Brothers「Moonlight Serenade」(ムーンライトセレナ-デ)
Andrea Bocelli 「Quizas Quizas Quizas」(キサス)
Andy Williams「The Shadow Of Your Smile」(いそしぎ)
Barbra Streisand「Woman In Love」(ウーマンインラブ)
Barry Manilow「Copacabana」(コパカバーナ)
Beatles 「While My Guitar Gently Weeps」 (ホワイルマイギタージェントリーウイープス)
Bee Gees「Massachusetts」(マサチューセッツ)
Billy Joel「Honesty」(オネスティ)
Bing Crosby「Siboney」(シボネ-)
Bobby Darin「Mack the Knife」(マックザナイフ)
Bonnie Guitar「Dark Moon」(ダークムーン)
Carol Sloane「hush-a-bye」(ハッシャバイ)
Carpenters「Yesterday Once More」(イエスタデイワンスモア)
Celtic Ladies「Greensleeves」(グリーンスリーブス)
Cesaria Evora「Besame Mucho」(ベサメムーチョ)
Chase Webster「Moody River」(涙のムーディリバー)
CLAUDIO VILLA「La novia」(ラノビア)
Diamonds「Little Darlin'」(リトルダーリン)
Domenico Modugno「Nel Blu Dipinto Di Blu」(アルディラ)
Eagles「Hotel California」(ホテルカリフォルニア)
Edith Piaf「Sous le Ciel de Paris」(パリの空の下)
Edmundo Rivero「El choclo」(エルチョクロ)
Ella Fitzgerald「Misty」(ミスティ)
Elvis Presley「Can't Help Falling In Love」(愛さずにはいられない)
Engelbert Humperdinck「QuandoQuandoQuando」(クアンドクアンドクアンド)
Frank Sinatra「Strangers In The Night」(夜のストレンジャー)
Harry Belafonte「Venezuela」(恋のベネズエラ)
Marceau Camille「Jambalaya」(ジャンバラヤ)
Jerry Vale「Al- Di- La」(アルディラ)
John lennon「imagine」(イマジン)
Jose Carreras「Ah! Maria, Marí」(マリアマリ)
Julie London「Cry Me A River」(クライミアリバー)
Kingstone Trio「Where Have All The Flowers Gone」(花はどこへ行った)
Mamas & The Papas「California Dreamin'」(夢のカリフォルニア)
Matt Monro「Love is a many splendored thing」(慕情)
Maurice Chevalier「I love Paris」(アイラブパリ)
Michael Martin Murphey「Red River Valley」(レッドリバーバレー)
Nat King Cole「too young」(トウヤング)
Patti Page「Lover Come Back To Me」(恋人よ我に帰れ)
Paul Robertson「Oldman River」(オールドマンリバー)
Pedro Infante「Cielito Lindo」(シェリトリンド)
Peggy Lee「journy gitter」(ジャニーギター)
Perry Como「The Rose Tattoo」(薔薇の刺青)
Peter, Paul and Mary「Blowing in the Wind」(風に吹かれて)
Platters「Twilight Time」(トワイライトタイム)
Queen「Bohemian Rhapsody」(ボエミアンラプソディ)
Righteous Brothers「Unchained Melody」(アンチェンドメロディ)
Simon & Garfunkel「The Sounds Of Silence」(サウンドオブサイレンス)
Brothers Four「The Green Leaves Of Summer」(グリーンリーブスオブサマー)
Four Lads「Istanbul」(イスタンブール)
Tony Bennett「I left my heart in San Francisco」(想い出のサンフランシスコ)
Yves Montand「Les Feuilles Mortes」(枯れ葉)
Д.Хворостовский「Очи черные」(黒い瞳)

2023/09/22

私の好きな曲(邦盤)

好きな曲を集めてみました。今回は邦盤です。
誰もが知ってる有名な曲から珍しい曲まで、順不同でリストアップしました。
太字は最も好きな曲です。

エト邦枝「カスバの女」
コロムビアローズ(初代) 「渡り鳥いつ帰る」
ザ・タイガース「花の首飾り」
ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」
ディック・ミネ「夜霧のブルース」
テレサテン「つぐない」
トワ・エ・モア「誰もいない海」
ハイファイセット「フィーリング」
はしだのりひことシュ-ベルツ「風」
ビリーバンバン「さよならをするために」
ピンキーとキラーズ「涙の季節」
フランク永井 「こいさんのラブ・コール」
ペドロ&カプリシャス「別れの朝」
もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」
ラッツ&スター「街角トワイライト」
井上陽水「いっそセレナーデ」
岡晴夫「青春のパラダイス」
岡本敦郎「リラの花咲く頃」
音丸「船頭可愛や」
加山雄三「旅人よ」
灰田勝彦「鈴懸の径」
岸恵子「ハワイの夜」
岸洋子「希望」
岩崎宏美 「すみれ色の涙」
近江俊郎「南の薔薇」
五輪真弓「恋人よ」
荒木一郎「いとしのマックス」
高峰三枝子「湖畔の宿」
坂本九「サヨナラ東京」
三橋美智也「リンゴ村から」
山口百恵「秋桜」
舟木一夫「花咲く乙女たち」
小畑実「星影の小径」
小林旭「惜別の唄」
松島詩子「マロニエの木陰」
織井茂子「君の名は」
森進一「襟裳岬」
水原弘「黄昏のビギン」
菅原洋一「今日でお別れ」
西田佐知子「エリカの花散るとき」
青木光一「柿の木坂の家」
石原裕次郎「鷲と鷹」
石川さゆり「天城越え」
大橋純子「シルエット・ロマンス」
竹山逸郎・藤原亮子「誰か夢なき」
中森明菜「セカンド・ラブ」
天地真理「若葉のささやき」
島倉千代子「からたち日記」
藤山一郎「夢淡き東京」
奈良光枝・近江俊郎「悲しき竹笛」
二葉あき子「巴里の夜」
倍賞千恵子「瞳とじれば」
美空ひばり「ひばりの佐渡情話」
霧島昇「夢去りぬ」
来生たかお「夢の途中」
李香蘭「夜来香」
林伊佐緒「麗人草の歌」
増田多夢(パラキン)「カプチーナ」

2023/06/22

♪自衛隊に入ろう♪

「自衛隊に入ろう」
作詞:高田渡
作曲:高田渡

みなさんこの中に
自衛隊に入りたい人はいませんか
ひと旗あげたい人はいませんか、
自衛隊じゃ人材求めてます。

♪自衛隊に入ろう 入ろう 入ろう
 自衛隊に入ればこの世は天国
 男の中の男はみんな
 自衛隊に入って花と散る

スポーツに感動した方がいましたら
今すぐ自衛隊におこし下さい
やりでも鉄砲でもなんでもありますよ
自衛隊は体が資本です。

♪自衛隊に入ろう 入ろう 入ろう
 自衛隊に入ればこの世は天国
 男の中の男はみんな
 自衛隊に入って花と散る

日本の平和を守るためにゃ
鉄砲やロケットがいりますよ。
アメリカさんにも手伝ってもらい、
悪いソ連や中国をやっつけましょう

♪自衛隊に入ろう 入ろう 入ろう
 自衛隊に入ればこの世は天国
 男の中の男はみんな
 自衛隊に入って花と散る
 自衛隊に入って花と散る
 自衛隊に入って花と散る

 

2023/02/02

美しい日本の歌

かつては教科書に載っていたが、今ではあまり耳にしない美しい歌を集めてみた。
日本の原風景が文語体で描かれていて、これからも残しておきたい曲ばかりだ。
ある程度の年配の方なら、メロディも浮かんでくるだろう。

『ほととぎす』
1 
おぐらき夜半を 独りゆけば  
雲よりしばし 月はもれて
ひと声いずこ 鳴くほととぎす 
見かえる瞬間(ひま)に 姿消えぬ
夢かとばかり なおもゆけば  
またも行手に 暗はおりぬ
2 
別れし友よ 今はいずこ    
今宵の月に 君を想えば
心は虚ろ 思い出消えず    
悩める胸に 返るは彼の日
星影たより ともに語りし   
昔の言葉 今ぞ偲ぶ

『星の界』

月なきみ空に きらめく光
嗚呼その星影 希望のすがた
人智は果てなし 無窮の遠(おち)に
いざその星影 きわめも行かん

雲なきみ空に 横とう光
嗚呼洋々たる 銀河の流れ
仰ぎて眺むる 万里のあなた
いざ棹させよや 窮理の船に

『旅愁』

ふけゆく秋の夜 旅の空の
わびしき思いに ひとり悩む
恋しやふるさと なつかし父母
夢路にたどるは さとの家路
ふけゆく秋の夜 旅の空の
わびしき思いに ひとり悩む

窓うつ嵐に 夢もやぶれ
はるけきかなたに 心まよう
恋しやふるさと なつかし父母
思いに浮かぶは 杜のこずえ
窓うつ嵐に 夢もやぶれ
はるけきかなたに 心まよう

『冬景色』

さ霧消ゆる 湊江の
舟に白し 朝の霜
ただ水鳥の 声はして
いまだ覚めず 岸の家

烏啼きて 木に高く
人は畑に 麦を踏む
げに小春日の のどけしや
かへり咲の 花も見ゆ

嵐吹きて 雲は落ち
時雨降りて 日は暮れぬ
若(も)し灯火の 漏れ来ずば
それと分かじ 野辺の里

『浜辺の歌』

あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も

ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも

はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれひじし
病みし我は すべていえて
浜の真砂 まなごいまは

2022/12/12

爺さんたちのゴキゲンな歌声

ユーチューブを見ていると、思いがけない懐かしい歌声に出会うことがある。
「フォーラッド」という男声コーラスグループが1953年に歌って大ヒットした「イスタンブール」という曲がある。私が未だ小学生の頃だったが、日本語に訳した歌が様々な歌手によって歌われていた。
歌詞の中に「イスタンブール、昔のコンスタンティノープル」というフレーズがあり、これは歴史の勉強になった。
このメンバーが年代は不明だが、すっかり爺さんになって、あるコンサートホールで歌っているシーンがユーチューブにあった。
声こそ若い頃にはかなわないが、歌唱力はさほど落ちていないように思え感心した。
彼らの発音では、イスタンブールを「イスタンブー」と聞こえる。
日本人の場合、庄野真代の「飛んでイスタンブール」の影響からか、語尾の「ブール」にアクセントを置いてしまうが、現地での発音は「イスタンブー」に近かった。
もう一組、「ダイヤモンズ」という男声グループが1957年に大ヒットした「リトル・ダーリン」という曲がある。軽快でコミカルな曲で、日本語訳の歌も多くの歌手によって歌われヒットした。
このメンバーが、再結成して2004年にライブを行っていたシーンがユーチューブにあるが、いい爺さんになった彼らが、若い頃に負けない愉快なパフォーマンスを披露している。
こういう姿を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
両方のコンサートとも、歌い終わると観客がスタンディングオベーションで大きな声援と拍手で応えていたのが印象的だった。
まさか全員が歌手と同年代とは思えず、レジェンドを讃える姿は清々しい。
こういう所は、私たちも見習う必要があるかも。
人間、歳をとれば声は落ちるし、それをカバーしようとして歌唱力まで落ちてしまがちになる。懐メロ番組で感じる事が多い。
しかし、歌手によってはそうならない人もいる。
例えばイブ・モンタンは、若い頃より年配になってからの方が歌に深みが増して心に響く。
だいぶ以前のことだが、「ペリー・コモ」の来日公演があったが、もう年齢が70代後半になっていたので期待できないとみてチケットを取らなかった。後日、TVで公演の録画があったを見て失敗したと思った。楽譜を片手に歌っていて、声は全盛期には及ばないが、歌唱力はペリー・コモそのものだった。行けば良かったのだ。
同様の時期かと思うが、柳家小三治が米国に行った時、たまたまペリー・コモのライブを見に行って同じ様な感想を述べていたっけ。
こちらもユーチューブで見ることが出来る。
自分が80歳に近づき、体が段々いう事を聞かなくなってきたので、爺さんたちの歌声には励まされる。

2022/11/23

島倉千代子「からたち日記」

先日あるNHKの歌謡番組で、坂本冬美が島倉千代子の「からたち日記」をカバーして歌ったが、あれこんなツマラナイ曲だったっけと思った。これだけツマラナク歌った、先輩歌手のへのリスペクトの欠片もない坂本冬美の歌唱には、妙に感心したのだが。
「からたち日記」は1958年の発売で、この曲を歌う時に島倉が一筋の涙を流すのが評判になったが、未だTVが一般に普及する前で、これを自慢げに話すクラスメイトが羨ましかった。
島倉の歌唱の最大の特徴は歌への感情移入だ。「泣き節」とも称されるが、単なる泣き節だと歌が臭くなってしまう。そうならないのは島倉の品の良さだ。
「口づけすらの思い出を」残してくれないまま去って行った愛しい人への一途な思いが聴き手に伝わってくる。
これは、「逢いたいなァあの人に」「哀愁のからまつ林」「夕月」などの曲の歌唱にも共通している。
この特徴を最も端的に表しているのが、東海林太郎の曲をカバーした「すみだ川」だろう。オリジナルとは別ものと思われるほどだ。
芸者に身をやつしたために逢えなくなった人を求めて、毎日すみだの畔をさまよい歩く一途な娘心の姿が心に沁みる。やっと逢えた二人に、こちらも「良かったねぇ」と共感してしまう。
これだけ聴き手の心を動かす歌手は、島倉以外には思い浮かばない。

話しは変わるが、NHKの歌謡番組に音程すらまともに取れない歌手が出てくるが、あれは何とかならないものか。素人のど自慢じゃあるまいし。
NHKは受信料を徴収しているのだから、出演させる歌手には品質保証する義務があるべきだろう。
それと司会者が、歌手が歌い終わるたびに「有難うございました」と礼を言うのは間違っている。司会者も歌手も同じ出演者なんだから、視聴者を前にして仲間内で礼を言うのは変だろう。

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