音楽

2016/12/16

年末は新日本フィル「第九」(2016/12/15)

今年も終わりに近づいたが、腹の立つことばかりだ。
安倍首相の目玉だったアベノミクスは失敗、TPPは実現不可。
国民の経済格差は拡がるばかり。
なにの内閣支持率は常に5割を維持って、どうなってんだ。
トランプが当選すると見るやいち早く駆け付けたが、オバマの不評を買ってあわてて真珠湾訪問を余儀なくされる始末。
意気込んでいたプーチンとの会談も、どうやら肝心の領土問題には進展がなさそうだ。
安倍首相はヤケにプーチンに肩入れしているが、米国大統領選挙にロシアが不正介入していたことが明らかになっているというのに、大丈夫かい?
おまけに年末のドサクサに紛れて、カジノ法案を成立させた。
無理が通れば道理引っ込む。


これも腹が立ったね。
米海兵隊オスプレイが沖縄県名護市安部の海岸に墜落した事故を巡り、安慶田光男副知事は12月14日、在沖米軍トップのローレンス・ニコルソン四軍調整官に抗議した際、「県民や住宅への被害がなかったことは感謝されるべきだと言われた」と明らかにした。米軍キャンプ・フォスターでニコルソン四軍調整官と面会後、記者団の取材に答えた。
安慶田副知事によると、ニコルソン四軍調整官は県の抗議に対し怒りをあらわにし、「抗議書にパイロットへの気遣いがあってもいいのではないか」などと反発したという。
何でオスプレイが落ちると沖縄の人たちは感謝せねばならないのか、わけ分からない。
どうやら米国は未だに沖縄を戦利品とみなし、植民地気分でいる。
愛国者を自称している連中の中に、沖縄の基地反対運動を非難し「反日」だの「シナ人」だのと悪罵を投げかけているのがいる。
真の愛国者なら、沖縄の現状にこそ怒りを燃やすのが本筋だろう。
先の米軍幹部の発言について、朝日の捏造だとSNSで拡散させたウスラトンカチ(古いね!)がいたらしい。
そうした手合いは、これからも後を絶たないだろう。

そう怒ってばかりもいられない、ここは年末定番の「第九」でもと。
以下の演奏会にでかける。

「新日本フィル『第九』特別演奏会2016」(トリフォニーホール公演)
日時:2016.12.15(木) 19:00
会場; すみだトリフォニーホール
<   プログラム   >
「ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調『合唱付き』」op.125
新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:フランチェスコ・イヴァン・チャンパ
ソプラノ:中村恵理
アルト:手嶋眞佐子
テノール:吉田浩之
バリトン:岡昭宏
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭

ウン、聴いていると確かに希望が湧いてくる気がするね。
イロイロあっても、
元気出して行きましょう!

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2016/10/08

フェルッチョ・フルラネット「ロシア歌曲」(2016/10/7)

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽Gedichte und Musik~第20篇「フェルッチョ・フルラネット」
日時:2016/10/7(金)19時
会場:トッパンホール

フェルッチョ・フルラネット(バス)
イーゴリ・チェトゥーエフ(ピアノ)
<   プログラム   >
ラフマニノフ:
運命 Op.21-1/夢 Op.8-5/リラの花 Op.21-5/夜の静けさに Op.4-3/
ここはすばらしい場所 Op.21-7/私は彼女の家に行った Op.14-4/時は来た Op.14-12/いや、お願いだ、行かないで Op.4-1/春の洪水 Op.14-11
ムソルグスキー:悲しげに木の葉はざわめく/あなたにとって愛の言葉とは何だろう/老人の歌/夜/風は激しく吹く
歌曲集《死の歌と踊り》トレパーク/子守唄/セレナード/司令官
他に、アンコールで3曲。

素晴らしい。
感動した。
と言えるコンサートなど滅多にないが、この日のフェルッチョ・フルラネットのコンサートは正にその通りだった。
先ず、声が良い。重低音はホールの壁まで震わせるがごとくであり、観客の肺腑にしみわたる。人体こそ最高の楽器であることを実感する。

プログラムの冊子に書かれているが、私たちに馴染みのある「ロシア歌曲」というのはロシア民謡まがいや、ソ連時代の歌謡曲(「カチューシャ」「ともしび」「バルカンの星の下に」などはソ連の戦時歌謡だ)か、せいぜいグリンカ、チャイコフスキーの曲の一部だった。
ところが冊子の解説者に言わせると、グリンカ、チャイコフスキーの曲は旋律の美しさ優先で作られているのだそうだ。
それに対してこの日のラフマニノフやムソルグスキーの曲はロシア語が優先されており、言語的拍節と音楽的拍節が一致していると書かれている。
確かにこれは歌曲の基本だ。
この点は残念ながらロシア語は拾い読み程度はできるが、アクセントやイントネーションには無知なので、曲を聴いていても理解はできなかった。

言語的拍節と音楽的拍節が一致といえば、日本の国歌として歌われる「君が代」は変だ。一致していないのだ。最終的にドイツ人が西洋的和声をつけたせいなのか、どうも歌詞と曲がピッタリこない。曲だけ演奏している分にはまだ良いのだが、「きぃみぃがぁよぉわぁ」と歌詞をつけて歌うとなんだか間延びしてしまうのだ。
閑話休題。

フェルッチョ・フルラネットの歌唱に戻るが、情感が素晴らしい。
ラフマニノフの曲では、冒頭の「運命」はタイトルから察せられる通り、最初にベートーベンの「運命」のメロディが流れ、運命が「友よ、幸福を追い回すのはやめろ!」と言いながら、コツコツコツと戸を叩く。フルラネットが歌うそのタップする音が身体の中まで響いてくる、ドラマチックな世界。
一転して「夢」や「リラの花」では抒情の世界を、「雪解け水」では雪国の春の息吹と迸る水の勢いを感じさせる。
ムソルグスキーの曲ではやはり「死の歌と踊り」が圧巻だった。4曲に分かれているが、いずれも死神が共通だ。「トレパーク」では貧しい農夫に、「子守唄」では母親が抱く幼子に、「セレナード」では病んだ娘に、「司令官」では戦場の兵士に、それぞれ死神が忍び寄る。
特に幼子を死に導こうとする死神と、必死に抵抗する母親する激しい争いは聴いていて心が打たれる。
「司令官」では戦が終わって骸となった兵士たちの上に巡回する死神こそが司令官だと宣言する。
19世紀末の疲弊したロシアの状況が描きだされている。

満足感と幸福感に満ちたコンサートだった。

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2016/09/23

たまにはクラシック「フレッシュ名曲コンサート」(2016/9/22)

第25回Kissポートクラシックコンサート「フレッシュ名曲コンサート」
日時:2016年9月22日(木・祝) 14:00
会場:サントリーホール
<  プログラム  >
「チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲 op.33」
指揮:大友直人
チェロ:堤剛
東京交響楽団

「ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 op.125 合唱付」
指揮:大友直人
ソプラノ:森麻季
アルト:八木寿子
テノール:福井敬
バリトン:福島明也
合唱:ミナトシティコーラス
東京交響楽団

たまにはクラシック音楽でも聴きに行かないと、先祖の助六に顔向けができないとばかり、秋のお彼岸の昼下がりサントリーホールへ。
それにしても毎日よく雨が降りますね。洗濯物は乾かないし部屋はジメジメするし、気分まで鬱陶しくなる。
そんなわけで季節外れの「第九」、といっても年末に「第九」というのは日本だけだそうですね。海外では大晦日に演奏するのを恒例としている楽団はあるそうだが、季節には拘っていないとか。
それと海外では日本ほど頻繁に「第九」は演奏されていないようで、曲が日本人好みなんだろう。

最初のチャイコフスキーのチェロ協奏曲は、堤剛の奏でる音色があまりに美しく、ついつい覚醒/レム睡眠を繰り返しつつ終了。つまり音だけはずっと聴き続けていたということ。

「第九」、恥ずかしながらナマで聴いたのは初だったが、やはり素晴らしい。CDの名盤でも比べ物にならない。どんな楽器よりも美しい人間の声、これはナマでしか体験できないと思った。
第4楽章の独唱と合唱では、前半の「歓喜の主題」から後半の「抱擁の主題」へと移り、やがて二つが重なりあってテンポアップしながらフィナーレを迎える所では、カタルシスに近い高揚感が得られる。
なるほど、この曲を聴いて新年を迎えたいという気持ちは分かる気がした。

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2016/03/01

薔薇とシンフォニー(2016/2/29)

「薔薇とシンフォニー~Time and space of a luxurious songs~」
日時:2016年2月29日(月)12時30分
会場:EX THEATER RPPONGI
出演:姿月あさと、島津亜矢

2月末日、「女房孝行特別強化月間」の最後を飾って、姿月あさと・島津亜矢ジョイントコンサートへ。1ヶ月前から妻がカラオケ、それも「ヒトカラ」に通いだした。どうやらその関係から歌謡曲のコンサートに行きたいと思い立ったらしい。当方としては気が進まなかったのだが、付きあうことに相成った。
演劇とくれば様々なジャンルの芝居を観てきたが、こと宝塚だけは行く気がしない。コンサートやライブには行くが、歌謡曲(「演歌」という言葉が嫌いなので)歌手のコンサートに行ったのは人生で3度しかない。島津亜矢については歌は上手い割には大きなヒット曲がない歌手という印象しかなかった。
気が進まなかったのはそうした理由からだ。

当日の楽曲は、
デユエット:5曲(うち1曲は10曲メドレー)
姿月あさと:10曲(うちオリジナル1曲)
島津亜矢:10曲(うちオリジナル2曲)
アンコール:3曲
ジャンルは歌謡曲が多く、他にJ-POP、海外の曲など。

全体の印象としては、声量、歌唱力ともに島津亜矢が圧倒していた。特に高音の伸びが素晴らしくマイクを通すと耳に刺さるような気がする程だ。一音一音に至るまで音程の狂いがなく、歌に情感がある。
ばってん荒川の曲をカバーした「帰らんちゃよか」には胸が打たれた。
「I WILL ALWAYS LOBE YOU」や「My Way」といった海外の曲も上手に歌いこなしていた。
感心したのはどの曲を歌っても自分の世界を持っていることだ。歌謡界のことは良く知らないが、恐らく現役の歌手の中で歌唱力はトップクラスだろう。
反面、都はるみや石川さゆりの様な歌手の名前と曲名が直ちに結びつくような大ヒット曲を持っていないのは、曲に恵まれなかったのか、それとも他に理由があるのか。そこが課題かな。

とにかく妻は大喜び。これにて「女房孝行特別強化月間」は無事終了!

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2015/11/04

チェコ・フィル「新世界より」に感動

「イルジー・ビエロフラーヴェク指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
ヴァイオリン:庄司紗矢香」
日時:2015年11月3日(火・祝)14時
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
<   プログラム  >
スメタナ:シャールカ ~連作交響詩「わが祖国」より
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 op.64 (ヴァイオリン:庄司紗矢香)
~休憩~
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」op.95
≪   アンコール曲   ≫
J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番より「ラルゴ」*)
スメタナ/オペラ《売られた花嫁》3つの舞曲より「スコーチュナ」
メンデルスゾーン/交響曲第5番より第3楽章
ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第9番
*)庄司紗矢香のソロ

以前にこのホールでD席を取って聴きに行ったら、ヴァイオリン協奏曲で肝心のヴァイオリニストの姿が見えなかったという悲劇に遭遇した。これに懲りて今回はC席のチケットを取ったが、これが当り! オーケストラの向かて左側中央の最前列で、指揮者の表情や楽器の動きが手に取るように分かる。特等席ですね。臨場感がまるで違う。唯一の欠点は協奏曲の時にヴァイオリン奏者の表情が分からなかった事だ。

先ず、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」が素晴らしかった。クラシックのコンサートでこれ程感動したのは久々だ。音楽は門外漢なので技術的な事は分からないが、作曲家が機械文明のアメリカから抱いた遥かに祖国ボヘミアへの郷愁の思いがヒシヒシと伝わる。隣の席の女性は何度かハンカチで涙を拭っていたし、同行の妻は演奏終了時に思わず立ち上がって拍手しようと思ったと言っていた。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、美音でヴァイオリンに泣かせるような演奏が私の好みなので、この日の庄司紗矢香の演奏には物足りなさを感じた。もっとも当方の席がちょうど彼女の背中を見ている場所なので、前方の席の観客には別の印象を与えたかも知れない。

本題から外れるが、こうしたクラシックコンサートでいつも思う事だが、演奏家は食べていけるのだろうかと心配になる。入場料を楽団員の頭数で割ると大した金額にはならない。一方、彼らがここまでなるに費やした費用は相当なものだろう。楽器も驚くほど高いに違いない。
弟子の教授料などの副収入もあるんだろうが、生活は楽ではないのかも。
そこいくと、ホール落語で入場料を数千円も取る噺家は何と恵まれているかと。コストは着物と扇子と手拭いと足代だけだ。
落語家の入門希望者が増えるわけだ。

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2015/05/30

チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(2015/5/28)

「ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ~生誕175年記念チャイコフスキー・プログラム~」
ヴァイオリン:ワディム・レーピン
日時:2015年5月28日(木)19:00
会場:サントリーホール大ホール
<    曲目   >
チャイコフスキー
: イタリア奇想曲 op.45
: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
: 交響曲第4番 ヘ短調 op.36
【アンコール曲】
パガニーニ:ヴェニスの謝肉祭(ヴァイオリン・アンコール)
チャイコフスキー:組曲『白鳥の湖』から「スペインの踊り」
スヴィリードフ:『吹雪』から「ワルツ・エコー」
ハチャトゥリヤン:『ガイーヌ』から「レズギンカ」

ロシアを代表する交響楽団の一つである「チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ」(旧「モスクワ放送交響楽団」)は今年創立85周年を迎えた。チャイコフスキー生誕175周年の記念しての2015日本ツアー公演が行われていて、その5月28日の演奏会に行く。
私の様な人間がクラシック演奏会に行く際には、やはり知ってる曲が入っていると選びやすい。今回はお馴染みのチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」が含まれていた。「交響曲第4番」は未聴だったので事前にCDを購入し聴いておいた。
サントリーホールも地下鉄の溜池山王駅が出来てからグッと便利になった。このホールは音響が良いのと舞台の周囲をグルリと客席が囲む構造になっているので見やすい。音楽は聴くものだが、ライブに行く以上は舞台が見えづらいのは困る。
開演前に並んでいると後ろの男性客が指揮者のウラディーミル・フェドセーエフの事を話題にしていた。片方の人はもう何度となく聴きに来ているそうで、「この人、もう83歳でしょう。僕は音楽性の事はよくわからないだけど、この人を見てると励まされるんだよね」と語っていた。恐らくは指揮者と同年配の方と思われが、なるほと、こういう楽しみ方もあるんだなと感心してしまった。
席が舞台の裏ってだったが最前列。演奏家の頭の高さに客席があるので臨場感タップリ。正面に指揮者がいるので表情がよく分かるし、演奏者の人たちの動きも見える。TVでクラシックコンサートの映像が放映される事があるが、あれを目の前で見ている感じだ。もしかするとここが特等席ではないかと思ってしまう程だった。
そのせいか、演奏はいずれも素晴らしく感じた。
「イタリア綺想曲」はチャイコフスキーがローマに滞在していた時の作曲で、いかにも南国イタリアらしい明るいメロディに溢れている。
「ヴァイオリン協奏曲」は色々な演奏家のCDを何度も聴いていたが、やはりライヴの比ではない。聴いていて体が震えるような感動をおぼえた。この曲の初演の時はこき下ろされたとあるが、今では信じられない。
「交響曲第4番」は上の曲と同時期に書かれたもので、チャイコフスキーが短い結婚生活が破たんし自殺を企てるまで追い詰められていた時期に書かれたものだ。第1楽章冒頭のファンファーレ、第2楽章の悲しいオーボエの音、第3楽章の弦楽器によるピチカート、そして第4楽章の明るい未来に向かうような賑やかなフィナーレと、いずれも印象的だった。
4曲のアンコールを含めて2時間半近い演奏だったが、聴きごたえ充分だった。

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2014/08/16

「兵隊節」、プラス

昨日書いたように両親が戦前から水商売をしていて戦後も数年間は再開していた関係から、戦争を挟んでいた時期なので店内で歌われていた歌は軍歌や兵隊節が多かったようだ。
そうした歌を子どもの頃から母から教えられ、そのせいで主な軍歌や兵隊節は今でも諳んじてる。だから川柳川柳の『ガーコン』で唄われる曲は全て知っている。
軍歌は戦意発揚のために作られたいわば官製ともいうべき歌だったのに対し、兵隊節は兵士の辛い生活や悲哀、上官への不満などが歌われている。後者は歌の性質上、作者不詳のものが多い。
その「兵隊節」のいくつかを紹介するが、兵隊節以外の歌にも触れることになる。なにせ歌詞がうろ覚えなので、間違っていたらご容赦のほど。

先ずは一世を風靡した柳家金語楼の『落語家の兵隊』の中でも歌われている『ナッチョラン節』。

下士官のそば行きゃメンコ臭い
伍長勤務は生意気で
粋な上等兵にゃ金が無い
可愛い新兵さんにゃ 暇が無い
ナッチョラン ナッチョラン
(註:「メンコ」というのは飯を盛る器-飯盒のふた部分のこと)
元歌は添田唖蝉坊が作った『青島節』のようだ。

この歌詞は、戦後に伴淳三郎と花菱アチャコ主演で映画シリーズ化された『二等兵物語』の主題歌『歌う二等兵』の歌い出しに受け継がれている。

粋な上等兵は思いもよらぬ 
せめてつけたや星二つ
(註:「星二つ」は一等兵のこと。)

この映画のもう一つの主題歌は『俺は二等兵』で、その歌い出しは次の通り。

薄く冷たい令状抱いて 
衛門くぐれば二等兵

この2曲はいずれも兵隊節というジャンルとは異なる。

兵隊節の代表的な曲といえば『可愛いスーチャン』だ。幾度もリバイバルされ、替え歌も沢山ある。

お国の為とは言いながら
人の嫌がる軍隊に
召されて行く身の哀れさよ
可愛いスーちゃんと泣き別れ

朝は早よから起こされて
雑巾がけやら掃き掃除
嫌な上等兵にゃいじめられ
泣く泣く送る日の長さ

乾パンかじる暇もなく
消灯ラッパは鳴りひびく
五尺の寝台わら布団
ここが我らの夢の床

夜の夜中に起こされて
立たなきゃならない不寝番
もしも居眠りしたならば
ゆかなきゃならない重営倉

海山遠く離れては
面会人とてさらに無く
着いた手紙の嬉しさよ
可愛いスーチャンの筆の跡
(註:「営倉」は兵士の懲罰房、刑務所みたいなもの。「重営倉」はさらに重い処分で、一日6合の麦飯と水、おかずは固形塩だけ。寝具も無い。)

替え歌の一つが『練監ブルース』、歌詞はいくつものバージョンがあるようで、私の知ってる歌詞は次の通り。

身から出ました錆ゆえに
エンコでサツにパクラレて
ワッパはめられ意見され
着いた所が裁判所
(註:「エンコ」は浅草、「ワッパ」は手錠)

最もポピュラーな曲といえば『海軍小唄(ズンドコ節)』がある。歌詞や曲のリズムを変えて、色々な歌手がリバイバルヒットさせているのはご存知の通り。

汽車の窓から手をにぎり
送ってくれた人よりも
ホームの陰で泣いていた
可愛いあの娘(こ)が忘られぬ
トコズンドコ ズンドコ

花は桜木人は武士
語ってくれた人よりも
港のすみで泣いていた
可愛いあの娘が目に浮かぶ
トコズンドコ ズンドコ

元気でいるかと言う便り
送ってくれた人よりも
涙のにじむ筆のあと
いとしいあの娘が忘られぬ
トコズンドコ ズンドコ

もう一曲は『昨日生まれた豚の子』で、兵隊節と言うよりは厭戦歌のジャンルになる知れない。昔はタイトルは無かった気がする。ズバリ『湖畔の宿』の替え歌で、1995年に笠木透という歌手がCD化したようだ。
入船亭扇橋が時々高座で唄っていたのを思い出す。
私が少1の頃に教わって、母に「名誉の戦死って、なに?」と質問して困らせたことを憶えている。
歌詞は厭戦気分に溢れたもので、恐らく戦争末期か戦後に作られたと推察される。

昨日生まれた豚の子が 
蜂に刺されて名誉の戦死
豚の遺骨はいつ帰る 
四月八日の朝帰る
豚の母さん 悲しかろ

昨日生まれた蜂の子が 
豚に踏まれて名誉の戦死
蜂の遺骨はいつ帰る 
四月八日の朝帰る
蜂の母さん 悲しかろ

昨日生れたタコの子が 
タマに当たって名誉の戦死
タコの遺骨はいつ帰る 
骨がないから帰れない
タコの母さん 悲しかろ
(註:「四月八日」は釈迦の誕生日)
この歌も別の歌詞があり、私が教えられたのは「遺骨」は「死骸」、「タコの子」は「タコ八」だった。

かくして、下級兵士の一日は『起床ラッパ』で始まり、

起きろよ起きろよ皆起きろ 
起きないと班長さんに叱られる

消灯ラッパ』で終わる。

新兵さんはかわいそうだネ~ 
また寝て泣くのかヨ~

軍隊ではイジメや私的制裁は日常的で、容赦なくビンタが飛んで来る。新兵さんたちは常にターゲットとされたので、一人泣きながら寝入っていたのだろう。

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2014/02/17

「口パク」マシーン

近くに住む娘が訪ねてきて、百田尚樹の著書を読んでいたが一連の発言で呆れ、あんな人間だと思わなかった。もう百田の本は読まないと言っていた。ああ、その方がいい。
その娘から借りた西原理恵子「できるかな ゴーゴー!」を眺めていたら、こんな事が書かれていた。
西原のタニマチである高須クリニック・高須克弥が中国の学会で歌を披露しなくてはならない羽目になった。ところが高須は大のオンチで自信がなく悩んでいた。西原がカラオケに連れ出し特訓するが上手くならない。そこでエイベックス社に頼み込んだら、歌が上手に聴こえる装置があるとか。仕組みは明らかでないが、どうやら何度も何度も歌を録音し、その良い所だけをつなぎ合せる仕掛けのようだ。もちろんレコーディングの前にはプロから歌唱指導を受ける。その結果見違えるような出来栄えの録音ができた。
高須はそれを持参し、会場で録音を流しながら口パクで歌って拍手を浴びたとある。
なにせサイバラが書いたものだから多少の誇張はあろうが、大筋ではこの通りなのだろう。
どこのレコード会社でも同様のマシンが使われているのだろう。

近ごろ歌手の口パクがしばしば話題になるが、ナルホド、そういうことか。デジタル技術を駆使して素敵な歌声でレコーディングして発売するのは良いが、ナマで歌うと再現ができないのだ。そこで録音を流し歌手はマイクの前で口パクで歌わざるを得ない。
多くの歌謡番組でこうした手法が使われているし、歌手によってはライブでも口パクがあるらしい。なんのことはない、ナマを聴きに行ったのに録音を聴かされるわけだ。
クラシック音楽の世界ではさすがに口パクは無いようだが、ライブ録音として発売されているものの多くは看板に偽りありというのが実態らしい。リハーサルの時から何度も録音を重ね、これにライブでの録音をつないでゆく手法が一般的だとか。完全なライブ録音はアナログ時代のものしかないと言われている。
スタジオ録音については言うまでもなかろう。

デジタル録音技術が進めば進むほど「変曲」や「変声」が横行し、リアルな音から遠ざかって行く。
それは音楽の世界にとり望ましいことなのか。
ホンモノの音を聴こうと思うなら、マイクを一切使わない歌唱や演奏に接するしかない。そうなると日本の古典芸能かクラシック音楽のライブしかなさそうだ。

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2011/06/06

#9ストラディヴァリウス サミット・コンサート(2011/6/5)

6月5日、サントリーホールで行われた「第9回ストラディヴァリウス サミット・コンサート2011」を鑑賞。
このコンサートは元々、ミューザ川崎シンフォニーホールにて開催を予定してのだが、3月11日の地震でホールの天井材が落下する被害が発生したため、こちらへの振替え公演となったもの。
場所も開演時間も変更になって戸惑った人も多かっただろうが、入りを見る限りでは殆んどの人が参加したようだ。
それにしても、あの程度の揺れで天井落下とは、ミューザ川崎はお粗末。
もし開演中なら惨事を引き起こすとこだった。
現在、原因を調査しているようだが、欠陥建築だろう。
福島第一原発もそうだが、”安全な筈”と”安全だ”は別問題。あっちも工事に欠陥があった可能性もある。

コンサートのタイトルだが、ストラディヴァリウスが11台集結とある。
その内訳は、幻の銘器 ヴィオラ「グスタフ・マーラー」(1672年製作)と、日本人が初めて所有したストラディヴァリウス ヴァイオリン「キング・ジョージⅢ」(1710年製作)など7台のヴァイオリン、2台のヴィオラ、2台のチェロから成り、その時価総額は約90億円だそうだ。
家を出る前に古くからいる同居人にこれを説明したら、「なんだか趣味悪そうね」と嘲笑されてしまった。
ゲージツの分からない人と議論してもムダなので、無視して出かける。

<  演奏プログラム  >
◆モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調 KV136 
Mozart: Divertimento in D Major KV136
◆チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ(弦楽四重奏曲第1番 ニ長調 作品11より)
ノクターン ニ短調(6つの小品 作品19より編曲)
Tschaikovsky: Andante Cantabile / Nocturne op.19
◆モーツァルト:セレナーデ第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」ト長調 KV525
Mozart: Serenade No.13 G Major KV525 “Eine kleine Nachtmusik”
―休憩―
◆ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」より「四季」
Vivaldi:“The Four Seasons” from the Contest between Harmony and Invention op.8..

演奏者はベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツ。
世界最高のオーケストラ、ベルリン・フィルのメンバーを中心とした公式な弦楽アンサンブル。
楽器は前記の11台にコントラバス1台とチェンバロ1台が加わり、総勢13名というメンバー。

音楽ってぇくらいだから、先ず音が良くなくっちゃいけない。
当たり前だと言われそうだが、これがそうでも無いのよ。
今回の演奏会は名手が名器を弾くわけで、早くいえば「鬼に金棒」「噺家に祝儀」、悪ろう筈がない。
実に結構な音色でしたな。
ヴァイオリンやヴィオラの華やかな音に聞きほれ、チェロの重低音の響きにウットリ。
それと弦楽器にチェンバロが1丁加わると、随分と印象が変わる。
鍵盤楽器は打楽器だと前に読んだことがあるけど、この日それを実感した。
プログラムがポピュラーな曲が多いのも良かった。
知ってる曲だと、音の方に集中できる。

演奏終了後、演者の一人が日本語で挨拶、大震災へのお見舞いの言葉と、亡くなられた方々への魂に贈るということで、アンコールを弾いてくれた。
「G線上のアリア」は心に沁みましたね。
ハートフルなコンサートで、とても良かった。
各地で開かれた彼らの演奏会はこの日が最終日、彼らも名器と共にベルリンへ戻る。
「名器は遠くなりにけり」。

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2010/11/07

N響「NHK音楽祭2010」やっぱり音がね・・・

11月6日(土)NHKホールで「NHK音楽祭2010」が開かれた。
今年の音楽祭は「偉大なるドイツ三大B–バッハ、ベートーヴェン、ブラームス~」というテーマで、この日はブラームス。

指揮 アンドレ・プレヴィン
演奏 NHK交響楽団
【プログラム】
ブラームス / 交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
~休憩~
ブラームス / 交響曲 第4番 ホ短調 作品98

N響はTVでは何度もみているが、コンサートは始めてだ。
印象としては、どうも音が良くない。交響楽団としては一流と思えないというのがその理由だった。
今回は指揮者に巨匠アンドレ・プレヴィン(80歳を超えておられる)をむかえ、果たしてどのような演奏になるか期待していた。
結論からいうと、音の悪さは変わっていなかった。
例えば第3番の第1楽章の冒頭、本来ならまるで天上から降りそそぐがごとく和音が鳴り響く筈なのだが、音がバラバラ。
もう最初のツカミで失敗している。
そしてこんな筈ではが、終曲まで続く。
ブラームスのシンフォニーは、それぞれの楽器の音が溶け合うように演奏されるのに、それとは程遠かった。

帰宅して直ぐに、改めてカラヤン指揮のベルリン・フィル演奏のCDで3,4番を聴いたが、やはり全く別物だった。

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