学問・資格

2009/05/20

「ポスドク問題」博士は夜作られる

最近チラチラと耳にする「ポスドク」問題、元々は博士号を取得した後の研究者をさす「ポストドクター」からきた言葉だろうが、せっかく博士号を取っても定職に就けない研究者が増えて社会問題となっているようだ。
結論からいえば、博士号の取得は定職に就ける保証とはならないという事になるのだが、その理由を検討してみたい。

一般論でいえば、博士号は数ある資格の一つであり、ある資格さえ取得すれば一生食うに困らない資格などというのは、世の中に存在しない。
一例をあげれば、医者と言うのは世間では金持ちの代名詞みたいになっているが、一握りの医師を除けばそれほど収入は高くない。特に病院に雇用されている勤務医などは、薄給といっても良いのが現実だ。
医師の多くが看護婦と結婚するが、職場結婚という側面もあるが、奥さんの収入がないと暮していけないという事情もある。
弁護士だって、実績を積んで自前の法律事務所を開いて行列ができるとか、大企業の顧問弁護士になるとか、TV番組に出て知事になるとか、そういう例を除けばやはり収入は決して高くない。
一時期もて囃された一級建築士だが、建設不況の中で職を失ったり、定職に就けない、あるいは職を得ても資格が全く活かされない、そういう人が多いのだ。
博士号も又然り、それだけで定職に就ける保証はないと考えるべきだろう。

次に、博士=優秀という図式が成りたたないという点だ。
私が所属していた企業でも博士がいたが能力はピンキリだった。
その理由として二つのことが考えられる。
一つは、医師や弁護士などの国家試験を経て免許を得るのと違って、博士号は大学単位で審査されるため、均質にならない。
もう一つは、博士号取得にいたる過程の不透明さだ。

民間企業で勤務しながら博士号を取得する人たちがいるが、およそこんな道筋になっていた。
先ず企業側で、この社員に博士号を取らせようと決める。これはあくまで業務上の都合である。
これを特定の大学教授に依頼するのだが、その教授というのは
①その教授が企業の顧問をしているケース
②企業がその教授に研究費を援助しているケース
②その教授の研究室から毎年一定数の学生を社員として採用しているケース
などであり、いずれも企業と利害関係のある教授ということになる。

企業の顧問料というのは一概にはいえないが、私が勤務していた会社を例にとれば、月額10万円が相場であった。それほど高くないと思われるだろうが、腕の良い教授になれば10社を超える顧問をしているし、しかもこれは全額、教授の個人収入になるのだから、バカにならないのだ。
何か問題が起きて、その顧問の力を借りたい時だけ出社して貰うか、あるいはこちらから先方の研究室を訪れ教えを請う。

研究費の援助については、適当なテーマをみつけて企業からその教授の研究室に研究を委託し、研究費を支払うのだが、私が扱った例では年額で百万円単位だった。
理工系の場合、研究には多額の費用がかかり、とても大学の研究費だけでは足りない。だから研究費を集める能力も教授には求められる。
企業の開発テーマを委託する場合もあるが、テーマは自由というケースもある。教授の側からすれば、当然後者の方がありがたい。
律儀に研究成果を企業に報告してくれる教授もあるが、一切報告無しという場合もある。
企業の側からすれば、研究成果を求めるというよりは、何かの問題を解決するために貢献してくれれば良いというスタンスが強い。

教授たちとの打ち合わせが終われば接待をし、時には二次会三次会とハシゴして、タクシーで自宅まで送ることもあった。
大学教授というのは普段は謹厳な姿勢を保っているせいか、飲むと乱れる人も少なくない。
こちからかすれば、乱れてくれた方が、後々やり易いのだ。多少の無理はきいてくれることになるので、相手がいくら乱れてもじっと我慢である。
酒癖の悪い人ほど、シラフの時は猫のように大人しくなる。

こうして企業と密接なつながりのある教授に、学位取得の指導を依頼することになる。
「博士は夜作られる」のだ。

その教授の指導の下で、学位を目指す社員は研究テーマとスケジュールを決めて論文を書くのだが、元々が社命なので実際の研究は部下にやらせたり、時には論文自体も部下に丸投げする場合もある。
こうしてめでたく論文の審査にパスして博士号を取得しても、周囲の人間はこうした経緯を知っているため、それほど博士になった社員が尊敬されるわけではない。
大学での学位取得の実態はよく知らないが、先日博士号の論文の件で、指導の準教授とのトラブルから自殺した東北大大学院生がいたという報道があったが、同じように不透明な部分があるのだろう。

民間企業からすると、博士号が仕事に役立つというのは一部の限られた分野であり、一般的にはないよりはあったほうが良い、あっても邪魔にはならないという程度の肩書きなのだ。
それと、学業で優秀であることと、仕事が出来ることとは全く別の問題だということもある。
企業が学位取得者を採用することもあるが、あくまで本人の能力次第であり、学位だけで採用するわけではない。

だから博士号といっても、世間ではそれほど権威があるとは見ていない。
問題はどのような分野の研究を行っていたのか、どの程度の能力を持っているのかで、評価が決まる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/04/18

祝!三遊亭遊雀「花形演芸大賞」受賞!

この程、平成19年度(2007年度)国立演芸場・花形演芸大賞の発表があり、授賞者は次の通り。

[大賞]三遊亭遊雀(落語)
[金賞]古今亭菊之丞(落語)
   カンカラ(コント)
   林家たい平(落語)
[銀賞]桃月庵白酒(落語)
   翁家和助(曲芸)
   春風亭一之輔(落語)

Yuujaku先ずは、三遊亭遊雀の大賞受賞に祝意を送りたい。
私が一番思い出に残っているのは、平成17年度の表彰式で、大賞を柳家喬太郎にさらわれ、実に口惜しそうな表情を浮かべていたことだ。本人は相当に自信があったと見えるし、この人は見かけより負けず嫌いな人だなと思った。
その後間もなく、当時の師匠・柳家権太楼と行き違いがあって破門。およそ1年のブランクの後、落語芸術協会に移籍し、三遊亭小遊三門下となり、平成18年に最下位の真打としてカムバックを果たした。ブランクが無ければ、とっくに大賞を得ていたと思われる。
近頃、高座に上がるなりいきなりハイテンションで喋り出す噺家が多い中で、古典一筋の落ちついた高座を見せる本格派である。少し顔を斜っかいにして見上げる目に愛嬌がある。
最近の高座では、国立で演じた「お神酒徳利」が印象に残っている。

金賞の古今亭菊之丞も順当な受賞だろう。高座が華やかで、女形に色気がある。
カンカラは、チャンバラ・トリオ風の芸風を定着させて、成功したのではなかろうか。
林家たい平は、林家一門で最も期待される落語家だ。平成12年に喬太郎と同時に真打に昇進、披露公演を観たときはこの二人が将来の落語界を背負っていくのだなと感じた。しかしその後の足取りは、喬太郎に比べやや足踏み状態だと感じている。
今回の授賞を機に、一段の飛躍を期待したい。

銀賞の桃月庵白酒、真打披露公演の感想で、将来生き残っていくのは大変だろうなどと、失礼なことを書いてしまったが、今では自分の位置を確保しつつある。
春風亭一之輔は受賞者の中で唯一の二ツ目、こちらも古典一筋の本格派だ。

なお、表彰式と公演は6月21日(土)13時より、国立演芸場で行われる。

| | コメント (2) | トラックバック (1)