芸能・アイドル

2007/12/28

「叶一家」ってどうなってるの

12月25日午後10時ごろ、東京都港区赤坂のマンションに帰宅した「叶姉妹」を地下駐車場で、姉・恭子の父親・小山輝男容疑者(72)が傘を振りかざして、「金を返せ」と二人を脅迫した。
通報で駆け付けた赤坂署員が現行犯逮捕し、二人にけがはなかった。
調べに対し父親は、「金銭関係のトラブルがあった」と供述しているという。

フツー傘で脅されたくらいで、72歳の父親を警察に逮捕させるかね。
今年2月には恭子の実妹が、姉の装身具など5億円を持ち逃げしたとかどうとか、そんな事件もありましたね。
ゴージャスを売り物にしている割には、相次ぐ家族内の金銭トラブル。実はあまりフトコロ具合は宜しくないようですな。
ビボウだけを売り物にしている彼女たちにとって、加齢は致命的なのでしょう。古今亭志ん生の「品川心中」を思い出します。
事件やトラブルだけに名前が出るようでは、芸能人としては末期的ですね。

パキスタンのブット元首相が暗殺されたというのに、こんな記事を書いている私も末期的かしらん。

お詫びの印に、「妹」叶美香の艶姿をサービスで。
Kanou15


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/12/24

祝!石川さゆり芸術祭賞大賞

Ishikawa_sayuri文化庁は21日、平成19年度の芸術祭賞を発表した。大賞は大衆芸能部門で歌手・石川さゆりら3人と4団体が受賞することを発表した。
石川さゆりは、歌芝居「飢餓海峡」で歌によってあらゆる世界が描けることを追求したことが評価された。
この公演について「石川さゆり音楽会」の記事でとりあげたところ、望外のアクセスがあった。きっと、演歌嫌いが書いた演歌歌手のライブ評が、物珍しかったのだろう。
芸術祭賞授賞は文句なしであり、歌手石川さゆりの才能と努力に、改めて敬意を表する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/04/27

「チョイスケ」オヤジになって“ほし~の”

ブログの記事に対するアクセス数は、普通はアップした日が最も多く、日にちが経つにつれて次第に減ってゆくという傾向になります。なかには
「米原万理さん、さようなら」
(http://home-9.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_eecf.html)
のように、いつまでもアクセスが続き、ロングセラーになっています。

ところが、アップした直後は殆ど反応がなくて、時が経ってから却ってアクセスが増えてくるエントリーがあります。
それは
「亥亥年にして”ほし~の”に」
(http://home-9.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_cdda.html)
です。
アップして3ヶ月も経ったこの4月には、当ブログのアクセスランキング5位になりました。

管理人としては、こんなショーモナイ記事が注目されるのは、いささか忸怩たる思いがあります。
想像するに、記事よりも、”ほしのあき”の画像が目的になっているのではないでしょうか。
モニターの向こうで、あきちゃんの艶(アデ)乳を、ニヤニヤしながら眺めているオヤジたちの姿が、目に浮かんでくるようです。
そうしたオヤジたちのココロを少しでも慰めているのだとしたら、管理人としてこれに勝るヨロコビはありません。

家に帰っても奥さんからは相手にされず、さりとて若いオネエちゃんとのオフィスラブや、人妻とのアバンチュールをする気概も財力も体力もない。けれども女性は大好きというオトウサンたち。
仮に「チョイスケ」オヤジと名付けましょう。
痴漢だの援助交際だのという不法行為に走ったり、浮気で家庭を破壊したりする、「ドスケ」「ネスケ」「シンスケ」とは完全に一線を画した存在です。
「チョイスケ」オヤジたちこそ、人畜無害、品行方正、家族円満、イラク撤退(チョット違うか)を貫く、正に社会のカガミではないでしょうか。

「チョイワル」オヤジはもう古い。
これからは「チョイスケ」オヤジの時代です。
このブログでは、これからも「チョイスケ」オヤジたちへの応援歌になるような記事を書くつもりです。
そんなわけで今回も、ほしのあきチャンにひと肌脱いでもらいました。
Fishing0130_11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/06

「吉牛」と「おふくろさん」騒動の類似点

Mori_shinichi日本人というか、ワイドショーや芸能(ゴシップ)ニュースが好きな人は、骨肉の争いの話題を最も好むんだそうですね。有名人の家族、親戚、知人友人間で親しかった同士が憎み合うという構図、堪えられないんでしょうね。
そういえば過去の大ヒットした話題、例えばロス疑惑やミッチー・サッチー騒動も、この分類に入ります。
幸せそうに見えた人が、実は大きなトラブルを抱えていた。それに比べて、私は名誉も財産も無いけど、幸せな生活を送っているんだわと安心できる、これがいいんです。
他人の不幸は蜜の味。
現在ワイドショーを賑わしている森進一の「おふくろさん」騒動や、叶姉妹の持ち逃げ事件などは、正にピッタリのネタで、ここしばらくは、ワイドショーはこれで視聴率を稼げます。

その「おふくろさん」騒動、作詞家である川内康範センセイのお怒りの形相、雪の舞う八戸に佇む歌手の森進一、実に絵になるし、ドラマを見ているような気がします。
それに持ち逃げ事件などとは違い、こちらは詩の命がどうの、著作権がどうのという、多少なりとも芸能っぽい話題であることが、話のグレードを高めています。
昨日あたりから、川内康範センセイのコメントは、遂に日本人の精神論(そんな大袈裟なことか?)にまで発展し、ますます格調が高くなってきました。
例によって他の芸能人たちも次々と参戦し始めてきて、久々の大型ヒット作品になりそうな気配です。

森進一が、大好きな「おふくろさん」を歌えない、このままでは封印されてしまうかも、というシチュエーションが、これ又良いですね。
歌いたいけど歌えない、ひたすら耐える森進一。ファンにはタマラナイ姿でしょうな。

話はガラリと変わりますが、米国産牛肉のBSE問題で輸入がストップしていた時、吉野家が限定で牛丼を復活させたことがありました。
あの時、店によっては数百人の行列ができて大混乱となり、TVのニュースでは待望の牛丼が食べられて、感激している人々の表情が映し出されていました。
もう吉牛に夢中! などと言う人は、私の周囲に一人もいませんけどね。
あれは、しばらく食えなかったことの反動なのでしょうね。いつでも食べられるとなれば、あんな大騒ぎにはならない。
見事に吉野家の戦略にハメラレテしまったというわけです。

さて、「おふくろさん」騒動の結末を予測してみましょう。
この騒動のお陰で、何はともあれ森進一のメディア露出度は圧倒的に高まりました。宣伝広告費に換算すれば、相当の金額になるでしょう。
ここのところヒットに恵まれず、森昌子との離婚以外にはこれといった話題が無かった森にとっては、正に僥倖。
やがて川内康範センセイとの和解が成り、「おふくろさん」の封印が解けたアカツキには、森のコンサートにはどっとファンが押し寄せる。「これで待ちに待った『おふくろさん』が聴ける」と、TVカメラの前で感激の涙を流す人の姿が、今から見えるようです。
吉野家の牛丼と同様に、森進一と「おふくろさん」の復活作戦大成功!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/22

ゴージャス「姉妹」の末路は・・・

“芸人は落ち目になると失踪する”という、芸能界“失踪の法則”が一昔前までありました。
過去には俳優、歌手、タレントを含む数々の芸能人が、失踪騒ぎを起こしています。
女性の場合、堕胎などの下半身の事情から、止むを得ず“失踪”したケースもありますが、殆どは本人やプロダクション側の演出です。
最近は流行らなくなったのは、携帯電話が普及して、“失踪”出来にくくなったからでしょう。

芸能人にとっては話題こそ命で、常に話題を提供し続けることが、世間から忘れ去られることを避ける唯一の手段です。
それがスキャンダルだろうと、お目出度いことだろうと、関係ありません。注目さえ集めれば良いのです。
女性の芸能人の場合は離婚発表を機にレコードを発売したり、本や写真集を出版したり、芸能界に復帰したりしますが、離婚騒動さえも立派な商売のネタになります。

昨日、叶恭子の著書「Love&Sex」(3月28日発売、小学館)の出版会見が行われましたが、話題は本の中味より、直前に起きた実の妹春栄の“失踪”事件に話題が集中しました。
本人に代わって、妹が“失踪”ですか。
姉恭子の装身具など5億円を持ち逃げしたとの疑いもあった由、誰も同情してくれない“事件”ですけど。どうせまた、別の男から貢いで貰えば済むんでしょう。
何せ今回の出版する本と、妹失踪事件を報じた週刊誌の出版社が同じすし、しかも出版会見前には妹は見つかっていたそうですから、余りに演出がミエミエです。
叶姉妹の“やつれた姿”や“涙”は、お約束通りでした。

叶恭子の新刊本は、書名を見る限り、又例によって男性遍歴をネタにして書かれたものでしょうし、何よりここの所叶姉妹のメディアへの露出が減ってきていたという事情があります。
妹役の叶美香も、昨年のアヌード写真集の出版で、グラビア系タレントとしては“上がり”でしょうし、窮余の話題作りといった所でしょうか。
弁護士まで動員して、商売というのは大変ですね。

そんなに全てがお見通しなら、メディアは無視すれが良いのですが、そうはいかない事情があります。
芸能記事というカテゴリーがあり、芸能記者や芸能リポーターが飯を食わなくてはいけない。
芸能っていったって、別に芸がどうのこうのではなく、実態は芸能下半身、芸能スキャンダル記事です。
こうした報道を記事にするのは彼らの業務ですから、ここは持ちつ持たれつ共存共栄、運命共同体です。

芸も持たない芸能人である叶姉妹は、一体何を本業としているのかですが、“男性との交際”により収入を得るお仕事かと拝察する次第です。
早くいえば、高級娼婦でしょう。
別に恥じるような職業でも何でもありません。大女優といわれる人だって、売り出し前はそうした職業にあった人はザラですし、売れなくなった女性タレントが、それで生計をたてている例など、数え切れないでしょう。
海外から来訪の政府要人を接待する高級娼婦の人たちの腕前は、時には外交関係にさえ影響することもあるわけで、とても重要なお仕事なのです。
私の子ども時分には、周囲に沢山の娼婦がいましたので、全く差別意識がありません。

こうした専ら容色や肉体で収入を得る女性たちにとって、一番辛いのは年をとることです。
どんなに努力しても、あちこち整形しても、衰えは隠せない。
周囲の男性の中では、「妹の方ならOKだけど、姉の方はチョットなあ」という声が強い。
そろそろ特定のパートナーを見つけるか、あるいは“デビ夫人”の後釜を狙うか、でもキャラが少し違うしなあ、という状況でしょうか。

え、私ですか? 両方キライです。
それでは、大キライな叶美香の写真を特別サービスでつけましょう。

Kanou11_1

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007/01/01

亥亥年にして”ほし~の”に 

Hosino152007年、明けましておめでとうございます。
今年も当館への皆様のご来場をお待ちしております。

新年早々なんですが、「元本100万円で毎月5万円の配当」などと詐欺まがいの商法で捜査を受けているFAC社の、関連団体「WBEF」のNPO法人法人申請について、松岡利勝農水省の名前が出てきました。
どうやら秘書が内閣府に、審査状況を問い合わせていたようです。100万円貰ってましたからね。
先日の記者会見では、「私も私の事務所も一切関係していません」と言明していたんですけど。
松岡利勝さん、又やっちゃいましたかという感じですかね。
この人も時間の問題なのかな。

干支にちなんで亥亥年になって欲しんですが、どうもあまり期待できそうにないですかね。
一部の報道機関が、安倍総理が5月にも退陣するかも知れないと、早くも自民党内でポスト安倍をさぐる動きがあると報じていますが、これが実現すれば明るいニュースです。
結局安倍晋三という人は、所詮は宰相の器じゃ無かったということでしょう。

年末の紅白歌合戦で、裸を連想させるようなボディスーツを着用していたと抗議が殺到したそうですが、その位しか話題が無かったということでしょうか。
「子供が見ているのに」という意見もあったようですが、今時の子供は普段もっとすごいものを見てますから、あまり心配しなくて良いと思いますよ。

それよりゲストに出た「ほしのあき」が、予告通り半パイ姿でサービスしていたのが印象的でした。
ほしのあき(星野亜希)さんは、今年で30歳を迎えます。
そうなると、史上最高齢のグラビアアイドルが誕生ということになりそうです。
下積みが長く、2年ほど前からようやく売れ出しただけに、プロ根性を感じます。
「2006FIFAワールドカップドイツ大会」では、日本を応援する「F組応援団」の団長として、Fカップを揺らして頑張っていたのは記憶に新しいところです。
Hosino1

今年もガンバって、私たち男性を楽しませて”ほし~の”。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2006/05/18

「田村高廣」の死去を悼む

Tamura
2回続けて、追悼文をエントリーすることになりました。
俳優田村高廣が死去していたことが18日判明しました。享年77歳でした。故人の遺志で葬儀日程などは公表されておらず、通夜も既に近親者で終えているようです。
田村高廣には、私が勝手にご縁を感じていました。

田村高廣は、大学卒業後一度は商社に勤めていたのですが、そのご映画界入りしたという経歴の持ち主です。
世間から注目されたのは、木下恵介監督の「二十四の瞳」で、戦争で視力を失う男子生徒の役を演じてからです。

1965年には、映画「兵隊やくざ」でのインテリ役で、主演のやくざの親分役勝新太郎と名コンビを組んで、大ヒットし、シリーズ化されました。
この兵隊ヤクザの親分のモデルになったのが、戦前から戦後にかけて、日本やくざ史上に燦然と名を残す(適切な表現かどうか、疑問ですが)万年東一です。
万年東一とは、私の家族ぐるみの付き合いがありました。私の従姉が一時期、万年東一の愛人の一人だったこともあり、幼少時に度々顔を合わせています。
そんな関係もあって田村高廣に、一方的に親しみを感じておりました。

しかし、何といっても田村高廣の演技で印象に残るのは、1981年の映画「泥の河」で演じた、食堂の主人でしょう。厳しさと温かさを併せ持ち、繊細でいてで人情味溢れるこの役は、田村高廣以外のキャスティングが思い付かないほどの、適役でした。
生前ご本人も、代表作としてこの作品をあげていたそうです。

田村高廣といえば、父親の阪妻こと阪東妻三郎のことに触れないわけにはいかないでしょう。日本映画初期の大スターであり、名優です。
私が生まれて始めて観た映画は、その阪東が主演した「無法松の一生」です。映画そのものは私が生まれる前に製作されましたが、終戦後に再上映されたのを見たのでしょう。
この映画で主人公の車夫が、未亡人への思いを告げる一番のクライマックスシーンが、出征中の兵士の士気に影響するという理由から、当局によりカットされてしまいました。太平洋戦争末期という、時局の反映です。それでもこの映画は、日本映画史上に残る傑作となりました。
余談ですが、この時の名子役が、現在の長門裕之です。

阪妻は1953年に急逝しましたが、私は遺作となった映画「あばれ獅子」も観ています。撮影中の死であったため、最終シーンの後ろ姿は吹き替えでした。
独特の台詞回しと、ちょっと背中を丸くして歩く阪妻の姿は、今でも心に残っています。

よく田村高廣が、父阪妻にそっくりと言う人がいましたが、私はそう感じません。
親子ですから顔は似ていますが、阪妻という人が豪放磊落な人柄であったのに対し、田村高廣は繊細、誠実な人柄であったと思われ、顔つきにもそれがはっきり出ていました。
そして何より最も大きい違いは、阪妻にはこぼれんばかりの色気と愛嬌がありましたが、田村高廣にはそれが欠けていました。
それが方や常に主演であり続けた大スターであり、方や名脇役であった差だと思います。

得難いバイプレイヤーとして、まだまだ活躍をして欲しかった田村高廣の死は、とても残念です。
ご冥福を祈ります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/05/16

惜別「松山恵子」

Keikoconsert
歌手の「おけいちゃん」こと松山恵子(本名、岡崎恒好(つねこ))が、5月7日肝臓癌のため亡くなりました。1937年生まれで、享年69歳でした。同時代の人が、といっても彼女の方が年上ですが、亡くなるというのは、とても寂しい気分になるものです。

歌手デビューが1955年ですから、芸能生活52年ということになります。私はほぼデビュー当時から、名前を知っていました。
当時ラジオでは、各レコード会社が競って自社の宣伝番組を持っていました。彼女の所属した日本マーキュリーレコードという会社はマイナーな会社で、世間に知られている歌手というのが、当時は松山恵子と藤島恒夫(♪包丁いいっぽん、晒しに巻いてへ・・♪の歌手です)しかいなかった。従って毎週彼女のレコードが必ずラジオから流れていました。

故郷の宇和島市で、小学校から歌のレッスンに通い始め、風の吹き荒れる台風の夜、停電になってもロウソクの火の下で、ただ一人練習を続けていたというエピソードがありますが、根性もあったのでしょうが、芯から歌が好きだったのでしょうね。中学卒業後全国歌謡コンクールで優勝し、プロの歌手となっています。

主なヒット曲は、「未練の波止場」「お別れ公衆電話」「「バックナンバー1050」「アンコ悲しや」「だから言ったじゃないの」などですが、その大半は歌手活動の初期です。通常こういう歌手は世間から忘れ去られるケースが多い。
それとご本人には失礼ですが、決して美声の持ち主ではないし、特に歌唱力が優れているわけではない、いうなればB級歌手でした。偉大なるB級です。
それでいて半世紀以上にわたり第一線で活躍できたのは、偏に彼女のキャラクターがファンに愛されたからでしょう。

小柄な身体をカバーするような、舞台一杯に広がる巨大な落下傘ドレスを身に纏い、片手にハンカチを持ち、甘ったるい声で観客に話しかける、見方によってはクサイ印象を与えますが、ファンにはそのクササがたまらない。歌をじっくりと聴くというより、ナマ「おけいちゃん」に会いに行って満足する、そういう歌手であったと思います。
何より60歳を越えても、なお可愛らしい女性であり続けた、ここが最大の魅力でしょう。

今年2月に収録し、昨日NHK・BSで放送されたコンサートで、松山恵子は自ら癌と闘っていることを、始めて告白しました。
涙を流しながら話す姿に、会場全体がすすり泣いているように、私は感じました。
体調不良の中を、アンコールで3曲歌い、フィナーレでは「又会いに来てね」とトレードマークのハンカチをグルグル回していた姿が、眼に焼きついています。

故郷のJR宇和島駅の改札口の脇に、「お別れ公衆電話」に因んだ電話ボックスが置かれているそうです。左上の写真は、その前で歌う松山恵子の姿です。

ご冥福をお祈りします。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2005/11/07

昔一人の歌手がいて「ちあきなおみ」賛歌

chiakinaomi
「昔」などというと、熱烈なファンに叱られるでしょうが、ちあきなおみが一切の芸能活動を退いてから、はや13年が経ちました。現在でも彼女の多くのアルバムはロングセラーになっていて、相変わらず根強い人気を博しています。
戦後日本の歌謡曲(演歌という言葉が嫌いなので、敢えて)の歌手の中で唄の上手い人といえば、先ず美空ひばり、そして次はちあきなおみでしょう。

私より年齢が3歳若いちあきなおみは、当初セクシーアイドルで売り出しました。
デビュー間が無い頃、当時人気TV番組であった「裏番組をぶっ飛ばせ」で、コント55号と野球拳をして負け続け、着ていたものを1枚ずつ脱ぎ、最後はビキニ姿になって評判になりました。
着ていた物はその場でオークションにかけられ、売り上げは福祉施設に寄付されるというトンデモ番組でした。
後に「喝采」でレコ大を受賞した彼女の活躍からは、その姿は想像つかないと思います。

作曲家の船村徹が彼女を評して「音符の裏を読んで歌う歌手」と言っていますが、言葉を代えれば彼女の唄が、しばしば作詞家や作曲家の意図を超えてしまうことを意味しています。
私の想像ですが、ちあきが歌う「歳月河」や「紅とんぼ」を聞いて、作曲した船村徹自身が、恐らくそう感じたのではないでしょうか。
例えて云うなら、メンデルスゾーンの交響曲「スコットランド」を、名指揮者クレンペラーが振ると、余りにスケールの大きい恰幅の良い曲になってしまうように。
彼女のカバー曲である「黄昏のビギン」を作曲した中村八大や、「粋な別れ」を作曲した浜口庫之助も、同じ思いではないでしょうか。

“唄は3分間のドラマ”という使い古された言葉がありますが、では本当に“3分間のドラマ”として表現できている日本の歌手が一体何人いるか、些か心許ない。感情移入の過剰な人は沢山いる、思い入れタップリに歌える人もいる、しかし肝心の歌唱力が付いていけなくては、聞く人の心を動かすことは出来ません。
芝居の舞台で演技を磨いたちあきの唄には、この両面が備わっていました。

例を挙げましょう。ちあきなおみのレコードとしては当時ヒットしなかった「矢切の渡し」を、同じ曲で大ヒットし、レコ大までとった細川たかしの歌唱を比べると一目瞭然。冒頭の「つれて逃げてよ・・・」「ついておいでよ・・・」の部分では、ちあきの唄では女性の語尾「よ」をすがるように、男性の語尾「よ」は包み込むように歌っています。そして何よりの違いは、余韻の「・・・」がちあきの唄には在り、細川の唄には表現されていません。その結果、この曲の一番肝心な男女の情念が、ちあきなおみの唄に籠められています。
梅沢富美男の踊りに使う曲が、ちあきの曲であるのも、この辺りの理由なのでしょう。
彼女が唄う「かもめの街」や「片情」を聞けば、この“3分のドラマ”が実感できます。

歌手ちあきなおみのを最も特長づけるのは、外国の曲での優れた歌唱力です。
この点は、美空ひばりも共通ですね。ひばりはジャズもシャンソンも上手かったし、ラテンの曲など絶品でした。
ちあきの唄では、ジャズの「朝日楼」(原題;朝日のあたる家)やシャンソンの「それぞれのテーブル」、「すり切れたレコード」も実に結構です。
しかし何といっても、ちあきはファドです。是非一度聴いて見て下さい。
「悲恋」、「酔いどれ船」(かもめ)、「霧笛」(難船)、ポルトガルのファド独特の哀愁と、ちあきの情念が合体し、独特の世界を創り出しました。
真に上手な歌手というのは、どんなジャンルの歌でも聴かせるものです。

歌手ちあきなおみのカムバックを求める声は根強いのですが、私は一ファンとして、敢えてこのままで良いと考えています。
以前から不思議に思っていたことなのですが、なぜ歌謡曲の大半の歌手は、声が落ちると同時に歌唱力が落ちるのでしょうか。
海外の歌手でも声は落ちる、これは止むを得ないことです。しかし歌唱力は全盛期を保っている人が多いように見受けられます。
以前アメリカの歌手ペリー・コモが、80歳を越えて日本公演を行いましたが、もちろん声は往年とは比較にならない。しかし何と唄の上手いこと、惚れ惚れしましたね。日本の歌手では先ず有り得ない話です。

このままそっとしておきたい、これがちあきなおみを愛する一ファンとしての心境です。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2005/04/24

ポール牧の自殺

pmaki
ポール牧が4月22日亡くなりました。遺書はなかったが、9階のマンションの自室から飛び降りてのことで、自殺と見られています。身内に不幸が続いたり、最近仕事が少なかったことに悩んでおられたとか、合掌。
一般には指パッチンでお馴染みだったでしょうが、私は関武志と組んでコント・ラッキー7で演じていた頃が印象に残っています。肉体労働者とインテリ(又はエリート)のズレを基本としたコントで、とにかく面白かった。

お笑いの人というのは、結構自殺するケースが多く、また若死にする人も多いようです。他人を笑わせるというのは、大変なエネルギーが要るもので、精神的な消耗が大きいのではと思います。
学生の頃、喜劇の台本を書こうとしたことがありましたが、苦心の末に諦めました。こうしたら確実に笑って貰えるという計算が、全くできないのです。
だから今でも喜劇作家とかコント作家は、無条件に尊敬します。
きっとお笑い芸人も、こうして胃の痛むような毎日を送っているのだろうなと、想像しています。

一時期は大いに売れていたが、今は引退した元お笑い芸人が、あの頃なんで自分のお喋りでお客が笑うのか、一体どこが面白いのか、不思議でしょうがなかったと、話していたことがありました。だから、ある時からパッタリ売れなくなっても、当たり前だと思ったそうです。こういうのは、お笑いの世界だけでしょうね。
先日、初めて“エンタの神様”という番組を見ましたが、実につまらない。その証拠に、笑い声はかなり効果音を使っていました。あれじゃ見ている客も、演じている芸人も本当に辛いでしょうね。ブームで無理やり作り上げたお笑いは、消えるのも早いです。

昭和の爆笑王といわれた林家三平を、寄席で見たことがあります。人気絶頂期で、めくりが“三平”と出ただけで、当人がまだ姿を見せる前から、場内は大爆笑です。私は、一つ一つの小噺は、さほど面白いとは感じなかった。本人のキャラで、客を笑わせていたと思います。
最後は、高座から客席に転げ落ちて見せ、腰をさすりながらまた高座に戻るのです。
うーん三平、そこまでやるか。あれじゃあ命をすり減らすなあと、つくづく感心しました。

ある時期東京のお笑い芸人は、渥美清からコント55号、ビートたけしに至るまで、浅草ストリップの劇場出身者で占められていました。なぜそこから、優秀なお笑い芸人を輩出したかといえば、踊り子の裸を身に来た客を笑わせるということは、大変な技術なのです。最も厳しい環境で努力し大成していった。だから強いし、人気も長持ちしたわけです。
ダウンタウンは大阪の寄席で揉まれて出てきましたし、爆笑問題は人気が出た後も、時々寄席に出ていました。アンタッチャブルが、今月の国立演芸場に出演しています。
やはり、お笑いの世界で生き残ろうとするなら、金を払った客を相手に、芸を磨くしかないでしょう。

お笑い芸人というのは、世の中で最も過酷な職業かも知れません。

サラリーマンの方は、待ちに待ったGWが近づきました。海外にお出掛けの方もおられると思いますが、4月17日から“別館”(下記のURL)で、海外旅行についての雑文と下手な写真を載せています。もしお暇と興味がありましたら、一度覗いて見てください。
http://home9.exblog.jp/

| | コメント (2) | トラックバック (4)

2005/04/19

桂文朝、そして高田渡

bunchou
訃報です。18日に落語家の桂文朝が亡くなりました。ひいきの噺家を亡くすと、友達を失ったような寂しさに襲われます。古今亭志ん朝の時は、1週間くらい落ち込んでしまいました。
文朝は、TVのお笑い番組に出るような落語家ではないので、一般にはお馴染みが無いかも知れませんが、飄々とした芸風の中に、江戸落語らしい気風の良さがあり、好きな芸人でした。今年始めごろには、ちょっとやせ方が気にはなりましたが、元気で高座をつとめていましたので、ショックを受けています。
文朝が噺家になった1952年は、私が親に連れられて初めて寄席に行った年です。文朝の芸暦と私の寄席暦とは一緒です。文朝は10歳でプロの落語家になった、天才落語少年でした。前座名は、山遊亭タア坊でした。小学生のプロ落語家は、多分空前絶後でしょう。たれ目で、少し甲高い声で、折り目正しく古典一筋でした。

takada
その前には、フォークソングの高田渡が亡くなっています。こちらもつい2ヶ月前くらいに、NHK衛星放送で歌っていましたので、驚いています。メジャーな存在ではなかったのですが、一部に熱烈なファンを持っていました。
昨年彼のプライベートな生活を追った記録映画「タカダワタル的」が公開されたばかりです。酒が好きで。演奏中に寝てしまったことがあるそうです。
代表曲は「自衛隊に入ろう」。1968年の曲ですから、ご存知無い方も多いと思いますので、サビ部分の歌詞を紹介します。
“自衛隊に入ろう(繰り返し) 自衛隊に入れば この世は天国 男の中の男はみんな 自衛隊に入って華と散る”
そそっかしい国会議員が、自衛隊募集の歌として推薦したという、笑い話が残されています。
発売当時は冗談で済みましたが、昨今の世相では笑ってられなくなりました。時代の流れを感じますね。

お二人とも、まだまだお若いのに・・・、ご冥福を祈ります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/04/03

森森夫妻の危機

Wmoriペイオフが4/1から解禁となりました。ニュース番組で“安全対策はどうしてますか?”と街頭インタビューすると、たいがい“どうしようか迷ってる。”とか“どうなるか心配だ。”などと答えています。あの方たちは余程の大金持ちなのでしょうね。
一人一金融機関1000万円まで保証されるんですよ。個人で、1000万円づつ沢山の銀行に分散してる人って、そんなに多いのかなあ。
我が家はペイオフ、なんの心配も影響も無いんですが。

歌手の森森夫妻が、離婚の危機とか。おしどり夫婦がなぜ、などの見出しが躍っていますが、離婚を半年前から予定している芸能人なんていませんしね。妻子がいても独身で通したり、とっくに別れているのに、夫婦円満を演出するなぞザラです。
芸能人にとっては、家庭生活も演技の一部です。

今回の離婚騒動ですが、私は森進一の女性関係が原因と見ていますが、アタリでしょうか。
森進一は、見かけによらず女性にマメで知られています。元アイドルタレントが、若い時彼からストーカー行為を受けたことを、告白したことがあります。今は美人演歌歌手として、有名俳優の夫人として名の通った歌手が、まだ無名時代に森進一の前座歌手兼愛人であったことは、芸能界ではよく知られています。
女性にマメな男というのは、生涯マメなものです。

数年前から森進一の人気に翳りが出てきて、引退していた森昌子を引っ張り出して夫婦コンサートを行ってきたのですが、どうしても家事や子育ての負担は、一方的に奥さんに掛かるものです。
この辺りの不満が蓄積したことも、原因の一つでしょう。
それより何より、結婚して引退した女性歌手が現役復帰すると必ず離婚するという、私が勝手に作った”別れの方程式”通りの結果となりそうです。

NHKが、連日のように愛知万博の宣伝番組を放送してますが、なんか関係あるんですかね。
それにあの紹介番組、見れば見るほど万博に行く気がなくなるんですが、営業妨害にならないのかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005/02/21

放浪記

morimi”人間は3種類に分かれる、男と女と女優である。”だそうです。この言葉を聴く度に、森光子を頭に描きます。

私が初めて森光子の舞台を見たのは1960年で、17歳の高校生の頃でした。あれからもう44年経ったわけですね。その舞台では八千草薫がまだ娘役で、中山千夏は子役でしたから、まさに隔世の感があります。
当時彼女は40歳前後でしたが、今でも見た目は余り変わらないのですから驚きです。確かにアップされると、さすがに年齢は隠せませんが、むしろ現在の方がキレイになっているのではとさえ思います。

その舞台ですが、“がしんたれ”という菊田一夫の自伝を芝居にしたものです。森光子は林芙美子の役を演じてましたが脇役で、ほんのワンシーンの出演であったと記憶してます。ただその時、何と上手い役者だろうと感心したことだけは覚えています。
結局この時の演技が認められ、放浪記の主役に抜擢されて、今日の森光子があります。歌手で売れず、映画女優でもパットせずでしたが、舞台女優で花を咲かせたわけです。

孫のような年のタレントのエキスを吸って、いつもでも若く美しい森光子、やっぱり女優は化け物ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)