書籍・雑誌

2018/05/01

”満州天理村「生琉里(ふるさと)」の記憶: 天理教と七三一部隊 ”

Photo
エィミー・ツジモト (著) ”満州天理村「生琉里」の記憶: 天理教と七三一部隊”
(えにし書房 2018/2/25初版 )

本書は、戦前の国家神道のもとで、政治がいかに宗教を利用していたか、それに呼応して宗教団体がいかに自らの教義をゆがめていったかを、天理教による満州移民の実態を通して記述したものだ。

日清日露戦争を経て日本は大陸に侵出してゆくが、昭和に入って満州事変から中国への侵略、傀儡国家としての満州国設立といった情勢の中で、日本政府は満州への移民政策を推進する。
こうした国策に呼応して天理教教団も移民の希望者を募り、信者を満州開拓団として送り出していった。
当時の日本の農村は困窮を極めていて、その一方で満州での開拓農業をバラ色に宣伝していたため、およそ3000人近くの信者が満州へ移民として渡っていった。
しかし、その実態は期待とは大きく外れるものだった。

開拓団の土地は元々満州人の農地であり、それを関東軍が半ば強制的にとりあげて日本からの移民に割り当てていた。
天理教信者の開拓団の村「生琉里」は周囲を壁て囲み、その外側には電流を通した鉄条網を敷き、鉄製の門には関東軍の兵士が警備するという物々しいものだった。
さらに移民たちには武器が貸与され、軍事教練も行われた。
つまり単なる移民ではなく武装移民であり、いざという時には関東軍の補完勢力となることが期待されていたのだ。

彼らは馴れない土地での農作業に励むが、さらに「生琉里」には不幸が待ち受けていた。
隣接した土地に、細菌兵器を開発するための731部隊の本部が建設されることになったのだ。
「生琉里」の中から男たちが731部隊の施設の建設に使役される。もちろん、当初はどういう施設かは知らされていなかったが、命にかけても秘密を守るよう指示され、彼らも特別の施設であることはうすうす気づく。
やがてトラックで次々と、「マルタ」と呼ばれる被験者が運ばれてくる。彼らは全員が生きてここを出ることはなかった。
すると「生琉里」の男たちの作業は、今度は死体処理になってゆく。来る日も来る日も穴を掘って中へ死体を投げ込み、その上に薪を並べて重油をそそぎ火をかけて燃やすという作業だ。
731部隊の「マルタ」というのは、中国人捕虜かと思っていたら、実際は違っていた。朝鮮人やロシア人も含まれ、なかには女学生や幼い少女、生後3ヶ月の幼児までいたのだ。細菌兵器の効果をあらゆる世代に試したかったんだろう。若い女性は性病の被検対象にされていた。
およそ3000人がこの施設で犠牲になったとある。

あまりのおぞましさに、読んでいるのが辛くなる。

ソ連が参戦してくると、今度は731部隊の痕跡を完全に無くすための作業に駆り出される。
生存していたマルタはみな青酸ガスで毒殺し、焼却する。
施設は各所の爆薬をしかけ、完全に爆破する。
この作業に従事した者だけは「生琉里」には戻さず、秘密は墓場まで持ってゆけという命令のもとに、特別の輸送ルートで日本へ帰国させた。

残された「生琉里」の人々にはさらに大きな苦難が襲う。
731部隊ではネズミを使った動物実験も行っていたので、そうした動物たちが隣接の「生琉里」の中に紛れ込んできて、細菌感染により最初は家畜、やがては開拓団の人たちからも死者が出てくる。
そして敗戦からソ連の参戦に至る過程では、ソ連人や現地人による日常的な略奪や暴行に遭う。日本政府からも関東軍からも見捨てられ、棄民にされてゆく。
そして、生きのびて日本へ引き揚げる苦難の道が、この先に待っている。

「生琉里」の生き残りの人たちの大半が口を閉ざす中で、著者のインタビューに応じてくれた風間博氏は、こう述べている。
「よその国に軍隊を持って入り、土地を取ってしまったら侵略なんや。中国の人には申し訳ないことをしたし、我々も辛かった。もう、こんな事を繰り返してはいかん。」
風間博氏はここに至った天理教教団の責任を追及しているが、教団は未だに認めていないとのこと。
天理教の「せかいは いちれつ みな きょうだい」という教義は、どこへ行ってしまったのか。

こうした不幸を二度と繰り返さすよう、こうした時代に二度と戻らぬよう、多くの方に読んで欲しいと願い、紹介した次第。

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2018/03/04

鈴木衛士”北朝鮮は「悪」じゃない”

Photo鈴木衛士”北朝鮮は「悪」じゃない” (幻冬舎ルネッサンス新書-2017/12/25初版)

中東にイスラエルという国がある。主に米国からの軍事・経済両面にわたる援助で支えられている。
中東唯一の核保有国として周辺国を威圧し、しばしば他国を攻撃する一方で、数々の国連決議に反して武力で領土を拡大し続けている。
先年、ツアーでイスラエルを訪問した際に、現地ガイドに何故この様な行為を行うのかを訊いてみた。
答えは、イスラエルの人たちは怖くて仕方が無いのだという。いつまたホロコーストの様な事態になり、民族が絶滅させられてしまうのか、その恐怖心なのだという。
過去の歴史から守ってばかりいては助からない、こちらから攻撃を仕掛けることによってしか自らを守ることが出来ないと、そう考えているのだと。
そうした事から私は、もしかすると北朝鮮も同じ立場に置かれているのではと想像していた。きっと、怖くて仕方ないのだろうと。

本書の著者は約30年にわたり航空自衛隊の情報幹部を務めた人物で、その経験から今の北朝鮮の現状や、アメリカや中国の動向、さらには日本が置かれている状況と今後どうすべきかをまとめたものだ。
北朝鮮を理解する上での最も大事なキーワードは「朝鮮戦争」だ。
1950年に朝鮮戦争は第二次世界大戦をひきずる様な形で始まり、最終的にはアメリカと中国の代理戦争の様相を呈していった。
1953年にようやく休戦協定が結ばれるが、韓国はこれを拒否し協定に加わらなかった。
いずれにしろ朝鮮戦争は未だ終結しておらず、平和協定が結ばれるまでは厳密にいえば双方の戦争状態は続いている。

北朝鮮が置かれている状況は、朝鮮戦争当時とは一変している。
当時はソ連の核の傘にあったのだが、そのソ連は崩壊した。
中国とは文字通り「血の同盟」によって結ばれていたが、その後の中国の改革開放により経済は資本主義化してしまい、必ずしも固い絆とは言えない。
そこに降ってわいたのはアメリカによる湾岸戦争であり、イラク戦争だ。
イラクが完全に破壊され、サダム・フセインが処刑されるのを見て、金正日は震え上がった。
もはや我が身を守るには核兵器の保有しかないと、核開発を一気に推し進める。
だから核保有は北朝鮮にとっては命綱であり、核を放棄させることなど不可能だと著者は述べている。
恐らくは、アメリカや日本政府も本音ではそう思っているのだろう。

著者の見方で面白いと思ったのは、北朝鮮をめぐる現在の情勢が関係国にとって有利であるという指摘だ。
即ち、アメリカにとっては日本や韓国に米国製の武器を大量に売りつけるチャンスで国益にかなう。
中国は、北朝鮮が経済制裁を受けていることにつけこんで、北が保有する希少な資源を手に入れたり、港湾の使用権を確保したりして潤っている。
ロシアは高みの見物で、むしろ米中が争って互いの国力が弱まるのを待つ。

日本はといえば、先の総選挙で自民党が大勝したことについて麻生副総理が「北朝鮮のお陰」と語ったが、本音だろう。
著者によれば、北朝鮮が核実験やミサイル実験を行う度に日本政府が「挑発」だと騒ぐのはおかしいのだと言う。挑発というのは相手国が反撃することを前提としているので、この表現は不正確だという。
核やミサイルを開発する過程で実験を行うのは当り前のことで、敢えていうならば「示威活動」が正しい。
北がミサイルを発射すれば自衛隊は直ちにミサイルの発射地点と目的地を調べる。その段階で日本本土上空数百キロメーターを飛行することが分かれば、落下物は先ずあり得ないと判断できる。
その情報は直ちに政府に伝えられている。
ところが日本政府は北朝鮮がミサイル実験を行うたびに、「Jアラート」という警報や避難訓練まで呼びかけているが、こうした過剰な反応は国民の危機意識を煽るのみならず、却って国益を損なう危険性を指摘している。

最も恐れるのは、米国と北朝鮮の首脳が似た者同士なので、チキンレースの中で米国が北に武力攻撃を行うケースだ。
北朝鮮は報復措置として日本に向けて核弾頭付ミサイルを発射してくる可能性が高い。
これが最悪のケースだ。
そうならないように、日本政府は北朝鮮との交渉を積極的に進めるべきだと著者は言う。
そして拉致問題の解決にとって今が絶好な機会だと、具体的な条件をあげて主張している。
米国に対しては「和して同ぜず」で臨み、北朝鮮に対しては「窮鼠」に追い込むことのないようにすべきだと言う。

余談になるが、著者らしい面白い見方を紹介する。
それは、仮に米中が妥協して北朝鮮に金政権に替わる政権が成立するならば、それは中国の傀儡政権になるだろう。
その政権は日本の安全保障にとっては遥かに危険な存在になる。
それよりは、北朝鮮の現在の政権が続いた方が我が国にとっては有利だと。

著者の主張には全面的に賛成するものではないが、北朝鮮問題の解決を考える上で一つの参考になるだろうと思い、紹介した次第。

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2018/02/27

「皇軍」の実態

Photo吉田裕「日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実」 (中公新書 2017/12/20初版 )

日中戦争から日米開戦を経て終戦に至る期間(「アジア・太平洋戦争」)の戦没者の人数は次の通りだ(いずれも概数、アジア地域は推定値で住民を含む)。
1.日本 310万人
【内訳】
軍人・軍属 230万人
(内、日本軍兵士として戦没した朝鮮人と台湾人 5万人)
外地の一般邦人 30万人
国内の戦災死没者 50万人
2.米軍 9.2万人
3.ソ連軍 2.3万人
4.オランダ軍 2.8万人
5.中国 1000万人
6.朝鮮 20万人
7.フィリッピン 111万人
8.マレーシア・シンガポール 10万人
9.ベトナム、インドネシアなど 不明
私たちはどうしても戦争による国内の犠牲者に目が生きがちだが、日本が起こしたアジア・太平洋戦争で犠牲者の人数に改めて慄然となる。また犠牲者の多くが日本と交戦あるいは占領したアジア地域の人々だったことを忘れてはならない。

著者の専門は軍事史で、本書で著者は、
①歴史学の立場から「戦史」を主題化する
②「兵士の目線、「兵士の立ち位置」」を重視する
③「帝国陸海軍の軍事的特性」が現実に与えた影響
といった観点から本書をまとめている。
特に最近になって強まっている日本や日本軍礼賛本が、およそ現実から離れた戦争観に基づくものと断じている。

本書を一読して感じるのは、よくもなあこんな無謀な戦争を引き起こしたものだという感慨と、怒りだ。
日本人の犠牲者310万人のうち9割は1944年以降と推算される。つまり戦局でいえば絶望的抵抗期に犠牲者が集中しているのだ。

では日本軍兵士はどのように死んでいったのか。
戦闘以外の病気などで死んだものを戦病死とすると、その割合は日中戦争までの間では50.4%だった。
対米開戦以後の統計が無いので、ある部隊の「部隊史」によると73.5%に達していた。著者はそれでも過少であると推定している、なぜなら戦病死より戦死の方が名誉なので、戦死に付け替えたものが無視できないからだ。
いずれにしろ、戦病死が異常に高いというのが日本兵の特徴だ。

日本兵の死のもう一つ大きな特徴は、「餓死者」が多いことだ。
これも統計データが無いので研究者による推定の数値になるが、栄養失調による餓死と栄養失調が原因で病気を併発した死者の合計を広義の「餓死者」とすれば、全体の61%に達するという。
別の研究者によれば38%という説もあるが、いずれにしろ異常な高率であることに変わりない。
原因は明白で、戦線を拡大した一方で補給体制が追い付かず、兵士が深刻な食糧不足に陥ったためだ。

戦闘中に艦船が沈没したことに伴う死者を「海没死」というが、この数が35万人である。
最も多かったのは兵士を輸送する輸送船での死者で、民間から徴用した貨物船を改造したものを輸送船として使ったものが多く、容易に艦船の攻撃で沈没した。また狭い船内に多数の兵士を詰め込んでいたため、助からなかったのだ。

次にあげるのは「特攻死」だ。
航空特攻は1944年10月のレイテ沖海戦で初めて組織され、当初は体当たり攻撃により米軍空母の甲板を一時的に使用不能にするというものだった。
それが次第に過剰な期待に変わり、1945年になると特攻が主要な攻撃手段となってゆく。
特攻隊員による戦死者は海軍が2431名、陸軍は1417名、合計3848名。
一方、特攻攻撃による戦果はを見ると、空母や戦艦、巡洋艦など主力艦船の撃沈はゼロ。撃沈できたのは商船を改造した小型空母3隻、駆逐艦13隻、その他輸送船など31隻だった。
軍が描いた、特攻攻撃によってサイパンまで取り返すというのは空想に過ぎなかった。

この他に大きな問題であったに拘わらず、表に出ていない事項がいくつか採り上げられている。
①自殺率が世界一
原因の多くは軍内部の私的制裁による。こうした私的制裁はいちおう軍隊では禁止されていたが、兵士が人間性や理性をそぎ落とし、上官の命令には絶対服従させるための教育として黙認されていた。
時には暴行により死亡した例もあったが、事故死として処理され軍法会議に掛けられる例はほとんど無かった。
また、長期の戦闘や行軍により発狂したり、自殺したいした例も少なくなかった。
②「処置」という名の殺害
「戦陣訓」では「生きて虜囚の辱めを受けず」として、事実上日本兵が相手方の捕虜になることを禁じていた。
日本軍が退却を迫られたとき、病気や負傷で動けなくなった兵士に自殺を強要したり、殺害することが行われていた。
③強奪や襲撃による殺害
食糧不足になると、味方の日本軍を襲い食糧を強奪するような事態も起きていた。
ルソン島では食糧強奪のための殺害や、人肉食のための殺害まで起きていた。
島で終戦を迎えたある軍医は、日本軍の第一の敵は米軍、第二の敵はフィリッピン人ゲリラ、そして第三の敵は日本兵の一群だったと述懐している。

ここまでが第一章で、第二章「身体から見た戦争、第三章「無残な死、その歴史的背景」へと続く。
「皇軍」とな名ばかりの凄まじい日本軍兵士の実態が、統計データや記録などによって詳細に示されている。
特に、日本軍の特異な軍事思想として
①見通しの立たぬままの「短期決戦」の偏重
②「作戦至上主義」により、補給、衛生、情報、防御を軽視
③極端な精神主義
④敵軍に対する過小評価
を上げている。
これらの点は、今日の日本の政治状況や、一部の日本人の中にも依然として残存している。

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2018/01/07

昔の本を読み返す「神々は渇く」「ゴリオ爺さん」「脂肪の塊」など

10代の頃に読んで面白かったり、感動したりした本を読み返してみようと思い立った。
「チボー家の人々」や「戦争と平和」の様な長大なものは避けて、もうちょっと手軽なものをいくつか探し出して読み始めた。
なにせ半世紀以上前に読んだ本だから、筋は完全に忘れている。だから新鮮だ。そして、とにかく面白い。
ただ読み返してみて、10代の頃に何にそんなに感動したのか、そこは良く分からなかった。

アナトール・フランス「神々は渇く」(大塚幸男・訳 岩波文庫)
やはりこれは名著だ。
フランス革命の末期から寡頭政治に移行する2年間を描いたもので、革命に殉じた青年の悲劇がテーマになっている。
主人公と彼を取り巻く数名の人間以外は、全て実在の人物という歴史小説とも読める。
作者は背景となった2年間の日々の出来事や文書や発言、天候に至るまで丹念に調べ、作品の中に織り込んでいるので、記録文学としての価値もある。
主人公の純粋だが過激な思想や行動が、自ら処刑されてしまう結末を著者は冷徹な目で見ているが、それでも未来への希望は失っていない。
最後の数頁にいかにもフランスの作家らしい香辛料も効いていて、小説の醍醐味を味わうことが出来る。

オノレ・ド・バルザック「ゴリオ爺さん」(博多かおる・訳 集英社文庫)
バルザックの生きた時代は、政治的にはフランス革命後の王政復古からナポレオン帝政時代にいたる。ブルジョワ階級の台頭と貴族社会の没落。初等教育の普及による識字率の向上があり、印刷技術の進歩により大量の出版物が世に出た時代だった。
こうした急激な社会変化の下での、人々の喜怒哀楽を描いた小説だ。
娘たちの幸せだけを願い、全財産を娘たちにつぎ込んで、自らは貧困の中で死んでゆくゴリオ爺さん。
人間の強欲さ、エゴイズム、時にはおぞましさをも深く描きながら、バルザックの底にあるのは人間賛歌だ。
情景や人間心理の細かな描写は、小説の手本といって良い。

ギィ・ド・モーパッサン「脂肪に塊」(太田浩一・訳 光文社文庫)
1870年にフランスとプロイセンとの戦争(普仏戦争)が勃発し、プロイセンが勝利して、ナポレオン三世による第二帝政が終わる。モーパッサン自身もこの戦争に従軍していて、大きな影響を受ける。
作品の背景はプロイセンの占領地域にあるフランスのある街から抜けだして、非占領地域に向かう乗合馬車の一行を描いたもの。
一行の顔ぶれは貴族や成金、大商人、修道女、民主主義運動家だが、そこに「脂肪の塊」の愛称で呼ばれたいた娼婦が同乗している。
他のメンバーは娼婦の存在に露骨に目を顰める。処が馬車はあいにくの天候不良や道路事情により遅々として進まず、戦争下で食料店は閉まっていて、一同は空腹に襲われる。
ひとり娼婦だけが食料を準備してしていて、同乗の人たちに分け与える。途端に周囲の娼婦に対する態度がガラリと変わる。
馬車の進行は大幅に遅れて、宿泊する場所もプロイセン占領地域になってしまう。占領軍の士官が娼婦に何事か言い寄るが、愛国者の娼婦は拒絶する。
そうすると士官は報復のために、馬車の出発を止めてしまう。一行は、娼婦のために馬車がいつまでも動けないと、娼婦にプロイセン士官に身を任せるよう迫り、娼婦は止むを得ず要求に応じる。
その結果、翌日に無事馬車は出発するが、今度は周囲の人たちはまるで汚い物でも見るような目で娼婦を蔑み、娼婦は耐えらえれず泣き続ける。
馬車を舞台に、当時の社会の縮図を描いた作品で、ブルジョワジーたちの冷酷さを見事に描いている。
この一作でモーパッサンが一躍人気作家になって世に出た記念碑的な作品でもある。
でも、高校生の当時に読んで面白さを感じた理由が、ちょっと謎だ。

こんな調子でこれからもシコシコ読み返しを続けるつもりでいる。

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2016/10/10

Amazonのカスタマーレビューを購入者に限定したら

以前にも同様の趣旨の記事を書いたことがあるが、アマゾン(Amazon)の一部の商品で明らかに購入も使用もすることなく、カスタマーレビューが書かれている例がある。
特に眼に付くのは書籍だ。それも社会や歴史に関する本に多い。読んでもいないのに堂々とレビューを書いている。
本の内容紹介や、他の人が書いたレビューを読めば、著書の大まかな主張は分かるのだ。
例えば「従軍慰安婦」や「南京事件」について書かれたものだと、自分の意に沿わないと思うと、頭から内容が「捏造」とか、著者を「反日」「工作員」などと決めつけて書いているケースが目立つ。
用語から察すればヘイト系の人たちだろう。
そうしたレビューを書いている人の過去のレビューも読むことができるが、なかには自分の意見と正反対の書籍にだけ相当な数のレビューを書いている例もある。この人がそうした本だけを選んで読んでいるとは到底思えない。内容も「読む価値がない」とか「買わないように」といった簡単なもので、中身を読まなくとも書けるものばかりだ。
あるいは、特定の著者が書いたものに批判の矛先を向けるというケースもある。著者の人相が悪いなどと、見当はずれのレビューを書いたのもあった。
そうしたレビューは無視すれば済むのだが、Amazonのレビューでは★の数で評価するので、否定的なレビューが集中すると、その書籍の総合評価が下げられてしまう。
書いてる人はその商品の評価を貶めるのが目的だろうが、営業妨害にもなりかねない。

以前に、その商品のCMに出ているタレントが気に入らないということで、★一つの商品レビューが集中して問題になったこともある。
そこで、使っていない、読んでいない人のレビューを除外するために、Amazonのカスタムレビューをその商品の購入者に限定したらどうだろうか。
本来は利用者の声を幅広く集めた方が良いのだが、公平性を担保し悪質なレビューを排除するためには致し方なかろう。
楽天やヤフーの購入サイトではレビューを購入者に絞ることができるので、Amazonも同様の措置を取ることを改めて提案したい。

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2016/06/25

書評『あたらしい憲法草案のはなし』

自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合(自爆連)『あたらしい憲法草案のはなし』(太郎次郎社、2016/6/22初版)

書籍といってもパンフレット程度のボリュームで、内容はタイトル通りの自民党が作成した憲法改正草案(以下、草案)の解説だ。文章は、現在の憲法が決められた時に文部省が発行した『あたらしい憲法のはなし』の文体をまねたもので、いわばオリジナルのパロディ風の作りとなっている。
ただ、著者が前書きにも書いている様に、出来るだけ草案の作成者の意図に沿うように書かれている。
言葉というのは難しく、例えば「原則としては・・・」とか「基本的には・・・」という時は、原則や基本以外の例外を認めることを意図している場合だ。この草案を読む時も、文章に裏にある作成者の意図をつかむことが大切だ。

自民党は結党当時から憲法改正を党是としてきた。しかし草案を読むと、彼らが現憲法の一部や条文改正なんて生ぬるいことなんかやめて、一から根本的に作り変えるという明確な意思を感じる。つまり部分的な条文の改正ではなく、根本原理を変えようとしている。
その典型は、現憲法が「国民を主人公」にしているのに対し、草案は「国が主人公」になっている点だ。憲法全体の理念は前文に示されているのは共通だが、現憲法の書き出しが「日本国民は・・・」となっているのに対し、草案では「日本国は・・・」となっている。現憲法は国民あっての国家であるという立場だが、草案は国家あっての国民なのだ。
現憲法では国民が国(権力)に対して憲法を守ることを命令しているが(立憲主義)、草案では国が国民に憲法を守ることを命令している。
本書では、草案の作成者たちの意図をこう解説する、今の憲法で「国民主権」なんて書いてるもんだから、国民はすっかりいい気になって国に権利を主張する。こうした行き過ぎを是正し、国民は公益や国防のために努力してから権利を主張しろと。

以上を基本に草案の特徴をまとめてみると、こうなる。
・国民の権利の縮小
・戦争放棄の放棄
・基本的人権の制限
以上は、実際に草案の条文全体を読み、作成者の意図を慮ると明白になる。
加えて、最も恐ろしいのは「緊急事態条項」である。
緊急事態になれば内閣は自由に法律(と同等の政令)を作ることができ、予算も自由、地方自治体への命令も出せる。さらに国民もこれに協力する義務を負う。
緊急事態を決めるのは総理大臣であり、国会承認は事後でも構わない。100日を超えれば国会の事前承認が必要になるが、裏返せば100日を超えなければ国会の事前承認は不要だ。
第二次大戦前のドイツでヒトラーが、この「緊急事態条項」を使って、ワイマール憲法を改正することなく独裁体制を構築したのは、記憶に新しい。
もしこの草案通りになったらと考えると、暗澹たる気分になる。

ここで紹介した草案の内容は全体のごく一部で、本書には草案全文も掲載されているので参考にして頂きたい。
現在のところ、現憲法を一気に変えて草案を制定する状況ではないかも知れない。しかし、自民党がこうした意志を持っており、この草案の方向で国民を導こうとしているのは明白だろう。
2時間程度で簡単に読めるので、興味のある方は是非ご一読をお薦めする。
(6/25 一部を加筆)

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2016/06/24

【書評】『戦争するってどんなこと? 』その3(「沖縄の米軍基地」)

米国の植民地としての沖縄
戦後の米軍占領下の1951年に、日本は連合国(但しソ連、中国などは不参加)との間でサンフランシスコ講和条約を締結(発効は1952年)するが、同じ日に「日米安保条約」を結ぶ。両条約はセットとなっており、安保と引き換えに講和条約を結ばされたのは明らかだ。もちろん、米軍の占領下だったので、いずれの条約も「押しつけ」である。いま改憲を主張する人々が「押しつけ憲法」を叫ぶが、不思議なことに彼らが「サンフランシスコ体制」や「安保条約」を押しつけだと非難するのを聞いたことがない。安保が憲法をも超える超法規であるにも拘わらずだ。
安保条約により、アメリカは「望む数の兵力を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利を確保」(ジョン・フォスター・ダレス)した。

一方の講和条約では、沖縄を米国施政下に置くことにし、沖縄は引き続き米軍の占領状態が続く。米軍は沖縄の住民から強制的に土地をとりあげ、次々と基地を建設してゆく。1972年に沖縄が日本へ復帰するまでの27年間は、アメリカの植民地扱いだった。
アメリカにとって沖縄は、戦利品だったわけだ。
土地を奪われた農民たちは生きていけない。さすがに見かねた米軍は世界に沖縄の人たちの受け入れ先をさがし、南米のボリビアだけが移民の受け入れ可能と分かると、500世帯単位で移住させた。しかしボリビアでは山を切り開いて畑を作らねばならず、とても惨めな生活を強いられる。彼らはアメリカからも日本からも見捨てられた「棄民」に等しい。
かくして沖縄は日本全土の0.6%しか面積の所に、74%の米軍基地が集中するという今日の事態に至った。

日本の植民地としての沖縄
2013年の朝日新聞の世論調査では、日米安保条約を支持する人は81%だった。一方、憲法9条は変えない方がいいと答えた人は52%だ。
この結果について著者は、「日本は平和な国と思いたいが、米軍基地がないと不安だ」と思っている人が多いのではと書いている。
もっと言えば、米軍には守って欲しいが近くに米軍基地が置かれるのはイヤだという考え方だ。その人たちにとって、米軍基地の大半を引き受けてくれている沖縄はとても好都合だと映るんだろう。沖縄の基地撤去闘争に対して本土の世論が概して冷たく感じるのも、そのせいだ。
1879年に琉球王国は日本の領土となるが、この時の琉球王は明治政府に対し軍の基地だけは置かないでくれと要請するが、政府は「軍隊をどこに置くかは政府が決める」とはねつけ、結局沖縄に日本軍の基地を作ってしまった。
このセリフ、最近どこかで聞いた気がしませんか?
そう、沖縄で辺野古への移転運動が起きて基地反対派が市長に当選したとき、自民党幹部は「基地をどこに置くかは政府が決める」と言い放った。沖縄に対する中央政府の態度は、明治時代と変わらない。
もし同じことが本土の中で起きたら、政府の態度は違っていた筈だ。
明治時代に沖縄を日本領土とした際には、日本の宗教を信じるように、日本語をしゃべるように、名前を日本風に変えるようにという「同化政策」が行われた。これは植民地化そのものだ。
植民地支配の要諦はアメトとムチであり、それは現在の日本政府の沖縄に対する態度そのものといえる。
いま「憲法9条を世界遺産に」という運動が進められている。これに対し著者は、安保条約がある限り、沖縄の米軍基地がある限り、日本がアメリカの核の傘の下にある限り、世界からほめて貰えるとは思えないと指摘している。「国の安全を軍事力に頼らない」という9条の精神が、現実とはあまりに離反しているからだ。
私も憲法9条を世界遺産にとか、ノーベル平和賞をという運動には賛成できない。
それは名実ともに9条を実現させてからの宿題とすべきだろう。

『戦争するってどんなこと? 』という本の中の一部を3回に分けて紹介した。本書の中で著者は、憲法9条の完全な実現を終始うったえている。勇気のいることだし、困難もある。しかし、これだけは世界中で出来るのは日本だけなのだ。

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2016/06/23

【書評】『戦争するってどんなこと? 』その2(「兵士の仕事」「原爆投下」「難民」)

「兵士の仕事」は人を殺すこと
日本では戦争というと国のために死ぬとか、命をかけるというイメージで捉えられることが多い。太平洋戦争では沢山の兵士が死んだので、その時の体験からそう考えるのだろう。
しかし、と著者はいう。兵士の仕事は人を殺すことだと。著者は3年間海兵隊の任務につき、予備役を含めれば10年間兵士としての訓練を受けてきたが、死ぬ訓練を受けたことは一度もない。もし死ぬとすれば、それは失敗したか、訓練が足りなかったか、運が悪かったからだ。
他の組織と違って軍隊の特徴は人を殺すことだ。だから兵士の仕事も人を殺すことになる。
しかし、人間は「殺せ」と命令されても簡単には人を殺せない。したがって相手を殺せるように、殺すことに対する抵抗を乗り越えるための訓練を行う。
先ず、相手を憎む訓練が行われる。相手が人間以下と考えられれば殺しやすくなる。相手を動物に例えるとか、悪と決めつけるとか。
2007年にイラクで、ロイター通信社のカメラマンとスタッフ十数人が、米軍のヘリコプター攻撃によって殺害されるという事件があった。この時の映像がウィキリークスによって公開された。
それによると、市街地を歩くイラク人数名が歩いていて、その中に武器を持っていると思われた人が一人いた(実際には武器ではなくカメラだったのだが)。ヘリの兵士は通信で本部に「撃ってよい」という了解を得て銃撃し、ほとんど皆殺しにする。生き残った一人の負傷者が道路脇にはっていこうとしていると、ワゴン車がきて怪我人を車に乗せようとした。そこを更に銃撃して、その人たちも撃ち殺してしまった。
銃撃のあと、全員が動かなくなったのを確かめたヘリの兵士は、「おお、みんな死んでる、ナイス」と言っている。
後から到着した米軍の装甲車が遺体の上を通ったら、ヘリの兵士たちは「いま遺体を轢いてる」「本当に?」と言って笑いあっていた。
彼らだって普通の市民だ。だが遺体に対する尊厳とか、遺体を踏みつけるのが異常だという感覚が失われている。そういう精神状態にならないと、戦争はやりにくいのだと著者は語っている。
戦場での兵士は「人を殺す」ことのストレスに加え、「殺されるかも知れない恐怖」「仲間が殺される」といったストレスを何重にも抱えることになる。
第二次大戦後のアメリカの研究によれば、兵士が連続して60日間戦場にいると、98%の人が精神に何らかの異常の兆候が出るという結果が得られている。だから米軍の兵士は60日を超えないように一定の期間、休暇を取らせることにしている。ベトナム戦争での休暇先はタイであり、日本の沖縄だった。

米国政府が原爆投下を謝罪しない理由
戦時国際法では兵士以外の民間人を殺傷することを禁じている。しかし飛行機が戦闘の主体になるにつれ状況は一変する。その範囲が武器や資材を運ぶ人たち(兵站、日本政府は「後方支援」と呼んでいるがマヤカシだ)への攻撃も許されるようになる。さらに拡大して武器や弾薬を作っている所なら爆撃してと良いとなった。
次の段階は、人が住んでいる所はどこでも空爆して良いとなり、やがて住民が住んでいる街を空襲すれば、そこに住んでいる人たちが政府に戦争を早くやめるよう圧力をかけるので、結果的に被害は少なくてすむという理屈になってきた。
アメリカが広島と長崎に原爆を投下したのは人道的だとしている論拠はここにある。アメリカは現在もこうした考え方をしている。
もし原爆投下を謝罪したなら、それは二度と核兵器を使わないと約束したことになる。これでは抑止力にならない。相手に使うかも知れないと思わせないと、抑止力が生まれない。謝罪しないのは、米国の軍事戦略上できないからだ。
米国に限らず核兵器を保有している国はすべて、軍人や民間人の区別なく皆殺しにするという覚悟を持っているということになる。

なぜ大量の「難民」が生まれたか
現在の戦争は人の生命を奪うだけでなく、多くの人の生活をも奪っていく。人が住んでいる場所が戦場になると、そこに住んでいた人たちの故郷と生活基盤も奪われる。人々は住む場所も仕事も学校もすべて失い、自立して生きてゆくことが出来なくなる。これらの人びとを「難民」と言う。
第二次大戦後に起きた最初の大規模の「難民」は、「パレスチナ難民」だ。イスラエルによって故郷を追われたパレスチナ難民の数は、現在までに470万人にのぼっている。この人たちは世代を超えて70年近くも難民として生きることを余儀なくされている。
現在も世界各地の紛争地域で難民は生まれ続け、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、その数は4520万人に達している。単純に計算すれば世界の155人に一人が難民ということになる。
UHNCRの活動資金は各国の自発的拠金によって賄われているが、活動資金3520億円のうち63%しか集まっていない(2012年実績)。
私から言わせてもらえば、難民を生んだ原因を作った国が負担すりゃいいじゃないかと思うのだが、そうなってはいないようだ。

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2016/06/22

【書評】『戦争するってどんなこと? 』その1(交戦権、自衛隊)

C.ダグラス ラミス『戦争するってどんなこと? (中学生の質問箱)』(平凡社、2014/7/9初版)
Photoこの本は、タイトルにある通り中学生たちからの質問に答えるという形式で書かれている。「戦争ってなに?」「軍隊って何をするところなの?」といった極めて初歩的な質問に、著者がやさしく回答をしている。しかし、基本的なことだけに改めて説明を読むと、「ああ、そういう事だったのか」と納得させられる。著者が元米軍海兵隊の将校だったということもあり、具体的な内容にもなっている。
やさしいが深い中身になっているので、何度かに分けて内容の紹介と、私自身の見解を付け加えてみたいと思う。

まず著者の経歴だが、1936年アメリカ・カリフォルニア生まれで、カリフォルニア大学バークレー校卒業後、志願して海兵隊に入隊。3年間将校として勤務するが、最後の1年は沖縄基地での勤務となった。まだ返還前の米軍占領下の沖縄の現状を見て除隊し、大阪外国語大学で2年間日本語を学ぶ。その後アメリカに帰国し、カリフォルニア大学の大学院で学ぶが、ここで公民権運動やベトナム反戦運動を経験し、意識が変わっていく。再び来日し1980年から津田塾大学教授として勤務、2000年の同大を退職後は沖縄に住み、沖縄国際大学で教鞭をとりながら講演や執筆活動を行っている。

最初に著者は、戦後の日本人の憲法9条に対する意識の変化について述べている。
初めて著者が大阪外大に入った頃は周囲に戦争を経験した人が多く、「戦争を知っている、だから二度と戦争には行かないし子供たちにも行かせません、だから憲法9条にそう書いてあります」という意見を持っている人が大半だった。
ところが、10数年後に日本の大学で教えるころになると、「憲法9条に戦争をしないと書いてある、だから私たちは戦争することができない」という意見に変わってきた。
戦争しないという意志が先にあって後から憲法がきているのと、憲法が先に来てだから戦争ができないというのでは、大きな違いがある。前者では自分が主語だったが、後者では自分は目的語になっている。
著者は、日本人の憲法9条に対する思いが弱くなっていると感じている。

「交戦権」とは「戦場で人を殺す権利」
近代国家が暴力を持つ権利は3つある。
①警察権:警察官はピストルで相手を撃っても任務であれば処罰されない。国家が警察権という人に対して暴力をふるう権利を持っている。
②刑罰権;裁判で有罪判決がでれば、国家は刑務所に監禁したり、死刑であれば殺しても罪にならない。
③交戦権:国が戦場で人を殺したり、財産を破壊したりする権利。
欧米などでテロリストが殺人を犯せば厳しく罰せられるし(刑罰権)、容疑者を射殺することができる(警察権)。
しかしアメリカなどがアフガニスタンやシリアで空爆を行い、日々沢山の民間人が殺されても兵士は処罰されない。なぜなら戦場で人を殺してもよいという「交戦権」があるからだ。厳密にいえば「宣戦布告」抜きの戦闘なので、これが戦争と言えるかどうかという法的問題はあるのだが。
反面、交戦権があるということは相手国がアメリカに攻撃しても、それは違法ではない。第三国にあるアメリカの基地が戦闘に使われていれば、相手国はその基地を攻撃することも出来る。
日本国憲法第9条では
【第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。】
と定めていて「交戦権」を持っていないので、日本は合法的に戦争はできない。
第二次大戦後に日本が、一度も戦争で人を殺したり殺されたりしたことがなかったのは、そのためだ。
世界で軍隊を持っていない国はあるが、法律で「交戦権を保持しない」ことを定めている国は日本だけと筆者は語っている。
自衛隊がPKOで海外に派遣されているが、交戦権がないので武器の使用は刑法36条、37条に該当する場合に限定されていて、それ以外で人に危害を加えることは許されていない。
刑法36条は、正当防衛の行為の場合は罰せられないという法律で、37条は緊急避難条項で、危機を避けるためにやむを得ずした行為は罰せられないという法律だ。

「自衛隊」の当初の任務は「国内治安維持」
1950年に朝鮮戦争が始まると、アメリカ占領軍の多くは朝鮮半島に出撃してゆく。そうなると米軍最大の任務だった日本国内の秩序を維持することを肩代わりさせる組織が必要になった。そこで日本政府に命じて「警察予備隊」を作らせた。当時は国内でデモやストライキが頻発しており、それを抑える意味合いもあった。やがて警察予備隊は自衛隊となってゆく。
現在の自衛隊の任務にも「公共の秩序の維持」が定められている。

【第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。】

軍隊というと外国との戦争と結び付けがちになるが、実際には国内の秩序維持も重要な任務だ。過去の歴史を振り返るまでもなく、この言葉は国民への弾圧と同意義である。20世紀に戦争や紛争で亡くなった人の数は、外国の軍隊からより、自国の軍隊によって殺された人の数がはるかに多いというという推計がある。
軍隊にはそうした二面性があることに十分注意した方が良い。

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2016/05/10

書評「戦争は女の顔をしていない」

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ (著) 三浦 みどり (翻訳) 『戦争は女の顔をしていない』 (岩波現代文庫 2016/2/17刊)
Photo本作品は2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシ出身の作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの処女作である。そのベラルーシでは出版が許されていないが、ロシアを始め世界各国で出版され大きな反響を呼んだ。
ソ連では第二次世界大戦中に100万人をこえる女性が従軍した。それも他国のように看護婦や軍医というだけでなく、実際に武器を持って戦闘に参加した。なかにはいくつもの勲章を受章した英雄もいた。
処が、戦争が終わってみると、彼女たちは従軍したことを秘密にしたり、戦争体験をひた隠しにした。彼女たちを待ち受けていたのは周囲の女性たちの「戦地に行って男の中で何をしてきのやら」という蔑みの声であり、軍隊では同僚だった男たちも彼女らを守らなかった。そうした女性たちを訪問し、何度も説得して重い口を開かせて聞き書きしたのがこのドキュメンタリーだ。
スタートは1978年でソ連時代だったので証言も制約があった。ペレストロイカの時代になってようやく明らかにされた事実も多く、そうした証言も本書に加えられている。

先ず驚いたのは、彼女たちは自ら志願して軍隊に加わっていたことだ。なかには周囲の反対を押し切り、また軍隊から拒否されてもなお懇願して兵士となった女性も多い。
読後の感想は、ただただ慄然とするだけだった。正直、全てを読み切るのに躊躇した位だ。一夜にして髪が真っ白になった女性、重傷を負って自宅に戻ったら母親が娘だと気付いてくれなかったという女性、赤ちゃんに障害があると知った夫が「お前が戦争で人を殺した報いだ」と非難された女性など、悲しい事実をあげたら切りがない。ソ連崩壊後に明らかにされたソ連軍の蛮行(特に相手国の女性への性暴力)や、捕虜となって帰還した兵士をスパイの疑いで収容所送りをした事実なども、彼女らの証言で明らかになっている。
以下は、従軍したソ連の女性たちの証言からいくつかを抜粋した。

【村を奪還した。どこかで水を汲みたくて探し回った。ある家の庭に入ると、そこにつるべ井戸があった。彫り物で飾った伝統的なつるべ。庭に射殺されたその家の主が倒れていた。そばに飼い犬が座っている。私たちを見つけ歯をむきだした。私たちに襲いかかるのではなく、私たちを呼んでいる風だった。犬について小屋の中に入ると、戸口に奥さんと三人の子供たちが倒れていた。
犬はそのそばに座って泣いているの。本当に泣いているの。人間が泣いているみたいに。】

【戦闘は激しいものでした。白兵戦です・・・これは本当に恐ろしい・・・人間がやることじゃありません。なぐりつけ、銃剣を腹や目に突き刺し、のど元をつかみあって首を絞める。骨を折ったり、呻き声、悲鳴が渦巻いています。頭蓋骨にひびが入るのが聞こえる、割れるのが・・・、戦争の中でも悪夢の最たるもの、人間らしいことなんか何もない。戦争が恐ろしくないなんて言う人がいたら絶対に信じないわ。】

【駅が爆撃されていた。そこに子供たちを満載した列車が止まっていて、子供たちを窓から放り出し始めた。三歳から四歳までの小さな子供たち。そう遠くない所に森があって、そこにみんな走っていく。直ぐ後をドイツの戦車が続く。戦車の列が子供たちを押し潰してゆく。子供たちは跡かたもなく潰された・・・その光景を思い出すと今でも気が狂いそうになるの。】

【モスクワに住んでいる間じゅうずっと、五年ぐらいだったか、市場に行けませんでした。私が戦場で救ったために不具者として生き残った人たちが、私に気付いて、「どうしてあのとき助け出したのだ?」と言うんじゃないかと怖かったんです。若い中尉のことを憶えていたんです。その人の両足はほとんどちぎれていたんですが、爆撃の下で手当てしようとすると、その人は怒鳴ったんです。「長引かせないでくれ! とどめの一発を・・・命令だ!」分かります? その中尉と会ってしまうかもしれない・・・。】

【十年たっても眼を閉じれば浮かんでくるんです。春、戦闘が終わったばかりの畑で負傷兵を探している。畑の麦が踏み荒らされていて、ふと味方の若い兵士とドイツ兵の死体に行き当たります。青々とした麦畑で空を見てるんです。死の影さえ見えません。空を見ている・・・あの目は忘れられません。】

【「来てくれたんだね。来てくれたんだ」そして何かをささやいているんです。何を言ってのか分かりません。もう話せないわ。あの時のことを思い出すといつも涙が溢れてくる。「戦争に行くとき君にキスする間がなかった、キスしてくれ」身体をかがめてキスしてあげる。片方の目から涙がポロッとこぼれて、包帯の中にゆっくり流れて消えた。それで終わり。その人は死んだの。】

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