書籍・雑誌

2021/07/13

「アカ」とは何だったのか?山本おさむ『赤狩り』⑩最終巻

山本おさむ『赤狩り』10(最終巻)
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1940年代からアメリカを席巻してきた「赤狩り」がようやく終息をむかえ、本書の主人公である脚本家のダルトン・トランボの名誉回復が行われた。
政治の世界ではジョン・ケネディ暗殺に続き、キング牧師、ロバート・ケネディが暗殺される。ジョンソン大統領がベトナムに多数の米兵を送り込むが戦況はさらに悪化、ついにニクソン大統領によりベトナム戦争が終結される。「赤狩り」が朝鮮戦争に始まり、ベトナム戦争の終結とともに終わるのが象徴的である。
本書ではケネディ暗殺こそが最大の赤狩りだったと結論づけている。それはキューバへの侵攻を止めてソ連との平和共存を図り、ベトナム戦争を終わらせようとしたケネディに対する軍需産業の軍産複合体、それに加担したCIAやFBIによるからの攻撃であったというのが作者の解釈だ。
「赤狩り」というと一般的のは反共産主義を指すが、「アカ」とは「社会に害をもたらす行動・態度・思想・意図」であり、「それらを総じて共産主義と見做し、社会から追放する」ことが「赤狩り」だと作者はいう。
今日、ロシアでの政敵の投獄、中国での香港や新疆ウイグルへの弾圧、ミャンマー軍による市民の虐殺、そして60年前に起きアメリカの「赤狩り」(本書では触れていないが日本でも「赤狩り」はあった)と、社会体制に関係なく「社会に害をもたらす行動・態度・思想・意図を社会から追放する」行動が行われている。
そうして見ていけば、「赤狩り」は今日的な問題である。
本書では、トランボが原作者である『ジョニーは戦場に行った』を映画化するまでの苦心や反戦色が濃いことを理由に米国での上映が妨害されたこと、トランボが脚本を書いた『ダラスの熱い日』が米国内のメジャーでの上映が断れたことが書かれている。いずれも当時のベトナム戦争やケネディ暗殺への異論の封殺が背景にある。
アカデミー協会は『黒い牡牛』に続き『ローマの休日』がトランボの作品であることを正式に認め、オスカーを贈った。アカデミー協会はこれをもって謝意を示す形にしたが、他の映画関係の協会からは正式な謝意を行われなかった。それは映画の資金を出しているのがウォール街のグローバリスト達であり、彼らが「赤狩り」を反省するわけがないからだ。

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2021/02/26

【書評】山本おさむ『赤狩り①-⑧』

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山本おさむ『赤狩り①-⑧』(小学館 ①2018/5/2初版~)

コミック本を購入したのは初体験だったが、これが面白い。傑作!力作!
本作品は雑誌「ビッグコミック」に2017年~2020年にかけて連載されたものを単行本にしたもので、最終の⑨巻は未発売だ。こんな題材のコミックを雑誌に連載した編集者の眼力に驚かされる。本作は「事実にもとずいたフィクション」とされているが、②巻以後の巻末にどれが真実でどれがフィクションかが解説されている。過去の著作や研究書の成果が織り込まれており、フィクションも全体に無理なく構成されている。
「赤狩り」については当ブログの”自国の負の歴史と向きあう映画(7)『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』”で概要を記しているが、従来は主に被害を受けた側の立場から書かれたものが多い。
それに対して本書は赤狩りを「歴史の流れ」の中で捉えているのが特長だ。即ち、赤狩りをハリウッドの問題に限定せず、アメリカ社会全体を包み込む大きな流れとして描いている。本書が「ハリウッド・テン」から始まり、ケネディ暗殺まで書かれているのはそのためだ。
著者は「赤狩り」の時代背景をアメリカの原爆開発と、その資料を盗み出してソ連が原爆を開発し、米ソの冷戦が引き金になったとしている。次いで起きた朝鮮戦争はアメリカとソ連の代理戦争の様相を呈し、アメリカ国内での反共意識が高まった。更にキューバの社会主義化がこれに輪をかけた。
この機に乗じて米国のFBI、CIA、警察は一体となって、民主主義や権利、平等を主張する者たちを「赤」として弾圧を行った。この流れは現在も続いており、最近での「トランプ現象」もその一つとすれば理解しやすい。

本書のもう一つの特長は、赤狩りのターゲットとなった側の弱点をついていることだ。1940年代にアメリカでは共産主義への憧れからアメリカ共産党に入党する者が増え、一時は党員が10万人に達していた。処が、アメリカ共産党はソ連(=スターリン)の影響力が強く、文化を政治の下に置くような教条主義的な指導が行われていた。加えてソ連国内での文化人への弾圧が断片的に(全面的にオープンになるのはフルシチョフによるスターリン批判以後になる)伝わると急速に共産主義に対する反発が拡がり、党員も数千人にまで落ち込む。ハリウッドで赤狩りされた人も既に離党していた人が多かった。またソ連は多数のスパイを米国内に送り込んでいたが、アメリカ共産党にはそうした情報を一切伝えていなかった事も、党員の不信感につながった。
そのようにターゲットとされた側の弱点も、赤狩りを阻止できなかった要因としている。但し、作者はだからと言って赤狩りを正当化することは許されないという立場だ。
トランボたちの不屈の精神やそれを支えた家族と、そういう中でも手を差し伸べてきた映画人たちの姿が描かれ、やがて名誉回復するまでの闘いは感動的だ。笑い、時に涙しながら読了した。

 

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2021/02/01

【書評】波田野節子『李光洙-韓国近代文学の祖と「親日」の烙印』

波田野節子『李光洙(イ・グァンス)-韓国近代文学の祖と「親日」の烙印』(2015/6/25初版 中公新書)
不勉強で、たまたま他の雑誌で李光洙の名に触れていたので本書を購読。李光洙は韓国の近代文学の祖とされ、知らぬ者はいないそうだ。日本でいえば夏目漱石に相当するのだろう。
本書では李光洙のヒストリーが詳しく紹介されていて、1892年、李は貧しい家庭に生まれながら韓国併合前後に日本に留学し明治学院で学び、文筆活動を始める。帰国してから住民への啓蒙活動を行い教師にもなるが、1915年に再び来日し早大に編入。
1919年、日本政府を糾弾し朝鮮の独立をうたった「2・8独立宣言」を起草し上海に亡命、「3・1独立運動」と臨時政府に参加する。このころ許英粛(韓国で初の産院を作った人)と結婚。
「3・1独立運動」が挫折すると李は、「東亜日報」に入社し編集局長などを務め、多くの小説を著した。長年の無理がたたったのか結核を患い、以後病苦と闘うことになる。
1937年日中戦争が勃発するが、その直前に李ら182名が治安維持法で逮捕される。これは完全なでっち上げ事件だったが、うち2名が死亡1名が廃人になるという過酷な取り調べを受けた。李は病気が悪化したため釈放されるが裁判にかけられる。
1938年、同事件で起訴された李を始め全員が転向を表明する。朝鮮人も帝国の臣民として生きるという内容だった。日本の統治から免れぬ以上は、朝鮮人も日本人と同様に権利を主張し差別を無くすような「内鮮一体化」を目指すことになる。
対日協力の第一歩として李が音頭をとって朝鮮の文学者を皇軍慰問団として戦地に赴くことにした。
第二歩は、李が「日本文学報国会」に真似た「朝鮮文人協会」を結成し会長におさまったことだ。
その後は田舎に引っ込んでしまう。
1940年には創氏改名により「香山光郎」の日本人名をなのる。この頃から日本語の論文を盛んに書くようになるが、当時の朝鮮では日本語を読める人はごく少数であったことを考えれば、対象はむしろ内地の日本人向けだったと思われる。
1941年に大東亜戦争(太平洋戦争)が始まると李は西洋への反発からアジア解放を賛美し、1943年には日本の学徒動員に呼応して朝鮮人学生の学徒兵志願を勧誘する。これに対応しなかった学生は全員が大学から除籍されてしまう。
1948年に大韓民国が成立、李は「私は独立国の自由の民だ」という長詩を書き支持を表明する。その翌月に「反民族処罰法」が制定され、李は対日協力した罪で検挙されるが不起訴となる。しかし李の「親日」の烙印はその後も消えることがなかった。
1950年に朝鮮戦争が勃発すると、北朝鮮に連行され消息を断った。息子の李栄根(米国に渡り大学教授になっていた)が1991年に北朝鮮を訪問し、父親の消息を調べたが1950年に死亡したようだというが明確なことは分からなかった。なお平壌近郊には李光洙の墓がある。
李光洙の歴史は日本と切っても切れない関係にある。彼の背後にあるものは日本の日清日露戦争から中国への侵出、アジア太平洋線戦争に至る軍国主義の歩みと、過酷な弾圧だ。
後年、李は「民族のために親日しました」と語っているが、あながち自己弁明だけとは言えず、本人の真意かも知れない。いくつもの挫折を乗り越えた末の次善の策と思っていたのかも知れない。
李は韓国では未だに「親日」のイメージが強いそうだが、再評価の動きも一部にあるという。

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2020/12/04

記号としての「焼跡」「闇市」

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逆井聡人 「〈焼跡〉の戦後空間論」( 青弓社 2018年8月8日初版)

戦後を語るときに、その象徴的な風景として「焼跡」「闇市」が語られ、描かれてきた。今でも映画やドラマで戦後を映し出すシーンとしてこの両者がしばしば登場する。
「焼跡」「闇市」が本来は敗戦の負のイメージだったはずだが、それが「~からの復興」というむしろプラスの言葉として結び付けられることも多い。
戦後70年以上も経って、戦中や戦争直後を、言い換えれば「焼跡」や「闇市」の実態を知らぬ人がほとんどとなってしまった現在、両者はもはや記号としか存在していない。
先日「〈焼跡〉の戦後空間論」という著書を読んだ。この書籍は戦後の日本について多くの示唆に富むものだが、その中から「焼跡」と「闇市」の部分について感じたことを記す。

1.焼跡
アジア太平洋戦争の末期、大都市の大半が米軍機による空襲を受けた。特に昭和25年2月以降は、ターゲットがそれまで軍事施設から住民を目標とする市街に変わってゆく。
米軍による空襲の多くは都市、それも例えば東京では下町を中心としており、山手ではほとんど大きな被害は出ていない。地方においても中心となる都市部だけがターゲットとなっていた。それは目的が軍事施設の破壊であり、密集地を狙って住民を効率的に殺害できたからだ。
焼跡の被害の実態は被害を受けた人々は直接目にしたが、実はそれ以外の人の目に触れることはなかった。戦時中は軍部が空襲や焼跡について報道することを禁じており、戦後はGHQがにより禁止されていた。日本国民に実態が知れることが占領政策に影響すると考えたからだ。写真などの放送や新聞報道は検閲され、その手の映像や画像は排除された。原爆の被害の写真が公開されたのはサンフランシスコ条約の発効以後だったのと同じことだ。
話は変わるが、「パンパン(米兵相手の街娼)」も検閲の対象だった。私自身の戦後の記憶は、パンパンと米兵が乗っていたジープだ。
だがGHQは、日本に駐留する米兵が日本人女性を買春していることが米国本土の米国人に知られることを恐れた。映像や画像はもちろんのこと、イラストに至るまで検閲を受け、米兵と日本人女性が腕を組んでいるイラストさえも削除させられた。
かくして日本人全体が焼跡の実態を知るのは昭和28年以降であり、焼跡が戦後の象徴となるのは戦後しばらく経ってからになる。
あれだけGHQが神経を尖らせていたが、映画『長屋紳士録』(小津安二郎監督の戦後第一作となる作品)のロケに焼跡が映ってしまった。GHQの劇映画だから目が届かなかったかも知れない。映画そのものも名作だが、映像としても貴重な作品となった。

2.闇市
闇市が立った土地は、新宿、上野、渋谷、池袋、新橋などで、元は生産地から物流の集積地としての建物疎開地だった所。
闇市は、戦時中は闇取引と言われていたが、戦時中から存在していた。一般の人が手に入らないものを持っていたのは軍隊で、それを闇で横流しするのは小規模だったが戦時中から行われていた。
それが戦後になって大規模にマーケットとして成立したのが闇市だった。敗戦になって軍の統制も乱れて、大量の物資が闇市に流れこんだ。
むろん非合法であったが、生活物資の配給が滞りがちだった都市部では、闇市は重要な流通の調整弁の役割を果たしていたので、当局もその存在を黙認せざるを得なかった。
また、戦後に外地から多くの引き揚げ者が帰還してきたが、住む所も生きる手段もない人も少なくなく、そうした人々が闇市で糊口をしのいでいたという側面もあった。
GHQは、当初は闇市には大きな関心を寄せなかったが、米兵も闇で物資を横流ししていた現実から取締りに力を入れるようになる。
闇市には朝鮮人の人たちも参加していたが、当初は日本人のテキヤ(闇市を仕切っていたのが暴力団だった)との縄張りをめぐる小競り合い程度だったのが、朝鮮戦争が始まるころになるとGHQ自体が朝鮮人を取り締まるようになる。それと戦後に生まれた「第三国人」という呼称に代表されるような朝鮮人差別とが合流し、朝鮮人を差別し排除していく流れになってゆく。

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2018/10/18

書評「許されざる者」

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レイフ・GW・ペーション (著), 久山葉子 (訳) 「許されざる者」(創元推理文庫、2018/2/13初版)

国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ、定年退職し年金生活を送っていたが、ある日脳梗塞で倒れ半身に麻痺が残る。
そんな彼に女性の主治医から意外な相談が持ち掛けられる。彼女の牧師だった父が、懺悔で9歳の少女が暴行の上殺害された事件の真犯人の名を聞いていたと言うのだ。ただその父は既に死去していて、事件は時効になっていた。
ラーシュはかつての相棒だった元刑事らを手足に、事件を調べ直す。闘病生活を送りながらの困難な捜査だったが、いくつもの壁を乗り越え遂に真犯人にたどり着く。
問題は事件は時効で、犯人を法で裁けないことだ。そこでラーシュは一計を案じ、犯人に自らの罪を償う方法を選択するよう迫るのだが・・・。

作者のレイフ・GW・ペーションは犯罪学教授としてスウェーデンの国家警察委員会の顧問を務め、ミステリーの人気作家として本国では名が知られているそうだ。本作に登場する人物も過去にシリーズ化され、TVドラマや映画化もされているとのこと。著書の邦訳は本書が初となる。

ここのとこ、北欧ミステリーにどっぷり嵌っている。どの作品も実に面白い。本作もその例外ではない。
警察小説であり、ミステリーのカテゴリーからいえば車椅子探偵という事になる。
この小説の最大のテーマは時効になった犯人を社会的に制裁できるのかという点にある。作中では旧約聖書の中の「目には目を 歯には歯を」が度々引用されているが、事件の解決を暗示している。ただ、これが最善かどうかは評価が分かれる所だ。

本書のもう一つの魅力は、主人公ラーシュをめぐる周囲の人々の姿だ。
銀行家の妻、手広く商売をしている長兄、会計士の義弟、ラーシュの主治医、刺青だらけの介護人、丁稚と呼ばれている若い男、そして昔の警察官仲間たち。
彼らの暮らしや背負ってきた過去から、私たちには観光でしか知りえないスウェーデンの国が抱えている問題が浮かび上がる。同時にそれらが事件究明の糸口へとつながっていく。
深刻なテーマを扱いながら、ユーモア溢れる文体で読者を楽しませてくれる手腕は大したものだ。
但し、続編は期待できないのが残念。
CWA賞インターナショナルダガー、ガラスの鍵賞等五冠に輝いたのも郁子なるかな。

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2018/05/01

”満州天理村「生琉里(ふるさと)」の記憶: 天理教と七三一部隊 ”

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エィミー・ツジモト (著) ”満州天理村「生琉里」の記憶: 天理教と七三一部隊”
(えにし書房 2018/2/25初版 )

本書は、戦前の国家神道のもとで、政治がいかに宗教を利用していたか、それに呼応して宗教団体がいかに自らの教義をゆがめていったかを、天理教による満州移民の実態を通して記述したものだ。

日清日露戦争を経て日本は大陸に侵出してゆくが、昭和に入って満州事変から中国への侵略、傀儡国家としての満州国設立といった情勢の中で、日本政府は満州への移民政策を推進する。
こうした国策に呼応して天理教教団も移民の希望者を募り、信者を満州開拓団として送り出していった。
当時の日本の農村は困窮を極めていて、その一方で満州での開拓農業をバラ色に宣伝していたため、およそ3000人近くの信者が満州へ移民として渡っていった。
しかし、その実態は期待とは大きく外れるものだった。

開拓団の土地は元々満州人の農地であり、それを関東軍が半ば強制的にとりあげて日本からの移民に割り当てていた。
天理教信者の開拓団の村「生琉里」は周囲を壁て囲み、その外側には電流を通した鉄条網を敷き、鉄製の門には関東軍の兵士が警備するという物々しいものだった。
さらに移民たちには武器が貸与され、軍事教練も行われた。
つまり単なる移民ではなく武装移民であり、いざという時には関東軍の補完勢力となることが期待されていたのだ。

彼らは馴れない土地での農作業に励むが、さらに「生琉里」には不幸が待ち受けていた。
隣接した土地に、細菌兵器を開発するための731部隊の本部が建設されることになったのだ。
「生琉里」の中から男たちが731部隊の施設の建設に使役される。もちろん、当初はどういう施設かは知らされていなかったが、命にかけても秘密を守るよう指示され、彼らも特別の施設であることはうすうす気づく。
やがてトラックで次々と、「マルタ」と呼ばれる被験者が運ばれてくる。彼らは全員が生きてここを出ることはなかった。
すると「生琉里」の男たちの作業は、今度は死体処理になってゆく。来る日も来る日も穴を掘って中へ死体を投げ込み、その上に薪を並べて重油をそそぎ火をかけて燃やすという作業だ。
731部隊の「マルタ」というのは、中国人捕虜かと思っていたら、実際は違っていた。朝鮮人やロシア人も含まれ、なかには女学生や幼い少女、生後3ヶ月の幼児までいたのだ。細菌兵器の効果をあらゆる世代に試したかったんだろう。若い女性は性病の被検対象にされていた。
およそ3000人がこの施設で犠牲になったとある。

あまりのおぞましさに、読んでいるのが辛くなる。

ソ連が参戦してくると、今度は731部隊の痕跡を完全に無くすための作業に駆り出される。
生存していたマルタはみな青酸ガスで毒殺し、焼却する。
施設は各所の爆薬をしかけ、完全に爆破する。
この作業に従事した者だけは「生琉里」には戻さず、秘密は墓場まで持ってゆけという命令のもとに、特別の輸送ルートで日本へ帰国させた。

残された「生琉里」の人々にはさらに大きな苦難が襲う。
731部隊ではネズミを使った動物実験も行っていたので、そうした動物たちが隣接の「生琉里」の中に紛れ込んできて、細菌感染により最初は家畜、やがては開拓団の人たちからも死者が出てくる。
そして敗戦からソ連の参戦に至る過程では、ソ連人や現地人による日常的な略奪や暴行に遭う。日本政府からも関東軍からも見捨てられ、棄民にされてゆく。
そして、生きのびて日本へ引き揚げる苦難の道が、この先に待っている。

「生琉里」の生き残りの人たちの大半が口を閉ざす中で、著者のインタビューに応じてくれた風間博氏は、こう述べている。
「よその国に軍隊を持って入り、土地を取ってしまったら侵略なんや。中国の人には申し訳ないことをしたし、我々も辛かった。もう、こんな事を繰り返してはいかん。」
風間博氏はここに至った天理教教団の責任を追及しているが、教団は未だに認めていないとのこと。
天理教の「せかいは いちれつ みな きょうだい」という教義は、どこへ行ってしまったのか。

こうした不幸を二度と繰り返さすよう、こうした時代に二度と戻らぬよう、多くの方に読んで欲しいと願い、紹介した次第。

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2018/03/04

鈴木衛士”北朝鮮は「悪」じゃない”

Photo鈴木衛士”北朝鮮は「悪」じゃない” (幻冬舎ルネッサンス新書-2017/12/25初版)

中東にイスラエルという国がある。主に米国からの軍事・経済両面にわたる援助で支えられている。
中東唯一の核保有国として周辺国を威圧し、しばしば他国を攻撃する一方で、数々の国連決議に反して武力で領土を拡大し続けている。
先年、ツアーでイスラエルを訪問した際に、現地ガイドに何故この様な行為を行うのかを訊いてみた。
答えは、イスラエルの人たちは怖くて仕方が無いのだという。いつまたホロコーストの様な事態になり、民族が絶滅させられてしまうのか、その恐怖心なのだという。
過去の歴史から守ってばかりいては助からない、こちらから攻撃を仕掛けることによってしか自らを守ることが出来ないと、そう考えているのだと。
そうした事から私は、もしかすると北朝鮮も同じ立場に置かれているのではと想像していた。きっと、怖くて仕方ないのだろうと。

本書の著者は約30年にわたり航空自衛隊の情報幹部を務めた人物で、その経験から今の北朝鮮の現状や、アメリカや中国の動向、さらには日本が置かれている状況と今後どうすべきかをまとめたものだ。
北朝鮮を理解する上での最も大事なキーワードは「朝鮮戦争」だ。
1950年に朝鮮戦争は第二次世界大戦をひきずる様な形で始まり、最終的にはアメリカと中国の代理戦争の様相を呈していった。
1953年にようやく休戦協定が結ばれるが、韓国はこれを拒否し協定に加わらなかった。
いずれにしろ朝鮮戦争は未だ終結しておらず、平和協定が結ばれるまでは厳密にいえば双方の戦争状態は続いている。

北朝鮮が置かれている状況は、朝鮮戦争当時とは一変している。
当時はソ連の核の傘にあったのだが、そのソ連は崩壊した。
中国とは文字通り「血の同盟」によって結ばれていたが、その後の中国の改革開放により経済は資本主義化してしまい、必ずしも固い絆とは言えない。
そこに降ってわいたのはアメリカによる湾岸戦争であり、イラク戦争だ。
イラクが完全に破壊され、サダム・フセインが処刑されるのを見て、金正日は震え上がった。
もはや我が身を守るには核兵器の保有しかないと、核開発を一気に推し進める。
だから核保有は北朝鮮にとっては命綱であり、核を放棄させることなど不可能だと著者は述べている。
恐らくは、アメリカや日本政府も本音ではそう思っているのだろう。

著者の見方で面白いと思ったのは、北朝鮮をめぐる現在の情勢が関係国にとって有利であるという指摘だ。
即ち、アメリカにとっては日本や韓国に米国製の武器を大量に売りつけるチャンスで国益にかなう。
中国は、北朝鮮が経済制裁を受けていることにつけこんで、北が保有する希少な資源を手に入れたり、港湾の使用権を確保したりして潤っている。
ロシアは高みの見物で、むしろ米中が争って互いの国力が弱まるのを待つ。

日本はといえば、先の総選挙で自民党が大勝したことについて麻生副総理が「北朝鮮のお陰」と語ったが、本音だろう。
著者によれば、北朝鮮が核実験やミサイル実験を行う度に日本政府が「挑発」だと騒ぐのはおかしいのだと言う。挑発というのは相手国が反撃することを前提としているので、この表現は不正確だという。
核やミサイルを開発する過程で実験を行うのは当り前のことで、敢えていうならば「示威活動」が正しい。
北がミサイルを発射すれば自衛隊は直ちにミサイルの発射地点と目的地を調べる。その段階で日本本土上空数百キロメーターを飛行することが分かれば、落下物は先ずあり得ないと判断できる。
その情報は直ちに政府に伝えられている。
ところが日本政府は北朝鮮がミサイル実験を行うたびに、「Jアラート」という警報や避難訓練まで呼びかけているが、こうした過剰な反応は国民の危機意識を煽るのみならず、却って国益を損なう危険性を指摘している。

最も恐れるのは、米国と北朝鮮の首脳が似た者同士なので、チキンレースの中で米国が北に武力攻撃を行うケースだ。
北朝鮮は報復措置として日本に向けて核弾頭付ミサイルを発射してくる可能性が高い。
これが最悪のケースだ。
そうならないように、日本政府は北朝鮮との交渉を積極的に進めるべきだと著者は言う。
そして拉致問題の解決にとって今が絶好な機会だと、具体的な条件をあげて主張している。
米国に対しては「和して同ぜず」で臨み、北朝鮮に対しては「窮鼠」に追い込むことのないようにすべきだと言う。

余談になるが、著者らしい面白い見方を紹介する。
それは、仮に米中が妥協して北朝鮮に金政権に替わる政権が成立するならば、それは中国の傀儡政権になるだろう。
その政権は日本の安全保障にとっては遥かに危険な存在になる。
それよりは、北朝鮮の現在の政権が続いた方が我が国にとっては有利だと。

著者の主張には全面的に賛成するものではないが、北朝鮮問題の解決を考える上で一つの参考になるだろうと思い、紹介した次第。

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2018/02/27

「皇軍」の実態

Photo吉田裕「日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実」 (中公新書 2017/12/20初版 )

日中戦争から日米開戦を経て終戦に至る期間(「アジア・太平洋戦争」)の戦没者の人数は次の通りだ(いずれも概数、アジア地域は推定値で住民を含む)。
1.日本 310万人
【内訳】
軍人・軍属 230万人
(内、日本軍兵士として戦没した朝鮮人と台湾人 5万人)
外地の一般邦人 30万人
国内の戦災死没者 50万人
2.米軍 9.2万人
3.ソ連軍 2.3万人
4.オランダ軍 2.8万人
5.中国 1000万人
6.朝鮮 20万人
7.フィリッピン 111万人
8.マレーシア・シンガポール 10万人
9.ベトナム、インドネシアなど 不明
私たちはどうしても戦争による国内の犠牲者に目が生きがちだが、日本が起こしたアジア・太平洋戦争で犠牲者の人数に改めて慄然となる。また犠牲者の多くが日本と交戦あるいは占領したアジア地域の人々だったことを忘れてはならない。

著者の専門は軍事史で、本書で著者は、
①歴史学の立場から「戦史」を主題化する
②「兵士の目線、「兵士の立ち位置」」を重視する
③「帝国陸海軍の軍事的特性」が現実に与えた影響
といった観点から本書をまとめている。
特に最近になって強まっている日本や日本軍礼賛本が、およそ現実から離れた戦争観に基づくものと断じている。

本書を一読して感じるのは、よくもなあこんな無謀な戦争を引き起こしたものだという感慨と、怒りだ。
日本人の犠牲者310万人のうち9割は1944年以降と推算される。つまり戦局でいえば絶望的抵抗期に犠牲者が集中しているのだ。

では日本軍兵士はどのように死んでいったのか。
戦闘以外の病気などで死んだものを戦病死とすると、その割合は日中戦争までの間では50.4%だった。
対米開戦以後の統計が無いので、ある部隊の「部隊史」によると73.5%に達していた。著者はそれでも過少であると推定している、なぜなら戦病死より戦死の方が名誉なので、戦死に付け替えたものが無視できないからだ。
いずれにしろ、戦病死が異常に高いというのが日本兵の特徴だ。

日本兵の死のもう一つ大きな特徴は、「餓死者」が多いことだ。
これも統計データが無いので研究者による推定の数値になるが、栄養失調による餓死と栄養失調が原因で病気を併発した死者の合計を広義の「餓死者」とすれば、全体の61%に達するという。
別の研究者によれば38%という説もあるが、いずれにしろ異常な高率であることに変わりない。
原因は明白で、戦線を拡大した一方で補給体制が追い付かず、兵士が深刻な食糧不足に陥ったためだ。

戦闘中に艦船が沈没したことに伴う死者を「海没死」というが、この数が35万人である。
最も多かったのは兵士を輸送する輸送船での死者で、民間から徴用した貨物船を改造したものを輸送船として使ったものが多く、容易に艦船の攻撃で沈没した。また狭い船内に多数の兵士を詰め込んでいたため、助からなかったのだ。

次にあげるのは「特攻死」だ。
航空特攻は1944年10月のレイテ沖海戦で初めて組織され、当初は体当たり攻撃により米軍空母の甲板を一時的に使用不能にするというものだった。
それが次第に過剰な期待に変わり、1945年になると特攻が主要な攻撃手段となってゆく。
特攻隊員による戦死者は海軍が2431名、陸軍は1417名、合計3848名。
一方、特攻攻撃による戦果はを見ると、空母や戦艦、巡洋艦など主力艦船の撃沈はゼロ。撃沈できたのは商船を改造した小型空母3隻、駆逐艦13隻、その他輸送船など31隻だった。
軍が描いた、特攻攻撃によってサイパンまで取り返すというのは空想に過ぎなかった。

この他に大きな問題であったに拘わらず、表に出ていない事項がいくつか採り上げられている。
①自殺率が世界一
原因の多くは軍内部の私的制裁による。こうした私的制裁はいちおう軍隊では禁止されていたが、兵士が人間性や理性をそぎ落とし、上官の命令には絶対服従させるための教育として黙認されていた。
時には暴行により死亡した例もあったが、事故死として処理され軍法会議に掛けられる例はほとんど無かった。
また、長期の戦闘や行軍により発狂したり、自殺したいした例も少なくなかった。
②「処置」という名の殺害
「戦陣訓」では「生きて虜囚の辱めを受けず」として、事実上日本兵が相手方の捕虜になることを禁じていた。
日本軍が退却を迫られたとき、病気や負傷で動けなくなった兵士に自殺を強要したり、殺害することが行われていた。
③強奪や襲撃による殺害
食糧不足になると、味方の日本軍を襲い食糧を強奪するような事態も起きていた。
ルソン島では食糧強奪のための殺害や、人肉食のための殺害まで起きていた。
島で終戦を迎えたある軍医は、日本軍の第一の敵は米軍、第二の敵はフィリッピン人ゲリラ、そして第三の敵は日本兵の一群だったと述懐している。

ここまでが第一章で、第二章「身体から見た戦争、第三章「無残な死、その歴史的背景」へと続く。
「皇軍」とな名ばかりの凄まじい日本軍兵士の実態が、統計データや記録などによって詳細に示されている。
特に、日本軍の特異な軍事思想として
①見通しの立たぬままの「短期決戦」の偏重
②「作戦至上主義」により、補給、衛生、情報、防御を軽視
③極端な精神主義
④敵軍に対する過小評価
を上げている。
これらの点は、今日の日本の政治状況や、一部の日本人の中にも依然として残存している。

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2018/01/07

昔の本を読み返す「神々は渇く」「ゴリオ爺さん」「脂肪の塊」など

10代の頃に読んで面白かったり、感動したりした本を読み返してみようと思い立った。
「チボー家の人々」や「戦争と平和」の様な長大なものは避けて、もうちょっと手軽なものをいくつか探し出して読み始めた。
なにせ半世紀以上前に読んだ本だから、筋は完全に忘れている。だから新鮮だ。そして、とにかく面白い。
ただ読み返してみて、10代の頃に何にそんなに感動したのか、そこは良く分からなかった。

アナトール・フランス「神々は渇く」(大塚幸男・訳 岩波文庫)
やはりこれは名著だ。
フランス革命の末期から寡頭政治に移行する2年間を描いたもので、革命に殉じた青年の悲劇がテーマになっている。
主人公と彼を取り巻く数名の人間以外は、全て実在の人物という歴史小説とも読める。
作者は背景となった2年間の日々の出来事や文書や発言、天候に至るまで丹念に調べ、作品の中に織り込んでいるので、記録文学としての価値もある。
主人公の純粋だが過激な思想や行動が、自ら処刑されてしまう結末を著者は冷徹な目で見ているが、それでも未来への希望は失っていない。
最後の数頁にいかにもフランスの作家らしい香辛料も効いていて、小説の醍醐味を味わうことが出来る。

オノレ・ド・バルザック「ゴリオ爺さん」(博多かおる・訳 集英社文庫)
バルザックの生きた時代は、政治的にはフランス革命後の王政復古からナポレオン帝政時代にいたる。ブルジョワ階級の台頭と貴族社会の没落。初等教育の普及による識字率の向上があり、印刷技術の進歩により大量の出版物が世に出た時代だった。
こうした急激な社会変化の下での、人々の喜怒哀楽を描いた小説だ。
娘たちの幸せだけを願い、全財産を娘たちにつぎ込んで、自らは貧困の中で死んでゆくゴリオ爺さん。
人間の強欲さ、エゴイズム、時にはおぞましさをも深く描きながら、バルザックの底にあるのは人間賛歌だ。
情景や人間心理の細かな描写は、小説の手本といって良い。

ギィ・ド・モーパッサン「脂肪に塊」(太田浩一・訳 光文社文庫)
1870年にフランスとプロイセンとの戦争(普仏戦争)が勃発し、プロイセンが勝利して、ナポレオン三世による第二帝政が終わる。モーパッサン自身もこの戦争に従軍していて、大きな影響を受ける。
作品の背景はプロイセンの占領地域にあるフランスのある街から抜けだして、非占領地域に向かう乗合馬車の一行を描いたもの。
一行の顔ぶれは貴族や成金、大商人、修道女、民主主義運動家だが、そこに「脂肪の塊」の愛称で呼ばれたいた娼婦が同乗している。
他のメンバーは娼婦の存在に露骨に目を顰める。処が馬車はあいにくの天候不良や道路事情により遅々として進まず、戦争下で食料店は閉まっていて、一同は空腹に襲われる。
ひとり娼婦だけが食料を準備してしていて、同乗の人たちに分け与える。途端に周囲の娼婦に対する態度がガラリと変わる。
馬車の進行は大幅に遅れて、宿泊する場所もプロイセン占領地域になってしまう。占領軍の士官が娼婦に何事か言い寄るが、愛国者の娼婦は拒絶する。
そうすると士官は報復のために、馬車の出発を止めてしまう。一行は、娼婦のために馬車がいつまでも動けないと、娼婦にプロイセン士官に身を任せるよう迫り、娼婦は止むを得ず要求に応じる。
その結果、翌日に無事馬車は出発するが、今度は周囲の人たちはまるで汚い物でも見るような目で娼婦を蔑み、娼婦は耐えらえれず泣き続ける。
馬車を舞台に、当時の社会の縮図を描いた作品で、ブルジョワジーたちの冷酷さを見事に描いている。
この一作でモーパッサンが一躍人気作家になって世に出た記念碑的な作品でもある。
でも、高校生の当時に読んで面白さを感じた理由が、ちょっと謎だ。

こんな調子でこれからもシコシコ読み返しを続けるつもりでいる。

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2016/10/10

Amazonのカスタマーレビューを購入者に限定したら

以前にも同様の趣旨の記事を書いたことがあるが、アマゾン(Amazon)の一部の商品で明らかに購入も使用もすることなく、カスタマーレビューが書かれている例がある。
特に眼に付くのは書籍だ。それも社会や歴史に関する本に多い。読んでもいないのに堂々とレビューを書いている。
本の内容紹介や、他の人が書いたレビューを読めば、著書の大まかな主張は分かるのだ。
例えば「従軍慰安婦」や「南京事件」について書かれたものだと、自分の意に沿わないと思うと、頭から内容が「捏造」とか、著者を「反日」「工作員」などと決めつけて書いているケースが目立つ。
用語から察すればヘイト系の人たちだろう。
そうしたレビューを書いている人の過去のレビューも読むことができるが、なかには自分の意見と正反対の書籍にだけ相当な数のレビューを書いている例もある。この人がそうした本だけを選んで読んでいるとは到底思えない。内容も「読む価値がない」とか「買わないように」といった簡単なもので、中身を読まなくとも書けるものばかりだ。
あるいは、特定の著者が書いたものに批判の矛先を向けるというケースもある。著者の人相が悪いなどと、見当はずれのレビューを書いたのもあった。
そうしたレビューは無視すれば済むのだが、Amazonのレビューでは★の数で評価するので、否定的なレビューが集中すると、その書籍の総合評価が下げられてしまう。
書いてる人はその商品の評価を貶めるのが目的だろうが、営業妨害にもなりかねない。

以前に、その商品のCMに出ているタレントが気に入らないということで、★一つの商品レビューが集中して問題になったこともある。
そこで、使っていない、読んでいない人のレビューを除外するために、Amazonのカスタムレビューをその商品の購入者に限定したらどうだろうか。
本来は利用者の声を幅広く集めた方が良いのだが、公平性を担保し悪質なレビューを排除するためには致し方なかろう。
楽天やヤフーの購入サイトではレビューを購入者に絞ることができるので、Amazonも同様の措置を取ることを改めて提案したい。

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