日記・コラム・つぶやき

2022/08/28

(続)歳は取りたくないもんだ

先週、経験したことが無いような激しい腹痛におそわれ、3日間苦しんだあげく病院に行ったたら、S字結腸が捻じれて腸全体が詰まったのが原因と分かった。
直ちに入院して内視鏡手術をおこない、捻じれと詰りは解消したが、腸が正常に戻るまで点滴と下剤の治療。まともな食事が取れるまで10日間の入院生活になってしまった。
全く次から次へと、我ながら嫌になる。
これが加齢というもんなのか。
それとも性格が捻じれていると、腸まで捻じれるのだろうか。疑問?

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2022/08/05

「原敬」の潔さを見習ったらどうか

原敬は第19代内閣総理大臣で、爵位を一切受けなかった所から「平民宰相」と呼ばれた。戊申戦争で敗れた南部藩出身というハンディにも拘わらず苦学して、新聞記者や外交官を経て政界入りし、総理にまで上り詰める。
藩閥、軍閥といった特権階級と対決しながら改革を進め、外交では対米協調と日中親善を説いた。
原は、右翼から度々脅迫を受けていたが、1921年11月4日東京駅で刺殺された。犯人は駅の日雇い職員の貧しい青年だった。
原は遺書を用意していて、その内容は次の通り。
一、死去にあたっての位階勲はすべて辞去すること
一、東京では何らの式も営まず、遺骸は直ちに盛岡に送ること
一、墓石の表面には姓名以外、戒名も位階勲も記さぬこと
この潔さを見習ったらどうか。
そうすりゃ、国葬がどうのと揉めることもなかろうに。

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2022/07/30

日本は「同調圧力社会」

作家・吉村昭の『東京の戦争』で、「戦時中は軍と警察が恐ろしかったといわれいるが、私の実感としては隣り近所の人の目の方が恐ろしかった」と書いている。そう感じた人は多かったのではなかろうか。
隣組の防空訓練に病弱のため参加しなかった主婦を、組長がその家に行って非国民だとののしった。50代のその男の顔には、独裁者のような傲慢の表情が浮かんでいた。
灯火管制が敷かれると、隣組の幹部が家々を巡回し、電光が漏れている家があると怒声をあげて注意する。
日本は「ムラ社会」の特徴である「同調圧力社会」でもある。

政治の世界では、1940年に多くの既成政党が解散し、大政翼賛会を結成する。ナチスと同様の一党支配になるのだが、政党の解散は法律によるものでもなく政府の命令でもない、「自主的」に解散したものだ。
1940年には第二次世界大戦の端緒となるドイツの進撃が始まると、それがメディアを通じて日々報道され、国民の多くは喝采をもってこのニュースを迎えた。いずれイギリスが降伏するのは時間の問題だし、ソ連も敗北するという見方が拡がっていた。現地の外交官からは、こうした安易な判断に警告する声があったが、メディアや国民の熱狂にかき消されてしまった。
「バスに乗り遅れるな」がスローガンになり、日本も従来の英米偏重から、これからは欧州を制覇するドイツというバスに乗っかるべきというわけだ。
こうした背景があって、メディアと国民は「日独伊三国同盟」を熱狂的に支持し、対米戦争に突入していく。
私たちは、当時の政府や軍がメディアや国民の声を統制し、無謀な戦争に突入していったと教えられてきたが、実際は政府や軍がメディアや国民の声に押されて、戦争を拡大していったという面が強い。
戦時中の言論統制にしても、もちろん政府の意向があったにせよ、メディアの側が積極的に加担していた。言論統制の責任者が、当時の新聞社の幹部で占めれていたのがその証拠だ。

「同調圧力社会」では、組織内は「同質性」が求められる。企業にせよ学校にせよ、異論は排除される。
かつて同僚だった社員が役員に意見を具申したところ、「君は共産党か」と言われたと憤慨していた。
それは今の日本でも続いている。

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2022/07/20

高峰秀子『血染めのブロマイド』

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『文藝春秋』8月号に高峰秀子が書いた『血染めのブロマイド』が紹介されている。1968年7月号に掲載されたものを改めてとりあげた格好。
高峰秀子(1924年3月27日 - 2010年12月28日)、若い方には馴染みがないかも知れないが、日本映画を代表する名女優だ。5歳で映画デビューした天才子役で、「子役は大成しない」というジンクスを破った人でもある。
2014年の『キネマ旬報』発表の「オールタイム・ベスト日本映画男優・女優」で、女優部門で第1位となった。
歌手としては「銀座かんかん娘」がヒットし、文才があって数多くの著書がある。
『血染めのブロマイド』
前線に送られる兵士の慰問袋の中に、既にスターだった高峰秀子のブロマイドが入れられていた。戦地でブロマイドを見た兵士からの手紙を彼女は続々と受け取る。
「ある兵士からは『もし、生還できたら、あなたの様な人をみつけて結婚したい』と書いてあり、ある兵士からは『私は明朝、突撃隊として出撃する。慰問袋に入っていたあなたの写真を今日まで胸のポケットに抱き続けてきたが、戦死の道連れにするに忍びないので』と、わざわざブロマイドを送り返してきた。また、ある母親からは『戦死した息子の遺品の中にありました』と、血に染まったブロマイドを送り返してくれたこともあった」
この文章は、戦後23年経ってから書かれたものだが「私の心の中では、戦後は終わっていない」
明朝、特攻機で出撃する航空兵を慰問した帰り道。「慰問隊の乗ったトラックに手を振りながら、いつまでも見送っていた特攻隊員たちの『さようなら、さようなら』という叫び声は、いまも耳にはっきりと残っている」
「だから、いまの日本の若者たちが『戦争はカッコいいな』などと無造作に言い放つのをみると、本当に飛んでいって殴ってやりたくなる。私は、もう戦争はイヤだ」
いま、各国が軍拡を競いあう時代に入りつつあるが、あらためて高峰のこの文章を読み、立ち止まって考える必要があるだろう。

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2022/07/01

ゴキブリをわし掴み

ここ2、3年ゴキブリの姿を見なくて安心していたら、3日前と今日と続けて1匹づつ現れた。
これが過去形なのは、既に処理が済んでいるからだ。
我が家には、老妻という頼もしいゴキブリキラーがいる。素手でゴキブリを捕まえてギュッと握り潰し、トイレにポイと捨てて一件落着。
普段はスローモーションの様な動きなのに、ゴキブリ相手だとなぜあんなに俊敏に動けるのか謎である。そして、妻を前にするとゴキブリの動きが止まる理由もこれまた謎だ。
一方、以前に壁に止まっていたゴキブリに殺虫剤をかけていたら、いきなり私へ向かってブンと飛んできた。その時に逃げ回ったトラウマで、ゴキブリを眼にすると怖気づいてしまう。
今日も、妻が奮闘している姿を遠くから眺めていただけ。我ながら情ない話しである。

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2022/05/01

「谷間」の揺れ

「ココログ」では、記事にアクセスした方々の年代や地域といったデータが表示される。男女別の項目もあるが、データには表示されていない。4月分のデータによれば、年代では30代が約半数を占めていて、大半が40代以下で、50代以上は1%に満たない。当方としては、50代以上の男性が多いとみていたので、意外な結果である。
そして今回の話題も、50代以上の男性向け。
男として気になるのは、女性の胸の谷間だ。しかし、慎み深い日本の女性は谷間をさらすことは滅多にない。
そこいくと、海外では谷間を拝める機会はグーンと増え、目のやり場に困ることが多い(本当は困っていないが)。夏ともなると、襟の大きく開いたTシャツやタンクトップを着た女性たちが颯爽と街を歩くので、眼福にあずかることになる。
イスラエルのテルアビブを訪れた時、ここは大学が多いせいか下校時ともなると、大勢の女学生たちに出会った。揃ってはちきれんばかりのバストにTシャツ姿で、どちらを向いても谷間だらけ。
早速ワルオヤジたちが集まって、「凄かったねぇ」と感嘆しきり。そこから世界の女性のバスト論議が始まり、今見たばかりの印象からかイスラエルが世界一となった。ヨーロッパは東高西低の傾向があるという認識で一致し、イスラエルが大きいのは、東欧やロシアからの移民が多いせいだろうとあいなった。実際に、店の看板にはキリル文字で書かれたものが多い。
エルサレムの土産物店では、ヒップラインの美しい店員に出会った。今までに見たことがない、ちょうどスイカを縦にスパっと半分に切ったような形で、思わず二度見してしまった。
この後がランチで、真向いの席がツアー最高齢の80代男性だったが、その第一声がいきなり「ねえ、見た!」。「ええ、見ましたよ」と、これだけで男同士は感動を分かち合えてしまう。
女性の皆さん、男というものはかくもショウモナイ生物なのです。

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2022/04/18

事件や事故現場での「献花」への疑問

いつの頃からか、事件や事故の現場に花や菓子などがそなえられるようになった。被害者への悲しみや遺族へのお悔やみという気持ちは分かる。しかし、それらを毎日のように片づける人への負担を考えたことがあるだろうか。近所の方が片づけるようだが、ものがものだけに簡単に廃棄するわけにもいかず、処分に困るらしい。
そっと手を合わせるだけで十分ではないか。
勝手な善意は迷惑になるだけだ。
大きな事故や事件だといる、時に記念碑をたてたりする例がある。また、毎年の発生日には遺族の方が集まって現場で祈りをささげるのをニュースで目にするが、遺族の中には負担に感じる人もいるのでは。
人にもよるだろうが、辛い思いは忘れたい遺族もいると思う。
よく「事件を風化させないように」という言い方で、風化を否定的に使っている表現にぶつかることが多いが、もし死にたくなるほどの辛い思い出をずっと引きずっていたら、人は精神的に壊れてしまうだろう。風化は人間が生きてゆく上での知恵ではなかろうか。
家族の法事でも、故人を偲ぶのは3回忌までで、7回忌以降は親戚同士の交流会の趣きになる。
どんな事が起きようと、残された人は生きてゆかねばならぬ。配偶者を亡くした人なら再婚することもあるだろう。兄が亡くなって初七日の時に、義姉には良い人がいたら再婚して下さいと伝えた。
これから生きてゆくことの方が大事なのだ。

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2022/04/12

SNSをやらない理由

ツイッターやフェイスブック、インスタグラムといったSNSはやらないし、他の人のSNSを見ることもない。
理由は、つながりたくないからだ。
ネットを通して多数の人と交流するなんざあ、真っ平ゴメン。
例外にLINEがあるが、これも相手は子どもや孫たちだけだ。友だち申請には友人知人の名もあるが、申し訳ないが全てスルーしている。
自分の主張が正しいから、多くの人に知って貰いたいなんて気はサラサラない。
当ブログのタイトルを「ほめ・く」としているのは、宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の中の、「ホメラレモセズ クニモサレズ」から採っている。
要は、世の中の役に立たない、どうでもいいことを書くのが信条だ。
性格が曲がっているので、世の中が揃って右に向いていると、ついつい左に向きたくなる。
付和雷同を嫌うから、フォロワーだのイイネだの、その数を競う世界には馴染めない。
この性分は治りませんね、この年になるとなおさら。

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2022/03/30

時代の変化についてゆけない爺さんたち

ここでは「爺さん」を70代後半から80代以上の人を対象とする。
爺さんたちが会社に入った当時は、定年が50歳だった。入社したばかりの人にとっては、50歳はすごい年寄りに見えた。
終身雇用が一般的で、給料は年功序列だったから、真面目にコツコツ働いていれば馘首になることもなく、給料は自動的に上がっていった。
特別に忙しい時期を除けば、定時に退社できた。
植木等じゃないけれど、「タイムレコーダーガチャンと押せば、ちょっくらちょいとパーにはなりゃしない」という時代だった。
慰安旅行となると、女子社員への今で言うセクハラが公然と行われていた。なにせ「悪い時はどうぞぶってね、あなた好みの女になりたい」なんて歌が、ヒットしていた時代だから。今なら犯罪だもんね。
30代になる頃に、合理化の波が押し寄せてきた。人員を出来るだけ切り詰め、余った人は「希望退職」という名の「強制退職」させられた。
いきなり別の会社に行かされる「出向、転籍」制度が導入された。給与体系も年齢給から能力給に変わった。
国際競争に勝ち抜くためとして業界再編が進み、企業合併があちこちで行われ、弾き出された社員は退職に追い込まれた。
50歳前後に職場にコンピューターが導入され、馴れない手つきでキーボードを叩く日々が始まる。社内資料は全てデジタル化された。
50代半ばになると、携帯電話が持たされた。出張や外出先にも容赦なく電話やメールがくる。
やれやれと思っていたら、ようやく定年だ。
爺さんたちの中には、時代の変化についてゆけない人もいるから、そこは大目に見てあげて欲しい。
当ブログでも時に失礼な事を書いているでしょうが、どうか温かい目で見てください。

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2022/03/16

常に誰かを差別しないと気が済まない人たち

小学5年の時に、クラスに在日韓国人の男子生徒が編入されてきた。両親は長く日本に住んでいたようで、彼は日本語の読み書きができたが、発音には訛りがあった。この発音に数人の生徒が嘲笑したり馬鹿にしたりするのだ。私たちより一回り体の大きな彼は、その度に背中を丸くして俯いて耐えていた。周囲の生徒の多くは彼に同情し、虐める生徒を非難したが、いっこうに止める気配がなかった。そういう連中は揃って頭の悪い生徒たちだったと記憶している。
いわゆる「部落差別」については、私の周辺では見聞きしたことがなかったので、差別そのものを知ったのは文学作品や映画などからだ。20代のはじめ頃に出張で大阪に行った時、先方の社員と世間話しをしていたら、部落への非難と、同和地区には近づかない方が良いとアドバイスされたことがある。「〇〇線の電車に乗ると、そういう人が多いので気をつけた方がいい」という、具体的なことだった。関西では部落差別が未だ存在しているのだなと実感した。
仕事の関係で、ある大阪の会社に下請けをお願いしていた。従業員はとても仕事熱心な人たちで、何度も助けられた。あるとき地元の人から、あの会社は社長以下全員が部落の人だと言われた。こちらからすれば、「だから何だ」である。仕事とはなんの関係も無い。
ウクライナ戦争との関係で、ロシア人への嫌がらせが起きてるとか。被害はロシア料理店にまで及んでいるとの報道もある。海外でも同様のヘイトが報じられているが、全く意味のないことだ。
「クーリエジャポン」によると、香港の女性ジャーナリストがロシア大使館前でウクライナデモを取材中、たまたま居合わせた右翼団体の男から罵声や威嚇を受けたという。「おまえらは中国共産党」と言いながら詰め寄ってきた。止めに入った大学生に殴りかかろうとして、警官に阻止されたとのこと。
終戦の日の8月15日、靖国神社からの中継中には投石された。12月13日の南京事件について国会議事堂前から中継しているとき、元航空幕僚長の田母神俊雄率いる右派政治運動団体「頑張れ日本! 全国行動委員会」の水島総会長らに取り囲まれ、「皆さん、この人は中国人ですよー」と指差しされながら、同会のライブ中継で晒し者にされたという。
こんな右翼連中は日本の恥だ。
彼女の所属するフェニックステレビは、中国メディアの中では数少ない知日派で、それゆえに彼女の発信したSNSには、中国人からの脅迫や嫌がらせが絶えないという。どの国にも「どうしようもない」連中がいるということだ。
常に誰かを差別しないと気が済まない人たちは、こうした行為でのみ、自己の平衡心が保てないのだろう。もはや病気だね。
ある調査によれば、ネットで嫌がらせや中傷を書き込む常習者は、利用者の0.5%だそうだ。
根絶するのは難しい。

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