日記・コラム・つぶやき

2017/10/13

近ごろの持って回る様な言い方は不快だ

いつ頃からか
「嬉しく思います」
という言い方が多用されるようになった。
あんたは皇族か?
「嬉しいです」
でいいじゃないか。
なんで、「嬉しく」思うんだ。
嬉しい、楽しい、悲しい、悔しい、それでいいではないか。

「・・・させて頂きます」
の多用も気になる。
誰に「させて頂いた」のか、肝心の部分が不明確なのだ。
「・・・します」
で良い。

「元気を貰う」「勇気を貰う」
これも変な表現だ。
元気だの、勇気だのというのは、他人に与えたり他人から貰ったりするものではない。
「元気が出た」「勇気が湧いた」
で十分だろう。
他人から貰っていたら、
「勇気凛々」
にならないではないか。

これらの表現で気になるのは、自分の感情や意思をどこか他人事のように言っている気がするのだ。
能動的ではなく、受動的。


不祥事を起こした時の謝罪会見で決まり文句になっている
「この度は、皆さまにご迷惑とご心配をお掛けして・・・」
も変だ。
不祥事を起こしたんだから、ご迷惑は分かる。
問題は「心配」だ。
心配するかしないかは、こちらの問題だ。だから勝手に決めつけないで欲しい。
誰もあんたの事なんか心配してないよ、と言いたくなる。

首相や大臣の決まり文句
「これからは緊張感をもって、しっかりと・・・」
もどうかと思う。
じゃあ、今まではいい加減にやっていたのかとツッコミを入れたくなる。

「責任者出てこい!」
何だか、人生幸朗・生恵幸子のぼやき漫才みたいになってきた。
今日はこの辺りで。

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2017/06/26

女医さんの前で「恥かし嬉し」

大きな声ではいえないが、陰嚢、つまり玉袋にイボができてしまった。別に他人に見られる心配はないのだが、鬱陶しいし、段々拡がっているようで気になり、思い切って皮膚科を受診。
「この印籠が目に入らぬか」なら水戸黄門だが、「この陰嚢が目に入らぬか」なら「見ろ肛門」だね。

診察室に入ったら、30代と思しき女医さん。
症状を話すと、「下を全部脱いで、そこに仰向けになって」。仕方なく、小さなベッドの上で、妻以外の女性には見せたことがないモノをさらけ出す。
ああ、恥ずかしい!
思わず、片手で前を隠したら、「手をどけて」と言われてしまった。
患部を観察した女医さん、「焼きましょう」と一言。
看護師に「窒素、用意して」と命じると、看護師がプラスチック製の容器に液体窒素を入れて持ってくる。
女医さんは手袋をはめ(バッチイところ触るからか)、ガラス棒の先にガーゼを巻き付けた用具の先端を液体窒素に浸し、治療を開始。
つまり低温火傷を負わせて、イボを焼き切ろうというわけだ。
片手の指先で玉袋をつまみながら、もう片手でイボに液体窒素をしみこませたガーゼを押し当ててゆく。見えないので想像だけどね。
これが飛び上がるほど痛い。なにせ敏感な部分だし、それも何ヶ所もだ。
呻きましたね。
やがて、「ハイ、終りました。下着付けていいですよ」の声で、無事にチン察ならぬ診察が終了。

「2週間後にまた来て見せて下さい」と女医さん。
この病院は曜日によって担当医師が決まっているので、ちょうど2週間後だと今日と同じ女医さんに当たるわけだ。
また下半身完全オープンで、治っていなければもう一度痛い思いをせねばならないと思うと、いささか気が重い。
家に帰って妻に報告したら、一言、「あーら、女医さんで良かったじゃない」だってさ。

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2017/06/23

カラオケ嫌い

私はカラオケが嫌いだ。
現役の時は、仕事上やむを得ず付き合っていたが、イヤでイヤで仕方なかった。
他人の下手な歌を聴かなくていけないなんて、拷問ですよ。自分の下手な歌を他人に聴かせるのほど、厚かましく出来てない。
飲み会の二次会になると、ほぼ100%近く誰かがカラオケに行こうと言い出し、それに決まる。
趣味は人それぞれなのに、何故かカラオケだけは断りにくい。

家の近くに神社の集会所があり、夜になるとカラオケと思しき声が聞こえてくる。きけば、町内の老人会の集まりだそうで、毎回カラオケ大会になるらしい。
先日、その老人会から勧誘がきた。もちろん、断った。真っ平ご免よ。
あのカラオケを聴くくらいなら、早く死んだ方がマシだもん。

スナックへ行っても、どこもカラオケが備えてあり、そこで他人の歌を延々と聴くことになる。
店側とすれば、水割り作って後は客にマイクさえ持たせておけば接客は全て終了。客と会話しないから、楽ではあるんだろう。
でもさ、本当はああした店っていうのは、ママやホステスと会話するのが身上じゃないのかな。客とまともな会話が出来るかどうかで、彼女たちの値打ちが決まる世界な筈だ。
歌うだけなら、カラオケボックスで十分だ。
もっとも、まともな日本語がしゃべれないのでは、ハナから話にならないけどさ。

カラオケが好きな方を妨げる気は毛頭ないが、どうか他人を巻き込まないで貰いたい。
平にお願い申し上げます。

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2017/06/22

老人だって、恋をするさ

週刊誌で、70歳のTV司会者が20歳以上年下の既婚の女性と付き合っていたことが書かれ、話題になっているようだ。
結構なことじゃないですか。
男性の平均寿命が80歳を超えている時代、70歳なんて未だ未だこれからだ。もっと堂々と付き合えばいい。何なら、代わってあげたいくらいだ。
老人だって、恋をしますよ。
いいなと思う人がいて、一緒に食事したりお酒を飲んだり出来たら、最高だ。
いつもよりちょっとお洒落をしてみたり、相手が若い人なら、予めネットでいま話題のニュースをチェックしたりと。

寄席に行くと落語家が、「笑うと脳が活性化するので、健康にいい」なんて言うが、恋はさらに脳を活性化させるのは間違いない。
トキメキは、全身が活性化する。健康増進にはもってこいだ。
既婚者であることを問題にする向きがあるが、要は家庭を壊したり家族に迷惑がかからなければ良い。パートナーが了解していれば済むことだ。

だから、これからも遠慮せずに恋をしましょうよ、ご同輩!

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2017/05/31

PCもネットもない生活を送ってました

室内の改装工事のためしばらく自宅を空けることになり、、PCやネットと縁のない生活を送った。新聞も読まず時々TVのニュースを見る程度だったので情報過疎状態にあったが、それほど不便を感じることもなかった。
この間、京都や奈良のしばらく訪れていなかった寺社を回り、大阪の友人と久しぶりに会い、痛飲し、語り合った。

政治状況はますます悪くなる一方だ。安倍一強を背景にした「忖度体制」が国の隅々にまではびこっている。
安倍本人は関係ないと言い張っているが、森友から加計学園、果ては親しいジャーナリストのレイプ疑惑と、こう次々と周囲に問題が続出しているのだから、周囲が寄って集って総理の御意向を「忖度」した結果としか思えない。
こうなると米国でのトランプの政策に対する捜査機関や司法の動きの方がよほどマトモだ。
疑惑を追及する中で国民が大統領を辞任に追い込んだ韓国の方が正常に見えてくる。

ようやく前川前文科省事務次官による告発が行われ、加計学園問題の真相究明を求める声が大きくなりつつある。
菅官房長官がなぜ現役の時になぜ異議を申し立てなかったのかなどと批判しているが、自分の胸に手を当ててみれば分かることだ。現役の時というのは、みな立場でモノを言っているのであって、本音を語るのは極めて難しいのだ。総理だろうと官房長官だろうと、本音は語っていないのだから。

そんなわけで、又ボチボチ再開してゆきます。

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2017/05/14

「70歳」は「従心」

70歳の祝いは通常「古希」とされ、私も数年前に子どもや孫たちから祝って貰った。
「古希」の語源はご存知の通り、唐の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)の
「人生七十古来稀なり」
に由来する。
しかし、杜甫の時代では70歳は古来稀だったんだろうが、平均寿命を考えれば今の時代では70歳に達しない人の方が稀になった。
どうも「古希」は座りが悪いなと以前から思っていた。

月刊誌「図書」2017年5月号の巻頭に、チベット仏教学の今枝由郎氏がこの件に触れて、「七〇歳はまた従心の歳」と書いている。
こちらは孔子の論語、
「吾 十有五にして学に志し 三十にして立ち 四十にして惑わず 五十にして天命を知る 六十にして耳順い 七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず」
に由来する。
意味は、「70歳ともなれば、心の欲するままに行動しても、道徳の規範に外れるようなことはない」という様な解釈になると思う。
これは孔子が自分の過去を振り返って書いたとされている。
これに対し今枝氏は、孔子が「七〇歳になっても未だ矩を踰えている自分を認識し、『従心』たらんと志した」と解釈してみたらどうかと記している。
我が身を省みれば、確かにこの解釈の方がピッタリする。
それならもう「古希」を過ぎたなんて考えるんじゃなくて、70歳を過ぎてもなお「従心(じゅうしん)」たらんと努力する方が、なんだか人生前向きに捉えられる様な気がする。

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2017/05/13

近ごろ、嬉しいこと二つ

最近、嬉しいことと言えば、
先ず、阪神タイガースの快進撃だ。
未だシーズン序盤だが、21勝12敗、勝率.636、2位の広島に2ゲームの差をつけている(5月12日現在)。
開幕前の評論家の予想では、今年の阪神はBクラスとした人が過半数で、優勝予想は確か一人もいなかった気がする。
また、プロの棋士を破った人工知能(AI)によれば最下位だった。AIが未来を予想することなど不可能だという証明のためにも阪神には頑張って欲しい。
今年2月にパキスタンに行った時、同行者にタイガースファンの方がいて、阪神の話題で二人で盛り上がっていた。
その人から、今年阪神が優勝するとしたら何が必要だと思うかと訊かれた。
私の答えはこうだった。
一つは、センターラインの固定化。
二つは、鳥谷の復活。
現在までの状況を見ると、センターラインは捕手が梅野、二塁が上本(今は怪我で欠場しているが、そして中堅が糸井と、メンバーが固定化しつつある。これが昨季との大きな違いだ。
鳥谷の復活もほぼ間違ないだろう。やはりタイガースというチームは鳥谷が中心なのだ。
だが、このまま首位を突っ走ると考えるほど現実は甘くない。
鳥谷、福留、糸井のベテラン選手のうち、一人でも故障で離脱するようなことがあれば、攻撃力の大幅な低下は免れない。
投手陣でいえば、中継ぎや抑えが頑張っているが、これも夏場になって疲れが溜まってくると崩れる危険性がある。
先発は信頼できるのはメッセンジャーぐらいで、明らかにコマ不足だ。昨年のドラフトで即戦力の投手を1位指名しなかったツケが回ってきている。
こうした点を克服して、優勝で飾れるよう期待したい。

次に嬉しいことは、当ブログの兄弟サイトである「ほめ・く別館」のアクセスが、この半年間で倍増したことだ。
永らく、アクセス数が当ブログの10分の1以下だったのが、少し上昇しつつある。テーマを旅行記に絞っていて、旅行した時しか記事を更新しないのが難だ。
アクセスを稼ぐ気持ちはサラサラないが、やはり一人で多くの方に読んで貰えるのは嬉しい。

人生、たまにはいい事もないとね。

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2017/05/08

東京オリンピックって、何様よ

安倍首相が、東京オリンピックの行われる2020年に合わせて憲法を改正するというアホなことを言い出した。
オリンピックと憲法、どんな関係があるというんだ。
その前は、東京オリンピックのために共謀罪を成立させるんだと言っていた。
オリンピックを口実に、それこそドサクサに紛れてなんでも通してしまおうと意思が丸見えだ。

五輪が東京で開かれるなんて、楽しみにしている方もいるだろうが、前回の1964年の東京五輪の時には私の周囲-会社の同僚や友人-で実際に競技会場に行ったという人は誰もいなかった。
もっとも、会社はオリンピック不況(工事が一段落した後の反動不況)で人員整理を打ち出していて、それどころじゃ無かったけど。
だから皆さん、TV観戦よ。
それも、専ら女子体操のチャフラフスカの演技に見とれてた。
TVで見るなら、どこの国でやっても同じことだ。

五輪憲章では、政治利用を固く禁じている。
安倍首相は頼みもしないのにリオの閉会式に出て(異例の出来事だ)、マリオの恰好までして見せた。
今度は東京開催に合わせて共謀罪だ改憲だと言い出す。
そんなオリンピックなら真っ平ご免だね。

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2017/05/01

バカも休み休み・・・

ここ2,3日「首が回らない」状態が続いている。
どうやら、長時間PCの前に座っているのが原因のようだ。
「馬鹿も休み休み言え」という諺もあるので、ここは拙ブログも休み休み書くことにする。

一方、妻も近ごろ足腰が痛むということでマッサージや鍼灸に通っている。
「お灸をすえに行ってくる」と言うから、それは文法が間違ってるよ。正しくは「お灸をすえられに行ってくる」だろう。

「首の回らない」夫と、「お灸をすえられる」妻、結構な取り合わせじゃありませんか。

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2017/04/14

「町内会(町会、自治会)」って、必要なのか

私が住んでいるマンションでは、管理組合の理事長は町内会の役員になることになっている。
これも自分たちで決めたことではなく、入居当初から町内会側が勝手にルール化したものらしい。
町内会の役員の主な仕事は、
・役員会の出席(無視している)
・町会費と近くの神社の氏子会会費の集金
・区の会報などの配布
・分けの分からぬ回覧
・赤い羽根などの募金の集金
・防災訓練などへの参加
といった所だ。

管理組合の役員の方は大変なことも多いが、こちらもお世話になることがあるのでお互い様と割り切れる。
しかし、町内会となると40年近く会員になっているが、何か世話になった記憶がない。
その一方で、会費の集金や上から配布物、各種回覧物などが一方的に持ち込まれる。だから、どうも釈然としないのだ。
特に回覧、この必要性が全く分からない。
先ず、読まない。私も読まないが、周囲の人に訊いてもやはり読まないと言っている。読まなくても誰も困らないし、作り手も読ませる工夫をしていない。
恐らくは、各団体の広報予算の消化に使われているんだろう。
そんな回覧物が毎月数種類も持ち込まれる。

ウウィキペディアで「町内会」を引くと、「日本の集落又は都市の一部分(町)において、その住民等によって組織される親睦、共通の利益の促進、地域自治のための任意団体・地縁団体とその集会・会合」とある。
しかし町内会の歴史を振り返れば、戦時下では大政翼賛会の末端組織として戦争遂行の役割を果してきた。
戦後はGHQにより禁止されていたが、サンフランシスコ条約の発効にともない自治組織として再組織化されるようになり、今日まで続いている。
私の住んでいる地域については、同じ町内なのに番地が違うと別の町内会に分かれていたり、その一方で別の町と同一の町内会を形成している。
区内の他の町内会も似たような形態だ。
どうやら、戦前の町内会組織がそのまま継続しているようだ。

加えて、この町内会は近くの神社の氏子たちが中心となっている。だから、町内会の役員が氏子会の会費の集金をやらされるのだ。
私の様に信教の自由を理由に氏子会の入会を拒否していても、町内会の役員になると氏子会費の集金は手伝わされる。
地元の神社への信仰を否定するわけではないが、神社本庁が「日本会議」の中心であったり、神社が憲法改正の署名を呼びかけたりしている実情を見る時、どうしても戦前の悪夢を想起してしまう。
別の神社が経営している幼稚園では、かなり以前から毎朝の朝礼で君が代を園児に歌わせている。安倍政権の教育政策の先取りである。

少なくとも私の町の町内会を見る限りでは、住民自治とは程遠い。
地方自治体との連携を言いながら実態は一方通行で、「御上から下々へ」の気分が抜けない。
こんな町内会なら不要だろう。
町内会など脱会したいのだが、震災など大きな災害に遭ったときはそれなりの役割もあるかも知れないと思って、疑問を持ちながら会員は継続しているのだが。

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