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2024/08/30

「誹謗」の行き着く先は

米国の心理学者のオルボートによると、偏見は段階的に積み上がってゆくものらしい(東京新聞『筆洗』より引用)。
異なる集団に対する「誹謗」

相手を避ける「回避」

「差別」

暴力などの「身体的攻撃」

ジェノサイドや集団殺戮などの「絶滅」
これはナチスドイツのユダヤ人虐殺に見事に当てはまる。
そして今は、イスラエルによるパレスチナ人虐殺が進行中だ。
イスラエルはガザ地区のパレスチナ人3万人以上殺害し、今度はヨルダン川西岸のパレスチナ人への殺害を行っている。
イスラエルは自衛のためと称しているが、それならどんな理屈でも罷り通ることになる。
イスラエルの国会議員の中には、ガザ地区への核爆弾の使用を口にするものまでいる。
しかし、日本を含む西側諸国はこの問題に揃って腰が引けている。
偏に米国がイスラエルを支持し軍事援助を行っているためだ。
私はかつて旅行でパレスチナを訪れた事があるが、出会った人達は親切で優しかったし、日本の援助に感謝していた。
警官の制服が日本の警察のものを使っていて、それだけでも親しみを感じられた。
パレスチナの絶滅を許さないという国際世論が沸き上がることを期待したい。

ブログを運営している者として、批判はしても誹謗中傷のならぬよう心掛けている。
特に、自分と反対勢力や反対意見に対しては気を付けているつもりでいる。

2024/08/28

タトゥな人々

だいぶ以前の事だが、友人の紹介でタトゥ(入れ墨又は彫り物)の愛好家が集う催しに参加がしたことがあった。
その手の趣味はないが、珍しい集会なので興味があった。
部屋がいくつもに分かれていて、海外からの参加者もいて盛会だったと記憶している。
当たり前だが、私と友人を除けばタトゥがある人たちばかりで、それも全身に施している人が少なくなかった。
男性も女性もシースルーの様な衣装で、着衣の上からたタトゥが見える仕掛けになっている。女性の参加者も多かった。
会場には彫り師も来ていて、記憶では日本一と紹介されていた三代目彫辰と言う人が参加していた。
そのほかにタトゥのデザイナーが参加していて、そういう職業がある事を始めて知った。
せっかくタトゥを彫るなら、独自のデザインの図柄のものにしたいという要求があるのだろう。
デザイナーの顔ぶれを見ると、小説の挿絵でお馴染みの画家の名前が並んでおり、デザインは絵画より挿絵に近い図案が多かったように思う。
友人がその画家の一人と知り合いで、その縁でこの催しに参加したもの。
驚いたのは、全裸で横たわっている全身のタトゥの女性の絵が飾られていたことで、モデルになった本人も参加していたようだ。
この様に、タトゥを施すこと自体も大変だが、その後で絵のモデルになり、更に舞台の上で全裸になりタトゥを披露しなくてはならないらしい(そのための別の催しがあるとのこと)。
デザイナーの人が語っていたが、タトゥを彫る人は三回恥ずかしい思いをしなくてはならないそうだ。
常人には図り難い特殊な趣味の人々だという印象を受けた。

2024/08/16

毒婦「高橋お伝」の数奇な運命

高橋お伝、名前をきいたことがある人もいるだろう。落語の「転宅」にも名前が出てきますね。
明治時代に世間では毒婦として知られているが、その人生について月刊誌『選択』の記事で初めて知った。以下はその要約。
生まれは1850年、器量良しで評判で14歳で初婚、直ぐに離縁。
再婚の相手とは相思相愛だったが、夫がハンセン氏病に罹ってっしまう。看病の甲斐もなく病状は悪化、お伝は夫を連れて東京の名医に診てもらうために上京。
東京で偶然に生き別れの姉に出会い、一緒に横浜に移り住む。
だが、姉の情夫の後藤から病に効くといって渡された水薬を夫に飲ませると、死んでしまう。
お伝はその後、生糸や茶葉の先物買いなどのビジネスを行うが借財を作ってしまう。
その頃、後藤と再会したお伝は、夫を毒殺した真相を聞き出し、犯人であることを確信する。
彼女は後藤と争う際に深手を負わせてしまい、後藤はそのまま自害する。
お伝は、「この者は姉の仇であり、よって姉の仇討をした」と書き置きを残して去る。
しかし裁判でお伝の主張は退けられ、金を得るための犯行として死刑、それも斬首の刑に処せられ。
お伝の肖像画が残されているが、美人というより男好きなタイプに思える。
ここまでが高橋お伝の生涯だが、これから先が妙な展開になってゆく。
お伝の遺体は解剖され、医師の興味でその陰部がアルクール漬けにして保存された。
陰部は論文にもなり、陸軍軍医学校に保管される。
ここで興味深いのは、彼女の陰部を保存したり研究論文に仕立てた人物が、揃ってかの731部隊の関係者だったことだ。
昭和28年には、浅草の松屋デパートでお伝の陰部を陳列する催しがあり大盛況だったが、このイベントの主催者も731部隊関係者。
その後のドサクサに紛れ紛失していた標本は、元軍医の右翼・二木秀雄が持っていたが、二木も731部隊のメンバーだった。
二木は731部隊の仲間と共に、日本初の血液バンクを創設、それが「ミドリ十字」になる。
こうして見ると、高橋お伝の毒婦伝説は彼女の生涯そのものより、死後の周囲の思惑によって脚色されていた様だ。

2024/08/09

遺言の届け出

先日、遺言の届け出に公証役場に初めて出向いた。東京法務局の組織で各地方ごとに公証役場という役所がある。
ここでは様々な登記や届け出を扱っているが、遺言もその一つで、今回「自筆証書遺言書保管制度」に基づき届け出を行ったもの。
もう80代になったから何があってもおかしくない。
いま住んでいるマンションの部屋以外に大した資産がないのだが、残された家族、特に妻に面倒がかからぬようにと思ったからだ。
先ずは本人名義の預金などが、死後に口座が封鎖される恐れがあるが、正式な自筆証書遺言書があれば直ぐに解除されるそうだ。
それと私の死後に家族間がもめないように、家族の同意を得て遺言にして置いた方が後顧の憂いもなくなる。
・遺言として定められた書式の作成
・そのために必要な資料の準備(これが結構手間だった)
そうした書類を作成するために行政書士に依頼し、以後はそのアドバイスに従って遺言を作成した。
当日は、役場の職員、当方、行政書士、立会人がテーブルを囲み、
・印鑑証明書で本人確認(ここは他の役所と異なる)
・予め提出していた遺言を役場でタイプアップしたものを確認
・最終的に書類に本人が署名捺印して提出
・遺言は法務局で保管し、原本と謄本は本人に渡される
を確認。
デジタル化した書類は法務局で保管するので、災害その他に遭っても書類は残る。
そういった分けで無事終了したが、遺言の届け出が終わると何となく思い残す事が無くなったような気分にはなる。
ガックリ来ないよう気をつけよう。

【訂正】一部「遺言」が遺書となっていましたので訂正します

2024/07/31

人道支援を攻撃する卑劣な連中

報道に接して怒りと悲しみを覚えるのは、幼い子どもたちが殺害されたりする事件だ。
読んでいて怒りで胸が張り裂けそうになる。
多くは不幸な家庭で育った子どもが多いように思う。
この豊かな筈の日本で、経済的な理由から貧困に陥っている子どもたちも少なくない。
特に夏休みになると給食が無くなるので、昼飯を抜いて一日2食しか食べられない子どももいる。
そうした子どもたちに食事を提供する福祉活動に従事している人たちには頭が下がる。
私自身は何も出来ないので、僅かだが寄付をさせて貰っている。
もう子育ても孫育ても卒業しているので、この程度の協力しか出来ないが。
ところが、そうした福祉活動を非難中傷するような輩がいるというのだ。
例えば、ニューズウイーク日本版によれば、貧困やDVなどの困難を抱えた10代女性を支援する団体Colaboが様々な誹謗中傷を受けている問題で、7月18日に中心人物と目され「暇空茜」(本名:水原清晃)を名乗る人物に対して220万円の賠償と投稿の削除を命じる判決が出た。
暇空らが主張したColaboの貧困ビジネスについては、判決で否認されている。
しかし暇空らとその同調者は敗訴にも拘わらず、別の福祉団体への攻撃を行っている。
いま事故や事件の被害者やその遺族に対して執拗な攻撃を繰り返す輩がいるが、その連中と変わりない。
人として最低である。
ここで問題なのは、被告が裁判費用をよびかけたところ、1億円近い寄付が集まったそうだ。
つまり誹謗中傷がビジネスになっているということ。
恐ろしい世の中になったもんだ。

2024/07/12

ことば遊び

英語の問題です。
Oh, my march march care no thought.
中学生の時、英語の教師にこの問題を出したらニヤリとされ「知ってるよ」。
近所のインテリオジサン(よく英語やドイツ語で歌を歌っていた)に問題を出したら、2日考えて答えが分からないと言う。
正解は「お前待ち待ち蚊帳の外」だと言ったら、純情な中学生が大人を騙したと烈火のごとく叱られた。
シャレの分からない人は困るね。
オリジナルは「こちゃえ節」で、歌詞は次の通り。
♪お前待ち待ち蚊帳の外
 蚊にくわれ 
 七つの鐘の鳴るまでは
 こちゃ 構やせぬ
「お江戸日本橋七つ発ち」で始まるメロディの方が有名かな。
江戸時代にはこんな替え歌が流行っていたそうだ。
♪箱根山(アア、コリャコリャ)
 晴れたとて
 お江戸が見えるわけじゃなし
 こちゃ 構やせぬ
もう一つ英語の問題。
You might or more head today's some fish.
答は「言うまいと思えど今日の寒さかな」
お粗末さま。

2024/06/13

我が青春の愛読書(下)

高校生になった頃というのは誰もがそうだと思うが、人生の生き方に悩む時期だ。
読書も、その答えのヒントとなる様な書籍に向かう様になる。
高一になって、最初に大河小説それも戦争に関係した作品を選んだ。
・トルストイ「戦争と平和」
・ショーロホフ「静かなドン」
・マルタン・デュ・ガール 「チボー家の人々」
この中で最も心に響いたのは「チボー家の人々」で、主人公の一人であるジャックの真っ直ぐな生き方に魅かれ、自分もそういう人生を歩もうと決意した。
・オストロフスキー「鋼鉄はいかに鍛えられたか」
その「青さ」が、その後の人生に良い面があった反面、周囲の人との摩擦を生むことになる。
推理小説を読み始めたが、松本清張のいわゆる社会派推理小説から、次第にノンフィクション作品に興味が移る。
・松本清張「昭和史発掘」「日本の黒い霧」
黒い霧シリーズでは、米国占領下の日本が置かれていた状況がよく分かった。
哲学や社会論に関する書籍にも目が向くようになる。
・石母田正「歴史と民族の発見」
マルクスの盟友にして、労働運動家でありながら経営者でもあったエンゲルスの著作に興味を持った。
・エンゲルス「空想より科学へ」「家族・私有財産・国家の起源」「フォイエルバッハ論」
その一方で
・菊池寛
・山本周五郎
の時代小説を読み漁った。

2024/06/10

死語事典

戦後に日常的に使われていたが、現在では死語となっている言葉を集めてみた。
【パンパンとオンリー】
パンパンとは、不特定多数の米兵相手の娼婦をさす。派手なワンピースとハイヒール姿で街を闊歩していたので直ぐに分かった。
戦災で親や親族を失った女性が、生きてゆくために身を落としたケースもあった。
オンリーとは、特定の米兵を相手にしていた娼婦で、実際は妾(めかけ)や二号、あるいは愛人と言った方が実態に近い。
某有名女優が、戦後しばらくは米軍将校のオンリーだったのは世に知られている。
【モク拾い】
モクとは煙草のことで、モク拾いとは、道端に捨てられていた煙草の吸殻を拾う行為、又は拾う人をさす。
集めた吸殻はほぐして紙煙草として再生する。紙の上に吸殻を並べて紙煙草に成形する簡単な道具があった。
再生した煙草は自分で使うか、他人に売るかしていた。
【にこよん】
政府や地方自治体が失業対策として、失業者に軽作業を行わせ賃金を払っていた。
賃金が日給で240円と決まっていたので、にこよんと呼ばれていた。
にこよんをテーマにした鶴田六郎「天下の為さん」がヒットし、紅白歌合戦にも出場した。
【犬殺し】
狂犬病を予防するため野犬を狩った。狩られた犬は保健所で薬殺されていたのでこの名がついた。
公共事業で行っていたのに、担当者はこんな侮辱的な言葉で呼ばれて気の毒だった。
【傷痍軍人】
広くは戦争で負傷した元軍人をさすが、生活の為に街頭で募金活動をしていた人を傷痍軍人と呼んでいた。
腕や足を失った人や失明した人たちが、だいたい二人一組で白衣を着て軍隊帽をかぶり、片方がアコーディオンで軍歌を弾いている姿が多かった。
なかには偽物もいたようだが。
【DDT】
DDTとはdichlorodiphenyltrichloroethane(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)の略。
戦後、衛生状態が悪く伝染病やハエ、蚤、虱などが蔓延していたのでDDTが盛んにまかれた。
空中散布や児童の頭にまかれる事があったが、人体に有害であることが分かり現在は使用が禁止されている。
【銀シャリ】
戦後、都市部では食べ物が無く米は憧れだった。
銀シャリとは米だけの飯をさすが、当時は大変な贅沢品だった。
【浮浪児】
戦災によって親を失った子どもをさす。
上野駅の地下道に住んでいる子が多く、子どもたちのホームレスだった。
戦後しばらくして収容施設ができ始め、そちらで生活を送る子が増えた。
NHKラジオドラマの「鐘のなる丘」は、そうした施設を舞台にしていた。

2024/06/09

我が青春の愛読書(上)

中学頃に読んだ小説を思いだすままに列記してみる。
12歳年上の兄の本棚を漁って最初に目に留まったのは次の通り。
・芥川龍之介はほぼ読了 「蜘蛛の糸」「杜子春」「藪の中」「鼻」「地獄変」「侏儒の言葉」「トロッコ」が印象に残る また「歯車」は龍之介が私と同じ症状だったので親近感を覚えた
・志賀直哉の短編 「清兵衛と瓢箪」「正義派」「城崎にて」「菜の花と小娘」が印象に残る 後年「暗夜行路」を執筆した旅館に泊まりに行った
兄が2年間ほど単身赴任していて、週末に家に帰る時に「夏目漱石全集」を1冊ずつ買ってきたので、漱石の小説はほぼ全部読んだことになる 
ただ面白いと思ったのは「坊つちやん」「三四郎」「野分」「こゝろ」で、他は中学生では面白さが理解出来なかった
・親との関係に悩んでいたので ヘッセ「車輪の下に」 ツルゲーネフ「父と子」を読んだ
・小学高学年から中学にかけて ケストナー「飛ぶ教室」 ラーゲルレーヴ「ニルスのふしぎな旅」などの児童文学を夢中で読んだ

最近の若い人はどんな本を読んでいるのだろうか?

2024/06/07

日本はギャンブル天国

2024/6/5付東京新聞に、精神科医で作家の帚木蓬生が、ギャンブル依存症について下記のようにインタビューに答えている。
厚生労働省の2021年の調査によれば、国民の2.2%がギャンブル依存症が疑われている。換算すれば日本全体で196万人に達する。、
周囲に迷惑を蒙る人が5倍ほどいるので、およそ1千万人の人がこの疾患の迷惑を蒙っている。
依存症の本人は妻や子どもの財布から金を盗み、ウソで逃げる。ギャンブルで作った借金はギャンブルで返すという妄想にとらわれる。
帚木が診た患者では1億6千万円の借金を作り、家族が返した。それでも依存症は治らなかったし、かえって酷くなったと言う。
ギャンブルは、身を滅ぼし身内を滅ぼし国をも滅ぼす。
だから国家は法律で禁止してきた。
ところが、今の日本では公営の競馬、競輪、競艇、オートレース、宝くじ、スポーツ振興くじが認められている。
さらにパチンコ店が全国で9000店もある。
これらの総売り上げは年に20兆円を超えている。
世界有数のカジノを持つマカオの売り上げが3兆円で、日本はカジノをおよそ7か所を有していることになる。
加えて大阪では新しいカジノを作ろうとしている。
しかも各々のギャンブルが別々の組織の管轄になっていて、各組織の利権につながっている。
例えば、警察とパチンコ業界の癒着は有名だ。
日本はギャンブル依存症を亡くすどころか、官庁や地方自治体の利益を優先させ、ギャンブル依存症の人を増大させているキャンブル天国なのだ。
大谷選手の通訳がギャンブルの穴埋めのために大金を横領し問題となっているが、これの小型版は日本全国津々浦々で日々おきている。
政府が本気でギャンブル依存症を無くそうとすれば、先ずは各ギャンブルを統合して総合的に規制する機関を設け、依存症を克服しようとしている活動を支援すべきだ。
ギャンブル依存症の行く末は、家族や周囲に散々迷惑をかけて、最悪は刑務所行きとなることを肝に銘じて置かねばならない。

 

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