日記・コラム・つぶやき

2020/04/02

タクシードライバーの話

昨日、用事があって久々にタクシーを利用。ドライバーに新型コロナの影響について訊いてみた。
「そりゃ大きいですよ。特に夜が激減です。昨夜、銀座に行ったんですが客の姿が見えない。志村けんが亡くなってから急に人が減りました。六本木も渋谷も若い人がいなくなりました。仕方なく蒲田に行ったんです。あそこは羽田が近いので多少は仕事があるんですが、着いたら車の行列。困ったなと思ったら運よく田園調布から無線の呼び出しがあって助かりました。
建設業も大変らしいです。知り合いの業者は、仕事があるが部材が入って来ないので現場が止まってるんです。いつ入るのか見通しがなく、このまま2か月止まったままなら会社を閉めるしかないって言ってました。」
政府も危機感を煽るだけで、経済対策は「菜っ葉の肥やしで、掛け声(掛け肥)ばかり」。
今は何より迅速性が求められている。

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2020/03/13

たまには戯言

ここんと暗いニュースばかりでウンザリだが、久々に明るい話題。
<米紙ワシントン・ポストは12日、トランプ大統領と7日に南部フロリダ州の別荘で接触したブラジル政府当局者が新型コロナウイルスに感染していたと報じた>
ほ~、するってぇとあの男にも感染するかも、こりゃ楽しみだ。
そのトランプ、東京五輪の延期に言及した。
こうなりゃ森会長、ワシントンに飛んでいってトランプにガツンと言ってやらねば男がすたる。だが、そんな度胸はないだろうし、第一シンキロウは英語が喋れないもんね。
五輪なんてどうでもいいと思ってるが、一所懸命に頑張ってきた選手の事を思えば中止は気の毒だから、延期するしかなかろう。
でも、五輪を延期するから首相の任期も、なんていうのは勘弁して。
予約していた落語会は次々流れるし、妻が呼吸器系の持病を持ってるんで外出は控えめ。
子どもさんだけでなく、老人だってフラストレーションが溜まってる。
ヤケクソに「東京五輪音頭」をパロった「東京コロナ音頭」を作ったが、不謹慎とお叱りを受けるので公表は一部分にとどめる。
皆さん、ご一緒に。
♪パンデミックの 顔と顔
 ソレトトンコトトンコ 顔と顔♪

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2020/02/02

大石誠之助のこと

しばらく三食昼寝つき別荘で静養していたが、先日退院した。これが病院だから退院、診療所なら出所か。

月刊誌「図書」2月号に、「『太平洋食堂』のこと」というタイトルで作家の柳広司が大石誠之助について書いている。名前をきいてもピンと来ないかもしれないが、大逆事件の犠牲者と言えば思い出す方もいるだろう。
大石誠之助は1867年に和歌山の新宮で生まれ、アメリカ、カナダに渡り医師免許を取得、郷里の新宮に戻り医院を開業。貧しい人から金を取らないで、その分金持ちから余分に取るという累進課金制をモットーに、多くの人から「ドクトル大石」「ひげのドクトルさん」と呼ばれ親しまれた。
そう、あの『赤ひげ』の主人公・新出のモデルという説がある人物だ。
文芸に造詣が深く、都々逸では宗匠の位を極め、語学が堪能だったので海外の文芸作品を翻訳し新聞や雑誌に紹介している。

記事では大石の書いた文章がいくつか紹介されている
「人間がみな、自然の食卓に就いて同様の饗宴に与り得べき余裕と権利があるにも係わらず、なぜテーブルの下にしゃがんでいて、偶然に上から落ちて来るパン屑に舌鼓を打たねばならぬのか。よし是を受くる者が是によって自分ひとり満足できるとしても、他にもそのパン屑を貰い得ずして空腹に堪えぬ多くの身のあることを忘れてはならんぢゃないか。」
金持ちを優遇すれば、そのオコボレが下に下にと落ちて来るという「トリクルダウン」理論の誤りを衝いたものだ。

「昨年、我町に初めて電話の開通した時、これを主導した有為会の連中は至極立派な装飾と御馳走を為して、逓信大臣を招き、一等局長を迎え、地方の官公吏を呼び。その他あらゆる紳士階級のお客を網羅した祝賀会を開いて、甚だ盛んなお祭り騒ぎをした。(中略)
酒を飲みたければ毎日でも飲みに行け。女を呼びたくば毎晩でも呼んで遊べ。しかし之を公に電話開通の名によって行い、大ビラに地方繁栄の仮面を被ってやることはやめてくれ。殊に工事費として彼らが保有している金をそのまま押さえておいて馬鹿騒ぎの費用に流用する事は、僕一己として断然不服である。」
今も「桜を見る会」を名目にして、公費を使って自分の後援者を接待、供応した安倍首相の例がある。東京五輪の莫大な費用も、どこにどう消えたのやら。

「新宮に於いて、僕らは常に『町の平和を攪乱すべき人物』として指弾されつつある。しかし彼らの『平和』とは何ぞや。臭類(くさいやつら)がその臭類たる地位を保つ為の『平和』にあらずや。良民を虐げる悪官吏や悪紳士が枕を高くして眠る為の『平和』にあらずや。見よ、キリストは当時の腐敗したるユダヤが『城下を騒がすもの』として十字架にかけられ、ジョン・ブラウンは奴隷私有者より『安寧を害するもの』として絞首台に上りき。
我らはまた臭類の口より、『平和を攪乱するもの』と言わるるに甘んぜざるべからず。否、寧ろ之を最大の栄誉とせざるべからざる位地に立てり。」
1911年。大石誠之助は「天皇の暗殺を企てた」として幸徳秋水ら11名と共に処刑された。享年43歳だった。
もちろん、この事件は明治政府によるフレームアップであり、2018年1月、新宮市議会は大石誠之助はを名誉市民とすることを決議した。しかし、国家による謝罪は未だなされていない。

なお、記事のタイトルにある「太平洋食堂」は大石が新宮に設けた洋食レストランで、地域の貧しい子どもたちを集めて「うまいものを食いの会」を開いたもの。

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2020/01/03

万葉集・千一夜・目が点

月刊誌「図書」2019年12月号に面白い記事が載っているので、いくつか紹介したい。

「万葉集」
万葉集は明治時代に国民的歌集としての文学的位置を確立したことは夙に知られている。例えば俳人正岡子規は
「紀貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候」
と古今集をこきおろし、万葉集を賛美してる。
随分と乱暴な評価をくだしたものだ。
こうした子規の主張には裏があって、明治政府は新時代の天皇親政のモデルを、日本の過去の政治形態に求めた。ところが平安時代は摂関政治の藤原氏が、鎌倉時代以降は武家の幕府が政治を担ってきた。天皇親政は聖武天皇の奈良時代まで遡らねばならなかった。
子規はそれと足並みを揃えるように平安時代の古今和歌集をけなし、奈良時代の万葉集を褒めたたえた。
子規にとっては、それが文学の世界で新国家建設の役に立つ「有為の人」となることだった。
以上は、俳人の長谷川櫂の見解だ。
こうして見ていくと、昭和の軍国主義時代に万葉集が利用されたのもうなずける。

「千一夜物語」
アラビアン・ナイトの別名で知られる千一夜物語は、妻の不貞から女性を憎悪するようになった王シャフリヤールが新しい妻を娶っては翌日処刑するという理不尽な行為を繰り返していた。こうした女性たちを救うべく立ち上がったのが賢女シェヘラザードだった。彼女は毎夜、王に面白い話を聞かせ、それを常に「惜しい切れ場」で終わらせる。王は続きが聞きたくて彼女を生かしているうちに王が改心するというもの。
これだけ有名な物語であるにも拘わらず、今から12世紀前に作られたという千一夜物語の原典は誰も見たことがなく、写本でさえ今では散り散りになってしまい、翻訳書のみが残されているという。
なかでも有名なのが「ガラン版 千一夜物語」で、フランス人のアントワーヌ・ガランによって18世紀初頭にイスラム社会から持ち帰ったものを編纂、翻訳した最初の翻訳本だ。
ところが作家の深緑野分によると、定番ともいえる「アラジンと魔法のランプ」「アリババと四十人の盗賊」「シンドバード航海記」のいずれもが原典には収録されておらず、ガランが出版する際に他の物語と一緒に混ぜて出版したものだという。
これはビックリ。
アリババモもアラジンもシンドバードも登場しないアラビアン・ナイトなんて、あまり面白くなさそうだけど。

「目が点」
目が点、という言い方はかなり一般的になっていて、最新の「広辞苑」にも載ったそうだ。「誰が最初に言い出したのか?」という問いに対して、編纂者によれば「1970年代の終わり頃に、歌手のさだまさしの周辺で使われていた」との見解だったという。
そこで、当のさだまさしが経緯を書いている。
言い出しっぺは、当時さだのコンサートのギタリストだった福田幾太郎だったという。漫画家のどおくまん作の「嗚呼‼花の応援団」の主人公、青田赤道が言葉を失って絶句する時に、目が小さな点で描かれるを面白がり、「目が点々になっている」と表したのが、仲間内の流行語になった。これをコンサートの楽屋で聞いた笑福亭鶴瓶が面白がって、彼から芸人の間に拡り、1980年代には世間でも流行語になったという。
こうした新語が、最初に誰が言い出しどのように広まったのかが明白になるというのは珍しい事だと思う。
先のアラビアン・ナイトのエピソードには、私も「目が点」。

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2019/08/02

ポンちゃんの快気祝い

昨日は、ポンちゃんの快気祝いの飲み会。いつもの飲んだくれのメンバーに、ポンちゃんをゲストに招いてお祝いをした。
ポンちゃんはボクの二つ年上の女性だ。まだ20代の前半のころ、お互いに労組の青年婦人部の役員をしていて知り合った。だから、半世紀を超える付き合いだ。ボクからすれば憧れのお姉さんだったが、既に彼女には決まった人がいたので恋愛感情を持つことはなかった。彼女の結婚式にはボクが招かれ、ボクの結婚式には彼女が参列してくれた。

ポンちゃんは、仕事を続けながら2度の出産をして、夫が長期の海外生活というハンディを抱えながらも二人の子どもを育てあげた。
仕事で一緒になることは無かったが、そういうポンちゃんの姿はずっと見てきた。
しかし、50代になってからポンちゃんに病魔が襲う。二度の乳がんの手術、それを克服したら筋肉系の難病に罹り、今も治療を続けている。そこに、今年の3月に大腸がんがみつかり、手術をしてようやく回復したというわけだ。
ポンちゃんの家族にも不幸が襲う。定年を過ぎて間もなくご主人を亡くした。その前後には最も頼りにしていた妹さんが50代で亡くなってしまう。

普通なら心が折れてしまう所だが、彼女は元気一杯だ。
昨日もポンちゃんは午前中は太極拳、昼にはその仲間とビールを飲んで、夕方からはボクたちの飲み会の参加したというわけ。それで、こちらが心配になるほど飲み、かつ食べていた。
今度の快気祝いも本来はもっと早くやる予定だったが、選挙が終わってからという彼女の意向で昨日になった。現在も地域活動をやるかたわら、集会やデモに参加している。

怠惰なボクにとってポンちゃんは、未だに仰ぎ見るような存在なのだ。

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2019/05/31

ボクの友人も両親から捨てられた子だった

一時期、会社の同僚で今も親しく付き合っている友人Aさん。未だお互いが20代だった頃、初めて彼から身の上話を聞かされた。
それは終戦から間もなくの時代に、彼の父親が殺人を犯し刑務所に入ってしまった。母親は他に男を作り育児放棄だ。Aさんとその姉は食べるものが無く栄養失調になり、姉はそのまま餓死してしまう。残されたAさんも痩せた身体にお腹だけ大きく膨らんだ危険な状況になっていた。
幸いにも、伯母さんがAさんを見つけて家に引き取り、自分の子として育ててくれた。
Aさんはこの話を淡々と語ってくれたが、聞いていたボクは泣いた。彼にそれほど辛い過去があるとは知らなかったのだ。
一度だけAさん宅を訪れ、伯母さんに出会ったことがあるが、とても優しそうな人だった。彼は幸せだと思った。
Aさんが偉いのは、後年出所してきた父親を引きとり、最期を看取ったことだ。なかなか出来る事じゃない。

報道によれば、川崎市登戸殺傷事件の岩崎隆一容疑者も、幼い頃に両親から捨てられ伯母夫婦に引き取られたとのことだ。Aさんとは異なり、伯母夫婦に実子がいたこともあって、より辛い人生を送ってきたのだろう。
Aさんと岩崎容疑者、それぞれの人生を改めて考えてみた。

 

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2019/04/11

「チケット不正転売防止」には、これしかない

行きたいと思っていたチケットが取れずガッカリしていると、後でそのチケットがネットで転売されているのを見て悔しい、腹だたしい思いをした方も多いだろう。
なんとかならないもんだろうか、そう思った人もいるだろう。私もその一人だ。
こうした不正な転売を防止する有効な手段というのは、現在のところ無い。
一方、購入したチケットの公演が都合で行かれなくなり、他の人に譲りたいというケースもあり、転売そのものを禁止することは不都合が生じる。

従来はこうした不正転売を防ぐための法律は条令で定められていた。
例えば、「東京都条例第103号第二条」では、乗車券や入場券などを「不特定の者に転売し、又は不特定の者に転売する目的を有する者に交付するため」買う行為を禁止している。
しかし、この条例は元々が「ダフ屋」行為を禁止するのが目的であったのと、購入時点でそれが転売目的かどうかを判断するのは困難で、一部悪質なケースが摘発された例はあるが、不正転売防止には役立っていない。

そこで今回、コンサートやスポーツなどのチケットの不正転売を禁止する「チケット高額転売規制法案」が2018年12月8日に成立した。正式名称は「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」で、規制対象となる行為は不正転売とそのための仕入れ行為である。
ここで不正転売とは、興行主に無断で、「業」として販売価格以上の値段で転売をすることを指す。
施行は19年6月14日で、違反した場合には1年以下の懲役や100万円以下の罰金が科される。

この法律が施行されれば、従来よりは不正転売が防げるようになるだろう。
但し問題なのは、対象が「業」として転売されたものに限定されており、個別の取引を「業」か否かを判断する基準をどう設けるかという課題は残る。
また、券面に購入者の氏名や連絡先を明記して、本人以外の入場を認めないと言う方策も検討されているようだが、これは個人情報保護の観点から問題がある。

結局、不正転売を防止するのに有効な手立ては、その興業の入場料の「定価以下の価格の転売のみ認める」ことにするしか方法は無い。言い換えれば、定価を超えた金額で販売したものは、転売を目的にして購入したものと見做すということだ。
既に一部の転売サイトでは実施されているが、こうしたルールを徹底すれば、不正転売は根絶できるだろう。

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2019/03/25

「禁煙」ファシズム

最近、舞台で喫煙シーンのある演劇を観にいくと、開演前にそうした場面があることが予告され、使うタバコは無害のものであるとか、希望者にはマスクが配られることもある。
そこまで神経質になる必要があるのだろうか。どうもヤリスギの感がある。
もっと気楽にいこうぜ。
ドラマなどで喫煙シーンがあると抗議を受けることがあるようだが、もはや狂気としか思えない。


私自身はタバコを一度も吸ったことがない。生まれながらの気管支喘息のためにタバコは吸わない。
だが、他人の喫煙には寛容だ。「タバコ、いいですか?」と訊かれれば必ず「どうぞ」と答える。
他人の嗜好には出来るだけ寛容でありたい。


タバコを吸わないかわりに、酒は飲む。飲酒によって他人に迷惑をかけたことも少なくない筈だ。
人間が集団で生活している以上、知らぬうちに迷惑を掛けたり掛けられたりしている。
だから、どこまで許容するかという問題だと思う。


私が若い頃は、男性でタバコを吸わないのは少数派だった。列車など乗り物、映画館や劇場、飲み屋や喫茶店、人の集まる所はどこでも紫煙モウモウだった。会社も喫煙者だらけだった。
「受動喫煙」なんて、そんな生易しいもんじゃなかった。
だが、迷惑だと思ったことはない。
むしろ、タバコを吸う人を羨ましく感じていたほどだ。


喫煙者を見ていると、イライラを鎮めるのに効果的なようだ。怒りや動揺をタバコで鎮めている光景を何度も見てきた。ああいう人は、今はどうやって精神を鎮めているのだろう。
タバコには、会話の「間」が取れるという効果もある。何かを答える際に、喫煙で「間」が取れる人は優位である。
落語の『たちぎれ(たちきり)』で、いきり立つ若旦那を番頭が諫める場面があるが、番頭が悠々とタバコを一服してから説教を始めるのが実に効果的で、タバコのシーンが無かったら気の抜けたものになっただろう。


このままだと、やがて「禁酒法」なんて出来るんじゃないかと、この酒飲みは危惧している。


話は変わるが、近ごろやたら「平成最後」「平成最後」が連呼されているが、「だから何だ」と言いたい。
何事も始めがあれば終りがある。
それだけのことだ。

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2018/11/12

「郵便ポストが赤いのも」

郵便ポストが赤いのも
電信柱が高いのも
チンチン電車が走るのも
みんな私のせいなのよ
(みんな私が悪いのよ)

私が幼かった頃、母が時々こんな事を言ってました。 ちょっと不貞腐れた時に出ていたように記憶しています。
母は明治32年生まれなので、恐らくは昭和初期に流行ったのでしょう。
サイトを見ると、ネタ元を4代目柳亭痴楽としている例がありますが、それは順序が逆で、巷間に伝わっていた俗言を痴楽が自分のギャグに取り込んだと考えるのが妥当だと思います。

ここで今の方に「チンチン電車」についは解説が要りますね。
市街地を走る路面電車の通称で、合図に車掌が紐を引いて鐘を「ちんちん」と鳴らすところから、こう呼ばれていました。
かつて東京でも網の目のように都電(戦前は市電)が走っていました。運転手の他に車掌がいて、停車や発車の合図をチンチンと鳴らしていたのです。
車掌のもう一つの仕事は乗車した客の切符を切ることです。前にカバンを下げて手には鋏を持ち、客から金と引き換えに乗車券に鋏を入れて渡します。回数券を持っている乗客には1枚だけ鋏を入れます。降車の時にそれらを回収していました。

この「チンチン電車」をめぐって一時期流行った下ネタジョークがありますので、紹介します。

あの阿部定さんが刑務所を出所してから市電の車掌になった。
定さんがチンチンと鳴らしてから鋏を手に「切らせてもらいます、切らせてもらいます」と車内を回ると、男性客が一斉に前を押さえながら降りて行ったという。

これも今どきの方には通じないですか。

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2018/03/18

日本も恐ろしい国になってきた

最近とみに感じるのは、日本も恐ろしい国になってきたということだ。

前川喜平・前事務次官が市立中学で講師を務めた授業の内容の報告や録音データの提供を求めた問題だが、要は政権に逆らう者は徹底的に叩き潰すという動きの一つだ。
早くいえば「みせしめ」。
森友問題で逮捕された籠池夫妻が半年以上も拘留され、家族や弁護士も接見できないのも「みせしめ」。
籠池が日本会議の活動を通じて安倍首相夫妻に接近していた頃は、国有地を破格の価格で払い下げを受けるなどの便宜を計らって貰えた。
それが一転して邪魔な存在と見ると、異常とも言える扱いで長期間外部と遮断されている。
今後、財務省の公文書改ざん問題でも同様のことが起こるだろう。

「この国のかたち」そのもを変えなくてはいけない状況に至っていると、そんな思いだ。

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