文化・芸術

2018/06/24

沖縄追悼の詩「生きる」

「生きる」
相良倫子(浦添市立港川中学校3年)

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間(とき)を
一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。

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2017/09/04

小林一茶、もう一つの顔

一茶といえば幼い時に実母と死に別れ、継母に虐められて育ちながら、幼子や雀、蛙などの小動物にまで愛情をそそいだ好々爺というイメージがあるが、これと真逆な人間像が存在している。
15歳で故郷を出て江戸に、24年後の享保1年に実父・弥五郎の重病を知り、故郷の北国街道柏原宿に戻る。この時、重篤状態にあった弥五郎から、異母弟の弥兵衛と遺産を二分割する旨の遺書を獲得する。
一茶が不在だった24年間、故郷の生家を守り続けたのは継母と弥兵衛だった。
それが四半世紀も留守にしておいて、いきなり遺書をつきつけ遺産分割を迫る一茶に、継母と弥兵衛は激怒する。
近所同族はもちろんのこと、柏原宿の住民皆が弥兵衛家族に同情し、一茶は村八分同然の身となる。
しかし、一茶はひるむことなく相続を履行する契約証文をとりつけ、最後は江戸訴訟までちらつかせて脅し、粘りに粘る。
この結果、一茶51歳の文化10年には、柏原宿の屋敷真半分と、留守中の家賃元利まで上乗せしてむしり取り、帰住したのだ。
(以上は、月刊誌「図書」2017年9月号に掲載の高橋敏「一茶の遺産相続」を要約)

余談になるが、52歳の時に28歳の妻を娶るが(初婚)、妻は一茶との毎日3回の情交が原因で37歳に亡くなる。
これは、逆『短命』ですね。
一茶はその後、62歳と64歳の時に再婚、再々婚している。

一茶にしても衣食足りてなんとやらで、生活が安定していたからこそ、あれだけの発句が生まれたのかも知れない。
激しい性欲も、創作活動のエネルギーの発露か。

人間というのは実に色々な面を持っている。だから面白いのだ。

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2017/04/19

ダフ屋行為(営利目的の転売行為)の禁止

国立劇場などのチケットをネットで購入する会員(NTJメンバー)に、下記のようなメールが送信されてきた。 
【引用開始】
昨今、国立劇場・国立演芸場・国立能楽堂・国立文楽劇場の主催公演において、チケットの不正購入や営利目的の転売が疑われる事例が発生しています。
その対策として、インターネットでご購入いただいたチケットのお受け取り方法を以下のとおり変更いたします。
なお、国立劇場あぜくら会及び国立文楽劇場友の会会員としてご購入いただいたチケットは、今回の変更の対象ではございません。
■対象となるチケット
平成29年3月28日(火)午前6時以降にインターネットでご購入いただいたチケット
■対象となるお客様
NTJ会員のお客様(国立劇場あぜくら会及び国立文楽劇場友の会会員を除く)
■変更内容
インターネットでのご購入完了から72時間経過していないチケットにつきましては、自動発券機でのお受け取りができなくなります。
ただし、それより前にチケットをお受け取りになる場合には、決済にご利用いただいたクレジットカード(ペイジー決済の方はインターネットバンキングの取引明細やATM利用明細票等お支払いが確認できるもの)をご持参の上、チケット売場窓口でお受け取りください。
【引用終り】
いわゆる「ダフ屋行為」への対策として、「インターネットでの購入完了から72時間経過していないチケットは、自動発券機で受け取りができなくなる」というもの。
購入して直ちに転売しようとする者にはある程度の規制がかけられるが、「国立劇場あぜくら会及び国立文楽劇場友の会会員を除く」とされており、有効性には疑問もある。

行きたいと思っていたのにチケットが取れず、そのチケットがネットのサイトで転売されていると腹が立つ。
人気公演のチケットを購入し、高額で転売して利益を得る者が後を絶たない。
こうした転売目的のチケット購入は迷惑防止条例で禁止されていて、最近では逮捕者も出ているが氷山の一角だ。

東京都条例第103号
第二条 何人も、乗車券、急行券、指定券、寝台券その他運送機関を利用し得る権利を称する物又は入場券、観覧券その他公共の娯楽施設を利用し得る権利を称する物(以下「乗車券等」という。)を不特定の者に転売し、又は不特定の者に転売する目的を有する者に交付するため、乗車券等を、道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興業場その他の公共の場所(乗車券等を公衆に発売する場所を含む。以下、公共の場所という。)又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、航空機、その他の公共の乗り物(以下、公共の乗り物という。)において、買い、またはうろつき、人につきまとい、人に呼び掛け、ビラ又はその他の文書図画を配り、若しくは公衆の列に加わって買おうとしてはならない。

この法律の前半部分によれば、「転売目的でチケットを買う行為」そのものが「ダフ屋行為」だと規定している。
しかし、購入している時点では転売目的かどうかは判断できないため、実際にはザル法になっている。
チケットを購入したが急に都合が悪くなり、他の希望者に有償で譲渡したいというケースもあり、これをも禁止するわけには行かない。
では、どうしたら「転売目的」だと見做せるだろう。
そこで提案だが、

正規料金を超える金額でチケットを不特定の者に転売した者は、転売目的で購入したと見做す

と規定したらどうだろうか。
「東京都迷惑防止条例」第二条に違反した場合は、以下のように罰則(抜粋)が取り決められている。

第八条 次の各号の一に該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二条の規定に違反した者
8 常習として第一項の違反行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

こうしたリスクを冒してまでダフ屋行為をする者は、いなくなるだろう。
もちろん、急に行けなくなってチケットを正規料金以下で譲渡する行為は、転売目的には当たらない。

ダフ屋行為を根絶するには、これ以外の方策はない気がするのだが。

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2015/07/07

「世界遺産」の乱造

月刊誌「選択」2015年6月号に、元文化庁文化部長で現京都造形芸大教授の寺脇研氏が、「ありがたがるな世界遺産」というタイトルで編集部のインタビューに答えている。
要旨は次の通り。

1.今回の「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録に関して、明らかに安倍首相の地元である山口県を含めようとした政治色の強いもので、そんな経緯で選ばれた遺産について一喜一憂する国民もメディアも滑稽でしかない。
2.世界遺産は元々ユネスコ、欧州から始まったもので、欧州では遺産登録が飽和状態になっている。そこで他地域の歴史的遺物でも遺産に「認めてやろう」という意識が確実にある。
3.日本には未だに欧米から認めてもらいたいという明治時代からの発想が抜けきらない。なぜ富士山の素晴らしさを伝えるのに世界遺産というお墨付きを頂く必要があるのか、理解できない。
4.今では文化庁に専門職員がいて、日本中からの陳情を受け付け、国内の候補を選んでユネスコに要望するというように登録がノミネートのノルマ化、システム化しており、流れ作業にように世界遺産を産みだしている。
5.挙げ句のはてに最近では地域おこし、観光振興という邪な目的が加わり、世界遺産が政治家の道具にまで成り下がっている。
6.日本人が守るべきだと考える遺産なら、自らの手で後世に残していくべきであり、この国の文化レベルが問われる問題だ。日本人の文化水準は高いが、政策面では極めてお粗末。文化予算でみると欧州各国はおろか韓国より劣っている。
7.そうした問題を見つめ直す意味からも、「もう世界遺産はいらない」という所から始めるべきだ。

大事なことは日本の大事な遺産は自らが守るべきであり、世界遺産を増やして世界から認めて貰おうなどという卑屈な態度は改めるべきだということ。
本来の目的をはき違え、観光の道具や政治の道具に成り下がっているのなら、「もう世界遺産はいらない」。

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2015/02/08

名詩の超訳

昨日はよみうり大手町ホールでの「桃月庵白酒独演会」に行く予定が野暮用で行かれず、娘に譲ってしまった。夕方娘から「すごく良かったわよ」という電話があった。1月に「桂文枝独演会」を自分で観に行って(よせばいいのに)ガッカリしてきた気分を取り返したようだ。『明烏』『芝浜』『不動坊』と後タイトルが分からなかったのを加えて4席演じたそうだが、全て良かったと言っていた。初めて聴いた白酒にすっかり感心し「将来は人間国宝かもね」と言うから、「品が無いからムリだろう」と答えてやった。

名詩の超訳としては、「サヨナラダケガ人生ダ」で夙に知られる漢詩「勧酒」の井伏鱒二訳が有名だが、同じ井伏の訳で高適の「田家春望」の名訳もある。田舎の春景色を詠ったもので立春を過ぎたこの季節にピッタリだと思う。

出門何所見
春色満平蕪
可嘆無知己
高陽一酒徒

読み下し文ではこうなる。

門を出て何の見る所ぞ
春色 平蕪に満つ
歎んず可し知己無なきを
高陽の一酒徒
(平蕪:雑草の生い茂った平地、高陽:河北省保定県内の地名、酒徒:飲んだくれ)

井伏鱒二の超訳ではこうなる。

ウチヲデテミリャアテドモナイガ
正月キブンガドコニモミエタ
トコロガ会ヒタイヒトモナク
アサガヤアタリデオホザケノンダ

「高陽の一酒徒」を「阿佐ヶ谷あたりで大酒飲んだ」とは大胆な訳だが、何となく気分は分かる。

月刊誌「図書」2015年1月号に池澤夏樹の「詩人の中のいちばんの悪党」という文章が掲載されているが、この中でフランソワ・ヴィヨンの「老婆が その青春の月日の去ったのを 惜しんで」という詩を、鈴木信太郎が訳したものを紹介している。美人が老いての嘆きを詠ったものとされる。原文は不明だが訳詩は次の通り。

すんなりとした優雅な撫(なで)肩(かた)
あの長い腕、可愛らしい手
乳房は小さく 臀(ゐさらひ)は豊かな肉附
盛上り、座りがよろしく、恋愛の
晴の勝負の道場に相応(ふさ)うた舞台
あの広い腰、がつしりとした
太腿の上に座った、小庭の奥の
筑紫つび、今はどうなってゐるか

この訳文もたいそう粋だが、その鈴木信太郎が「あまりに見事」と評した訳がある。
それはこの詩を「卒塔婆小町」と題して矢野目源一が訳したものだ。

さては優しい首すじの
肩へ流れてすんなりと
伸びた二の腕 手の白さ
可愛い乳房と撫でられる
むっちりとした餅肌は
腰のまわりの肥り膩(じし)
床上手とは誰(た)が眼にも
ふともも町の角屋敷
こんもり茂った植(うえ)込(ごみ)に
弁天様が鎮座まします

確かに見事な超訳だが、最後の3行はまるで艶笑落語に出てきそうだ。

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2015/01/13

古典芸能の入門書にも『桂吉坊がきく 藝』

桂吉坊(著)『桂吉坊がきく 藝』(ちくま文庫 2013/06/10初版)
Photo以前に佐平次さんのサイト「梟通信~ホンの戯言」で紹介されていたもので、遅ればせながら読了。
タイトルにあるように上方落語の若手・桂吉坊が、各分野の大御所たちに芸の神髄を聞くという対談集だ。
対談の顔ぶれは次の通りで各界のトップクラスが名を連ねている。この対談から数年経て、既に数名の方が鬼籍に入ってしまった。そういう意味では貴重な著作である。
小沢昭一(俳優)
茂山千作(狂言師)
市川團十郎(歌舞伎俳優)
竹本住大夫(文楽大夫)
立川談志(落語家)
喜味こいし(漫才師)
宝生閑(能楽師)
坂田藤十郎(歌舞伎俳優)
伊東四朗(喜劇役者)
桂米朝(落語家)

桂吉坊、師匠は故桂吉朝で、桂米朝の孫弟子にあたる。数年前に一度高座を見たきりだが、童顔で少年のような風貌だった。本書中に対談した方々とのツーショットが掲載されているが、まるで祖父と孫のようだ。
吉坊はそうした外見にかかわらず、古典芸能の各分野にかなり精通していることが本書から窺える。落語は歌舞伎はもちろん、能や狂言、浄瑠璃(義太夫)などから題材を得た演目も多い。従って古典落語をきちんと演ろうとすれば、そうした様々な分野の素養が求められる。
しかし現実はどうだろう、そうした努力を意識的に続けている落語家は少ないのではなかろうか。吉坊がここ数年でいくつかの賞を受賞しているのは鍛錬の成果だろう。

本書を読んで先ず驚くのは、大御所たちが孫ほど年が違う若手落語家に対し、実に丁寧に応対していることだ。やはり一流の人物というのは人間的にも優れていることを改めて感じる。
対談の中でまだバイト時代の伊東四朗が脚本を書いて、2代目尾上松緑を訪ねて歌舞伎座の楽屋に押し掛けたところ、入り口で番頭さんに追い返されそうになっていた。そこへ奥から松緑が出てきて部屋に上げ、台本を見て女形の部分を他の役者をよんで読ませたりと、丁重に扱ってくれたというエピソードが紹介されている。伊東自身も自分が松緑だったらああいう真似は出来ないと言っているが、戦後を代表する歌舞伎役者の偉大さを物語っている。

團十郎や藤十郎との対談では、東西の歌舞伎の違い、江戸は型(成田屋や音羽屋といった伝統の)を重視
するが、上方は型より役者本人の工夫で演じるという。演出も上方はリアルで、忠臣蔵の6段目で猟から戻った勘平が東京では衣装を着替えるが、上方ではそのままの衣装でいる。勘平の腹切りも東京では正面を向いて切るが、上方では部屋の隅で背中を向けて切るといった違いがあるようだ。
團十郎を襲名してからやはり大名跡に相応しい演技をと心がけていたら、あるとき楽屋から出たら知らないおばさんが立っていて、「あなたは自分で縛っているんじゃないですか」と声をかけられ、ハッと気が付いたと述べている。世の中には凄いファンもいるものだ。

竹本住大夫は浄瑠璃を語って66年、ほとんど休演したことがないと。「少々、熱が出ようが、下痢しようが、休んだらあきまへん。悪いコンディションの時に舞台に出て、そこを抜けつくぐりつ、声の使い方を勉強してきまんねん」。落語家の中には、今日は風邪気味だの高熱が出たのと言い訳をするのがいるが、プロだったら住大夫の言葉を噛みしめて欲しい。
談志が軽い噺ほど難しいと語り、究極の落語は『あくび指南』だと。米朝は『つる』という噺に落語の基本が全て入っているという。逆に『たちきれ線香』なんて誰でも出来ると、これは米朝も談志も一致した意見のようだ。この辺りは聴き手と演者とでは違いがあるのかな。

かくのごとく、それぞれの分野の超一流の人たちが、吉坊相手に懇切丁寧に芸談を語っているので、古典芸能への恰好の入門書ともなっている。
関心のある方へはお薦めの一冊だ。

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2014/07/19

「人間国宝」雑感

「旅人は雪呉竹(ゆきくれたけ)の群雀(むれすずめ)とまりてはたちとまりてはたち」
旅をテーマにした落語のマクラにしばしば使われる言葉だが、当ブログなら「休んでは書き休んでは書き」といったところ。
あちらこちらとガタが来ていて、体調と相談しながら細々と続ける事になるのだろう。

落語家の柳家小三冶が人間国宝に認定された。多くの落語ファンは次はこの人と思っていただろうから先ずは予想通りと言える。
記者とのインタビューでは「あえて言いましょう、とても嬉しかったです」と笑顔を見せたかと思うと、一転「何で嬉しかったんだろう」と真顔を見せたとある。いかにもこの人らしい反応だ。
同時期に活躍した古今亭志ん朝が「語る芸」であったのに対し、小三冶は「語らない芸」と対比されたこともあった。お客に強いて笑いを求めない「引きの芸」と称されるのは師匠の先代小さん譲りか。
率直に言って噺家としてのピークは越えていると思っているが、依然として現役では第一人者であることは間違いない。
ただ、ますますチケットが取りづらくなるだろうな。

人間国宝というのは正式名称ではなく、重要無形文化財保持者を指して呼ぶ通称だ。
「無形文化財」は「文化財保護法」のよって定められていて、演劇、音楽、工芸技術その他の”無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いもの”をいう。
このうち芸能分野の中の演芸部門に落語は属していて、現在までに認定されているのは古典落語から五代目柳家小さん、三代目桂米朝、十代目柳家小三治の3名。
他に講談で一龍斎貞水がいる。
同じ落語家でも古典落語に限っているのは無形文化財の主旨からか。芸協の人がなぜ桂米丸を人間国宝にしないのかと怒っていたが、どうやら法律の趣旨から外れるようだ。漫才その他の演芸から選らばれていないのも同様の理由だろう。
意外なのは浪曲(浪花節)から一人も認定されていない事だ。私見だが澤孝子なぞは十分に資格があると思うのだが。浪曲は伝統芸能として認められていないのだろうか。
それなら伝統芸能とは言えない新派から喜多村緑郎と花柳章太郎が人間国宝になっているのは理屈に合わない。

どうも「人間国宝」というのは、分かっているようで分からない事が多い。

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2013/02/10

上野「ぼたん苑」

2月9日、上野東照宮で1月から2月中旬まで開かれている「ぼたん苑」を鑑賞。
ガラにもない所へ行ったのは、妻から同行を求められてのこと。「牛にひかれて」ナントヤラです。
どうも草花にはあまり興味がなく無粋な性格なもんで、しょっちゅう叱られている。
上野には頻繁に行ってるのに、そういえば東照宮という所を訪れてことがないなぁと思い立ち、今回付き合った次第。
冬の牡丹(寒牡丹)というのは新春を祝う花だそうで、雪よけのワラ囲いの中に寒さに耐えながら咲くという。健気なんですね。
この「ぼたん苑」には600本の牡丹が咲いているそうで、季節が遅くなってしまい盛りが過ぎていたのが残念だが、それなりに美しい。
場所は動物園の脇で、ここが入り口付近。
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以下、牡丹の画像の数々を紹介します。
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これは「木賊(とくさ)」で初めて見た。
良く落語で色白の美女を「雪に鉋をかけ木賊で磨いたような」という形容をするが、その木賊。
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ぼたん苑を出て、東照宮の社殿だと思って近寄ったらただいま工事中。
なんのことはない、工事のパネルに実物大の絵が描かれていたのだ。
まるで落語の「だくだく(書割盗っ人)」だね。
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これが五重塔。こっちは本物。
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「銭湯で上野の花の噂かな」の季節には、もう一度公園内をゆっくり回ってみようと思った。
気が変わらなければの話だが。

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2011/05/22

「ゴーストライター」は日本文化

5月17日に発売された週刊誌「FLASH」が、2008年にNHKが放映した大河ドラマ『篤姫』の脚本が、実は田渕久美子の手によるものではなく、兄でコピーライターの田渕高志が執筆していたと報じているそうだ。
私設秘書の証言とのことで、今のところNHK側や田渕久美子側からの反論は出されていない模様。
この人は、いま放映中の大河ドラマ『江 ~姫たちの戦国~』の脚本家だそうですね、観てないけど。
世間にはよくあることだし、脚本家も替え玉も双方が了解しているのであれば、問題にされることはない。
局側だって知っていながら知らないそぶり。
誰の迷惑にもなっていないし。

ゴーストライターが最も日常化しているのは、科学技術の世界だろう。
仮にAという大学教授と、その弟子のBが共同執筆して書籍を出したとしよう。
もしAがその一部を書き、残りの大部分をBが書いた場合は、その書籍の執筆者はA単独となる。
全てをBが書いた場合は、執筆者はAとBの共著になる。
これは「お約束」であり、少なくとも私が現役時代の数年前まではそうであったし、今でも続いていると思う。
科学誌に掲載された論文でも同様で、ある高名な大学教授が書かれた論文について教えを乞うべく訪問したら、自分では分からないからと、執筆した弟子をその場によんで説明させていた。
大先生は、論文自体をあまり読んでいない様子だった。
そげなモンです。

以前に「ポスドク」について書いたように、特に企業においては博士論文の替え玉はそう珍しくなかろう。
上司の命令とあっては部下は逆らえないし、考課に響くとなれば部下はせっせとゴーストライターを務めるしかない。
博士は博士でも、「下駄博士」。
文学の世界でもゴーストライターが存在することは夙に知られており、かつて文藝春秋社長であった池島信平が、菊池寛のゴーストライターであったことを晩年に告白したのは有名な話だ。
この手の逸話は世間から非難されるより、むしろ美談として扱われる。
作詞や作曲といった音楽の世界でのゴーストライターの存在は、ここに書くまでも無いことだ。

欧米など海外はいざ知らず、日本においてはゴーストライターが違法だという認識は左程ない。
当人同士が承知していれば構わないというのが、一般的な見方だろう。
例えていえば、大相撲の八百長問題みたいなもので、それほど責められることではない。
いちいち詮索するなんざぁ、「きくだけ野暮で、鳴く鳥ぁ矮鶏(ちゃぼ)だ。」ってこと。

お断りしておくが、当ブログの記事にはゴーストライターはいませんぜ。
(文中敬称略)

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2010/06/02

その「ローソン・チケット」が不便なのだ

ローソンのチケット販売子会社「ローソンエンターメディア」(LEM)の資金不正流用事件で、東京地検特捜部は6月1日、同社元専務の山岡武史容疑者と、取引先の企画会社「プレジール」元社長の竹原章介ら3名を、会社法違反(特別背任)容疑で逮捕した。損害額は約115億円に上る。
トンネル会社をつくって売上金をプールし、食肉取引への投資で利益を上げようとしたが失敗し、穴をあけたものだ。
コンビニ業界というと細かな商売をしているというイメージが強いのだが、こんないい加減なことをしていたのかと、驚きだ。
加盟店はさぞかし怒っているだろう。

寄席や芝居がすきなことからプレイガイドにお世話になることが多く、いくつかの会員になっている。
それでローソン・チケット「ローチケ」にも入会しているのだが、これが不便なのだ。
インターネットで申し込みコンビにの店頭で引き取る場合、他のプレイガイドでは端末にチケット引換え番号(電話番号が必要なケースも)を入力するか、番号をレジに提示してチケットを受け取ることができる。
引き取りは開演直前まで、いつでも可能だ。

これがローチケでは全く異なる。
先ずチケットの引取りが4日以内となっていて、これが不便だ。
変なのは但し書きで、「万一上記期間にお引取いただけなかった場合でも、公演日前日までお引取り
可能です。」とあり、それなら最初から引き取り期間を延ばせばいいのだ。

クレジットカードでの支払いの場合、申し込みの時点で認証を行うのだが、ローチケではその上に、チケットを引き取る際にもう一度カードを持参して認証をしなくてはいけない。
どうしてローソンだけ二重の手続きが必要なのか、理由が分からない。

端末の入力でもローチケだけは、
・申し込み時の暗証番号の入力
・氏名の入力
が必要だ。
チケットを申し込むときに会員番号と暗証番号は入力しているわけで、引き取りでさらに別の暗証番号がなぜ必要なのか、これも理由が分からない。

セキュリティーが厳重だということだろうが、とにかく手続きが面倒なので、結果としては年に1-2回しか利用していない。
そんな厳重な企業で、なぜこれほど多額な流用が可能だったのだろうか。
もしかしたら利用者には厳しいが、身内には甘い企業体質なのかも知れない。

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