旅行・地域

2022/10/27

混浴バンザイ!

海外にも温泉があり、旅行者にはそれを楽しみにしている人もいるが、私は利用したことがない。理由は水着着用が義務づけられているからだ。海パンをはいたまま入浴なんて冗談じゃない。
温泉、とりわけ露天風呂は開放感や爽快感が味わえるのが魅力だ。そのためには裸が絶対条件だ。
50代のころ、九州の大分に長期出張していた時期があり、たまの休みには近隣の温泉を訪れた。
なにせ大分から福岡や熊本方面に向かう列車では、停車駅ごとに温泉がある。別府や湯布院といった全国に知られた温泉以外に、小規模の温泉が各地にある。洞窟温泉や、川底から温泉が湧き出している変わった温泉もある。露天風呂も多い。
小規模な温泉では湯船が一つしかない所が多く、時間帯を区切って男女別々に利用するケースもあったが、混浴も少なくなかった。
最初は多少の抵抗感があったが、馴れてくると気にならなくなる。
さすがに着替えの場所だけは男女別々が多かったが、湯船に入ると一緒になる。
混浴は女性にとって恥ずかしいかも知れないが、それは男も一緒だ。私のように人サマにお見せするようなリッパな体を持っていない人間にとっては、異性に裸体を晒すにはやはり恥ずかしいのだ。
そのうち湯船の中で女性とも会話も交わすようになり、双方とも意識しなくなる。
女性客は中年以上の年配の方が多かったが、たまに若い人もいた。20代と思しき女性客とも2度ほど出会ったことがある。こういう僥倖に巡り会えたのも、日ごろの行いが良いせいかな。それとも、こちらが爺さんだからどうでも良いと思われたのかも知れないが。
江戸時代の銭湯は混浴だったという。日本に来た外国人には随分と奇異に見えたようだ。法律で男女を分けるようにしたのは明治になってからだ。
混浴を伝統文化と考えれば、未だ地方の鄙びた温泉にはその伝統が残されているということかな。

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2022/09/26

空港保安検査あれこれ

球界のレジェンド村田兆治が、空港の保安検査でトラぶり、検査員に暴力をふるったとして逮捕された。野球ファンとしてショックを受けた人が多いだろう。
暴力は弁解の余地がないが、空港保安検査で理不尽な思いをすることはままある。
南米のある空港の保安検査で何度も警報がなり、そのたびにやり直しさせられた。ベルトも靴も脱いで、ポケットの中身を全部出しても引っかかるのだ。さすがに頭にきて、次のローカル空港では海水パンツにTシャツ、ビーチサンダルの姿になって検査を受け、これでダメなら素っ裸になってやろうと思っていたら、さすがに無事通過できた。ただ、この格好で飛行機に乗るのはちょっと恥ずかしかったけど。
コロンビアの空港で、ツアーのメンバーのスーツケースに麻薬犬が吠えたと大騒ぎになったことがある。係官と本人立ち合いで開けたところ何も問題はなく、どうやら土産に買ったコーヒー豆5袋分の匂いに犬が反応したようだ。国の名産品と麻薬と区別つかないようじゃ、このワンちゃん失格だ。
南アのヨナネスブルグ空港では、検査官に財布の中身を調べるのがいる。二人一組で、一人が財布の中の金を勘定している時にもう一人が後ろから話しかけてくる。後ろに気を取られていると現金を抜くのだ。事前に情報は得ていたので、後ろは無視して財布から眼を離さずにしていたので被害にあわなかった。
成田空港の通関で、係官から一度だけスーツケースを開けさせられた。あれは結構恥ずかしいものだ。ただ、出発がイスラエルのテルアビブ空港で、この保安検査は手荷物はもちろん、スーツケースも全て開けられて、本が入っていると全ページをめくりチェックするほど厳密を極める。だから成田の係官に一言嫌味を言おうかと思ったが、やめておいた。
空港保安検査のあれこれでした。

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2022/05/12

ウクライナのオデッサの風景

過去に訪れた国が戦争や内乱で破壊されてゆく姿を見るのは辛いことです。
ウクライナに侵攻中のロシア軍は5月9日、南部の港湾都市オデッサを極超音速ミサイル「キンジャル」で攻撃し、大型商業施設を破壊したと伝えられています。
オデッサはウクライナ最高の観光地であり、貿易の拠点でもあります。
私は2017年にこの地を訪問しており、その時に撮った街の様子を紹介します。
オデッサ空港。
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オデッサ市内のトラム
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オデッサの街の風景
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 黒海です。名前の由来は、ギリシアからはるばるこの地に来た人が、天候が悪かったので海面が黒く見えたので黒い海と名付けたそうです。
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オペラ・バレー劇場
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ポチョムキンの階段。映画『ポチョムキン』ではこの階段を、赤ちゃんを乗せた乳母車が落ちてゆくシーンが有名です。
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中央広場に立つリシュリュー像。この地に長官として就任したリシュリューによって、オデッサの都市計画が進み現在のような街になりました。
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オデッサ中央駅。
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こんな静かで美しい街が破壊されないよう祈るばかりです。

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2022/01/28

県民性、魅力度ランキング

民間の調査会社「ブランド総合研究所」が発表した自治体別の魅力度ランキングをめぐり、群馬県の山本一太知事は記者会見で不満をあらわにした。
「なぜ群馬県の順位が下がったのか、理由は判然としない。根拠の不明確なランキングにより魅力がないという誤った認識が広がることは、県民の誇りを低下させるのみならず、経済的な損失にもつながるゆゆしき問題だ」
群馬県は全国44位と、前の年よりも4つ順位を下げた。山本知事は、法的措置も含めて今後の対応を検討する考えを表明した。
大人げない気もするが、第三者から勝手に「お前の地域は魅力がない」なんて評価されるのは、良い気がしないのは確かだ。
この調査はネットによるアンケート形式で、都道府県の魅力度ランキングは、「とても魅力的」を100点「やや魅力的」を50点、「どちらでもない」、「あまり魅力を感じない」、「全く魅力的でない」を0点として、回答を自治体ごとに集計し、点数を算出しているとのこと。
しかし、この設問に回答ができる人は、一体どのくらいいるのだろうか。私は仕事や旅行で47都道府県をいちおう回ってきたが、回答は不能だ。それぞれの地域はそれぞれの魅力があり、順位も点数もつけようがない。調査には、全体で3万5000人に回答して貰っているようだが、都道府県の魅力に点数をつけられる人って、どの程度いるのか。
こうした調査を行い、結果を公表することに意義があるのか、疑問である。
よく「県民性」という言葉で、都道府県に住む人の個性を表すことがあるが、これも意味をなさない。
1871年に行われた「廃藩置県」により、3府302県に分割されたが、その後の地域ごとの合併や離散を経て、1888年に今の形に近い3府43県が成立した。そこから現在までに「県民性」が醸成したとは考えにくい。
東京だって、元からの江戸っ子は少数派で、多くは地方出身者だ。
大阪は、摂津・河内・和泉の3国から成り、それぞれの地域ごとの特性が異なる。
これは他の道府県にも言えることであり、一括りにして評価するのは乱暴なやり方なのだ。

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2021/08/05

「ベラルーシ」の印象

東京五輪に出場していた陸上女子のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ(ベラルーシ)が亡命を申請し、世界を巻き込んだ騒動に発展しています。ツィマノウスカヤはSNSなどで自身が投獄される可能性に触れながら「帰国するのが怖い」と語っていますが、ベラルーシは「欧州最後の独裁者」による恐怖政治が行われています。
私は2017年7月にツアーでベラルーシを訪れました。旧ソ連の国で今は独立している国にこれまで約20ヶ国訪問していますが、現地ガイドに必ず同じ質問をしてきました。それは「旧ソ連時代についてどう思うか?」というものです。殆んどの国の回答は同様で、「ソ連の方が良かったという人もいるが、多くは今の方が良いと思っている」。
処が、ベラルーシの現地ガイド(日本語が達者)だけは例外でした。私と現地ガイドとのヤリトリは次の様でした。
「国民はレーニンを今でも尊敬しているの?」、答えは「尊敬しています」。
「レーニンが間違っていたからソ連が崩壊してしまったのでは?」、答えは「間違いはありましたが、レーニンが目指していた理想は正しかった」。
「スターリンはどう? ベラルーシでも彼によって沢山の人が粛清されたよね?」、答えは「確かにスターリンは酷い事をしました。でも独ソ戦でナチスドイツに勝利した功績は大きい」。
「独裁体制は良くないのでは?」、答えは「スターリンもレーニンも、あの時代にあっては必要な人だった。国によっては独裁は必要だ。ベラルーシも独裁と言われるが、現大統領が進めた政策によって国は上手くいっているし、国内の争いも起きていない。むしろ民主化した国々に戦闘が起きているではないか」。
「ソ連についてどう思っている?」、答えは「ソ連時代は良かった」。
「今の方が自由があって良いのでは?」、答えは「ソ連について、外側から見るのと、私たちの様に中で暮らしていた立場から見るのとでは、見方が違う」。
「ゴルバチョフについてどう思う?」、答えは「ソ連を解体させたとんでもない人間」。
ガイドは続ける。「私の国籍はベラルーシだが、心はソ連人」。
久々に筋金入りの人に出会いました。
例外はこれだけではありません。
首都ミンスクの中心にある中央広場には、レーニンの銅像がたっていました。地下鉄の駅名も「レーニン広場」です。私の知る限りでは、旧ソ連の国で、こうした銅像が今でもたっているのはベラルーシだけです。
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旧ソ連時代にウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故で、放射性物質を含んだ灰の多くがベラルーシに降ってきました。汚染地域の住民は国の費用で他へ移住し、その後も定期的な健康診断を受けています。
ベラルーシでは事故による放射性降下物の70%が国土の四分の一に降り、50万人の子供を含む220万人が放射性降下物の影響を受けたと報告されています。ベラルーシ政府は15歳未満の子供の甲状腺癌の発生率が、1990年の2000例から2001年には8,000-10,000例に急激に上昇したと推定しています。
こうした事がらから核爆弾や原発事故に対する国民の関心が高いのです。
首都ミンスクにある有名な教会には、長崎から贈られた鐘が設置され、教会の敷地内には、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマの土がカプセルの中に入って埋められています。
日本との意外な接点があり、近しさを感じました。

 

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2019/02/04

聞くと見るでは大違い「ベネズエラ」

観光で一度行ったぐらいでその国の何が分かるかというのは正論ですが、それでも聞くと見るでは大きな違いがあります。
私がベネズエラを訪れたのは2007年でした。
目的はギアナ高地の観光で、先ず首都カラカス郊外のシモン・ボリバル国際空港に到着しました。
空港からカラカス市に向かう途中のホテルで1泊し、カラカス市内観光を予定していました。
この時期はチャベス大統領の全盛期と言ってよく、外国資本下にあった石油企業など基幹産業を国有化し、潤沢なオイルマネーを財源に貧困層に手厚い福祉政策を進めているという報道がなされていました。
日本からもマスコミやジャーナリストが取材に訪れ、新聞や雑誌にとり上げられていましたので、私たち観光客も楽しみにしていたのです。
空港からホテルへ向かう際に、最初に気付いたのは赤土です。酸化鉄が多く含まれているのでしょうか、家々の壁も赤いし、道路の側溝さえも赤味を帯びています。
海岸線を走るバスの北側にはカリブ海が見えるのですが、反対側はかなりの角度の斜面になっており、その斜面に貼りつくように沢山の住宅が見えます。
よく見ると、窓ガラスの無い家があり、崩れかかった家がありました。
所々に崖崩れや地すべりの後が残されているのも見えました。
それがずっと続いているのです。
写真は、バスの車窓から見た住宅地の風景です。
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ガイドの説明では、以前におきた大雨による災害で、沢山の犠牲者が出たのが、未だ完全に復旧していない名残りだということです。
住めなくなった家はそのまま放置され、そこには現在ホームレスの人たちが住んでいるということでした。
窓ガラスが無かったり、夕方になるのに灯りがついている家が少ないのは、そのためでしょう。
ガイドのいう沢山の犠牲者を出した大雨災害というは、1999年の末に起きたものでしょう。既に7年以上経過しているのに、土砂の片づけさえできていないこの状態は一体なんなのだろうと思いました。

ホテルからカラカス市内まで約40kmという距離ですが、道路事情が悪く片道2時間以上かかると言うのです。これだと夕食までに戻れないからと、カラカス市内観光は取りやめになりました。
空港から首都までというのは基幹道路であると同時に、物資を運搬する生活道路でもあるはずです。
こんな政策は長続きしないだろうと、その時に予想していましたが、最近のベネズエラの政治の混乱を見ると、やはりチャベス政権の負の遺産と思わずにはいられません。

ベネズエラの混乱に乗じて米ロ中の3か国が干渉をし始めていますが、ベネズエラの国民自身の手で一日も早く問題を解決できるよう願っています。

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2016/05/30

「京都御所」の見学

先週、京都に行く用事があり、その折り京都御所を見学してきました。
春秋の一般開放以外の時期では宮内庁のHPから申し込みができます。
比較的少人数なので、ゆっくり見学できるのが利点です。
ガイド付きで、しかも無料です。
ここ数年、京都は世界の人気都市の連続1位になるなどで、海外から多くの観光客が訪れていますが、
特に外国人にとって御所は隠れた人気スポットとなっています。

8世紀末に平安京に遷都されて以来、明治維新までこの場所が皇居でした。
ただ幾度か火災にあい、現在の建物は1855年に再建されたものです。
全体の広さは東京ディズニーランドとほぼ同じですが、御所以外は御苑として一般に開放されています。
見学者用の門を入って直ぐに見えるのが「宣秋門(せんしゅうもん)」で、皇居に参内する人たちはここから入門しました。
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そこから「御車寄(おくるまよせ)」に向かい、ここが玄関になります。当時の公家たちは牛車の乗って来たので、ここで下車していました。
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「諸太夫の間(しょだいぶのま)」は参内した人の控室。奥には襖絵が飾られているそうですが、保存のために前面にアクリル板が張られていて内部は見えません。
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御所の中心は「紫宸殿(ししんでん)」で、代々の天皇の即位式など重要な行事が行われた正殿です。
御所の中には白い石が敷き詰められていますが、これは建物の内部に照明設備がなく、太陽光を白石の反射によってとり込むためです。
落語の『祇園祭』で京男が江戸の男に向かって
「こっちゃ京の御所の御砂を掴んでみなはれ。瘧(おこり)が落ちるわな。」
と啖呵を切りますが、その御砂がこれです。
向かって左に見えるのが右近の桜、右に見えるのが左近の橘。
昭和天皇の即位式まではこの場所で行われました。
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紫宸殿の正面にある門が「建礼門(けんれいもん)」です。
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紫宸殿の周囲は「朱塗りの回廊」がめぐらされています。
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「清涼殿(せいりょうでん)」は天皇が日常生活を送った場所で、内部は風通しがよく設計されていて、夏場は快適だそうです。
反面、冬の寒さは厳しく、十二単(じゅうにひとえ)の綿入れが発達したのはそのためです。
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写真の左側の建物が「小御所(こごしょ)」で、天皇が将軍や諸侯と対面するときに使われた場所です。
王政復古の後に行われた「小御所」会議はここで開かれました。
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「御学問所(おがくもんじょ)」は学問だけでなく、天皇が臣下と対面するときの場所としても使われました。
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「御池庭」は御所の庭園で、大きな池を中心とした回遊式庭園です。中央に見えるのは欅(けやき)橋。
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「御常御殿(おつねごてん)」は天皇が日常生活を営む場所として、豊臣秀吉が造営したものです。以前は清涼殿がその役割を負っていましたが、生活様式の変化に対応できず、こちらに移されたものです。
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ここから奥はいわゆる「奥向き」となり、立ち入りは出来ません。
御所にはこの他にも多くの建物があり、いずれも平安時代の建築様式が再現されたものです。
ただ、現在はほとんど使われていない様子で、モッタイナイ感がありますが、今の皇室の方々は、ここでは住めないでしょうね。

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2015/09/14

中国旅行を終えての感想

「いま中国国民は毛沢東をどう思っていますか?」と質問すると、それ迄にこやかだった現地ガイドの顔がこわばった。明らかに緊張しているのが分かる。
「皆、尊敬してます。」
「しかし、文化大革命は誤りだった事は中国政府が公式に認めてるし、文革の中心人物は毛沢東だったよね。それでも尊敬してる?」
「でも、毛沢東は良い事もしています。」
「その良い事って何ですか?」
ここで現地ガイドは言葉が詰まり、しばらく沈黙が続いた。どう説明しようか迷ったんだろう。
「文革は確かに誤りでした。しかし当時の人たち(敵視され失脚した人たち)は名誉回復されてます。中国の人はいつまでも過去に拘ることなく、未来を大事にしています。」
中国の長い歴史から見れば、文革の誤りなんぞ取るに足らないのかも知れないが、私から見れば文化大革命の誤りに正面から向き合わねば、これからの中国の正常な発展は無いと思う。
文革の本質が、毛沢東に対する個人崇拝を批判していた当時の指導部に対する毛沢東側のクーデターだったのは明らかだ。彼個人の欲望によって多数の犠牲者と長期にわたる国内の混乱を招いた、その責任は計り知れない。その後、鄧小平や周恩来らによって混乱は収拾され、やがて「改革開放」路線へと転換してゆく。
しかし彼らの改革は毛沢東への個人崇拝を棚上げにし、文革への反省を中途半端に終わらせてしまった。
その結果、後に生じた中国国内の民主化運動を潰し、経済格差を拡大させ、今日に至っている。
私が皮肉半分に「そうか、文革があったから改革開放が出来たと考えれば、毛沢東も良い事をしたってわけか?」と言うと、現地ガイドは苦笑いを浮かべていた。
これ以上議論を拡げるのは中国国内では無理なことは分かっていたので、現地ガイドとの会話もそのまま終わらせた。
中国共産党は現状を社会主義への発展過程と見ているようだが、過去も現在も中国は社会主義や共産主義とは全く無縁な社会である。もはや「共産党」という党名は変えるべきだろう。

中国への旅行は今回が5回目(香港を含めれば6回)となる。観光で4回、仕事で1回。
8月中旬から8日間のツアーで、中国の西安-ウルムチ-トルファン-敦煌と周ってきた。現地のメディアは「対日戦勝記念日」一色でアウェイ感一杯だったが、旅行中特に嫌な気分を味わうこともなかった。
正確にいえば嫌な事はあったが、それは毎度の事で特別ではない。

その嫌な事というのはいくつかあるが、一つは旅行中やたらにパスポートの提示が求められることだ。
ホテルのチェックインでは必ずで、時にはフロントに預けて翌朝に返還なんて事すらある。飛行機に乗る時は仕方ないが、高速鉄道(日本でいう新幹線)の乗車の際にもパスポートの提示が求められる。加えて、主な観光地に入場する際にもパスポートの提示が必要だ。入場券にパスポート番号が表示されていて、入場の際に入場券とパスポートが照合されるケースもある。
目的は唯一つで、外国の旅行者の動静を把握するためだろう。これだけパスポートの記録をしておけば、旅行者個々人の日々の動きが当局には手に取るように分かる仕組みだ。
これは聞いた話だが、中国国内の旅行は人民解放軍が掌握しているとのことだ。数十年前までは現地ガイドは観光客を監視する役目を負っていたらしい。観光客が乗る車両には公安が張りつき、動きに眼を光らせていた時期もあったと聞く。
今はさすがにそういう事は無い様だが、何となく不気味な感じがする。
それと係員が官吏のせいか、やたら高圧的なのも気に障る。

二つ目は観光とショッピングの境界がアイマイなことだ。ツアーの日程表に「00博物館の見学」とか「00工場の見学」と書かれていたら、見学は付け足しでメインはショッピングだ。
それだけではない。観光施設でも案内の途中や終りには必ず売店に案内され、商品の購入を勧められる。
レストランで食事でも、食事が終了した頃を見計らって店の特産品の売込みがある。
見分け方は簡単で、日本語を話す人が出てきて説明を始めたら、最終目的はショッピングだと思えばいい。例えその人が学者だろうと研究者だろうと専門ガイドだろうと、最後は販売員になる。
そう割り切ってしまえば良いんだろうが、何となく騙された様に気分になって嫌だ。買い物好きな人は良いのかも知れないが、30分以上も一ヶ所にとめられ商品を勧められるのは苦痛でしかない。
中国には魅力的で行ってみたい場所が未だいくつかあるのだが、以上の事が気になって行くのが憚れるのだ。

もし中国がこれから多くの旅行者を呼び込もうと思うなら、上記の点は改善した方が良い。

前回(9年前)に比べて良くなった点もある。
①以前に比べれば全体にトイレがキレイになった。
②ホテルの部屋へのマッサージ(実態は売春)勧誘が無くなった。これは恐らく習近平政権の「黄掃」(フーゾク一掃)政策の結果と思われる。
③空港でスーツケースにバンド掛けして10元のチップを要求するという光景が無くなった。これも政権の意向かも知れない。
④西安市でいえばバイクは全て電動に変り、バスと乗用車の燃料は全て天然ガスに変るなど、環境対策が進んでいる。
以前に比べ全体的に浄化されつつあるようだが、経済にどのような影響が出るか注視する必要があろう。

以上が中国旅行の感想だ。異論もあろうが、それは人それぞれという事で。

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2015/08/29

「中国シルクロード旅行記」のご案内

ただいま、別館にて「中国シルクロード旅行記」を掲載しています。
ご興味のある方はお立ち寄りください。

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2015/06/20

「バルト三国旅行記」掲載のご案内

だたいま「ほめ・く 別館」にで「バルト三国旅行記」を連載しています。ご興味のある方はのぞいて見て下さい。

余談ですが、6月3日にラトビアの首都リガの国会や大統領府周辺を観光していたら、人だかりが出来ていました。ガイドから様子をきくと、現在ラトビア大統領選挙の真っ最中で、第1回投票で過半数に達した候補者がいなかったので、この日二人による決選投票が行われたとの事でした(大統領は議員による選挙)。その開票結果を待って国営放送が取材に来ていました。
やはりこうしたニュースはベテランアナウンサーが担当するのでしょう。
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女性アナウンサーに近づきカメラを向けたら笑顔を返してくれました。
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こういう場面に出会えるのも旅の楽しみの一つです。

帰国して日本のニュースを見たら、下記の記事が掲載されていました。
【ラトビアの新大統領の選出
バルト3国の一つ、ラトビアからの報道によると、ラトビア議会は6月3日、次期大統領に国防相のライモンツ・ベーヨニス氏(48)を選出した。任期は4年。現職ベルジンシ大統領は家庭の事情を理由に1期目の任期満了で退任する。】
うちのあの首相も、早く退任してくれませんかね。

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