医療・福祉

2009/11/19

高齢者への家庭内虐待

読売新聞によれば、自宅で高齢の家族を介護する人の4人に1人は虐待をしそうになったことがあるそうだ。佐賀県内の大学や市町でつくる「高齢者虐待防止ネットワークさが」の調査結果だ。
また、介護施設・事業所で働く人の10%以上が虐待を目撃しているが、このうち40%近くは他人に知らせていないことも分かった。
2007年度、家庭で虐待を受けた高齢者は全国で13727人、そのうち7割が要介護認定者だという。
死亡に至ったのは27件というから、事態は深刻なのだ。
しかし、これらの数字は氷山の一角にすぎない。

2006年に高齢者虐待防止法が制定され、虐待の「おそれがある」と思われる段階で、地域包括支援センターへの通報できることが明示され、早期の発見と対処が図られている。
しかし家族と同居している高齢者への家庭内虐待は、明らかにされにくい。事実をつきつけても言い逃れされることが多いのだ。
これを行政の力だけでやろうとしても、所詮はムリがある。
さらに虐待を発見しても、家族に介入して虐待をやめさせることはとても困難だ。
いま住民の協力を含めた地域ネットワークを活用して、高齢者への虐待をやめさせる自治体の努力が求められている。

この点に関して山陽新聞が今年4月に、ある自治体での取組みを紹介している。
この自治体では、市内の小地域ケア会議を中核とした「高齢者見守りシステム」をつくり、そこを通してケアマネージャーや民生委員らから具体的な情報が寄せられる。
こうした活動を通して住民の理解も得ることができて、過去には年に1,2件だった通報が、このシステムができた以後の2006年度からは30件前後と急増したという。
寄せられた情報をもとに地域包括支援センターでは、社会福祉士が中心となって、虐待が疑われるケースについては更なる情報収集と確認作業をすすめる。
事実が確認され、かつ緊急性がある場合は、被害を受けている高齢者を家族から引き離し、あるいは施設に措置入所させるなどを行政が判断することになる。

行政を地域住民との信頼関係が築ければ、行政側も支援センターを窓口に迅速に対応できるようになり、家庭という密室を乗り越える力になるわけだ。
ただ、こうした自治体は全体的にみれば限定されるだろうし、支援センターがその機能を十分に発揮しているとはいえないのが実状だろう。
家庭内の虐待は、される方もする方も共に悲劇なのだ。
行政は一日も早く、こうした体制を構築できるように努力してほしい。

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2009/11/17

医師が患者をつくりだす(下)

前回の記事で精神科にかかった患者に対して、誤った診断や治療が行われている例を紹介したが、ではなぜこうした間違いが(それも初歩的な)おきるのか。
一つには制度上の問題が横たわっている。
「精神科医院」という看板をみれば、誰だって精神科の専門医が診てくれるだろうと思ってしまうのだが、実は違う。
現在の医師法では、医師の資格さえあれば誰でも「精神科」や「心療内科」の医院を開業できる。
これは「自由標榜」と呼ばれ、麻酔科以外ならどんな名前で開業しようと、それは自由なのだ。
精神科の「せ」の字も知らなくても精神科医になれる、これが恐い。

近ごろ、とりわけ都内で「心療内科」の看板が増えたのは、もう一つ大きな理由がある。
他の診療科と異なり、検査も治療器具も必要ないので、極端にいえば事務所に机と椅子さえあれば開業できてしまう。看護婦も特に必要ないので、設備投資も人件費もいらないという手軽さが受けている。

それだけではない。
診断や治療を間違うというのは医療行為としては避けられないのだが、精神科の場合、多くが見逃されてしまう。
それは精神科の場合、どうしても診断が主観的になるため、患者側から誤診の訴訟が起こしにくいのだ。
それも患者自身が気付くというのは稀で、殆んどの場合、介護している人や家族が気付くことになる。
特にうつ病の人は概しておとなしいし、問題があっても訴える元気がないのでリスクが少ないのだそうだ。

つまり、専門的な知識がなくても、最小限の設備投資と人件費で開業できて、しかも訴えられるリスクが少ないとあれば、見方によってはこんなオイシイ話はないのだ。
もちろん、良心的な医師も少なくないのだが、楽して金を儲けようとする医師が参入しやすい分野であることも否定できない。

抗うつ剤の副作用が世界的に初めて知られるようになったのは、1998年4月の米国コロラド州にあるコロンバイン高校でおきた銃の乱射事件だった。
死者13人、負傷者24人という大きな犠牲を出したこの事件で、二人の犯人のうち一人が事件直前に抗うつ剤“SSRI”を大量に服用していたことが判明してからだ。
日本ではどうかというと、その翌年の1999年7月に起きたハイジャック事件だ。
覚えている方も多いのだろうが、20代の男が羽田発函館行きの全日空機を乗っ取り、機長を殺害して自分で操縦し、レインボーブリッジの下をくぐろうとした事件だ。
この事件で最高裁の判決は、次のように結論づけている。
「本件犯行以前の被告人の内気でおとなしい性格と行動に照らせば、これらの異常で過激な行動は、保崎鑑定(弁護人側の鑑定)の示すように、被告人が服用していた抗うつ剤の副作用としか考えられない」。
誤った治療や投薬は患者本人や家族を苦しめるだけではなく、こうした社会的凶悪事件を引き起す原因にもなる。

精神疾患というのは、レントゲンや血液検査、胃カメラというような検査で診断できるものではない。
患者の症状から医師が主観的に診断するケースが圧倒的だ。
うつ病の場合「診断マニュアル」が存在するが、なかにはこのマニュアル片手に診察する医師もいるそうだからムチャクチャな話だ。
医院に訪れて、医師からいくつか質問を受けて「はいorいいえ」で答えさせられ、「あなたはうつ病です」などと診断されたら、これは要注意だ。

患者は医師を選べないことが多いので、こうした誤った診断や治療から逃れるのは難しいのだが、こんな医者には注意しようという一般的な判断材料としては、次のようである。
(1)あまり患者の話に耳を傾けない
(2)薬以外の治療に対応しようとしない
(3)薬の量をどんどん増やす
(4)薬の効能や副作用を説明しない
(5)治療方法について質問すると不機嫌になる

この問題では困ったことに、現状では厚生労働省も適確な対応ができていないようだ。
どうも患者自身が、自分で自分の身を守るしかなさそうである。

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2009/10/29

医師が患者をつくりだす(上)

いま介護に携わっている関係者の中で、密かに話題になっている薬品があるという。
その薬の名前は「リスパダール(一般名;リスペドリン)」という。
元々は「統合失調症」の治療薬なのだが、高齢者の認知症の治療薬として、抗うつ剤として、時には不眠症や精神安定剤としても処方される薬だ。
「リスパダール」を高齢者が服用すると、しばしば、
(1)手足が硬直し身体が動かなくなる
(2)唇の動きが悪くないヨダレが増える
(3)食欲が極端になくなり食べなくなる
(4)床に虫が這いまわるなどの幻覚を訴える場合もある
といったような副作用を呈するそうなのだ。
こうした副作用情報は公開されているのだが、処方している医師の知識不足が問題を引き起している。

症状が重くなってホームヘルパーが気付くケースや、家族が気付いて介護福祉士やケアマネージャーに相談が持ち込まれるケースとがある。
その副作用例は、ある一つの地域で数十例に達するというから穏やかでない。
前記の(1)から(4)の症状を訴えるので、「もしかしてリスパダールを飲んでいませんか」と訊くと、「そうです」という答えが返ってくることもあるという。
時には生命の危険性にさえ及ぶこともあるそうだから、深刻な問題なのだ。

なぜこのような事が起きるのだろうか。
ある症状を訴えて高齢者が医師を訪れる。
治療薬として「リスパダール」が処方され、患者は指示通り服用する。ここまでは良い。
処が、症状が改善されないと、あるいはもっと重くなったと訴えると、知識の乏しい医師の中には、単純に用量を増やしてしまう。
そうすると患者の副作用がさらに強くなり症状が悪化する。それに対して、医者はさらに薬剤の用法用量を増やす。
こうして悪循環におちいっていく。

どこかで歯止めがかかれば良いのだろうが、これがなかなか難しいという実情がある。
元々患者が持っていった症状と副作用が似ているため、原因が薬だと気付きにくいのだ。
まして高齢者の場合、本人が気が付くというのは先ず有り得ない。
もう一つ、これも大きな問題として、患者やその家族が、医師に治療法にモノ申すことはとても困難なのだ。
副作用ではないかなどと訴えると、能力の低い医師ほど治療法が非難されたと受け止め、露骨に嫌な顔をされたり、時には逆切れされることもある。
お世話になっている医者との間が気まずくなるのを避けるため、黙って治療に従って重症に陥っていくというパターンが多いのだ。

相談を受けたケアワーカーやケアマネージャーは、とりあえず家族を説得して、「リスパダール」の服用を止めさせる。
そうすると殆んどの患者の症状が改善し、通常の日常生活に復帰できるのだそうだ。
医師によってはこの薬品に対する知識がなく、「1日量は12mgをこえないこと」という注意書きがあるにも拘らず、その3倍も処方していたケースがあったという。
こういう医者が堂々と看板をだして営業しているのだから恐ろしい。

主に高齢者の副作用が問題となっているようだが、今の日本の医療制度では、上記のような民間の副作用情報がフィードバックできるシステムがないのだ。
例えばイギリスのように、患者や家族、介護者などの個々の副作用情報がフィードバックできるシステムになっていれば、情報の共用が可能になるのだが。
(続く)

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2009/07/06

胃カメラ検査に朗報

何がイヤだって、あの「胃カメラ」検査、これが実に苦痛です。
以前に一度、検査中に嘔吐したモノが肺の中に入ってしまい、それが原因で肺炎に罹ったことがあります。それ以来、医者から胃カメラという言葉を聞くだけで、身体全体が緊張するんです。
それで医者に、胃カメラを飲むくらいなら胃ガンで死んだ方がマシですと訴えたら、それなら「経鼻内視鏡」なら楽だと勧められ、本日その検査に行ってきました。

普通の胃カメラ(内視鏡)が口から入れる(経口)のに対し、こちらは鼻から(経鼻)カメラを入れます。
一番の違いは、カメラの大きさです。経口用の直径が約10mmあるのに対し、経鼻用はその半分の約5mmです。
なんだ半分かと思うでしょうが、直径が半分なら面積は4分の1になりますから、これは大変な違いです。

次に、口からカメラを入れるとどうしても舌根部を通過させるのですが、この舌の根の部分に嘔吐反射のスイッチがあるのだそうです。
たいたい胃カメラをやるような人は元々胃の調子の悪い人が多く、気分が悪い。そこを更に刺激されるものですから、ゲーゲーとやってしまうわけです。
これが鼻からですと、舌根部を通らずに食道に入れられるので、嘔吐感が生じないというわけです。
実際に経験してみての感想ですが、苦しさは4分の1くらいに小さくなり、かなり楽になりました。嘔吐感もほとんどありません。
これだったら、年に1回位なら辛抱できそうです。

経鼻内視鏡には欠点があり、それは視野がやや狭いことです。だから検査の完全性を求めるなら今までの経口法がベターです。
それから胃がんの摘出など内視鏡を使った手術は、やはり経口のカメラでないと出来ないそうです。
そうした制約はあるものの、検査自体が楽だということは病変の早期発見にもつながりますので、こうした利点は生かすべきでしょう。

なお経鼻内視鏡は発売が2002年なので、まだ備えていない医療機関もありますので、実際に検査を受けるときは医師に相談してみて下さい。
検査なんぞやらやないに越したことはありませんが、どうしても胃カメラを飲まなくてはならない時の、ご参考までに。

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2009/05/02

「豚インフル」列島狂乱

ここ数日、TVなどマスメディアは連日新型インフルエンザの話題で持ちきりだ。
小沢一郎の捜査も検察の腰くだけで尻つぼみ、テポドンもしばらく飛んできそうにない、草なぎ剛は起訴猶予で決着し、解散はいつになることやら、ちょうどニュースの端境期に豚インフルエンザのニュースが飛び込んできた。マスコミとしては待ってました!とばかり、いっせいにこの話題に飛びついたというわけだ。

世界中に感染が広がるとか、もし日本に入ってきたら大変なことになるという危機感だけが強調されているが、現状はどうなのだろうか。
WHOの5月1日の発表によると、新型インフルエンザ(豚インフルエンザ・A/H1N1)の感染が確認された患者は、全世界で333人、死亡はメキシコの8人と米国の1人の計9人となった。これが全てである。
感染者が確認されたのは11カ国で、そのおよそ半数はメキシコだ。

今回の新型インフルエンザについての最大の疑問は、メキシコだけに死亡を含む重症者が多い反面、他の国の感染者は比較的軽症だという点だ。
そういう意味で米国の死亡例は注目を集めたが、死亡した男児は生後22カ月で、インフルエンザの症状を発症する前から「健康上の問題」を抱えており、米保健省の担当者は「男児には免疫的に問題があった」ことを明らかにしている。
そうなると、このアメリカの死亡例は特殊なケースである可能性が高い。

問題のメキシコだが、国立感染症研究所感染症情報センター長の岡部信彦氏らが4月27日、マスメディアに対し説明しているのだが、メキシコの重症患者の具体的な症状については、情報がほとんど得られておらず分からないと言っている。
感染ルートや患者の臨床症状については「不明の点がまだ多い」というのだ。
メキシコに行かれた方ならご存知のとおり、現地の衛生状態は決して良好とはいえない。というよりは、都市の貧困層は、かなり劣悪な環境の中で暮している。
医療制度も我が国とは異なり、国民誰もが適切な診療を受けられる状況にはない。
メキシコの重症者というのも、免疫上の問題や別の細菌による重感染、あるいは元々基礎疾患があったという可能性があり、正確な情報待ちという段階だ。

20世紀初めに世界的に流行したスペイン風邪との類似性を指摘する声もあるが、当時と100年後の現在とでは、検査や治療といった医療レベルが比較にならない。
しかも現時点では、新型インフルエンザは軽毒性だと想定されていることを考えれば、徒に恐怖心を煽るような報道は、百害あって一利なしだ。

政府は冷静に冷静にといいながら、実は危機感を煽っているかに見える。
舛添要一厚労相の日本人感染発表の二転三転のドタバタぶりは、「国民の皆さん、正確な情報が入ればお伝えするので、落ち着いて行動してほしい。」という声明とは裏腹である。
「不要不急であれば人込みを避けるということはやっていただきたい。」と言っていたが、それでは都市に住む人間は外出できないことになる。
おまけに横浜市との責任のなすり合いによる場外乱闘は、「先ずアンタが冷静になれよ」と言いたくなる。
舛添要一大臣といえば、2000年問題(ミレニアム)の際に、飲料水と缶詰を抱えてホテルのこもった「前科」があるが、元々がオッチョコチョイな性格なのだ。

危機感は、国民の心を一つにする。
衆院選を間近に控えた政府・与党としては、当然そうした計算も働かせているだろう。その掌の上でマスコミが踊っているというのが、現状ではあるまいか。
先ずは、新型インフルエンザに関する正確な情報を把握することが肝要だ。

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2009/02/25

薬のネット販売規制は片手落ちだ

厚生労働省では、先にインターネットを含む通信販売では、リスクの低い医薬品の販売のみに限定されることなどを定めた「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」を2月6日に公布した。
このままいけば今年の6月からは、ビタミン剤や消化整腸剤など一部の薬品を除いて、ネットや通販では医薬品が買えなくなる。
これに対してネット販売業者や通販業者から異論が出され、今後のあり方を議論する厚生労働省の「医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会」の第1回会合が24日に開かれた。

この問題の対立の構図はきわめて明解で、薬局店や薬剤師の団体が厚労省に圧力をかけてネット・通販への規制をさせたものだ。
なぜか昔から医師会だの看護協会だの薬剤師会だのといった医療関連団体は自民党を支援しており、自民党政府としては彼らが有力な票田なので要求は無視できないのだ。
一方ネット・通販側も、自分たちの商売に差し障りがあるので反対しているだけで、いずれの側も本心は国民の健康と安全などそっちのけなのである。

医薬品の販売について最も基本的なことは
「全ての医薬品には効能と副作用がある」
という事実だ。
中学校の理科でも習ったとおり、「作用があれば必ず反作用がある」のだ。
だから良く効く薬は、概して副作用も強いと考えた方がよい。
これは市販薬だろうと、医療機関の処方箋によって出される調剤薬だろうと同じだ。
医薬品の販売にあたっては、クスリの効能と副作用を正確に購入者に知らせるということが大事で、薬局で売るのかネットで売るのかというのは、二の次の問題なのだ。

では厚労省が主張する「薬局なら対面販売だから安心」というのは、本当なのだろうか。
はっきり言って、マヤカシだ。
先ずは市販薬について見てみよう。
大型の薬局・薬店に行くとまるでスーパーのように買い物カゴが置かれ、客は商品の棚から自由にクスリを選んでレジに並ぶという光景が見られる。「風邪薬は?」ときくと、「2列目の棚です」などと答えがくる。
こちらから相談しない限り、アドバイスを受けることも無い。
これのどこが対面販売なのだろうか。
次に処方箋による調剤薬ではどうだろうか。
一部の薬局ではクスリの効能と副作用を簡単に書いているリストを渡されるが、多くの薬局では詳細な説明書が付けられていない。
医療機関で出すクスリほど、副作用についての注意が必要なのだ。
こうした状態を放置しておいて、市販薬のネットや通販での販売だけを規制しようとするのは間違っている。
今回の厚労省の法改正が、結局は圧力団体の既得権を保護するだけと断じたのは、以上の理由からだ。

もし厚労省が国民の健康と安全のために医薬品の対面販売進めるのであれば、少なくとも次の点を義務付けることが必要だろう。
【市販薬】
(1)客が直接クスリに触れることを禁じ、必ず薬剤師を通して手渡す。
(2)販売にあたっては、クスリの効能と副作用などを口頭で告知する。
【調剤薬】
患者に出すクスリについて、単品ごとに次の内容を記した書面を添付する。
・名称
・成分
・効能
・副作用
・服用上の注意
【処罰】
違反した場合は薬剤師の免許停止し、悪質な場合は免許取り消しができる。

ここまでやるなら、薬のネット・通販の販売規制には意味がある。
大事なことは販売の形式ではなく、中味なのだ。

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2008/10/15

「ボッタクリ」医療保険にご注意!

午前から昼過ぎにかけて、TVのワイドショーの宣伝で目立つのが医療保険と女性用カツラのコマーシャルだ。どちらも同じ「脅迫産業」で、かたや怪我や病気で入院したら家計が大変になりますよという脅しであり、こなたは髪が薄くなったらみっともなくて表を歩けませんよという脅しだ。考えてみればあれだけ大量のCMを流せるのだから、あの業界はよほど儲かっているのだろう。

かく言う私も医療保険に入っている。20代から加入していて、当時は日本団体生命という会社だったが、2000年に経営危機になってアクサ生命に吸収された。従って今はアクサ生命の医療保険に入っていることになる。長い間大きな病気にかかることもなく、保険料だけ払っていたのだが、保険金などというものは貰わないのが一番幸せなんだからと鷹揚に構えていた。
数年前に恥ずかしながら「痔」の手術をして、7日間入院した。退院後、早速アクサ生命に電話して保険金の申請書を送るよう依頼したところ、次のような答が返ってきた。
(1)この医療保険は入院が8日間以上となっており、7日間では入院給付の対象にならない。
(2)手術の内容が保険の対象外なので、手術保険金は支払えない。
つまりゼロ回答というわけだ。

入院日数の件は改めて契約書を確認したら確かに8日間以上となっていた。なにせ保険に入ったのが数十年前のことだから、すっかり忘れていた。迂闊と言われりゃその通りで、これは諦めるしかない。
しかし手術保険金の方は納得がいかない。殆んどの手術はカバーされているという認識だったので電話で食い下がったが、対象外の一点ばりで、こちらも諦めるしかなかった。
その当時、住友生命の一時払い養老保険に入っていたが、そちらに特約で入院保険を付保していたことを思い出した。契約期限ギリギリだったが電話をして確認したところ、
(1)入院日数が2日間以上なので、5千円/日x6日間分の入院保険を支払う。
(2)手術内容も対象に含まれるので、保険金5万円を支払う。
との答で、手続きをとって保険金を受け取った。

住友生命の特約は、主契約の養老保険に僅かな追加金額で医療保険を付保したものだ。
一方アクサ生命の方は医療保険として加入し、毎月高額の保険料を支払っている。それがイザという時にサッパリ役に立たないということは、一体どういうことなのだろうか。
こういうのを世間では「ヤラズ、ブッタクリ」と言う。これなら儲かるはずだ。

最近は医療技術が進歩したのと、入院を短縮化させるという厚生労働省の方針で、大きな手術や慢性疾患でも無ければ入院は1週間程度に抑えられている。入院日数が8日間以上などいう医療保険は元々が役に立たないのだ。
私の場合、年間73560円の保険料を支払っているが、そうなると毎年15日間以上入院し続けないと元が取れない計算になる。よく考えれば、そんなに毎年大病を患っていたら、保険金を受け取る前に死んでしまう。
ここに至って医療保険のバカバカしさに目が醒め、ちょうど契約期限が近付いていたので更新せず、ここで打ち切ることにした。

全ての医療保険が「ボッタクリ」とは言わないが、加入する場合は契約内容をしっかり確認した方が良い。私のササヤカナ失敗がお役に立てれば幸いである。

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2008/04/14

やっぱり「早死医療制度」だ

自宅近くに良心的な診療を行っている病院があり、そこの院長をしていた方が「高齢者にこそ最高の医療を提供すべきというのが私の信念です」と言っておられて、感激したことがあります。しかし今回の後期高齢者医療制度が導入されてからは、二度とこういう医師は現れないでしょうし、もしそんな信念を持っていたら病院は直ちに潰れます。
新しい制度では75歳以上の人に限って、従来とは異なったシステムを導入しています。
一つは診療報酬の「包括払い」
二つ目は「主病ルール」
です。

先ず「包括払い」あるいは「包括医療」とは、どういうものなのでしょうか。簡単にいえば、診療に要する費用を一定額に定めるというシステムです。
定額制度になるとどうなるでしょうか。診療報酬は一定金額に抑えられるため、病院としては何をやっても収入は一緒ということになります。先の院長のように、親切な医療を行おうとすれば赤字になり、沢山の慢性疾患を抱えた患者は病院から敬遠されるようになるでしょう。
新制度では、「検査」「画像診断」「処置」「医学監理など」の合計が月額で6000円と定められています。今回だけを見ればそう大きな影響は受けないと思われるかもしれませんが、いったんこうした制度が作られると、範囲や金額はいつでも変えられます。

では、定額を超えてもなお医療が必要となると、患者はどうするでしょうか。止むを得ず「自費」で支払うようにするしかありません。これこそが厚労省の最大の狙いなのです。
最低の医療は健保で診るが、あるレベル以上の医療は患者が自分の金で診て貰えという、いわゆる「混合診療」制度に道を開くものです。
この結果、お金の有無で健康や生命が左右されるようなことになり、日本の医療制度の根本が崩壊につながる危険性があります。

もう一つの「主病ルール」とはどんな制度でしょうか。複数疾患の中から一つだけの主病名に限って診療報酬を算定するというというもので、これからは一人の患者は、一人の主治医のもとで、一つの「主病の診療」を1ヶ月間にわたり受けるというルールです。その患者と「契約」を交わした医療機関が「登録医」となり、「登録医」以外で治療する時は安い診療報酬しか支払わないという仕組みを作りました。
お年寄りはいくつもの病気を抱えているのが普通で、その中から一つだけ主病を選ばせることに、どだい無理があります。

年齢で医療に差別を持ち込む制度は、世界にも例がありません。
ではなぜ、75歳以上に人を対象に、こうした制度を作ったのでしょうか。私は二つの理由があると思います。
一つは、政府が推進している医療費の抑制を、一番弱い立場の層、75歳以上の高齢者をターゲットにしたものと思われます。厚労省は終末期医療についても、自宅で死ぬ人の割合を、現在の20%から2035年には40%に引き上げようとしています。厚労省の狙いは、年寄りは「家で死ね」「病院に連れてくるな」ということに尽きます。
もう一つには、実はここで書いた後期高齢者医療制度の内容は、かなり簡略化したもので、実際にはもっともっと複雑な制度になっています。こういうと失礼かも知れませんが、高齢者の方はなかなか完全に理解できない仕組みだろうと想定されます。理解出来なければ反対もないだろう。気がついた頃には既成事実が先に進んでいて、もう後戻りはできまい、そう企んだものと考えます。

日本は古来より、年寄りを敬い大切にし、長生きを寿ぐという伝統がありました。古稀、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿などでは、家族や孫たちが揃ってお祝いをするという風習がありました。
医療費の増加を高齢者にせいにして世代間の対立をあおり、75歳で区切って別の医療制度を持ち込むことにより、こうした伝統も次第に薄れていくのではないでしょうか。
何だか長生きすることで、肩身の狭い思いをするような社会になることを、私は憂慮しています。

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2008/04/09

「早死医療制度」が始まった

Masuzoe_yoichi4月1日からスタートした後期高齢者医療制度、福田首相のアイディアで「長寿医療制度」と名称を変えられました。勿論これは総理のブラックジョークです。だって本当は「早死医療制度」なんですよ、知ってました?
ニュースで75歳以上のお年寄りが、「まるで私たちに早く死んでくれと言っているようだ」と語っていましたが、その通りなんですよ。
「戦後の混乱期を乗り越え、日本の復興と経済成長を支えてきた皆さん。もう用は無いし、これ以上長生きされても金が掛かるだけなので、早く死んでください。」
これが政府の願いであり、今回の制度改正の本当の狙いです。

若い方も、やがては老人になって、この「後期高齢者医療制度」(以下「新制度」)のお世話になりますから、今年の3月末まで実施されていた「老人保健法による老人保健制度」(以下「旧制度」)と比較しながら、一体どんな制度なのかを、先ずはかいつまんでご紹介します。

(1)旧制度では目的に「健康の保持」が謳われていたが、新制度ではそれが「医療費の適正化の推進」に変えられている。健康など二の次で、要は医療費を削るのが目的。
(2) 運営主体と財政責任は、現在の市町村から、都道府県ごとに作られる「広域連合」に変った。この結果、今まで市町村単位で行われてきた低所得者などへの減免措置が廃止される。
(3)給与所得者の扶養家族だった人(推計200万人)は旧制度では保険料を払わなくて良かったが、新制度では75歳以上になると保険料を払わなくてはならない。この結果、乏しい年金の中から、新たに保険料が天引きされることになる。
(4)旧制度の「基本健診」が廃止され、健診を行うかどうかは各広域連合の努力義務となった。厚労省は広域連合に対し、高血圧や糖尿病の患者には健診を受けさせないよう指示を出している
(5)新制度では、医学管理や基本的な検査、画像診断、処置が、包括点数(月1回600点)となった。定額のため、病院は何回治療しても診療報酬は変わらない。つまり手厚い治療をする病院ほど、医療機関の持ち出しが多くなることになる。
などなどなど・・・、キリがありません。

こうした制度改正によって、例えば東京都の広域連合によると、単身で厚生年金の平均受給額201万円の場合、国保の保険料は23区で年額3万円程度だったのが、新制度では5万3800円と2倍近くになります。それでも東京都はまだ恵まれていて、保険料は安い方なんです。
名古屋市では、市独自の減免措置により全額免除だった年金収入153万円の単身者は、今年度から1万2千円を支払うことになり、168万円の人の場合は、4700円から2万3100円と一気に約5倍に保険料が上がります。

「早死医療制度」と名付けたの、分かって頂けましたか。
まったく厚労省というのは、「やらずぶったくり」の役所ですね。
日本という国、いつからかくも無慈悲な国になってしまったのでしょうか。

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2008/04/05

「代理出産」は禁止が妥当

Mukai_aki4月4日に、諏訪マタニティークリニック(長野県)の根津八紘院長が、これまで独自実施してきた代理出産のデータを公表しました。
これまで15例が試みられ、その結果8例で出産に至り、3例では流産、4例は妊娠しなかったことが明らかにされました。
注目されるのは、どういう人が代理母になったのかということですが、妻の実母が5例、実姉妹3例、義姉妹が7例となっています。35歳以上が15例中10例を占め、うち55歳以上の人も4例(いずれも妻の実母)います。

代理出産、正式には代理母出産(だいりははしゅっさん、だいりぼしゅっさん)ですが、その定義は「ある女性が別の女性に子供を引き渡す目的で妊娠・出産すること」で、その出産を行う女性を代理母といいます。
代理出産が世間で注目を浴びたのは、根津八紘医師による国内での実施の公表と、タレントの向井亜紀による海外での代理出産の実行でした。特に向井亜紀がTVなどのメディアを使って、大々的に喧伝したことも、大きなインパクトとなっています。
この問題で政府は、日本学術会議に代理母出産の是非についての審議を行うよう依頼しており、それを受けて学術会議では代理出産を原則禁止とする報告書を近く正式決定する予定です。
数年前から代理出産の禁止は議論されており、政府としては禁止の法制化を図ってきましたが、なかなか実現しないまま今日に至り、いわば既成事実だけが積み重ねられています。

今回の根津八紘により公表されたデータの中に、代理出産の問題点が明らかになっています。
子どもが欲しいというのは夫婦間の問題あるにも拘らず、実際に代理母には、妻の実母や姉妹がなっています。
私の予測では、夫の母が代理母になっている例は皆無と思われます。
なぜでしょうか。
子どもが出来ないのは妻に責任があり、それを不憫と思って、母や姉妹が身代わりをつとめているからです。
妊娠出産は現在でも危険を伴い、時には妊婦が死亡することもあります。そういうリスクを背負って引き受けるのは決まって妻の親族であり、あるいは海外でそれなりのお金を払って、代わりを頼むしかありません。
社会的、経済的弱者の犠牲の上に立って、子どもを授かるというのが、代理出産の構図です。
単純に子どもを授かったと喜んでいる向井亜紀や根津八紘医師は、そこに思い至っていない。

臓器移植も同様の問題をはらんでおり、規模が小さいうちは周囲の善意に支えられます。しかし市場経済の元で、規模がどんどん大きくなれば、臓器売買のマーケットが出来ることは避けられません。既に一部の国では臓器売買が行われ、そのための誘拐事件や殺人事件も起きています。
ここでも社会的、経済的弱者の犠牲の上に、強者が恩恵を受けるのであって、絶対にその逆は起こりえない。

代理出産については様々な議論があるでしょうが、私は禁止すべきと思っているし、混乱を避けるためにも法制化を急ぐ必要があると考えます。

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