医療・福祉

2021/02/10

このままで大丈夫?「ワクチン接種」

新型コロナ感染防止の切る札として期待されているワクチン接種だが、このままの状態で果たして大丈夫だろうかという声が高まっている。
2月9日、厚労省はワクチン一瓶あたりの接種回数が当初は6回の筈だったが実は5回であることが判明したと発表した。理由は現在使われている注射器では注射器の中に薬剤が残ってしまうため、1回分が無駄になる。薬剤が残らないようにするには特殊な注射器が必要だが、その供給が間に合わないのだ。これによって、政府の契約量7千二百万人分相当から6千万人分相当と大幅に減る可能性が出てきた。(2/9付東京新聞)
こんな初歩的なことが今なぜ明るみに出たのか、お粗末としか言いようがない。
集団免疫を獲得するためには、人口の7割が接種を受ける必要があるが、NHKの調査によれば接種を希望する人は約5割にとどまっている。先ずは必要性を国民に納得して貰うことが大事だ。
また、国民がワクチンを接種しやすい環境を整えることが重要だが、日本では市町村が設置する会場か医療機関でなければ接種ができない。そのための医師の確保も不安が持たれている。
例えば、人口10万人の市町村で半年で接種を終わらせようとするなら、1日当たり1千百人、1時間当たり140人のペースで接種せねばならない。一人の医師が1時間に20人接種するとして、医師が7人必要となる。地方都市にとっては容易なことではない。
大都市ではどうか、人口153万人の川崎市を例にとれば、1日当たり平均で2万人の市民を集め、そのため100人以上の医師を確保せねばならない。(以上、「選択」2月号の記事)
先進7か国の中でワクチン接種が始まっていないのは日本だけだが、政府が目指す半年以内の接種を実現するには、あまりに計画が杜撰だ。
厚労省は従来のワクチン接種の延長線上で考えているようだが、より綿密な計画と、実状に応じた体制作りが急がれる。
どうの河野と言ってる場合じゃない。

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2020/10/24

困った患者さん

私が入院していた病院は病床数が189床と中規模の病院で、診療は入院と救急外来だけです。一般の外来診療は別の場所にある5つの診療所で行っています。病院と診療所との間は定期的にバスが運行しています。他に人工透析とリハビリの専用フロアーがあります。
初代の医院長は自転車をこぎながら患者を往診して回っていた人だそうで、「断らない病院」というモットーはその伝統です。いわゆる大病院や大学付属病院では生活保護の患者の受け入れを避けるんですが、ここは「断らない」んです。
今どき差額ベッド代を取らないのも珍しい病院で、長期の入院患者にとっては助かります。その代わり患者は病室を選べません。病室は医師の指定です。
医師へのいわゆる「心づけ」は禁止されているので、患者は余計な神経を使う必要がありません。
病棟のフロアーのレイアウトは、中央にナースステーションがあり、その前にデイルームがあります。給茶機が据えてあるので、患者は本を読んだりTVをみたり、昼時はここで昼食をとる人もいます。普段は患者と家族らの面会にも使用されていますが、今はコロナ対策で面会はできません。
病室はその周囲をぐるりと囲むように配置されていて、病室は夜間でも(個室を除き)扉は開放されているので、患者の病状変化に機敏に対応できる利点があります。病室は個室、二人部屋、四人部屋の3種類ですので、比較的ゆったりとしています。半面、病室の音が外部に響きやすいので、他の部屋の音が気になるという事もあります。

困った患者の最たるものは、看護師などの医療スタッフに怒鳴ったり、時には暴言を吐く人です。入院が長引けばストレスがたまり、病状が改善しないとイライラもつのります。その鬱積を(医師にはいい顔をして)看護師にぶつけるのです。あるいは頼んだ事がやられていないと怒る。一人の看護師がいくつもの仕事を受け持っているので優先順順位をつけるのはやむ得ないのです。もっともたまに、本当に忘れてしまう看護師もいるにはいるんですが。
最近は暴言に対しては病院も厳しい態度をとるので、私のいた病棟でも知り得る限りで二人強制退院させられていました。

大声を出し続ける人も困ります。なんらかの精神障害を負うか、痴呆が進行している人もいるので、そうした人は同じ病室にするなどの配慮をしています。
声は小さくとも同じ言葉を終日繰り返す人も気になります。「お願いします」をずっと繰り返すんですが、深夜だと響くので気になるのです。
病院のルールを守らないという迷惑患者も。同室の人で、日に何度も病室から電話を掛ける人がいました。看護師がいない隙をねらって掛けるのです。電話機が音が出ないよう設定すことさえしない。こういう人に限って声が大きいから余計に困る。職業が中学の教師というので呆れます。
患者が高齢者が多いのと、看護師は女性が多いところから、明らかに相手を見下すような態度をとる人もいて不快です。

入院している人は様々な職業や経歴を持っていて、普段なかなか接する機会がない人もいるので参考になることも多いのですが、迷惑な患者さんは本当に困ります。

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2020/10/20

退院あれこれ

入院患者にとって一番嬉しいのは退院の時だ。私も医師から退院の日時を告げられた時は万歳したい気持ちだった。迎えに来た家族と一緒にタクシーに乗り自宅に戻った時はホッとした。お祝いにきた孫娘が土産に持ってきてくれた果物を食べ、嬉しくて涙が出た。病院食についていたフルーツはいつも缶詰だったので、この美味しさは一入だった。
おそらく、多くの方の退院のイメージというのはこういうものだろうと思う。
しかし、私が入院していた内科病棟の様子では、こうした形で退院できる人はむしろ少数のようだ。

周囲を見ていると、退院先が老人ホームなど施設という方が多かったようだが、退院先が決まらずいる方もいた。
福祉関係の職員が相談に乗っている姿も見たが、ホームへの入居費用や月額費用にどの程度負担できるかという問題があり、家族の協力なしには決められない。
同室だったAさんは80代で入院は半年近く、寝たきりだが身の回りのことはできる程度に回復していた。医師から、「昨日、お兄さんが病院に見えてホームも決まり、ベッド付きの車の手配もすんだと言われたので」と、退院の日時が告げられた。
側聞していた私は少し疑問を感じた。この人の兄というと相当な高齢だろう。そういう人がこうした手配をつつがなくできるだろうかと。
そして当日、果たして兄さんも車も来なかったので、Aさんは入院を継続することになった。表情は窺えなかったが、相当落胆していたことは想像に難くない。
Bさんは私同様で70代後半、人から支えられが歩行ができる程度に回復していた。医師から退院を告げられて、看護師に当日娘が迎えに来てくれるかどうか心配していた。「そりゃ娘さん、迎えにくるわよ」と言われていたが、退院の前日に看護師が「さっき娘さんが来て、自宅の鍵を渡してくれって頼まれた」といってBさんに鍵を渡した。つまり迎えには来られないということだ。
以前なら家族が病室にきて不要な物を持って帰ることができたが、今はそれが難しい。長期入院の患者にとって荷物は増える一方だから、一人で退院するのは容易ではない。
この様に家族と直接面談できないということが、退院を迎える患者にとって大きな負担となっている。

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2020/10/18

病院の面会制限

今年、新型コロナウイルスの流行とともに、入院中の患者と外部の面会人とが接触することが原則禁止されている。
私の入院期間はそれに該当するので、家族といえども患者との面会はできない。
下着や洗濯物の交換は、家族ー看護師ー患者の間を通して行われる。
家族が持参した品物は看護師が中身をチェックし、飲食物で医師の許可の無いものは受け容れない。
私の場合はOKなのは、飲み物では水とお茶だけで、それ以外のソフトドリンクは持ってきても返されてしまう。
家族が「あなたの好物、持ってきたわよ」なんてことは認められないのだ。

こうしたルールにより、患者は入院中は家族の顔を見られない。内科の慢性疾患だと半年を超えるケースもあるので深刻だ。
家族にしてみれば患者の病状は主治医か又は担当看護師から様子を訊くしかなく、やはり患者の顔を見ないと安心できないし、また面会に行っても会えないとなると自然に足が遠のくことにもなる。
双方、いずれにしろストレスを抱えることになる。
家族の面会にはお互い顔を見て安心できるという精神面だけでなく、患者にとっては周囲のこまごまとしてことを頼めるという利点がある。
特に動けない状態にある時は、ちょっと手を貸して貰うだけでも助かることが多い。
看護師からは何でも頼んでくださいと言われているが、彼女ら、彼らの勤務状況を見ていると、そう頻繁にナースコールボタンを押すのは憚れるのだ。
家族と面談できないことから痴呆症が進んでしまうため、一部面会を認める施設が出ているようだ。
この問題は完全を確保しながら、柔軟に対応する必要があろう。

私は病室から一度だけ電話をしたことがある。それは個室にいる時で、自分でも最悪の事態を予感したからだ。
長女に電話して、万が一の際の様々な処理について指示した。いうなれば遺言代わりの伝言で、内容は他の家族にも伝えるよう頼んだ。
幸い、実行に移さずに済んだのは何よりだった。
同じ時期には主治医の特別の計らいで、妻と子どもたちとが開いた病室の外から私の顔を見て声をかけることが許された。
それだけ危険な状態だったということだろう。

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2020/10/16

真菌感染による4回連続の肺炎

ブログ再開にあたり、多くの方々からお見舞いや励ましのお言葉を頂いたことに、深く感謝いたします。大したことを書いて来なかったなのにと、恐縮するばかりです。
再開にあたり、この4月末から7月初めにかけて入院するに至った病状について簡単に説明いたします。

病気の原因は「真菌感染による肺炎」ということになります。真菌というとオドロオドロしく聞こえますが「カビ」です。私たちの皮膚の表面には沢山のカビが付着しています。
通常は皮膚がカビの侵入を防いでくれますが、何らかの原因で体内に入ってくることがあります。よく見られるのが「水虫」ですが、稀に血液の中に入り身体中に炎症を引き起こすことがあります。
私のケースでは肺に入って肺炎、腎臓に入って腎不全、眼に入って光彩炎をそれぞれ引き起こしました。
何らかの原因で免疫力が低下していたと思われますが、その要因は不明です。
この中で最も重かったのが「肺炎」です。

人体の内部で炎症がおきると「C反応性たんぱく」が増加するので、血中のC反応性たんぱくを把握するのに「CRP血液検査」を行います。CRPの数値は、通常は0.3以下ですが、私の場合は最も重症といわれる15~20という極めて高い数値を示していました。
発熱も38~40度の高熱が続きました。
治療のためには「抗真菌薬」を投与しますが、私の場合は困ったことに入院してから3回、全体では4回の肺炎が起きてしまったのです。
最初の感染は不明ですが、2~4回目の感染は治療のための「点滴」の針を通しての感染という珍しい現象が起きました。
入院された方は解ると思いますが、長時間あるいは何度も注射するのにいちいち針を刺し換えるのは大変なので、点滴の針を刺したまま固定しておいて薬剤だけを交換するのです。
この針を通して真菌が血中に侵入したものです。
点滴の針を腕、首筋、鼠径部と場所を変えても、いずれからも真菌の侵入があり、4回の肺炎を連続して引き起こすこになったのです。
極めて珍しい症例だそうで、よほど当時の私の免疫力が低下していたのでしょう。
重症のために体力が著しく低下していたこも大きな原因だったのでしょう。
肺炎の治療だけでおよそ6週間、さらに腎不全や光彩炎が加わり、入院が長期化してしまったのです。

その結果、
・失神
・おむつ(かなり屈辱的)
・酸素吸入
・人工透析
・輸血(内科でも輸血があるんですね)
など、人生初めて経験しました。
一時は最悪の事態も覚悟(家族もそうだったようです)しましたが、幸いなことに症状は徐々に収まりました。
当初はベッドから起き上がることも出来なかったのですが、リハビリのお蔭で退院時には何とか自力で歩けるまで回復しました。
治療に携わった病院の、献身的な医師や看護師には感謝の気持ちで一杯です。

いま全国で新型コロナウイルスの治療のために、私のケースより遥かに困難な状況で治療にあたっている医療スタッフの方々がおられます。
日本が他国に比べて死亡率が低いのは、そうした医療スタッフの努力があるからだと思います。

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2020/04/27

Coverage gap between "new corona" and "seasonal flu"

According to Toshimi Yoshida (Tokyo Institute of Technology) in the Tokyo Shimbun dated April 6, about 10 million people in Japan are infected with seasonal influenza each year, and the number of related deaths reaches about 10,000. Regardless, he states that no declaration was made.
This number is far greater than the damage caused by COVID-19, which is now a big problem.
So why didn't the damage caused by seasonal flu become a big problem?

This issue has been mentioned several times in this blog, but I would like to consider the reason.
The reason may be that the damage caused by seasonal flu has been tolerated as "unavoidable".
It seems unreasonable, but I can't think of any other reason.
Therefore, the government and local governments did not announce the number of infected people every day, and the media did not report it.
Even if it were reported, people would not have shown much interest.
This caused a gap in coverage.
Building on the indifference of the people, the government has continued to implement policies to reduce the cost of infection research and reduce the number of hospital beds.
This is one of the factors that threaten the current medical collapse due to COVID-19 infection.
There is a high possibility that new virus infection problems will occur in the future.
In order to build a system to deal with it, we should be more interested in countermeasures against infections and damages such as seasonal influenza and medical systems.

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「新型コロナ」と「季節性インフルエンザ」との報道格差

4月6日付け東京新聞に吉田俊実(東京工科大教授)が、日本では毎年約1千万人の人が季節性インフルエンザに感染し、関連死者数が約1万人に達しているにも拘わらず、何の宣言も出されていなかったという意見を述べている。
この数字は、いま大きな問題となっているCOVID-19の被害に比べても遥かに大きい。
では、なぜ季節性インフルエンザによる被害は大きな問題にならなかったのか?
この件は、当ブログでも何度かとりあげているが、その理由を考えてみたい。

理由は、季節性インフルエンザによる被害は「仕方ないこと」として黙認されてきたからだろう。
理不尽なようだが、他に理由が思いつかない。
だから、政府や地方自治体が日々感染者数を発表することもなく、マスメディアが報道することもなかった。
仮に報道しても人々は大して関心を示さなかっただろう。
こうして報道格差が生じてしまったのだ。
国民の無関心に乗じて、政府は感染研究の費用を減らし、入院ベッド数を減らす政策をとり続けてきた。
この事が、今のCOVID-19の感染による医療崩壊の要因の一つとなっている。
今後、また新たなウイルスの感染問題が生じる可能性は高い。
それに対応する体制を築くためにも、季節性インフルエンザなどの感染や被害に対する対策や医療体制にもっと関心を持つべきだ。

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2020/03/10

新型コロナウイルスを「正しく恐れる」理由

新型コロナウイルス感染問題は常にトップニュースとして扱われ、ワイドショーなどでは朝から晩までこの話題にで持ち切りだ。
未知のウイルスであることに対する恐怖心に加え、政府の後手後手というよりは悪手悪手の連発で日本社会に混乱が拡がっている。
しかし、このウイルスの感染については既に各国政府や研究機関から公表がなされており、徒に恐怖を煽ったりオーバーリアクションにならぬよう注意することも必要だ。
今年1月に国内でも新型コロナウイルスの感染が大きな話題になっていた頃に、ある病院で5人の患者が院内感染による肺炎で亡くなった事が報じられていたが、新聞では小さなベタ記事の扱いだった。
人の命に軽重はない筈だが、その扱いの差には釈然としない気持ちが残った。
今では更に新型ウイルスの感染は大きな問題となっているが、冷静に見れば従来の季節性インフルエンザに罹るリスクの方が遥かに大きいのだ。治療法があるとはいえ、後述の様に毎年多くの人々がインフルエンザで命を落としている。

先ず、日本国内での過去の季節性インフルエンザの感染者数と死者の数の推移を見てみよう。
これについては厚労省のHPで次の様に示されている。
【質問】
通常の季節性インフルエンザでは、感染者数と死亡者数はどのくらいですか。
【回答】
例年のインフルエンザの感染者数は、国内で推定約1000万人いると言われています。
国内の2000年以降の死因別死亡者数では、年間でインフルエンザによる死亡数は214(2001年)~1818(2005年)人です。
また、直接的及び間接的にインフルエンザの流行によって生じた死亡を推計する超過死亡概念というものがあり、この推計によりインフルエンザによる年間死亡者数は、世界で約25~50万人、日本で約1万人と推計されています。

ザックリといえば、日本国内では毎年
季節性インフルエンザの年間感染者数:およそ1000万人
同上 死亡者数:およそ1000人
同上 超過死亡者数(インフルエンザが原因で肺炎などで死亡):およそ1万人
というのが現状である。

下記に1950年から2010年までのインフルエンザによる死者数のグラフを示す(クリックで拡大)。
Deathbyflu
ここで2005年(SARSは2003年)のデータではこうなっている。
年間死亡者数:1818人
年間超過死亡者数:15100人
過去のデータから「感染者数=死亡者数X10000」とすれば、推定感染者数は1800万人となる。
この被害はパンデミックと言っても良い規模だが、全国一斉休校もなければテレワークも無く、イベントやスポーツの自粛要請は無かったと記憶している。人々は日常的な生活を送っていたことになる。
つまり過去には、この程度の被害は大きな問題とはされなかったという事だ。

次に、いま流行の新型コロナウイルスの現状を見てみよう。
3月9日現在の世界の感染者と死者は次の通り。
全世界 感染者108808人 死者3868人(致死率3.6%)
日本国内 感染者1216人 死者17人(致死率0.1%)
中国のみ 感染者80735人 死者3119人(致死率3.8%)
中国を除く 感染者28073人 死者749人(致死率0.3%)

WHOでは新型コロナウイルスの致死率を3.4%としているようだが、これは中国を含んでおり、中国を除けば今の所0.3%程度となっている。
また、少し以前の中国国内のデータでは次の様になっている。
中国全土 感染者20818人 死者563人(致死率2.7%)
湖北省を除く 感染者19665人 死者549(致死率0.3%)
中国国内でも湖北省を除けば致死率はおよそ0.3%となっており、前記の中国を除く全世界の数字と一致している。

話は変わるが、現在アメリカではインフルエンザが大流行していて、2019/10/1~2020/2/1の間で、感染者が約2200~3100万人、死者数が約1万2000~3万人となった報告されている。死者数からみて単なる季節性インフルエンザではなく、コロナウイルスの疑いも持たれているようだが、今のところ米国政府はこのインフルエンザに対しては特別な措置は取っていないようだ。

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2018/01/14

予防接種したのにインフルエンザだって

「(検査結果をみながら)陽性ですね。インフルエンザです」
「でも先生、去年11月末に予防接種したばかりですが」
「ああ、それでもインフルエンザにかかることがあるんです」
「でも、それじゃ予防の意味ないですよね」
「その代り症状が軽く済みますから」
38-39℃の熱が3日も続いているというのに、軽く済んでるって?
医者のいう事は正しいようだが、それなら予防接種の前にその事を伝えるべきでは。

お陰で、落語会と演劇各1回がパーになってしまった。
ヤレヤレ!

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2016/03/20

人は独りでは生きていけない

「図書」2016年3月号に、国際保健学が専門の山本太郎(アノ人ではありません)長崎大学教授の『人は独りでは生きていけない―受け継ぐもの、手渡すもの』という文章が掲載されている。
なんだか人生論みたいなタイトルだが、中身はヒトに常在している細菌のことだ。
近代医学は感染症が微生物によって引き起こされ病気であり、ワクチンや抗生物質によって制御できることを明らかにした。
抗生物質のお蔭で感染症で亡くなる人は激減したが、それがいま新たな問題を私たちに突きつけているというのだ。

人間というものはこれまで、一個の独立した存在と考えられてきたが、どうやらそれは間違いであるらしい。「私」は、実は「私」に常在する細菌とともに「私」を構成しているというのだ。こうした常在細菌叢のことを「マイクロバイオータ」と呼ぶのだが、「私」は「マイクロバイオーター」との相互作用を通して、生理機構や免疫を作動させ、「私」たちヒトを形づくる。
そうか、私たちは、私たちにくっ付いている細菌類とともに生きているのか。「さいきん」まで知らなかったなぁ。
そのマイクロバイオータだが、種類は1000種類を超え、数は数百兆個(WOW! ちなみにヒトの細胞の数は約60兆個)、総重量は数キログラムに達する。遺伝子総数は約300万個で、ヒトの遺伝子のおよそ30倍の数の遺伝子が、私たちの身体の中で常に発現している。
ウ~ン、数からいったら細菌がヒトに常在しているというより、ヒトが細菌に常在しているという方が近いかな。
その大事なマイクロバイオータが今、大きな攪乱に見舞われている。
・抗生物質の過剰使用
・帝王切開の乱用
・伝統的食生活の変化
によって、である。

マイクロバイオータを大まかに分類すると、三分の一が人類に共通で、三分の一が人種や地域に共通で、三分の一が個人で異なる。
そうした細菌叢は祖母から母、母から子、子から孫へと受け継がれ、3歳までに微生物の骨格相が決まる。
乳幼児期における抗生物質の過剰投与や帝王切開はその骨格を動揺させ、長く受け継がれてきた細菌叢の多様性を消失させ、希少だが重要な細菌(中枢細菌)の喪失を引き起こす。それが病気の発症リスクを増大させるらしい。
抗生物質がヒトの常在細菌叢へ影響することはなんとなく分かるが、帝王切開はどうなんだろう。少し難しいのだが、こういう事らしい。
妊娠中に母の膣内では乳酸桿菌が優位になる。出産とともにそれまで無菌状態だった児は、羊膜の破裂とともに膣内に存在していた乳酸桿菌と接触する。これによって母の細菌が児に移植される。人類は長くこの営みを繰り返してきた。児は、こうして新たな命を始めるために必要な細菌を獲得していたのだ。
ところが帝王切開の場合はこの過程を通らないため、児は乳酸桿菌と接触せず、母親の細菌が児に移植されないのだ。

ヒトに常在する細菌は決して偶然の産物ではない。祖母から母へ、母から娘へ、娘から孫へと受け継がれてきた長い進化の過程で、私たちはヒトに役立つ細菌を選択してきた。そうした細菌の喪失は人類にとって大きな損失となる。
一度失われた種や細菌が再び回復することはない。
細菌種の喪失は、私たちの身体の中の生態系を回復不可能にし、病気を引き起こす。
肥満や糖尿病、自閉症、食物アレルギー、炎症性腸疾患、ガンなど、いずれもここ30年で大きく増加した「現代病」と呼ばれる。
マイクロバイオータの多様性や、中枢細菌の喪失がその発症リスクを高めているというのだ。
もちろん、抗生物質や帝王切開は多くの命を救ってきた。問題はその乱用だ。

どうやら私たちは細菌とともに生きている、と言うよりは細菌によって生かされているらしい。
しかも遺伝子は人間とともに、細菌の遺伝子も脈々と受け継がれているというのだ。
考えさせられるなぁ。

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