寄席・落語

2020/01/19

「花形演芸会」(2020/1/18)

第488回「花形演芸会」
日時:2020年1月18日(土)18時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・神田桜子『八百屋お七』
桂伸三『古着買い』
古今亭駒子『ナースコール』
母心『漫才』
三遊亭萬橘『岸柳島』
―仲入り―
爆笑問題『漫才』
桂小すみ『音曲』
古今亭志ん五『子は鎹』

この冬、いちばん寒い日となった18日、会場は満席で熱気に溢れていた。

伸三『古着買い』
『古手買い』のタイトルで知られるネタだが、寄席にかかる機会は少ない。
買い物の下手な男が買い物上手の兄いに頼んで古着を買いに行くという筋で、前半は『壺算』の様な展開だが、後半は兄いが店の番頭に対して胸のすくような啖呵を切り、後から男が兄いの真似をするが、これが間抜け、というのは『大工調べ』に似ている。
伸三は歯切れの良い喋りを活かした啖呵の切れがよく、後から間抜けな啖呵の真似をする男の珍妙なセリフとの対比を見せていた。
未だ芸協の二ツ目の様だが芸は真打と言ってもいい、楽しみな存在だ。

駒子『ナースコール』
駄作(三遊亭白鳥・作)を下手な人が演じると、かくも惨憺たる結果を招くという見本。
取り敢えず師匠は訛りを直させねばなるまい。

母心『漫才』
若手漫才師ではピカイチと言っていいだろう。しゃべくり漫才だが、ボケ役の日本舞踊と歌舞伎の所作を生かした芸で、会話のテンポも「間」もいい。舞踊公演は出演者も金を払う、客も入場料を払う、その両方の金はどこへ行ったんだろうと、う~ん、確かに謎だね。

萬橘『岸柳島』
マクラ半分ネタ半分の高座。電車の中で化粧する女性に、「あれはこの周囲の客には完成形は見せないという決心の現れ」だと。私も宇都宮線で隣に座った女性が約50分かけて基礎から仕上げまで化粧していたのを経験しているが、ビフォア/アフターであまり差が無かったなあ。おっと、これってセクハラ?
ネタはお馴染みだが、船中の町人が後からいちいち「私ね、こうなるって事は予測してましたよ」を繰り返すのがミソ。

爆笑問題『漫才』
普段はメディアで活躍している人がこうした寄席の舞台でナマで演じて客の反応を見るというのは大事なことだ。彼らは毎年1度は花形演芸会に出演しており、その点は評価している。ただ、以前ほどの切れが無くなっている。例えば例の「桜を見る会」のネタにしても、本人たちも参加していた過去があったせいか、鋭さが足りない。
メジャーになると色々な制約が出てくるんだろうな。

小すみ『音曲』
昨年から高座で見るようになったが、ようやく楽しみな音曲の芸人が出てきた。長い間、寄席のお囃子をやっていたから腕は確かだ。この日も三味線から琴、尺八まで披露していた。声帯が強そうなのも長所。さらにトークを磨いて高みを目指して欲しい。

志ん五『子は鎹』
真打披露興行でもこのネタで感心したが、改めて聴いて良さを確認した。先ずこの人は佇まいが良く声が良い。淡々としゃべるタイプだが、聴いていて噺に引き込まれる。
志ん五が演じるこのネタの特長は、別れた女房が本心から熊との復縁を願っているのが表現されていることだ。それは女手一つで子育てをする苦労というのもあるだろうし、熊への哀惜を断ちがたい女心かも知れない。だから亀吉から熊の話を聞いた途端に、この女房が色っぽくなるのだ。うなぎ屋の2階で再会した熊から復縁を切りだされると、女房が「あたしはずっとその言葉を待っていたんですよ」と答える女房の心情にはグッと来るものがある。
トリに相応しい結構な高座だった。

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2020/01/17

「吉坊・一之輔 二人会」(2020/1/16)

第11回「桂吉坊・春風亭一之輔 二人会」
日時:2020年1月16日(木)18時45分
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・三遊亭かつを『牛ほめ』
春風亭一之輔『短命』
桂吉坊『帯久』
~仲入り~
桂吉坊『七福神』
春風亭一之輔『浜野矩随』

東西の俊英がぶつかる二人会、期待通りの熱演が続いた。

一之輔『短命』
お馴染みのネタだがこの人の手にかかるとグッと面白くなる。
美人の娘の婿になる人がなぜ短命なのか、隠居が色々と謎かけするが男には通じない。
「娘が亭主に飯をよそってやるだろう」
「ああ、そうか、ご飯の中に毒を入れて毒殺?」
「なんで仲のいい亭主を殺さなくちゃいけないんだよ」
「きっと倒錯の愛の果て」
万事がこんな調子だ。
「何よりもそばが毒だと医者が言い」で、蕎麦アレルギーを持ち出す。
炬燵の話をすれば、「一酸化炭素中毒か!」。
この男ときたら鈍いんだか鋭いんだか分からない。隠居が手こずるわけだ。

吉坊『帯久』
同じ町内に商売を営んでいる片や呉服屋泉屋与兵衛は人望が厚く店も繁盛。一方の帯屋久七(帯久)は一癖も二癖もある陰気な人物で店は閑古鳥。そんな帯久が何度か泉屋に金を借りにくるが泉屋は証文なしに貸してあげ帯久も都度返済していた。ある時、帯久が泉屋から100両を借り大晦日に返済にくる。泉屋は百両を受け取るが、急用で呼ばれ百両を置いたまま部屋を出てしまう。帯久はその100両を懐に入れて帰ってしまった。後で気がついた泉屋だが、元は自分の不注意とあきらめてしまう。
帯久はその金を元手にして景品付きの商売を始めるがこれが大当たり。対して泉屋は身内に不幸や不祥事が続き、火事で店が丸焼けとなり。かつての奉公人の武平の家でやっかいなってはや10年。与兵衛はもう一度武平に泉屋の看板を上げさせたくて帯久に会って元手を借りようとするが、断られた挙句眉間を割られて店から追い出されてしまう。あまりに悔しさに与兵衛は帯久宅の裏に火をつけるが直ぐに決し止められてしまう。帯久から放火の訴えで与兵衛は捕まり、奉行所のお白州へ引き出され、大坂西町奉行の松平大隅守のお裁きを受ける。
奉行は配下の者を使って予め今までの経緯を調べさせていたので、帯久に10年前に泉屋宅から持ち帰った100両をここで返金せよと迫る。記憶にないと言い張る帯久に、奉行は人指し指と中指を紙で巻いて張り付け判を押す。「これは物を思い出すまじないで、封印を破る時は家は撤収、所払い申しつけるぞ」と言い渡す。帯久は紙が破れればえらいことになるというので、飯も食えず、風呂にも入れず、眠ることも出来ず音を上げて出頭して、奉行に100両を返すと申し出る。
帯久に100両を返させた奉行は、「10年間の利息としてあと100両を出すよう命じる。帯久は持ちあわせの50両を差し出しお、残りの50両は年賦で与兵衛に返すと約束し、仔細を書類にさせた。
奉行は、泉屋与兵衛に対して放火の罪で火あぶりに処すが、刑は泉屋が残金50両を受け取った暁に行うと宣告する。慌てた帯久は、それなの残金50両をと訴えるが奉行は却下。
奉行「泉屋与兵衛、そちは今何歳になる」
泉屋「61でございます」
奉行「61とは本卦(本家)じゃな」
泉屋「いえ、別家に居候しております」
でサゲ。
数ある奉行の裁きの中でもこれぞ名裁き。何しろ泉屋が放火したことは事実だし、従って死刑は免れぬ。そこで奉行は、50年間という借金の返済期間を設けて実質的に無罪としたのだ。
吉坊は持ち前の丁寧な語りで、フルバージョンの長講を演じきった。絶望的な状況の中でも嘗ての奉公人のために泉屋の暖簾の再興を図る与兵衛の心情や、狡猾な帯久を諫め与兵衛に手を差し伸べる番頭の姿が描かれていた。

吉坊『七福神』
仲入り前が押していたので5分でと。
寝ている亭主を起こした女房、一服している亭主に夢の話をせがむと、七福神が揃った夢を見たという。処が名前を並べると一福足りない。足りないのは亭主が一服(一福)吸ってしまったから。
小噺風にまとめた。

一之輔『浜野矩随』
このネタ、5代目三遊亭圓楽の十八番で、時に涙しながら演じていた。当代の圓楽も人情噺として演じている。
私はどうもこの手のお涙頂戴なネタは苦手なのだ。第一、たった3日間で下手が名人になるというのは絵空事に思えてしまい感情移入ができない。
一之輔は、矩随が精魂込めて観音像を彫り、骨董屋の若狭屋甚兵衛から褒められる場面を過度な思い入れを排し、客観視して演じた様に見えた。それでいて、この噺のツボは押さえている。
随所に浜野矩随が彫った失敗作の「河童狸」の彫刻を登場させ、最後は若狭屋が田舎者に「浜野矩随が製作した初期の問題作」として高値で売り付けてサゲた。
これはもう完全な一之輔版『浜野矩随』である。

 

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2020/01/14

「笑福亭たま 独演会」(2020/1/13)

「笑福亭たま日本橋劇場独演会」
日時:2020年1月13日(月・祝)13時
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・立川幸七『手紙無筆』
桂鷹治『初天神』
笑福亭たま『時うどん』
笑福亭笑子『スタンダップコメディ』
笑福亭たま『ベッパーラッパー』
~仲入り~
三遊亭円丈『悲しみは埼玉に向けて』
笑福亭たま『松曳き』

夫「おい! 古くて使い物にならないものをいつまで取っておくんだ!」
妻「だから、あんたと一緒にいるのよ」
我が家で実際にあった会話です。

「笑福亭たま日本橋劇場独演会」、前座、二ツ目、ゲストが2人、それに本人が3席という腹一杯の構成。

鷹治『初天神』
初見。芸協の二ツ目で師匠は文治。噺家らしい風貌で口調がはっきりしている。楽しみな存在になりそうだ。

たま『時うどん』
マクラで前日の北海道の公演について熱く語っていたが、地方の落語会の主催者と噺家との関係は難しい問題があるようだ。
続いて入船亭遊京(たまの後輩にあたる)の入門時のエピソード、これが大爆笑もの。やはり子どもが噺家になるなんて言い出すと、親は心配になるんだね。
ネタの『時うどん』、東京の『時そば』と違って最初の晩は二人連れで、翌晩は一人となる。この翌晩のうどんを食う客の描写が見せ所だが、たまの高座では客を見るうどん屋のリアクションによって、客の可笑しさを増幅させた。怪談でお化けそのものより、恐怖に陥る人間を描くことによりお化けの恐ろしさを伝える、あの手法だ。このネタを初めて面白いと思った。

笑子『スタンダップコメディ』
初見。師匠はパペット落語でお馴染みの笑福亭鶴笑。
腹話術で、手足を使うのと人形に色々な仕掛けをしているのがミソ。海外各地で公演しているようで、近くはオーストラリアで活躍していたとのこと。芸はなかなかのもんだが、ネタはあまり面白いとは思えなかった。

たま『ベッパーラッパー』
昨年亡くなった桂三金の創作にたまが手を入れてアレンジしたもの。
古典の『くっしゃみ講釈』の講釈師をDJのMC(なんのコッチャ)に置き換えたもので、胡椒を買う店をコンビニの「サークルK」にしている。胡椒の連想はピンクレディの「ペッパー警部」で、男が胡椒を思い出すのにピンクレディのヒット曲を片っ端から歌う。
山場の、憎き相手のMCに胡椒を振りかける場面では、レディーガガの「ポーカーフェイス」の曲に合わせて歌い踊る。このタイトルを「能面」として日本語に直した歌詞を紙に書いて、曲に合わせて紙芝居の様に1枚1枚引き抜きながら歌うサービス付き。
会場は大受けで、この辺りがたまの人気の所以だろう。

円丈『悲しみは埼玉に向けて』
代表作の一つで、北千住駅から新栃木駅に向かう東武伊勢崎線や、日光線、日比谷線などの電車内と沿線のエピソードを自虐的に語るもの。
ただ、最近の円丈は前にメモが書かれた台を置き、それを見ながら進行させるので、何とも噺の運びが悪い。メモを見落とすと筋が行ったり来たりになることもあり、本人やファンの方には申し訳ないが、そろそろ退け時ではなかろうか。

たま『松曳き』
未だネタが完全に入っていないと思われるのと、前半に飛ばし過ぎた反動で疲れがあったのか、小さな言い間違えやいい淀みが散見されていた。そのためこの噺のリズムの乗り切らぬ憾みがあり、あまり良い出来ではなかった。

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2020/01/13

「究極のバレ噺Ⅱ」(2020/1/12)

「究極のバレ噺Ⅱ」
日時:2020年1月12日(日)13時
会場:お江戸日本橋亭
<  番組  >
桂こう治『浮世床』
古今亭志ん吉『紙入れ』
桂福團治『熊五郎奇譚+ペケペン落語』
~仲入り~
桂九雀『いもりの黒焼』
東京ボーイズ『お色気メロディー』
瀧川鯉昇『ふたなり』

「バレ噺」、「艶笑噺」ともいい、要は色っぽい、放送はもとより普段の寄席でも高座にかかることが少ないネタを集めたもの。
昨年の第1回が満員だったため、主催者が2回目を企画したら、今回も満員となった。
あんたもスキねぇー!
それはともかく、桂福團治と桂九雀が初見なので、それを目当て。

志ん吉『紙入れ』
このネタは普段の寄席でもお馴染みだが、どちらかと言うと中堅からベテランが演じることが多く、二ツ目が演じるのは珍しい。
志ん吉は器用なので何を演じても上手いので、このネタも間男する女房の色っぽさを強調して演じてみせた。

福團治『熊五郎奇譚+ペケペン落語』
略歴
1960年 - 3代目桂春團治に入門。一春(かずはる)と名乗る。
1966年 - 5代目桂小春と改名。その後、演芸ブームと共に「ペケペン落語」で売り出す。
1973年10月 - 4代目福團治を襲名(2代目桂枝雀・5代目笑福亭枝鶴・福團治のトリプル襲名)。
1975年 - ATG製作の映画『鬼の詩』に主演。
以降、手話落語に取り組む。
芸歴60年で、上方落語家では最古参。
修行時代の厳しい師匠のしつけから、若手の頃に「ペケペン落語」で売り出し。映画『鬼の詩』の主演が話題になって仕事が一気に増えたが一時期声が出なくなり、手話落語を始めた。
今は封印している「ペケペン落語」(小噺の間に人形浄瑠璃の三味線の合いの手を真似てペケペンと入れる)をいくつか披露してネタに。
仲間が集まって自分の女房の秘所を貝に例えていたが、一人の男だけは未だ女房の秘所を見た事がないから分からないと言う。仲間から「今すぐ見てきて報告しろと」せかされた男は自宅に戻り女房の頼む。嫌がる女房は、それなら盥に水を張りその上に自分が裾を捲ってしゃがむから、水鏡で観察しなさいと言う。この会話の一部始終を立ち聞きした熊五郎が松の木の枝に上がって、真下の盥を観察して喜んでいた。一方、女房は亭主に「あんた見えた?」と訊くと、「まるで熊五郎の顔やったな」でサゲ。
これぞバレ噺で、福團治の粋な高座を楽しんだ。

九雀『いもりの黒焼』
登場するだけで場内が明るくなる。
ある男、どうやったら女にもてるようになるか隠居に相談すると、いもりの黒焼きのオスとメスの2種類を買ってきて、オスは自分に、メスを相手の女にかけると、その女が惚れるようになると言う。
男は早速いもりの黒焼きを買、にgって、オスのものは自分に振りかけ、メスは評判の米屋の娘に振りかけえようとしたら、誤って近くの米俵にかけてしまった。いきなり米俵が男に向かって転がってきて、逃げ回る男をどこまでも追いかけてくる。隠居の家に助けを求めるが、米俵は家の中まで入ってくる。どうした?と訊く隠居に、男は「飯米に追われてまんのやがな」でサゲ。
「飯米に追われる」は、貧乏でその日の米代にも追われるという意味。
とにかく楽しい高座だった。
最初の隠居がもてる男の条件として、「一見栄、二男、三金、四芸、五精、六おぼこ、七ゼリフ、八力、九胆、十評判」を挙げているので、ご参考までに。

東京ボーイズ『お色気メロディー』
お馴染みの替え歌で際どい歌詞のオンパレード。なかでも童謡や唱歌を繋ぎ合わせるとアブナイ歌詞になるというのはお見事。
昔の宴会というと、こういう「猥歌」が盛んに唄われたものだが、近ごろは何かと五月蠅くなって聞く機会が無くなったね。

鯉昇『ふたなり』
これも艶笑噺だが、たまに寄席にもかかる。
人間が死ぬと「男は死体(したい)」「女は遺体(痛い)」とマクラを振ってネタに。
ある村で若い者二人が村の顔役の所に、女郎屋に居続けて年貢の10両を使いこんでしまったのでこのまま夜逃げするしかないと相談にくる。顔役は、それなら自分が隣村の知り合いに10両を借りてくるから待つ様に言って家を出て途中の栴檀の森に差しかかると、暗闇から若い娘に声がかかる。事情を聞くと、男と道ならぬ仲になり子どもを身ごもってしまった。二人で駆け落ちしたが男が気が変わって逃げてしまい、こうなったら死ぬしかないと遺書も書いていた。顔役は娘に死んではいけないと諭すが、娘が10両の金を懐にしているのを知ると急に態度が変わり、やはり死んだ方が良いと言い出す。娘が死に方が分からないと言うと、それなら松の木にこうぶら下がってと首括りの説明をするうちに、本当に首を吊って息絶えてしまう。その凄惨な姿を見た娘の気が変わり、10両の金を元に人生をやり直す決意を固め、首吊りの懐に不要になった遺書を入れて立ち去ってしまう。
いつまでも戻ってこない顔役を心配した若い者二人が栴檀の森に捜しにいくと、なんと首を吊って死んでいるのを発見する。直ちに役人を呼んで検分を開始すると、何やら懐から遺書が出てくる。役人が読みあげてみると、
「『一度はままよ二度三度、重ねてみれば情けなや。ついにお腹に子を宿し…』な、何じゃこれは?」「こりゃこの親爺はふたなりか?」
「いいえ。宵に出たなりでございます。」でサゲ。
艶笑噺というよりは、人間の業が描かれた名作だと思う。
鯉昇の高座は、顔役と娘の心理変化を巧みに表現して好演。

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2019/12/25

2019年下半期「演芸佳作選」

2019年7-12月に聴いた演芸のうち、優れた高座を選び、
演者、ネタ、落語会(又は寄席)の名称、月/日、の順に記した。
下記の高座は、月末に発表する「My演芸大賞」の大賞、優秀賞の候補になる。

柳家権太楼『居残り佐平次』「権太楼・雀々 二人会」(7/19)
桂福丸『女侠客・奴の小万』「花形演芸会」(7/21)
笑福亭鉄瓶『茶屋迎い』「東西交流落語会」(8/27)
立川龍志『小言幸兵衛』「一天四海」(9/3)
桂文我『雪の戸田川・お紺殺し』「桂文我独演会」(9/19)
桂吉坊『胴乱の幸助』「三田落語会」(10/5)
柳家喬太郎『真景累ヶ淵・宗悦殺し』「三田落語会」(10/5)
柳家小満ん『らくだ』「人形町らくだ亭」(10/10)
露の新治『仔猫』「露新軽口噺」(10/11)
桂宗助『市川堤』「宗助・吉坊 二人会」(10/19)
古今亭志ん橋『井戸の茶碗』「国立名人会」(11/14)
柳家さん喬『福禄寿』「大手町落語会」(12/7)
五街道雲助『二番煎じ』「らくご古金亭ふたたび」(12/15)

 

【参考】
上半期「演芸佳作選」は下記の通りだった。

春風亭一之輔『二番煎じ』1/15「鈴本演芸場」
入船亭扇遊『鼠穴』1/19「朝日名人会」
柳家喬太郎『偽甚五郎』1/19「朝日名人会」
林家種平『居残り佐平次』1/26「国立名人会」
神田京子『与謝野晶子』2/5「国立演芸場」
入船亭扇遊『付き馬』2/17「ぜん馬・扇遊二人会」
立川ぜん馬『ちきり伊勢屋』2/17「ぜん馬・扇遊二人会」
桂吉坊『胴乱の幸助』3/2「花形演芸会」
柳家小満ん『盃の殿様』3/27「人形町らくだ亭」
五街道雲助『九州吹き戻し』4/6「にぎわい座名作落語の夕べ」
春風亭一朝『刀屋』4/20「三田落語会」
露の新治『抜け雀』4/20「三田落語会」
三遊亭遊雀『三枚起請』5/8「芸協仲夏祭花形」
露の新治『大丸屋騒動』5/10「露の新治落語会」
むかし家今松『水屋の富』6/7「国立演芸場」
江戸家小猫『ものまね』6/15「花形演芸会」

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2019/12/19

国立12月中席(2019/12/18)

国立演芸場12月中席・8日目

前座・林家彦星『やかん(序)』
<  番組  >
林家扇兵衛『権助魚』
古今亭志ん五『牛ほめ』
松旭斉美智・美登『奇術』
入船亭扇辰『片棒』
橘家圓太郎『化け物使い』
─仲入り─
浮世亭とんぼ・横山まさみ『漫才』
桂才賀『カラオケ刑務所』
柳家小菊『粋曲』
古今亭志ん輔『幾代餅』

今年の寄席の締めは国立の中席に、気が変わればもう一回どこかの寄席に行くかも。

扇兵衛『権助魚』
ウーン、タイトル以外思い出せない。確か木久蔵ラーメンがどうとか言ってたね。最近ますます物忘れが酷くなってきたか。

志ん五『牛ほめ』
この人は佇まいが良い。ガツガツした若手は嫌だね。前座噺を過不足なく、やはりこのクラスの人が演ると面白い。

美智・美登『奇術』
相変わらず客席に向かってキャアンディをラケットで打つという無礼な事を続けている。了見が分からぬ。

扇辰『片棒』
寄席の場合、一人の持ち時間がマクラを含めて15分程度(小屋によってはもっと短い場合がある)なので、まとまったネタを演ろうとすると尺を短くせねばならぬ場合がある。このネタも扇辰は囃子の口真似を短くしたり、息子を二人にしてサゲを変えたりといった工夫をして収めていたが、ネタの面白さは引き出していた。

圓太郎『化け物使い』
寄席のどの位置に上がっても手を抜かない熱い高座が、この人の特長。柳亭燕路の代演だったが、独自の子育て論を語るマクラから熱い。
ネタでは、出てくる化け物は「一つ目小僧」一人だけで、隠居は先ず茶碗を洗わせるが、大きい茶碗から先に洗い小さい方から先にザルに伏せるよう命じる。次に布団を敷かせるが、畳の縁に従って真っすぐ敷くように枕は北に向かぬよう、枕元に置く水差しの細かな位置まで指定する。この隠居は人使いが荒いだけでなく細かいのだ。これじゃ奉公人から嫌われるわけだ。さらに天井裏まで掃除させようとすると、小僧は狸の姿に戻ってガタガタと震えながら、「お暇を頂戴します」でサゲ。
通常は化け物は3人現れるが、この様に化け物が一人でも面白さは十分に伝わる。

とんぼ・まさみ『漫才』
初見。上方の漫才師の様だが落語協会員だ。
本人たちは東京で通用するかどうか不安に思ってる様子だが、ボケとツッコミのタイミングもよく面白いと思った。

才賀『カラオケ刑務所』
久々、お互い様だいぶ年を取ったね。十八番というよりは、専らこのネタを掛けているようだ。2年前と言ってたが、実際は2014年度落語協会・新作台本発表会の準優勝作だ。所内のコンクールで収監者たちが自分の罪名を言ってからそれにまつわる替え歌を披露するというもの。演者が言っていた通りで、それほどの作品とも思えない。

小菊『粋曲』
~💛~

志ん輔『幾代餅』
『紺屋高尾』というネタもそうだが、このネタも身分を偽っていた奉公人が正直に身分を明かし、当初は訝っていた太夫もその真心に触れて年季明けに女房にしてくれと頼む、そこの場面に観客がどれだけ感情移入出来るかが勝負だと思う。奉公人の告白と太夫の反応、ここの所が志ん輔ではあっさりとしていて、「うすうす気が付いていた」んじゃ感動もない。
そこが不満だ。

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2019/12/17

「らくご古金亭ふたたび」(2019/12/15)

第14回「らくご古金亭ふたたび」
日時:2019年12月15日(日)13時
会場:お江戸日本橋亭
<  番組  >
前座・金原亭駒介『無精床』
金原亭馬久『代脈』
五街道雲助『二番煎じ』
~仲入り~
隅田川馬石『駒長』
金原亭馬生『富久』

「らくご古金亭ふたたび」始まって以来の大入りとか。高座の袖にまで客が入っていた。

馬久『代脈』
リズムが悪い、間が悪い、だから面白ない。

雲助『二番煎じ』
通常の演じ方と大きく変わっていた。
先ず、火の回りを2班に分けない。これに就いては以前から疑問に感じていたのだが、この噺で2班に分ける必然性がないと思うのだ。分けた他の班の出番がこの噺にはない。それどころか、1班の組の人たちが番小屋で鍋を囲んで酒盛りすれば、後から戻ってくる組の人間に気付かれてしまう筈だ。一組だけなら見回りの役人にさえバレなければ、気兼ねなく酒盛りが出来るというもの。
雲助では、宗助一人番小屋に残し5人で火の回りに出かける。5人の内一人は上方出身という設定で、この人がちょいとずれた言動をするのだ。
「火の用心」の掛け声を5人が一人ずつ発声するというも独自の演りかた。上方の人は「デンデロデンデロ」と口三味線で浪花節の「火の用心」。他には謡曲あり都々逸あり。
最後に吉原で火の回りの経験があるとう辰つぁんが指名されるが、馴染みだった女と再会する話ばかり。せかされてようやく良い声で「火の用心、さっしゃりやしょう!」を、追い風と向かい風に分けて発声。
番小屋に戻ってからは例の酒盛りが始まる。次第に興に乗ってくると、月番が辰に、さっきの女の話の続きを催促する。辰は二の腕をまくり「花命」の入れ墨を見せて女房にしたんだとノロケ始める。ここで皆が囃し立てる所に見回りの役人が入ってくる、所望した煎じ薬(酒)の匂いを嗅ぎニヤリと笑う。お代わりを申し付けながら猪鍋をつつき、次はいつ番が回ってくるのか訊くと月番が「ひあさってです」と答えると、侍が「よいか、明後日にしろ」。どうやらこの侍の見回りは隔日のようだ。サゲは通常通り。
この型は初めてで、恐らくは雲助独自の演出かと思われる。随所に細かな工夫が行き届き、見事な高座だった。

馬石『駒長』
会の弟子枠があって、年に1回まわってくるので仕方なく、なんて言いながら。
このネタは寄席では滅多に掛からない、その理由はトリネタにはならず、さりとて間に挟めるネタではないとか。なるほと、そういう事情があるのか。
ちょいと『包丁』に似た様な展開だが、怠け者で乱暴な長兵衛から親切な損料屋によって救われるお駒、こちらの方がほのぼのとしている。
馬石の柔らかな語りはニンだ。

馬生『富久』
先日、文菊で聴いたばかりだが、聴き比べると馬生の上手さが光る。売れない幇間の悲哀や必死さがこちらへ伝わってくる。だから久蔵の一喜一憂に共感し、最後は本当に良かったとこっちも胸を撫でおろすのだ。
年の瀬に相応しい高座で締めた。

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2019/12/15

「雀々・喬太郎 二人会」(2019/12/14)

「桂雀々・柳家喬太郎 二人会」
日時:2019年12月14日(土)18時30分
会場:日本教育会館 一橋ホール
<  番組  >
前座・三遊亭歌つを『子ほめ』
桂雀々『田楽喰い』
柳家喬太郎『ウルトラマンのつる』
~仲入り~
桂雀々『蝦蟇の油』
柳家喬太郎『カマ手本忠臣蔵』

上方の落語家の平均寿命は50代前半だそうだ。調査した結果なので間違いないらしい。東京の落語家のデータは無いかも知れないが、平均寿命よりは短い気がする。
話はそれるが、喬太郎の膝を心配している。通常の噺家は座布団に座るとき先ず膝を折ってから両手を前についてお辞儀するが、喬太郎の場合は先ず両手と膝をつき膝を折りながら前に体をせり出してお辞儀している。相当、膝が悪いんじゃないかと。正座しておしゃべりするのが仕事の噺家にとって膝は生命線だ。今から治療なり養生なりしておかないと更に悪化するのでは。

この会の主催者に一言、このキャパのホールでお囃子を入れずにテープはないだろう。なんかケチくさいね。

雀々『田楽喰い』
雀々の面白さを活字で表すのは難しい。実際に観て聴いて貰うしかない。マクラからエンディングまでずっとハイテンションで客席をグイグイ引っ張る。こういうスタイルは、東京の客には受け容れられるかどうかと思っていたが杞憂、毎回大受けだ。
「ん廻し」の場面で、男が野菜の名前を並べるがどれも「ん」がつかない。「カボチャ」というと、それじゃ「ん」が入ってないからと、別の名前で「0ん0ん」(ナンキンと言わせようと)ヒントを出すと、「パンプキン!」と答える。「エー、カボチャのことお前いつもそう言ってるの?」と突っ込むが、こうした会話の間が絶妙なのだ。

喬太郎『ウルトラマンのつる』
喬太郎は『つる』の改作が好きなようで、他に『極道のつる』という新作がある。「なぜ帰ってきたウルトラマンがウルトラマンジャックと呼ばれるようになったか」を隠居が解説し出すと。この先はウルトラマンの蘊蓄の塊。機関銃のように語られるその内容はサッパリ分からない。私だけでなく恐らく他のお客も理解してないだろう。それでも場内は爆笑。こんなどうでも良いことを何故あれほど熱く語れるのか、という面白さなんだね、きっと。

雀々『蝦蟇の油』
上方版は初見。筋は東京版と同じだが、油売りが酔っぱらって腕を切ると、拭いても拭いても後から後から血が止まらず、「誰か病院に連れてって!」でサゲた。

喬太郎『カマ手本忠臣蔵』
12月14日に因んで忠臣蔵の噺を。だけどこのタイトル、いずれ差別用語だと使えなくなるかもね。
浅野「ねえ、吉良様、もう一度抱いて」
吉良「いや、あの時は酔っていたので、つい」
浅野「吉良様ったら、近ごろ伊達さんばかり親切にして、私のこと構ってくれない」
吉良「君とは勅使接待役は二度目だが、伊達とは初めてなんだから仕方ないだろう」
浅野「もう私、嫉妬しちゃう」
こんな痴話喧嘩のような中で刃傷事件が起きてしまうという設定。
浅野内匠頭が吉良上野介のもとで勅使接待役を務めたのは二度目でしかもこの時は吉良が浅野を指名していたということ、また刃傷事件について浅野が最後まで理由を語らなかったという歴史的史実を踏まえている様に見える。
結局討ち入りに参加したのは大石以下、そのケがあるものだけだった。
吉良邸で四十七士は全員が返り討ちに合うが、皆揃って殿のおそばに行けると笑って死んでいく。
事情を理解した吉良方の家来たちが上野介の首を泉岳寺に捧げると、墓の下で浅野が吉良を待っていた。
赤穂事件を「忠義」と捉えるのではく「情死」とした意欲作。
でもこれ、歌舞伎や映画にするのは難しいね。

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2019/12/14

「人形町らくだ亭」(2019/12/13)

第87回「人形町らくだ亭」
日時:2019年12月13日(金)18時50分
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・三遊亭ぐんま『初天神』
立川こはる『金明竹』
三遊亭歌奴『掛取り』
柳家さん喬『二番煎じ』
~仲入り~
五街道雲助『夢金』

12月も半ばになってきたが、今年もいい事は何もなく、来年も期待できない。生きていることだけがメッケもの、なのかね。
「人形町らくだ亭」は師走公演で、仲入りを挟んで師走に相応しいネタが並んだ。

こはる『金明竹』
プログラムの演者紹介に「少年のような風貌」なんて書かれていたが、確かに一度会場の階段ですれ違った時に、珍しく着物をきた少年に出会ったと思った。酒場で店員から年齢証明を求められたこともあるそうだ。
久々の高座だったが、一段と上手さが増していた。ただ、ちょいと上がっていたのか、肝心の言いだての時に息継ぎが合わずカンでしまったのが惜しまれる。

歌奴『掛取り』
場内がパッと明るくなるのはこの人の人柄か。フーテンの寅さんの物真似も登場させていたが、芝居好きな番頭の場面では古典を忠実に演じていた。

さん喬『二番煎じ』
この噺、以前から宗助が格下に見られているのが不思議と思っていたが、さん喬の高座では宗助だけが主人の身代わりという、これで納得した。夜回りの場面では、辰つぁんが吉原の火の回りをしていた頃の思い出話しをたっぷりと聞かせていた。
見回り同心が番小屋に入ってきて詰問するたびに、月番「この宗家さんが・・・」に、宗助「あたしの名前をだすのはおよしよ」の繰り返しは、定番ながら欠かせないところ。同心が「何か鍋のようなものを・・・」で、「ちょっと出所が悪いんで向こうを向いてくれませんか」と言いながら、股の下から鍋を出すのは丁寧な演りかた。
近ごろ、番小屋で宴会のように騒ぐ演じ方も見られるが、さん喬のように抑制するのが正解。

雲助『夢金』
雪の中を大川に漕ぎ出す船頭、船中の侍が「どうだ、ここらで一服せぬか」と声を掛ける。「へい、ただいま」と言いながら船頭は、凍えた指先にフーっと息を吹きかけて蓑の紐をほどき、蓑に積もった雪を払い落してから船中に入ってゆく。こういう細部の描写が、凍えるような寒さを実感させてくれる。
侍が船頭に斬り捨てると脅した際に、船頭が「震えてるんじゃねえ、体が小刻みに動いてるんだ」と強がり、「いざとなりゃ船をひっくり返しちまうぞ」と反対に脅すと、侍は「それは困る、みどもは水練の心得がない」と弱音を吐く。ここで両者の立場は逆転する。
この後、侍を中州に置いてきぼりにするのは船頭の計略通り。
最後に全ては夢となる所を、船宿の主人が煙草を吸いながら2階に向かって「静かにしろ」の一言で締めたのも印象的。
雲助ならではの計算され尽くした高座、結構でした。

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2019/12/07

「大手町落語会」(2019/12/7)

第58回「大手町落語会」
日時:2019年12月7日(土)13時
会場:日経ホール
<  番組  >
前座・柳亭市坊『寄合酒』
柳亭市楽『お血脈』
瀧川鯉昇『鰻屋』
柳家さん喬『福禄寿』
~仲入り~
柳家三三『磯の鮑』
柳家権太楼『文七元結』

市楽『お血脈』
来春に真打昇進とか、大丈夫か?

鯉昇『鰻屋』
こうした会では常に落語協会の噺家の、それも柳家の比重が高い。この日の鯉昇もそうだったが、少数派の芸協の人がしばしば芸協を自虐的に語る。確かに受賞歴を比較すれば両者の差は歴然としている。しかし、個々の技量にそれほどの差があるとも思えない。むしろ普段の寄席で感じるのは、芸協のベテランの中には明らかに手抜きするのがいる。それもトリの高座でさえ平気で手抜きするんだから呆れてしまう。この悪弊を断ち切ればもっと差は縮まるのでは。
鯉昇はいつもの脱力マクラからネタに入ると一気に熱演。額に赤十字マークの付いた病気の鰻や、秋葉原から仕入れた電気鰻を登場させ、最後は鰻が逃げるのを指先の動きで示し爆笑。

さん喬『福禄寿』
圓朝作だが、全体に暗い雰囲気が漂う噺のせいかあまり演じ手がいない。福徳屋の妻と二人の息子の物語で、実子で長男の福太郎が放蕩息子であるのに対し、養子で次男の禄太郎は働き者で親孝行。この二人の対比をどう演じるか、それに対する母親の心理状態を描き出す所がポイント。ここをさん喬が上手い。
古くは圓生は得意としていたが陰気臭いのが欠点で、福太郎が自分の技量の限界を悟り一念発起する事で未来の明るさを強調して終わるさん喬の高座の方を好む。

三三『磯の鮑』
三三の十八番。与太郎の造形が良く、会話の間もテンポも挟むクスグリも真に結構。こうした肩の凝らないネタを挟んだのは正解。

権太楼『文七元結』
フルバージョンだが、各場面の寸法を少しずつ短くして演じた。
通常と異なる点は、長兵衛が借りた50両の返済を半年後として、それも全額ではなく少しずつ返済するというもの。佐野槌の女主人は、長兵衛が真面目に働き返済の意志さえはっきりすれば娘お久は返すと約束する。これだと長兵衛がきっぱりと博打と手を切り回心するだろうかと疑問に感じるのだが。やはりオリジナルの返済方法が自然ではなかろうか。
吾妻橋の場面で長兵衛が長く泣きすぎるのも気になった。ここは50両を文七に渡す時に、お久の身の上を嘆く所だけ涙を見せる方が効果的かと思う。
達磨横丁の長兵衛宅での最後の場面では、権太楼らしい笑いの多い演じ方でお開き。ただ、長兵衛夫婦とお久が再会する山場で電話が鳴ってしまったのは惜しまれる。

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