寄席・落語

2018/12/13

国立演芸場12月中席(2018/12/12)

前座・三遊亭ぐんま『初天神』
<  番組  >
入船亭小辰『金明竹』
入船亭扇蔵『子ほめ』
東京ガールズ『音曲バラエティ』
柳家さん八『小言念仏』
古今亭志ん橋『出来心』
─仲入り─
ニックス『漫才』
入船亭扇辰『紋三郎稲荷』
翁家社中『曲芸』
入船亭扇遊『棒鱈』

国立12月中席は落語協会の芝居、代演の少ない2日目に出向く。平日の昼にしてはマアマアの入り。

ぐんま『初天神』
白鳥の弟子にしてはまともな古典だった。

小辰『金明竹』
店の主人が与太郎に留守番を言いつける繰り返しがややしつっこかったかな。店に戻ってきた主人に言付けを説明する女房が、説明に窮すると店の奥に引っ込もうとする動きは独自の演じ方か。

扇蔵『子ほめ』
年齢を「数え」で表す習慣がなくなったので、このネタのサゲが分かりづらくなった。考えてみれば月日も年号も「1」から始まるのだから、年齢も「1」から始まるというのが合理的かも知れない。「ゼロ歳児」っていうのは変だもの。

東京ガールズ『音曲バラエティ』
三味線演芸の女性ユニットは貴重な存在。艶やかで結構でした。『勧進帳』も良かった。

さん八『小言念仏』
久々だ。入れ歯が合わなくて、と言っていたが喋りは流暢だった。このネタ、念仏と小言のリズムが大事だが、そこはベテランらしく演じていた。

志ん橋『出来心』
堅実な高座だが、このネタではもっと軽みが欲しいところ。

ニックス『漫才』
クオーター(そう見えないが)の姉妹で、ニックスという芸名はアメリカ人の祖父の名前だそうだ。二度目だが、前よりボケとツッコミの役割が明確になっていて今回は面白いと思った。

扇辰『紋三郎稲荷』
この人の鉄板ネタ。

扇遊『棒鱈』
数年前までは実力派の中堅というイメージだったが、今では「上手」の一角を占めている。元々から芸の確かさでは折り紙つきだったが、そこに華やかさが加わり芸に艶がでてきた。
この日も登場人物が活き活きと描かれていて好演。

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2018/12/11

三笑亭笑三の死去

三笑亭笑三が、10月24日に肺炎のため死去した。93歳だった。
新作、古典の双方を演じる落語芸術協会の大看板だった。
以前、当ブログで「寄席で聴きたい噺家」BEST20を選んだが笑三はその内の一人で、洒脱で色気があり寄席に似合う人だった。
最後に観た高座は、2012年11月24日の国立名人会のトリで演じた『火事息子』だったが、その気力溢れる高座に感心したのを憶えている。
ご冥福を祈る。

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「三三・左龍の会」(2018/12/10)

第89回「三三・左龍の会」
日時:2018年12月10日(月)19時
会場:内幸町ホール
<  番組  >
『オープニングトーク』三三、左龍
前座・春風亭与いち『手紙無筆』
柳家三三『粗忽の釘』
柳亭左龍『人形買い』
~仲入り~
柳亭左龍『釜泥』
柳家三三『夏の医者』

今季一番の冷え込みの日、前回は交通事情で流れたこの会だが、この日も一杯の入り。
オープニングトークで、いま入門したのは良いが人数が多すぎて前座になれず見習のまま待機している人が20名ほどいるそうだ。噺家ってそんなに魅力のある仕事だろうか。世の中、人手不足だというのに、困ったものだ。

三三『粗忽の釘』
三三の特長というのは、本筋から少し外した所で笑いを取る点だろう。
釘を壁に打ち込んで隣家に詫びに行った男が、煙草を吸いながらいきなり女房との馴れ初めを語りだし、初めは優しかった女房が次第に強くなり・・・、と言いながら泣き出す。それでもと言いながら姿勢を正して、「今は幸せです」。ここで客席からワッと笑いが起こる。
男の似顔絵が書かれた回覧板が町内を回っていたとか、
「金はどこへしまった?」
「箪笥の中よ」
「箪笥にゴーン」
と言ったクスグリが受けていた。

左龍『人形買い』
この噺は短い中にいくつもの場面転換がある難しいネタだ。
①月番の男が買い物上手の兄いに同行してもらって買い物に出かける。ここで長屋から集めた5円を1円浮かして二人で一杯飲もうと約束する。
②人形屋で店の若旦那とのヤリトリで人形の値段を10円から4円に値切る。
③太閤秀吉と神功皇后の二つの人形jの荷を担いで付いて来た店の小僧が、この人形がタダ同然の品だったことをばらす。
④さらに小僧が先ほどの店の若旦那と女中との怪しい間柄を喋る。
⑤長屋の易者に意見を求めると、早速易を立て神功皇后を選ぶのだが、見料50銭を取られる。
⑥続いて長屋の講釈師に意見を求めると、太閤記を語りだし「豊臣家は二代で滅んだから、縁起がよろしくない。神宮皇后がよろしかろう」と言って、木戸銭を50銭取られてしまう。ここで二人の残金はゼロになる。
⑦最後にお祝いの神功皇后の人形を神道者に届けると、「そも神宮皇后さまと申したてまつるは、人皇十四代仲哀天皇の御后にて……」と講釈を並べ立てる。二人は慌てて、「講釈料は長屋へのお返しからさっ引いてください」でサゲ。
こうした筋立てを整然と語るのはかなりの力量が要るのだが、左龍の高座は過不足なく随所の笑いを散りばめながら客席を引き込んでいた。

左龍『釜泥』
盗まれるのを防ぐため釜の中に入った豆腐屋の亭主に、女房は釜の蓋を閉め切ったり、下から火を焚こうとしたりと亭主を脅かす。そのヤリトリが何とも可笑しい。左龍の軽妙な喋りが活きていた。

三三『夏の医者』
具合の悪い父親を早く診て貰いたいと急ぐ息子と、万事ノンビリとした医者との対比を描いた高座。
なかでも下剤を掛けられグッタリした蟒蛇の表情が良かった。

この会は、恐らくは三三のファンが多いと思われるが、芸の中身としては左龍が一歩リードしている様に見えた。

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2018/12/02

国立12月上席(2018/12/1)

国立演芸場12月上席・初日

前座・柳家ふくびき『子ほめ』
<  番組  >
柳亭信楽『弥次郎』
東生亭世楽『尿瓶』
三笑亭可龍『古手買い』
一矢『相撲漫談』
一龍際貞水『赤穂義士銘々伝~槍の前原』
~仲入り~
あさひのぼる 『ギター漫談』
柳亭楽輔『替り目』
宮田章司『江戸売り声』
三笑亭夢太朗『阿武松』

今年もアッと言う間に師走を迎えてしまった。歳を重ねるごとに時間が短く感じる。時間軸が対数目盛になっているようだ。「老人老い易く 学成り難し」である。
国立演芸場12月上席は芸協の芝居、その初日に。土曜日だというのにガラガラだった。しかし高座は熱気があり、充実した内容だった。

信楽『弥次郎』
初見。
二つ目に昇進したばかりなので実力は前座と謙遜していたが、リズムが良く面白く聴かせていた。

世楽『尿瓶』
初見。
当代は3代目で200年ぶりの名跡復活とされているが、初代三遊亭圓生が一時期名乗っていたらしいという程度で、過去の詳しい事は分からないようだ。
ネタでは尿瓶に花を活ける場面を丁寧に演じていて好演だった。これによって、騙されたと知った侍の怒りが伝わってくるのだ。

可龍『古手買い』
最近あまり寄席で聴かれない噺で、聴きどころは与太郎をバカにした古着屋の番頭に、兄いが胸のすくような啖呵を切るのと、それを真似した与太郎の間の抜けた啖呵の対比。ここは『大工調べ』に似ている。
可龍の流暢な語りが活きていた。

一矢『相撲漫談』
前にも感じたのだが、相撲漫談を標榜するなら大相撲についての造詣が深くなければなるまい。漫談の内容がスポーツ紙や週刊誌のネタの域を出ないのだ。

貞水『赤穂義士銘々伝~槍の前原』
久々で、板付きの高座だった。師走に入ったのでこれからは赤穂義士伝の真っ盛りだ。
槍一筋で赤穂藩の仕官がかない、やがて吉良邸討ち入りに参加した義士の一人である前原伊助の出世談。
グッと引き込まれるのは、やはり芸の確かさ。やはり講談はこうでなくっちゃ。

あさひのぼる 『ギター漫談』
初だったが、観客に「そうだろう!みんな!」と投げかけ、観客が「そうだ、そうだ」と返す、なかなか勢いのある芸で楽しめた。

楽輔『替り目』
貴乃花が離婚した。相撲部屋を解散したので、もう「稽古(景子)は要らない」。そんなマクラから酒飲みのネタ。楽輔が描くこの亭主が実に可愛い。

宮田章司『江戸売り声』
客席のリクエストの応えて、「唐辛子」「大阪のおでん」売りなどの珍しい売り声を披露していた。ますます元気だ。

夢太朗『阿武松』
江戸時代は現役の関取が親方を兼ねていたんだね。強い力士になると阿武松の様に藩のお抱えになることもあった。
このネタに登場する武隈も錣山も阿武松も現役の親方の名前だが、武隈の当時の四股名は竹熊だったようだ。
夢太朗は随所にクスグリを入れながら楽しそうに演じていた。

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2018/11/29

すがも巣ごもり寄席(2018/11/28)

第203回「すがも巣ごもり寄席」
日時:2018年11月28日(水)13時
会場:庚申塚・スタジオフォー
<  番組  >
雷門音助『権助芝居(一分茶番)』
柳家花いち『夢八』
柳亭市童『寝床』
神田すず 『赤穂義士外伝~忠僕元助』

久々の地域寄席は「すがも巣ごもり寄席」。203回というから主催者がよほどしっかりしているんだろう。
以前に一度来たことがあるが、二つ目が4人出演する会で、今回は音助、市童、小辰という実力派が3人揃っていたので、我が家からはちと遠いが出向いた。処が小辰が休演で、花いちが代演となっていた。こうした若手の会で代演に出会ったのは初めてだ。
以下に短い感想を。

音助『権助芝居(一分茶番)』
前座時代から注目している芸協の若手、この日は『権助芝居』を。通常の寄席では前半の権助が田舎芝居で七段目のお軽を演じて「今度のお軽はオスだ」で切ることが多いが、後半の「有職鎌倉山」の芝居まで演じた。芝居の動きやセリフがあるので難しいネタだが、丁寧に演じていた。所作がもっと綺麗になると、更によくなるだろう。
期待通りの高座だった。

花いち『夢八』
初見。マクラで祖母の臨終の話題は感心しない。
喋りで気になったのは、ネタの八兵衛とマクラの喋りが同じ調子なのだ。未だ噺家の喋りが身についていない気がした。首つりの目がまともで、あれでは死人の感じがしない。

市童『寝床』
やはり前座時代から注目していた一人。良さは喋りがしっかりしていること。こうした難しいネタに挑戦する意気込みは買うが、稽古不足なのか言い淀みや言い間違いがいくつかあり気になった。
それとセリフの「間」について工夫が必要だ。旦那と繁蔵、あるいは旦那と番頭との会話で必要な「間」が取れていないので、会話が流れていってしまう。
もともと素質はあるので、一層の精進を望みたい。

すず 『赤穂義士外伝~忠僕元助』
初見。
赤穂義士の一人、 片岡源五右衛門に元助という忠実な下僕がいる。いよいよ明日が討ち入りという日、源五右衛門は元助に暇を出し、10両の餞別を渡し国に帰れと命じる。元助は納得せず、それなら腹を切ると外へ飛び出そうとすると、そこへ通りかかったのが見廻り役の大高源吾と武林唯七、経緯が分からぬまま元助を殴り倒す。
片岡と大高、武林の3人は話し合い、これほど忠義な者であるなら元助の真実を打ち明けても大丈夫だろうとなり、元助に明日の討ち入りの件を打ち明ける。これほどの大事を自分のような者に打ち明けてくれた事に感謝する元助。元助は水盃をし三人を送り出す。
翌朝、見事に吉良の首を討ち捕ったと知った元助、浪士が切腹となると頭をまるめ、生まれ故郷で四十七士の石像を彫りあげ、榛名山のふもとに祀る。その後、南房総で墓守となり余生を送ることになった。
数ある義士銘々伝の中でも、随分と地味なネタを選んだなという印象だった。

満足度が足りなかったのは、やはり「小辰 」というピースが欠けていたせいかな。

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2018/11/24

花形演芸会(2018/11/23)

第474回「花形演芸会」
日時:2018年11月23日(金、祝日)
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・柳亭市坊『たらちね』
柳家やなぎ『牛ほめ』
玉川太福 『石松三十石船』 曲師=玉川みね子
神田山緑『人情匙加減』
桂佐ん吉『星野屋』
―仲入り―
柳亭左龍『壺算』
コンパス『漫才』
三遊亭萬橘『火事息子』

11月23日は感謝の日、こちとらは勤労してないので対象から除外だ。語呂合わせで「いいニッサンの日」でもあるそうだ。「ゴーンwithマネー(金と共に去りぬ)」で、これからの日産はどうなるのか。
第474回「花形演芸会」は浪曲に講談、漫才と、色物が多彩な会になった。

市坊『たらちね』
喋りが、噺家の喋りになっている。スジが良さそうだ。

やなぎ『牛ほめ』
下ネタで笑いを取ろうとする了見が気に入らない。

太福 『石松三十石船』 
一世を風靡した2代目広沢虎造『清水次郎長伝』より、最も人気の高かった 『石松三十石船』のサワリを演じた。
せっかくだから外題付けを紹介する。
【酒を飲むなと睨んで叱る 
次郎長親分怖い人
怖いその人又懐かしい
代参済まして石松は
死出の山路の近道を
夢にも知らず唯一人
参りましたる所は
ここは名代の大阪の
八軒屋から船に乗る
船は浮きもの流れもの】
二度目だが、最初は虎造節が耳慣れているので玉川節に違和感があったが、聴き込んでくるとこれはこれで心地良い。ケレン味の濃い啖呵で面白く聴かせていた。

山緑『人情匙加減』
『大岡裁き』もので、入船亭扇辰の落語や宝井琴調の講談でお馴染みだ。この二人の高座に比べ緩急や起伏が弱く感じられ、そのせいか山場の緊張感に欠けていた。

佐ん吉『星野屋』
佐ん吉の良さが愛敬があることだ。噺家にとって最も大事なのは愛敬だ。色気と言い換えても良い。これは噺家に限らず全ての芸人に求められる共通の資質である。
佐ん吉の演じるお花に色気があり、母親の強かさも十分に示され、良い出来だった。

左龍『壺算』
「ゲストといわれる程の者ではない」などと謙遜していたが、堂々とした高座で貫禄を示していた。花形演芸会のゲストに呼ばれるというのは、噺家にとって一つのステータスと言えるが、左龍もその仲間入りを果たしたわけだ。

コンパス『漫才』
ボケが三味線、ツッコミが唄という、珍しい民謡漫才。唄い手が高音に伸びがないのが残念。

萬橘『火事息子』
ネタを見て、大賞狙いだなと思った。萬橘は過去4期金賞を続けていて、これはこれで立派な成績だが、やはり今期は大賞が欲しい処だ。
8代目林家正蔵始め、6代目三遊亭円生、5代目古今亭志ん生、3代目桂三木助など、名だたる大看板が演じたネタ、萬橘がどう演じるか注目した。
基本は正蔵の型と思われるが、いくつか工夫があった。
勘当して末に臥煙(がえん)にまで身を落とした息子に会うのを拒む父親に対して、店の小僧が説教する。
・父親が出てけと言ったから息子が出て行ったんだから、息子は父親の言いつけを守ったのだ。
・(店が質屋なので)質屋だって良い質屋もあれば悪い質屋もあっる。それと同じで臥煙にだって良い人もいれば悪い人もいるのではないか。
・(父親が勘当したら息子と言えども赤の他人だというと)他人だったら会ってもいいでしょう。
こうした小僧の説得により、ようやく父親が息子に再会する。最初は冷たくあしらう父親だったが、母親も加わって親子の愛情溢れる結末となる。
全体に笑いの要素を多くしていて、その分親子の再会の場面の感動は薄れるが、萬橘版『火事息子』としては良い出来だったと思う。

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2018/11/19

『芝浜』こぼれ話

落語『芝浜』は幕末から明治にかけて作られた様だが、成立については諸説ある。
最も一般的なのは、三遊亭円朝が、「酔払い」「芝浜」「財布」(これについても「笹飾り」「増上寺の鐘」「革財布」の異説あり)の三題噺として作ったのが原形とする説だ。しかし、この話が「圓朝全集」に収録されていないことや、また圓朝以前にも類似の話が存在したという指摘もあり、圓朝原作説には疑問の声がある。
『芝浜』はその後、3代・4代三遊亭円生、4代橘家円喬、初代・2代談洲楼燕枝、初代三遊亭円右などが手がけとされている。
当時から人気のあったネタだったようで、最初の劇化は1903年に市村座で、新派の伊井蓉峰と河合武雄が『稼げばたまる』と題して上演した。
ついで1922年に市村座で、2世竹柴金作の脚色を6世尾上菊五郎が『芝浜革財布』と題して上演した。歌舞伎の世話物として今も繰り返し上演されている。

多くの『芝浜』の解説ではこの先を、「戦後、3代目桂三木助が安藤鶴夫ら作家や学者の意見を取り入れて改作したものが、現在広く演じられている」としている。
つまり明治大正から一気に昭和20年代に飛んでいるわけで、この間に噺がどう受けつがれ、どの様に変遷したのかが明らかでない。
三木助が誰から教えて貰ったのか、改作したのならどこをどう変えたのかも、さっぱり分からないのだ。

ヒントとなりそうな記述が、10代金原亭馬生のCDのライナーノーツに評論家の川戸貞吉が書いているので、要旨を紹介する。
川戸が初代雷門福助(本名:川井初太郎)から聞いたもので、三木助の『芝浜』は8代桂文楽の『芝浜』だと言う。
ある時、文楽が数人の噺家を前に『芝浜』を3日間演じたことがあった。実際に演ってみて感想を訊こうとしたのだ。
処が3日目に、目を真っ赤にして聴いている者がいることに気付いた。人情噺は演らないと口癖のように言っていた文楽なので、ここで『芝浜』を捨てることにした。
文楽が捨てた『芝浜』に食いついたのが3代三木助だった。他者に稽古をつけるのを嫌っていた文楽だったが、三木助のしつこさに根負けして、5日間稽古をしてあげた。
これは三木助が、同期だった福助に打ちあけた話だそうだ。
ただ残念なのは、文楽が演じたという『芝浜』については記録も音源も残されていないので、三木助が教えられたオリジナルの形が分からない。

もう一つ、『芝浜』について川戸貞吉が書いていたのは、8代林家正蔵が話したことだ。
「『大ネタだ、大ネタだ』と言われていますが、『芝浜』なんて昔は大した噺じゃなかったんです。どちらかといえば、音曲師がしゃべった軽い噺だったんです。あたしだって出来ますよ」
つまり、魚勝が財布を拾ったので目出度い目出度いと仲間を呼んで騒ぐくだりで、色々な唄が飛び出す。ここが音曲師の腕の見せ所だったと言う。
正蔵が言った通りであれば、『芝浜』は今とは随分と形式が違っていたことになる。
しかし、先の文楽が演じた『芝浜』が音曲噺だったとは思えないので、あるいはいくつかの異なった演じ方が存在していたのかも知れない。

古今亭志ん生は、三木助が芝の浜の情景を長々と演ることに否定的だったという。「あれじゃ、夢だと思えねぇ」と切り捨てていた。
そのせいか、息子の馬生も志ん朝も、この場面はあっさりと演じている。

師走に向かって『芝浜』の高座に接する機会が増えるだろうが、こうした経緯を頭に置いて聴くのも一興かと思う。

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2018/11/17

国立11月中席(2018/11/16)

国立演芸場11月中席・6日目

前座・立川 幸七『道灌』
<  番組  >
立川幸之進『狸の鯉』
東京ボーイズ『ボーイズ』
春風亭柳太郎『結婚式風景』
東京丸・京平『漫才』
立川談幸『茶の湯』
~仲入り~
神田紫『紀伊国屋文左衛門~宝の入船』
桂米福『尻餅』
ボンボンブラザース『太神楽曲芸』
三笑亭茶楽『芝浜』

国立演芸場11月中席は芸協の芝居、後の顔づけが良い6日目へ。入りはまあまあといった所か。

東京ボーイズ『ボーイズ』
このコンビ、冒頭の「謎かけ問答」以外は毎度ほぼ同じネタだ。それでも面白いのは芸の力。
寄席で現役で活躍している「ボーイズ」は彼らだけだろう。ぜひボーイズの火を消さず息長く頑張って欲しい。

柳太郎『結婚式風景』
師匠だった春風亭柳昇の十八番だったが、同じネタを演じてもこんなに差がつくものか、を実感した。

京丸・京平『漫才』
この漫才、どこを面白がればいいんだろう。

談幸『茶の湯』
大家の隠居から茶の湯の招待状が届き戸惑う3軒長屋の住人の姿はカットしていたが、短い時間でテンポよく聴かせていた。このネタ、変に捻らなくても十分に楽しめるのだ。
風流人を気取って茶の湯を楽しんでいる人たちに対する、百姓のキツイ一言。数あるサゲの中でも傑作と言って良い。

米福『尻餅』
こういうネタを聴くと歳末に近づいたんだなと思う。両手で餅つきの音を響かせるリズムが心地よい。一歩間違えるとバレ噺になりかねないが、米福はそこをサラリと演じてみせた。

ボンボンブラザース『太神楽曲芸』
落語や講談に人間国宝があるんだから、色物だって人間国宝がいても可笑しくない。そう思わせる芸だ。

茶楽『芝浜』
何より小品を小品として演じた点が良い。
3代目桂三木助が完成したと言われている『芝浜』だが、登場人物は二人だけで、その夫婦の機微を描いたものだ。口演時間も20分程度で、ドラマチックな展開が起きるわけでもない。それだけに演者の技量が求められる。
茶楽の高座では、
・魚勝が拾ってきた財布から出した小粒を数える時に、最初は意気込んで数え始めえるが、途中で気付いて小声にする。
・魚勝が昨晩の残りの酒を飲む際に、昨日までと違って今日は気分よく飲めるというセリフに、ホッとした本心が覗いていた。
・翌朝、女房が魚勝を起こす際の起こし方が、前の日と違って切羽詰まった声でお越しにかかる。この後に亭主に対して夢だ夢だと納得させる女房の心積りを表している。
こうした下地が積み重なって、最後の「また夢になるといけねえ」いうサゲが効いてくるのだ。近ごろ、このネタに余計なものをくっ付けて時間を延ばし、大ネタ扱いで演じるケースがあるが、あれは邪道だ。
トリの茶楽の高座、結構でした。

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2018/11/15

「桂雀三郎・春風亭昇太」(2018/11/14) 

第十五回「雀昇ゆかいな二人」
日時:2018年11月14日(水)19時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
桂雀三郎『腕食い(かいなぐい)』
春風亭昇太『そば清』
桂雀三郎『三十石』
~仲入り~
春風亭昇太『不動坊』

横浜にぎわい座での「桂雀三郎・春風亭昇太」二人会、年1回開催なので今年で15年目となる。人気番組で今回も前売り完売だった。
二人とも新作・古典両方を手掛けるが、この日は古典2席ずつだった。

雀三郎『腕食い』
初めて聴いたネタ。あまり演じられなかったのは、少々後味が悪いせいだろうか。
【あらすじ】
船場の商家の若旦那、道楽のはてに勘当され、乞食にまで身をやつしていたが、久々に大阪へ戻って来て、自分の店で奉公していた番頭の家に転がり込み居候となる。
暫くしてから番頭に養子に行くよう勧める。相手の家は資産家で、一人娘は18歳の小町と呼ばれる器量良し。
但し、この娘には一つ欠点があるという。
夜中になると家の裏の常念寺の墓場へ入って行き、墓石と墓石の間から、バリバリッ、バリバリッと音が聞こえる。この音を聞いた養子が次から次へと逃げだしてしまうという。
若旦那も最初は渋るが番頭に説得され、娘の婿になる。
新婚初夜を迎えてその夜中、常念寺の鐘が鳴ると、今まで寝ていた花嫁がムクムクッと起き上がって足音を忍ばして裏の常念寺の墓場へ。 新仏の墓の土を掘り返して、赤子の死体を引きずり出して、腕をくわえてバリバリッ、美味そうに血をチュ~チュ~、「ああ、なんの因果やらこの病い・・・」。
一方の若旦那、目が覚めると隣に寝ているはずの嫁さんがいない。怖さ半分見たさ半分で縁側へ出てみると、常念寺の墓場の方からバリバリッ、バリバリッという音。墓場を覗き込むと、娘と目が合う。
若旦那が娘に何をしているのかと問うと、娘は、
「これでございます」
「何じゃそら? 赤子の腕やがな。えらいもんかじんねやなぁ、せやけどなぁ、赤子の腕かじるぐらい何ともないで。わいなんか、長いこと親の脛かじってたわ」
でサゲ。
かなりグロテスクな噺だが、明るい高座スタイルの雀三郎が演じると左程気色悪さは感じない。
怪談噺風だが、結末は大団円という、上方の貴重なネタを聴けて良かった。

昇太『そば清』
笑点の司会をしているようだが、高座で笑点を話題にすることは殆どない。メンバーによってはやたら笑点っをネタにして辟易としてしまう事があるが、昇太は対照的だ。
マクラで、高級焼き肉店で一皿13000円もするシャトーブリアンを食べたという。いかに美味かったかということを話題にして本題へ。
Wikipediaには「『そば清』は東京の3代目桂三木助が、上方の『蛇含草』の登場人物と主題になる食べ物を大きく改変した演目」としているが、真っ赤な偽り。因みに三木助は『蛇含草』を得意としていた(ライブで観てる)。Wikipediaは特に落語に関していい加減な記事が多いので、頭から信用しない方が良い。
通常はそば清が1枚食べるごとにセイロを1枚ずつ用意するのだが、昇太の高座では先ず食べる枚数のセイロを床の上に並べ、それを片端から食べていた。食べ過ぎると最後は耳からソバが出てくるという演じ方が変わっていた。
蟒蛇が食べた薬草は人間だけを溶かすものだという説明をどこかに入れた方が分かり易かったかも。

雀三郎『三十石』
船宿から三十石の船中での乗客や船頭の会話、枚方までの農村風景までをタップリと演じた。
「お女中」という言葉にすっかり妄想を募らせるの話は、大阪の女性の家に上がり込んで酒を酌み交わし深い仲にまでなるという壮大なもの。それだけに「お女中」がお婆さんだったと知った時の落差の大きさが笑いを誘う。
間に船頭の舟歌が4度入るが、これがまた良い声なのだ。そう言えば、この人歌手だもんね。
師匠より大師匠の米朝に近い演じ方だった。

昇太『不動坊』
冒頭の大家のセリフ、「お前さんも、いつまでも独り身でいないで、そろそろ嫁さんを貰う気、ないか」で場内は大爆笑。
八が銭湯での新婚生活や夫婦喧嘩を妄想する所から、他の独身男たちが憧れの後家を八に奪われて嫉妬し、前座を幽霊に仕立てて八を脅かそうとする場面まで、ほぼフルに演じた。
屋根の上でのドタバタでは、チンドン屋の万さんの粗忽ぶりが際立つ。人魂に使うアルコールを間違えてアンコロを持ってきたり、幽霊の「大ドロ」の太鼓の代わりに「祭り太鼓」を叩くなど、てんやわんや。
昇太らしい軽い演じ方で、この噺の面白さを引き出していた。

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2018/11/06

落語協会真打昇進披露公演in国立(2018/11/5)

国立演芸場11月上席・5日目

前座・柳家小ごと『道灌』
<  番組  >
春風亭一花『たらちね』
柳家喬之助『出来心』
青空一風・千風『漫才』
柳亭左龍『野ざらし』
柳家喬太郎『擬宝珠』
―仲入り―
『真打昇進披露口上』高座下手より司会の喬之助、左龍、小平太、さん喬、喬太郎
柳家小菊『粋曲』
柳家さん喬『時そば』
鏡味仙三郎社中『太神楽曲芸』
柳家さん若改メ
柳家小平太『井戸の茶碗』

4日に、
「あんた、NHKで新人落語大賞」っていうのをやってるわよ」
「ふ~ん」
「見ないの?」
「見ない」
家人にしてみれば、わざわざ落語を聴きに出かける人間が、TVの演芸番組に全く興味を示さないのを不思議に思うようだ。
だがそれは逆、ライブで観られるのにTVで観る必要はない。
国立演芸場11月上席は落語協会真打昇進披露公演。5日目は柳家さん若改メ 柳家小平太の昇進披露だ。満員の入りだった。

喬之助『出来心』
声が大きく元気だが、印象が薄いんだよね。

一風・千風『漫才』
少しずつ形が出来つつあるようだ。

左龍『野ざらし』
迫力があって面白かった。ますます腕をあげてきた。惜しむらくは「さいさい節」が今一つだったかな。

喬太郎『擬宝珠』
初代三遊亭圓遊の作で、演じ手がなく埋もれていたのを喬太郎が掘り起こし、手を加えて一席にまとまたもの。
ストーリーは喬太郎本人が書いているので、それを引用させて貰う。
【さるお店(たな)の若旦那、気鬱の病いでふさぎこんでいる。食べる物も喉を通らない。医者の見立てでは、このままだと命が危ない。ところが若旦那、ふさぎこんでいる原因を親にも店の者にも医者にも話さない。
こういうときは身内より、仲の良い友達がよかろうと呼ばれた、幼な馴染みの熊さん。大方恋患いかなんかだろう……と、だんだん話を聞いてみると、
 「実は……擬宝珠が舐めたい」
 「はぁ? 擬宝珠ィ?」
若旦那、昔から金物を舐めるのが大好きで、近頃では橋の擬宝珠を舐めているという。で、今舐めたくて仕方ないのが、
 「浅草の観音様……浅草寺の境内の五重塔、あのてっぺんの擬宝珠が舐めたい……」
しかしまさかあの擬宝珠が舐められる訳がない。どうせ夢は叶わない……それで患いついているという。
 「わ、分かりました。なんとかしますから」
 と熊さん、これを大旦那に報告する。
 「な、なんだい!? 伜は擬宝珠舐めが好きなのかい?……はぁ……親子だなぁ……」
 「へ? 大旦那も!?」
息子には打ち明けてなかったが、両親も金物舐めの癖(へき)があるという。
 「そういう事なら伜の気持ちもよく分かるし何より命にかかわる事だ、なんとかしましょう」
浅草寺様に話を通して足場を組む、引きずるように伜を連れてくると、
 「さぁ伜や、五重塔の擬宝珠……いや、あそこのは本当は宝珠だが……まぁそんな事ぁどうでもいい。さ、舐められるようになってるぞ」
弱っている体のどこにこんな力が残っていたか、若旦那、猿(ましら)の如く足場を登っていく。五重塔のてっぺんに上がると、宝珠にしがみついてベーロベロベロ……と舐め始めた。
 「大旦那ご覧なさい、みるみるうちに血の気が戻ってきましたぜ……へぇ大したもんだ」
すっかり元気になって下りてきた若旦那に、
 「伜や、どんな味がした?」
と問う大旦那。若旦那は嬉しそうに、
 「沢庵の味が致しました」
 「塩の加減は三升かい、五升ばかりかい?」
 「いえ、緑青の味が致しました」】
「沢庵」が「親孝行(香々)」に掛かり、サゲの「緑青」は「六升」に掛かっている。
金物フェチの所は『やかんなめ』に似ている。
喬太郎ほどの手腕がないと、面白さが伝わらないネタかも。

『真打昇進披露口上』
口上そのものより、さん喬と喬太郎との間の緊張関係が垣間見えた方に興味を惹かれた。喬太郎がさん喬に向かって「まだ伸びしろがありますね」と冗談を言ったのだが、さん喬の目はマジに怒っていた。師匠が名付けた小平太という名前を喬太郎が「足軽みたい」とチャチャを入れた時も、さん喬がちょっとイラっとしていた様子だった。

小菊『粋曲』
・・・♡

さん喬『時そば』
江戸に幕府が開かれると、人口が一気に80万人も増えたため、店舗を持たない棒手振りの商人が江戸の名物になったという。
貫禄の高座でした。

小平太『井戸の茶碗』
久々だったが、上手くなったなぁと感心した。
口上で、真打に近づいた頃に急に上達したと言っていたが、決してお世辞ではなかった。
お馴染みのネタだが、登場人物の骨格がしっかりと描かれている。筋の運びに無駄がなく、テンポもセリフの間もいい。
屑屋というのが、当時の士農工商の階級制度の外に置かれていたという解説も良かった。
主人公である正直清兵衛が、社会の最下層の人間であったことが、この物語の肝心な所なのだ。
最近聴いた『井戸茶』ではベストの高座だった。

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