寄席・落語

2008/06/28

【寄席な人々】あなたは長嶋タイプ?それとも村山タイプ?

Murayama_minoruプロ野球全盛期に活躍したスーパースターに、長嶋茂雄と村山実がいる。片やミスタージャイアンツならもう一方はミスタータイガース、バッターとピッチャー、長嶋が華麗なら村山は熱血と、ライバル同士対照的なスタイルだった。
現役を引退して解説者になっても、長嶋は楽天的で選手の長所を褒め上げるのに対し、悲観的な村山は選手の欠点を指摘するタイプだった(村山を知らない方は野村監督に置き換えて下さい)。
作家・清水義範の短編小説「いわゆるひとつのトータル的な長嶋節」は、こうした対照的な二人が、一つの物事をどう評価するかというテーマで書かれていて、とても面白い作品である。

誉める長嶋、キビシイ村山、どちらも野球にかける情熱は同じだ。それぞれの人生観や性格に起因するものであって、どっちが良いか悪いかという問題ではない。
HPやブログで寄席や落語の評を書いている人も、大まかに二つのタイプがある。噺家の良い点を褒め上げて良かった面白かったと書くタイプと、欠点を指摘してメッタに誉めないタイプの人もいる。しかし、これを以って、誉める人は落語を愛していて、けなす人は落語ファンとはいえないと言うのは、違う。
どちらも寄席や落語が好きだが、表現の仕方が異なるのだ。

以前書いたことがあるが、子どもの頃よく寄席に連れて行ってくれた近所の女性は、寄席で笑ったのを見たことが無い。場内が大爆笑している時でも、隣の席を見るとニコリともしない。周囲から見れば何が面白いんだろうと思うだろうが、本人は寄席が大好きなのだ。実際に隣にこういう人が座ると、気にはなるが。
外観で人は判断できないと、その人を見て思った。

芸人と観客では立場が違う。芸人は芸を披露して生活の糧とし、観客はお金を払ってそれを観に行く。芸人は客を楽しませようと一生懸命に演じるが、客はそれを面白いと思うか、つまらないと思うかはそれぞれの判断だ。面白ければ面白いと感想を書き、つまらないと思えばそう書くだけのこと。愛情だの情熱だの関係ない。
他のサイトを見て、自分と異なる評価が載っていれば、ナルホドそういう見方もあるんだなと思うこともあるし、この人の評価は見当違いではないかと訝ることもある。それで良いのだ。
演者もそうだろう。そうした観客の反応を見て自信をつけたり、やっぱりもっと稽古をしなけりゃと反省したり、どちらにしても自身への励みとなるだろう。

あなたは長嶋茂雄タイプ?
それとも村山実タイプ?

<追記>
先日エントリーした“落語家に「師匠」付けはどうもネ”の記事に、予想以上のアクセスがありました。いくつかのサイトでこの拙文がとりあげられ、様々な論評が行われていて、それぞれ大変参考になりました。
この場を借りて、謝意を表します。

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2008/06/21

【寄席な人々】落語家に「師匠」付けはどうもネ

ブログで寄席や落語をテーマにしているものが増えたが、落語家の芸名に敬称として「師匠(師)」を付けるのが流行っているようだ。私のように呼び捨てにしているのは今や少数派である。これがホームページとなると、私同様に呼び捨て派が多数であるところが面白い。

全ての落語家に付けているかというと、そうではない。傾向としては真打にのみ「師匠(師)」を付け、二ツ目以下は「さん」付けにしている。
こういうのは趣味の問題だが、私はどうもこれに抵抗がある。二人称の場合は、呼び捨ては失礼になるから敬称を付けるのは礼儀だが、三人称の場合は不要ではなかろうか。

「師匠」というのは先生と同義であるが、それがお稽古ごとを教えてくれる人を指すようになり、転じて落語家の敬称になったが、本来は弟子が指導者を指す言葉だ。
三人称で語る場合、例えば柳家喬太郎がさん喬を師匠、先代の小さんを大師匠と呼ぶのは当然だが、同業や弟子でもない人が、芸名に敬称を付ける必要があるのだろうか。

そういうブログを見ると、他の古典芸能の芸人は呼び捨てにしている。落語家に師匠を付けるなら、歌舞伎役者には「丈」を付けねばならず、講釈師や浪曲師には「先生」を付けねばなるまい。
漫才師、曲芸師や狂言師などはなんと呼んだら良いのか、そんなこと考えていると頭が痛くなるから、いっそ全て呼び捨てにするのが公平というものだろう。

古典芸能の世界では、大向こうと言われる掛け声も全て呼び捨てだ。
歌舞伎では「成田屋!」と屋号を呼び捨てだし、新派は「水谷!」と苗字を呼び捨て。新国劇も「島田!」(なぜか最初の“し”を強音にするのが慣わし)であり、決して「音羽屋さん!」とか「喜多村さま!」とは言わない。第一、「水谷さま」ではその後に「お薬できました」と言いたくなってしまう。締まらないのだ。

教員や議員、弁護士の集まりに行くと、全員がお互いに「先生」という敬称で呼んでいるが、あれは異様だ。生徒や弟子がいるから先生なのであって、双方が先生と呼び合うのは異常な世界としか思えない。
「先生と言われるほどの馬鹿でなし」である。

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2008/06/04

「柳家三三・三づくし独演会」第二夜

Sanza柳家三三の「三三 三三歳 三夜 三席 三宅坂」と題する国立演芸場での三日連続の独演会。2日目は、六月三日で座席番号が三番とくれば、全てが三づくし。菊志んが客は三三人だろうと言っていたが、どうしてどうして満員御礼である。
最初の頃は、メクリが出ると一の字が六つ並んでいて変な名前だと思っていたら、割り箸みたいに痩せたお兄ちゃんが出てきてどうなるかと心配していたが、今では押しも押されもせぬ若手落語家の一番手になってしまった。
伸び盛りの芸人には勢いがあり、多少のキズは力でねじ伏せて客を納得させる。今の柳家三三はそういう状況にある。
芸名に因んだ三づくしの会が出来るのも、長い人生の中でこの瞬間しかない。観客もその瞬間を立ち会うことになる。そういう独演会であった。

「道灌」
代表的な前座噺で、三三も最初に覚えたネタだと言っていた。師匠・柳家小三治に憧れて18歳で入門したが、一度も師匠から稽古をつけて貰ったことが無いのだそうだ。それでも三三を見ていると、ちょっとトボケタ感じや間の取り方などに小三治の影響を見て取れる。落語家の師弟関係というのは、そういうものなのだろう。
真打が前座噺をやるのは意外に難しいんだと思う。基本を崩してはいけないし、前座とは格段の差を見せ付けなくてはいけない。
三三の高座は、その辺りを程よく仕上げていた。

「三軒長屋」
今回の独演会は、三夜全てに「三」に因んだネタを入れており、この日はこの「三軒長屋」である。
口演時間が40-50分掛かる上に、劇的なストーリー展開がなく、その分笑いが取り難く、その割に登場人物が多いという、大ネタの中でも厄介な大ネタの部類に入る。普段の寄席では先ずお目にかかれない演目である。この大ネタに三三がどう挑むのか注目された。
先ず欠点だが、鳶の頭・政五郎に粋さ、剣術指南・楠運平橘正友に無骨さが欠けているなど人物描写に不満が残った。しかし噺の細部に三三独特の工夫がされており、途中ダレルこともなく最後まで緊張感を保ったのは立派だ。
完成度が低いと言うのは、それだけ伸びシロがあるということでもあり、年齢を重ね稽古を積んでいけば、名演の領域に近づけると思う。

―仲入り―
「崇徳院」
百人一首を題材にした落語には、他にも「千早ぶる」などのネタがあるが、この「崇徳院」の方は滑稽な中に品の良さが要求される難しい演目だ。三代目桂三木助が極め付けである。
三三の高座は冒頭で「熊さん」を「頭」と言い間違えたり、人物描写も大旦那に風格が欠け、床屋の親方の口調が「頭」のような口の利き方になるなど、人物描写が粗い。三三本人もプログラムで言っている通り、師匠から「みやびな空気が毛ほどにも感じられない」と酷評されたようだが、まだまだ仕上げが必要だろう。
その一方、話の中に当日のネタであった「道灌」や「三軒長屋」のクスグリを入れるなど演出が工夫されていて、観客を喜ばせていた。

ネタの選び方にやや背伸びを感じる向きもあるだろうが、果敢に大ネタに挑戦する姿勢は大いに評価できる。全体としては現在の柳家三三の力を示す、恰好の独演会となった。

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2008/06/01

特選落語会「あの人のあの噺」

Hayashiya_shozo5月31日よみうりホールで、《夢空間》特選落語会其の一「あの人の、あの噺が聞きたい」という長いタイトルの落語会があった。要は旬な噺家4人それぞれに最も得意とするネタを披露して貰うという企画である。
開幕直後に正蔵と三三の二人が揃って出てきて、会の趣旨説明みたいなものをしていたが、時間稼ぎだったのだろうか。あまり意味があったとは思えない。

柳家三三「五貫裁き」
近ごろの三三は、このメンバーの中に入っても引けをとらない。貫禄のようなものが付いてきた。
ネタは大岡裁きの中の一つ、本来は講談ネタで落語では「一文惜しみ」の題が使われてきたが、最近は講談と同じ「五貫裁き」のタイトルが使われている。
主な登場人物は店子・初五郎、家主・太郎兵衛、因業な質屋・徳力屋万右衛門とその番頭だが、この噺の実質的な主役は大家だが、三三の人物描写がやや甘く、その分薄味に仕上がったようだ。やはり志の輔や談春のものが断然面白かった。

林家正蔵「子別れ(下・子は鎹)」
複数の噺家が出る落語会では、得てして正蔵は手抜きして軽い噺にする傾向があるが、今回は違った。子別れの下をたっぷりと演じたが、とても良い出来だったと思う。
この噺は母と子、別れた父と子、それに夫婦愛が絡む実に良く出来た人情話だが、それだけにそれぞれの人物の性格描写をしっかりやらないと聴いている方がダレる。
正蔵は大工の熊五郎、息子の亀吉の人物描写が優れていて聞かせてくれた。
本ブログで、初めて当代の正蔵を誉めることとなった。

―仲入り―
柳亭市馬「片棒」
市馬の十八番(オハコ)である。片棒という噺は親父が死んだ時どういう葬式をあげるかを、三人の息子それぞれがアイディアを出すという、落語としては風変わりなネタである。聞かせ所は、上の二人の息子のアイディアをどう面白く見せるかであり、ここが演者の工夫のしどころとなる。
このネタは九代目桂文治が得意としていて、文治の演出は次男の時に囃子や山車を出してお祭り騒ぎにするという趣向にしていたが(これは想像だが、八代目桂文治が「祇園祭」を得意としていた影響ではないかと思う)、市馬もこの演出を踏襲している。ただ得意の喉を披露するために、「木遣り」や「お祭りマンボ」を挟むなどして、サービスたっぷりに仕上げている。
こういう演目をやらせたら、市馬の独壇場である。

柳家喜多八「鰻の幇間(たいこ)」
落語には幇間(たいこもち)の悲哀を描いた作品が多いが、その中でも代表的作品である。
眼目は、ようやく上客をつかめたと思った幇間の安堵と、食い逃げされたと分かった後の悲哀の落差である。後悔と落胆がないまぜになり、オレはやっぱり芸人に向かないんだと自己嫌悪に陥る一八の姿。鰻屋の女中のあれこれ文句を言うが、それも自分自身への愚痴なのだ。
喜多八の演出は、そうした幇間の哀しみにやや欠けていて、不満の残る高座だった。

全体としては四者四様それぞれも持ち味を出して、充実の会となった。

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2008/05/18

第4回ワザオギ落語会in国立演芸場

Gontaroミックス寄席が年1回開催しているワザオギ落語会、第4回は5月17日国立演芸場で行われた。当日の公演はライブ録画され、後日そのままDVDとして発売されるとあって、演者としては余計なプレッシャーがかかるだろう。若手ベテラン織り交ぜて実力派を取り揃えた今回の、出来やいかに。

三遊亭好二郎「宗論」
三遊亭好楽の弟子なので圓楽一門、普段は寄席ではお目に掛かれない。風貌がどこか師匠に似ている。芸風が明るく口調も明快で好感が持てる。緊張のせいか固さも見られたが、独自のクスグリも適度に織り込み、良い「宗論」に仕上がっていた。
今秋真打に昇進するそうだが、期待が持てる。

桃月庵白酒「転宅」
得意のネタだったが、やや精彩を欠いていた。「二階に用心棒を置いて」の「二階」を抜かすなど、大事な所でミスが出た。着実に進歩している期待の若手だけに、一層の精進が望まれる。
それと、体質なのだろうか汗をかき過ぎる。高座で頻繁に汗を拭く姿は、あまり感心できない。

三遊亭圓丈「強情灸」
最近の圓丈は古典を手がけることが多いが、この人の古典では並の真打レベルになってしまう。せっかく圓丈を観にきた客はがっかりするだろう。
この「強情灸」というネタは意外に難しく、絶品の古今亭志ん生を除くとその他では先代の柳家小さんの名前が上がる程度である。
当初予定のネタを変更したようだが、演目の選定を誤ったのではなかろうか。
―仲入り―
柳家喬太郎「ちりとてちん」
マクラでネタが「ちりとてちん」と分ると、会場から「エッエー」という小さな反応があり、「圓丈師匠が『強情灸』だったんだから、『ちん』でいいでしょう。」と喬太郎のエクスキューズがあった。
こういう軽目のネタでも、喬太郎が演じると十分楽しめた。
この「ちりとてちん」というネタだが、元々は「酢豆腐」を改作したもので、上方落語である。以前は東京の噺家は専ら「酢豆腐」を演じていた。やはりオリジナルの方が江戸っ子らしい洒落っ気があって、私は好きだ。
仲入り前のダレ気味の空気を締めて、トリにつなぐ。

柳家権太楼「文七元結」
高座に上がってきた権太楼の表情が見るからに気合が入っており、これは大ネタだなと予感したが、果たして「文七」だった。
非常に良い出来だった。始めから終わりまで間然とするところがなく、緊張感を維持したまま最後まで客席を引き付けた。
この噺は、大きく3度のヤマ場がある。長兵衛が佐野槌の女将に意見される場面、吾妻橋の上で文七の身投げを助ける場面、長兵衛夫婦の喧嘩から大団円の至る場面である。
演者により、どの場面に力点を置くかが別れる。例えば古今亭志ん朝なら吾妻橋上、三遊亭圓楽なら夫婦喧嘩、立川談春なら女将に意見される場面となる。
権太楼のものは、志ん朝の演出に近いが、時間の関係からか、だるま横丁の前で酒の切手を買う場面などが省略されていた。
欲を言えば、このネタは泣かせる場面とカラッと明るい場面が混在しているが、権太楼の演出はやや湿っぽい方に重心が行き過ぎたように思う。

帰りに周囲の客から「今日の文七良かったね」という声が聞こえた。
終わり良ければ全て良し、権太楼の熱演に尽きる会となった。

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2008/04/30

My「独演会の落語家」BEST10

「ホリイのずんずん調査」の向こうを張って(張れないか)、私が選んだ「独演会での落語家」のBEST10を選んで見た。
選考基準は次の通り。
(1)現役の噺家に限る。例えば三遊亭圓楽は現役を引退しているので、除外した。
(2)評価は満足度(実績/期待値)、つまり期待に応えるパフォーマンスを示しているかが判定基準となっている。この結果、例えば立川談志、柳家小三治や春風亭小朝は、期待値に対する満足度が低く、選外となった。
(3)同じ人の独演会を3回以上観ていることを条件とした。桂米朝などは高い評価になる筈だが、観る機会が少な過ぎて対象外となった。

1位の志の輔だが、期待を裏切られたことは一度も無い。芸人だって日によって体調が悪い時もあるだろうし、気分が乗らない時だってあるだろう。そういう悪い時には悪いなりに、サービス精神でカバーするのが志の輔の価値である。欠点はチケットが取れないこと。ネットの前売りだと、発売開始時間に30秒遅れても完売ということもある。
2位の三枝もやはりサービス精神が旺盛な噺家だ。芸に色気がある。上方の落語家としては喋りがゆっくりで口調が明快なので聴きやすい。自作のネタも粒揃いで、いつも観客席を沸かせてくれる。
3位は談春で、やや出来不出来のバラツキがあるものの、壷にはまると感動させられる。余計なゲストを入れず、一人だけの会であるのも魅力の一つだ。この人は典型的な独演会タイプの芸人で、複数の人が出演する落語会などでは、人が変わったように低調な高座になる。多分、性格が我がままなのだろう。
4位の喬太郎は、現役の中では最も多い回数を観たことになる。古典に限れば高い満足度になるが、新作にハズレが多い。盲人が主人公のネタでは、他者に抜きん出ている。
5位の文珍、サービス精神の塊りみたいな芸人で、古典、新作を問わず高いレベルの高座を見せる。欠点は女性に色気が無いことで、「包丁」のようなネタでは惨憺たる結果になる。
6位は志らくで、古典をスピーディーな展開で(談春の半分以下の時間で)聴かせてくれる。コンテンポラリーなマクラも毎回楽しみである。ただシネマ落語は今一つ感心できない。
7位の市馬は、常にコンスタントなレベルを保ち、ガッカリすることが無い。反面、唸るほどの名演にもお目にかかったことがなく、その点が不満である。
8位の権太楼は、常に安定した芸を見せてくれる。年齢的にはベテランの域に達しているが、芸が若々しいのも魅力だ。「居残り」は、現役ではこの人が一番ではないだろうか。
9位のたい平だが、同期に真打になった喬太郎と比べ、どうしても物足りなさを感じてしまう。期待値が高い分だけランクが低くなってしまった。
10位は迷ったが、進境著しい三三を入れた。若手の中では飛びぬけて上手い。古典落語の王道を歩んでおり、様子が良いのも得をしている。

この他、古今亭菊之丞が安定した高座を見せ、当代の金原亭馬生は客筋が良く、ようやく真打に昇進した立川生志の独演会も魅力がある。
回数を観ていないので対象から外したが、三遊亭遊雀、春風亭昇太、滝川鯉昇の独演会も充実していた。

こうして見ていくと、独演会で高いパフォーマンスを見せる年齢というのは、30代後半から50歳くらいまでがピークのようである。
さて、あなたが選ぶBEST10だったら、どうなるだろうか。

順位  
1  立川志の輔
2  桂三枝
3  立川談春
4  柳家喬太郎
5  桂文珍
6  立川志らく
7  柳亭市馬
8  柳家権太楼
9  林家たい平
10  柳家三三

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2008/04/24

「喬太郎・白鳥」WAZAOGIろっく・おん

Hakucho4月23日は内幸町ホールの、“「柳家喬太郎・三遊亭白鳥」WAZAOGIろっく・おん”に出向く。「ミックス寄席」が行っている公開レコーディングであり、OKならCDとして発売される。普通は、寄席や独演会で録音し選択してCD化するのだが、こういう風な「今から録音しますよ」というやり方とどちらが良いかは、意見の別れるところだろう。私なら前者を採る。

今回、小屋に入り着席した時から何となく居心地が悪かった。客層がどうこうではないし、はっきりとした理由があるわけではない。
そのせいかどうか、喬太郎の一席目で、当初の「彫師マリリン」を途中で中断し、「派出所ビーナス」を最初から演じ直した、本人も言っていたが、とても珍しいことで、私は初めての経験である。喬太郎としては、どこかシックリこなかったのだろう。
二席目でも喬太郎は、最前列で身体を前後にゆすって笑う客がいたのが気になったらしく、「どうされました?気が違ったんですか?」と訊いていた。
居心地の悪さは、私だけでは無かったのかも知れない。

休憩を挟んで、喬太郎と白鳥が2席ずつ、いずれも新作である。

・三遊亭白鳥「ナースコール」
病院の看護婦と、老人の患者とのやりとりを描いたネタだが、私には面白さが理解できなかった。新作落語の場合、どこかにリアリティが必要であり、ウンウンそうだよなと思わせることが大事だと思う、白鳥のネタには、それが無い。そこが同じ病院を舞台にしても、文珍の「老婆の休日」とは雲泥の差があるのだ。
・柳家喬太郎「派出所ビーナス」
ネタを途中で変えたことについて、寄席で「宮戸川」上下の口演でエネルギーを使い果たしたとエクスキューズしていたが、確かにマクラがいつもの喬太郎のテンションと違うなという印象を受けた。
しかし本題に入るとさすがで、池袋駅前交番を舞台にして、旅館の女将や秋葉系の女の子が警官になるというストーリーを楽しく聴かせてくれた。

・柳家喬太郎「夜の慣用句」
得意のサラリーマンもので、課長と部下が飲み屋やキャバクラに行き、課長が行く先々で「キミの座右の銘は何かね?」と訊くというストーリーだ。
課長の喋りや仕草が、こういう男って確かにいるよなと思わせる所がさすがである。飲むと部下に威張り、説教し、やたら教訓を垂れるという、企業の管理職の悪いクセを良く衝いている。
・三遊亭白鳥「死神」
古典落語のネタを、白鳥がアレンジして演じたもの。病院の医師が医療ミスを理由に、医師免許を剥奪され悲観しているときに死神にとりつかれるという設定にしている。スジとしては工夫されていて、意表をつかれるのだが、白鳥は人物描写が下手だ。だから平板になってしまい、クスグリが少なくなると途端にダレテくる。もう少し話芸の基本を修行しないと、ネタの面白さが発揮できない。

居心地の悪さは終演まで続き、どうもスッキリしない会となった。

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2008/04/22

思い出の落語家10「ご存知」柳家三亀松

Mikimatsuたまにはイロっぽい所をということで、今回は初代柳家三亀松を。ジャンルからいうと音曲師ということになるが、三味線漫談、粋曲、粋談と多彩な芸の分類に困って、しまいには「ご存知・柳家三亀松」とチラシに書かれた、伝説的な色物の芸人である。
1901年生まれの三亀松の全盛期は戦前になるらしいが、戦後も大看板として寄席に出ていて、色物の芸人には珍しく度々トリをとっていた。私は小学校3~4年にかけて信濃町に住んでいた関係から、親に連れられ新宿末広亭に通っていたので、三亀松の高座を数回観ている。

なにせお色気が過剰で、戦前の検閲で31枚のレコードが発禁になった人なので、芸が子ども向きとはいえない。ウットリするような良い声で都々逸を唄っているときは、子ども心にも思わず聴き惚れていたが、漫談になると途端に女の鼻声で「イヤァ~ン、バカァ~ン」や「うっふん、イジワルゥ」「ヤッッテ」(音声は想像してください)と始まるので、なかなか刺激的だった。
その都々逸も、
♪緋緬(ひぢりめん) 肩から滑って のぞいた乳房 にっこり笑って 消す灯り♪
というような文句なので、9歳の子どもがどこまで理解できたか、心許ない。
三亀松の方だって、最前列の中央にチョコンと子どもが座ってられたのでは、さぞかしやりにくかったろう。
なかには、
♪金も出来たし 着物も出来た そろそろあなたと 別れよう♪
なんて、素っ気無い文句もあった。
よくまあこんな芸を子どもに見せていた、我が母親の神経はどうなっていたんだろう。

一度、代表作である「新婚熱海(箱根だったかも)の一夜」の一部を聴く機会があったが、この中で「いけませんわ、さっきのお風呂の中の、あのおイタは。」というセリフだけは、身体に電流が走った。あの時、私は目覚めたのだ! 以来ずっと目覚めっぱなしで、今日に至る。

芸にムラのある人で、やる気のある時は都々逸から「さのさ」、新内と次々に良い喉を披露するが、やる気のない時はサッパリで唄は二つ三つ、後は当時の時代劇映画スターだった阪東妻三郎や大河内傳次郎のモノマネでお茶を濁していた。

結婚して妻が妊娠し5ヵ月だった時に、お腹の赤ちゃんへの胎教として、妻を伴って人形町末広に出かけた。この時に柳家三亀松が出ていたが、顔はどす黒く、身体はやせ、目ばかり大きく見えるという状態だった。それでも喉は衰えず、当日は気分が良かったのか次々と都々逸を披露していた。
その三亀松の高座を初めて目にした妻は、あまりの男の色気にブルブルっと震えたそうだ。何のことはない、時を隔てて、夫婦揃って三亀松によって目覚めさせられたのである。
それからおよそ半年後の1968年1月に、三亀松は胃がんで亡くなった。享年66歳であった。
その2年後には、落語の殿堂と言われた人形町末広も閉館している。

音曲師で声が良かった芸人に、春風亭枝雀がいた。細長い首を鶴のように伸ばして唄うのが特徴だった。この人は元々落語家だったので、語りも面白かった。
それから遅れて、柳家紫朝が出てくる。この人も良い声で、新内流しの「蘭蝶」を得意としている。病を得てから高座に上がる機会が減ってしまったのは残念だ。
女流の芸人も、かつ江、鯉香、人形・お鯉など達者な芸人が揃っていた。

昔の寄席と比べて今の寄席は、落語家は今の方が充実しているように思う、だって昔は文楽、志ん生という名人がいたじゃないかという向きもあろうが、その人たちは当時からメッタに定席には出ていなかった。実力者の多くは名人会やホール落語会が中心で、出演者が限られるのに寄席の数が多かったから、質が落ちていたのだ。
今の方が明らかに劣っているのは、音曲など色物の芸人だと思う。

♪吾妻橋とは 吾が妻橋よ そばに渡しが ついている♪

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2008/04/20

【寄席な人々】噺家の出囃子

以前、「桂文楽に見る名人の条件」の中で書いたように、噺家にとって出囃子は大切な要素であり、これも芸のうちです。出囃子が鳴ると、お目当ての落語家が登場するのをワクワクして待つ瞬間、これも寄席の楽しみの一つです。
好みの問題と言われりゃそれまでですが、やはり「鳩ぽっぽ」や「ディビークロケット」じゃあ、雰囲気が出ませんやね。それに名人には絶対になれないですよ。
そこで(「どこだ」と探さないように)、今回は当ブログによく登場する噺家たちの出囃子を集めて見ました。(カッコ)の数字は何代目かを示しており、現役の人と一代限りの人は表示していません。
眺めているだけで、これはこれで楽しいものです。
もし誤りがあったら、是非ご指摘ください。

    芸    名   出  囃  子
 桂歌丸  大漁節
   三遊亭円歌(2)  踊り地
   三遊亭圓生(6)  正札付
   三遊亭圓楽  元禄花見踊り
 三笑亭可楽(8)  勧進帳
   古今亭菊之丞  元禄花見踊り
   柳家喜多八  梅の栄
   柳家喬太郎  まかしょ
   三遊亭金馬(3)  本調子カッコ
     春風亭小朝  さわぎ
   柳家小さん(5)  序の舞
   柳家小三治  二上りカッコ
   三遊亭小遊三  ボタンとリボン
   柳家権太楼  金毘羅船
 柳家さん喬  鞍馬獅子
   柳家三三  娘道成寺
   桂三枝  軒すだれ
   桂枝雀  昼まま
   立川志の輔  梅は咲いたか
   林家正蔵(8)  あやめ浴衣
   春風亭昇太  ディビークロケット
   立川志らく  鳩ぽっぽ
   古今亭志ん生(5)  一丁入り
   古今亭志ん朝(3)  老松
   入船亭扇橋  俄獅子
 立川談志  木賊刈り
   立川談春  鞍馬
 金原亭馬生(10)  鞍馬
   桂文珍  円馬ばやし
   桂文楽(8)  野崎
   桂米朝  三下りカッコ
 三遊亭遊雀  粟餅
 滝川鯉昇  鯉のぼり
   春風亭柳好(3)  梅は咲いたか
   春風亭柳朝(5)  さつまさ

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2008/04/11

「一盗・二婢・三妓・四妾・五妻」

昨日の「立川談春独演会」の記事で、大事なことを書き落としていた。談春が「与話情浮名横櫛」のマクラで、昔から女遊びの諺に「一盗・二婢・三妓・四妾・五妻」があると紹介していた。当方この方面には全くの不調法なので、初めて知った次第。ネタの理解にもなるので、ここでチョット説明をしたいと思う。

「盗」は他人の女房を盗むという意味で、これが最高なのだそうだ。お富・与三郎もズバリこれに相当するが、バレタ時は江戸の時代なら男女共に死罪、現代でも刃傷沙汰に及ぶのはご存知の通り。そういうスリルが又堪らないのだろうが。
「婢」は使用人、昔でいえば下女。男が地位にモノを言わせて、目下の女性を自由にするパターンである。今ならさしずめ、部下の女に手を出す、教え子と関係を結ぶというところか。これも日常的に三面記事を賑わしている。
「妓」は水商売の女を指す。かつては芸者、今ならホステスを口説き落とすというところだろうか。いきなり「3万円でどう?」などというのは愚の骨頂。時間をかけて「落とす」プロセスが大切なのだ。
「妾」はニ号さん、愛人。男の側にある程度の富と権力が必要であり、誰もが経験できることではない。政治家や企業の経営者、それがダメなら会社の金を使い込んだ人間か。かつては「男の甲斐性」と言われた時期もあった。
「妻」は解説の必要がありませんね。でも妻が最下位とは、全国の奥様方には大変失礼な話だ。これは女遊びの諺なので、あまり目くじらを立てぬように。外食に飽きたので、たまには家庭の味をというところか。

さて、一から五までの順位付けが妥当かどうかだが、何せ小生は「五妻」しか経験がないので、判断しかねる。
トホホ・・・。

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立川談春「木更津」「文違い」の二席

Danshun4月10日の横浜にぎわい座は「立川談春独演会」。常連が多く、客席で挨拶を交わす姿が目立つ。最近の談春の会は、前座を出すようになったが、やはり以前のように、本人だけというスタイルに戻して欲しい。それも女流落語家とあっては、雰囲気がぶち壊しだ。
ドラマ「ちりとてちん」の影響で、若い女の入門志望者が増えている由。NHKも迷惑なことをしてくれたものだ。

一席目は「与話情浮名横櫛 木更津」
談春が今年2月からシリーズで口演しているもので、今回が3回目。「木更津」の副題は前回と同じだが、今回は芝居なら「赤間別荘の場」に相当する。いわゆる責め場である。
木更津の親類の家に預けられた与三郎が、土地の顔役赤間源左衛門の愛妾「お富」と出会い、密会を重ねるようになる。その現場を源左衛門に踏み込まれ、見せしめに与三郎は全身を滅多切りにされて、二百両と引き換えに親類の家に送り届けられる。医師の手厚い看護により一命は取りとめ、江戸へ戻ることになる。
芝居では簀巻きにして海へ放り込まれるのだが、それなら落命した筈だから、落語の方がリアリティがある。
一方海岸へと逃げたお富は、追いすがる海松杭の松を振り切って、海へ身を投げる。
ここまでが今回のストーリー。
談春は口調がしっかりとしていて、聴いているうちに噺に引き込まれる。源左衛門や子分の松、与三郎の性格描写も良くできていたが、お富に情感が欠けていた。
このネタ長丁場だが、談春の実力をもってすれば、客は最後まで付いてきてくれる。

二席目は「文違い」
マクラで師匠談志のエピソードを紹介したが、談志の弟子の中では談春が一番師匠に心酔しているようだ。噺家が師匠のことを語るのは良いが、適度にしておかないと嫌味になる。
さてこのネタだが、新宿の女郎おすみは、田舎者の角蔵と半七を騙して金を巻き上げ、その金を情夫(イロ)の吉次郎の眼病の治療費として渡す。その吉次郎だが、実は他の女郎に金を貢いでいたことが、忘れていった手紙からバレルというお馴染のストーリー。
談春の演じる「おすみ」「角蔵」「半七」の描写がいずれも出色。噺のテンポも良く、途中ダレルこともなく、最後まで楽しめた。
こういうネタをやらせると、談春は唸るほど上手い。

充実した独演会だった。

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2008/03/23

「三三と菊志ん」@お江戸日本橋亭

Sanza江戸の時代、芝居は朝に開演し夕方まで上演されたので、女子供の世界だった。寄席は夕方から夜まで開かれたので、こちらは大人の男の世界と、相場が決まっていた。
処が、ここ最近の寄席は女性客が増えてきて、昨夜など前から2列までで男は私一人、段々肩身が狭くなってきた。一体男どもはどこに行ってしまったのだろうか。
その昨夜3月22日は、お江戸日本橋亭で「柳家三三と古今亭菊志ん」の会が行われた。共に落語界の次代を背負う素材であり、この二人、二ツ目時代から年に数回、二人会を続けてきた。独演会ももちろん大事だが、力が拮抗している同士が二人会をやるということは、互いに競い合って向上できる場になると思う。

古今亭菊志んは2007年に昇進した若手真打、芸風が明るいし高座もしっかりとした理論派の噺家だ。欠点はインテリ臭さが残っていることだろう。これが抜ければもう一皮剥けていくものと期待している。
一席目は「だくだく」。
マクラで噺家の評価は、仲間内と客では異なることを紹介。4パターンに分けて、
①人気はあるが仲間内の評価が低い。古今亭志ん輔と菊之丞の名が出ていた。
②仲間内の評価は高いのに人気が出ない。
③人気もあり仲間内の評価も高い。市馬の名が出た。
④人気もなく仲間内の評価も低い。ネタの中で鈴々舎馬桜の名がでたが、これは冗談だろう。
先日初めて、三三に誉められたが、今の調子を落としている三三に誉められても嬉しくないと、なかなか辛口のマクラ。
さて「だくだく」だが、壁に家財道具を描いてある家に入った泥棒が、色々なものを盗む「つもり」に、この家の住人がこれを捕らえる「つもり」と、粋な泥棒噺になっている。
菊志んは熱演であったが、全体にもう少し洒脱に演じて欲しいところ。また終盤の肝心なところで、槍を長刀と言い間違えたのは頂けない。

仲入り後は「兵庫舟」。
豪華客船の中で一席うかがっていたら、船酔いで気分が悪くなり、高座を中断してしまったことを話題に、三三の病気の話をマクラにふって、本題へ。
このネタは菊志んの十八番であり、現役の落語家の中では、恐らく菊志んが一番ではなかろうか。講釈がどんどん壊れていく箇所が、いつ聴いても面白い。

柳家三三、菊志んより1年前に真打に昇進した若手であるが、人気実力とも群を抜いている。今最も期待される若手だ。男前で様子が良いのも、人気にプラスしている。
一席目は「長短」。
気の長い泥棒が、これまた気の長い住人の家に盗みに入った小咄をマクラに本題へ。
長気と短気の男の対比の面白さを描くネタだが、これは三三に限らず、最近の噺家は気の長い男の喋りが早い。もっとゆっくり喋るようにした方が、より面白味が増すと思うのだが。
菓子を食べる仕草が良く出来ていた。

仲入り後は「花見の仇討」。
菊志んの高座をイジッタ後に、マクラで病気が「睾丸炎」だったことをカミングアウト。桜の開花の季節感を出しながら、本題へ。
面白かった。
登場人物の描写もしっかりと演じ分けていて、途中ダレルこともなく、最後まで緊張感を持続した良い出来だった。
菊志んは、最近の三三は低調だと評していたが、なかなかどうしての高座であった。

双方、ライバル意識を燃やした熱演が続き、満足した。

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2008/03/19

思い出の落語家9「落語ブームの立役者」三代目三遊亭金馬

Kinba戦後の落語ブームは、昭和26年の民間放送(ラジオ)開局がきっかけとなる。ちょうど戦後の混乱も収まり、人々が笑いを求めていた時期とも重なって、毎日のようにラジオ各局から寄席番組が放送されるようになった。当時どこの家庭でも茶の間に1台だけラジオがおかれ、家族全員が同じものを聴いていたわけだから、親が落語を聴けば子どもも一緒になって聴いていた。小学校でも前の日の寄席番組が話題となり、オマセな子になれば、同級生の前で一席うかがうこともあった。金馬の口調を真似て、「孝行糖、孝行糖、孝行糖の本来は・・・」などとやっていた。全国の大学にオチ研が次々誕生したのも、この時期だ。

今でこそ昭和の名人といえば、文楽、志ん生、圓生となっているが、当時で最も人気があったのは三代目三遊亭金馬である。落語ブームの最盛期とされる昭和34年に、金馬はラジオに113回、TVにも68回出演している。つまり2日に1回は金馬の落語が放送されていた勘定になる。フリーだった事を割り引いても、いかに金馬の人気が高かったを物語っている。
当時の落語ファンの大半は、金馬ファンだったと言っても過言ではない。小柄だが顔が大きく、ハゲ頭に乱杭歯がトレードマークだった。
昭和29年には電車にはねられ、片足を失ったが、それでも元気に高座をつとめていた。
三代目三遊亭金馬の名が全国に知れ渡ったのは、昭和4年に発売した「居酒屋」のレコードが大当たりになってからだ。昭和39年に死去したが直前まで高座に上がっていたから、通算すれば35年間落語界を支えていたことになる。
それまでの落語は寄席でしか聴かれない、東京や大阪に住むファンのものだった。ラジオやTVを通して全国区になったわけで、金馬の功績は大だ。

今回この記事を書くにあたって、改めて金馬の録音を30席ほど聴いたが、やはり上手い。「間」のとり方が絶妙なのだ。
若いときは講釈師をしていたせいか、口調がとても明快だ。人物の性格描写もはっきりとしていて、とにかく聴いていて分かり易い。特に「やかん」「転失気」「金明竹」など一連の前座噺は、落語のお手本と言っても良いだろう。
噺家も真打、大看板ともなると、いわゆる前座噺を高座にかけなくなる。大家が今さらそんなネタを・・・という面もあるだろうが、本当は上手く出来ないから、難しいから手を出さないのではなかろうかと、私は推測している。
だって、文楽の「金明竹」や志ん生の「やかん」など想像もつかないし、多分下手でしょう。

ラジオ番組の出演が多かったせいか、金馬の落語は15分前後の短いネタが多い。その一方人情噺にも長けていて、「唐茄子屋政談」「佃祭」など名品も数々ある。「高野違い」「万病圓」などは、金馬の死後、後を継ぐ噺家は出てこない。
創作意欲も強く、「勉強」は金馬の新作であり、「薮入り」や「居酒屋」を現在の形に改作したのも金馬の功績だ。マクラやネタの間に差し挟む薀蓄を聞いていると、この人が実に研究熱心だったという事が分かる。
先の「居酒屋」を始め「茶の湯」「小言念仏」などは金馬の極め付けであり、この人を越す高座にお目にかかったことがない。

残念なことに、金馬は当時の落語通とよばれる人たち、特に久保田万太郎や安藤鶴夫といった権威者にウケが悪かった。理由は恐らく次の点であろう。
①確かに噺は上手いのだが、観客の心を打たない。
②ネタの途中に入れるクスグリや薀蓄が、文士たちの眼からから見ると小賢しいとうつったのでは。
③多くのネタを放送用に15分前後に仕上げたのが、権威者から邪道と見えたのでは。
三代目三遊亭金馬は、「名人」とはいえなかったが、「名手」ではあった。純文学では無く、直木賞なのだ。そういう落語家はいつの時代でも必要であり、金馬への評価が低すぎるのはなかろうか。

余談だが、釣り好きの金馬が戦前通っていた釣具屋があって、そこの娘が東京大空襲で家と家族全員を失い、戦災孤児となっていた。それを聞いた金馬はその娘を自宅に引き取り、養女にして育て上げ、落語家に嫁がせた。その娘の名は海老名香葉子、林家三平の夫人であり、当代の正蔵、いっ平の母である。
金馬は人情家でもあった。

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2008/03/03

第346回花形演芸会@国立演芸場

Yuujaku3月1日の夜の部は花形演芸会。ビールを飲んで軽い食事をとり、再び国立演芸場に戻る。

・柳家初花「反対俥」
若いうちは変に「受け」狙いで小細工せず、真っ直ぐに行った方が良い。
・一龍斎貞橘「笹野名槍伝 海賊退治」
講談の大半は英雄豪傑伝だが、時代とかけ離れてきているのだろうか、聴いていても今一つピンとこない。
・鏡味正二郎「太神楽」
和傘の上で茶碗を回す芸は、いつ見ても感心する。
・林家彦いち「厩火事」
マクラで蘇民祭の参加した時のエピソードなどを披露していたが、確かにこの人、そのスジから人気がありそうな風貌だ。
マクラが長引いて、端折った「厩火事」になってしまったが、全体にもう少し丁寧に演じた方が良い。それと、女房おさきに色気が足りないのが致命的。

―仲入り―
・三遊亭円馬「蛙茶番」
典型的なバレ噺(艶笑噺)だが、円馬は終始丁寧に演じていた。この手のネタは、演者が照れてしまうと下品になり、面白くなくなる。正統派の「蛙茶番」となった。
・柳家紫文「俗曲」
師匠である柳家紫朝は実に良い喉をしているが、病を得てから高座に上がる機会が減ってしまい、とても残念だ。以前、新内の「蘭蝶」を聴いたことがあるが、ウットリとして聴き入ってしまった。それなのに、この弟子のテイタラク。師匠が「蘭蝶」なら、弟子は「乱調」。

トリは三遊亭遊雀で「御神酒徳利」。
とても面白かったが、評価は分かれると思う。
遊雀の演出は、オリジナルをかなりカットして、テンポの良い噺に変えていた。時間も10分以上短縮していたと推定される。その分ストーリー展開はスピーディーとなり、間然とするところがない。適度に入れられるクスグリも、会場を沸かしていた。
その結果、他の演者に有り勝ちのダレルこともなく、楽しい「御神酒徳利」となった。

反面、辻褄が合わない部分も出てきて、オリジナルの持つ風格を欠くという評価もあるだろう。
長いネタなので、まともに演じると普通の定席では掛けられない。かと言って時間に迫われると、筋だけを追うことになり、無味乾燥な出来になってしまう。
遊雀の試みは、それに対する一つの回答を示していると思われる。

通算すると8時間半、最後まで辛抱できたのは我ながらエライ。

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2008/03/02

“当たり”の喬太郎「竹の水仙」

Kyotaro53月1日は国立演芸場の昼夜ぶち抜き。末広亭や池袋演芸場では経験あるが、国立では初めて。先ずは昼の部、3月上席初日から。

・入船亭扇里「一目上がり」
・ロケット団「漫才」
面白さに磨きがかかってきた。4文字熟語の「三浦和義」で会場を沸かせた。二人の息がピッタリだし、「間」が絶妙。
・桃月庵白酒