寄席・落語

2021/02/27

落語議連が政府に支援を要請

超党派の「落語を楽しみ、学ぶ国会議員の会(落語議連)」が2月24日、加藤官房長官と萩生田文科相に、コロナウイルス禍で寄席の中止や減収が続く落語界の存続に向けて、給付制度拡充などの支援策を要望した。
新型コロナ感染拡大で寄席の昨年の売り上げは前年の4分の1に落ち込んでいて、都内でも鈴本演芸場が3月まで休業に追い込まれている。
議連の申し入れ書では、寄席文化の存続が困難な状況になっているとして、「我が国特有の文化芸術である『落語』『寄席』の灯が消えてしまうことのないよう」具体的な支援策を要請した。
同行した落語家の三笑亭夢太朗師は「寄席がなくなると文化の発信基地がなくなります」と窮状を訴え、議連のメンバーの共産党の小池晃議員は「『寄席』は日本の宝であり、コロナ禍でこそ『笑い』が必要です」と支援を求めた。
加藤官房長官らは、落語議連の要請を受け止め、支援対象要件の拡大などを表明した。
早急に支援が実行されることを切望する。

| | コメント (0)

2021/02/05

「落語」は不要不急か

2021/2/5付東京新聞に笑福亭たまが「不要不急の線引き」というタイトルのコラムを書いている。「不要不急の外出は控えるように」というお達しがもう1年近く続いているが、落語はそれに該当するだろうかという問題提起だ。多数決をとれば恐らく不要不急に区分されてしまうだろう。落語に限らず全てのエンタメはある人にとっては必要だが、他の人にとっては不要なものだ。落語ファンにとっては寄席や落語会に行くことは決して不要不急ではない。
かくいう当方も、「いま落語に行くことはないでしょう」という家族の声(多数意見)に押されて二の足を踏んでいるのだが。
たまによれば、当初は落語会を中止や延期するケースが多かったが、今では感染防止対策をとりながら開催することが増えてきたとある。噺家は始めの頃は「俺たちは不要不急だから」と自虐的だったが、今は「俺たちは必要なんだ!」と叫んでいる気がするとも。
噺家にコロナの感染者が出たことで、都内の定席が一時休席になったり、鈴本演芸場は3月20日まで休席という事態になっている。
心配なのはこのまま廃業する寄席が出はしないかという点だ。1950年~1970年にかけて多くの寄席が姿を消し、今は都内の定席は4軒だけになってしまった。落語界にとってそれだけは避けたいしファンとて同じ思いだ。
一部に落語をオンライン配信する試みがあるようだが、どれほどの意味があるだろうか。全ての公演は舞台と客との共同作業と言えるが、落語はとりわけその色が濃い。客が不在ではまともな芸が披露できるとは思えない。たまが「百回の稽古より1回の本番」と言ってるのも、そういう意味だろう。
自粛も我慢の限界にきているので、3月に入ったら落語を聴きに行こうと思っている。

| | コメント (8)

2020/12/27

2020年「演芸佳作選」

当ブログの恒例として年末にその年に聴いた演芸で優れたものを選び、「My演芸大賞」として発表してきたが、今年はコロナや自身の健康状態から演芸会に行く機会が少なかったので、2020年「演芸佳作選」として印象に残った高座を紹介する。
以下に演者、演目、月日、会の名称の順に記す。

瀧川鯉昇『ふたなり』1/12「究極のバレ噺Ⅱ」
笑福亭たま『ベッパーラッパー』1/13「笑福亭たま独演会」
桂吉坊『帯久』1/16「桂吉坊・春風亭一之輔 二人会」
古今亭志ん五『子は鎹』1/18「花形演芸会」
入船亭小辰『木乃伊取り』2/4「春風亭正太郎・入船亭小辰」
桂かい枝『星野屋』2/15「西のかい枝・東の兼好」
蜃気楼龍玉『お久殺しから土手の甚蔵』2/16「真景累ヶ淵」
柳亭左龍『名刀捨丸』2/22「花形演芸会」
春風亭一之輔『柳田格之進』2/26「春風亭一之輔 独演会」
桂文我『紺田屋』3/4「桂文我・桂梅團治 二人会」
古今亭志ん輔『お直し』11/7「にぎわい座名作落語の夕べ」
桂佐ん吉『火事場盗人』11/15「上方落語会」

古典をそのまま演じて奥の深さを感じさせたもの(鯉昇、吉坊、志ん五、小辰、一之輔、志ん輔)、珍しいネタを披露したもの(龍玉、左龍、文我)、新作を演じたもの(たま、佐ん吉)、それぞれが持ち味を発揮して好演だった。

| | コメント (2)

2020/12/14

COREDO落語会(2020/12/13)

第24回「COREDO落語会」
日時:2020年12月13日(日)13時30分
会場:日本橋三井ホール
<  番組  >
『挨拶』山本益博
前座・春風亭与いち『道具屋』
春風亭一之輔『雛鍔』
桃月庵白酒『寝床』
~仲入り~
柳家さん喬『棒鱈』
柳家権太楼『鼠穴』

会場の日本橋三井ホールは初だったが、1-14列目まではフラットのフロアーに椅子を並べた座席になっているので演者が見えにくいし、座り心地も良くない。15列目以後は傾斜のある座席になっている。舞台には緞帳も引幕もない。ホールとしては立派かも知れないが落語の会場としては適しているとは言えない。

与いち『道具屋』
ちょっと荷が重たかったか。

一之輔『雛鍔』
最近このネタをかける事が多いようだ。一之輔は小生意気な子どもを演じるのが得意なのでニンなんだろう。お店の旦那と植木職人との対話もそれぞれの性格が出ていて好演。
本人によるとあまり悩んだり落ち込んだりしない性分とのことだが、それも才能があればこそだ。

白酒『寝床』
このネタの演じ方には、先代文楽に代表されるような義太夫好きな家主の人物像や心の動きを中心とする演り方と、志ん生や枝雀に代表されるような長屋の住人や奉公人の反応を中心とする演り方がある。白酒は後者の演じ方だ。この人らしい笑いの多い高座だったが、噺全体の流れにもう少しメリハリが欲しい。

さん喬『棒鱈』
山本益博の解説によれば、人情噺の多いさん喬が好きな滑稽噺がこのネタだとか。好みもあるだろうが、私はさん喬の演じる滑稽噺の方が好きだ。

権太楼『鼠穴』
権太楼が昨年ネタ下ろししたものだそうで、70を過ぎてなおこうした大ネタに挑戦する姿勢は大したものだ。
オリジナルに大幅に手を加えていた。
①田舎から江戸に出てきた竹次郎が、金を貯めて手放した田地田畑を取り戻したいと兄に言う。これは終盤でも繰り返される。
②兄から3文貰って途方に暮れていた竹次郎に親切な人が大家を紹介してくれる。この大家が竹次郎に物置を無料で貸してくれたので、銭を通す緡(さし)や草鞋、鍋敷きを作り少しずつ金が貯まってゆく。
③竹次郎の製品を売りたいという世話人が現れ、販路が一気に拡がる。
④世話人の紹介で跡取りがいなかった質屋を竹次郎が引き継ぐことになり、10年後には大店の主人になる。
以上の様に、オリジナルでは竹次郎の努力で成り上がってゆくと描かれているが、権太楼の演出は周囲の人たちの善意によって支えられながら成功してゆく。オリジナルでは省いていた所に手を加え、リアリティを付加した意図が感じられる。
この演じ方が親切と思う人と、諄いと思う人もあるだろうが、そこは好みの問題。
気が進まぬ竹次郎がお礼を兼ねて兄に再訪するのも、番頭のたっての勧めという風にしていた。
思案にくれた竹次郎が娘と一緒に心中しようとした所を助けられるという具合に変えていたので、オリジナルの娘が吉原に売られる場面は無い。
全体として、『鼠穴権太楼バージョン』になっていた。
通常より更に20分ほど長く演じながら観客を引っ張っていった権太楼の力量には感心したが、ちょいと長すぎた感もあるかな。

| | コメント (2)

2020/11/23

寄席の唄(下)

今回は座敷唄の中から、寄席の音曲師によって今も高座で披露されている曲を選んでみた。

「梅が枝節」

梅が枝の手水鉢
叩いてお金が出るならば
若しもお金が出た時は
其の時や身請けを ソウレタノム

此の頃の米相場
あたりて儲けになるならば
若しも儲けになるならば
其の時や芸者衆を それ頼む

青柳の風の糸
結んでゑにしになるならば
若しもゑにしになるならば
桜の色香を それ頼む

詞は幕末から明治の作家・仮名垣魯文の作と言われる。節は当時日本で流行していた中国の音楽「九連環」(落語『らくだ』に出て来る「かんかんのう」と同じ)。
第1節は、浄瑠璃『ひらかな盛衰記・第4段』のパロディ。
替え唄も多く、よく知られているのは次のようなものがある。
お互いの胸と胸
合わせて子どもが出た時は
もしもその子がいい子なら
其の時やお役者 ソウレタノム
もしもその子が変な子なら
其の時や噺家 ソウレタノム

「春は嬉しや」

春は嬉しや 二人転んで花見の酒
庭の桜に朧月
それを邪魔する雨風が
チョイと散らして又咲かす

夏は嬉しや 二人転んで涼みの船
風がりんきで簾捲く
恋の瀬川に竿立たず
チョイト浮名が流れ行く

秋は嬉しや 二人転んで月見の窓
色々話しを菊の花
鹿と分からぬ主が胸
チョイト私は気を紅葉

冬は嬉しや 二人転んで雪見の酒
障子明くれば銀世界
話しが積もれば雪もつむ
チョイト解けます炬燵中

春の花見は 小室嵐山祇園の桜
夏は疎水の涼み船
秋の紅葉は永観堂
冬は丸山雪見酒

別題は「四季の唄」。「二人転んで」の部分は、今日では「二人揃って」と唄われる。

「東雲節」

何をくよくよ川端柳
別れが何んとしょ
水の流れを見て
東雲の明烏 さりとは辛いネ
てなこと仰いましたよ

潮来出島の真菰の中に
別れが何んとしょ
あやめ咲くとはしほらしい
東雲の明烏 さりとは辛いネ
てなこと仰いましたよ

遇いたさ見たさに飛びたつ斗(ばか)り
別れが何んとしょ
かごの鳥かや うらめしい
東雲の明烏 さりとは辛いネ
てなこと仰いましたよ

丸い玉子も切り様で四角
こがるる何んとショ
ものも言い様で角が立つ
東雲のストライキ さりとは辛いネ
てなこと仰いましたよ

何をくよくよ川端柳
こがるる何んとショ
水の流れを見て暮らす
東雲のストライキ さりとは辛いネ
てなこと仰いましたよ

蒸気出てゆく煙が残る
こがるる何んとショ
残る煙がしゃくの種
東雲のストライキ さりとは辛いネ
てなこと仰いましたよ

別名は「ストライキ節」。「てなこと仰いましたよ」の部分は、今日では「仰いましたかね」と唄う。同じく「蒸気」は「汽車は」と唄う。

「芝で生まれて」

芝で生まれて神田で育ち
今じゃめ組の アノ纏持ち

京で生まれて大阪で育ち
今じゃ南で アノ左妻 

芝できいたか上野の鐘を
あれは高輪 アノ泉岳寺

三浦三崎でドンとうつ浪は
可愛男の アノ度胸だめし

別名は「め組節」。「左妻」は芸者稼業。

「深川くずし」

丸髷に 結われる身をば持ちながら
意気な島田や 
ホントニソウダワネー
チョイト 銀杏返し
とる手も恥ずかし 左妻 デモネ

何時きても 柳に風の吹き流し
遠くなる気か
ホントニソウダワネー
チョイト 切れる気か
惚れたを見込んで 焦らすのか デモネ

お互ひに 思ひを遂げて去年よりの
胸もさらりと
ホントニソウダワネー
チョイト 新玉の
晴れて嬉しや 今朝の雪 デモネ

神長瞭月と山口凌雲の共作。オリジナルでは「デモネ」の後に終了を示す「トン」が付けられていた。

「さのさ」

人は武士 花は桜田御門の前で
時の大老掃部様 アリャ
三月三日のご登城先で
水戸の浪士が真っ赤な雪降らす サノサ

敷島の 大倭心を人問わば
朝日に匂う山桜 アリャ
誘う嵐にネー 散る花も
心ぞ真の大倭武士 サノサ

花ずくし 山茶花 桜か水仙か
寒に咲くのは梅の花
牡丹 芍薬 ネー百合の花
おもとの事なら南天 菊の花 サノサ

丸髷に 結わるる身をば持ちながら
時節を待てとの仰せゆえ
今日の苦労も ネーするわいな
晴れて沿う日は何時の事 サノサ

手をとりて グッドバイよと二足三足
別けれかねてはまた戻り
互いに見交わす ネー顔と顔
何も云わずに目に涙 サノサ

君は今 駒形あたり時鳥
啼いて明せし胸のやみ
月の顔見りゃ ネー思ひ出す
欄干(てすり)にもたれて独りごと サノサ

八重一重 山も朧に薄化粧
娘盛りはよい桜花
嵐に散りて ネー主さんに
逢ふてなま中 跡くやむ サノサ

打ち水に 昼の暑さを忘れてし
雫の山の草の葉に
月も宿りて ネー涼風の
添ふて沢辺に啼くかはず サノサ

惚れて チョイト通えば千里が二千里も
今じゃ電車も汽車もある
アーリア電気も瓦斯灯も 立ててある
こちゃ恋路にや迷わせぬ サノサ

賑やかな 町のさわぎがいやになり
田舎に住めば友もなく
鳥の声にも ネー聞き飽きて
又も都が懐かしい サノサ

第1節は、井伊大老が暗殺された桜田門外の変を詠んだもの。第2節は本居宣長の短歌による。「丸髷」は結婚した女性の髪型。

| | コメント (0)

2020/11/21

寄席の唄(中)

「縁かいな」

夏の涼みは両国の
出舟入船屋形船
あがる流星ほし降り
玉屋が取り持つ縁かいな

二人暑さを川風に
流す浮名の納涼船(すずみぶね)
あわす調子の爪弾きは
水も漏らさぬ縁かいな

ちらりと姿を三囲(みめぐり)の
仇し契りを枕橋
恋の闇路を言問いの
お茶屋が取り持つ縁かいな

思うお方と思わずも
手に手重ねし嬉しさに
顔も小倉の夕紅葉
かるたが取り持つ縁かいな

積るうらみは夜の雪
心赤穂の武士(もののふ)が
堪えかねたる主の仇
せめ込む前後の門かいな

小野の小町に深草が
通いつめたる九十九夜
いつしかつれない落とし穴
これぞ骨折りぞんかいな

大阪上りの徳永里朝がこれを「議論かいな」「苦界かいな」と唄い変えて人気を博した。後半は小倉百人一首や赤穂浪士の討ち入り、小野の小町の伝説を織り込んでいる。

「きんらい節」

浦里がア 忍び泣きすりゃ縁も共に
貰い泣きする明烏アす
キビスガンガン イカイドンス
キンギョクレンスノ スクレンボウ
スチャマンマン カンマンカイノ
ヲビラボウノ キンライライ
あほらしいじゃ をまへんか
かみさんきててや をまへんか
毎晩きててや をまへんか
おおきーに はばかりさん

すりばちいをウ
伏せてながむりゃ三国一の
味噌を摺るがの不二の山
キビスガンガン イカイドンス
キンギョクレンスノ スクレンボウ
スチャマンマン カンマンカイノ
ヲビラボウノ キンライライ
あほらしいじゃ をまへんか
かみさんきててや をまへんか
毎晩きててや をまへんか
おおきーに はばかりさん

千両箱 不二の山ほど有ってもいらぬ
冥土の土産になりはせぬ
キビスガンガン イカイドンス
金側竜頭の時計下げて スチャマンマン
金満家の札びら切って イライライ
キビスガンガン イカイドンス
キンギョクレンスノ スクレンボウ
スチャマンマン カンマンカイノ
ヲビラボウノ キンライライ
あほらしいじゃ をまへんか
かみさんきててや をまへんか
毎晩きててや をまへんか
おおきーに はばかりさん

盃を取りあげ顔打ちながめ
そうもお前は呑みたいーか
一盃 二盃 三盃 四盃
スコボコノンデ ヨイタンボノ
スッテンテレツク スッチャンチャンノ
ヲベラボウノ ユカイカイ
キビスガンガン イカイドンス
キンギョクレンスノ スクレンボウ
スチャマンマン カンマンカイノ
ヲビラボウノ キンライライ

落語家の騎江亭芝楽作とされている。リフレンの部分は意味不明のようだが、金権や選挙干渉が立憲政治にとって詰らぬ事だという解釈があるようだ。

「琉球(りきゅう)節」

琉球と鹿児島と 地続きならば
通うて酒盛りして見たい
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガンヨ セッセ

児(ちご)が前髪 切らしゃるならば
妾(わ)しも止めましょ 振袖を
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガンヨ セッセ

琉球へおじゃるなら 
草鞋はいておじゃれ
琉球は石原こいし原
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガン

花は霧島 煙草は薩摩
ういて上がるが桜島
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガン

逢いはしなんだか玄界灘で
二本柱の帆前船
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガン

落語ファンならお馴染みのネタ『棒鱈』で、江戸っ子の隣の部屋にいた薩摩の侍が第3節を手拍子で唄う。「児(ちご)が前髪 切らしゃるならば 妾(わ)しも止めましょ 振袖を」の部分は、あなたが元服するなら私はお嫁になりますの意味。

| | コメント (0)

2020/11/18

寄席の唄(上)

明治期に寄席で流行った唄をいくつか紹介する。元はわらべ唄や俗謡だったものが寄席を通して広く知られるようになった曲が多く、現在も寄席で披露されているものもある。出典はいずれも「近代はやり唄集」(岩波文庫)より。

「すててこ」

向ふ横町のお稲荷さんへ一銭あげて
ざっと拝んでお仙が茶屋へ
腰を掛けたら渋茶を出して
渋茶よこよこ横目で見たらば
米の団子か土の団子か
団子団子で此奴は又いけねえ
ウントサノドッコイサ
ヨイトサノドッコイサ
ウントサノドッコイサ
ヨイトサノドッコイサ
せっせとお遣りよ

さても酒席の大一座
小意気な殿御の振事に
端唄に大津絵 字余り都々逸
甚句にかっぽれ 賑やかに
芸妓に浮かれて 皆さん御愉快
お酌のすててこ 太鼓たたいて
三味線枕で ゴロニャンニャン

初代三遊亭圓遊(鼻の圓遊、ステテコの圓遊)が寄席で、自分の大きな鼻を捨てる仕草をして「捨ててこ、捨ててこ」と言いながら踊ったのが人気を博した。
ここに出て来るお稲荷さんは谷中の笠間稲荷で、笠間とかけて瘡(かさ)の治癒を祈る人は土の団子を、治った人は米の団子を備えた。「お仙」は笠間稲荷前の茶屋「鍵屋」の看板娘で浮世絵のモデルにもなった。

「ヘラヘラ」

赤い手拭 赤地の扇
それを開いてお目出たや
ヘラヘラヘエノ ヘラヘラヘエノ
太鼓が鳴ったら賑やかだよ
ほんとにそうなら済まないね
トコドッコイ
ヘラヘラヘエノ ヘラヘラヘエノ

諸色が高くて不景気ダアヨ
三度の御膳も食えないよ
腹腹腹 空(へる)空空

おどけの元祖は○珍ダアヨ
ほんとにお臍の皮は寄る
カラカラカラ ゲタゲタゲタ

火事と泥棒は真っ平ダアヨ
逢うたびからだが縮まるよ
ガタガタガタ ブルブルブル

お髭があっても醜男デーモ
寝児ならお金で直ぐほれる
片羅(ヘラ)片羅片羅 転(コロ)転転

大暑になったらかくらんダアヨ
ほんまにこれらじゃ助からぬ
ゲロゲロゲロ ビリビリビリ

初代三遊亭萬橘(ヘラヘラの萬橘)が赤い手拭い、赤地の扇子を手にして、へらへら節を唄いながら奇妙な手つきで踊ったのが人気を博した。
「○珍」は「団団珍聞(まるまるちんぶん)」の略称。「寝児」は芸者。

「テケレツパ」

さへる十五の わしゃ月なれど
人がくもりをかけたがる コリャ
西からそよそよこい風で
心のくもりもさっぱりと
はれたらお星が たんとたんと
テケレツパ

とかく浮世は 苦娑婆(くしゃば)とやらで
ほしがる大家にゃお子がない コリア
食わせるあてない 貧(びん)つくは
あしたの兵糧もないくせに
子だからばっかり たんとたんと
テケレツパ

いまじゃひらけて 高野の山も
女きんぜい やめになり コリア
にくじき さいたい お許しで
へっつい ざんぱつ 女房もち
これから子どもが たんとたんと
テケレツパ

なんといわりょが 世間は世間
わたしゃわたしで 惚れたひと コリア
すえには手鍋をさげるとも
一生そうのが楽しみと
いつでものろけが たんとたんと
テケレツパ

浮気よする気は すこしもないが
ほれたおかたが あるばかり コリア
浮かれた座敷の大一座
芸者は二上がり三下がり
銚子のおかわり たんとたんと
テケレツパ

うちのおかかは大黒ゑびす
いつもにこにこ福のかみ コリア
はいはい気軽にともかせぎ
そのうえ夜なべもだいすきで
働きあお札も たんとたんと
テケレツパ


4代目立川談志(釜掘りの談志)が羽織を後ろ前に来て、手拭いを4つにたたんで後ろ捻り鉢巻、扇子を半開きにして衿元へはさみ、座布団を脇に抱えて「そろそろ始まる郭巨の釜掘り、テケレッツのパッ!」と言いながら高座を歩き回った。「ステテコの」初代三遊亭圓遊、「ヘラヘラ節の」初代三遊亭萬橘、「ラッパの」 4代目橘家圓太郎と共に明治の「珍芸の四天王」と言われもてはやされた。

| | コメント (0)

2020/11/16

第67回「上方落語会」(2010/11/15)

第67回「上方落語会」
日時:2020年11月15日(日)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
桂華紋『道具屋』
桂文鹿『紙相撲風景』
『出演者によるトーク』
  《仲入り》
桂雀太『代書』
桂佐ん吉『火事場盗人』

横浜にぎわい座の第67回「上方落語会」は2019年の各種受賞者のメンバーを揃えた旬な顔ぶれ。
お目当ては、初見の桂華紋。

華紋『道具屋』
2010年 桂文華に入門
2019年 第6回NHK新人落語大賞を受賞
確かに上手いし高座に華がある。『道具屋』はちょうど漫才のボケとツッコミに似た会話で構成されているが、このツッコミの「間」がとても良い。このネタでこんなに笑ったのは久々だ。

文鹿『紙相撲風景』
1994年 桂文福に入門
2019年 第14回繁昌亭大賞奨励賞を受賞
お馴染み『相撲風景』を本人の趣味である紙相撲に置き換えたネタ。子ども遊びとは異なり、本場所から番付まである大人の趣味とのこと。大相撲の蘊蓄満載で、とりわけ力士の形態模写が面白かった。上方にはこうした一芸のような人がいるのが強味だ。

『出演者によるトーク』では、コロナ前後で繁盛亭の客層が変わってきたとのこと。東京の寄席ではどうだろうか?

雀太『代書』
2002年 桂雀三郎に入門
2016年 NHK新人落語大賞を受賞
2019年 文化庁芸術祭賞新人賞を受賞
風貌のせいもあるかも知れないが、芸はもう若手というより中堅に近い印象。
『代書』は大師匠の枝雀に比べ人物のデフォルメを抑え気味にして演じていたが、最後に「ポーン!」と爆発させてサゲた。

佐ん吉『火事場盗人』
2001年 桂吉朝に入門
2011年 文化庁芸術祭賞新人賞を受賞
2015年 NHK新人落語大賞を受賞
2019年 国立演芸場花形演芸大賞金賞を受賞
ネタは小佐田定雄作の創作落語。
京都で空き巣に入ろうとして火事騒ぎに巻き込まれた泥棒、店の主人が慌てて女の赤ん坊を入れたつづらを奉公人と間違えて泥棒に渡してしまう。家に帰ってつづらを開けると中から赤ん坊が出てきて驚く泥棒夫婦。焼け跡を訪ね歩き親を探すのだが見つからず、そうこうしている内に夫婦は自分たちの子どもとして育てる決意をし、自宅を堺に引っ越しやがて18年が経つ。今は泥棒の足を洗って職人になった男が、娘を連れて京都の誓願寺に。寺の前の茶店で、娘が買い物に行っている間に、そこの主人の身の上話を聞きいていると、火事の時の店の主人であることが分かる。男は娘を本当の父親に返そうとするが、主人は今まで通り娘を育ててあげてと頼む。去ってゆく二人を見送る主人に娘が近づいてきて、一言「お父ちゃん」。娘は事情を察していたのだ。
前方の雰囲気からガラっと変わって人情噺風の展開だったが、佐ん吉の高座はそれぞれの人物を演じ分けていて惹き付けられた。

4人の実力派による競演、結構でした。

| | コメント (0)

2020/11/08

第280回「にぎわい座名作落語の夕べ」

第280回「にぎわい座名作落語の夕べ」
日時:2020年11月07日(土)18時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・桃月庵あられ『饅頭こわい』
柳亭小痴楽『磯の鮑』
立川生志『紺屋高尾』
   《仲入り》
三遊亭兼好『お見立て』
古今亭志ん輔『お直し』

11月の「にぎわい座名作落語の夕べ」は廓噺特集。吉原入門編から最後のケコロまで、工夫を凝らしたラインナップ。

あられ『饅頭こわい』
師匠に似て声がよく透る。

小痴楽『磯の鮑』
小痴楽の良さは、独特の愛嬌というか色気というか演者自身の魅力にある。一見、粗いように見えるが細部が工夫されていて、吉原初心者の与太郎の姿が良くできていたし、花魁とのチグハグな掛け合いも楽しかった。ミスしても許されるのは芸風か。

生志『紺屋高尾』
似たネタに『幾代餅』があるが、こちらの方が噺としてよくできている。それは紺屋の奉公人である清蔵の指が青く染まっているのに高尾が気付いていたにも拘らず、初回の清蔵とお床入りしてしまう。つまり、その時点で清蔵が正直に打ち明けてくれたら夫婦になるという覚悟ができていたわけだ。
この物語は女郎の再就職の話でもある。年季が明ける女郎にとって先行きは、
①ランクを落として女郎を続ける
②オバサンとなって店に残る
③金持ちのお囲い者になる
④いい相手を見つけて結婚する
となるが、高尾は④の道を選んだわけだ。高尾にとっては、働き者で正直な清蔵を結婚相手に選んだのだ。
生志は熱演だったが、高尾に色気と品が欲しい。

兼好『お見立て』
このネタは志ん朝の名演があり、それと比較してしまうのでどうしても点数が辛くなる。花魁の喜瀬川、仲どんの喜助、客の杢兵衛、それぞれの姿をもっとクックリと描いて欲しかった。

志ん輔『お直し』
生活力のないグウタラ亭主に懸命に尽くす女房、今の世でも珍しくない夫婦の姿だ。どこまでも堕ちてゆくにも拘わらず、それでも亭主に尽くす女の姿は意地らしく哀しい。
志ん輔の高座は、そうした男女の姿を鮮明に描いていた。特に夫婦が互いの愛情を確かめあう最後の場面は胸が打たれる。
ここ数年で見た『お直し』の中では最高の高座だった。

やはり落語はライブだ。

| | コメント (2)

2020/11/01

国立演芸特選会(2020/10/31)

「国立演芸特選会」
日時:2020年10月31日(土)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・桂しん乃『雑排』
雷門小助六『紋三郎稲荷』
三遊亭圓馬『天災』
鏡味味千代『曲芸』
桂雀々『口入屋』

国立演芸場10月特別企画として、トリに桂雀々を迎えての「国立演芸特選会」、客席の前後左右が空いているのでとても見やすい。

しん乃『雑排』
未熟なのか個性なのか意図的なのか判然としないが、変わった喋りかただ。

小助六『紋三郎稲荷』
狐が人を化かす噺は多いが、自分を狐と称して他人を化かすというネタ。本物の狐が「人間は化かすのがうまい」と感心するとういうサゲが効いている。
このネタを得意としている扇辰に比べ、小助六は抑え気味に演じていたが好感の持てる高座だった。

圓馬『天災』
乱暴者だが、心学の先生の説明にすっかり共感してしまう八五郎の人物像が巧みに描かれていた。八が夫婦喧嘩をしていた熊に、心学を真似て的外れな教訓を垂れる場面が良くできていた。

雀々『口入屋』
東京では『引っ越しの夢』として演じられているが(9代目文治は『口入れ屋』だった)、やはり本家の上方の方が断然面白い。特に一番番頭のスケベぶりが上方版では際立っている。
初お目見えの女中が店先で逡巡する様子を「頭と尻を七三に振って、ボウフラが洪水にあったような格好」を雀々が実演してみせたのはご趣向。
夜這いに失敗した3人の狼狽ぶりも上手く描かれていた。

コロナ対策でやむを得ないのだろうが、2時間の公演時間は物足りなさが残る。

| | コメント (4)

より以前の記事一覧