寄席・落語

2020/03/27

令和元年度「花形演芸大賞」

国立演芸場より、令和元年度「花形演芸大賞」の受賞者が下記の通り発表された。

【大賞】 
古今亭文菊(落語)
【金賞】
菊地まどか(浪曲)
入船亭小辰(落語)
古今亭志ん五(落語)
桂佐ん吉(上方落語)
【銀賞】
桂小すみ(音曲)
笑福亭喬介(上方落語)
まんじゅう大帝国(漫才)
瀧川鯉八(落語)

暗いニュースばかり続くので、たまには明るいニュースも。
大賞の文菊、本人には失礼だが意外だった。今年は神田伯山かと思っていたから。
文菊にとってはやや遅きに失した感もあるが、人物描写に関しては若手の中でも屈指だ。これからも本格古典の名手としての道を歩んで欲しい。

金賞の浪曲師のまどか、美声を生かした華やかな舞台が印象的だ。
小辰は当ブログでも再三とり上げているが、進境著しい若手だ。二ツ目の金賞受賞は初ではなかろうか。それだけ将来を嘱望されているという証だろう。
志ん五、地味ながら芸の確かさには定評がある。近ごろやたら大声を出したりはしゃいだりする若手が多い中で、この人は癒し系だ。
佐ん吉、有望な若手の多い上方落語の中でも傑出していると言えよう。
こうした注目してきた若手が評価されているのは嬉しい。

銀賞の小すみ、久しぶりに音曲の若手(年齢ではない)で上手い人が出てきた。
漫才のまんじゅう大帝国、二人とも噺家の出身だそうで、落語をネタに織り込んだ舞台が印象的だった。
鯉八、私の好みとは言えないが、異色の新作には評価が高い。
笑福亭喬介は未見。

6月の表彰式を楽しみにしている。

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2020/03/20

桂宗助が「二代目桂八十八」を襲名

上方落語の桂宗助(56)が「二代目桂八十八(やそはち)」を襲名することになり、2021年夏にも襲名披露公演を行う予定となった。
八十八は、宗助の師匠・桂米朝の俳号で「米」という文字をばらした「八十八」を、俳句をよむ際に愛用していた。先人の俳号を名跡として襲名する風習は、上方落語や歌舞伎界で古くからあるという。
宗助は「俳号とはいえ、米朝が名乗っていた名前を継ぐのはプレッシャー。研さんしていかなければならない」と語っている。八十八襲名の声が以前から上がっていて最初は固辞していたが、兄弟子らの説得で決意したという。
東京の方にはお馴染みが薄いかも知れないが、師匠の米朝の芸を受け継ぐ品の良い高座が特長。
特に『たちきれ(立ち切り。たちぎれ線香)』での、いきりたつ若旦那を煙草を一服吸ってからいさめる番頭の姿が感動的であったのが強く印象に残っている。
襲名披露興行を楽しみにしている。

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2020/03/06

落語『紙入れ』と、話題のあの人のこと

たまには下世話なネタを。
落語に『紙入れ』という演目がある。落語ファンならお馴染みのネタだ。
小間物屋(貸本屋という設定もある)の新吉、得意先の商家の新造から今夜は旦那が帰らないから遊びに来てくれと手紙をもらう。旦那には気が咎めるが新造には逆らえず店に出かける。
待っていた新造は新吉に酒を勧め、今日は泊っていけと言い寄る。誘惑に負けた新吉が隣の間に敷いてある布団に入ると、後から長襦袢1枚になった新造も布団に。
そこに表の戸を叩く音、帰らぬはずの旦那が帰って来たのだ。驚きうろたえる新吉を尻目に、新造は落ち着いて新吉を裏口から逃がす。
無事に逃げ出した新吉だが、紙入れを忘れたことに気付く。紙入れは以前に旦那から貰ったものだし、中には新造から貰った手紙も入っていた。
心配でまんじりともしなかった新吉が、翌朝いても立ってもいられず旦那の店に行く。新吉が浮かぬ顔をしているのを見て旦那があれこれ聞き出すと悩みは女のことだと言う。旦那は何をしてもいいが、主ある花だけはよせと説教するが、新吉はその相手というのが世話になってる店の女房だと言い、昨晩の出来事を恐る恐る他人事として語りだす。心配なのは忘れてきた紙入れが旦那に見つからなかったかと。
そこへ現れたのが当の新造。
「それは大丈夫と思うわ。だって旦那の留守に若い人を引っ張り込んで楽しもうとするくらいの女だから、そこに抜かりないと思うよ。新さんを逃がした後に回りを見て、紙入れがあればきっと旦那に分からないようにしまってありますよ。ねえ、あなた」
ご機嫌な旦那。
「そうとも。よしんば見つかったところで、自分の女房を取られるような野郎だよ。まさかそこまでは気がつかねえだろう」

「町内で知らぬは亭主ばかりなり」で、寝取られたのも知らず呑気な旦那だ。
でも待てよ、もしかしたらこの旦那は全てを知っていながらトボケテいるとしたら、この結末の解釈は全く変わってくる。
実は上方落語の中にはこの続きがあり、
新造「その間抜けな旦那の顔を見たいものですね」
すると旦那が顔を突き出して「おおかた、こんな顔だろう」
ね~、こっちの方がずっと怖いでしょ。

そこで今、思い出したのが話題のアノ人。
コトの経緯が『紙入れ』を連想させるし、
「私は妻のことを信じております。このことで夫婦の絆が壊れることもございません。離婚することも1億%ございません。この程度のことで絆が切れるということはない。あとは、私のかけがえのない妻を世間の目から守る。命がけで守る。それだけでございます」
というコメント、『紙入れ』の旦那もそんな心境だったのかな。

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2020/03/05

「桂文我・桂梅團治 二人会」(2020/3/4)

第23回「桂文我・桂梅團治 二人会」
日時:2020年3月4日(水)18時30分
会場:国立演芸場
<  番組  >
開口一番・月亭秀都『鉄砲勇助(弥次郎)』
桂文我『大黒の読切』
桂梅團治『ねずみ』
~仲入り~
『対談』桂文我・桂梅團治
桂梅團治『兵庫船』
桂文我『紺田屋』

今週は3本の落語会を予定していたが、新型コロナウイルスによる自粛の影響で2本が中止、延期となり、この会だけになってしまった。
さすがに客の入りは少なめで、客と客の間の距離が空いていたので感染防止には有効だったかも。
だが高座は熱演続きだった。
梅團治が仕事が無くなってしまい収入が断たれ、しばらく食いつないでいくにのどうしようと思ってると言っていたが、噺家など芸人も日銭の暮らしなので大変なようだ。

文我『大黒の読切』
この間の政府の対応にかなり腹を立てていて、その思いのたけを10分ほど語っていた。人生幸朗みたいだった。最近では噺家がこうした事を言いたがらない風潮についても嘆いていた。
ネタは文我が、昔の速記本を掘り起こして再構成したもの。確かに速記とはだいぶ異なっていて改作と言えよう。
落語と異なって講談や浪曲の連続ものには『切れ場』というのがある。
文我の高座では、冒頭に「森の石松・金毘羅代参」の序を講談で披露してから(中身は廣澤虎造の啖呵だったが)、二人の男の会話に入る。
男が、秀吉が三面の大黒を破壊しておいて東山に盧舎那仏を建立した訳を訊くと、相手が日本は神仏習合で神から仏になるのだと。生まれたら氏神様にお参りし、死んだら寺に葬る。陽は東の神から上がり西の仏に沈む。皆そうだ。
男は、それなら寺の梵妻を大黒と呼ぶのは、仏から神にしていて逆ではないかとツッコムと、続きは席を改めてと切れ場で逃げるというもの。
確かに珍品。

梅團治『ねずみ』
元は浪曲の廣澤菊春(面白い浪曲師だった)から教わった3代目桂三木助が落語に仕立ててもので、名作として東京の高座でお馴染み。
これを梅團治が故郷の岡山に場所を移し上方落語に直したもの。
ストーリは東京のものと同じで、ねずみ屋の主人の身の上と、倅の健気さに打たれた左甚五郎がねずみを彫るまでを丁寧に演じた。
こうして聴いて観ると、上方のネタとしても全く不自然さはない。

『対談』で、二人とも大阪から東京へは車で来ていることを初めて知った。弟子やお囃子の人、荷物を積んでくるので車の方が経済的なんだろう。文我の自宅が資料室みたいだとか、いつもご夫婦で一緒に活動しているとか、そんなエピソードも。

梅團治『兵庫船』
金毘羅詣りの帰路、兵庫から大阪の天保山までの船旅というお馴染みの噺。梅團治の飄々としてどこか温か味のある芸が活きていた。

文我『紺田屋』
三条室町に紺田屋忠兵衛という縮緬問屋があり、そこにお花という18歳の今小町と評判の娘がいた。このお花、ふとしたことから床に伏せってしまい医者もお手上げの始末。お花は忠兵衛に、自分が死んだら一番好きな着物着せて綺麗に化粧もして頭陀袋に50両を入れて葬ってほしいと頼む。そして四条新町しん粉屋新兵衛のしん粉餅が食べたいと言ので、忠兵衛がお花の口に入れて食べさせていると、お花の喉に餅が詰まり息を引き取ってしまう。忠兵衛夫婦は泣く泣く娘の遺言通り死に化粧をして着物を着せ、50両を首から提げさせて棺桶に納め、四条寺町大雲寺に葬った。
その夜中、手代の久七が50両もの通用金を埋めると罪になると言うので、寺に忍び込みお金を掘り起こす。50両が入った袋を引き上げると、その弾みでお花の喉に詰まった餅が下に通って、お花が生き返る。今さら店に戻れず、そしてお花が伏せっていたのも久七への恋患いだったとうち明け、二人してその50両を持って東国へ逃げる。
娘に先立たれた忠兵衛夫婦は、商売も手に付かず奉公人にも去られ、店をたたんで四国西国の霊地を巡り、最後に木賃宿に泊りながら江戸に出て、浅草の観音さんに詣でます。そこに「紺田屋」という名の暖簾を掛けた商家が。その主人こそ手代だった久七で、忠兵衛夫婦を座敷に上げてお花との再会を果たす。
人生山あり谷あり、苦しい事も多いが、生きていればきっといい事があるという人生賛歌の物語。
今は厳しい状況だが、希望は捨てずに行こうと、文我に励まされた気分になった。

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2020/02/27

「春風亭一之輔 独演会」(2020/2/26)

みなと毎月落語会「春風亭一之輔 独演会」
日時:2020年2月26日(水)19時
会場:赤坂区民センター ホール
<  番組  >
前座・春風亭与いち『紙入れ』
春風亭一之輔『のめる(二人癖)』
春風亭一之輔『雛鍔』
~仲入り~
春風亭一之輔『柳田格之進』

国立演芸場の各主催公演が次の様に中止となった。
3月上席公演 3月1日(日)~3月10日(火)
3月花形演芸会 3月7日(土)
3月中席公演 3月11日(水)~3月15日(日)
さすが国立、政府の方針に敏速に反応したね。
今のとこ他の定席には動きはない様だが、落語会の中には中止を決めている所も出ている。季節は春を迎えるが芸能人にとっては冬の時期に入ることになる。
この会も完売だった様だがいくつか空席があったのは新型コロナウイルスの影響か。

「春風亭一之輔 独演会」、先ず評価したいのは前座を除けば演者は一之輔一人だけ、これが本来の独演会の姿だ。3席演じてくれたのも嬉しい。
ただ、みなと毎月落語会はこの会場のキャパでありながら囃子はテープだし、プログラムも無し。「立川企画」はしみったれだね。

一之輔『のめる(二人癖)』
何とか相手の口癖「つまらない」を言わせようと隠居が最初に知恵を授けたのとが、大根100本をぬか漬けするのに醤油樽に詰まるか?だった。これが失敗すると隠居が次に詰め将棋のアイディアを出してくるが、「こっちを先に言ってくれよ」とツッコム所が一之輔らしい。
処で、「都詰め」って皆さんご存知なんだろうか。将棋をした事があれば知っているだろうが、将棋盤の中心で王を詰めるという難題だ。角と金銀に歩が3枚では到底「つまらない」。
将棋の駆け引きから最後のサゲまで一気呵成の高座だった。

一之輔『雛鍔』
子どもを上手く演じる人は例外なく噺も上手い。志ん朝が典型だった。
一之輔も子どもを描くのが巧みで、このネタでも子どもの貴賤の演じ分けが良く出来ていた。

一之輔『柳田格之進』
一之輔が1席目のマクラで、今日ここに来られなかった方にも届くように演じると言って、ちょっと照れ笑いをかべていたが、そうした気迫が場内に伝わるような高座だった。
このネタの勘所は、柳田格之進と万屋源兵衛の品格が出せるかどうかだ。同じ品格と言っても片方は武士であり、片方は商人だから自ずから人物像は違っていなくてはならない。
番頭の徳兵衛に50両を盗んだとの疑いを掛けられた時の格之進の屈辱や無念さをグッと呑み込む姿が良かった。翌日、格之進が娘に手紙を渡し縁者に届けるように言う時に、平然を装いながら覚悟を決めていた格之進の表情もいい。だから娘が「お腹を召すおつもりでしょう」と見抜くのだ。
50両が出てきて疑いが晴れた格之進が店に乗り込む際の、儀礼は尽くしながら主人と番頭を手討ちにするという揺るぎない決心も表現されていた。しかし、主人と番頭が互いに相手をかばい合う姿を見て将棋盤を切り裂く格之進。
一之輔の高座では、娘は既に格之進が身請けし、婚礼を控えて静かに過ごしているという設定にしていた。その婚礼の費用を万屋源兵衛が出すことに決まり、「また格之進様とは碁会所で一番お相手致しましょう」で終演したのも後味が良い。
堂々たる一之輔の高座、結構でした。

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2020/02/23

「花形演芸会」(2020/2/22)

第489回「花形演芸会」
日時:2020年2月22日(土)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・林家彦星『やかん(序)』
三遊亭美るく『半分垢』
入船亭小辰『いかけや』
まんじゅう大帝国『漫才』
鈴々舎馬るこ『八幡様とシロ』                                          
   ―仲入り―
柳亭左龍『名刀捨丸』
坂本頼光『活動写真弁士』  
桂雀太『八五郎坊主』

いよいよ上方落語協会が東京で定期的な落語会を開くが、近ごろ上方の若手の充実ぶりは目を瞠るものがある。パッと思いつくだけでも、たま、吉坊、佐ん吉、鉄瓶、福丸、そしてこの日のトリ雀太と、他にも知らない人が大勢いるかも。まさに綺羅星のごとくだ。
それぞれ噺が上手いが、加えて芸人として魅力がある。そこが大事なのだ。

美るく『半分垢』
初見。喋りのリズムがいい。

小辰『いかけや』
この人、いい感じで突き抜けてきた。いずれ師匠を超えるだろう。

まんじゅう大帝国『漫才』
初見。出だしは固さが見られてが、途中からエンジンが掛かってきた。落語家出身らしく落語ネタを採り入れてのトーク、「また夢になるといけない」のサゲも気が利いている。

馬るこ『八幡様とシロ』
タイトルの通り『元犬』の改作。神様が出てきて白犬を人間にしてやるが、元が犬だと知れたら取り消すという条件を付けられるというストーリー。力技で受けていた。

左龍『名刀捨丸』
木曽の山奥、美濃村の百姓の倅で治太郎、治三郎という兄弟がいる。兄の治太郎は子供の頃から手癖が悪く勘当になって村を出ていく。一方、弟の治三郎は親孝行で、江戸・日本橋の佐野屋という店に奉公に出る。懸命に働き20両という金が出来、治三郎は親を喜ばそうと美濃村に帰るが、途中で道に迷い盗賊に身ぐるみ剥がれてしまう。せめて獣除けにと錆だらけの刀を受け取り、再び江戸の佐野屋に戻る。佐野屋の主人がこの錆びた刀を見て名刀と気付き研ぎに出して整えると、武士が50両で買い上げてくれた。治三郎はその金を持ってまた盗賊の家を訪ねると病に伏せって女房の看病を受けていた。盗賊に半分の25両を渡し真人間になるよう説諭するうちに、正体が分かれた兄の治太郎だと分かる。一緒に美濃村に帰ろうと説得するが、治太郎は今までの罪を恥じ自害してしまう。治三郎は治太郎の女房と共に故郷の美濃村に帰り親に孝行を尽くした。女房は夫と彼の手にかかった人々の菩提を弔ったという。 
講談の演目を落語に仕立てたと思われるが、治三郎を滑稽化することにより落語の世界に移し換えた。
進境著しい左龍の実力を示した一席。

頼光『活動写真弁士』
映画の影響で活弁が世間から認知されるようになったとか。
『豪勇ロイド』(1922年制作)の活弁で、バスター・キートンと並ぶ喜劇王ハロルド・ロイドを初めて観ることができた。

雀太『八五郎坊主』
桂雀太、2002年5月に桂雀三郎に入門。
主な受賞歴
2016年、NHK新人落語大賞
2019年、上方落語若手噺家グランプリ優勝
2019年、文化庁芸術祭賞新人賞
坊主になった八五郎、「法春(ほうしゅん)」という名前を貰う。「麻疹(はしか)も軽けりゃ、疱瘡(ほうそう)も軽い」という言葉に掛けて「はしかも軽けりゃ、ほうしゅんも軽い」と洒落をいってご満悦だが、すぐに名前を忘れるので紙に書いてもらう。
坊主になった姿を仲間に見せに行くといい、衣姿に着替え、言葉使いに気をつけるようにいわれ寺を出る。
友達に会って名前を訊かれるが思い出せないので、名前を書いてもらった紙を見せると、友達は「ほうばる」、春は春日神社の「かす」だから「ほかす」、法は御法(みのり)で「のり」とも読むから「のりかす」かと友達、皆違ってる。
やっと「ほうしゅん」かと友達が言うと、八五郎 「ほうしゅん、ほうしゅん、はしかも軽けりゃ、ほうしゅんも軽い」
友達「分かったか」
八五郎「わしの名前は、はしかだ」でサゲ。
上方のネタの中でも最も分けの分からぬネタと言える。
そこを雀太は全体のリズム感と、間に挟むクスグリで面白く聴かせていた。

この日の客、前座からとりまで全て「待ってました!」と掛け声を掛けるのがいたが、無粋だね。

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2020/02/17

「真景累ヶ淵(半通し)」(2020/2/16)

『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)』半通し公演
日時:2020年2月16日(日)13時
会場:お江戸日本橋亭
<  番組  >
一龍齋貞山『宗悦殺し』
立川ぜん馬『豊志賀の死』
蜃気楼龍玉『お久殺しから土手の甚蔵』
~仲入り~
三遊亭圓橘『勘蔵の死』

三遊亭圓朝作『真景累ヶ淵』の半通し公演という意欲的な企画で、場内は満員。半通しのいうのは原作はもっと長く複雑で、下記に本作の人間関係を示すが(クリックで拡大できる)、血族同士の殺し合いの末最後は敵討ちで終わる壮大な物語だ。
今回の4席、およそ4時間で全体の半分といった見当。
Shinkei

貞山『宗悦殺し』
当代は8代目で実は初見。実父の7代目は通称「お化けの貞山」と呼ばれていて怪談ものが得意だった。特に『四谷怪談』を得意としていたが、この『真景累ヶ淵』も専売だったとプログラムに記されている。マクラで7代目は酒乱だったと言ってたが、あの人が酒乱になったらさぞ恐ろしかったろう。
『宗悦殺し』は発端で落語でもしばしば演じられる。
安永2(1773)年12月、鍼医の皆川宗悦は小日向服部坂に住む小普請組の深見新左衛門宅へ借金の取り立てに行くが、酒を飲んで激昂した新左衛門に斬り殺される。
翌年、療治で呼んだ流しの按摩が宗悦の姿に変わり、思わず斬りつけるとそれは宗悦ではなく妻を斬り殺してしまう。
翌年、深見は隣家の騒動で殺され家は改易となる。深見には二人の息子がいたが、弟の新吉を門番の勘蔵が連れて下谷大門町へ。

ぜん馬『豊志賀の死』
殺された宗悦には二人の娘がいたが、姉の豊志賀1793年に根津七軒町に富本の師匠となる。当初は男嫌いで通っていた豊志賀だが、親子ほど年が離れている出入りの煙草屋新吉といい仲になる。
しばらくすると豊志賀の顔に腫物が出来、これがどんどん腫れてきて病に伏せる。弟子も皆去るが、お久という娘だけは見舞いに訪れるが、それを豊志賀は新吉との仲を邪推し嫌がらせする。看病やそうしたゴタゴタに疲れた新吉が気晴らしに外へ出るとお久と出くわす。二人が鮨屋の2階で駆け落ちの相談をしていると、急にお久の顔が豊志賀のようになる。びっくりして新吉がお久を置き去りにして勘蔵の家に戻ると,重病の豊志賀が来ていた。そこに七軒町の隣人がやって来て,豊志賀が死んだという報せ。新吉は一笑にふすが、さっきまで部屋にいた豊志賀の姿が消えていた。驚いて新吉が家に戻ると豊志賀は自害していて、新吉の妻を7人まで取り殺すという遺書を見つける。
『真景累ヶ淵』の中では最も頻繁に演じられていて、内容がドラマチックだ。ぜん馬の高座は全体の抑揚を抑えながら、個々の人物描写を丁寧に行っていた。嫉妬に狂う豊志賀の情念がよく表現されていた。

龍玉『お久殺しから土手の甚蔵』
1794年のお盆,豊志賀の墓参でぱったりと出会った新吉とお久,その場でお久の実家の下総羽生村へ駆け落ちする。日が暮れた鬼怒川を渡るとそこは累ヶ淵。闇夜でお久が足を滑らせて、土手の草むらにあった鎌で足を怪我してしまう。新吉は介抱しながらお久を見ると豊志賀の顔、思わず鎌を振り回しお久を惨殺してしまう。それを目撃した土手の甚蔵と格闘となる.
新吉は落雷に乗じて逃げるが、逃げ込んだ家が甚蔵の留守宅だった。甚蔵は新吉から金を強請ろうとするが、新吉が文無しと知り落胆する。
龍玉は顔も声も怪談向きだ。殺しの場面の凄惨さと、甚蔵の強請りっぷりに迫力があった。

圓橘『勘蔵の死』
1795年、勘蔵が危篤との報せで新吉は江戸へ向かう。勘蔵の遺言で、新吉が旗本深見家の次男だと知る。
下総への戻り道に駕籠で亀有へ向かうが、なぜか駕籠が小塚原に着いてしまう。小塚原で兄の新五郎が現れ、新吉は斬られるが、それは夢だった。.駕籠から出るとそこはやはり小塚原で、獄門の札に新五郎の凶状が書かれ,豊志賀の妹のお園殺しの下手人だと知る。
つまり、宅悦の娘二人とも、深見の息子二人に殺されたことになる。
実はこの話の前段で新吉は羽生村で出会ったお累と結婚するのだが、このお累はお久の従姉妹で、これまた因縁話になる。
圓橘は淡々とした喋りで、これが芸風なんだろう。

この先まだまだ殺しと怪談話が続くが、それはまた別の機会に。

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2020/02/16

「西のかい枝・東の兼好」(2020/2/15)

第31回にぎわい倶楽部「西のかい枝・東の兼好」
日時:2020年2月15日(土)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・立川かしめ『子ほめ』
三遊亭兼好『手紙無筆』
桂かい枝『星野屋』
~仲入り~
桂かい枝『屁臭最中(へくさのさいちゅう)』
三遊亭兼好『佐々木政談』

前に新型コロナウイルスの感染防止のためにダイアモンド・プリンセス号が隔離されたことについて、まるで映画の『カサンドル・クロス』の様だと書いたが、結果はそれに近かった。感染が外部に拡がらぬように隔離したということは、内部の人同士の感染は避けられない。
客船が接岸している埠頭からさほど離れていないここ桜木町のにぎわい座だが、この日も2階席まで客が入っていた。

兼好『手紙無筆』
後席で50歳になって物覚えが悪くなったり間違えたりすることが多くなったと言っていたが、この高座では気付いただけでも3か所ほどミスがあった。兼好ファンが多かった客席はよく受けていたが、粗さが目立ちあまり良い出来とは思えなかった。

かい枝『星野屋』
妾が出てくる落語は多いが、この噺の妾は一風変わっている。通常は旦那と女が深い仲になり妾として囲うのだが、ここに出てくるお花は藤助という男の世話で妾になっている。想像するにプロの妾で、どうやら同居している母親もかつては同じ生業だったようだから母娘二代にわたる妾ということになる。
妻に先立たれた星野屋の主人がお花を後釜に据えようとしたとき、不安に思ったのはそのためで、そこで藤助が一計を案じ一芝居を打ったわけだ。
だから心中の約束を破ったことを主人に責められても、平気で騙して切り抜けるしぶとさがこの母娘にはあるのだ。
かい枝の高座は、お花の可愛さや軽薄さ、母親の海千山千の遣りてぶりが巧みに表現されていて良い出来だった。
このネタは東京でもしばしば演じられているが、やはりオリジナルの上方を舞台にした方が相応しい。

かい枝『屁臭最中』
今は廃れてしまった古典を掘り起こして黄泉返させる作業を落語作家の小佐田定雄らと共同で進めているそうで、この噺も明治27年の演目帳に残る作品を復活させたもの。
船場のいとはんが恋煩い、心配した女中がお守りをいとはんに渡すと誤って火鉢の中に落とし、中から神様が現れる。いとはんが出入りの小間物屋の男に思いを打ち明けたいというと、その男の前で放屁をしてその匂いがしているうちに告白すれば願いが叶うという。いとはんがニンニクを食べて空気をお腹の中に吸い込んでいると、小間物屋の男がやってきた。一発放し匂いが立ち込める中で打ち明けると、小間物屋の男の方もいとはんに惚れていたと言い、二人は手に手を取って・・・。そこの女中が顔を出して、「前からお二人はくさいと思ってました」に、「未だ臭いが残ってたん」でサゲ。
あまり品が良いとは言えないが、そこそこ面白かった。神様が南河内弁でしゃべるなどの工夫がされていた。

兼好『佐々木政談』
このネタは昔からある一休さんや各地の頓智話をまとめて1席の落語にしたもので、3代目松鶴の作と言われる。頓智の中身は子どもの昔話や童話などにも出てくるものが多く、そう目新しいものではない。
それを町奉行の謎かけを桶屋の倅が言い負かすという設定で聴かせる所がミソ。兼好の高座では、もうちょっと奉行の貫禄が欲しかったかな。

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2020/02/10

「大手町落語会」(2020/2/9)

第59回「大手町落語会」
日時:2020年2月9日(日)13時
会場:日経ホール
<  番組  >
前座・三遊亭ぐんま『初天神』
桂宮治『たらちね』
三遊亭萬橘『猫と金魚』
桃月庵白酒『付き馬』
~仲入り~
柳家甚語楼『妾馬』
柳家権太楼『言い訳座頭』

TVでは朝から晩まで新型コロナウイルスの話題で持ち切りだが、世間ではどうなんだろう。電車でもこの日の会場でもマスクなんかしている人は少数だ。今日、病院に行ったが職員でマスク姿の人はあまり見なかった。感染者は急速に拡大しているが、死亡した人は中国の湖北省を除けば今のところ2名(2月6日現在)で、致死率は高くないと見られる。通常のインフルエンザ対策で十分であるようにも思える。
それより客船に隔離されている人たちが気の毒だ。あの方たちを見ていると映画『カサンドラ・クロス』を思い浮かべてしまう。

宮治『たらちね』
同じ芸協の二ツ目から真打に昇進した小痴楽や話題の松之亟を僻むようなマクラは頂けない。小痴楽が中卒だと笑っていたが何が可笑しいんだろう。こういう芸風は生理的に受け付けない。

萬橘『猫と金魚』
オリジナルに手を入れてサゲも変えて演じたが、調子が乗り切らないで終わってしまった感がある。萬橘の芸はこうしたキャパのホールでは響かないのかも知れない。

白酒『付き馬』
今回でこのネタは3回目かと思うが、相変わらず手際よくまとめていた。ただ、最近の白酒を見ていると今ひとつ気分が乗っていないような気がする。本人があまり面白そうじゃないのだ。観ていて万事ソツなく演じているなという印象を持つのは私だけかな。

甚語楼『妾馬』
この日一番の出来だった。言動が粗野で周囲に迷惑ばかり掛けている八五郎だが、妹や母親思いだ。殿の御前では周囲の人間に「妹を宜しく」と頭を下げてまわる。妹には「母親を呼び寄せて赤ん坊を見せてやってくれ」と頼む。口うるさい三太夫とはしばしば口論になるが、殿様に「何でもはいはいと言うだけでなく、周りにこういううるさい人も必要なんだ」とフォローする度量も見せる。
映画の寅さんを思わせる様な八五郎の描き方が強く印象に残った。

権太楼『言い訳座頭』
季節外れのネタと断って、大晦日の掛け取りの噺。但し、ここに出て来る甚兵衛の家は返す金はあるのだが、それでは正月が越せない。そこで口が達者な長屋の按摩・富の市に頼んで借金の言い訳をして貰う。これが相手によって脅したり、泣き落としをしたりと巧みに煙にまくのだ。5代目小さんの十八番で柳家のお家芸ともいうべきネタだが、権太楼は各商店主と富の市との丁々発止の掛け合いを巧みに演じていた。

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2020/02/05

「春風亭正太郎・入船亭小辰」(2020/2/4)

「春風亭正太郎・入船亭小辰」
日時:2020年2月4日(火)19時30分
会場:らくごカフェ
<  番組  >
入船亭小辰『鈴ヶ森』
春風亭正太郎『はてなの茶碗(茶金)』
~仲入り~
春風亭正太郎『隣の桜(鼻ねじ)』
入船亭小辰『木乃伊取り』

らくごカフェ火曜会の「春風亭正太郎・入船亭小辰」、二人とも未だ二ツ目だが、実力は既に真打クラス。と言っても、近ごろ下手な真打が増えているのであまり褒め言葉にはならないが。

春風亭正太郎は上方のネタ2席。
正太郎の1席目『はてなの茶碗(茶金)』
このネタの勘所は、茶道具屋の金兵衛(茶金)の風格が出せるかどうかだ。特に出だしの、音羽の滝の前の茶店で茶金が茶碗をひっくり返しながら「はてな」と首をかしげる所で、この人物がただ者でないと客席に印象付けられるかがポイント。そういう点で若手にはハンディがある。正太郎は全体としては無難にこなしていたが、やはり茶金の風格が出せていない憾みがあった。
正太郎の2席目『隣の桜(鼻ねじ)』
このネタでは、隣家の漢学の先生が隣の花見の騒ぎに惹かれて、思わず塀越しに眺める所が山場だが、やはり三味線や太鼓の囃子がないと寂しい。この会場では無理があるかな。
あと、小僧が隣家への口上で、相手の先生に「子曰く(しのたまわく)」と言っていたのに、先生の授業の場面では「子曰く(しいわく)」としていたのはどうなんだろう。
2席とも正太郎の明るい芸風が活かされていたが、物足りなさも感じた。もっとも、あまり細かい点は気にしないというのが良さなのかも知れないが。

入船亭小辰は軽い滑稽噺とトリネタの組み合わせ。
小辰の1席目『鈴ヶ森』
亡くなった喜多八の高座を彷彿とさせるような、可笑しさがこみ上げてくる様な高座だった。この人の良さは「間」の取り方が巧みで、これが泥棒の親分と子分の会話の面白さを引き立てていた。
小辰の2席目『木乃伊取り』
結論から言うと、とても良い出来だった。最近では桃月庵白酒が十八番としているが、それに勝るとも劣らぬ高座だった。
先ず、多彩な登場人物の演じ分けがしっかりと出来ている。特に若旦那の未だ青さが残る遊び人風情が良く表現されていた。また忠義一筋の頑固一徹な清蔵が呑むにつけ酔うにつけ次第に崩れていき、最後は敵娼(あいかた)の手練手管にぐずぐずになる静態変化には唸った。
小辰、恐るべし。

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