寄席・落語

2017/07/09

#6南光・南天 ふたり会(2017/7/8)

第六回「南光・南天 ふたり会」
日時:2017年7月08日(土)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
『挨拶』南光、南天
桂南天『替り目』
桂南光『天狗裁き』
~仲入り~
桂南天『代書』
桂南光『蔵丁稚』

横浜にぎわい座での、桂南光、南天の師弟による二人会。ここ3年ほど、この会に来ている。
二人とも上方落語協会に入っていないので、南天の略歴を紹介する。
1991年3月 桂べかこ(現 南光)に入門 芸名は桂こごろう
2012年4月 二代目桂南天を襲名
南光の一番弟子、と言っても南光は同時期に弟子は一人しか取らない。だから南天は先輩の弟子が廃業するのを待って、南光に入門した。
アタシは桂こごろう時代の高座を観ていて、ナマの高座は師匠の方が後からだ。

『挨拶』南光、南天
冒頭に二人のトーク(殆ど南光が一人でしゃべる)が定番となっていて、これを目当てに来る方もいるようだ。
今回は療養中の桂ざこばの近況が主な話題で、早期の手術が上手くいって、とても元気だそうだ。現在はリハビリ中で、未だ特定の言葉がスムースに出ないことがあるとのことで、復帰はもう少し先になりそう。
南光が出演しているNHK「生活笑百科」で共演している笑福亭仁鶴は、奥さんを失くされて体調不良で休んでいたが、元気になって番組にも復帰が近いとのこと。
「ここだけ」の裏話も多かったが、もったいないので教えてあげない。

南天『替り目』
上方では『銚子の替り目』というタイトルでも演じられているように、噺の後半で酔った亭主が夜泣きうどん屋に酒の燗をつけさせるくだりがあるが、南天の高座は後半をカットしていた。
酒飲みの小噺からネタに入り、夫婦の会話を中心にしていた。この亭主はいちいち女房に突っかかったり絡んだりするのだが、これがまるで子供が母親に甘えるよう。おでんを買いに行かせた亭主が、独白で女房への感謝の言葉を並べるが、心情がよく表れていた。

南光『天狗裁き』
南光がマクラでも触れていたが、芸能人の浮気だの不倫だの、それのどこに問題があるのかさっぱり分からない。芸能人というのは「あちら側の人」であって、「こちら側」の我々とは違う倫理観で動いているわけで、だからくっ付こうが離れようが相手にしなけりゃいいし、放っておきゃいいんだ。
隣家の男も、大家も、奉行も、天狗までもが、男の夢がどんな内容だったかが興味津々なのだ。きっと女房には話せない色っぽい夢なんだろうと想像していたに違いない。多分、男なら一度や二度は経験があるだろうから、共感を呼ぶのだと思う。
南光の高座は、大師匠の米朝の演出に沿ったもので、人物の演じ分けもきっちり出来ていて面白く聴かせていた。

南天『代書』
このネタ、多くの上方噺家が手掛けているが、やはり代表的な演者というと3代目春団治と桂枝雀になるだろう。比べて大きく異なるのは、男が代書屋から生まれた年を訊かれたときだ。枝雀の方は男の父親が臨終の際に「お前は〇〇歳だぞ」と言って死んでゆくというのに対し、春団治では昭和3年の御大典の時に大人の仲間入りしたことが基準となる。この客の男にとって、全ての基準が提灯行列の年という設定だ。そのくせ、初めて女郎買いにいった日は年月日まで憶えているのだ。
南天の高座は春団治スタイルだった。
判子まで隣の家から借りて来る暴走気味の客の男と、それを呆れながら受け答えする代書屋との珍妙な掛け合いを巧みに描いていて好演。
この日の南天の高座は、なにか一皮むけた様な印象を受けた。

南光『蔵丁稚』
前半の使いに行って遅くなった丁稚の言い訳と主人との滑稽な掛け合いから、一転して丁稚が蔵に入ってからは芝居噺仕立てとなる。
南光は芝居好きを自任するだけあって、四段目の判官切腹の場を丁寧に演じていた。
なお、マクラで劇団四季と宝塚は肌に合わないと語っていたが、同感。

東京に比べ上方の噺家は、とにかく客を喜ばせようと必死に努力する。そこが魅力だ。

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2017/07/06

国立演芸場・芸協新真打昇進披露(2017/7/5)

国立演芸場7月上席・中日

前座・笑福亭希光『平林』
<  番組  > 
笑福亭羽光『青菜』
笑福亭里光『猫と金魚』
北見伸『奇術』
三遊亭春馬『猿後家』
三笑亭夢太朗『たがや』
~仲入り~
『真打昇進披露口上』、下手より司会の里光、春馬、鯉昇、和光、鶴光、夢太朗
瀧川鯉昇『千早ふる』
笑福亭鶴光『ぜんざい公社』
ボンボンブラザース『太神楽曲芸]
笑福亭和光『七度狐』

国立の7月上席は落語芸術協会の新真打昇進披露興行で、その中日に。この日は二人の昇進者のうち、笑福亭和光の昇進を披露。
もっとも、5月から始まった昇進披露興行だけに、あまり新鮮さはない。
和光の芸歴は以下の通り。
平成14年2月 社会人生活を経て笑福亭鶴光に入門
平成14年7月 前座で「和光」となる
平成19年4月 二ツ目昇進
平成29年5月 真打昇進
前座名のままの真打昇進は珍しい。それだけ和光というのは良い名前だといえる。

師匠によれば、関東で生まれ育った上方落語家は極めて珍しいそうだ。師匠から見れば訛りのある関西弁で、それがまた味になっているとのこと。
上方の噺家が東京で興行を打つとき、前座や二つ目にしばしば鶴光門下の人を使う。従って、和光を含めこの日の一門の弟子たちも何度かお馴染みだ。
鶴光一門のように、上方落語を東京の寄席で演じるというのは、どんな気分だろうか。そのまま演じても、東京の観客にはいま一つピンとこない事もあるだろう。他の噺家とは異なった苦労があるのではないかと推察する。
この日もトリの和光以外の4人は、いずれも東西で演じているネタか、元々が東京のネタを選んでいた。

客席の入りは五分以下で、相変わらず良くない。顔づけからしても他の寄席に比べ遜色ないのだが、場所が悪いせいだろうか。
アタシは、ここはロビーで持参の昼食をゆっくり食べられるし、後方の席なら一列に一人だけといった贅沢が味わえるので好きだ。あんまり快適過ぎて、この日も居眠りをしてしまったが。

感想をいくつか。

春馬『猿後家』、顔が猿に似てるので、サルという言葉を聞くと途端にヒステリーを起こす大家の後家さんの噺だが、春馬の高座ではサルを連想するものもアウトとしていた。例えば「太鼓」
太鼓→太閤秀吉→猿
でアウト。こんな感じのギャグが一杯だった。
威勢のいい噺家だね。

夢太朗『たがや』、夏季の定番ネタ。たがやに立ち向かった殿様が、周囲の観衆から石をぶつけられ、その隙にたがやが槍の先を切り落とすという演じ方だった。両国橋の花火風景を描いていたら、もっと季節感が出たのでは。

鯉昇『千早ふる』、竜田川がモンゴルから来た相撲取りで、千早に振られてからモンゴルに帰国し豆腐屋になる。千早はウランバートルの金持ちの愛人になってモンゴルに来るのだが、捨てられて放浪の末、竜田川の店先に来てオカラを求めるという雄大な筋書き。果たしてモンゴルに豆腐屋があるのだろうか。30年以上前のエジプトのカイロにある日本料理屋に冷奴があったから、モンゴルにだってきっとあるさ。

鶴光『ぜんざい公社』、元々が上方ネタなせいか、上方落語で演じる方が面白い。かつて桂枝雀が弟子に鶴光の話芸をほめていたそうだが、言われるだけの技量がある。

和光『七度狐』、上方落語の「東の旅」の中でも、最も頻繁に演じられているネタで、米朝を始め名演が揃っている。東京でもこのタイトルで演じられている。和光の高座は、発端から尼寺つぶしまでを演じた。熱演だったが、ちょっと固かったか。ネタの面白さは十分に引き出していたと思う。

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2017/07/02

江戸落語、上方落語聴き比べ~東京編(2017/7/1)

第百七十八回にぎわい座名作落語の夕べ「江戸落語、上方落語聴き比べ~東京四派出演」
日時:2017年7月1日(土)18時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
三遊亭兼好『野ざらし』
三遊亭金時『大山詣り』
~仲入り~
立川生志『反対車』
桂小南治『そば清』

開演時間を勝手に19時と思い込み、18時35分に悠々と会場に着いたら、もうロビーのモニターに兼好の姿があるではないか。
開演時間を1時間間違えていたのだ。
先日の落語会では、会場が鈴本だったのに勝手に国立と思い込んで、それもモギリに指摘されて初めて気が付く始末。
もうボケが始まったか!

今月のにぎわい座「名作落語の夕べ」は、同じネタの東西聞き比べ東京編。上方編は8月11日の「上方落語会」で披露される。
東西のネタの比較は以下の通り。
  東京    上方
「野ざらし」←「骨釣り」
「大山詣り」←「百人坊主」
「反対車」← 「いらち俥」
「そば清」← 「蛇含草」
いずれも、元は上方の演目を東京に移したもの。なお「蛇含草」については東西で演じられている。
今回のもう一つの趣向は、4席を東京の四派で演じるというものだ。

圓楽一門の兼好『野ざらし』 、遅刻のお陰で肝心の「さいさい節」が聴けず終盤のみ。サゲは本来のものではなく、上方の「骨釣り」に近いものだった。
客席はドカンドカンと受けていた。

落語協会の金時『大山詣り』、この人らしい真っ直ぐな高座だったが、熊が一人で戻ってきたと聞いた長屋のお上さんたちが不審に思う所が抜けていたように感じた。それから坊主頭になった熊が、お上さんたちに頬被りをしているのを言い訳する場面もなかった。この二つが抜けていると、熊が遭難話しをする際の緊張感が薄まってしまうのではないだろうか。
この点が惜しまれる。

立川流の生志『反対車』 、マクラというよりは時事放談をタップリ。豊田真由子議員の暴言は今や高座ではすっかりネタにされているが、生志は高学歴とボキャブラリーの貧困さのギャップをついていた。ヤンキー先生こと義家弘介について、ああいう人間を文科省副大臣にしちゃあいけないと言っていたが、同感。
ネタでは、俥屋が神社から盗んだ長い提灯をつけているので梶棒が下がらないとか、芸者にぶつかってドブに落とし早く上げてやれという客に「芸者を上げる金がありゃ俥引きなんてやってない」と答えるなど、今では省略される懐かしい情景を挟んでいた。

芸協の小南治『そば清』、今秋に3代目桂小南を襲名する。独特の節回しの語りは当初少し気になるが、しばらくすると癖になりそう。
マクラで、本人は春日部の出身だそうだが、東京から転向してきた少女への初恋を語っていた。ネタの後半でこの話題の続きが始まり、少女の都会風の華やかな色使いんも弁当と自分の田舎じみた弁当の比較に移り、弁当の梅干しが弁当箱のアルマイトを溶かすが、梅干しはご飯は溶かさないと。ここでようやくネタと結びつく。長い仕掛けだ。
ソバよりウドンの方が好きだと言ってたが、鮮やかなソバの食いっぷりだった。

この続きは、8月11日に。

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2017/06/30

#84三三・左龍の会(2017/6/29)

第84回「三三・左龍の会」
日時:2017年6月29日(木)18時30分
会場:鈴本演芸場
<  番組  >
前座・桃月庵ひしもち『元犬』
柳亭左龍『名刀捨丸』
柳家三三『藁人形』
~仲入り~
柳家三三『反対俥』
柳亭左龍『佃祭』

鈴本演芸場夜の部は特別興行で、この日は「三三左龍二人会」。
第84回というから随分と長続きしている。充実した会なので、ここ数年は都合がつく限り参加している。
番組にある通り、この日は左龍が中心。

左龍『名刀捨丸』
初見。元々は講釈ネタで、落語に移し替えたもの。
同じ内容のものを笑福亭鶴光が『善悪双葉の松』のタイトルで演じている。
珍しいネタなのであらすじを紹介する。

木曽の農家の倅で、兄が治太郎、弟が治三郎の兄弟がいたが、弟が働き者で親孝行なのに対し、兄は放蕩者で家を出てから行方知れず。
治三郎は出稼ぎで江戸に出て日本橋大伝馬町の佐野屋市右衛門方に奉公する。一心に働いたお陰で20両という金ができる。
大金を懐に治三郎は故郷に向かうが、途中で道に迷い山中に。ようやく人家を見つけたが、そこは盗賊の住家。女房の方は治三郎を匿ってくれるが亭主にバレてしまい、治三郎は身ぐるみ剝がされる。そのまま外へ放り出されるところを、山中なので獣に襲われるからと錆びた刀だけを持たされる。盗賊は後を追って外で治三郎を仕留めようとするが失敗に終わる。
一文無しになった治三郎は再び江戸に戻り、市右衛門は仰天。だが治三郎が持ち帰った錆刀をじっと見ていると、本石町の田中屋卯兵衛という刀屋に持ち込む。するとこれが「名刀捨丸」と分かり、50両という値がつく。
50両を懐に治三郎は再度故郷に向かうが、盗賊のことが気になり住家を訪れる。半分の25両を差し出すが、盗賊は病に伏していた。互いに顔を見合わせている内に盗賊が兄の治太郎と分かり、兄弟が再会を果たす。一緒に故郷に帰ろうと勧める治三郎に、治太郎は過去を恥じ、女房を頼むと言い残し自刃して果てる。
治三郎は兄の妻を娶り、故郷に錦を飾る。

左龍の高座は、地の語りの確かと、各登場人物の描き分けが良く出来ていた。
左龍の現在の到達点を示すような口演だった。

三三『藁人形』
かつては神田の糠屋の小町娘と持てはやされたお熊だが、事情があって今では千住小塚っ原の女郎に身を沈めている。
そこへ度々訪れる願人坊主の西念から20両の金を騙し取る。それも仲間との賭けだったと聞いた西念、恨みを晴らすために藁人形を油で煮て、お熊を祈り殺そうとする。たまたま西念宅を訪れた甥の甚吉に見咎められる、何で藁人形なら釘で打たないんだと訊かれる、「だめだ。おくまは糠屋の娘だ」でサゲ。
新作の五代目古今亭今輔が十八番にしていたが、怪奇もの風のかなりドロドロとした演じ方だった。
対して志ん生はそうした色が薄く、むしろ人情噺風の演じ方だっと記憶している。
三三の高座は後者に近く、特にお熊が西念を手玉に取る所が巧みだった。

三三『反対俥』
三三のこのネタは初めて聴くが、軽妙だし上手いもんだ。
三三の芸の幅を認識させられたこの日の2席だった。

左龍『佃祭』
このネタをフルバージョンで演じると、どうしても45分近くかかってしまう。そこで終い船に乗ろうとしていた次郎兵衛を、かつて娘時代に命を助けて貰い今は佃の船頭・辰五郎の女房となっている女に袖を引かれ、終い船に乗り損なう場面から始めていた。
辰五郎夫婦と次郎兵衛とのほのぼのとしたヤリトリ。
対して、終い船が沈み全員が死亡したという報せが入った次郎兵衛宅は大騒ぎ。坊さんを呼んでお経をあげるやら、棺桶を運びこむやらのてんやわんや。後半は長屋の衆が次郎兵衛宅に悔みを言いに行く所が中心。
最後は次郎兵衛が無事に戻ってきてのドタバタで幕を閉じた。
ここでも左龍の人物描写が光る。特に与太郎の描き方が良く出来ていた。
ただ、個人の好みを言わせて貰えば、次郎兵衛の女房が大変な焼き餅焼きだという設定が抜けていたのが惜しまれる。

4席、全て結構でした。

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2017/06/28

池袋演芸場㋅下席(2017/6/27)

池袋演芸場㋅下席昼の部・7日目

前座・春風亭一花『桃太郎』
<  番組  >
入船亭小辰『普段の袴』
三遊亭歌実『交番戦』
柳家喬太郎『饅頭こわい』
ホームラン『漫才』
春風亭一之輔『化物使い』
橘家文蔵『ちりとてちん』
ー中入りー
入船亭扇里『ぞろぞろ』
柳家さん喬『替り目』
翁家社中『太神楽』
入船亭扇辰『甲府い』

池袋演芸場の下席は昼の部だけで、上演時間も3時間と通常より短い。手頃なので、ここには下席に来る事が多い。但し、出演は落語協会のみだ。
夜の部は独演会などの特別興行だが、これも落語協会のみ。
上席と中席は落協、芸協交互だから、芸協は池袋でも割を食われている。
東京も大阪のように一つの団体に集約出来れば良いのだろうが、過去の経緯もあって統一は難しい。

人気者が顔を揃えたとあってか、平日の昼にもかかわらず補助椅子も出る一杯の入り。

小辰『普段の袴』、彦六が得意としていたが、最近は一之輔が高座にかけている。特に鈴本の出番では御成街道に面しているせいか、かなり頻繁に演じている。小辰の高座は一之輔のような派手さはないが、男が大家に袴を借りる時の祝儀不祝儀がぶつかって喧嘩する話しや、道具屋の主が絵の鶴を文晁作というと男が「文鳥じゃねえ、ありゃどう見ても鶴だ」と言い張る場面を中心に好演。大爆笑させるのではなく、クスリと笑わせる所が本寸法。

歌実『交番戦』、歌之介の弟子で今春二つ目に昇進。芸名は本人が鹿児島実業高卒からとったもの。師匠を選ぶなら一朝が良かったと言っていた。タイトルは付いているが、内容はほぼ漫談で、警察官当時のエピソードを加えていた。こういう芸風で行くのだろうか。

喬太郎『饅頭こわい』、このネタ、落語の代表的演目のように見られているが、その割に高座にかかる頻度はそれほど高くない。前座噺としても他の『寿限無』『子ほめ』『牛ほめ』などと比べれば一目瞭然だ。登場人物が多いし、男が怖い怖いといいながら饅頭を頬張る場面に演技力が要る。その割には笑いが取れないことも原因かも知れないが。
喬太郎は、かなりの頻度でこのネタを掛けていて、これほど頻繁に『まんこわ』を演じるのは、真打では彼だけではなかろうか。
前半の怖いものを語らせる場面ではテンポの良さを、後半の饅頭を食べるシーンでは食い分けを見せ場にして、客席を沸かせていた。

ホームラン『漫才』、例の「あなたは神を信じますか? 私は信じません」「あなたが新婦ですか? 私も神父です」のヤリトリや、TDLでの踊りを披露して、この日も大爆笑。

一之輔『化物使い』、前半をカットし、奉公人の杢助が隠居に暇を貰いたいと切り出す場面から始める。隠居が化物たちをこき使うシーンを中心に演じた。のっぺらぼうの女の顔に、墨で好みの顔を描く所が独自。通常の3分の1程度の時間で演じる手際の良さは、一之輔ならでは。

文蔵『ちりとてちん』、これも文蔵の十八番で度々演じている。知ったかぶりの寅がチリトテチンを飲み込んで苦悶する姿を、隠居が楽しげに見ている。寅がコップを差し出してここへ酒をついでくれと身振りで頼むのを、「なに? 写真を撮ってくれ?」とからかう隠居。結構、人が悪いんだね。

扇里『ぞろぞろ』、彦六の十八番だったが、彦六の場合は茶店の主が稲荷に普段からお参りを欠かさず、ある日のこと土砂降りになって大勢が雨宿りに茶店に訪れ、次々と草履を買って行ったので売り切れになるという設定だ。
扇里では、茶店の主がたまたま幟が落ちているのを見つけ稲荷に届けると、その日のうちに一人の客が雨宿りに訪れ帰りに草履を買って行くという設定だ。この場合、在庫の草履は1足しかないことになっている。
それと、茶店の繁盛に伴い稲荷の参詣人もどんどん増えてゆくという描写も、彦六にはあって扇里には無かった。
両者を比べると、どうも彦六の演りかたの方が座りが良い。

さん喬『替り目』、長めのマクラから亭主が外で飲んできて、よっぱらって帰宅するまでの前半はカット。女房に酒とつまみをせがむ所から始まる。つまみも横浜のシュウマイ、小田原の蒲鉾、静岡のワサビ漬けと、品目が通常とは異なる。
女房にさんざん感謝の言葉を発し、「未だそこに居たのか」でサゲていた。
数分で演じる短縮版だが、一風変わった演じ方だった。

扇辰『甲府い』、この噺はどうも苦手だ。一つは宗教色が強いこと。何事もお祖師様のお陰というストーリーになっている。もう一つは、戦時中、報国紙芝居になったとされているが、それくらい内容が道徳的なのだ。滅私奉公や報恩の良い手本になったに違いない。
志ん朝の演じ方は、こうした色を薄めて成功した例だと思う。今だと白酒がこの流れだ。
扇辰の高座は、善吉が夜中にお題目を唱えながら水垢離をするのを加えるなど宗教色が強い。また、善吉が豆腐を売りながら、長屋のお上さんたちが洗濯していると水汲みを手伝う場面を入れるなど、これまた道徳的だ。
そのせいか、全体が古色蒼然たる印象になっていたように思う。
扇辰らしい丁寧な高座ではあったが、このネタに約30分もかけた事といい、疑問の残る一席だった。

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2017/06/17

鈴本演芸場㋅中席・昼(2017/6/16)

鈴本演芸場㋅中席昼の部・6日目

前座・金原亭駒六『元犬』
<  番組  >
春風亭一左『牛ほめ』
ストレート松浦『ジャグリング』
古今亭菊之丞『親子酒』
入船亭扇遊『たらちね』
ホンキートンク『漫才』
林家正蔵『読書の時間』
柳家権太楼『代書屋』
三遊亭小円歌『三味線漫談』
春風亭一朝『蛙茶番』
─仲入り─
花島世津子『曲独楽』
春風亭三朝『小粒』
柳家さん喬『締め込み』
江戸家小猫『ものまね』
春風亭一之輔『唐茄子屋政談』

鈴本演芸場の6月中席・昼の部は一之輔がトリで、権太楼やさん喬といった実力者が顔付けされている。16日は代演休演が少ないこともあって人気が高く、開場20分前に着いた時は長い列ができており、既に入場が始まっていた。
団体客が入っていたこともあって、開演時には既に満員。
ただ、全体的にざわついていて、客層は良いとはいえなかった。
客席から芸人にチャチャを入れる時は、タイミングと節度が必要だ。今日の客の中に、そこを理解してない野暮天がいた。

団体というのは演芸場サイドからみれば有難いのだろうが、その集団だけ周囲から浮いてしまう傾きになる。
個人で来る人はこの日の番組が好きで来たのだが、団体の方からすればたまたまこの日の番組に当たったということになるのだろう。
そうしたズレが生じるから、他の客からはあまり歓迎されない。
芝居にしろ寄席にしろ、他の芸能もそうだが、聴いたり見たりするのは極めて個人的な行為だと思う。一人一人好みも異なるし、自分に合わなければ苦痛でしかない。
と、アタシなんか思ってしまうのだが。

いつもの短い感想を。

一左『牛ほめ』、与太郎が牛をほめる時の誉め言葉「天角地眼一黒直頭耳小歯違」を、叔父の娘に言って泣かせてしまうという場面、必要ないのでは。それと牛がフンを垂れるのを写実的にしゃべるのは、やめて欲しい。噺が汚くなる。
ストレート松浦『ジャグリング』、いつ見てもお見事。新しい技を考案してゆくのは大変だろうね。
菊之丞『親子酒』、先日、龍玉で聴いたばかりのネタでセリフまで一緒だったが、面白さが違う。落語っていうのは話芸ではあるが、そこに演者の愛嬌とか色気とか華とか、そういったモノが加味されて成り立っている。だからいくら語りが上手くったって、それだけでは優れた噺家にはなれない。
菊之丞にあって龍玉に欠けているのは、そこだ。
扇遊『たらちね』、寄席に出る噺家というのは、時には明らかに手を抜くこともあるが、扇遊がそうしたのを見たことがない。浅い出番でも短い時間でも1席きっちりと演じるスタイルは好感が持てる。
正蔵『読書の時間』、こういう軽いネタがニンだ。
権太楼『代書屋』、いつものマクラにいつものネタ。だが、権太楼の顔を見ただけで満足だ。「皆さんの前で、こうして落語が出来るって、こんな幸せなことはない」、いい言葉だ。
小円歌『三味線漫談』、いつも通りのようでいて、立花家橘之助襲名への意気込みを感じた。来年が楽しみになってきた。
一朝『蛙茶番』、得意のバレ噺。この人が演じるとあまり嫌らしくない。戦前、このネタを高座にかけたら警察に呼ばれて絞られた噺家もいたとあるが、そんな時代にはなって欲しくない。

世津子『曲独楽』、元々は手品師だが、こういう芸も持ってるんだ。器用な人は何をやっても器用だね。アタシはその正反対、トホホ!
三朝『小粒』、この人の名、一朝の三番弟子だから三朝なんですかね。いずれ五朝とか十朝とか出てくるのかな。
初めて聴くネタで、背の小さい男が、背が伸びるよう願掛けしたら、翌朝足が掛布団から出ていて喜ぶが、よく見たら布団が横になっていたというサゲ。
新真打ながら数々の受賞歴を持つ人なので、これからの活躍を期待したい。
さん喬『締め込み』、先日の独演会で聴いたばかりだが、この日は半分位に短縮していた。ただ独演会の時に出なかった「ウンか出刃か、ウン出刃か」が入っていたのは嬉しい。
小猫『ものまね』、後から出た一之輔が「あんなこと、親子代々やっていて面白いんですかね。誰か、親父、もうよそうよって、言わなかったのかな」とイジっていた。いやいや、立派な芸ですよ。この人の祖父の猫八が、一度、ものまねをしないで落語を演じたのを聴いたことがあるが、上手いもんだった。こういう芸も基本は話芸なんだね。
一之輔『唐茄子屋政談』、勘当になった若旦那が吾妻橋から身投げするのを叔父に助けられ、唐茄子の棒手ふりをさせられる所から、若旦那が貧しい母子を助け阿漕な大家を殴りつけて、その善行によって勘当が解かれるまでのほぼ全編を演じた。普通に演じれば1時間近くかかるのを約30分で演じたので、途中の細部が省略されていたが、この噺の勘所はしっかりと捉えていた。
難をいえば、叔父さんが若く見えてしまうこと。演者の年齢から致し方ないのかも。
一之輔によれば、若旦那のたった一日の善行だけで勘当を解くのは甘すぎる。まだまだ苦労をさせるために、若旦那は唐茄子売りを続けるという、もう一つの結末を用意していた。
大ネタを短時間にまとめ上げ、客席を沸かせる技量は大したものだ。
鬼才(奇才かな?)の面目躍如。

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2017/06/15

国立演芸場㋅中席(2017/6/14)

国立演芸場㋅中席・4日目

前座・神田桜子『安政三組盃~繁蔵出世~』
<  番組  >
桂翔丸『つる』
鏡味よし乃『太神楽曲芸』
春風亭昇乃進『大安売り』
松乃家扇鶴『音曲』
桂幸丸『幸丸流・新島八重伝』
~仲入り~
プチ☆レディー『奇術』
山遊亭金太郎『ちりとてちん』
新山ひでや・やすこ『漫才』
三笑亭茶楽『三方一両損』

国立の6月中席は芸協の芝居で、その4日目に出向く。仲入り前の出演者は全て初見。
落語協会と落語芸術協会、それぞれに色の違いがある。
先ず、芸協の方は色物を重視している。この日の番組でも9本中4本が色物だ。講釈師が前座をつとめたが、落協では例がないだろう。
落語でいえば、古典派より新作派の方に力を入れていというイメージが強い。
3代目三木助や2代目文朝らが落協への移籍して行ったことから、古典派は芸協では冷遇されていたとの噂も立った。今は会長も副会長も古典派なので、そうした事実はないのだろう。
一方の落協は、文楽、志ん生、圓生という昭和の三名人を出したこともあって、古典の本流というイメージだ。今でも老舗の〇〇落語会などの顔ぶれを見ると、大半が落協所属の人たちだ。
特に5代目小さん門下の噺家は一大勢力で、柳家、柳亭、立川、入船亭と並べると、老舗の落語会では出演者の過半数を占めることも珍しくない。
鈴本演芸場が芸協を出さないということもあって、落協の方が格上という受け止めが強いようだ。
歌舞伎に例えるなら、吉右衛門や菊五郎は落協、猿之助は芸協といった感じかな。ちょっと違うか。

マクラが長くなったが、その分、本題が薄くなっている。
例によって、短い感想を。

翔丸『つる』、未だしゃべりが噺家のものになっていない。
よし乃『太神楽曲芸』、太神楽というと2名なし3名で演じるケースが大半だったが、近ごろの若手はピンで演る人が目立つ。一人でも出来るんだと感心するが、見た目の華やかさに欠けるのが弱点か。
昇乃進『大安売り』、この位置のこのネタは物足りなさを感じてしまった。
扇鶴『音曲』、寄席で男の音曲師って、少なくなりましたね。まったりとした高座で美声を聴かせてくれた。調べたらこの人、千家松人形の弟子だったんだ。人形さん、美人でしたよ~♡
幸丸『幸丸流・新島八重伝』、安倍さんは「ヤジはやめてください」といいながら、野党が質問すると自分がヤジってるとか、加計問題での前川氏の物真似を披露したりと、長めのマクラから本題へ。
福島県の出身なので、福島出身や福島に縁のある人たちの自己流・偉人伝を得意としているようだ。軽妙な語りが持ち味。
金太郎『ちりとてちん』、後から呼んだ熊が、料理をけなしながらも食べる演り方と、酒だけ飲んで料理には手を付けない演り方があるが、金太郎は後者。腐った豆腐に一味と、さらに辣油を加えるというの初めて見たが、台湾土産をいう設定なので中華風にしたのかも。
毎度ながら、手堅い高座。
茶楽『三方一両損』、どこかの企業の会長といっても可笑しくない風貌と、年齢とは思えないほどの若々しい声が特長。
前の師匠である8代目可楽が得意としたネタを演じたが、テンポの良さ、歯切れの良さ(特に大工の熊五郎が大家に向かって啖呵を切る場面)で好演。
奉行もあまり理屈に走らず、おおらかな人物として描かれていた。
熊の大家が二人の喧嘩の際に、「右でいきなり殴るんじゃない、先ず左を出して(ジャブの恰好をして見せる)、それから右を出すんだ」と教える場面が可笑しかった。一方、金太郎の大家も、若い頃は弁当を持って喧嘩を探して歩いたと言っている。
昔の大家は血の気が多かったのか。町役人として荒くれたちを治めるには、その程度の腕力も必要だったのかも。

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2017/06/13

#72人形町らくだ亭(2017/6/12)

第72回「人形町らくだ亭」
日時:2017年6月12日(月)18時50分
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・柳家小はだ『転失気』
桂三木男『雛鍔』
柳家喬太郎『夢の酒』
五街道雲助『付き馬』
~仲入り~
柳家小満ん『茶碗割』
(前座以外はネタ出し)

三木男『雛鍔』
初めて聴いたときから、3代目三木助の孫である事を売り物にしているようで、嫌な感じだった。それは今でも続いている。馬じゃあるまいし、落語家に血統は関係ない。それも上手いならまだ許せるが、下手ときた。
3代目、4代目のナマの高座に接した者として、「三木助」の名だけは汚さないで欲しい。

喬太郎『夢の酒』
喬太郎がマクラで語っていたように、アタシも女房や家族に言えないような夢を見ることがあり、このネタは結構リアリティがあると思っている。
温泉に一人で浸かっていたら、会社の女子社員が次から次へと湯船に入ってきたなんて夢、妻には言えないわな。「あんたが普段から、そうなって欲しいと思ってるから、そんな夢見るのよ」とお小言を頂戴するに決まってるさ。
喬太郎の高座は、夢の話を語る若旦那に対する女房のリアクションに重点を置いていた。堪えながら聞いていて、瞬間に爆発する表情が良い。
男性を魅惑する際には、女性は顎の使い方が重要だそうで、是非パートナーにお試しあれ。

雲助『付き馬』
意外だが、このネタ、白酒ではなんべんも聴いているのだが、雲助は初。当り前だが、やはり師匠の方が上手い。
雲助の目付きがいい。いかにもツケを踏み倒しそうな男の目だ。湯豆腐で一杯飲ってから勘定を払う時に、店の女店員の尻をさりげなく触る所にも、この男の根性が現れている。
吉原の見世の妓夫(ぎゅう)太郎は、風呂屋の番台みたいな妓夫台の上に座って呼び込みをしていたので、見世の前での男との会話の際は目をやや下に向け、男はやや上目にして話していた。こういう細部も目配りしている。
男による吉原から仲見世に至る道中の解説も、雲助の地の利が活きている。
早桶屋での店主と妓夫太郎のチグハグな会話は、「間」が絶妙だ。店主のいう事をシモネタと解釈して、下卑た笑いを浮かべる所は、いかにも妓夫太郎らしさが表現されていた。
志ん朝亡きあと、このネタは雲助が第一人者といって良いだろう。

小満ん『茶碗割』
初めて聴くネタ。
調べてみたら尾崎紅葉作「茶碗割」という短編小説が元のようだ。紅葉自身も作家仲間を相手にこの作品を講談として語ったとあるので、ストーリーが話芸に適しているのだろう。

あらすじは。
両替商の幼い娘の具合が悪いということで、主人が乳母に命じて医者に診させに行くが、なかなか戻らない。遅く帰ってきたので理由を訊くと、帰りに操り人形芝居を観てきたのだと言う。その時、桟敷席にいた侍夫婦から桟敷席に招かれ、子どもの小遣いとして2分の金を貰ったという。
名前も住所も聞いてなかったというので主は怒り、乳母に命じてその侍を探させるが、偶然に駕籠に乗ったその侍を見つけ、先を急ぐからと言う侍を店の手代の助けを借りて、両替商の家に招きいれる。
主人は先日の礼をいい、下へも置かぬもてなしをすると、侍は四国は松山藩の家臣で、主君の命を受けて茶道具を江戸に求めに来たという。
そこへ茶道具を扱う行商の仲買人が、侍が所望していた茶器を持参して現れる。他に買い手がいるが、今ここで180両を即金で払ってくれるなら茶器を渡すという。侍は、芝の宿に戻れば金は用意できるのだがと渋ると、両替商の主人が180両は自分がここで立て替えると申し出て、侍は喜んで茶器を受け取る。
侍は、茶器を風呂敷で結わえ紫の紐で封印をして、借金のカタとして主人に預ける。直ぐにでも180両を両替商に届け、引き換えに茶器を引き取る約束して侍は帰って行った。それから、待てど暮らせど侍は姿を見せず、芝の宿にも該当する人物がいなかった。
ここで両替商は180両を騙し取られたことを覚る。
実に手の込んだ詐欺に引っかかったのだ。
この件が江戸中で評判になり、そこに目を付けた芝居小屋が狂言にして上演したところ、これが大当たり。
ますます両替商の主人は面目丸つぶれ、奉公人に示しがつかず、店の信用にもかかわってくる。
そこで一計を案じ、手代を呼んで何やら耳打ち。
芝居の幕間に突然、手代が舞台に上がり、自分はいま話題に店の手代であり、騙された問題の偽の茶器はこれだと宣言し、観客の目の前で木箱ごと茶器を叩き割って見せる。
観客は大喜びで、これがまた江戸中で大評判になる。
それから数日後、両替屋の店先に例の侍が現れ、「遅くなったが、預けていた茶器を受け取りにきた」と言って、180両を差し出す。
金を受け取った主人はにっこり笑い、預かった紫紐の封印付の茶器を差し出す。
驚く侍、今度は自分の方が一杯食わされたのだ。
主人が侍に、「大切な茶碗です、落として割らないように」。
侍が「割りに合わんなぁ」で、サゲ。

小満んは、余計な修飾や過剰な表現を避け、飄々とした高座でこの物語の面白さを十分に引き出していた。
今のところ小満んしか演じてないようだが、裏を返せば小満ん位の力量がないと高座にはかけられないのだろう。

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2017/06/08

国立演芸場㋅上席(2017/6/7)

国立演芸場㋅上席7日目

前座・春風亭朝太郎『たらちね』
<  番組  >
春風亭朝之助『寄合酒』
春風亭柳朝『紙入れ』
マギー隆司『奇術』
隅田川馬石『堀の内』
夢月亭清麿『時の過ぎ行くままに』
─仲入り─
宝井琴調『鋳掛や松』
林家彦いち『権助魚』
鏡味仙三郎社中『太神楽』
柳家小里ん『木乃伊取り』

近ごろは落語ブームとやらで、寄席は平日の昼の部でもけっこう入りが良いようだが、ここ国立演芸場はどうやら埒外らしく、この日も3分の1程度の入りだった。
ユッタリ、ノンビリ、ボーっとしたい時は、平日のここ国立演芸場がお薦めです。後ろから2番目の席だと360度周囲に人がいないので、快適だった。欠点は快適過ぎて眠くなること。油断してるといつの間にか睡眠状態に陥ってる。
上席のトリは本来は一朝なので、前方には一門の若手が並ぶ。

朝太郎『たらちね』、師匠の前名を貰ったということは期待されているんだろろう。達者な前座だ。
朝之助『寄合酒』、早口になると聴き取りづらいことがあるので、要注意。
柳朝『紙入れ』、この人らしい色っぽい仕草を活かした高座だったが、時々素っ頓狂な声を上げるのはどうだろうか。
馬石『堀の内』、とぼけた味わいがこの人の特長だが、このネタとは語りのリズムが合っていない気がした。このネタを十八番としていた4代目圓遊の様にトントントンと調子よく語るネタだと思う。
清麿『時の過ぎ行くままに』、楽しみにしていたのだが、渋谷から横浜までの路線をどうするとか、ハードボイルドが・・・といった辺りで睡眠状態になってしまった。ちょっと退屈したこともある。
この人の師匠である5代目柳家つばめの高座を見たことがあるが、当時の落語家には珍しいインテリ臭があったと記憶している。そう言えば、この人も学校の先生みたいな風貌だ。
琴調『鋳掛や松』、商家に奉公に出された松五郎があまりに才気走り過ぎているからと店から暇を出され、父親の家業である鋳掛屋を継ぐが、世の中の貧富の不条理さを感じて悪事に向かうまで。
講談はやはりアウトローものが面白い。
彦いち『権助魚』、この日一番客席を沸かしていた。純朴なようでしたたかな権助の描き方が良く出来ていた。
小里ん『木乃伊取り』、小里んは何を演らせても上手い。地味な印象で損をしている感があるが、語りの確かさや人物描写の巧みさは一級品。このネタでもその手腕がいかんなく発揮されていた。

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2017/06/06

柳家さん喬「大人の落語」刊行記念落語会(2017/6/5)

「柳家さん喬『大人の落語』刊行記念落語会」
日時:2017年6月5日(月)19時
会場:深川江戸資料館
<  番組  >
柳家さん若『のめる』
柳家さん喬『締め込み』
『トーク』さん喬、ナビゲーター:亀山早苗
~仲入り~
柳家さん喬『雪の瀬川』

さん喬が初めて「大人の落語」という本を出版して、その記念落語会があった。タイトルの「大人」とは、男女関係を描いたネタを中心にして作品解説を行っている所から来たものだろう。
入り口で参加者全員に新刊が配られたが、本の見返しにさん喬本人による自筆のサインがあった。こういう所がいかにもこの人らしい。
「はじめに」の所で、さん喬は「芸論」を語るのが嫌いだと書いている。この点はアタシも同感で、芸人は自らの芸を通して観客に芸論を伝えるべきであって、芸論そのものを書いたり語ったりするのは筋違いだ。
だいたい、芸論を書く芸人にロクなのはいない。

巻末に「さん喬ひとり語り」という章があり、そこで弟子の喬太郎について触れているのでその一部を紹介しよう。
【ただ、喬太郎が二つ目になった頃からですかね、オレはこいつを一人前にしなかったら大変なことになると思いました。人間として、噺家としてのことはいろいろいうべきだろうけど、落語に関してはとにかく自由にしてやろう、好きなようにさせようと決めました。そうでなかったら、何十年にひとりというこの逸材を潰してしまうことになる。そんなことになったら、宝物を海に捨てるも同然ですからね。
(中略)
喬太郎は殻に閉じ込めたら絶対いい噺家にはなりません。私にとっても刺激になりますね。いつもこいつに負けるもんかと気持ちになれる。今だから本音をいえば、若い時は弟子の喬太郎に嫉妬していたところがあったと思う。それでも「オレは師匠なんだ」という気持ちが自分を支えていたのかもしれませんね。
私自身も若かったから、精神的にも経済的にも余裕がなくて、喬太郎については充分なことをしてやれなかったんじゃないかと今でも思うんですよ。例えば5番目の弟子が二つ目になったころ、袴を買ってやって、「あれ、喬太郎にはどうしたかな」と。だからときどき彼に聞きますよ。「オレ。おまえにこういうことした?」って。「していただきました」と言われるとほっとしますね。】
この一文を見ても、さん喬の人柄が分かる。
喬太郎はいい師匠に仕えた。

さん若『のめる』
久々だったが、上手くなった。口調が明解だし、自分の型を持ちつつあるような気がする。
来年には真打になるだろうが、もうその資格は備えている。

さん喬『締め込み』
さん喬といえば長講、人情噺というイメージが強いが、アタシはこの人の軽い滑稽噺の方が好みだ。
泥棒が忍び込んで荷物を風呂敷に包んだまでは良かったが、亭主が戻ってきて慌てて床下に潜り込む。この時に糠みそ桶の匂いが強く、「ここのかみさん、あんまり糠味噌をかき回さないな」というセリフがあるが、これは大事だ。
この女房はいわゆる糠味噌臭いタイプじゃないのだろう。だから風呂敷包みを見た亭主が、きっと他の男と浮気して駆け落ちするんだと邪推したのだ。
夫婦喧嘩のとばっちりで、煮え湯を浴びて飛び出してきた泥棒がとっさに仲裁に入ったまでは良かったが、自分が風呂敷包みをこしらえたと言いにくそうに説明しだす所が上手い。
珍しくサゲまで演じたが、好みを言わせて貰えば、亭主がお福を口説く時に出刃包丁を突きつけて「ウンか、出刃か、ウン出刃か」と迫ったというエピソードは入れて欲しかった。この亭主の乱暴で一途な性格がこの一言で表現されているからだ。

「トーク」コーナーは、本来は新刊のPRが主目的だったんだろうが、ナビゲーターを務めた書籍の編集者はあまり強くは推奨しない感じで、むしろさん喬の方がフォローしていた。
今年は入門して50周年、著書の初出版、紫綬褒章の受賞が重なった年だったが、今までで一番嬉しかったのは2014年の「国際交流基金賞」 受賞だと。確かにこの賞の過去の受章者の中では落語家は極めて稀だ。
「さん喬さんにとって落語とは?」という問いに、「生活の糧です」はご名答。

さん喬『雪の瀬川』
特に断ってはいなかったが、内容からすると『雪の瀬川(下)』ということになろう。
吉原の花魁・松葉屋瀬川に入れ込んで800両という大金を使い込み勘当された若旦那が、永代橋から川に飛び込もうと迷っている所に、以前は店の奉公人で今は紙屑屋をやっている忠蔵と云う者に出会って、忠蔵の家へ居候する事になった。
若旦那は一月ほど忠蔵の家へ厄介になっていたが、忠蔵の生活も貧しさに見かねて、瀬川宛に手紙を書く。忠蔵が直接瀬川に手紙を届ける事はできないので、幇間の揚場町の吾朝に手配してもらう。若旦那の身の上を心配していた瀬川は手紙を読んで泣き崩れる。
やがて瀬川から忠蔵へは20両という金と、若旦那には手紙の返事が届く。その手紙には、若旦那の元へ雨の日に会いに行くと書いてあった。
吉原の花魁が雨の日に会いに来ると云うのは、廓を抜け出すという事で、命がけだ。来ることはないと断言する忠蔵だが、若旦那は信じていた。
正月も明けて半ばごろ、朝から降り出した雪が積もった八つ(午前二時)頃に、一丁の駕籠が忠蔵の家の前へ止まり、中から侍のなりに変装して出てきたのは、瀬川だった。
二人は再開の喜びに震え固く抱き合う。
その後色々な経緯があって、二人は目出度く夫婦になる。
さん喬は情感溢れる静謐な語りで、それぞれの登場人物の心の動きを丁寧に描いて好演。
以前にも同じネタを聞いたことがあるが、この日は明らかに気合が入っていた。

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