寄席・落語

2019/11/17

ザ・きょんスズ30(2019/11/16)

「ザ・きょんスズ30」
日時:2019年11月16日(土)19時
会場:ザ・スズナリ
<  番組  >
柳家やなぎ『金明竹』
柳家喬太郎『綿医者』
三遊亭兼好『氷上滑走娘』
~仲入り~
柳家喬太郎『本当は怖い松竹梅』

柳家喬太郎落語家生活30周年記念落語会「ザ・きょんスズ30」は、11月1日より30日まで30公演が開催されている。その折り返しの16日夜の部へ。本人によれば30周年記念というより31年目に踏み出すための落語会とのこと。
ネタ出しされているラインナップを見ると、古典から新作にいたる喬太郎の代表的な演目が並んでいるので、今の時点での集大成ということになろう。
柳家喬太郎という噺家は極めて特異な落語家だ。古典と新作の両方を演じる人は多いが、喬太郎はその双方ともに高いレベルにある。
古典でいえば、軽い滑稽噺から圓朝作の人情噺まで幅が広く、また演じ手が絶えていたような古典の掘り起こしも行っている。
新作では、従来の新作落語ではあまり扱ってこなかった様な男女の切ないラブストーリーといったテーマのものから、SFやミステリーっぽいものまで実に多彩だ。
こんな噺家は恐らく過去にいなかったろうし、今後も出てこないかも知れない。
だから喬太郎と同時代を生きているというのは幸せなことなのだ。

やなぎ『金明竹』
古典に手を入れてという気持ちだろうが、方向性が間違っている。客が来たらお茶請けを食べさせるとか、店番の与太郎が呼び込みをしたり「ご指名は?」と訊いたりと、訳が分からない。そのくせ肝心の上方弁の言い立ては滑舌が悪い。妙に捻ろうとするより、まずは古典を真っ直ぐ磨くことだ。

喬太郎『綿医者』
二ツ目になって2,3年の頃に髄膜炎という大病を患い入院した時の思い出をマクラに。入院した時に同じ思いをしたと、ニヤッと笑ってしまう様なエピソードもあった。とかく男と言うものは、である。
このマクラが全体の3分の2位を占めて、ネタは短い。元は上方落語のネタだったが、近年の演じ手がなく絶えていたのを喬太郎が復活させたもの。内臓がいかれた患者の手術で、取り出した内臓の代わりに綿を詰めた。身体が治ったので強い酒を呑んで、煙管の煙草の火を思いきり吸い込んだもんだから内臓の綿に火が付いた。慌てて水を飲み消した所で「胸が焼けた」サゲ。医者が内臓を取り出す場面をユーモラスに描いてみせるブラックな演出。

兼好『氷上滑走娘』
マクラで喬太郎への思いをたっぷり語ってネタへ。
兼好の新作のようで、足の悪いおばあちゃんが医者に運動を勧められフィギュアスケートを始めるという他愛ないストーリーだが、座布団の上で3回転の真似をする動作が秀逸。高座で滑って客が喜ぶのは兼好だけか。

喬太郎『本当は怖い松竹梅』
古典の改作というよりは新作。
マクラの披露宴での余興の話から『松竹梅』の終わりまでは古典の本編通りの演じ方。式をあげたばかりの新郎が刺されて命に別状は無かったが刺した相手については口をつぐむ。一方、梅さんが式の後で行方不明になる。この謎を隠居が金田一ばりに推理し、遂に真相を突き止めるというミステリー仕立て。
カギは本編での梅さんのセリフで、隠居が教えた渡りセリフの「なったなった蛇になった当家の婿殿蛇になった。なに蛇になあられた。長者になあられた」という謡の文句を、
①梅さんが、謡(うたい)と屋台と間違え、横丁の屋台のおでん屋を引き合いに出したこと。
②式の最後の3人のセリフの最後で梅さんが「亡者になあられた」と間違えてしまったこと。
所から隠居の推理が始まり真相が明らかになって、事件は意外な結末を迎えるというもの。
この滑稽噺を推理劇に仕立てたという創作力は大したものではあるが、結末が陰気な印象で落語として暗さが気になった。

喬太郎の2席はいずれも喬太郎ならではの高座。
31年目からどのように変貌してゆくのか、大いに楽しみだ。

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2019/11/15

国立名人会(2019/11/14)

第435回「国立名人会」
日時:2019年11月14日(木) 19時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・柳家小はだ『道灌』
柳家三之助『金明竹』
入船亭扇治『きゃいのう』
古今亭志ん橋『井戸の茶碗』
―仲入り―
柳家福治『お見立て』
柳家小菊『粋曲』
柳家小三治『粗忽長屋』

11月の国立名人会は小三治のトリで、 出演者は志ん橋以外は柳家一門が顔を揃える。

三之助『金明竹』
緩やかなセリフ回しと「道具七品」の早口の言い立ての対比が効果的。このクラスの人が演じると断然面白くなる。

扇治『きゃいのう』
初代柳家三語楼の作とされ、弟子の柳家金語楼が時折り高座に掛けていた。地位の低い歌舞伎俳優の哀感を描写した噺。
座頭に腰元役を貰った大部屋の役者が床山に行くと鬘がないという。初日に休んだため用意がされていなかった。泣き出す役者に訳を訊くと、役者になりたくて両親の反対を押し切り故郷を飛びだしたが、ようやく役が付いたので両親を招待したが、猪や馬の役でがっかりさせてしまった。今度はセリフのある役で、両親が楽しみにして見にきていると。同情した床山は余っていた力士の鬘に新聞紙の詰め物を詰め込んで何とか収めて舞台に送りだす。処が、床山が誤って煙草を叩いた火を新聞紙に落としてしまったことに気付いた。しかし時時遅く、役者が舞台に出ていた。幕が開くと腰元が三人掃除をしていて、そこに乞食がやって来てる。それを見つけた腰元の一人目が『むさくるしいわい』、二人目が『とっとと外へ行(ゆ)』、そして最後の役者が『きゃいのう』」という渡りセリフ。だが最後の役者が舞台で上がってしまい、セリフが出てこない。そのうち鬘の上から煙が立ち上ってきた。役者が慌てて「ウーン……熱いのう」でサゲ。
実力者揃いの入船亭一門の中では地味な存在の扇治だが、芸は確かだ。例えば煙草をのむ時の煙管の持ち方が良い。舞台の腰元も渡りセリフもちゃんと女形の口跡になっている。丁寧な高座で好演。

志ん橋『井戸の茶碗』
結論から言うと、とても良い出来だった。
この噺、登場人物がみな正直で良い人ばかりという事から、落語らしい面白みに欠ける憾みがある。志ん橋の高座ではその正直に滑稽味が加わり、かつ浪人の威厳を失わぬ姿や、一途な武士の姿、好人物の屑屋の姿が明確に描かれていた。
筋の運びも間然とした所がなく、結構でした。

福治『お見立て』
初見。極め付けの志ん朝の高座に比べると薄味だが、テンポの良い運びはこのネタの面白さを引きだしていた。
定席に顔づけされる機会が少ない様だが、味のある高座だった。

小菊『粋曲』
トリの小三治が盛んにほめていたが(腰が据わった、開き直った芸とか)、この人の音曲にはいつも感心する。私の拙い経験から言わせて貰えば、歴代の音曲師の中で最高の力量だと思う。

小三治『粗忽長屋』
マクラの部分から師匠の先代小さんの高座を踏襲したものだった。お手の物とは言いながら、見事な高座。特に熊が自分の遺体と対面する場面は抱腹絶倒。

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2019/11/12

「柳亭小痴楽 真打昇進披露」in国立(2019/11/11)

国立演芸場11月中席・初日「落語芸術協会真打昇進披露」

前座・柳亭楽ぼう『子ほめ』
<  番組  >
柳亭明楽『転失気』
春風亭柳若『猫の皿』
江戸家まねき猫『ものまね』 
三遊亭小遊三『鮑のし』
春風亭昇太『猿後家』
 ―仲入り―
『真打昇進披露口上』下手より司会の鯉昇、昇太、小痴楽、楽輔、小遊三
瀧川鯉昇『粗忽の釘』
柳亭楽輔『替り目』
東京ボーイズ『歌謡漫談』 
柳亭小痴楽『干物箱』

国立演芸場11月中席は柳亭小痴楽 真打昇進披露興行。国立の寄席は前月の1日にチケットが発売されるのだが、その時点で出演者が決まっていないことがある。今回もそれで、仕方なく11月11日というゾロ目に日に予約したというわけだ。

明楽『転失気』
ヘタ、前方の前座より酷い。

柳若『猫の皿』
クスグリを多用して笑いを誘っていたが、行き過ぎるとこのネタ本来の面白みを弱めてしまう。

小遊三『鮑のし』
後の口上で、副会長の重しが取れて若返ったと揶揄されていたが、そういう感じがする。お人好しの甚兵衛が右往左往する姿が巧みに描かれていて、サゲまで演じた。

昇太『猿後家』
落語が好きだというと、時々「笑点」の中で落語が一番上手い人はと訊かれることがあるが、「昇太でしょう」と答えると不思議そうな顔をされる。『権助魚』『花筏』は現役ではこの人がベストだと思っているが、他の人では何も思い浮かばないもん。
ヨイショされて照れる猿後家のお上さんの表情が良かった。

『真打昇進披露口上』では、既に30日間も続けてきたのでダレ気味。小遊三なんぞは「高校3年生」をワンコーラス唄っておしまい。昇太が、本人の性格が奔放だがその奔放さを芸に生かして欲しいと言っていたのが印象に残った。

鯉昇『粗忽の釘』
鯉昇は、オリジナルのほうきを釘に掛けるのに瓦釘を使うのは不自然だと考えて、もっと重いものということでかつてはエキスパンダーを掛けていた。今は体の大きい叔母さんが使っていた遺品のロザリオを掛けるという設定にしている。相変わらず軽妙な高座でこの日最も受けていた。サゲは「お宅の阿弥陀様はキリスト教ですか?」。

楽輔『替り目』
酔っ払いが酔っ払いに見えないし、会話の「間」が取れてないし、一本調子なので抑揚がない。これではネタの面白みも出てこない。

小痴楽『干物箱』
このネタ、若旦那の身代わりに2階に上がった貸本屋の善公について2通りの演じ方がある。
①若旦那が予め父親から訊かれる俳句の会について善公に答えを教えておくが、次に無尽のことを訊かれてしどろもどろになる。その後に干物箱のヤリトリがあって、父親が2階に上がってくる。
②最初に善公と父親とのヤリトリがあり、それはいったん収まるが、善公が花魁から若旦那に宛てた手紙を読み自分の悪口が書かれているので腹を立てて大声を出すと、怪しんだ父親が2階に上がってくる。
小痴楽は②の演じ方だった。
前半の若旦那と善公の会話の場面では、善公が若旦那のお供で吉原に行くと思い込んで妄想にふける所を加え、いかにも小痴楽らしい軽妙な運びだった。
しかし、若旦那と善公のセリフが平板に流れていってしまった。もう少しセリフの間や緩急に留意すべきだったように思う。
それとトリネタとしては、このチョイスがどうなんだろうか。
熱演の割には客席の反応はいま一つだった。

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2019/11/10

「ハメモノの入る上方落語会」(2019/11/9)

第63回「上方落語会」
日時:2019年11月09日(土)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
笑福亭智丸『隣の桜』
林家染左『質屋芝居』
桂春若『三十石』
《仲入り》
笑福亭岐代松『天王寺詣り』
月亭八方『堀川』

ブログ休み中に、東京五輪のマラソン会場が東京から札幌の移転することが話題となっていた。たまたま観たワイドショーでは、出演者が口角泡を飛ばして議論していたが、それほどの問題なのか。国民の大半はTV観戦だから会場がどこだろうと関係なかろう。
背景には、都知事の再選を目指す小池百合子のメンツと地元札幌の開催を目論む橋本聖子五輪担当相との、利権をめぐる綱の引き合い。選手ファーストと言いながら要は「政治と金」が中心問題。胴元のIOC自体が金まみれ、オリンピックも一皮むけば裏は汚い世界なのだ。

横浜にぎわい座での定例の「上方落語会」、今回はハメモノの入る上方落語特集だ。

笑福亭智丸『隣の桜』
2013年に笑福亭仁智に入門、詩人から落語家になったという変わり種。
ネタは『鼻ねじ』のタイトルでもお馴染みで、後半の屋敷の庭で花見の宴会が開かれる所で賑やかな囃子が入る。
隣家の学者先生だが、芸者の裸踊りに魅了されて覗き見なんかするから鼻をねじ上げられるんだ。
ちょっと固い感じだったが、一所懸命に演じていた。

林家染左『質屋芝居』
1996年に4代目林家染丸に入門、郷土史料館の学芸員から落語家になったというこちらも変わり種。昔はアホな噺家の高座を利口な客が眺めていたが、今はそれが逆転してしまったようだ。
ある質屋、主人から番頭、丁稚にいたるまで家内中が芝居好き。
そこへ客が来て、急に葬礼の送りに必要になったので質入れしていた葬式の裃(かみしも)を出して欲しいと、質札と現金を持ってきた。
主人の命令で定吉が蔵に行って裃を探していると、隣りの稽古屋から、三味線の音が聞こえる。その音につられて定吉は裃を身につけると、忠臣蔵の三段目“喧嘩場”を一人で演じはじめる。
店にはもう一人客が来て、先日質入れした布団が貸し布団で直ぐに請け出して欲しいと質札と現金を持ってきた。
今度は番頭が蔵に行くと、定吉が目をむいて喧嘩場を演じている。そこで布団を塀の書割に見立て、三段目の内”裏門・塀外の場面”の場を二人で演じ始める。
客がいつまでも品物が戻ってこないと文句を言うと、今度は主人が蔵へ行くと番頭と定吉が大立ち回りの真っ最中。そこで主人は木戸番に扮して呼び込みを始める始末。
二人の客がもう待てないと蔵へ乗り込んでくると、裃も布団も芝居に使われてメチャクチャ。怒って中へ入ろうとすると、木戸番の主人に止められる。
「中へ入んねやったら、札は?」
「札は表で、渡してます。」
でサゲ。
芝居の木戸銭の札と、質札の札を掛けたものだ。
質屋を利用する人も珍しくなったのと、忠臣蔵三段目の裏門・塀外の場はお馴染みがない事から、分かりづらい噺となっている。
染左の高座は芝居の仕草やセリフをたっぷり織り込んで良い出来だった。

桂春若『三十石』
この人のこのネタは今月もう一度聴く予定があるので、その際に内容を紹介する。

笑福亭岐代松『天王寺詣り』
1982年に6代目笑福亭松鶴に入門。
ネタはとりわけストーリーらしきものは無く、彼岸の四天王寺境内のにぎわいをスケッチしたもの。むしろ玩具や竹駒屋、寿司屋(押し寿司と江戸鮨屋)、のぞきからくり、阿保陀羅経読みなどを演じ分けが見せ場だ。
随所に挟むクスグリも腕の見せ所で、岐代松の高座では森友・加計から最近の相次ぐ大臣辞任、文科相の身の丈発言に至る時事ネタを披露していたが、もう一つ捻りが必要だったかな。

月亭八方『堀川』
1968年に月亭可朝に入門、可朝の惣領弟子だから今は月亭一門のトップということになる。その後の活躍はご存知の通り。
珍しいネタで初見。
ここに酒好きな道楽息子。店の身代を飲み尽くし一家は裏長屋住まい。毎晩酔っぱらって帰宅するが、甘い母親は家に入れる。
一方向かいに済む源さんは喧嘩極道で火事好き、今日も家に帰るなり寝ていた母親の枕を蹴飛ばして、晩飯の給仕をさせて肩揉め、腰撫で、足さすれの無理難題。朝は起きなくて日々難渋する母親は、時に心中が起きただの火事だのと言って息子を起こすのだが、嘘がばれると殴られる始末。手を焼いた母親は、たまたま通りかかった猿回しに頼んで、源さんの枕元で猿に踊らせる。あまりのおかしさに起き上がった源さんはすっかりご機嫌になって、これなら毎朝早く起きると言いながら仕事に出かける。
これを見た酒極道の父親が、家の息子も猿に起こして貰おうというと、母親は無理だという。
「猿は虎(大酒のみ)には勝てない」でサゲ。
そう面白くもない噺をこれだけ聴かせたのは、八方の技量によるものだ。

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2019/11/04

入船亭扇遊が紫綬褒章を受章

突然ですが・・・。
入船亭扇遊が秋の紫綬褒章を受章した。
昨年の芸術選奨に続いての受章だ。
当ブログの記事でも再三にわたり、「今もっとも観ておくべき噺家」として扇遊をとり上げてきたので嬉しい。
世評が高く落語ファンには人気が高い人でも、芸がピークアウトしてっしまっていたり完全な安定期に入ってしたまった人は、それなりに面白いが心が動かされることはない。
そこいくと、扇遊は今が旬である。

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2019/10/30

「南光・扇遊 二人会」(2019/10/29)

噺小屋session とざいとーざい「桂南光×入船亭扇遊」
日時:2019年10月29日(火)18時45分
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・入船亭扇ぼう『たらちね』
桂南光「化物使い』
入船亭扇遊『妾馬』
~仲入り~
入船亭扇遊『ねずみ』
桂南光『三枚起請』
(全てネタ出し)

「桂南光・入船亭扇遊」とう東西の脂の乗り切った二人の会へ。この日も雨だったが10月は雨ばかり。これも防衛大臣のせいなのか。

南光「化物使い』
古典と思われているようだが、大正時代に作られた比較的新しいネタらしい。東西で演じられているが筋に差はない。
南光は独自かも知れないが少し変えていた。通常は登場人物は隠居と権助だが、南光の場合は夫婦二人だ。長屋から一軒家に引っ越してきた夫婦、家は広くなったし家賃は安い。処が女房が銭湯に行ってたまたま世間話を耳にしてたら、その家が化け物屋敷だという。女房は怖いからと言ってしばらく親元に帰ってしまい、亭主一人が家に残る。ここからは通常のストーリーとなる。
この演じ方の方が時間が短いが、オリジナルの隠居と権助の会話の面白さが抜けていると薄味になってしまう。

扇遊『妾馬』
前半の省略し、八五郎が大家に呼ばれる場面から入った。全体は志ん生流の軽妙な運びだったが、八が御前で酒を飲むあたりから粗っぽいが母親思い妹思いの八の気性が露わになる。そこもあまり湿っぽくせずサラリと演じて、扇遊らしい高座となった。

扇遊『ねずみ』
先日ぴっかり☆の高座で聴いたばかりのネタで、比較するのも憚れるが甚五郎の描き方が大きく異なる。普通にしゃべっていても自ずから風格が感じられるというのが、この噺の甚五郎像だ。やはり扇遊クラスの演者でないとこの味が出てこない。
卯兵衛の身の上話もあまり感情をこめず、しかも客席を引き込む、扇遊ならではの高座だった。

南光『三枚起請』
東京でもお馴染みのネタだが元は上方で、後半の展開に大きな違いがある。
登場人物が騙され側の男たち、仏壇屋の源兵衛、下駄屋の喜六、指物屋の清八、この3名を手玉に取るのが小山(おやま=女郎)の小輝。
3人の男が難波新地の宇津木見世・小輝こと本名たね、からそれぞれ同じ起請文を貰って怒り、茶屋に乗り込む、3人が小輝を呼び出し恨み辛みを言い立てる所までは東京と同じ。
ここで小輝が、幼い頃に母親を亡くし男手一つで兄と小輝を育てていたが父も亡くなり兄まで事故死。一人残された小輝は苦界に身を沈め生きてきたが、辛い仕事で泣く日が続く。そんな時、亡き父や兄に瓜二つの男たちに出会えてついつい甘えてしまったのだと、涙ながらに語る。これを聞いた男たちも、それなら仕方ないと帰ってゆく。小輝の身の上話を立ち聞きしていた茶屋の女将が貰い泣きしていると、小輝はあれは皆ウソだと白状する。
それから数日後、男3人が別々に茶屋に上がり、それぞれが「俺だけは小輝を信じてる」。
サゲの部分は上方の型とも異なり、南光の独自の工夫と思われる。
騙した女郎が居直る東京版より、さらに男たちを騙し続ける上方版のほうが遥かにしたたかだ。
南光の高座はそれぞれの人物を明確に演じ分けて楽しませてくれた。

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2019/10/29

鈴本10月下席・昼(2019/10/28)

鈴本演芸場10月下席昼の部・8日目

前座・春風亭与いち『手紙無筆』
<  番組  >
林家つる子『やかん』
翁家社中『曲芸』
三遊亭歌橘『紙入れ』
林家正蔵『松山鏡』
林家楽一『紙切り』
桂文雀『鴻池の犬』
三遊亭歌武蔵『漫談』
ニックス『漫才』
桃月庵白酒『短命』
─仲入り─
ダーク広和『奇術』
柳家はん治『妻の旅行』
橘家圓太郎『真田小僧』
江戸家小猫『ものまね』
桂ひな太郎『幾代餅』

八千草薫が10月24日に亡くなった。
もう20年ほど前になるが、大分空港の待合室でご本人を見かけたことがある。直ぐ前の席でおしゃべりしている声に聞き覚えがあったので、そっと顔をうかがうと彼女だった。相手はおそらくマネージャーか付け人だったと思うが、まるで友人同士の様に楽しそうに話し合っていた。
私の兄が彼女の大ファンで、八千草が親子ほど年の離れた谷口千吉と結婚した時は、なんであんな年寄りとと言って怒っていたことを思い出す。

鈴本の10月中席は台風などの影響で4日も休席になったが前代未聞だろう。
天気に恵まれた8日目、会場は8分の入り。

つる子『やかん』
講釈の出来栄えはまあまあだったが、セリフの間が悪い、間に関しては前方に上がった前座の方が上だ。

翁家社中『曲芸』
普段見慣れているので何も思わなかったが、先日の圓楽一門会での下手な曲芸を見ると、普通に演じることの難しさが理解できる。

歌橘『紙入れ』
初見、この人の登場でようやく客席が落ち着いてきた。

正蔵『松山鏡』
浅い出番でもきちんっと演じる点は好感が持てる。

楽一『紙切り』
お題は「月に帰るかぐや姫」「紅葉狩り」「バレリーナ」など。

文雀『鴻池の犬』
寄席には足繁く通っているように思っているのだが、未だ一度も高座に
出会ったことがない人も少なくない。文雀もその一人でこの日のお目当て。上方のネタを東京に移して、内容の一部とサゲを変えて演じた。語りの確かさは実感できたので、機会があったら独演会に行ってみようと思う。

歌武蔵『漫談』
定番だがよく受けていた。

ニックス『漫才』
観客の印象に強く残るような何かインパクトが欲しい。

白酒『短命』
お馴染みのネタだったが、この日の客席の反応はイマイチだったかな。

ダーク広和『奇術』
ますますマニアック、ますます趣味の世界に入ったかな。テクニックは素晴らしいのだが。

はん治『妻の旅行』
桂三枝作のネタで、口うるさくて自分勝手、おまけに料理べたという女房の愚痴が延々と語られる。こういう噺ははん治にはニンで面白い。聴いていて段々身につまされてくる。

圓太郎『真田小僧』
このネタをこれほど面白く聴かせるんだから、大した技量だ。

小猫『ものまね』
相変わらず上手いもんだ。

ひな太郎『幾代餅』
トリの出番の前に前から2,3列目のグループと思われる20名ほどの客がいっせいに退場した。時間の都合もあっるのかも知れないが、ああいうのは避けて欲しい。演者にも他の客にも失礼である。
ひな太郎を見る度に思うのだが、落語に出てくる若旦那ってこういう風貌の人なんだろうなと。
現在の亭号は桂だが、芸は生粋の古今亭。この日も古今亭のお家芸ともいうべきネタを、清蔵の喜怒哀楽に表現してお開き。

改めて落語協会の芝居を観て思ったのは、人材の豊富さだ。10月中席でいえば末広亭、浅草演芸ホール、鈴本と分散しているにも拘わらす、これだけの顔付けが出来るのだから。

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2019/10/26

「五代目圓楽一門会」(2019/10/25)

「五代目圓楽一門会」初日
日時:2019年10月25日(金)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・三遊亭じゃんけん『初天神』
三遊亭ぽん太『紀州』
三遊亭楽大『牛ほめ』
三遊亭好の助『堀の内』
『吉例~隼町でひと踊り~』三遊亭鳳志、三遊亭楽八、三遊亭兼太郎、 他
三遊亭愛楽『親子酒』
三遊亭栄楽『浮世床』
―仲入り―
三遊亭萬橘『洒落番頭』
丸一仙翁社中『曲芸』
三遊亭圓橘『雁風呂』

10月の国立演芸場は特別企画として「五代目圓楽一門会」を3日間開催している。その初日はあいにくの大雨に加え、会場付近は横殴りの突風で傘をさすこともままならぬ。家族からは「寄席の決死隊だね」とからかわれてしまったが、さすが開演時は20名ほどで、それでも最終的には3桁に届いたか。
圓楽一門は普段は定席に出ないので、一部の人を除いては知らない顔が多いので出向いた次第。

じゃんけん『初天神』
前回は酷かったが今回は良かった。

ぽん太『紀州』
愛嬌のある人、地のしゃべりとクスグリのかみ合わせの「間」にはより工夫が要るかな。

楽大『牛ほめ』
名は体を表すで見た目の存在感は一番だった。

好の助『堀の内』
冒頭の「ちょいとお前さん、起きとくれよ」から始まる色々なネタを紹介し、あらすじを最初に喋ってからネタに入るという珍しい演じ方。テンポが良かった。

『吉例~隼町でひと踊り~』
寄席の踊りの良さは、通常は一人芸だがグループで演じることによる一体感があることだ。『深川』から『かっぽれ』までメドレーで楽しませてくれた。

愛楽『親子酒』
両親で唄を歌いながら父親が酒を飲むという変わった演じ方。声の出ない八代亜紀の真似は上手かった。

栄楽『浮世床』
ベテランらしからぬテンポの悪さ。客席を冷やした。

萬橘『洒落番頭』
別名が『庭蟹』。洒落の得意な番頭と、洒落が分からない主とのかみ合わない会話の面白さで聴かせる。売れてる人は違うね。
こういうのは実生活でもある。私の両親がそうで、ある時母がトイレに入ろうとしたら、中にいた父親が出てきて二人がぶつかった。母はとっさに「小便(正面)衝突!」と洒落たが父には通じず、母の顔をにらんでいた。

丸一仙翁社中『曲芸』
この程度の芸で2度も3度もミスするようじゃ、プロの名が泣く。

圓橘『雁風呂』
寄席にかかる機会が少ないが、とても良く出来た噺だ。
大名や代官の誤った行いを糺すため、東海道を西に向かう水戸黄門の一行と、驕奢な生活が町人の分限をこえたものとして闕所 (けっしょ) ,所払 (ところばらい) に処せられた淀屋辰五郎と共の者が、遠州掛川宿の茶店で偶然に出会う。松に雁が描かれている屏風が黄門の目に止まったが、画の意味が意味が分らない。一方、淀屋と共の者二人が、この画は「雁風呂」だと言うのを聞いて、黄門は淀屋を呼んで「雁風呂」の謂れを尋ねる。教えて貰った黄門はこの町人の知識の高さに感心し、名を訊けば淀屋辰五郎だという。これから江戸に行って、柳沢に貸した3千両の返還を求めるという。黄門は恐らく柳沢は金を返す気がないだろうと察し、その場合は水戸藩が立て替えるという書状を淀屋に渡す。つまり黄門は淀屋に対する幕府の処分は不適切だと判断していたということだ。裏を返せば、黄門の名を借りて、庶民が幕府の裁定に異議を挟んだという仕掛けになっている。
こういうネタは圓橘の様な貫禄のある演者でないと無理だ。
「淀屋は3千両、私の出演料は3千2百円」でサゲた。

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2019/10/25

「ぴっかり☆わん丈 二人会」(2019/10/24)

「春風亭ぴっかり☆三遊亭わん丈 二人会」
日時:2019年10月24日(木)19時
会場:なかの芸能小劇場
<  番組  >
三遊亭わん丈『寄合酒』
春風亭ぴっかり『ねずみ』
~仲入り~
『アンケート』ぴっかり・わん丈
三遊亭わん丈『魚の狂句』

この会の会場である「なかの芸能小劇場」は今の住まいからは足便が悪いのだが、私の生家(建物はとっくに無くなっているが)がここから3分ほどの所にあったので懐かしの場所なのだ。この先に行くと新井薬師があり、さらに数分行くと新井小学校があって、そこに7歳まで通っていた。
隣の席の女生徒が前の席の子とおしゃべりをするので身を乗り出した時、スカートの下から真っ白な太ももが見えた。その瞬間、性に目覚めて、以来およそ70年間目覚めっぱなし。
そんな事はどうでもいいけど、先日さん喬が「ぴっかりさんが上手くなった」と言っていたので、聴きに来ることにした。
当ブログを始めた頃にぴっかり(当時は”ぽっぽ”)が前座で寄席に出るようになり、当時からスジが良かったので記事にしたことがある。二ツ目になってからはあまり縁がなく、今回は久々だ。

わん丈『寄合酒』
他の品物は乾物屋から持ってきたが、鯛はどこから持ってきたんだろう?本来は犬が咥えていた鯛を横取りしたので、鯛の調理を始めるとその犬が取り返しにくる。そこから「食らわせてやれ!」の行き違いが起こるという運びになる。その部分が抜けているので、犬の一件が唐突な印象になってしまった。
このネタ、登場人物が多くそれぞれの演じ分けが要るのだが、わん丈の高座はそこが未だ粗い。

ぴっかり『ねずみ』
全体としては良い出来だった。さん喬が褒めるだけのことはある。
ねずみ屋の主・卯兵衛の身の上話を間接話法ではなく直接話法にした点に独自の工夫は見られた。ただ、途中で緩んでしまった所があり、小さなミスを誘っていたのが残念。
後は、甚五郎に風格が出るようになれば、更に良くなるだろう。

『アンケート』は開演前に客が提出したものを二人が回答するという企画。だいたいこういう時の質問というのは大したことがないので時間潰しの感あり。

わん丈『魚の狂句』
終演まで10分しかないと、短いネタを。
元は上方の演目で、わん丈が東京版に書き換えて演じていた。
ある男が色街に誘いにくると、街の名前を魚を織り込んだ狂句(川柳)にして洒落ようということになった。吉原、新宿、池袋・・・といった街について、その後は女性について、即興で狂句を読むという趣向。
一部は上方版のものをそのまま引用していたが、大半はわん丈オリジナルだと思われる。この人の才を活かした高座だった。

二人会というので一人2席ずつと想定していたが、中途半端に終わってしまった。
ちょっと薄味だったかな。

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2019/10/20

「宗助・吉坊 二人会」(2019/10/19)

「桂宗助・桂吉坊 二人会」夜の部 
日時:10月 19日 (土)17時30分
会場:らくごカフェ 
<   番組   >
『オープニングトーク』
桂宗助『ぬの字鼠』『亀左』
桂吉坊『高砂や』
~仲入り~
桂宗助『市川堤』

「桂宗助・桂吉坊 二人会」は昼夜公演で、その夜の部に。昼の部は前売り完売、夜も満席、上方落語もすっかり東京に定着してきた。最近は東京から繁盛亭に行く人もいるとか。

宗助『珍品小品集』
珍品とは文字通り珍しい噺で、言葉が今の時代に通じないとか、面白くないとかいうネタが多い。小品とは小噺より少し長く普通のネタよりは短いものを指す。今回は次の2つが演じられた。
『ぬの字鼠』
大黒さんのお使いが鼠、僧侶の奥さんを大黒と符牒で呼んだ事が知らないと理解できない噺。
昔は、坊さんの肉食妻帯は禁止されていた、そんな時代のこと。
寺の小僧の珍念、自分は和尚の本当の子だと周囲に言いふらしている。困った和尚は懲らしめのために珍念を縄で縛り木にくくりつけた。困った珍念は芝居の『金閣寺』の桜姫を思い出し、足で周囲の落ち葉を使って「ぬ」の字を書いて祈ると、「ぬの字鼠」が抜け出して縄を食いちぎってくれた。喜んだ珍念は、賽銭を懐に遊びに出かけてしまう。
これを知った和尚、「えっ、珍念の描いた鼠が・・・、きっと大黒(珍念の母)が使わせたんじゃろ」でサゲ。
『亀左』
モグサ売りの亀屋佐京、「江州 伊吹山のほとり 柏原本家 亀屋左京 薬モグサよろ~し」と売い歩いていた。
ある時、亀屋佐兵衛という老人が、念仏講中の人たちとお坊さんの説教を聞いているうちに眠気を催してそのまま大いびきで眠ってしまう。周囲が起こそうとするがなかなか起きないので・・・。
冒頭のモグサ売りの売り声が地口オチになる。
こちらはいよいよ難しい。
両方とも滅多に聴ける機会がないネタだった。

桂吉坊『高砂や』
東京でもお馴染みのネタで、筋はあまり変わらないが、主な相違点は次の通り。
・甚兵衛が隠居から「高砂や」を教えて貰うだけでなく、羽織袴から女房の着物まで借りてゆく。
・甚兵衛が両家の間を頭を下げまくって婚礼をまとめた経緯が語られる。
・婚礼の席で甚兵衛が「高砂や」の前半で立ち往生していると、介添人がその後は「月もろともに出で潮の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて はや住吉に着きにけり」だと教えてくれて、甚兵衛が「助け舟を出してもろた」でサゲ。
上方版は初めて聴いたが、甚兵衛と隠居の掛け合いは東京版より面白い。
吉坊は達者だ。

宗助『市川堤』
先日、桂文我の口演でこの噺の東京版を聴いたので、この日上方版を聴くことにした。
以下に「東京版」を再録する。
下野の国の越後屋治郎兵衛の倅・治郎吉は道楽三昧で、佐野のヤクザ・布袋屋一太郎の娘・小染と深い仲になる。布袋屋は以前に賭場で治郎吉の姿を見ており、度胸の良さをかって二人に所帯を持たせ、江戸で商売するよう元手を渡す。
江戸に出た治郎吉だが博打好きはおさまらない。負け続けで元手もすってすっからかん。そのうち小染のお腹が大きくなってきた。困った治郎吉は、賭場仲間の熊五郎と組んで、博打で大儲けしていた浪人者の門堂平左衛門を殺害し、200両を奪う。
急に大金が入った治郎吉をお染が怪しむと、この噂が父親の布袋屋の耳に入ったらタダでは済まないと思った治郎吉はお染を殺して死体は川に流してしまう。
独り身になった治郎吉は相変わらずの博打ざんまい。ある日急な雨で一軒の家の軒先で雨宿りしていると、奥から声がかかり家の中に入っていいと言う。声の主は元は江戸節お紺と呼ばれていた売れっ子の芸者で、今は犬神軍太夫という一刀流の道場主のお囲い者。それが縁で治郎吉とお紺が出来てしまった。これが犬神の耳に入るが、これが犬神の耳に入るが、意外に物分かりが良く、お前にくれてやると家財、家付きでお紺を治郎吉に渡す。本来なら恩義に感じる所だが、治郎吉は犬神を脅して手切れ金までふんだくる。
金が出来た治郎吉は又もや博打に現を抜かしスッテンテン。そのうち、お紺の右の目の淵に小さなおできポツッとできた。痒いといって掻きむしる間に段々だんだん大きなって、終いに顔の右半面が紫色に大きく腫れあがってしまった。
治郎吉はお紺の治療費を工面するために知り合いを尋ね歩き、ようやく金が手に入ったのが10日後、長屋に戻るとお紺の姿が見えない。近所の者に聞くと、前日に杖にすがりながらお紺が家を出て行ったという。
もうここにはいられないと治郎吉は、佐野の布袋屋の親分の所に戻り、娘の小染が病死したと嘘を言って居候になる。
近くに大きな田畑を持つ百姓がいたが、夫が突然の死で働き手がない。そこで布袋屋の世話で、後家のお小夜の元に治郎吉は入り婿となる。当初は真面目に働き、二人の間には治郎太郎という男の子もできた。そのうち治郎吉の博打の虫が湧いてきて博打ざんまいの生活が始まり、田畑を全て手放す。悲観したお小夜は縊首して自害。母親の遺体にとりすがって泣く幼児を見て、ここで初めて治郎吉は目が覚める。
それからは人が変わった様に夢中で働きだし、まとまった金が出来ると米相場に手を出すが、これが大当たり。今では関東一円に手広く商いを拡げた大店の主になっていた。今では困っている人を助ける寄進者にもなっていた。
歳の暮には各地に掛け取りに行くが、他の地は奉公人たちに任せ、江戸だけは治郎吉が掛け取りに回る。用事が終わって佐野に向かう途中、雪がちらつきだした。戸田の渡しまで来ると川原の小屋から女乞食がはい出して来た。髪の毛は抜け落ち、顔中が腫れ上がっている。情け深い治郎吉は金を恵んでやるが、その乞食が「お前は治郎吉だな」とむしゃぶりついて来た。変わり果てたお紺だったのだ。
苦労したことを聞いて涙ぐむ治郎吉はお紺と佐野に行くことを約束し、取り敢えずこの先に宿を取っているので一緒に泊まろうと誘う。手足があまりに汚れているので、戸田川で洗うよう言う。お紺が川辺で手足を洗っている隙に、治郎吉は背後から襲いお紺を川の中へ突き落す。なお棒杭につかまって必死のお紺を治郎吉は刀で斬り殺す。
この後、治郎吉は蕨の馴染みの宿へ上がると、部屋にお紺の幽霊が現れる。

上方版は地名が関西地方に変わるだけで、ストーリーはほぼ同じ。
大きな違いは、治郎吉が幽霊を追い払った後で、「はて恐ろしき執念やな」で終わる。
東京版では、この後治郎吉は自刃して果て、この物語が歌舞伎『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』の発端となるで終わる。
宗助の高座は、時折りクスグリを入れ、また地の語りの部分であまり感情を入れず、全体に陰惨さを薄めていた。
数年前に宗助の『たちぎれ線香』を聴いて、その上手さに感心したが、今回も米朝を彷彿とさせる様な期待通りの高座だった。

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