寄席・落語

2017/09/18

扇辰・喬太郎の会(2017/9/17)

第71回「扇辰・喬太郎の会」
日時:2017年9月17日(日)18時30分
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・柳家寿伴『道具屋』
入船亭扇辰『さんま火事』
柳家喬太郎『二十四孝』*
~仲入り~
柳家喬太郎『すなっくらんどぞめき』
入船亭扇辰『緑林門松竹(みどりのはやしかどのまつたけ)』*
(*ネタ下ろし)

毎回人気で前売り完売のこの会、この日も3連休の中日に加え台風接近というコンディションにかかわらず満員御礼。
処で、安倍政権は来月にも衆院解散、総選挙の実施を謀っているとか。国民には北のミサイルで日々危機感を煽っていきながら、その裏では選挙準備かね。ということは、それほど怖がらなくても良いという事か。
本当に危機なら、敢えて政治空白を作るはずないもんね。

扇辰『さんま火事』
得意の『目黒』の方ではなく、こちらのネタ。
長屋の裏に住む地主がひどくケチで、しかも何かと長屋の連中に迷惑をかける。こないだも地主の娘が前の空き地に簪を落としたので、拾った人には多額の礼をするという。空き地は雑草が生い茂っているので、長屋の連中は総出で草刈りをしたが、簪は見つからない。後で聞いたら、草刈りをやらせるための嘘だったと分かる。万事がこんな具合で、腹の虫が収まらない連中が集って大家を訪れ、仕返しの知恵を借りる。
大家は、それなら長屋全員で秋刀魚を焼いて、団扇で扇いで煙を地主の家に向かわせ、大声で火事だ!と叫ぶ。地主の商売が油屋だから、きっと慌てるに違いない。それを見て皆で笑ってやろうという。
喜んだ長屋の連中は、長屋18軒七輪を並べて秋刀魚を焼き始めた。
この騒ぎに地主も最初は驚くが、煙が秋刀魚からだと分かると、早々に飯の支度。「この匂いを嗅いで、おかずにして食べてしまおう」。
紙切りの初代林家正楽の創作。
蒲焼の煙をおかずに飯を食うという小噺によく似ている。
扇辰の高座は、地主からこんな酷い目にあったと訴える長屋の衆のドタバタぶりが良く出来ていた。

喬太郎『二十四孝』
この日がネタ下ろし。
筋はほとんどの方がご存知だと思うが、二十四孝の故事の引き方やサゲが演者によって異なる。
先ず故事の方だが、喬太郎の高座は王祥の鯉、孟宗の筍、郭巨の釜掘り、呉孟の蚊の4種類だった。
サゲは、男が呉孟の真似で全身に酒を吹きかけようとしたが、ついつい自分でみな飲んで、そのまま寝込んでしまう。
朝起きると蚊の食った跡がないので、男が喜んで「婆さん見ねえ。天が感ずった」。
婆さんが「当たり前さ。あたしが夜っぴて団扇で扇いでいたんだ」でサゲ。
未だ完全に入っていないせいか(呉孟の名前がなかなか出なかった)、おそるおそる演じているようで、喬太郎らしさが出ていなかった。
しかし今後磨いてゆけば、立派な持ちネタになり得ると思わせる高座だった。

喬太郎『すなっくらんどぞめき』
ネタ下ろしから解放されて、見違えるようなハイテンション。今冬に予定している初めての欧州公演や、11月に自らが主演する舞台『スプリングハズカム』のエピソードを嬉しそうに語っていた。
ネタは、古典の『二階ぞめき』の吉原を、かつて池袋駅地下にあった”スナックランド”に置き換えたもの。
ネタそのものよりも、喬太郎の池袋愛、蘊蓄、トリビアの披歴の方が面白かった。
いかがわしさも町の魅力の一つなのだ。

扇辰『緑林門松竹』
ネタ下ろし。
三遊亭圓朝作の長編で、その発端にあたる『医者秀英の家』の口演。
根津七軒町の医者・秀英宅に奉公人として、信州の田舎者というふれこみで入り込んだ新助市。秀英がおすわを妾に囲っていると知った新助市は秀英の妻に、秀英が妻を毒殺して妾を本妻になおす事を計画していると嘘の話しを持ち掛け、毒薬譽石の在り処を聞き出した上、妻を殺害する。
今度は妾宅にとって返し、秀英に妻が間男していると嘘を言い、自宅に連れ出した所で、秀英を毒殺してしまう。
二人を殺して金を奪った新助市は、いずこかに姿をくらます。
とにかくこの噺、登場人物は悪者ばかりで、それが延々と殺人を繰り返して行くというストーリーなのだ。
演じ手が少ないのは、ストーリーがあまりに陰惨だからだろう。
扇辰の高座は、それぞれの人物像を明確に描いていて、相変わらず完成度が高い。これならいつでも再演可能だろうが、口演の場は限られるかも。

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2017/09/17

#14ワザオギ落語会(2017/9/16)

第14回「ワザオギ落語会」
日時:2017年9月16日(土)18:15
会場:国立演芸場
<  番組  >
入船亭小辰『代脈』
三遊亭兼好『浮世床(将棋、夢)』
入船亭扇辰『藁人形』
~仲入り~
笑福亭たま『ふたなり』
柳家権太楼『青菜』

14回目となる「ワザオギ落語会」、アタシの出席率は5割ていどかと思う。
会によって出演者の顔ぶれに偏りがあるのは、主催者やディレクターの好みだろう。
権太楼が2回目というのは意外な気がするし、雲助は出てないのでは。

小辰『代脈』
上り坂の芸というのは楽しいもので、時期は忘れたが以前に聴いた時から比べてぐっと面白味を増している。
小辰が描く医者の見習い・銀南だが、愚か者というよりは食い気と色気、そして好奇心に溢れた若者らしさを示していたように思う。
開口一番で一気に客席を引き込んだのも、独演会を重ねてきた精進の賜物だろう。

兼好『浮世床(将棋、夢)』
兼好で感心するのは、かなりの回数の高座を観ているが、その度にネタが異なることだ。次々と新しいネタに挑戦しているに違いない。
この演目も面白く聴かせていたが、女性に色気が感じられないのが欠点だった。例えば男に返杯する際には、相手の男の顔をじっと見て欲しい。
プログラムの解説によれば、いま怪談噺を演じてみたいとか。
楽しみですね。きっと芸域がぐっと拡がるだろう。

たま『ふたなり』
マクラの、寄席のマーケットリサーチの話しが面白かった。
初めて落語を聴いた人が2度目に来る確率は25%、つまり4人に一人だ。2度目に来た人が3度目に来る確率は90%と大きく跳ね上がる。
興味を持ったのは、犯罪の再犯率の傾向と類似していると思ったからだ。閑話休題。
「ふたなり」とは半陰陽のことで、これはマクラで解説が必要だったのでは。
ある村で深夜、男の所に若い衆が二人訪れ、村の金を10両使い込んでしまい、このままでは夜逃げするしかないと泣きつく。
男はついつい恰好つけで、10両ぐらい俺が隣村の知り合いから借りで来ると言ってしまう。
処が、隣村に行くには恐ろしい「栴檀の森」を通らねばならない。
実は大の怖がりだった男、怖がりながら森を歩いていると、いきなり若い娘から声をかけられる。
聞けば、「男と道ならぬ仲になり、お腹に子を宿してしまった。駆け落ちをすることになったが、男が自分を捨てて逃げてしまい、この上は死ぬより他ないから、遺書として書置きを書いて懐にしまっている」とのこと。
当初は死のうとする娘を止めた男だったが、娘が「親の目を盗んで十両の金を持って来ている」と聞いて気が変わる。
「ああ。そんなら死に!」「へ!」「死んだらええねん。もう、帰るとこもないねんし、さっさと死んだらええ。わいが手伝おたるさかい。」「おおきにありがとさんでございます。」
そうして男は上手いこと言って娘から10両の金をせしめる。
死ぬのをためらう娘に男は、「死に方の手本を見せたる」と言って良い枝振りの木を探し、紐をかけ、首をかけ、足元の石を蹴りと首吊りの手順を説明している間に、うっかり男は本当に自殺してしまった。
その様子を見た娘はすっかり気が変わり、男から10両の金を取り戻し、代りに遺書を男の懐に入れて消えてしまう。
帰ってこないのを心配した若い衆二人がが森に来て男の死体を見つけ村中大騒ぎ。
役人が男の遺体を検視していると、懐の遺書を見つける。
「『一度はままよ二度三度、重ねてみれば情けなや。ついにお腹に子を宿し…』な、何じゃこれは」。
驚く役人が若い衆に「こりゃ、この男ははふたなりか?」
「いいえ。宵に出たなりでございます。」)
でサゲ。
時間の関係から10分で演じる短縮版だったが、その分スピーディーな展開になり、たまの歯切れの良さも手伝って、十分に面白さは伝わった。
新作の多いたまだが、アタシはこの人の語る新感覚の古典を高く評価している。
若手では、東の一之輔、西のたまである。

権太楼と扇辰はいずれも得意ネタだから、感想はいいでしょう。

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2017/09/10

柳家権太楼・甚語楼親子会(2017/9/9)

「柳家権太楼・甚語楼親子会」
日時:2017年9月9日(土)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・柳家小多け『初天神』
柳家さん光『粗忽の釘』
柳家甚語楼『幾代餅』
~仲入り~
ボンボンブラザース『太神楽曲芸』
柳家権太楼『青菜』

又しても権ちゃん、ここのとこすっかり権太楼づいているが、この日の親子会のお目当ては甚語楼の方だった。

甚語楼『幾代餅』
2006年真打昇進、その当時はあまり注目していなかったが、最近メキメキと腕を上げていると見ている。
先ず声がいい。高くなく低くなく聞きやすい声だ。
顔がいい、落語家向きである。近ごやたらイケメンだどうだと騒ぐ向きがあるが、あれは所詮おんな子どもの世界。二枚目の顔というのは、噺家にとって疵になることもある。
客から見て、俺の方がまだましだなと思える程度で丁度いい。甚語楼はそういう顔をしている。
語り口が明解で、芸風が明るい。
このネタも人情噺風に演じる人もあるが、甚語楼は終始滑稽噺として演じていた。
清蔵が身分を明かし、それに感激した幾代が清蔵の妻になることを告げる場面では、もう少し情緒が欲しいという感もあった。
ただ、幾代の立場になってみれば、来年3月に年季が明けるというのに未だ身の振り方が定まっていなかったのだろう。そうした時に、自分に一途な男が現れた。誠実そうだし働き者のようだし、むしろ幾代にとっては渡りに船だったのかも。
そうして見ればこの話は美談でもなんでもなく、花魁の再就職の物語だ。
だから、カラッと演じるのも一つの演り方だと思う。

権太楼『青菜』
権太楼のこのネタは落語ファンにはお馴染みで、解説不要だろう。
昨日は2階席から見たのだが、改めて権太楼の芸風に感じたことがある。
先ず、よく動く。上半身を右に左に捻ったり傾けたり。美味そうな料理を目の前にした植木屋は、両手で顔を覆い感激を表現させる。
植木屋が柳陰が手酌で呑む時も、コップを演者の右膝近くに置いて酒をつぎ、徳利は左側の前方に戻す。
この様に一つ一つの動きが大きい上に、顔を筋肉も大きめに動かす。セリフを言う時に前に身を乗り出し首を傾ける。
観客は話芸とともに、こうした動きに気を取られ、権太楼の世界にはまって行く。
柳家権太楼としての確固たる芸風は、こうして確立していったんだなと。
植木屋夫婦を動物園のカバの檻の前で見合わせたのは「稲葉の旦那」だったが、して見るとさん喬だったか。

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2017/09/03

ザ・柳家権太楼(2017/9/2)

大手町独演会ザ・柳家権太楼 其の四「徹頭徹尾 権太楼噺」
日時:2017年9月2日(土)13:00
会場:よみうり大手町ホール
<  番組  >
『挨拶』柳家権太楼
前座・柳家小多け『手紙無筆』
柳家さん光『新聞記事』
柳家権太楼『居残り佐平次』
~仲入り~
柳家権太楼『幽霊の辻』
柳家権太楼『藪入り』
(権太楼の3席はネタ出し)
この「ザ・000」シリーズは、通常一人で4席演じるのが、冒頭の挨拶で権太楼は今日は3席にすると宣言。理由は、顧客から疲れるという感想があったとのこと。だから今日は前座と二ツ目を前方にして1席、仲入り後に続けて2席という構成にすると。
プログラムには4席目として『楽屋噺あれこれ』とあったが、カットされていた。

権太楼の1,2席目の『居残り佐平次』と『幽霊の辻』、これはもう解説不要でしょう。
私見ではこれに『代書屋』を加えた3席が最も権太楼らしさ、言い換えれば権太楼の良さが出ている演目だと思う。
『幽霊の辻』での茶店の婆さん、『代書屋』での履歴書を依頼する男、いずれも権太楼にしか出来ない人物像だ。
『居残り』における佐平次でも、小遣い欲しさに部屋を回って芸をするのではなく、人を楽しませたくて演っている風に描いている。だから貰った祝儀はみな下働きの女中や飯炊きに分けている。こういう所がいかにも権太楼らしい。

権太楼『藪入り』
主催者からは『鼠穴』というリクエストがあったが、途中まで稽古してあのネタに出てくる兄がどうしても嫌で、やめることにしたと。確かにあの噺は陰惨で、あたしも好きじゃない。後から夢だと分かるのだが、後味が悪い。
そこで3代目三遊亭金馬の極め付けであり、その後もこれを超える人が出ないという『藪入り』に挑戦することにした。
ということは、今回がネタ下ろしなのかも知れない。

全体的な感想を言うと、演者の気負いが先に立って、空回りしていたという印象だった。
先ずマクラで、藪入りという制度について説明があったのは良いが、やはりこのネタでは鼠の懸賞についての解説は欠かせない。鼠は食料を食い漁るのみならず、伝染病の媒体となる。だから当局は懸賞金まで付けて鼠退治を奨励していて、商家では専ら小僧の仕事だった。同時に給金の貰えない小僧たちにとって、懸賞金は励みになっていたに違いない。
この辺りの背景の説明は欠かせなかったのではなかろうか。

最初に亀を奉公に出す際の両親の辛い思いを描く場面を加えていたが、これは蛇足。後半の描写だけで十分だ。
後半では、亀の財布にあった15円の出どころが分かった後の場面が冗長でダレてしまった。
それと両親が泣きすぎる。あれでは見てるこっちが白けてしまう。
今後の再演では、もっと磨きをかけた高座を期待したい。

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2017/08/28

#51三田落語会「権太楼・兼好 二人会」(2017/8/26昼)

第51回三田落語会昼席「柳家権太楼・三遊亭兼好」
日時:2017年8月26日(土)13時30分
会場:仏教伝道センタービル 8Fホール
<   番組   >
前座・橘家かな文『狸の札』
柳家権太楼『短命(長命)』
三遊亭兼好『大山詣り』
~仲入り~
三遊亭兼好『悋気の火の玉』
柳家権太楼『船徳』

久しぶりの三田落語会。この会は当日に次回の前売りを行うため、一度パスするとチケットが入手し難いのだ。

権太楼『短命(長命)』
マクラで池袋演芸場で演じた『幽霊の辻』を話題に。このネタ、途中から怪談噺風な展開になり、合わせて三味線の演奏が始まる。処が、その時のお囃子が新人だったので噺と三味線がチグハグになり、滅茶苦茶になってしまったという。これを高座で再現して見せていた。
本当は『青菜』を演るつもりだったが、前回、白酒が演じていたのでと『短命』に入る。
美人の女房を持つと亭主は短命になることを遠巻きに暗示する隠居と、これをなかなか察することができない男との会話。
ようやく理由が分かった男が、「じゃ、こういう風に・・・」と手真似すると、隠居が「ここは浅草演芸ホールじゃないんだから」とたしなめていた。

兼好『大山詣り』
高いテンションでマクラを語る。これはとても愉快だが、ネタに入るとテンションが下がるような気がする。
男二人が熊を丸坊主にする場面がやや長目でダレてしまった感がある。
一足先に戻った熊が長屋のお上さんたちを集める時、お上さんたちが不安を覚える様子を加えた方が、終盤に向けてより効果的なのでは。

兼好『悋気の火の玉』
軽いようだが、難しい噺なのだ。重要なのは正妻と妾の演じ分け。
片や大店の奥さんだから元は良い所の出だろう。妾の方はといえば吉原の花魁だ。この二人の女を対照的に描けるかどうかがポイントだが、どうやら兼好はこの辺りが苦手のようだ。
厳しいことを言うようだが、今の兼好の立場からすれば、より高いレベルが求められると思う。

権太楼『船徳』
前半はややあっさりと演じ、徳が二人の客を乗せて大川へ漕ぎだす所を中心に。
徳が失敗談を語る場面では、赤ん坊を負ぶったお上さんを乗せた船をひっくり返してしまったのだと。客がそれでどうなったかを訊くと徳は、「あっしはこの通り助かりました」。「お上さんの方はどうなったんだ?」と言うと、徳は「何しろ、自分のことが精一杯だったんで」。客の不安は募るばかり。
船が石垣に着いたら、通常は客の持っていた傘で石垣を突くのだが、この高座では二人の客が手で石垣を押すというのを二度繰り返していた。
1席目もそうだが、権太楼の演じる会話の間が絶妙で、当代落語界の第一人者としての実力を示していた。

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2017/08/20

#2月亭可朝独演会(2017/8/19) 

第2回「可朝のハナシ」 
日時:2017年8月19日(土)13時
会場:お江戸日本橋亭  
<   番組   >
前座・笑福亭茶光『寄合酒』
マグナム小林『ヴァイオリン漫談』
月亭可朝『鰻屋』
~仲入り~
月亭可朝&せんだみつお『対談』
笑福亭喬若『手水廻し』
月亭可朝『算段の平兵衛』

月亭可朝、桂米朝の惣領弟子にして月亭一門の総帥。いつ人間国宝になっても可笑しくないキャリアだが、絶対になりませんね。そこがいいんです。
主な経歴を紹介する。
1958年 3代目林家染丸に入門し、林家染奴。だが同年に破門。
1958年 3代目桂米朝の弟子となり、2代目桂小米朝。
1968年 初代月亭可朝を襲名。今日に至る。

せんだみつおとの対談で、最初の師匠をしくじったのは女性問題。師匠が可愛がっていた芸妓に誘われて部屋に上がって一晩過ごした。翌朝、朝食の買い物に出かけた彼女の後を歩いていたら、師匠とパッタリで、即破門。
しかし、その芸妓とは何のやましい事はなく、破門は厳しすぎるということで米朝に拾われ、弟子入りした。
せっかく弟子になったので小米朝を名乗りたいと申し出たら(「小米朝」は字画が、3,6,12と倍々になっていて縁起がいいと易者に勧められたのが理由)、米朝から弟子が自分の名をつける奴があるかと叱られた。傍にいたお上さんが、本人がこれだけ欲しがってるんだからと後押ししてくれて、望み通り小米朝に決まったという。

この他には、可朝が馬券で大当りして100万円近い金を得た。さて何に使おうかと車の中で思案していたら、仏壇屋が目にとまった。そうだ、仏壇を買おうと有り金はたいて仏壇を購入。サービスに大きな蝋燭を付けてくれた。
仏壇にお灯明をあげるのでその蝋燭を使ったが、大き過ぎて仏壇に火がまわり、そのため自宅が全焼してしまった。
可朝は病院に見舞いに行っていたら、仲間から「あんたの家が火事や」と電話があった。たまたまその日が4月1日で、てっきりエイプリルフールの冗談だと思った可朝は、「そう、いま家を燃やしてるねん」と平然としていた。

とにかく可朝はエピソードには事欠かない人で(かつて米朝が「あいつの話しを始めたら一席では足らん」と語っていた)、まるで落語の登場人物のような人生だ。

可朝『鰻屋』
マクラでいきなり政治談議。北朝鮮の金正恩が過激な言葉をはいているのは、臆病だからだ。日本へミサイルを撃ち込むなんて有り得ないと。
最初の師匠・3代目染丸直伝のネタ。
軽い噺だが、見せ場である鰻を追っていく様子を、鰻の頭に見立てた親指をにゅるにゅると突き出し、慌ててもう一方の手でそれを掴む。今度はその手から親指をにゅるにゅる出してまた反対の手で掴み・・・と、これを繰り返しながらふらふらと「鰻を追って」行く所作で会場を沸かせていた。

月亭可朝&せんだみつお『対談』
当初の予定にはなかったが、可朝のファンであるせんだが飛び入りで参加、二人の対談となった。
不倫して何が悪いと二人で盛り上がっていたが、芸能人の不倫が騒がれ出したのは、いつ頃からだろうか。不倫しようがされようが、当人たちが承知ならなんの問題もない。不承知なら関係者同士で話し合えば済むことで、周囲の人間が口出しする様な問題ではない
なんか近ごろは歪な道徳観が蔓延している。
昔の有名人たちのアブナイ話も色々と出ていた。

喬若『手水廻し』
三喬の弟子。マクラからリズムに乗り切れず、ネタに入っても今一つだった。雀々のこのネタでは腹を抱えて笑えたのだが。

可朝『算段の平兵衛』
師匠・米朝の直伝。
誤って庄屋を死なせてしまった平兵衛だが、その死を他人に押し付けながら相談に乗るふりをして謝礼をせしめ、最後は庄屋の死を事故死に見せかけ丸く収めてしまう。
通常はここで終わらせるが、可朝はさらに続ける。
近所に住む按摩・徳の市が、どこからか真相を聞きつけて、平兵衛を繰り返し脅しては金をせしめる。
いつしかこの事が役人の耳に入り、平兵衛は捕縛され厳しい取り調べを受ける。
瀕死の状態になった平兵衛の目の前に役人の袖からこぼれた銀貨が。
金に目がくらんだ平兵衛、「私がやりました」と白状する。
この終わり方は、可朝独特のものではなかろうか。
米朝の高座では、平兵衛をどこか憎めない人物に描き、陰惨なストーリーを明るく描いていた。
対する可朝の高座は端正な語りで、ドロドロとした人間の業をさらけ出す様な演じ方だった。

来年80歳を迎える可朝、まだまだ元気です。

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2017/08/19

古今亭志ん橋一門会(2017/8/18)

「古今亭志ん橋もうすぐ芸道50周年~志ん橋一門勢揃い~」
日時:2017年8月18日(金)18:45
会場:日本橋社会教育会館ホール
<   番組   >
古今亭志ん松『元犬』
古今亭志ん陽『夏泥』
古今亭志ん好『鰻屋』
古今亭志ん八『粗忽長屋』
~仲入~
志ん丸・志ん吉『茶番 忠臣蔵五段目・山崎街道』
古今亭志ん橋『火焔太鼓』
(全てネタ出し)

志ん橋一門全員が顔を揃えるのは初めてとのこと。師匠のもうすぐ芸道50周年(実際は48周年)を機に一門会を開いた。
気が付けば、と言っては失礼だが、志ん橋門下は多彩な顔触れがそろっている。
弟子の中で古今亭志ん陽(志ん朝最後の弟子)、志ん好、志ん八は、亡くなった志ん五門下からの移籍で、他の3人は直弟子。
このうち、志ん八は9月下席から真打に昇進し、2代目志ん五を襲名する。
前の席に「うなじ」の綺麗な女性がいた。アタシは女性のパーツとして最も重要視しているのは「うなじ」なので、もう気になってしょうがない。
だから、あんまり落語に集中できなかった。

志ん松『元犬』、もしかして初見。一門の末弟。爽やかな感じで好感が持てる。軽いネタを丁寧に演じていた。

志ん陽『夏泥』、したたかな長屋の男と、気のいい泥棒との対比をくっきりと描き好演。
決して器用な人ではないし、客におもねるタイプではないので、人気はいま一つの感がある。
しかし、いずれこの人は化けると、そう信じている。

志ん好『鰻屋』、別名『素人鰻』だが、8代目文楽が十八番としていた同名のネタと混乱するので、このタイトルにしたのだろう。
客の若い衆と鰻屋の主人との掛け合いは良く出来ていたが、最大の見せ場である握った手から鰻がにゅるにゅると逃げ出す所作が見られなかった。もしかすると、そういう演出なのかな。

志ん八『粗忽長屋』、この人のトボケタ風情が、ネタのシュールさを一層増していた。最近聴いたこのネタの中ではベストと言ってよい。

志ん丸・志ん吉『茶番・・・』だが、落語ばかり続くとお客に負担がかかるからという趣旨らしいが、ここは落語で良かったのでは。
個人的には志ん吉の高座を楽しみにしていたので、ちょっとガッカリ。

志ん橋『火焔太鼓』、この人の高座は久々だった。アタシとは同じ年だが、志ん橋はアタシが物心がついた頃から風貌があまり変わっていない。
マクラからサゲまで大師匠志ん生の演出そのままだったっが、道具屋夫婦が醸し出す味わいはさすがだ。このネタは、やはり演者に年季が要るのだ。

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2017/08/16

夢一夜「一之輔・夢丸二人会」(2017/8/15)

「真夏の夢一夜~一之輔・夢丸二人会~」

日時:2017年8月15日(火)18:45
会場:日本橋社会教育会館ホール
<   番組   >
前座・春風亭きいち『湯屋番』
三笑亭夢丸『旅行日記』
春風亭一之輔『藪入り』
~仲入り~
春風亭一之輔『代書屋』
三笑亭夢丸『小桜』

9年目をむかえたこの会。
お盆の日に開催ということで「真夏の夢一夜」と銘打った「一之輔・夢丸二人会」、4席の演目を創作落語(既に古典になりつつあるものも含め)で揃えた。
趣向でこうなったのか、結果としてこうなったのかは分からない。

きいち『湯屋番』
才気走った前座だと思ったら、一之輔の弟子だ。納得。

夢丸『旅行日記』
紙切りの初代林家正楽の新作で、5代目今輔の十八番。
最近では昨年亡くなった柳家喜多八が得意としていて、寄席の浅い出番などでよく掛けていた。
この宿の料理が美味いからと友人を連れて来たは良いが、5年前のは死んだ鶏を、3年前のは豚コレラで死んだ豚を料理したものだと宿の主から聞かされビックリ仰天。友人が即刻ここを出ようというので理由を訊くと、奥の部屋でこの家の婆さんが患って唸っていたで、サゲ。
夢丸の高座は、宿の主人のトボケタ味わいが出ていて、テンポも良かった。

一之輔『藪入り』
明治期に初代小せんが作った『鼠の懸賞』を、3代目金馬が人情噺風に改作し今の形になった。
アタシはどうも儒教色や宗教色の強い噺は苦手で、このネタをあまり好まない。
一之輔の高座は、そうした色を薄くしていたし、お涙頂戴風な箇所も軽く流していて、良かった。
この日も膝の痛みの関係で釈台を置いての高座だったが、使っているのが釈台だけに、段々「板についてきた」ようだ。

一之輔『代書屋』
4代目桂米團治の昭和10年の作。
2日続けて同じネタ、この人にはよくあることだが、少し内容を変えていた。前日あれだけ受けていたのだが、男の職歴を一つ増やしていたのと、代書屋が小岩の出身であることが付加されていた。
このネタは釈台が合うので、今後も各所で演じられるだろう。

夢丸『小桜』
初代夢丸の「夢丸新江戸噺」で、公募から選ばれた作品。当代は今年ネタ下ろしした様だ。
道楽がこうじて勘当になった若旦那。通い詰めた相手の花魁・小桜、今は亡くなっていて幽霊になっているが、その幽霊と所帯を持つことになる。
若旦那は店の金を使い込んでいて、借金が返せれば勘当は解かれるのだ。
ある日、身投げしようとする娘を助けると謝礼が貰えた。これで金を貯めようと、幽霊の小桜の力を借りて、せっせと身投げを見つけては謝礼をせしめる。
もう少しで借金が返せるところまで来たが、今度の相手は金がなくて身投げしようという男。仕方なく、若旦那は有り金をはたいて男に渡してしまう。
その事が本家に伝わり、無事勘当が解けるが、幽霊の小桜は去っていってしまう。
熱演だったが、もう少し語りに情緒が欲しいと思った。

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2017/08/15

#7東京四派精鋭そろい踏みの会(2017/8/14)

第七回「東京四派精鋭そろい踏みの会」
日時:2017年8月14日(月)14:00
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<   番組   >
前座・三遊亭じゃんけん『子ほめ』
春風亭一之輔『代書屋』
林家木久蔵『看板のピン』
立川生志『お菊の皿』
~仲入り~
三遊亭兼好『粗忽長屋』
三遊亭遊雀『蛙茶番』
『大喜利』下手から司会の生志、兼好、一之輔、木久蔵、遊雀

毎年、この時期恒例の四派精鋭(+α)の会。今年も賑々しく開催。
4人の演者(木久蔵の時は寝ていた)それぞれに面白かった。

ベストは兼好『粗忽長屋』。
熊のアイデンティティの喪失ぶりと、行き倒れの監視をしている中に醒めた人物を配していたのが効果的だった。

一之輔が左足の膝を痛めていて正座ができず、この日は釈台を置いての高座だった。
座って演じる落語家にとって、膝と腰に痛みは職業病のようだ。痛みを抱えている人は座布団に座るときと立つときに変な恰好をするので、直ぐ分かる。
噺家は修業の一つとして踊りを習ったりするが、あれが腰や膝の病の予防に効果的なのでは。
高座の座布団に綺麗に座ったり立ったりするのも芸のうち。
話芸を磨くのも大事だが、そうした鍛錬も大事だ。
ネタは、どうやら権太楼がベースの様だが、例によって他の人にいいとこを採り入れ、自身のギャグを加えて仕上げていた。

生志は、マクラの時事放談が相変わらず愉快だ。稲田朋美の防衛相離任式をとりあげていたが、一体どのツラ下げてと言いたくなる。まさに鉄面皮である。

遊雀は、バレ噺を楽しそうに演じていた。吉公のイチモツを見せられた海苔屋の婆さんのセリフ、「死んだ亭主のものより立派」が可笑しかった。

『大喜利』もくだらないと言ってしまえばそれまでだが、これはお遊びだからね。

今日はこの辺で。

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2017/08/12

「江戸落語・上方落語聴き比べの会~上方編」(2017/8/11)

横浜にぎわい座 第五十四回 上方落語会「江戸落語・上方落語聴き比べの会~上方編」
日時:2017年8月11日(金)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<   番組   >
開口一番・林家愛染『動物園』
笑福亭べ瓶『いらち俥』
笑福亭三喬『蛇含草』
《仲入り》
桂米左『骨釣り』
桂塩鯛『百人坊主』

同じネタを江戸落語と上方落語とで聴き比べするという趣向の上方編。
7月1日に行われた東京編と比べ、結論からいえば上方の圧勝だ。ネタ自身の面白さに加え、演者の力量、演じう上での工夫といった総合力の強みだ。
4席全て楽しめた。
因みに、上方→東京のネタ比較は以下の通り。
「いらち俥」→「反対車」
「蛇含草」→「そば清」
「骨釣り」→「野ざらし」
「百人坊主」→「大山詣り」

べ瓶『いらち俥』
鶴瓶の弟子で、師匠が仕事の関係上東京を拠点としているので、当人も東京住まいとか。
上方の噺家で東京の拠点を移している人は他にもいるが、それだけ東京のマーケットサイズが大きいという事だろう。
マクラで、東京と大阪の人の気質の違いを語り、ここで客席を掴んでいた。
この日の4席の中では、東西の違いが最も少ない(「いらち」とは、落ち着きのないの意)。従って、見せ方やギャグもほぼ共通だ。
べ瓶は、韋駄天の寅が高速で走る様子を客の仕草で上手く見せて爆笑させていた。
演者の魅力として、話芸、演者の華(オーラ、明るさ、色気、サービス精神など)、その他に演者の勢いというのがある。
この日のべ瓶の高座は、その勢いで魅せていた。

三喬『蛇含草』
今秋、師匠の名跡である7代目笑福亭松喬を襲名する。
この人には数年前から注目していて、東京で公演がある時は選んで見て来たので襲名は嬉しい。師匠とはだいぶ芸風は違うが、新しい松喬を作り上げて欲しい。
『蛇含草』 は3代目桂三木助が得意としていたし(ナマの高座を見ている)、東京でも演じられるので、筋はご存知の方も多いだろう。
この噺は餅を焼きながら食べる仕草が中心で、曲食いも含めていかにリアルに、かつ美味そうに食べて見せるかが腕の見せ所だ。
上に放り上げた餅をキャッチして、阪神の下手な外野手じゃこうはいかないなどと言いながら、気持ち良さそうに演じて客席を沸かせていた。

米左『骨釣り』
初見だったが、師匠の芸を忠実に受け継いでいる印象を受けた。
幇間の繁八、若旦那のお供で木津川で魚釣りをしていると、骸骨を釣り上げてしまう。若旦那の勧めで骸骨を寺に手向け回向をしてもらう。その深夜、繁八の家を訪れる者がある。戸の隙間から中に入ってきたのは、昼間の骸骨の幽霊。
事情を聞けば、もとは大店の娘に生まれたが両親と死に別れ店も人手に渡り、親類からいやな縁談を押しつけられ、木津川に身を投げたのだという。今日で浮かぶことができたので、せめてものお礼にお寝間のお伽などという。幽霊のあまりの美しさに喜んだ繁八、盃を交わして二人夜通しする。
翌朝、隣室の喜いやんが繁八を訪れ昨夜の経緯を聞いて、魚釣りとはそんな得なことがあるのかと釣道具を揃え、大川へ骨つりに行く。
いくら釣っても魚ばかり、諦めかけて中洲に小便に行き芦をかき分け進むと、砂地の盛り上がっている所がある。見ると骸骨が半分地面から出ていた。喜いやんは早速骨を掘り出し、近所の寺で回向してもらう。
その夜、喜いやんは女がいま来るか来るかと待っていると、いきなりの大声。
「我、京都三条河原にて処刑され、五体はバラバラに切りほどかれ、流れ流れて大川の中洲に醜きむくろをさらす。あらありがたの今日のご回向。せめて御礼に参上なし、閏中のお伽なとつかまつらん。」
「いやや、いやや、わたい。あんたみたいな人のお伽。男同士で何すんねんな。しかし、ものすごい人やなあ。あんた一体、どなただんねん」
「石川五右衛門じゃ」
「ああ、それで釜割りに来たんか。」
でサゲ。
『野ざらし』では娘の代わりに幇間が来るが、こちらは石川五右衛門で、さらにギャップが大きい。
サゲが下品だが、こえもご愛嬌。
米左の口演は、ハメモノをバックにして、メリハリの利いた高座だった。

塩鯛『百人坊主』
前名の桂都丸時代に聴いているが、襲名後は初めて。
長屋では毎年恒例のお伊勢参りの準備にかかっているが、先達を務める寺の和尚が旅の途中で起きる喧嘩を嫌って今年は行かないと言い出す。
困った村人たちは相談の上、一行に「腹立てん講」と名付け、「もし腹を立てたら五貫文の罰金、そして所払いにされても文句は言えない」という決めごとをして和尚を説得し、ようやく出発。
先ず、大阪から三十石で京都に向かうが、船中で皆が一口ずつ飲む寝酒を源太という男がみんなの酒を勝手に飲んでしまう。
怒る仲間に源太は、怒れば罰金と所払いだと脅して、酔っぱらって寝込んでしまう。
渋々従ったが腹の虫が収まらない仲間たちは、その夜船で寝込んでいる源太の頭を剃りあげ、坊主にしてしまう。
翌朝、坊主にされたのを気が付いた源太は怒り狂うが、怒れば罰金と所払いだと聞いて黙り込む。源太は、坊主がお伊勢さんに行くと災いがあるからと、ここから引き返し自宅に戻ると言って、一行と別れる。
2日後に家に戻った源太は、伊勢参りに出かけた男たちの女房を寺に集めて、一行が近江八景の船見物に出かけて時化にあい船が転覆、全員が死亡し自分だけ助かった。これから仲間の回向のために高野山に上ると言って、坊主頭を見せる。
これを聞いた長屋の女房連中、亭主を弔いために私も私もと、全員が坊主頭になってしまう。
帰って来た亭主たちも最初は腹を立てたが、それならいっそ俺たちもと、終いには村人全員が坊主頭になる。
一人、髪の毛がフサフサしていた。誰かと思ったら、寺の和尚だった。
このネタだけは後半にやや無理があり、『大山詣り』の方がすっきりしている。
この噺では、源太が2日時間を潰してから帰宅し、船の遭難の作り話をするのだが、これは道理にかなっている。真っすぐ帰宅したなら、近江八景の船遊びと日程上の整合性が取れないからだ。
ここは逆に『大山詣り』の方が、無理がある。
塩鯛の高座は、当時の伊勢参りの風情や、源太の人物設定を中心に、面白く聴かせていた。

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