寄席・落語

2009/12/14

日曜なのにガラガラ「国立演芸場12月中席」(12/13)

<番組>
前座・柳家いっぽん「道灌」
桂才紫「たらちね」
三遊亭萬窓「蔵前駕篭」
花島世津子「奇術」
柳家小ゑん「ぐつぐつ」
三遊亭小金馬「替り目」
―仲入り―
大瀬 ゆめじ・うたじ「漫才」
ニューマリオネット「あやつり」
柳家小里ん「山崎屋」

12月12日は、落葉した銀杏が道路に絨毯のように敷かれた道を通り、国立演芸場12月中席へ。
日曜日の昼間なのに、客席は3分程度の入りで、ガラガラ。久々に空いた寄席にであった気分だ。
こんな事では、そのうち「仕分け」られるんじゃないかと心配になる。
この中席は前半と後半にわかれ、後半には4代目江戸家猫八の襲名公演になっていて、そちらの方はいずれの日も完売のようだ。前半は顔ぶれが地味なのだ。
前日の12日に電話予約を入れたら、「13日は代演が入っていますけど・・・」「知ってますよ」「あのー、圓窓と小さんの代演が小金馬と小ゑんで、主任が小里んですが・・・」「はい、結構です」というヤリトリがあった。
どうも電話窓口としてはあまりお奨めではなかったようだ。
前側の席と希望したら、前日なのにこれも1列目の中央の席。しかも両脇が空席という絶好の位置だった。

会場はガラガラだったが、番組はそれなりに充実していたと思う。
トリの小里んの「山崎屋」では大店の主人に風格、小金馬の「替り目」ではお上さんに色気、萬窓の「蔵前駕篭」の客はイナセぶりが、それぞれ際立つ。
私はこの3人の方々とは久々だったが、いずれも丁寧な演出と本寸法の高座で、じっくりと聴かせてもらった。
小ゑんの「ぐつぐつ」は、NHK教育TVの子ども番組のアニメとして放映されていた「おでんくん」に着想が似ていたが、こちらも楽しめた。
落語ブーム、寄席ブームといっても人気と集客力のある一握りに芸人に客が集中しているのが実状だ。
言っては悪いが、今回の出演者のように力量はあっても人気面ではイマ一つという噺家だと、なかなか客は集まらない。
そういう意味では、ブームの底が浅いといえる。

ニューマリオネットが男性だけだったのが気になった。
前座のいっぽん、メクリの名前を間違えて出すようでは、未だ高座に上げるには早い。

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2009/11/22

#94朝日名人会

11月21日は有楽町朝日ホールでの「朝日名人会」へ。
この会場は向かい側にギャラリーがあって、いつも何かの展示会をやっているので少し早めに着くことにしている。この日は「書」が展示されていて15分ほど観てまわった。
殆んどが漢詩あるいは漢文の一節を書いたものだが、なかに数点、金子みすゞの詩が題材になっていたのは面白かった。
漢詩と金子みすゞ、どういう共通点があるのだろうか。

さて、この回は権太楼とさん喬の二枚看板が顔を揃えた。
冬季うつ病っていうのがあるそうだ。寒い時期になると気持ちが塞いで外に出るのも億劫になるし、家に籠っていると又さらに気持ちが塞いでくるという症状を指すとのこと。
それを防ぐには、寄席や落語会にせっせと出かけるのが良いと思う。
そんなわけで噺家一同に成り代わりまして、皆様のご来場をお待ち申し上げております。

<番組>
前座・古今亭志ん坊「元犬」
上手い前座が出てくると、後の芸人も締まってくる。
・五街道弥助「鹿政談」
上手くなったなぁと感心していたら、来春真打に昇進の予定だそうだ。端正で品のある風情が良い。
奉行のセリフを少しユックリと喋っていたが、こういう所が肝心なのだ。
・橘家圓太郎「三年目」
まるで艶笑譚のようなややエロティックな演出で客席を沸かしていたが、それでも下品にならないのがこの人の芸の力だ。
他の演者に比べて、後妻に存在感があった。こういう演じ方もあるのだ。
・柳家さん喬「雪の瀬川(上)」
かつて六代目円生が演じて以来、絶えていた噺だという。誰かが受け継がなければ消えてしまうのでいうことで、この度、高座にかけたようだ。
スジは「明烏」と「牡丹灯籠・お札はがし」を足して二で割ったような内容で、堅物の若旦那が次第に女色に溺れてゆき最後は・・・、という展開になるようだ。
長編なので上下に分けて、下は来月の会で口演するとのこと。
ネタおろしだろうか、少しコナレテいない部分もあったが、人物の描き方が丁寧で、だれることも無く、噺に引き込まれた。
このネタ、現状ではやはりさん喬しか演じられないのかも知れない。
【お詫びと訂正】
トシ坊という方からコメントでご指摘を受けたように、さん喬の「雪の瀬川」は既にCD化もされています。
ロクに調べもせず迂闊に「ネタ下ろしだろうか」などと書いてしまいましたが、お恥ずかしい限りです。
この部分を削除して、訂正いたします。

~仲入り~
・入船亭扇遊「厩火事」
いつもながらの本寸法。師匠・扇橋の指導がよいのか、この一門は揃って芸に品がある。
ただ髪結いの女房にもう少し色気が欲しい。このネタ、本当はとてもイヤラシイ話なのだ。
・柳家権太楼「二番煎じ」
こういうネタをきくと、歳の瀬が近付いたのかなと感じてしまう。近ごろは落語で季節感を味わうようになってしまった。
権太楼の手にかかると、どんなネタでも爆笑篇に変わってしまう。それでいて、噺の骨格は決して崩さない。この按配がよく出来ているし、それだけ計算もされている。
辰つぁんが「火の用心、さっしゃりやしょう」と言いながら何回も見栄を切る場面が可笑しかったが、個人的には北風に向かって声が震えるシーンが無かったのは淋しかっけど。

朝日名人会の来年前半までの予定が、次のように発表されている。

第95回 12月19日(土) 14:00開演
柳家さん喬・柳家小さん・柳家喬太郎
古今亭志ん丸・金原亭馬治

第96回 1月16日(土) 14:00開演
柳家権太楼・五街道雲助・古今亭志ん輔
桃月庵白酒・立川志の吉 

第97回 3月20日(土)14:00開演
柳家小三治・古今亭志ん橋・林家正雀
三遊亭歌武蔵・柳家三之助 

第98回 4月17日(土) 14:00開演
柳家さん喬・五街道雲助・桂ひな太郎
柳家三三・三笑亭可龍

第99回 5月15日(土) 14:00開演
立川志の輔・柳亭市馬・柳家喬太郎ほか

第100回 6月19日(土) 14:00開演
桂文珍・柳家権太楼・柳家花緑ほか

こうして見ると、あい変わらず落語協会(それも柳家と古今亭)が圧倒的で、そこに芸協と立川流がパラパラという具合だ。プロデューサーの好みもあるのだろうが、人気と実力が偏っている証拠だろう。
特に芸協には奮起して貰いたいものだ。

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2009/11/18

正調とはいかなかった「正朝」の盗撮

落語家の春風亭正朝(56)が9月11日午後、JR新宿駅近くのエスカレーターで、女性のスカート内を盗撮したとして、都迷惑防止条例違反の現行犯で警視庁に逮捕されていたことが明るみに出て、驚いている。
多分、多くの落語フアンも同じ気持ちだろうと思う。
この件以来、正朝は寄席には出演しておらず、所属する落語協会には「体調不良を理由にしばらく寄席を休む」との届出があったとのこと。
なお正朝自身のブログでは「持病の発作で入院してました」と説明していて、健康を気遣うフアンらからの励ましのコメントも寄せられていた。
逮捕の翌日には釈放され、その後に不起訴(起訴猶予)処分となっているから、事件としては一応の決着をみているのだが、さて・・・。

どうも落語家と盗撮という行為が先ずピンとこない。
悪いことなら何をやってもダメではあるが、とりわけ盗撮というのは陰湿な印象が強く、フアンとしても受け容れがたいのではあるまいか。
それに近ごろは女性フアンが多いのも、今後の落語家としての活動を難しくするような気がする。
もう一つ、最初からやりましたと正直に告白していれば未だ良かったのだが、病気だとウソをついたのが余計いけない。
信じて本気で心配した正朝フアンは、裏切られた気分だろう。
それやこれやで、高座に復帰するまでには、しばらく時間がかかりそうだ。

古典の本格派として活躍していたし、年齢的にも今もっとも脂がのり切っていた時期だっただけに、とても残念な結果となってしまった。
「それが直ぐにあげられたって、入った家が天ぷら屋だ」。
落語の天ぷら屋の竹さんのようなワケにはいかないのだ。

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2009/11/14

鈴本演芸場11月中席・昼(11/13)

久々に平日の昼間に時間が空いたので、鈴本演芸場の昼席へ。
顔づけが良かったせいか、時間帯にもかかわらず客の入りが良い。

<番   組>
前座・柳家緑君「転失気」
三遊亭金翔「子ほめ」
鏡味仙三郎社中「太神楽曲芸」
柳家三三「たらちね」
橘家文左衛門「道灌」
大田家元九郎「津軽三味線」
古今亭志ん弥「権助魚」
春風亭百栄「トンビの夫婦」
大空遊平・かほり「漫才」
林家正雀「紙入れ」
柳家喜多八「小言念仏」
~お仲入り~
ダーク広和「奇術」
春風亭柳朝「牛ほめ」
五明楼玉の輔「作文」
大瀬うたじ・ゆめじ「漫才」
桂南喬「明烏」

ノンビリと寄席を楽しもうという会場のモードがひしひしと伝わって、演者たちもそれぞれお馴染みのネタで楽しませていた。
鏡味仙三郎社中は肝心の親方がいなくて、気の抜けたビールのような感じだった。
三三が珍しく浅いところで上がる。「さんざと読みます」との紹介に、会場から「さんざ? ヘェー」という声がもれた。フアンには有名でも、世間的には知る人ぞ知るなのだろう。隣席の人とずっとお喋りしている人もいて、結構気になるものだ。
やや短縮版の「たらちね」だったが、相変わらず間もテンポも良い。さっきの人が「この人上手ね」と感心していた。
文左衛門の相変わらずの「道灌」、元九郎の「上下でい」と続き、志ん弥の「権助魚」はやや平凡。
百栄の「トンビの夫婦」、亭主からDVを受ける度にプレゼントを貰える女房を羨ましがった友人の主婦が・・・、というストーリー。
ネットで調べたら、O・ヘンリーの原作を翻案したもののようだが、なんだか“O・ヘンナー”物語。面白さが分からなかった。
正雀の「紙入れ」、この人は性格が真面目すぎるのだろうか、芸が固いのだ。
一方、喜多八の「小言念仏」はいつ聴いても笑える。目の演技が良い。このネタでは現在喜多八が一番ではなかろうか。

仲入り後の、ダーク広和の「奇術」いつ見てもお見事。薀蓄手品に説得力がある。
柳朝の「牛ほめ」、前座噺も真打がやるとこうも面白くなるという見本。この人の高座には品がある。
膝前、膝と流して、いよいよトリは南喬「明烏」、言わずと知れた実力派だ。
主人公の時次郎、その父・日向屋半兵衛、そして遊び人の源兵衛と太助(二人のチョイワルぶりが良い)という主要な人物の描き分けもくっきりと出来ていて、骨格のしっかりとした「明烏」だった。

個々の演目や高座には注文もあったが、全体としてはとても流れの良い昼席となった。

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2009/11/09

【寄席は学校 2】「女除け」のお守り

「金もできたし着物もできた そろそろあなたと別れたい」。
未だ10歳に満たなかったボクが、新宿末広亭で初代柳家三亀松からきいた都々逸だった。
金も着物も貰ったら、もう男には用はないということだ。
え~~、ショックでしたね、女の人というのはそんなモノなのかと。
そんなモノに近付いてはいけない、ボクはもう一生独身で通そうと、その時は心にかたく誓ったのであります。健気にも。

ここ最近、埼玉で結婚詐欺で捕まった女や、鳥取で詐欺で捕まった女の周辺で、それぞれ過去に数名の男性が不審な死をとげていたことが話題となっている。
未だ捜査段階だが、共通しているのは男性が多額の金を女に貸したり与えたりしていて、どうもそれがトラブルの原因となっていたらしい。
金品が目的で男に近付いてくる女は、取るものさえ取れば後は用はない。むしろジャマになるだけという、古典的犯罪パターンのようである。

「外面如菩薩内心如夜叉(げめんにょぼさつないしんにょやしゃ)」。
こちらは、三代目三遊亭金馬の落語のなかに出てくる。
意味は読んで字のごとく、「容貌は菩薩のように優しく美しく見えるが、内心は夜叉のように邪悪で恐ろしいということ」。
お釈迦様が女性を評したもので(俗説)、女性の恐ろしさを説いたとされる。
優しい顔の裏では、鬼のような心を持っていると聞かされ、いよいよ女性に対する恐怖心がかきたてられた。

そうした恐ろしい女性から男性が身を守るために、「女除(よ)け」のお守りというのがあるらしい。
話は・・・。
弘法大師空海がまだ若い修行時代に、川崎近くの平間村の名主の家に逗留したいたところ、名主の娘に思いを寄せられる。
叶わぬなら死ぬとまでいわれた空海は困り果て、こんや寝間に忍んできなさいとその娘に伝えたまま、旅立ってしまった。
翌日、娘は悲嘆のあまり多摩川へ身を投げてしまう。
これを知った空海は娘を哀れみ、名主の家で一心に冥福を祈りながら、病人の加持祈祷をつづけた。
あんまり飲まず食わずで祈っていたので、見かねた名主が「なんか空海(食うかい)?」
すると病人やその家族から、お礼に柱一本瓦一枚と寄進され、建立されたのが川崎大師であるという。
そこで空海は女に惚れられるのが一生の大難だからと、「女除け」のお守りを作った。
だから川崎大師の厄除けというのは、本来は「女除け」であるという、由来の一席。

ただあまり霊験あらたか過ぎて、女性が誰一人として近寄ってこなくなるので、要注意!

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2009/11/08

第六回「雀昇ゆかいな二人」@横浜にぎわい座 

11月7日夕方から、横浜にぎわい座での「雀昇ゆかいな二人」、上方の桂雀三郎と東京の春風亭昇太という二人会だ。
国立小劇場からこちらに移動してくると、客のお召し物の違いが目立つ。皆さん、揃って普段着をお召しになっている。
昇太はいうまでもないだろうが、省三郎は亡くなった桂枝雀のお弟子さんで、ミュージシャンでもあるそうだ。風貌はおよそ「らしくない」けど。

<番組>
・桂団治郎「動物園」
若手だが芸がしっかりしている。
・春風亭昇太「短命」
東京と大阪では組織が違うので、相手方の経歴が分からないことがあるそうだ。
雀三郎が喬太郎のことを先輩だと思って「師匠」と呼んでいたという。髪が白いし腹は出てるし、もっともらしい事をいうからと、昇太は言っていた。
それにしても昇太は若い。というより歳をとらない。独身のせいだろうか。
「短命」だが、この人の手にかかるとちっとも艶笑噺らしくなくなる。中性的な可笑しさに変わってしまう。
・桂雀三郎「親子酒」
同じタイトルでも東西で全く内容が異なるネタだ。
上方の「親子酒」は。息子が屋台のうどんを食べる場面が見せ所となっている。
その昔、大阪に生まれて初めて訪れ、飲み屋に入ったら周囲の会話がみんな漫才になっていて、感心したことがある。
その時を思い出した。
雀三郎の酔いっぷりが、師匠ソックリになっていた。
・春風亭昇太「花筏」
仲入り前に、ここでまた昇太が登場。
圓楽が亡くなったとき、“笑点”のメンバーにマスコミ各社から取材が殺到したが、昇太は圓楽とは殆んど接点がなく、思い出も余りなかったとのこと。
元々それでなくとも、この人は喜怒哀楽の感情が薄いのではなかろうか。
芸風も情緒とか風情とかに縁がない。そこが魅力でもある。
このネタを爆笑落語に変える力量は大したものだ。

~仲入り~
・桂雀三郎「胴乱の幸助」
師匠・枝雀譲りの「幸助」、結構でした。
ただ浄瑠璃を語るシーンは、未だ遥かに師匠の腕に及ばないが。

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2009/11/03

「落語家の襲名」への提案

当代の橘家円蔵に「円鏡から円蔵へ」というネタがあります。1982年に円蔵を襲名する前後のエピソードを綴ったもので、落語家の襲名の舞台裏をチラリと見せてくれます。
この噺の中で円蔵は、「(死んだら)自分の名前は協会に返すようにしたい」と語っています。襲名の時のゴタゴタがいかに大変だったかを暗に指しているのです。

この中身に入る前に、円蔵をめぐる師弟関係について見ておきましょう。
八代目・桂文楽―七代目・橘家円蔵―初代・林家三平
                     ―八代目・橘家円蔵
この系図を見て、少し詳しい落語フアンなら「この師匠と弟子、全然似てないじゃん」と思われるでしょう。
名人・文楽と、その弟子の先代・円蔵とは、芸風も得意ネタも全く異なります。むしろ対照的と言ってもいいでしょう。それ位違います。
そのまた弟子の先代・三平や当代・円蔵、これも師匠にも大師匠にも全く似ていないし、影響すら感じません。

古典芸能の世界というのは、通常は師匠から弟子に芸を伝えることにより継承されていきます。
なにせ「一子相伝」という言葉もあるくらいですから。
落語家の世界でも師匠は弟子に稽古はつけますが(なかには師匠に稽古をつけて貰ったことがないと公言する人もいる)、自らの芸の真髄を弟子に教え込もうというわけではありません。
だから名跡を継いでも、芸風は全く違うということがおきるのです。
先代と当代の文楽の芸風を比べれば分かりますよね。

名跡を継ぐということになると、これが更に複雑になります。
実は、六代目の円蔵というのが、六代目・三遊亭円生の前名でした。従って七代目の円蔵が襲名する際は、文楽の弟子だったにもかかわらず、円生の許しが必要だったのです。
ヤヤコシヤ、ヤヤコシヤ。

処で、1987年に落語協会の分裂騒動がおきて、円生一門は協会を脱退してゆきます。
先代の円蔵も円生に従って一度は出ていったのですが、直ぐに協会に戻ってしまいました。
怒ったのは円生とその夫人で、あの裏切り者めがというわけです。
円生が亡くなった後、七代目円蔵が死去したその通夜の席に円生の未亡人が乗り込んできて、「名前を返せ」と持っていってしまったというんですから、穏やかじゃない。
でも名前をどうやって持ち帰ったんでしょうね。風呂敷にでも包んだのでしょうか。
かくして橘家円蔵の名前は、円生未亡人の所有となってしまったというわけです。

なんだかこのストーリー、落語みたいですね。

そこで当代の円蔵は襲名にあたり、せっせせっせと柏木の円生未亡人宅に通い、ついにお許しを得て晴れて襲名の運びとなったとのことです。
襲名を許した当の噺家が口出しするのならともかく、関係の無い未亡人が決定権を握るというのは、明らかにおかしいですよね。
これは過去の話でもなんでもない。
七代目・林家正蔵の息子が初代の三平だったというだけで、当代の正蔵も三平も、襲名の許可は海老名家、具体的には故三平の未亡人である海老名香葉子さんが握っています。
過去には未亡人が障害になって、襲名できない名跡もあったそうですから、バカバカしい話です。

襲名については、先日亡くなった五代目三遊亭円楽についてもエピソードがあります。
八代目林家正蔵(彦六)の前名が円楽でしたが、この正蔵と円生は昔から犬猿の仲だったのです。
本来は襲名の許可が下りないところですが、先代の正蔵は円楽の若い頃から才能を高く評価していたので、円生との間柄には目をつぶって名前を継ぐことを許可したと言われています。

ますます、ヤヤコシヤ、ヤヤコシヤ。

そんな襲名にまつわる厄介な経験をしたからこそ、冒頭の円蔵の「名前は協会に返したい」という発想が生まれたのでしょう。
私もこの考えに大賛成です。
落語家の名跡は個人のものではありません。落語界全体の共有の財産であるべきです。
空席となっている名跡は全て協会が管理する、これが最も納得がいくと思います。
その上で、実際の襲名には師弟関係などを考慮して、協会が決めていくようにしたら良い。
特に「止め名」(最高位の名前)と呼ばれる、桂文治、三笑亭可楽、三遊亭圓生、柳家小さん、古今亭志ん生、林家正蔵については、そうした措置が必要だと考えます。

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2009/11/02

横浜にぎわい座#23上方落語会(11/1)

11月1日は横浜にぎわい座「第二十三回上方落語会~天満天神繁昌亭 見参!~」へ。
出演者全員が繁昌亭の何らかの賞を取っているので、こういうタイトルにしたのだろう。
日曜日の会にしては会場は随分と淋しい入りだった。
この日の夕方の「立川志らく百席」の会もまだチケットを販売していた。
近ごろは特定の人気落語家が出演しないと、客が少ないという傾向が顕著だ。

<番組>
桂吉坊「月並丁稚」
桂歌之助「片棒」
桂かい枝「堪忍袋」
桂三風「振りこめ!」
~仲入り~
桂文華「河豚鍋」
林家染二「天下一浮かれの屑より『紙屑屋』」

以前より東京と上方の垣根が低くなったとはいえ、同じ演目でも中味が違う。
落語家の気風も違うようで、上方落語家は一様に声が大きく元気がいい。それに常に客を笑わせようとする。
大阪の落語界の関係者からきいた話では、大阪の落語家に鬱病が多いのはそのためで、客が笑ってくれないとガックリと落ち込むのだそうだ。
そこいくと東京の落語家は、「笑わないのは客が悪いんだ」で片付けるから、病に罹らないのだろうか。その方が健康的かな。

桂吉坊の「月並丁稚」、テーマが「粗忽の使者」によく似ている。

桂歌之助の「片棒」、東京と違って三人の息子が最初にズラリと顔を揃えて、親父の前で一人ずつ葬儀のアイディアを披露する。
歌之助の高座は明るく華やかで、息子たちの語る情景が鮮やかな色彩となって浮かんでくる。上出来だったと思う。

桂かい枝の「堪忍袋」、東京の演出に比べて夫婦喧嘩が派手でしつこい。
後口が、モツ鍋をたらふく食ったような濃厚スープの味が残る。
英語落語が得意なのだそうだ。

桂三風の「振りこめ!」は唯一の新作。
振りこめ詐欺を題材にしたもので、楽しく聴かせてくれた。
「大阪のオバチャン」の存在感が前提で、東京では成り立たないかも知れない。

桂文華の「河豚鍋」。
マクラで、フグ鍋のことを大阪では「てっちり」というが、「てつ」は鉄砲、「ちり」は鍋料理を指し、鉄砲もフグも当たると死ぬからという洒落だそうだ。
一つ勉強になった。
「フグは食いたし命は惜しし」がテーマのネタで、鍋を食うさまが良く出来ていた。

林家染二の「紙屑屋」、このネタは東京とは全く違う派手な内容だ。
居候の若旦那が紙屑屋をさせられるというのは共通だが、大阪の演出は「はめもの」といわれる賑やかなお囃子が入り、「義経千本桜・吉野山」の狐忠度の軍語りやら、「娘道成寺」の鞠つきの踊りやら、賑々しい演出となる。
後半は座布団を片付けて、高座中を踊りまくる。
熱演だったが、さて東京の落語フアンにはどう映っただろうか。

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「鳳楽を円生に」なら協会へ復帰して

10月29日死去した三遊亭圓楽の一番弟子である三遊亭鳳楽が「圓生(円生)」を継ぐようだ。
円楽が今春、自宅に鳳楽を呼んで「(楽太郎の)六代目円楽襲名が終わった後、ゆっくり円生を継いでいけばいい」などと話したといい、鳳楽は「先代・円生の遺族と相談して進めていきたい」としている。
鳳楽は数年前から「三遊亭圓生への道」というタイトルの独演会を続けており、圓生襲名のウワサはあった。また圓楽一門会の会長にもなっており、圓生襲名はかなりの現実性をおびている。

これを機会に、圓楽一門は協会に復帰したらどうだろうか。
1978年に真打の昇進制度をめぐって、圓生一門が落語協会から脱退したのだが、もう当事者の圓生とその後継者である圓楽が亡くなった今、独立して運営する理由も無くなったのではなかろうか。
一番大きな問題は、三遊亭圓生は大名跡であり、その名前は落語界全体の財産だからだ。
それを特定のグループが所有するのはいかにもマズイ。
そのためにも協会に復帰し、寄席に出演できるようにすべきでは。圓生が寄席(定席)に出ないのはおかしいでしょう。

これは個人的な希望ではあるが、復帰先は落語芸術協会(芸協)が良いと思っている。
いま落語協会優勢の傾きがあるが、圓楽一門が芸協に加わることにより、両者のバランスが取れるようになるのを期待している。
「香盤」をどうするかなど難しい問題もあるが、そこは大局的な立場で解決して欲しい。
なにせ、「圓生の名跡」復活のためなんだから。

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2009/10/31

三遊亭圓楽の死去に想う

三遊亭圓楽(円楽)が29日に亡くなった。享年76歳だった。
最後に見た高座は昨年11月末で、「板つき」というよりは、洋服で机と椅子という恰好だった。
トークが中心で二、三小咄を披露したが、思ったより元気な姿を見せていた。
落語となると、脳梗塞で倒れる2005年11月の数ヶ月前の圓楽一門会で「中村仲蔵」を演じたのを観たのが最後となった。
この時は既に調子が悪かったらしく、しばしば手拭いで口元を拭いながらの高座だったが、1時間近くの長丁場をよどみなく演じ、感動させてくれた。

私が在職していた会社のオフィスが一時期江東区にあり、昼食に通っていたレストランがたまたま元の「若竹」だった。
以前寄席だったせいか、レストランとしては天井が高かったのが印象的だった。
ただあまり便利な場所とはいえず、寄席のロケーションとしてはどうだったのだろうか。

圓楽の高座を実際に見たというのは、落語フアンでもそう回数は多くないと思われる。
活躍の舞台はTVの“笑点”司会者が中心で、あれだけの大御所でありながら独演会は圧倒的に少ない。
つまり落語家というよりは、実際にはTVタレント中心に活躍した芸人だったと思う。

落語家としての圓楽の特長は、明解な語り口と大らかな芸風にあった。
よく師匠である六代目三遊亭圓生に似ているといわれたものだが、圓生が陰なら圓楽は陽だ。
だから、どんな人情噺をやらせても湿っぽくならない。
「唐茄子屋政談」という演目があるが、めったに演じられない後半はやや陰惨な展開となるのだが、圓楽が演じると暗くならず、後口も爽やかな印象となる。
「文七元結」では他の演者と比べて、長屋での夫婦喧嘩の場面に重点をおくので、全体がカラッと明るいものとなる。
芸に艶と品もあって、「短命」のような艶笑噺をやらても全くいやらしくならない。
絶品といわれた「浜野矩随」については、他の追従を許さない。
同世代の志ん朝や談志とはまた違った魅力のある噺家であり、それだけにもうちょっと本業で活躍して欲しかったと思うのは、私だけだろうか。

五代目圓楽は、2010年に予定されている楽太郎の六代目圓楽襲名を見ることなく亡くなり、さぞかし心残りだったろうと推察する。
合掌。

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