寄席・落語

2022/10/29

独り言

タレントとしては優れていたが、
落語家としては「並」だった。
あの程度の芸で
「圓生襲名」を口にするなんざぁ
おこがましい。

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2022/10/13

師匠の暴力暴言を弟子が告発

当ブログで以前に書いた記事「落語家の廃業」に、昨日からアクセスが急増している。原因を調べたら、「FRIDAY」WEB版に「落語界の名跡『三遊亭圓歌』の”壮絶暴言&暴力”を弟子が実名告発」というタイトルの記事が掲載されていた。
内容は、師匠である三遊亭圓歌が弟子の天歌に対して長期にわたり暴力や暴言を繰り返してきて、耐え切れなくなった天歌が師匠に「破門」を懇願しても受け容れて貰えないというものだ。
天歌によれば、何かあれば、暴言、暴力の後、「破門だ」と言われ、「坊主にすれば許す」ということが何度も繰り返されたという。
それも理不尽なことが多く、弟子からすれば何でそんなに怒られるかが分からない。
事例としては、以下の通り。
①公衆の面前の街頭でいきなり殴り倒され、通行人が警察に通報する騒ぎになった。天歌は、これは世間では犯罪になるんだと始めて知った。
②暴言も、「今後俺の視界に入るな」「同じ市に住むな。引っ越ししろ」と強要。
③暴力で支配して、弟子が辞めそうになったら『破門』を盾に弟子を黙らせる。そういうことをずっと繰り返してきた。
落語協会に訴えても、師匠と弟子の関係について口を挟むのは難しいという見解だ。
現在は、天歌は訴訟に踏み切っている。
三遊亭天歌の経歴は次の通り。
2009(平成21)年12月 三遊亭歌之介(現・圓歌)に入門
2010(平成22)年7月 前座となる 前座名 三遊亭ございます
2014(平成26)年11月1日 二ッ目昇進 「三遊亭天歌」と改名
なお、兄弟弟子に「三遊亭ありがとう」がいたが、前座の時に廃業している。
落語家の師弟関係については、漏れ聞くところによれば問題がある場合もあるようだが、ここまで拗れたのは珍しいと思う。
かつて相撲の世界では、兄弟子という字は「無理偏にげんこつ」と書くと言われていたが、落語界にも似た様な状況が残っているということか。

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2022/09/26

第74回「大手町落語会」(2022/9/25)

第74回「大手町落語会」
日時:2022年9月25日(日)13時
会場:日経ホール
<  番組  >
前座・林家八楽『平林』
柳家やなぎ『さよならたっくん』
三遊亭萬橘『新聞記事』
桃月庵白酒『今戸の狐』
~仲入り~
春風亭柳枝『堪忍袋』
柳家さん喬『妾馬』

三遊亭萬橘が、高座のナマ配信はNGにしていると言う。噺家の姿勢として正解だと思う。落語という芸能は演者と客が同じ空間と時間を共有して始めて成り立つものだ。だから一期一会で、同じ演者が同じネタを演じても同じ出来にはならない。客が時間と費用をかけて寄席や落語会に足を運ぶのはそのためだ。コロナの影響で興行が打てず、芸人も生活に困窮しているという事からナマ配信が頻繁に行われるようになった事情は分かるが、それは本来の姿とは言えまい。
この日も萬橘の高座だけはナマ配信を外したようだ。

八楽『平林』、師匠が紙切りの二楽というから変わり種。

やなぎ『さよならたっくん』
先ずマクラから、キャンセル待ちの人が多いので航空券を譲って欲しいなんて空港内放送を聞いたことがない。あるのはオーバーブッキングのケースで、航空会社としてはチケットの譲渡に破格の条件を出す場合がある。
ネタは新作で、地方から上京しようとする娘を、付き合っていた男が代行に頼んでやめさせようとするという筋だった。
設定が古くさいし、ただただツマラネエ。

萬橘『新聞記事』
存在自体が面白い萬橘のようなフラのある人は得だ。自虐的なマクラだけで会場を引き込んでゆく。
お馴染みのネタだが、この人が演じると何となく可笑しいのだ。

白酒『今戸の狐』
古今亭のお家芸ともいうべきネタで、少し込み入っていて分かり辛い筋を明快に語っていた。落語家を脅すヤクザの人物像が良く出来てた。
ただ、最近の白酒は以前に比べややパワーが落ちている気がするのは私だけだろうか。

柳枝『堪忍袋』
古典と思われているが益田太郎冠者の新作、と言ってもかなり昔のことでもう古典になっていると言って良い。
8代目柳枝も得意としていたが、当代の柳枝は上方の演じ方だった。
主な違いは次の通り。
①東京版では夫婦喧嘩の原因は不明だが、上方版では原因は弁当の梅干し。
②東京版では大家が中国の故事から堪忍袋の効用を説くが、上方版では大家は薦めるだけ。
③東京版では酔っ払いが無理矢理袋をひったくったので緒が切れて、中の喧嘩がいっせいに飛び出す。上方版では嫁が「クソババア、死ね!!」と絶叫した時点で袋が満杯になり、病身の姑の前で袋がはじけて中に入っていた嫁の「クソババア、死ね!!」を聞いた姑が元気を取り戻す。
柳枝は笑いの多い上方版を東京に移しかえ、楽しく演じていた。

さん喬『妾馬』
通常の演じ方と異なるのは次の通り。
①八五郎が殿様の隣にいた妹のお鶴の傍まで行って、お鶴が抱いていた赤ん坊をあやす場面を加えた。
②八五郎が殿様の前で都々逸を唄うが、続いて手拍子で「ギッチョンチョン」を唄う。
①について、これだと殿様の側に侍っていたお鶴がずっと赤ん坊を抱いていたことになるが、状況としてあり得ないのでは。
②について、「ギッチョンチョン」は明治になってから座敷唄として流行ったもので、時代がずれているのではなかろうか。
①も②も、敢えて付け加える必要は無かったと思うので、この改変には疑問が残る。

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2022/09/19

三遊亭圓窓の死去を悼む

落語家の六代目三遊亭圓窓(さんゆうてい・えんそう=本名・橋本八郎)が、9月15日に心不全のため都内の自宅で死去した。81歳だった。
【芸歴】
1959年3月 八代目春風亭柳枝に入門、「枝女吉(しめきち)」を名乗る
1959年10月 師匠柳枝の死去にともない、六代目三遊亭圓生門下に移り、「吉生(きっしょう)」と改名
1969年3月 抜擢され真打に昇進し、六代目三遊亭圓窓を襲名
1970‐1977年 「笑点」にレギュラー出演
1973年より 500の噺を口演する事を目指し隔月に3席ずつの口演を開始
2001年3月 「圓窓五百噺を聴く会」500席達成

師匠の芸風を継いだ折り目正しい高座が印象的だった。古典から新作まで、滑稽噺から人情噺まで、あらゆるジャンルの演目を演じた。
そして何より、公式サイトである「圓窓落語大百科事典・だくだく」でのネタの解説がとても参考になった。
例えば『青菜』の解説では、次の様に書かれている。
”東京の者にはこの落ちの意味がわからない。女房は「その名を九郎判官」と言って切り上げるべきなのに「九郎判官、義経」とまで言ってしまったので、熊五郎はその続きみたいに「弁慶にーー」と言った。それがなぜ落ちになるのかしら、と不審の念にかられる。
解説をすると、上方ではご馳走になることを「弁慶」というそうだ。これなら、立派な落ちである。
落ちを理解するには語彙が豊富でなければならない、と言えそうだ。”

心より哀悼の意を表します。

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2022/09/18

第22回「朝日名人会」(2022/9/17)

第22回「朝日名人会」
日時:2022年9月17日(土)14時
会場:有楽町朝日ホール
<  番組  >
前座・春風亭いっ休『牛ほめ』
柳亭市弥『紙入れ』
三遊亭金朝『殿集め』
柳家三三『宿屋の仇討』
 ― 仲入り ―
柳家権太楼『らくだ』

市弥『紙入れ』
9月下席より真打昇進し8代目柳家小燕枝を襲名する。柳の大名跡だが、6代目柳家小燕枝(7代目は空位)が柳家さん遊に改名したため、空いていた。最近は若手に大きな名前を継がせる傾向にある。
このネタ、艶笑噺なので演者が照れてはいけない。大真面目に演らないと客はしらける。そこが先ずダメ。襲名に至る経緯をマクラに振ったが、ムダに長すぎる。それほど興味ないし。

金朝『殿集め』
たぶん初見。ネタは初めて。師匠の3代目三遊亭小金馬(故人)がたまに高座に掛けていたという珍しい噺。元は上方落語のようだ。
評判の器量良しの娘が、何を思ったのか浅草の観音様の五重塔から飛び降りるという。評判を聞きつけて大勢の男たちが集まり、飛び降りの理由や、娘を助けてからの妄想やら、勝手に大騒ぎしている。結末は、娘がいい男をさがすための芝居だったが、「これだけ殿御を集めても良い男はいない」。
演者の力量は感じたが、ネタは大して面白味がなかった。

三三『宿屋の仇討』
コーヒーをこぼして火傷をしたということで、左手の掌に包帯を巻いていた。
軽佻な江戸っ子3人と、謹厳な侍と、その間を取り持つ宿屋の若い衆を描いたもので、三三はテンポ良く随所に独自のクスグリを入れて好演。
このネタは、三三の様にスマートに演じるのが正解。

権太楼『らくだ』
この日のお目当て。寄席でもこのネタを掛けることがあるが、時間の制約から前半で切ることが多い。しかしこの噺は後半の葬礼にまで行かないと完結しない。
このネタは演者を選ぶ。一番肝心なのは、酔ってからの屑屋の凄みが出せるかどうかだ。らくだの兄貴分がタジタジとなる程の凄み。それは屑屋が日ごろから虐げられてきた悔しさをぶつけることから来る凄みでもある。同時に権太楼の描く屑屋は、恵まれない人たちに対する優しさも持っている。焼き場の隠亡とお互いに共感し合う屑屋の姿は、社会の底辺に置かれている同士の連帯を感じる。
東京で『らくだ』が演じられるのは権太楼だと思っていたが、その期待に違わぬ熱演だった。

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2022/08/12

第74回上方落語会~文化庁芸術祭大賞、東西揃い踏み~(2022/8/11)

第74回上方落語会~文化庁芸術祭大賞、東西揃い踏み~
日時:2022年8月11日14時
会場:横浜にぎわい座芸能ホール
<  番組  >
月亭遊真『お公家女房』
笑福亭喬介『時うどん』
(令和2年・新人賞)
隅田川馬石『明烏』
(令和3年・関東の部・大賞)
《仲入り》
桂吉の丞『胴切り』
(令和3年・優秀賞)
笑福亭松喬『三十石』
(令和3年・関西の部・大賞)

久々の落語会、この間自粛やら体調不良やらで、いくつもの会を断念しチケットは娘に譲ってきた。
今は感染第7波の真っ最中だが、家に閉じこもっているのも限界で、横浜にぎわい座に出向く。
今月の上方落語会は趣向が変わっていて、タイトル通り「文化庁芸術祭大賞受賞者」が出演、東京からは馬石が参加している。
顔ぶれや内容からすると、客の入りが寂しい感があるが、今どきはこんなものなのかな。

遊真『お公家女房』
東京だと前座に相当するかもしれないが、なかなかの高座だった。ネタは東京だと『たらちね』となるが、上方の方が断然面白い。女房と葱売りが公家言葉で会話するところなんざあ、狂言を思わす。

喬介『時うどん』
名前は知っていたが初見、愛嬌の塊りの様な佇まい。東京だと『時そば』となるが、上方の方はネットリとした演じ方になる。この人の他のネタを聴いてみたい。

馬石『明烏』
落語ファンなら馬石の実力は誰しも認めるところだろう。人情噺と滑稽噺、両方ともイケテル。そういう意味では師匠の芸に最も近いと言える。この日も一分の隙もない充実した高座だった。個々の人物の描き方が巧みで、花魁の浦里の手練手管で一晩でフヤケテしまう時次郎の姿もよく描いていた。
改めて感じたのは、この人は目の使い方が効果的だ。

吉の丞『胴切り』
初見。ネタとしては軽い部類に入るのだろうが、なかなかの熱演だった。東京に比べ上方の落語家は、何とか客を笑わせよう楽しませようとすることに貪欲だ。以前に娘婿にチケットを譲ったところ、彼にとって初めての上方落語だったが、上方の方が面白いと好評だった。

松喬『三十石』
トリネタの代表格。船宿で番頭が名簿を書こうとするが客たちにからかわれて退散する場面と、乗船した男の客が後から来る「お女中」に勝手な妄想をする場面を中心として演じた。勝手に妄想を膨らませていたので、現実との落差が大きい。風格を感じさせる高座だったが、惜しむらくは船頭の舟歌が今一つだった。普段聴いているのが米朝、枝雀、圓生なので、比較するのは酷かも知れないが。

5席とも結構でした。

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2022/08/03

新宿末廣亭の苦境とクラウドファンディング

新宿末廣亭のHPに、経営が苦境に陥っていて、当面の資金繰りのためにクラウドファンディングでの協力を訴えている。
①コロナ前に比べ、観客が7割減になっている。そのため毎月赤字が続いている。
②コロナ前にあった積立金数千万円は1年半で底をついた。前回の寄席へのクラウドファンディングで頂いた2千万円も一定期間の運営を支える形になった。
③現在はコロナ対策の融資を受けているが、このままでは今年の夏頃には経営破綻に陥る。
④席亭としては何とか存続したいと思い、クラウドファンディングへの協力をお願いする。
他の寄席のように新宿末廣亭は不動産収入がないので、厳しい経営環境に置かれているようだ。
振込先などの情報は新宿末廣亭のHPに書かれているので、志のある方は協力ください。

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2022/06/25

十代目入船亭扇橋に期待する

先日、落語協会から今秋9月下席より3人が真打昇進することが発表され、その内の一人である入船亭小辰が「十代目入船亭扇橋」を襲名するとのこと。
小辰の古典を真っ直ぐに演じてもその面白さが伝えられる技量は、二ツ目の中でも群を抜いていた。
欲をいえばより華やかさがほしい所だが、これはおいおい身に着けてゆくことだろう。
大師匠の名跡を継ぐのを機会に、一層の飛躍を期待したい。

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2022/06/24

戦時下の寄席など(吉村昭「東京の戦争」より)

吉村昭「東京の戦争」は、昭和16年から20年の終戦に至る時期の、東京下町の暮しを中学生だった吉村の眼を通して描いたもので、貴重な記録文学になっている。
昭和17年といえば、東京に初の空襲があった年だが、15歳の吉村少年は映画館や芝居、寄席にせっせと通っている。中学生がそういう場所の出入りするのは保護者同伴というのが規則だったので、上野「鈴本」に行く時は制服や制帽、カバンを全て駅の一時預かりに預けてから行っていた。
客席は畳敷きで木製の箱枕が置かれ、客はそれに頭を乗せ横になっていたが、上手い人が出てくると起き上がって聴いていた。
出演者(以下、何代目は当方が想定して加えた)は、桂文楽(8代目)、三遊亭金馬(3代目)、春風亭柳好(3代目)、桂文治(8代目)、春風亭柳橋(6代目)、林家正蔵(7代目、初代三平の実父)といった顔ぶれだったというから、随分と豪華だったんだね。
正蔵は派手な着物で噺も華やかで、吉村はその個性が好きだった。
若い落語家が噺が終わった後、両手をついて、「召集令状を頂戴しまして、明日出征ということになりました。拙い芸で長い間御贔屓にあずかり、心より御礼申し上げます」と、深々と頭を下げた。客席からは、「体に気を付けな」「又ここに戻ってこいよ」と声がかかる。
落語家は何度も頭を下げ、腰をかがめて高座を下りていった。
吉村少年は浅草六区にも足を運び、特に花月劇場がお気に入りだったようだ。
ここでは軽演劇がかかっていて、清水金一(シミキン)、森川信らが出演していた。森川の演技はしっとりとしていて、体がふるえるような可笑しさがあった。森川といえば「男はつらいよ」シリーズの初代おいちゃんを演じていたが、吉村によれば浅草時代の森川とは別人のようだった。
当時人気の「あきれたぼういず」も出演していた。川田義雄(晴久)、坊屋三郎、芝利英、益田喜頓、山茶花究による日本のヴォードヴィルグループで、その演芸様式は後にグループ名から取って「ボーイズ芸」と呼ばれるようになった。
その芸に客たちは興奮し、吉村は陶然としていたそうだ。
舞台には柳家三亀松も出演していて、「間」の効果を知り抜いた類い稀なる芸人だったと吉村は書いている。
私見だが、三亀松は出来不出来があり、明らかに手抜きする時もあったが、晩年に観た人形町末広での高座はゾクゾクするほどの魅力があった。
戦時下でも、こうした寄席や大衆芸能が盛んに行われ、浅草六区などは雑踏を極めていたという事実には驚かされる。
しかし、浅草の賑わいも劇場も、昭和20年3月10日の東京大空襲によって灰燼に帰してしまう。

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2022/05/28

澤孝子の死去

浪曲師の澤孝子が、5月21日に死去した。
私は、澤の舞台は10年以上前に一度だけしか観てないが、国立演芸場の最前列で聴いた時はあまりの迫力に思わず椅子から滑り落ちそうになった。それほど強く印象に残っている。
浪曲というと演台に派手なテーブルかけが設えていて、立ったまま演じる事が多いのだが、澤は珍しく高座の座布団に座り語る「座り高座」で演じた。
今回調べてみたら、師匠が二代目廣澤菊春だった。菊春は寄席に出ていた浪曲師で、やはり「座り高座」で演じていた。話は脱線するが、菊春は落語浪曲という新しい分野をひらいた人で、小学生だった私も楽しめる面白い語りで人気があった。
澤の舞台は、声・節・啖呵とも申し分なく、すっかり魅了されてしまった。
古典芸能の中では浪曲は昔から女流で活躍した人が多いが、澤孝子のように日本浪曲協会会長を務めた人は稀だと思う。
ご冥福を祈る。

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