演劇

2019/11/16

「あの出来事」(2019/11/15)

シリーズ”ことぜん”Vol.2「あの出来事」
日時:2019年11月15日(金)14時(上演時間:1時間40分)
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:デイヴィッド・グレッグ
翻訳:谷岡健彦
演出:瀬戸山美咲
<  キャスト  >
南果歩:クレア(合唱団の指揮者)
小久保寿人:少年、他
《合唱団》
秋園美緒、あくはらりょうこ、石川佳代、カーレット・ルイス、笠原公一、かとうしんご、鹿沼玲奈、上村正子、木越凌、岸本裕子、小口舞馨、小島義貴、櫻井太郎、桜庭由希、Sunny、白神晴代、菅原さおり、杉山奈穂子、鈴木里衣菜、武田知久、谷川美枝、富塚研二、中村湊人、松浦佳子、南舘優雄斗、柳内佑介、山口ルツコ、山本雅也、吉岡あきこ、吉野良祐

「あの出来事」とは、2011年7月22日にノルウエーで起きた、死者77人、負傷者200人以上を出した爆弾・銃乱射事件だ。犯人は極右思想を持ったキリスト教原理主義者で、反移民、反イスラム主義を掲げていた。
本作品は、上記の事件を題材にして書かれた戯曲である。
【あらすじ】
合唱団の指導者を務めるクレア。彼女の合唱団には、移民や難民など、さまざまな立場の人たちがいた。ある日、練習中に突如入ってきた少年が銃を乱射し、多くの人が亡くなる。団員が殺されるのを目の当たりにしたクレアは、それ以来、魂が分離したような気分になってしまう。
クレアは、犯人の少年がなぜこの様な犯罪を起こしたのかその原因を探るため、少年の親や知り合いを訪ねる。
クレア自身も事件の影響で不眠症に悩み情緒不安定になり、パートナーや友人との間に齟齬や対立が生じる。
やがて、クレアは犯人の少年を毒殺しようとするが・・・・。

イギリス人の作者は、ノルウエーの事件の第一報を聞いたとき、一緒にいた幼い息子から「どうして、こんな事がおこったの?」と訊かれ、それが本作品を書くきっかけになったようだ。
今、何か自分と異なるものを極端に排除するような傾向が強まり、それが大量殺人のような事件を引き起こす原因となっている。
また、こうした事件は加害者のみならず、被害者やその周辺の人々の精神や生活にも多大な影響を及ぼす。
この演劇が上演される意義はここにあると思う。
役者が二人だけで、30人の合唱団が芝居に参加するという特異な舞台は、かなり実験的だ。
公演は26日まで。

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2019/10/18

落語でおなじみ『天竺徳兵衛韓噺』(2019/10/17)

10月の国立劇場の歌舞伎公演は、落語『蛙茶番』でおなじみの『天竺徳兵衛韓噺』。
落語では、素人芝居の舞台番(一段高い所に座り客席で騒ぎが起きた時に鎮める役)を頼まれた半公、意気込みは良かったが慌てて褌を着けるのを忘れてしまった。粋がって着物の裾をくるっとまくって胡坐をかき、大はしゃぎ。半公の異様な姿に気付いた客が「ようよう、半公、日本一! 大道具!」と大向う(掛け声)をかけたので、調子に乗った半公は客席の方に乗り出していく。
芝居は『天竺徳兵衛韓噺』の真っ最中、大盗賊の徳兵衛が忍術の極意を伝授されるという見せ場。ここでガマの登場になるはずが、ガマ役の定吉が舞台に上がろうとしない。
番頭が「おいおい、定吉! 早く出なきゃだめだよ」
定吉は「いいえ、ガマは出られません」
「なんでだ?」
「あすこで、青大将が狙ってます」 でサゲ。
さて、芝居の方は。

四世鶴屋南北=作
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』三幕六場
・序幕 北野天満宮鳥居前の場
同 別当所広間の場
・二幕目 吉岡宗観邸の場
同 裏手水門の場
・大詰 梅津掃部館の場
同 奥座敷庭先の場
<    主な配役    >    
天竺徳兵衛/座頭徳市/斯波左衛門:中村芝翫
梅津掃部:中村又五郎
梅津奥方葛城:市川高麗蔵
山名時五郎/奴鹿蔵:中村歌昇
下部磯平:大谷廣太郎
銀杏の前:中村米吉
佐々木桂之介:中村橋之助
侍女袖垣:中村梅花
石割源吾/笹野才造:中村松江
吉岡宗観/細川政元:坂東彌十郎
宗観妻夕浪:中村東蔵

主人公の天竺徳兵衛は実在した人物で、江戸初期の商人で寛永年間に御朱印船に乗船し、シャム(タイ)と天竺(インド)に渡った人物。
芝居では、異国を漂流して歩いた難破船の船頭である天竺徳兵衛が吉岡宗観の息子であるという設定になっている。その吉岡宗観が実は日本に侵略された恨みを晴らすために密かに来日し、足利幕府転覆を狙う朝鮮国の臣下・木曽官だと天竺徳兵衛に語る。
だが父の吉岡宗観は、宝剣「浪切丸」を紛失した疑いで謀反の罪をきせられ切腹する。天竺徳兵衛は父の遺志を継ぎ、父から授けられた蝦蟇の妖術を使い足利幕府の転覆を狙うという壮大なストーリーとなっている。
そうした物語より、徳兵衛が大蝦蟇に乗って大屋根の上に現れ、屋敷を押しつぶす「屋台崩し」や、座頭の徳市から上使斯波左衛門義照(両者とも徳兵衛の変装)に水中での早替わりといった、ケレンが見せ場の芝居。
舞台は中村芝翫が出てないとダレ気味になり、あまりいい出来とはいえない。
劇中で蛇が悪役として使われるので、落語の『蛙茶番』のサゲは良く考えられている。
余談になるが、現在の歌舞伎界では立女形の人材が不足気味だ。10年ほど前から中村米吉(今回は銀杏の前)という若手の女形に注目している。姿と声が良いので、これからが楽しみだ。

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2019/10/10

『どん底』(2019/10/9)

シリーズ「ことぜん」Vol.1『どん底』
日時:2019年10月9日(水)13時
上演時間:3時間(休憩含む)
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:マクシム・ゴーリキー
翻訳:安達紀子
演出:五戸真理枝
<   キャスト   >
山野史人/ミハイル・イワーノヴィッチ・コストゥイリョフ(木賃宿の亭主)
高橋紀恵/ワシリーサ・カールポヴナ(その女房)
瀧内公美/ナターシャ(ワシリーサの妹)
原金太郎/メドヴェージェフ(ワシリーサとナターシャの叔父、巡査)
立川三貴/ルカ(巡礼者)
廣田高志/サーチン
釆澤靖起/ワーシカ・ペーペル(泥棒)
伊原農/アンドレイ・ミートリイチ・クレーシチ(錠前屋)
鈴木亜希子/アンナ(その妻)
クリスタル真希/ナースチャ(売春婦)
泉関奈津子/クワシニャー(肉饅頭売りの女)
小豆畑雅一/ブブノーフ(帽子屋)
堀文明/俳優
谷山知宏/男爵
永田涼/アリョーシカ(靴屋)
長本批呂士/クリヴォイ・ゾーブ(荷かつぎ人足)
福本鴻介/ダッタン人

20世紀初頭のロシア。社会の底辺に暮らす人々が集うサンクトペテルブルクの木賃宿。ペテン師、泥棒、病人、娼婦、彼らは希望の持てないままカードと酒に浸る。
そこへ巡礼のルカが現れ、宿の住人たちに説教を垂れる。虚実判然としないその説教に耳を傾ける者もいれば、冷笑する者もいる。
やがて宿の主人とその妻、妻の妹、妻の情夫で妹との結婚を夢見る泥棒との間で騒動が持ち上がり、泥棒が宿の亭主を殺害する事件が起きる。妻と泥棒は捕まり裁判にかけられ、怪我をした妹は病院に送られるが逃亡する。
誰一人幸福になることがなく、どん底にいる市民たちは、歌と酒だけを娯楽に日々の生活を送っていく。

夜でも昼でも 牢屋は暗い
いつでもオニめが あああ
えいやれ 窓からのぞく

のぞことままよ 塀は越されぬ
自由にこがれても あああ
えいやれ 鎖は切れぬ

ああ この重たい鉄の鎖よ
ああ あのオニめが あああ
えいやれ 休まぬ見張り

 

絶望しかない宿の住人たちだが、過去に殺人を犯し出獄してきたサーチンの言葉、
「人間はよりよき者のために生きてるのさ」
「人間、これこそが真実だ」
が胸に響く。
だから終幕で住人全員が合唱する上記の「どん底の歌」が人間賛歌の様に聞こえてくるのだ。
舞台装置を敢えて工事現場に仕立てた意図は、現在私たちが抱えている「どん底」に対する演出家の問いであろう。

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2019/09/28

民藝『異邦人』(2019/9/26)

劇団民藝『異邦人』
日時:2019年9月26日(木)18時30分
上演時間:休憩含め2時間25分
会場:紀伊國屋サザンシアター
脚本/演出:中津留章仁
<  主なキャスト  >
小杉勇二:村本哲夫(洋食屋の主)
樫山文枝:村本早苗(その妻)
齊藤尊史:村本涼太(長男でコック)
中地美佐子:村本有紀(長女で役場勤務)
佐々木梅治:遠藤晋平(農家の主)
金井由妃:遠藤明日香(その孫)
神敏将:グエン・ヴァン・クアン(農家で学ぶベトナム人実習生)
本廣真吾:石島透(工場の主任)
吉岡扶敏:大川幹雄(工場の副工場長)
岩谷優志:ファム・ミン・チェン(工場で学ぶベトナム人実習生)
細川ひさよ:海原智恵美(ベトナム人実習生の監理団体の職員)
平野尚、近藤一輝、高木理加、長木彩、伊木瑠里

ここの処、昔懐かしい劇団の最近の公演を観て歩いている。文学座、俳優座、そして今回の民藝。かつて民藝の芝居を観たのは、未だ滝沢修や宇野重吉が舞台に立っていた頃だから、昔昔のその昔。出演者の顔ぶれをみても、樫山文枝以外は知らない人ばかり。
タイトルの『異邦人』だが、有名なカミュの作品とは無関係だ。

【あらすじ】
村本早苗と哲夫の夫婦は、ある地方の小さな町で洋食屋を営んでいる。娘の友紀は役場に勤め、息子の涼太はいずれ店を継ぐため東京から戻りコックとして哲夫の下で修行中だ。
この地方でも外国人労働者が増え、店の近くにある工場の寮に住むベトナム人たちの騒音やゴミ出しに村本夫婦は悩まされている。
さらに最近オープンしたばかりのネパール人カレー屋に人気が集まり、村本らの店は客足が減るばかり。
常連客に近くで農家を営む遠藤晋平がおり、後継者がいないためベトナム人実習生のグエンの力を借りて農作業を続けている。
そのグエンのアイディアで、村本の店でベトナム人向けのカレーをメニューに加えて客を呼び込むことになり、企画が当たって沢山のベトナム人が店を訪れるようになった。
一方、近くの工場で働くベトナム人実習生のファムは、日本人の上役と衝突し会社を辞めると言い出す。ファムの上司の主任はファムの反抗的な態度に怒りをぶつけるが、ファムに辞められると困る副工場長や、ファムを派遣した監理団体の担当者は懸命にファムをなだめ、思いとどまらせようとする。
そんな時、農家の主の遠藤晋平が大怪我をしてしまうが・・・。

テーマはずばり共生である。
今回の舞台で語られるベトナム人技能実習生の実態はこの様だ。
先ず、ベトナム国内で日本に実習生に就きたいと思う人を募集する企業がある。応募すると日本語の学習を始め、必要な手続きをしてくれる企業がある。そのための費用は日本円でおよそ100万円、うち40万円は保証金で3年間無事に実習を終了すれば返金される。途中で辞めたり帰国した場合は返金はされない。
日本側では、監理団体がベトナム人実習生を受け入れ、企業などに派遣する。従って、実習生が勝手に途中で辞めたり職を変えたりする自由はない。実習という名目の労働も予めその範囲は決められており、ベトナム人が自由に選ぶことはできない。
もし彼らがどうしても派遣先の仕事を辞めたい場合は、監理団体が他の仕事を探して紹介することになるが、相手先は簡単に見つからない場合がある。
監理団体から契約を打ちきりになった途端に、実習生は不法滞在者になってしまう。そこから転落して、悪事の道に踏み込む者も出てくる。
日本とベトナムの国民性の違いもあるようだ。
日本のサラリーマンは社畜という言葉に表現されるように、上司の命令には逆らわない風潮がある。
対してベトナムでは、議論を闘わせて結論を得るという。
この点は、私も僅かな経験ではあるが、中国で感じた。
いま、日本の至るところ、特に地方の生産や建築現場、農業などの分野では、外国人労働者によって支えられている。その人たちは労働者でもあるが、生活者でもある。
外国人と日本人が共生してゆくための法整備や、人間関係の在り方を真剣に考えてゆかねばならない。
そういう事が実感できる芝居である。

公演は10月7日まで。

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2019/09/22

こまつ座『日の浦姫物語』(2019/8/21)

こまつ座第129回公演『日の浦姫物語』
日時:2019年8月21日(土)13時(公演時間:休憩含め2時間55分)
会場:紀伊國屋サザンシアター
脚本:井上ひさし
演出:鵜山仁
<  主なキャスト  >
朝海ひかる:日の浦姫
平埜生成:稲若/魚名(太郎)
たかお鷹:藤原宗親
辻萬長:説教聖
毬谷友子:三味線弾きの女
石川武、沢田冬樹、櫻井章喜、粟野史浩、
木津誠之、赤司まり子、名越志保
川辺邦弘、宮澤和之、越塚学、岡本温子

【あらすじ】
平安時代、説教聖という人間が町や村を回り、昔あった出来事を物語って暮らしていた。ただここに登場する赤子を背負った説教聖は三味線弾きの女を伴い、なぜか「日の浦姫物語」だけを語る、
奥州は岩城国の米田庄、両親をを失った双子の兄妹、稲若と日の浦姫が仲睦まじく戯れている。二人がおかしたたった一度の過ち、姫は懐妊し一人の男の子を産む。兄の稲若も亡くなり、唯一の血を受け継ぐ日の浦姫が領主を受け継ぐことになる。罪に苦しむ姫は、幼児の魚名を砂金と手紙を入れた袋と共に舟にのせて海に流し、無事に助けられるようを祈る。
魚名は漁師に助けられ、太郎という名で寺の和尚に育てられて18年後には立派な青年に成長する。太郎は都に出て武士になることを目指し村を出る。途中、米田庄に通りかかると、隣の領主が日の浦姫に懸想し、姫と領土を手に入れようと米田庄内の武将たちを次々倒していることを耳にする。正義感に燃えた太郎は、隣の領主と弓矢で争い倒してしまう。
独身を通してきた日の浦姫は領主として婿取りを迫られていて、周囲の声と姫自身の希望により、太郎を婿に迎える。夫婦は仲睦まじく姫は懐妊する。
しかし、姫が偶然に太郎が持っていた手紙を読んでしまうと、それは過去に自身が書いたものだ。姫は自分の子とまぐわい懐妊したことを知り、その事実を太郎(魚名)に伝えると・・・。

テーマは近親相姦であり、それをめぐる悲劇だ。
日の浦姫は実の兄とまぐわい男の子を産むが、やがてその子と夫婦になる。
物語りを伝える説教聖もまた、背負っている赤子は実の妹である三味線弾きの女との間にできた子だ。
井上ひさしは本作品を執筆するにあたり、教皇グレゴリウス1世の一生や、古事記や今昔物語を参考にしたようだが、古今東西、近親相姦は文学の大きなテーマの一つだ。
本作品は、このテーマを悲劇で終わらせるのではなく、そうした中でも逞しく生きる姿を通して、私たち観客を励ます内容になっている。
深刻なテーマを扱っているにも拘わらず、いかにも井上作品らしい歌や踊りと笑いに満ちた楽しい舞台に仕上がっていた。
元々は文学座の杉村春子への「当て書き」として書かれた脚本だったそうだが、今まであまり再演されなかった(こまつ座としては今回が初演)のが不思議に思えるほど、完成度の高い舞台だった。

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2019/09/15

能『錦木』・狂言『船渡聟』(2019/9/14)

能『錦木』・狂言『船渡聟』
日時:2019年9月14日(土)13時
会場:国立能楽堂
1.解説・能楽あんない『鄙の風流ということ』 林望(作家)
2.狂言・大蔵流『船渡聟(ふなわたしむこ)』 
シテ/聟:茂山忠三郎
アド/舅:大蔵弥右衛門
アド/太郎冠者:大蔵基誠
3.能・金剛流『錦木(にしきぎ)』
前シテ/男・後シテ/男の霊:廣田幸稔
ツレ/女:豊嶋晃嗣
ワキ/旅僧:飯富雅介
笛:一噌幸弘
小鼓:曽和鼓堂
大鼓:高野彰

国立能楽堂の定期公演で、9月の普及公演にリンボウ先生が解説するということで出向く。リンボウ先生の著作は読んだことがあるが、講演は初めてだ。講演なれしているらしく分かり易い解説で、話し方も正面と脇正面を交互に体を向けながら話していた。
『錦木』は世阿弥作とされていて、当時は高貴な女性というのは男性からプロポースされても先ずは拒否するのが慣わしだった。そこで男性は何度も自分の意思を伝え、やがて女性が受け容れる場合もあれば、拒絶される場合もある。
都であれば男性は手紙をしたためて女性に贈るが、都から見れば東夷である東北地方の人は字の読み書きができないと考えられていた。
そこで、奥州では錦木と呼ばれる木片(又はその束)を男性が恋しい人の家の前に置き、女性がOKなら錦木は家の中に、NOならそのまま放置されるという伝説となった。それが時に1000日に及ぶこともあり、錦木は「千束」となる。これでも女性がNOなら、男性は諦めるしかない。遂に夢が叶わぬまま終わってしまった男性の遺体と「千束」が埋葬されたのが「錦木塚」だ。
ここから錦木は「恋文、又はその文例集」を指す意味でも使われた。
もう一つ「細布」というのが出てくるが、細布は幅が狭いので胸元が合わない、つまり女性に会わないという含意となっている。
中世の歌学書に錦木を説明する際の歌に、こうある。
「錦木は立てながらこそ朽ちにけれ、けふの細布胸合わじとや」
「錦木は千束になりぬ今こそは、人に知られぬ閨の内見め」
「陸奥のけふの細布ほど挟み、胸合ひがたき恋もするかな」
2番目の歌は、錦木が千束になって、ようやく女性の閨に通された喜びを歌ったものだ。
ここまで分かると、能の『錦木』への理解も深まる。

狂言『船渡聟』
「聟入り」という風習を描いたもので、聟が結婚後初めて妻の実家を訪れ、舅と盃を交わす儀式を指す。
ここに登場する聟、酒の入った竹筒を持って舅の家に向かうが、途中で乗船する。船頭が竹筒に目をつけ、酒を飲ませろと脅す。聟も酒が飲みたくなり、船上で二人は酒盛りを始め、聟は謡や舞まで披露する。
やがて聟は舅の家に着き、酒を振舞おうとするが・・・。
聟である若者の調子の良さと、舅の聟を思う優しが現れた舞台だった。

能『錦木』
旅の僧が陸奥の国狭布の里(今の秋田県)を訪れると男女に出会い、叶わなかった恋の思いを聞かされる。女が持っていた布は鳥の羽で織った幅の狭い細布、男の持っていた彩色された木は錦木といい、いずれも土地の名物であり男女の恋にゆかりのあるものだと言う。夫婦は男の墓である錦塚に僧を案内し姿を消す。
里の男が、3年間錦木を立て続けた男の恋物語を語り、夫婦の供養をするよう勧め、僧は夜通し弔うと、細布を持った女の霊が現れ僧に感謝し、塚に内から男の声がする。
塚は灯火の輝く家とない、中では女が細布を織り、男が家の門に錦木を立てている。
男の霊は、錦木が家に取り入れられて恋が成就した有様を語り舞い踊る。
やがて夜が明けると、霊の姿は消え、松風の吹く塚だけが残されていた。
最終場面で、男が閨に通された喜びで「黄鐘早舞(おうしきはやまい)」を舞う所が圧巻で、笛、小鼓、大鼓の演奏も素晴らしかった。

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2019/09/11

文楽公演『心中天網島』(2019/9/10)

近松門左衛門作
『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』
 ・北新地河庄の段
 ・天満紙屋内の段
 ・大和屋の段
 ・道行名残の橋づくし
日時:2019年9月10日(火)11時
会場:国立劇場 小劇場
<太夫・三味線>
「北新地河庄の段」
・中
三輪太夫(みわたゆう)
清志郎(せいしろう)
・奥
呂勢太夫(ろせたゆう)
清治(せいじ)
「天満紙屋内の段」
・口
津國太夫(つくにだゆう)
團吾(だんご)
・奥
呂太夫(ろだゆう)
團七(だんしち)
「大和屋の段」
・切
咲太夫(さきたゆう)
燕三(えんざ)
「道行名残りの橋づくし」
・小春  
芳穂太夫(よしほだゆう)
宗助(そうすけ)
・治兵衛
希太夫(のぞみだゆう)清丈‘(せいじょう)
小住太夫(こすみだゆう)寛太郎(かんたろう)
亘太夫(わたるだゆう)錦吾(きんご)
碩太夫(ひろたゆう)燕二郎(えんじろう)
<主な人形役割>
紀の国屋小春:和生(かずお)
江戸屋太兵衛:文司(ぶんじ)
五貫屋善六:清五郎(せいごろう)
粉屋孫右衛門:玉男(たまお)
紙屋治兵衛:勘十郎(かんじゅうろう)
女房おさん:勘弥(かんや)

人形浄瑠璃をご存知ない方のために出演者の名前をズラリと記したが、人形の遣い手ではここに掲げた数倍のもの人が出演している。他に大道具や衣装など沢山の裏方がいるわけで、「文楽」の世界というのは数十年の修行を積んだ熟練の芸人による技芸の集約で成り立っている。
もし落語は好きだけど、人形浄瑠璃は敷居が高いと思われているなら、一度は観ることをお薦めしたい。

近松門左衛門の代表作であるこの物語。
主人公・紙屋治兵衛という男、女房と二人の子どもがありながら、曽根崎新地の遊女・紀伊国屋小春の所へ通い詰め。女房のおさんはグウタラ亭主に代って店を切り盛りし家族の面倒を見る貞女だ。治兵衛と小春が心中でもしないかと心配になったおさんは、密かに小春に手紙を書き、治兵衛とは手を切ってくれるよう懇願する。小春はおさんの気持ちを受け止め、心配で店を訪れた治兵衛の兄の孫右衛門に、もう小春の元に通わないようと頼む。その様子を立ち聞きした治兵衛は逆上し一騒動起こすが、そこは孫右衛門が制止して収まる。
店に戻った治兵衛は、小春を思って昼間から布団をかぶって泣いている。どうしょもない男なんだ、この治兵衛は。そこに孫右衛門ら親類が訪れる。彼らは小春が落籍(ひか)されるという噂を聞き、治兵衛を問い詰めるためにやって来た。治兵衛には身に覚えがないことで、落籍するのは恋敵の太兵衛だと話す。孫右衛門らは納得して帰って行くが、おさんはここで意外な行動に出る。小春が落籍されれば自害するのではと直感し、おさんは治兵衛に金とありったけの着物を渡し、これで太兵衛に先んじて小春を落籍するよう勧める。一件落着かと思われたが、そこに運悪くおさんの父親が現れ、グウタラな治兵衛への怒りからおさんを強引に実家に連れ戻してしまう。
絶望のうえ虚脱状態になった治兵衛は小春の店を訪れ、小春に心中を約束させる。
深夜に二人は蜆川から多くの橋を渡って網島の大長寺に向かい、治兵衛は小春の喉首を刺し、自らはおさんへの義理立てのため首を吊って果てる。

この浄瑠璃、主人公の治兵衛はむしろ狂言回しの様な存在で、テーマは治兵衛をめぐるおさんと小春の義理に張り合い、意地の張り合いだ。
特におさん、グウタラ亭主を何とか立ち直らせようと努力し、小春にも治兵衛と縁を切るよう願って手紙まで出しておきながら、落籍された小春の身を案じて今度は治兵衛に小春を落籍せようとする。この辺りは理解し難い複雑な心境でもある。
「天満紙屋内の段」での太夫、三味線、人形遣いは、この揺れ動くおさんの切ない心を巧みに表現していて、ここが最大の見どころだ。
「北新地河庄の段」では、小春をめぐって恋敵の太兵衛と善六が、口三味線で治兵衛を嘲笑する場面が見どころ。
「大和屋の段」では、治兵衛を探す兄が倅の勘太郎を連れてくるのだが、治兵衛は物陰からじっと見送る場面が印象的だ。
「道行名残の橋づくし」では、二人が歩んできた険しい道のりを、幾つもの橋を通り抜けることによって表現していた。
世話物なので派手な場面こそないが、現代に通じる人間の心理劇として見ることも出来る。

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2019/08/23

東京芸術座「終りに見た街」(2019/8/22)

「終りに見た街」
原作/山田太一
脚本/いずみ凜
演出/鈴木龍男

【あらすじ】
時代は現在、東京の荻窪に住む清水の家族、夫の要治はIT企業に勤めるサラリーマン、妻の紀子、娘の彩奈、要治の父親で85歳になる太吉の4人暮らし、部屋には要治が開発したスーポラと呼ばれるロボットが置かれている。
そこに旧友の宮島敏夫とゲーム依存症の息子・新也の親子が訪れ、旧交を温める。
その2日後、清水夫妻がが庭に出ると周囲の景色がガラリと変わっていて戸惑う。外の掲示板には昭和19年と書かれていたのだ。そこへ親子で釣りに出かけていた宮島から電話があり、やはり今が昭和19年になったといって、二人は清水の家に着き、しばらく同居することになる。
空襲警報や防空訓練、竹槍の訓練、配給制度に食料不足といった状況に追い込まれながらも、なんとか切り抜けてゆくが、若い彩奈は郵便配達、新也は軍需工場で働きだす。
清水と宮島は、未来から来た人間の義務として、人々にこれから起こる東京大空襲の危険を知らせようとビラを配るが、人々は非国民と疑われるのを恐れ、結局誰も逃げようとはしなかった。
そして新也が突然帰宅するが、帝国軍に入隊しており、戦地に向かうと宣言する。新也は敏夫、要治の考えている事はおかしいと言い、また彩奈もそれに同調する。
不意に空襲警報が鳴り、要治は自分たちのいる場所は安全で攻撃されない場所だと言うが、起こらない筈の空襲を受けてしまう。閃光が光り、要治が目を覚ますと、そこは見渡す限りの瓦礫と焦げた無数の死体の山。そして廃墟となったビルや東京タワー。そこは2XXX年の死の街・東京であった。

既に2度TVドラマ化されている作品で、それを舞台化したもの。オリジナルが昭和であるのに対しこちらは令和。主人公の清水要治の職業がAI技術者で家には試作のAIロボットが置かれたり、宮島の息子の新也がスマホゲームの依存症であったりという設定の違いはあるが、大筋はTVドラマと同様だ。
現代の人間が戦時中にタイムスリップして、既知の時代を生きる経験を通して、もし将来の人間が今の時代にタイムスリップしたら?を問うことをテーマにしている。昭和19年の人々が清水らの忠告に耳を傾けずに多くの犠牲を出したと同様に、今の私たちが何も考えず何も実行しなければ、やがては破滅するしかないという警鐘を鳴らすものだ。
ただ終幕の演出は、意図が観客にうまく伝わっただろうか。

公演パンフレットに原作者の山田太一が書いた本のあとがきが転載されているが、興味深いことが書かれている。
終戦の年に山田少年は小学5年生だった。理科の時間に教師がいま日本で密かに開発されている「特殊爆弾」について説明があった。それが完成すれば、ワシントンに一発、ニューヨークに一発落として、日本が勝利するというのだ。それを聞いた生徒たちは、その爆弾が一日も早く完成し、アメリカの人々を皆殺しにしてくれることを心から願った。その時の先生の目の輝き、子どもたちの興奮を思い起こすと、原爆についてアメリカを非難する気持ちになれないと、山田は書いている。
こうした体験も本作品に反映されているようだ。

公演は25日まで。

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2019/08/21

テアトル・エコー「バグ・ポリス」(2019/8/20)

テアトル・エコー公演15「バグ・ポリス」(原題:Unnecessary Farce)
日時:2019年8月20日(火)14時(上演時間:1時間40分)
会場:恵比寿エコー劇場

作:ポール・スレイド・スミス
翻訳:常田景子
演出:永井寛孝
<   キャスト  >
池田祐幸:エリック・シェリダン巡査
渡邊くらら:ビリー・ドワイヤー巡査
沖田愛:カレン・ブラウン会計士
根本泰彦:ミークリー市長
加藤拓二:フランク市長警備員
瀬田俊介:トッド殺し屋
丸山裕子:メアリー市長夫人

舞台はアメリカのとある街のモーテルの2室。片側の部屋にはエリックとビリーの二人の巡査が、もう片側の部屋に仕込んだ隠しカメラをモニタリングしている。署長の命令で、会計士カレンが見つけた市長の公金横領を突き止めるためだ。メアリーが市長をこの部屋に呼び出し、帳簿を突き付けて不正を暴くのをビデオに収めるという囮捜査だ。
エリック巡査とメアリー会計士が事前の打ち合わせをしているうちに、ついつい良い雰囲気になってしまい、二人は下着姿でベッドの中へ。そこへ早めに到着した市長や、市長の警備員が現れ大混乱。さらに、スコットランド人の殺し屋や、何かいわく有り気な市長夫人まで加わり、果たして捜査は無事終了できるのだろうか。

舞台には8枚のドアがあり、そこを下着姿の男女が出たり入ったりのドタバタ艶笑コメディ。際どいセリフが飛び交う舞台に、後の席の年配のご婦人たちが大受けしていていた。
終始下着姿で奮闘した沖田愛(色気が全く無いのがスゴイ)、終始分けの分からないセリフをしゃべり続けた瀬田俊介(これって結構難しい)、ご苦労さまでした。

公演は26日まで。

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2019/08/10

「人形の家 Part2」(2019/8/9)

PARCOプロデュース2019「人形の家 Part2」
日時:2019年8月9日(金)19時(上演時間:1時間45分)
会場:紀伊國屋サザンシアター
脚本:ルーカス・ナス
翻訳:常田景子
演出:栗山民也
<   キャスト  >
永作博美/ノラ
山崎一/夫・トルヴァル
梅沢昌代/乳母・アンネ・マリー
那須凜/娘

イプセンの戯曲「人形の家」が上演されたのが1879年で、本作品ではノラが家に帰ってきたのが15年後ということだから、時代は19世紀末ということになる。
ノラが15年ぶりに家に帰ったのは、家族との再会のためではなく、ある用事があったから。
ノラは、今では女性の自立をテーマとして本を書き、ベストセラーにもなっている。処が、その本を読んだ読者の女性が離婚し、怒った夫がノラの素性を確かめると、戸籍上ノラは未だトルヴァルの妻であることを突き止め、世間に公表するとノラを脅迫する。
ノラは、家を出るときに離婚届けを出すようトルヴァルに頼んでいて、自分は独身であることを信じ、本の中でもそのことを書いていた。もし事実が世間に知れれば、ノラは社会的に抹殺される。そこで、トルヴァルに会って、約束通り離婚届けを出すよう催促に来たのだ。
しかし、ノラの申し出をトルヴァルは一蹴する。お前が勝手に出て行ったんだから離婚はしないと主張する。
仕方なくノラは、乳母や、今は立派に成長した娘にトルヴァルへの説得を依頼するが、15年間行方不明だったノラは死亡したことになっていた。そのことを前提にトルヴァルとその家族は長いあいだ生活をしてきていたので、今さら離婚届けを出すわけには行かないという理由があった。
困惑するノラ、果たして解決の道は開けるだろうか・・・。

本作品のテーマも女性の自立だ。
舞台は5場構成で、各場が「ノラvs.乳母」「ノラvs.夫」「ノラvs.娘」といった具合に、2人芝居が連続した形で進行するディスカッション・ドラマだ。
本来は19世紀末の時代設定のはずだが、議論されているテーマは今日的であり、現在進行形である。
終始、緊張感あふれる舞台は、休憩なしの1時間45分の長さを感じさせない。

4人の出演者はいずれも熱演で、初日にも拘わらず完成度の高い演技を見せていた。
ノラを演じた永作博美は2度目だが、演技はもちろんのこと、魅力的で舞台映えする女優だ。

公演は、9月1日まで

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