演劇

2018/04/19

イプセン「ヘッダ・ガブラー」(2018/4/18)

SIS Company「ヘッダ・ガブラー」
日時:2018年4月18日(水)18時30分
会場:Bunkamuraシアターコクーン
脚本:ヘンリック・イプセン
翻訳:徐賀世子
演出:栗山民也
<  キャスト  >
寺島しのぶ/ヘッダ・テスマン(ガブラー)、ガブラー将軍の娘
小日向文世/イェルゲン・テスマン、ヘッダの夫、学者
佐藤直子/ミス・テスマン、イェルゲンの叔母
水野美紀/エルヴステード夫人、ヘッダの友人、レェーヴボルクを恋い慕う
池田成志/レェーヴボルク、ヘッダの元カレ、イェルゲンとはライバルの学者
段田安則/ブラック判事、テスマン夫妻の共通の友人、ヘッダにソノ気ありあり
福井裕子/テスマン家のメイド

【あらすじ】
高名なガブラー将軍の娘で美しく気位が高いヘッダは、キラ星のごとき男の中から将来性があると踏んだ学者イェルゲン・テスマンを夫として選び、結婚する。
ところが夫は学問にばかり夢中で、死ぬほど退屈な男。
そこへ、ヘッダの元カレで、ヘッダが銃を突き付けてまでして関係を断った男、レェーヴボルクが突然現れる。
以前は身を持ち崩していたが、今ではエルヴステード夫人の手助けによって立ち直り、学者として実績を上げつつあった。
一方、エルヴステード夫人は恋しいレェーヴボルクを追って家を捨て、彼を追いかけてくる。
テスマン家で再会を喜び合う二人に、ヘッダは嫉妬の心を燃え上がらせる。テスマン夫妻の知り合いであるブラック判事によれば、次の教授にはレェーヴボルクが有力だという。そうなれば、ヘッダの人生計画も狂ってしまう。
ヘッダはレェーヴボルクを再び堕落の道へ落とすべく計画を練り、成功するかに見えたが・・・。

時代は19世紀。家庭に不満を持っているが、ヘッダは自立する気もない。かと言って、友人のエルヴステード夫人の様に、好きな人のためなら家も家族も投げ出してといった行動に出るわけでもない。
もっとも19世紀という時代の制約の中では、女性の自立は極めて困難だっただろうが。
人を見くだし、自分より恵まれたと思う人間に嫉妬を募らせ、相手の足を引っ張るだけの人生。
最後は破滅の道に進むのは当然だろう。
しかし、ヘッダの心境というのは、21世紀に生きる人々にも、共感が得られる部分はあるだろう。
この芝居は、人間の愛欲、嫉妬、打算といった普遍的な問題をテーマにしており、そこが現代人にも受け容れられるのだと思うj。

出演者では、寺島しのぶの存在感、演技力が舞台を圧倒していた。やはりDNAか、舞台映えする。
他の共演者もそれぞれいい味を出していた。
小日向文世がフサフサのカツラをかぶると、あんなに若く見えるんだね。オレも髪を真っ黒に染めてみようかしら。息子より若く見られたりしてね、フフ。

公演は30日まで。

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2018/03/14

必見!「赤道の下のマクベス」(2018/3/13)

「赤道の下のマクベス」
日時:2018年3月13日(火)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:鄭義信
演出:鄭義信
<  キャスト  >
池内博之:朴南星(清本南星)
浅野雅博:山形武雄
尾上寛之:李文平(清原文平)
丸山厚人:金春吉(金田春吉)
平田満:黒田直次郎
木津誠之:小西正蔵
チョウヨンホ:ナラヤナシ
岩男海史:看守A
中西良介:看守B

私は終戦の前年に生まれたので戦争の記憶は全くないが、家族や親類、ある時は銭湯で見知らぬ人から、戦争の実相を聞かされた年代だ。
我が家はは戦前は中野駅の近くで水商売をしていて、軍隊生活を送っていた人も客として来ていた。そうした場所では、彼らも気を許して自分の家族にさえ話せなかったことも喋ってしまう。
父は何も言わなかったが、母親からは兵士たちの嫌な話を顔をしかめながら私に語ってくれたことがあった。
だから最近の日本軍を賛美するような論説は、あまりに実態と異なるものだと違和感があるのだ。
その一つに極東国際軍事裁判(東京裁判)に対する批判がある。私もこの裁判には大いに不満があるが、それは巷間のものとは正反対からの批判だ。
次の数字は軍事裁判によって死刑判決を受けた人数だ。
A級戦犯    7名
BC級戦犯  934名
戦争を遂行し命令を下した側と命令された側の死刑の数があまりにアンバランスなのだ。
BC級戦犯の死刑のうち11%は捕虜収容所の関係者で、捕虜に対する虐待や暴力が処刑の理由となっている。捕虜収容所の監視員らがその対象とされていた。
しかし彼らは軍の最高方針である捕虜に対して「無為徒食をせしめず」に従って捕虜を労役に使ったのであって、命令に従っただけなのだ。

この演劇は、1947年のシンガポール、チャンギ刑務所が舞台。
第二次世界大戦のBC級戦犯として収容されていた日本人と元日本人だった朝鮮人の物語だ。
死刑囚が収容される監獄・Pホールには、演劇に憧れシェイクスピアの「マクベス」の本をボロボロになるまで読んでいる朴南星、戦犯となった身の上を嘆き悲しむ少年の李文平、一度は無罪で釈放されながら再び死刑判決を受けてここの戻されてきた金春吉の朝鮮人。そして山形、黒田、小西の3人の日本人とあわせて6人の死刑囚が収容されている。
判決から処刑までおよそ3ヶ月という期限に日々怯えながら、過酷な環境の中で精神的にも肉知的にも追い詰められるている。
そうした中でも朴南星だけは明るさを失わず、落ち込む仲間を励ましてムードメーカーの役割を果す。
舞台はいかにも鄭義信の作品らしく賑やかな場面もあるが、それが反面の熾烈さを印象づけている。
朝鮮人死刑囚が日本人死刑囚に対して「あんたたちは、それでも名誉が残るからまだいい。俺たちは何も残らない」という言葉は重い。国に残された家族たちも、息子が日本軍の協力者だったということで迫害を受ける。彼らには全く救いがない。
外見は朗らかにしていた朴南星がいよいよ死刑執行を前にして、「生きたい、もっと生きていたい」と嘆く場面は胸を打つ。

私は以前タイに旅行した際、この芝居の背景にもなった泰緬鉄道に乗車した。カンチャナブリー連合軍共同墓地も訪れ、その墓石の多さに驚いた。
クワイ川にかかる「戦場にかける橋」は徒歩で渡り、橋の袂にあった日本軍慰霊碑も訪れた。
泰緬鉄道の建設期間中に、約1万6千人の連合軍の捕虜が、飢餓と疾病と虐待のために死亡した。
忘れてはならないのは4-7万人と推定されるアジア人労働者の犠牲者だ。その正確な人数は未だに分かっていない。
戦争は狂気である。

舞台は重いテーマにも拘わらず笑いの場面もあり、舞台を跳ね回る演者たちのエネルギッシュさに圧倒される。
そして、泣ける。
出演者は全員が熱演で舞台を盛り上げたが、なかでも主演の池内博之の演技が素晴らしい。
テーマも舞台も、まさに必見!

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2018/02/16

「ムサシ」(2018/2/15)

「ムサシ」
日時:2018年2月15日(木)13時30分
会場:Bunkamuraシアターコクーン

脚本:井上ひさし
演出:蜷川幸雄
<  キャスト  >
宮本武蔵:藤原竜也
佐々木小次郎:溝端淳平
筆屋乙女:鈴木杏
沢庵宗彭:六平直政
柳生宗矩:吉田鋼太郎
木屋まい:白石加代子
平心:大石継太
忠助:塚本幸男
浅川甚兵衛:飯田邦博
浅川官兵衛:堀文明
只野有膳:井面猛志

2009年の初演以来、ロンドンやニューヨークなど海外を含めて何度も再演されてきたが、今まで観る機会がないままになっていた。
今回、蜷川幸雄三回忌追悼公演として2014年の出演メンバーが全員揃ったシアターコクーンの舞台を観劇。
幸いバルコニー席の最前列の舞台寄りという良席だった。

あらすじ。
慶長十七年(1612年)陰暦四月十三日正午、豊前国小倉沖の舟島で行われたご存知、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘は武蔵の勝利に終わる。
佐々木巌流の名前から、後に巌流島の決闘として世に伝わる。
倒れた小次郎を見ると未だ息があり、武蔵は検視役に手当を頼み立ち去る。
決闘から6年後の元和4年(1618年)の季節は夏。場所は鎌倉は佐助ヶ谷、源氏山宝蓮寺。
講堂と厨子、それを結ぶ渡り廊下しかない小さなこの寺で、いままさに寺開きの参籠禅が執り行われようとしていた。
大徳寺の長老沢庵宗彭を導師に迎え、将軍指南役で能狂いの柳生宗矩、寺の大檀那である木屋まいと筆屋乙女、そして寺の作事を務めた武蔵も参加している。
そこへ突然、佐々木小次郎が現れた。舟島でかろうじて一命をとりとめた小次郎は、武蔵憎しの一念で、6年間武蔵の行方を追いかけて、遂にここ宝蓮寺で宿敵をとらえたのだ。
先の決闘では武蔵の策によって敗れたと信じる小次郎にとり、今度こそは「五分と五分」で決着をつけようと、武蔵に「果し合い状」を突きつける。こうして、宮本武蔵と佐々木小次郎の命をかけた再対決が「三日後の朝」と約束される。
しかし、なぜか周囲の人たちは二人の決闘をやめさせようとする。
沢庵和尚は殺生はいかんと説くし、柳生宗矩は刀が物言う時代は終わったといい、筆屋乙女は父の仇討ちを通して復讐の連鎖はやめようと言い出し、木屋まいに至っては自分とやんごとなきお方とのご落胤こそが佐々木小次郎だと主張し出す始末。
こうした中で行われる武蔵と小次郎の最後の決闘の結末は・・・。

いかにも井上ひさしの戯曲らしい笑いの多い作品だ。剣術の訓練がいつのまにかタンゴののリズムになり、全員が踊りだす、そんな場面もある。
作品のテーマは、生への賛歌だ。生きることの素晴らしさ。
もう一つのテーマは能で、舞台装置である寺そのものが能の舞台の構造となっている。
演者たちの能の謡や舞に乗せた科白や所作が随所に披露される。

柳生宗矩が創作する新作能「カチカチ山の続編」が、本作のテーマを暗示している。
もっともオリジナルの「カチカチ山」を知らない方も多いだろうから、ここでwikiの記事を下に引用する
【昔ある所に畑を耕して生活している老夫婦がいた。
老夫婦の畑には毎日、性悪なタヌキがやってきて不作を望むような囃子歌を歌う上に、せっかくまいた種や芋をほじくり返して食べてしまっていた。業を煮やした翁(おきな)はやっとのことで罠でタヌキを捕まえる。
翁は、媼(おうな)に狸汁にするように言って畑仕事に向かった。タヌキは「もう悪さはしない、家事を手伝う」と言って媼を騙し、縄を解かせて自由になるとそのまま媼を杵で撲殺し、その上で媼の肉を鍋に入れて煮込み、「婆汁」(ばばぁ汁)を作る。そしてタヌキは媼に化けると、帰ってきた翁にタヌキ汁と称して婆汁を食べさせ、それを見届けると嘲り笑って山に帰った。翁は追いかけたがタヌキに逃げられてしまった。
翁は近くの山に住む仲良しのウサギに相談する。「仇をとりたいが、自分には、かないそうもない」と。事の顛末を聞いたウサギはタヌキ成敗に出かけた。
まず、ウサギは金儲けを口実にタヌキを柴刈りに誘う。その帰り道、ウサギはタヌキの後ろを歩き、タヌキの背負った柴に火打ち石で火を付ける。火打ち道具の打ち合わさる「かちかち」という音を不思議に思ったタヌキがウサギに尋ねると、ウサギは「ここはかちかち山だから、かちかち鳥が鳴いている」と答え、結果、タヌキは背中にやけどを負うこととなった。
後日、ウサギはタヌキに良く効く薬だと称してトウガラシ入りの味噌を渡す。これを塗ったタヌキはさらなる痛みに散々苦しむこととなった。
タヌキのやけどが治ると、最後にウサギはタヌキの食い意地を利用して漁に誘い出した。ウサギは木の船と一回り大きな泥の船を用意し、思っていた通り欲張りなタヌキが「たくさん魚が乗せられる」と泥の船を選ぶと、自身は木の船に乗った。沖へ出てしばらく立つと、泥の船は溶けて沈んでゆく。タヌキはウサギに助けを求めるが、逆にウサギに艪で沈められてしまう。タヌキは溺れて死に、こうしてウサギは見事媼の仇を討った。】
落語の「強情灸」に「これじゃまるでカチカチ山の狸だ」というセリフが出てくるし、「泥船に乗る」という表現もここから来ている。
本題に戻ると、柳生宗矩は続編として殺されたタヌキの子どもがウサギを敵討ちにするというストーリーを編み出すのだ。

出演者では断然、白石加代子の演技力と存在感が光る。彼女が出て来ると、舞台全体をさらってしまう。この役は白石加代子以外にはあり得ないと思えるほどだ。
他では、六平直政と吉田鋼太郎のユーモラスな演技が、井上芝居らしさを醸し出していた。

とにかく楽しい人間賛歌に溢れた芝居、公演は25日まで。

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2018/02/14

文楽「女殺油地獄」(2018/2/13)

文楽2月公演第三部「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」
日時:2018年2月13日(火)18時
会場:国立劇場 小劇場

近松門左衛門=作
徳庵堤の段
河内屋内の段
豊島屋油店の段
同   逮夜の段

出演者は下記の通り(クリックで拡大する)。
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<主な人形役割>
河内屋徳兵衛:吉田玉也
   女房・お沢:吉田勘彌
   息子・与兵衛:吉田玉男
豊島屋の女房・お吉:吉田和生

あらすじ。
大阪天満の油屋、河内屋の主人・徳兵衛は番頭あがりの婿入りで、それを良いことに義理の息子・与兵衛は増長し、店の有り金を持出しては放蕩三昧。
母親のお沢と徳兵衛は懲らしめのために与兵衛を勘当したものの、小遣い銭に事欠いては不憫であるとして、同じ町内の油屋、豊島屋の女房お吉を通じて密かに銭を与えていた。
それでも遊ぶ金に困った与兵衛は義父の偽判を用いて借金をする。返すあてなどない与兵衛は、日限に責められてお吉に無心をするが断られ、ついにお吉を惨殺し店の掛け金を奪って逃げる。
お吉の三十五日の供養に列席していた与兵衛だが、天井でネズミが暴れ、殺しの現場で与兵衛がお吉の血潮を拭った古証文を落とす。それには動かぬ証拠として与兵衛の署名があり、悪事が露見した与兵衛は召し取られる。

近松門左衛門の作ながら江戸期には再演されず、明治になってから作品が評価されるようになったようだ。
明治末に歌舞伎で上演され、人形浄瑠璃としては昭和37年が初演ということだから新しい演目といえる。
近年になって評価が高まったのは、この作品の持つ奥の深さだと思う。

劇中ではカットされているが、河内屋の前の主は若くして亡くなり、その時に長男は7歳、次男である与兵衛は4歳だった。後家となったお沢は番頭の徳兵衛を婿にするのだが、幼い与兵衛としては実父を失い母親が再婚するという現実を受け容れなかったのだろう、グレてしまうのだ。
お沢は与兵衛の不行状に怒りながら、一方で息子が不憫でならない。主人の徳兵衛は以前は奉公人だったという負い目があり、与兵衛には遠慮がちだ。

この時点の与兵衛は23歳、豊島屋のお吉は27歳。双方とも油屋で同業者であり、与兵衛にとってお吉は姉の様な存在だったろうし、甘えられる相手でもあった。あるいはほのかな恋心を抱いていたかも知れない。
そうした気配も感じたお吉の夫にとっては心穏やかではない。
そうした両者の関係も事件の背景となってゆく。

親の名前を勝手に使って金を借りた与兵衛、返せねば親に迷惑がかかる。さりとて返済のあてのないまま日限を迎えてしまい、お吉宅に赴く。
そこに両親が来ていて、与兵衛のための小遣いとしてお吉に金を渡すのを覗き見してしまう。
両親が帰ったあとで与兵衛は一人お吉に、今度こそ真人間になるのでこの度だけは借金を用立てて欲しいと頼み込む。この時、与兵衛は本心から出た言葉だろう。
しかし、お吉としては主人が留守の間に与兵衛に大金を貸すわけにはいかない。断るお吉に懇願し続ける与兵衛。
遂に与兵衛はお吉を脇差しで殺害し、金を奪ってしまう。

事件の起きる前に、お吉が娘たちのために蚊帳をつってあげる。旧暦の端午の節句の頃には蚊が出ていたのだ。
これは落語の「二十四孝」でもお馴染みの、呉猛の親孝行の逸話とかけたもの。
与兵衛の悪事が露見し捕まるのが、お吉の三十五日の忌日の前夜である「逮夜」。
季節の移ろいも晩春から初夏という趣向。
当時の社会体制を反映した、いかにも近松の作品らしい芝居だ。

最大の見せ場は、与兵衛がお吉を殺害する場面だ。
店先で油の壺から桶に小分けしているお吉の背後から、脇差を抜いた与兵衛が近づく。油に映る刃の光に驚くお吉が逃げようとするのを与兵衛が斬りかかる。一瞬の静寂の後に、油をまきながら逃げ惑うお吉に与兵衛は何度も斬り付ける。
油で滑りながらの殺しの場面は人形が激しく動き、観ていて手に汗を握る思い。
これほどの凄惨な殺しの場面は他にないだろう。
太夫の語りと三味線が、緊迫した舞台をいっそう盛り上げていた。

聴きごたえ見ごたえ十分。結構でした。

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2018/01/18

馬の足に拍手!「世界花小栗判官」(2018/1/17)

近松徳三・奈河篤助=作『姫競双葉絵草紙(ひめくらべふたばえぞうし)』より
尾上菊五郎=監修
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言「世界花小栗判官(せかいのはなおぐりはんがん)」 
四幕十場
発端    (京)  室町御所塀外の場
序幕<春> (相模)鎌倉扇ヶ谷横山館奥庭の場
             同 奥御殿の場
             江の島沖の場
二幕目<夏>(近江)堅田浦浪七内の場
              同 湖水檀風の場
三幕目<秋>(美濃)青墓宿宝光院境内の場
             同 万屋湯殿の場
             同 奥座敷の場
大詰 <冬>(紀伊)熊野那智山の場

<  主な配役  >
尾上菊五郎:盗賊風間八郎
中村時蔵:執権細川正元/万屋後家お槙
尾上松緑:漁師浪七、実ハ美戸小次郎
尾上菊之助:小栗判官
坂東彦三郎:横山次郎
坂東亀蔵:膳所の四郎蔵
中村梅枝:万屋娘お駒/浪七女房小藤
尾上右近:照手姫
河原崎権十郎:万屋下男不寝兵衛
ほか

新春の国立劇場の歌舞伎は、音羽屋一座による「世界花小栗判官」。
「小野小町か照手姫か」と謳われた照手姫と、これも伝説上のヒーロー小栗判官との恋模様を軸に、足利幕府に弓を引く盗賊(新田義貞の末裔)やその仲間との死闘を描いた作品。
いかにも歌舞伎の狂言らしい状況設定がなされている。

・お家騒動をめぐる忠臣と逆臣の対立、これには必ずお家の宝物をどちたが手に入れるかが重要なポイントとなる。
・忠臣のヒーローは美男でしかも滅法強い。ヒーローを命がけで守る家来がいる。
・ヒーローを慕うヒロインの美女がいて、二人はすれ違いを繰り返す。
・ヒーロー又はヒロインに横恋慕する人物が現れ、二人の間を邪魔する。
・主君やヒーローへの忠義のために、大事な人を殺めるという設定がある。
・ヒーロー又はヒロインが一時は絶対絶命のピンチを迎えるが、神仏のご加護で助かる。
・最後はヒーローが逆臣を成敗し宝物を取り返してお家は安泰、ヒロインと無事結ばれる。めでたしめでたし!で幕。

この筋立ては多くの歌舞伎狂言に共通するもので、鉄板と言ってもいいだろう。
今回の芝居では、悪人の盗賊風間八郎は成敗を免れた(なんと言っても菊五郎が演じてるからね)。
小栗判官に横恋慕する娘を母親が殺害し、娘が幽霊になって出て来るという場面もあって、怪談話入りの大サービス。
全体にエンターテインメント性の高い芝居となった。

見所は二つ。
・小栗判官が馬術の名手ということで、逆臣たちが暴れ馬に小栗を乗せて殺害を図るのだが、小栗は馬を鎮めて乗りこなすという場面がある。
ここで馬がサーカスで演じる様な曲芸も見せるのだが、何せ中は前足と後足の二人の俳優だ。背中には主役を乗せての動きなので相当に難しい動きだと思うが、これを見事に演じて観客からは大喝采。
馬の足に拍手!
・かつて小栗家の家臣で今は漁師となっていた浪七が、照手姫を悪人たちの魔の手から救うために彼らと死闘を繰り返し、最後は一命を賭して姫を救う場面。
この立ち回りが見せ場で、松緑の奮闘公演の様相を呈していた。女房小藤との別れの場面もしっとりと演じて良い出来だった。
松緑はかつてはセリフ回しに難があったが、今は全くそれを感じさせない。

役者の中では、松緑以外では梅枝の演技が光る。
命がけで夫を助けるという女房の役と、小栗に横恋慕したあげく母親の手にかかって殺されてしまうという対照的な二役だったが、それぞれの心中を深く表現していた。

場面が春夏秋冬という季節の変化、場所も京から相模、近江、美濃、紀伊と移り、目を楽しませていた。
初春らしい華やかな舞台だった。

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2017/12/27

「田茂神家の一族」(2017/12/26)

東京ヴォードヴィルショー第71回公演『田茂神家の一族』【東京凱旋公演】
日時:2017年12月26日(火)14時
会場:紀伊國屋ホール
【作】三谷幸喜
【演出】山田和也 
【音楽・演奏】園田容子
【    主なキャスト    】
田茂神嘉右衛門(前村長)   /石倉三郎
  たか子(嘉右衛門の長男の妻)/あめくみちこ
    健二(嘉右衛門の次男)/佐渡稔
    三太(嘉右衛門の三男)/佐藤B作
    四郎(嘉右衛門の四男)/市川勇
    常吉(嘉右衛門の弟)  /石井愃一
    茂(嘉右衛門の弟の娘婿)/角野卓造
井口(三太の選挙コンサルタント)/まいど豊
【その他の出演】
たかはし等・山本ふじこ・瀬戸陽一朗・中田浄
市瀬理都子・京極圭・玉垣光彦
村田一晃・大迫右典・石川琴絵
小沼和・喜多村千尋・平田美穂子

2015年初演の三谷幸喜書き下ろし作品『田茂神家の一族』の再演。
舞台はある地方の人口わずか105人の村。
24年間村長をつとめた田茂神嘉右衛門が事故で重傷を負ったため村長選に出馬できず、後継者と見られた長男も事故死。
そこで急遽、嘉右衛門の息子たちや弟、長男の未亡人らが立候補することになった。そこに東京で学者をしていた嘉右衛門の弟の娘婿も候補に加わり乱戦となる。
誰が当選しても田茂神家だが、結果はこの一族の主導権にも拘わるので、みな必死だ。
この日は村民お相手に合同演説会とあって激しい論戦が展開されると思いきや、訴えるべき政策もないので、自然と相手候補のスキャンダルを暴き合うネガティブキャンペーン合戦の様相を呈する。
票読みでは次男と三男が拮抗していたが、そこに重傷だった筈の嘉右衛門が現れ、村長選に立つという。こうなると村内の企業との強いパイプを持つ前村長が圧倒的に優勢だ。
これに対抗するために、息子たちは連合し候補者調整を行って父親に対抗しようとする。
ここまで選挙の圏外と見られたいた学者の茂が、自らが開発したヒューマン・ヴァイマス・エネルギーを使った発電所をこの村に建設し、村おこしすると宣言する。
これで形成は一変し、茂が次期村長に決まりかかるが・・・。

政策より人的なつながりや利害で動きがちな地方選挙への揶揄や、戯曲が書かれた時期を考えれば民主党政権の誕生と、その後の自民党による政権奪取も織り込まれているようだ。
スキャンダル暴露合戦を通じて、一人一人の生活実体を浮かび上がらせるという手法は巧みだし、会場は大受けだった。

しかし、カーテンコールで佐藤B作語ったのは、福島出身の佐藤が三谷に福島を舞台にした作品を依頼したし、出来たのがこの「田茂神家の一族」だと。
そうなると、茂が村に持ち込もうとしたエネルギー政策とは原発だったことになり、茂は中央政府そのもだったことになる。
ドタバタ劇のように見えて、作者の深い意図が窺える芝居だ。

公演は28日まで。

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2017/12/14

「通し狂言 隅田春妓女容性」(2017/12/13)

国立劇場12月歌舞伎公演

「今様三番三(いまようさんばそう)」
大薩摩連中
長唄囃子連中
源氏の白旗を奪った平家の姫君(中村雀右衛門)が、源氏の武士たちを「布晒(ぬのさらし)」の舞で追い払うという舞踊。
「布晒」というには新体操のリボン運動と同様で、2枚の長い布を両手で地面に先が落ちぬよう巧みに振り回す。重い衣装にカツラ姿で、しかも舞踊として美しく踊る所が見ものだ。

並木五瓶=作
国立劇場文芸研究会=補綴
「通し狂言 隅田春妓女容性(すだのはるげいしゃかたぎ)」 ―御存梅の由兵衛(ごぞんじうめのよしべえ)― 三幕九場
序幕  柳島妙見堂の場
     同  橋本座敷の場
     同     入口塀外の場
二幕目 蔵前米屋店先の場
      同     塀外の場
      同     奥座敷の場
      本所大川端の場
大詰   梅堀由兵衛内の場
      同  仕返しの場
<  主な配役  >
中村吉右衛門=梅の由兵衛
尾上菊之助=女房・小梅/弟・長吉
中村雀右衛門=芸者・額の小三
中村錦之助=金谷金五郎
中村歌六=源兵衛堀の源兵衛
中村又五郎=土手のとび六
中村歌昇=延紙長五郎
中村種 助=芸者・小糸
中村米吉=米屋娘・お君
中村吉之丞=医者三里久庵
大谷桂三=曽根伴五郎
ほか

1796年(寛政8)1月江戸桐座で、3世沢村宗十郎の由兵衛、3世瀬川菊之丞の小梅と長吉などにより初演。
元禄時代の大坂で、梅渋の吉兵衛という悪漢が丁稚長吉を殺して金を盗んだ事件を元に、主役を侠客として脚色した「梅の由兵衛物」もの。
メインストーリーは若旦那の金谷金五郎のため金策に苦しむ由兵衛が、女房小梅の弟長吉が姉に頼まれてこしらえたとも知らず、大川端で長吉を殺して金を奪う、という筋(すじ)を骨子として、小梅に横恋慕する源兵衛堀の源兵衛との達引を描く。
これにサイドストーリーとして、お家の家宝である「菅家手向山の色紙」の盗難事件をめぐって忠臣と逆臣との争いが、金五郎が恋い焦がれる芸者小三の身請け話と、それを邪魔する曽根伴五郎との諍いに絡んでゆく。

「日に千両 散る山吹は 江戸の花」
「日に三箱 鼻のうえした 臍のした」
江戸の町には、日に千両の金が動いた場所が3か所ある。吉原、魚河岸、そして芝居(歌舞伎)だ。
吉原が男の遊び場だったのに対し、芝居は「女こども」という言葉通り女性が多く、落語でもお馴染みのように定吉のような小僧が主人の目を盗んでこっそりと一幕ものを観るようなこともあったようだ。
歌舞伎というと何か難しいと感えられている向きもあるようだが、決してそんな事はない。そんな難しいものを当時の江戸の人が好んで観るわけがないのだ。
入場料が高いと思われているようだが、この日の料金は5500円。一階席の端のブロックではあったが前から5列目の通路側で、舞台はよく見えた。
近ごろの落語会の料金と相対比較しても、決して高いとは思えない。

この狂言では凄惨な殺しの場面や、誤って女房の弟を手に掛か手しまった主人公と女房の愁嘆場、女たちの夫や恋する男への一途な思いといった見せ場も、芝居の各所に出て来る笑いの場面があるから生きてくる。
何より由兵衛を演じた吉右衛門の颯爽した侠気が見ものだ。とても気分良さそうに演じているのが客席にも伝わってくる。
菊之助は、大川端の場面で姉の名を叫びながら殺害されてゆく長吉の無念さ演じ、姉の小梅との二役では早変わりで客席を沸かせる。
雀右衛門が元は武家の妻という芸者役で風格を見せ、若手の米吉の娘姿が可憐。

公演は26日まで。

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2017/12/12

「断罪」(2017/12/11)

劇団青年座 第230回公演「断罪」
日時:2017年12月11日(月)14時
会場:青年座劇場
 
作=中津留章仁
演出=伊藤大
<  キャスト  >
蓮見亮介 =大家仁志
岸本亜弓 =安藤瞳
山浦順子 =津田真澄
大久保充 =逢笠恵祐
西島至 =前田聖太
千田茜 =田上唯
蓮見彩 =當銀祥恵
玉城恵令奈 =市橋恵
荒木悟 =石母田史朗
佐久間猛 =山本龍二

ストーリー。
舞台は、ある芸能事務所のオフィス。いわゆる大手ではなく中小の芸能事務所だ。元は俳優部が主体だったが、今ではモデル部が稼ぎ頭になり、その部長である荒木が社の常務になり社内を取り仕切っている。
この事務所に所属する大物俳優が生放送で政府を批判する発言を行い、TVのレギュラーやCMを降ろされ、事務所を去った。そのため俳優部は大減収となり、荒木は部長の佐久間やマネージャーの蓮見の責任を厳しく追及する。
蓮見は荒木が激しく反発するが、止むを得ず部下には所属タレントへの一層厳しい締め付けを指示する。
部下の岸本は事務所の方針に対し「人権侵害」にあたると蓮見に訴えるが、取り合ってはもらえなかった。
タレントを商品としてではなく一人の人間として見て欲しいと願う岸本は、自分の正義を貫くため社内の実態を告発する文書を外部に発表する。
しかしこの文書は社内の告発にとどまらず、芸能事務所全体に共通する問題でもあったので、大手事務所やクライアントからの怒りをかってしまう。
このままでは事務所の存続すら危うくなると荒木は憤り、岸本に退職を迫るが、これに岸本や上司の蓮見が反発し、部員全体を巻き込んだ論争となる。
タレントは人間か商品か、タレントはメディアで政治的発言をしてはいけないのか、何でも大手事務所の言いなりにならなくてはいけないのか、
論争の中で浮かび上がる部員たちの本音と建前から、彼らの生活実体が浮かび上がってくる。
一時は売上至上主義でタレントは商品と割り切る荒木の方針が勝利するかに見えたが・・・・・・。

今のTV業界は大手芸能プロ数社が握っていると言っても過言ではない。NHK紅白、レコード大賞、バラエティ、ワイドショー、ドラマ、CM、いずれをとっても、大手プロダクションの息のかかったタレントが主要ポストを占めている。
そして逆らえば干される。
劇中で、ワイドショーのコメンテーターに必ず政府側のタレントを入れるというセリフがあったが、事実だろう。それが連中のいう政治的中立だそうだ。
仕事を貰うために女性タレントたちが有力者に身体を提供する「枕営業」についても語られていた。
こんな腐った状況を放置しておけば、やがてTV自体が見放されてゆき、そうなれば芸能プロも全部無くなるという予言は、あり得ることだ。
「沈黙は迎合している事と同じだ」
「お前の戦争反対は感情だが、俺は理性で反対している」
これも蓮見のセリフだ。

今日的テーマに鋭く切り込んだ2時間の舞台は、終始緊張感に包まれていて、見ごたえがあった。
芸能プロの内情から出発し、やがて日本全体の普遍的な問題に及んでいくという脚本はよく練られている。
脇の出演者にセリフのミスがあったのは残念だったが、大家仁志、安藤瞳、津田真澄の好演が光る。

公演は17日まで。

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2017/11/24

『蒲田行進曲』 '(2017/11/23)

“STRAYDOG”番外公演『蒲田行進曲』
日時:2017年11月23日(祝)14時マチネ
会場:明石スタジオ

作:つかこうへい
演出:森岡利行
<  キャスト  >
階戸瑠李:小夏
流コウキ:銀四郎 
外村海:安次
大江裕斗:監督  
中野克馬:マコト 
新井心也:橘
佐藤仁:若旦那
山田奈保 亀田彩香 高島芽衣 宮下涼太:アンサンブル

ストーリー
東映京都撮影所は、大作「新撰組」の撮影に沸いていた。
最大の見せ場は、土方歳三に斬られた役者が大階段から転がり落ちる「階段落ち」シーンで、名もない大部屋俳優にとって一世一代の晴れ舞台。但し、良くて重体、悪くすれば死に至る。
この撮影で土方歳三役でその主役を張るのは銀四郎で、彼には自分を「銀ちゃん」と呼んで慕うヤスという大部屋役者がついていた。
銀四郎の恋人である盛りに過ぎた女優・小夏が妊娠したと聞かされ、彼は出世のために小夏をヤスに押し付けたのだ。
二人は結婚して、妻の腹の中にいるのが銀四郎の子だと知りながら、夫となったヤスは大部屋として危険な役をこなしてお産の費用を出そうとする。結婚してからも銀ちゃんに惚れ込んでいた小夏の心は、子供の父親として頑張るヤスへと次第に移って行く。
やがて映画の撮影が進み、ヤスは銀四郎に斬られて階段から落ちる役は自分しかないと思い立ち、「階段落ち」を演じる。
祈る様な気持ちで待つ小夏・・・・。

映画が大ヒットしたので、観た方も多いと思う。
蒲田行進曲というタイトルにも拘わらず、物語は松竹蒲田撮影所ではなく東映京都撮影所だ。
つかこうへいの作による舞台も大当たりして今や伝説的な扱いになっている。
舞台を見損なってしまったので、今回いい機会と思いこの公演に出かけた次第。
感想は、ウ~~ンだ。
台本がそうなのか、演出なのかは分からないが、役者たちがやたら大声で怒鳴るセリフが続く。
そのためか、主役級の男の役者たちの声が嗄れてしまっていた。そこを無理して更に大声を出そうとするから余計に声が嗄れたり裏返ったりする。
これではセリフを通して役の感情が伝わらない。
小夏を演じた女優も殺陣のシーンは動きが綺麗で良かったが、いかんせん若過ぎる。30歳を過ぎた落ち目の女優の哀れさを表現するには無理がある。
若い役者さんたちが一生懸命に演じているという熱意だけは伝わってきた。

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2017/10/12

「トロイ戦争は起こらない」(2017/10/11)

「トロイ戦争は起こらない」

日時:2017年10月11日(水)14時
会場:新国立劇場 中劇場

脚本:ジャン・ジロドゥ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也
<  キャスト  >
~トロイ側~
金子由之:プリアム/国王
三田和代:エキューブ/王妃
鈴木亮平:エクトール/王子
鈴木杏:アンドロマック/その妻
江口のりこ:カッサンドル/王女、予言者
川久保拓司:パリス/王子
福山康平:トロイリュス/王子
角田萌果:ポリクセーヌ/王女
大鷹明良:デモコス/元老院の長、詩人
花王おさむ:幾何学者
チョウヨンホ:ビュジリス/法学者
~ギリシャ側~
一路真輝:エレーヌ/スパルタ国王の王妃、パリスに誘拐される
谷田歩:オデュッセウス/ギリシャ軍の知将
粟野史浩:オイアックス/ギリシャ軍の隊長
(演奏:金子飛鳥)
ほか

【あらすじ】*ネタバレ注意
ゼウスとレダの間に生まれたエレーヌは絶世の美女。今はギリシャ国王の王妃となっていたが、彼女の美しさに魅かれたトロイの王子パリスはエレーヌを誘拐してトロイに連れ帰ってしまう。
妻を奪われ、名誉を汚されたギリシャ国王・メネラスは激怒し、「エレーヌを返すか、われわれ、ギリシャ連合軍と戦うか」とトロイに迫る。
一方、永年の戦いに勝利したトロイの王子エクトールが帰国し、妻のアンドロマックと再会を喜び合い、もう戦争はこれで最後にしようと決意する。
しかし、国王のプリアムやそのとりまきたちは、たとえ再び戦争を起こしてでもエレーヌを返すまいとする。
トロイの民衆もまたエレーヌの美貌の虜になり、国王を支持する。
幾度にもわたる戦場での生活に虚しさを感じていたエクトールは、平和を維持するためにエレーヌを返そうと説得するが、誰も耳を貸そうとはしない。
やがてエレーヌ引渡し交渉の最後の使者・ギリシャの知将オデュッセウスが、部下のオイアックスを引き連れてやってくる。
開戦派のオイアックスはトロイに中で数々の挑発行為を行うが、エクトールはこれを制し、オデュッセウスと会談の末、エレーヌをギリシャに返すことで合意する。
これでトロイ戦争は起きずにすんだかと思ったら、元老院の長であるデモコスが民衆を扇動し戦争に駆り立てようとする。
やむなくエクトールはデモコスを刺殺するが、これがギリシア軍のオイアックスの仕業と誤解され、結局トロイ戦争は起きてしまう。

この戯曲が初演されたのは1935年で、第一次世界大戦が終結したが、おりからドイツではナチスが勃興し、再び世界大戦の危機が迫っていた。事実、この数年後に第二次大戦が勃発する。
作者ジロドゥは外交官であり、第一次大戦に参戦し負傷をしている。それだけに再び戦禍が引き起こされることを憂慮し、恐らくはその警鐘をこめてこの作品を書いたものと思われる。
ちょっとしたきっかけであっという間に戦争に突入する恐ろしさや、劇中でエクトールによって語られる戦場の悲惨さなどは、作者自身の体験によるものだろう。
あるいは何とか戦争を回避するために努力するエクトールの姿は、作者自身の願いだったのかも知れない。
トロイ国王のとりまきの連中では、戦意高揚の標語を作ったり、軍歌を作詞したり、開戦の口実を探したり姿は、太平洋戦争時の日本を思い起こす。

今の日本の現状を考える上でも、意義のある芝居だと思う。
惜しむらくはセリフがやや分かり難いのと、第一幕が冗漫に感じられた。
後方の席には空席が目立っていたのが残念だった。

公演は22日まで。

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