演劇

2018/12/15

「通し狂言 増補双級巴―石川五右衛門―」(2018/12/14)

「通し狂言 増補双級巴(ぞうほふたつどもえ)」 四幕九場
三世瀬川如皐=作
国立劇場文芸研究会=補綴

発端 芥川の場
序幕 壬生村次左衛門内の場
二幕目 第一場 大手並木松原の場
第二場 松並木行列の場
三幕目 第一場 志賀都足利別館奥御殿の場
第二場 同 奥庭の場
第三場 木屋町二階の場
大 詰 第一場 五右衛門隠家の場
第二場 藤の森明神捕物の場

<    主な配役    >
石川五右衛門:中村吉右衛門(播磨屋)
壬生村の次左衛門:中村歌六(播磨屋)
三好修理太夫長慶:中村又五郎(播磨屋)
此下藤吉郎久吉後ニ真柴筑前守久吉:尾上菊之助(音羽屋)
大名粂川但馬:中村松江(加賀屋)
大名田島主水/早野弥藤次:中村歌昇(播磨屋)
足柄金蔵/大名白須賀民部:中村種之助(播磨屋)
次左衛門娘小冬:中村米吉(播磨屋)
大名天野刑部/小鮒の源五郎:中村吉之丞(播磨屋)
大名星合兵部/三二五郎兵衛:嵐橘三郎(伊丹屋)
呉羽中納言氏定/大名六角右京:大谷桂三(十字屋)
足利義輝:中村錦之助(萬屋)
傾城芙蓉/五右衛門女房おたき:中村雀右衛門(京屋)
義輝御台綾の台:中村東蔵(加賀屋)

国立劇場12月歌舞伎公演は「通し狂言 増補双級巴」、芝居や映画、ドラマ、落語でもお馴染みの石川五右衛門の物語だ。
石川五右衛門は実在の人物だったようで、安土桃山時代の盗賊の首長。文禄3年(1594年)に捕えられて京都三条河原で煎り殺され、親族も全員が極刑に処されている。
但し、処刑の事実だけははっきりしているが、彼の所業や人物像は全く分かっていない。それだけに後世の作者は自由に描けるわけで、沢山の作品が生まれている。
本作も古典の狂言である「釜淵双級巴」と「木下蔭狭間合戦」をつなぎ合わせて創作を加えた書き換え狂言だ。
いずれの場も数十年ぶりの上演となるようだ。

配役に屋号を加えたが、吉右衛門を中心とした播磨屋の芝居だ。
序幕での五右衛門の出生の秘密が明かされる場面から始まり、大詰では五右衛門の家族をめぐる苦悩が描かれていて、全体に世話物の色を濃くしている。
「木屋町二階の場」は有名な「楼門五三桐」の中の「山門」のパロディになっていて、ここでも五右衛門と久吉(秀吉)とのヤリトリも世話物風にしている。
宙乗りでの「葛籠抜け」という珍しいアクロバティックな演出や、大詰での派手な立ち回りなど娯楽色の舞台は理屈抜きに楽しめる。
中村吉右衛門奮闘公演の名に相応しい舞台だ。

五右衛門の息子・五郎市(安藤然/醍醐陽のWキャスト)という子役が活躍するのだが、これが健気で可愛らしい。
五右衛門の妹役を演じた中村米吉、数年前から注目している若手の女形役者だが、可憐な娘役を演らせたら当代一ではなかろうか。姿が美しいし声が良く、上品な色気がある。次代を背負う女形になると期待している。

公演は26日まで。

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2018/12/09

「スカイライト」(2018/12/8)

「スカイライト」
日時:2018年12月8日(土)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:デイヴィッド・ヘア
翻訳:浦辺千鶴
演出:小川絵梨子
<  キャスト  >
蒼井優:キラ・ホリス
葉山奨之:エドワード・サージェント
浅野雅博:トム・サージェント

あらすじ。
トムは外食企業の経営者で、キラはかつてトムの会社の従業員。トム夫妻もトムの息子エドワードもキラを信頼していたが、キラとトム二人は長いあいだ不倫関係にあった。しかし、不倫がトムの妻に知られてしまい、キラは行方をくらます。キラに去られ、妻をガンで失ったトムは打ちひしがれ、エドワードとの関係も悪化してゆく。
今ではキラはロンドン中心部から離れた質素なアパートに住み、貧民街の子どもたちに勉強を教える教師となっていた。
そこへエドワードが突然キラのアパートを訪ねてきて、不安定なままの父親トムを助けてほしいと言い残し、彼は去る。
その夜、トムもまたキラの元を訪れる。三年前に不倫関係が明るみになった日以来、初めて再会した二人は、夜更けまでこれまでのことを語り合う。お互いへのいまだ消えぬ想いと、解けない不信感、共有する罪の意識の間で大きく揺れ動く二人。
よりを戻し二人で新たな生活を始めようと迫るトムに対し、貧しい子供たちへの教育に生きがいを見出したキラ。二人の会話は、やがてそれぞれの価値観の違いが鮮明になり・・・・・。

この物語の背景に、イギリスの階級社会の存在がある。
解説によればイギリスの階級は、上流、中の上、中の中、中の下、労働者層、貧困層に分かれているようで、お互いに生活環境が全く異なり、階級が違う同士はプライベートの付き合いが無いそうだ。
キラもトムも恐らくは中の中クラスに属すると思われるが、トムは自社の事業拡大が人生の目標であるのに対し、キラは貧困層の子供たちの成長を助けることが使命を燃やしている。これが二人を決定的に隔てている。
別離に至った経緯についても、二人の言い分は大きく食い違っている。
舞台はキラのアパートの部屋、登場人物は3人だけで、これといった出来事があるわけでもないのだが、お互いの火の出る様な会話のぶつかり合いは迫力がある。
タイトルの「スカイライト」とは「天窓」で、観客席の谷間で演じる俳優たちの演技を、観客はまるで天窓から覗くような気分で観られる仕掛けになっている。
出演者3人の熱演も見もの。

公演は24日まで。

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2018/12/05

テアトル・エコー「おかしな二人」(2018/12/4)

テアトル・エコー公演156 
ニール・サイモン追悼公演「おかしな二人」
日時:2018年12月4日(火)14時
会場:恵比寿エコー劇場
作:ニール・サイモン
訳・演出:酒井洋子
<  CAST  >
安原義人:オスカー
根本泰彦:フィリップス
落合弘治:スピード
上間幸徳:マレー
後藤敦:ロイ
松原政義:ヴィニー
RICO:グウェンドリン
薬師寺種子:セシリー

過去12回ニール・サイモン作品を上演してきたテアトル・エコーが、今年8月26日に亡くなったニール・サイモン追悼公演として今回「おかしな二人」を上演。

あらすじ。
スポーツ記者のオスカーは離婚して気ままな新生活を満喫中。ズボラで部屋は散らかり放題だが全く気にならず今夜も友人たちとのポーカーで盛り上がる。そこに仲間の一人、フィリックスが妻に別れを告げられ憔悴して転がりこんできた。だらしがなくて妻に去られたオスカーと几帳面すぎて妻に離婚を言い渡されたフィリックス。性格は反対でも同じ境遇のもの同士、オスカーはフィリックスを誘い一緒に暮らし始めたのだが、二人の新生活は波乱が絶えない。
ある日、オスカーが上階に住む後家と離婚したばかりの姉妹(ポッポちゃん)に目を付け、一夜を過ごそうと企てるが、フィリックスのためにオジャンになる。いよいよ我慢が出来なくなったオスカーはフィリックスを家から追い出すのだが・・・。

ジーン・サックス監督、ジャック・レモン, ウォルター・マッソー出演の映画は何度か観たが、舞台は初めてだった。
とにかく面白く、2時間半の上演中は笑い通しだった。ニール・サイモン作品の最高傑作というだけでなく、すべてのコメディの中でも最高の作品だと思う。
オスカーやブリッジ仲間は潔癖症のフィリックスを疎ましく思うのだが、いざ彼がいなくなると皆が真剣に心配する。この戯曲は男同士の友情の物語だ。
フィリックスがポッポちゃんたちに別れた妻や子供たちの思い出を語ると、ポッポちゃんたちも貰い泣きしてしまう。彼女たちも死別あるいは離別した亭主たちを思い出したのだ。
オスカーにしても、乱暴な口とは裏腹に別れた家族のことが忘れられない。
そうした人間の持つ温かさがこの芝居全体に通底しているから、観客は腹の底から笑えるのだ。

出演者も主役の安原義人を始め、この公演に対する意気込みを感じた。個々の演技はもちろんのこと、全員のチームワークでニール・サイモンの世界を創り出していた。

公演は12日まで。

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2018/11/27

「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部・千穐楽(2018/11/26)

「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部

一、お江戸みやげ(おえどみやげ)
川口松太郎 作
大場正昭 演出
<  配役  >
お辻:時蔵
おゆう:又五郎
阪東栄紫:梅枝
お紺:尾上右近
鳶頭六三郎:吉之丞
市川紋吉:笑三郎
文字辰:東蔵

二、新歌舞伎十八番の内 素襖落(すおうおとし)
福地桜痴 作
<  配役  >
太郎冠者:松緑
太刀持鈍太郎:坂東亀蔵
次郎冠者:巳之助
三郎吾:種之助
姫御寮:笑也
大名某:團蔵

三、十六夜清心(いざよいせいしん)
河竹黙阿弥 作「花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)」
<  配役  >
清心:菊五郎
十六夜:時蔵
恋塚求女:梅枝
船頭三次:又五郎
俳諧師白蓮実は大寺正兵衛:吉右衛門

一、「お江戸みやげ」
常陸の国から江戸見物に来た二人のオバサン、湯島天神の小屋掛け芝居を観て、美男役者にウットリ。終演後に座敷に呼び、一人が気を利かして席を外していると、かの役者が現れ手を握ってくれたので、もう一人はすっかり舞い上がってしまう。そこへ役者の恋人が来ていちゃつきだすと、今度は恋人の母親が現れ、金を強請る。見かねたオバサンが、財布ごと全財産を渡し、二人が夫婦になるのを見届ける。
もう一人のオバサンが、なんで財布ごと渡したりしたのかと問うと、あたしが初めて惚れた男だったのと言いながら、役者から貰った小袖を胸に抱いて空を見上げる時蔵の表情がいい。この人は世話物で特に本領を発揮する。

二、「素襖落」
狂言を元にした松羽目物の舞踊劇で、ストーリーは他愛ないものだが、松緑が演じる太郎冠者が酔態を見せながらも、八島での扇の的の物語を一人で踊り分けて見せる所が圧巻。
当たり前だが歌舞伎役者の踊りは見事と言うしかない。さすがは藤間流勘右衛門派の家元、待ってました、紀尾井町!

三、十六夜清心
鎌倉極楽寺の僧である清心は、遊女の十六夜と深い仲であることが発覚し、女犯の罪で寺を追われる。十六夜が自分の子を宿しているのを知り、心中を決意して川に身を投げる。しかし、十六夜は舟遊びをしていた俳諧師白蓮(実は大盗賊)に救われ、その後白蓮に身請けされる。一方の清心も水練に堪能であったために死に損なう。岸に上がった清心は、癪を起こして苦しむ恋塚求女を助けた拍子にその懐にあった50両に触れる。金を奪おうともみ合ううちに、誤って求女を殺してしまう。清心は一度は自害しようとするが、やがて「一人殺すも、千人殺すも、取られる首はたったひとつ」と、これからは世の中を面白おかしく生きていこうと決意する。
折から、そこへ十六夜と白蓮が相合傘で通りかかるが、暗闇のため気付かず、清心はそのまま去ってゆく。終幕は「世話だんまり」となる。
菊五郎と吉右衛門が顔を揃える豪華版。
この芝居の見所は舞台もさることながら、名曲「梅柳中宵月(うめやなぎなかもよいづき)」を
始め、清元の聴きどころが満載だ。
清元栄寿太夫(役者の尾上右近)の床デビューが華を添える。

大歌舞伎の楽しさを堪能した。
入場料6000円(三等席だが、3階の最前列)は安い。

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2018/11/21

「誰もいない国」(2018/11/20)

「誰もいない国」
日時:2018年11月20日(火)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:寺十吾
<  キャスト  >
柄本明:ハースト(屋敷の主人、作家)
有薗芳記:フォスター(同居人)
平埜生成:ブリグス(同居人)
石倉三郎:スプーナー(客、詩人)

『野ざらし』の「さいさい節」じゃないけれど、
♪金がゴーンと唸りゃさ・・・
「欲深き人の心と降る雪は積もるにつれて道を忘れる」
片山さつきのチョロマカシなど小さく見えてしまうが、それはそれだ。

ノーベル文学賞受賞者のハロルド・ピンターの戯曲「誰もいない国」を観劇。
あらすじは。
2時間半の芝居は2幕に分かれる。舞台は老作家ハーストの自宅の居間。場所はロンドンのハムステッド・ヒースの近くらしい。ハーストとパブで意気投合した詩人を名乗る老人スプーナーの二人、二人はパブの続きみたいに酒を飲み続けお喋りをするが、会話は成り立っていない様子。
ハーストの身の回りを世話する2人の若い男が部屋に入ってくるが、2人はスプーナーをもてなしたかと思えば乱暴に扱ったりと、態度がころころ変わる。
4人の会話は一見取り止めのない様に見えるが、次第にハーストとスプーナーの二人の間の、女性関係をめぐる応酬の様相を呈してゆき・・・。

感想を一口にいえば、よく分からなかった。
物語に展開があるわけではないし、4人の状況も明確ではない。
「誰もいない国・・・動かない・・・変わらない・・・
老いることもない・・・いつまでも・・・
永遠に・・・冷たく・・・静か」
こんなセリフが唐突に飛び出してきて、それに反応するセリフはないのだ。
この芝居、恐らくはセリフそのものの楽しさと、役者の演技を楽しむ舞台なんだろう。
柄本明の演技を見るだけでも、確かに価値はある。

公演は25日まで。

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2018/11/08

『修道女たち』(2018/11/7)

KERA・MAP #008 『修道女たち』
日時:2018年11月7日(水)13時
会場:本多劇場
脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
<出演>
鈴木杏、緒川たまき、鈴木浩介、伊勢志摩、
伊藤梨沙子、松永玲子、みのすけ、犬山イヌコ、
高橋ひとみ

当初は妻と日光へ紅葉狩りに出かける予定だったが、妻の体調が悪くてとりやめ、ケラさんの芝居を観に本多劇場へ。
劇場近くに、喬太郎の『ハンバーグ・・・』のモデルとなったスーパー「オオゼキ下北沢店」がある。本人によると、この店を見てネタを思いついたそうだ。
この戯曲について、HPに以下の様なケラさんの序文が載っている。
【宗教とは無縁な私が聖職者の物語を描きたいと欲するのは何故なのだろう。理由はいくつでも挙げられる。
第一に、禁欲的であらねばならぬというのが魅力的。奔放不覊な人間を描くよりずっと面白い。「やっちゃいけないことばかり」というシチュエーションは、コントにもシットコムにももってこいだ。
第二に、宗教的モチーフが、シュールレアリズムやマジックリアリズム、或いは不条理劇と非常に相性がよい。不思議なことがいくら起こっても、「なるほど、神様関係のお話だからな」と思ってもらえる。
時間が無くて二つしか思い浮かばなかったが、かつて神父を登場人物にした舞台をいくつか描いてきた私が、満を持して修道女の世界に挑む。しかも複数だ。修道女の群像劇である。どんなテイストのどんなお話になるかは神のみぞ知る。ご期待ください。】

どんなお話かというと、キリスト教系と思われると宗教団体の教会に集う6人の修道女たち。この国の国王が彼女らの宗教を忌避していて、毒入りのワインによって47人の修道女のうち43人が殺害されてしまった。助かった4人に、新たに加わった母娘2人を加えた6人のメンバーが、年に一度の聖地巡礼に旅立つ。
聖地では、かつては修行の洞窟だったのを家屋に改造した家に修道女たちは逗留する。その家には祖母と孫娘が暮らしている。孫娘には親しい男性がいるが、彼は戦争で仲間が全滅する中で奇跡的に生還した。
修道女たちは近辺に托鉢に向かうが、村人たちは国王の意思に背けず戸を閉ざして相手にしてくれない。しかし村人たちが集まって話し合い、皆で修道女たちを歓迎しようと決める。
それに対して国王は、修道女たちを皆殺しにするか、さもなくば村を焼き払うと命令をくだす。村人たちの出した結論は修道女たちを助けるというもので、村を代表して保安官が彼女らに伝えに来る。併せて、修道女たちにパンとワインを差し入れるが・・・。
この後、物語は二転三転するが、それは見てのお楽しみ。
ヒントは、差し入れが「パンと葡萄酒」であること。
サイドストーリーをからめながら、この世に神は存在するのかという根源的な問いから、国家と宗教、国家と戦争といった問題を内包した芝居になっている。
なにせケラさんのこと、シチュエーションコメディタッチで随所に笑いをちりばめ、楽しい舞台に仕上げていた。
出演者たちもみな楽しそうに演じていたが、エキセントリックな役を演じた鈴木杏の熱演が印象に残った。

公演は、15日まで。

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2018/11/04

60年ぶりの『セールスマンの死』(2018/11/3)

『セールスマンの死』
日時:2018年11月03日(土)17時
会場:KAAT神奈川芸術劇場ホール

【作】アーサー・ミラー
【翻訳】徐賀世子
【演出】長塚圭史
<   キャスト   >
風間杜夫:ウィリー・ローマン
片平なぎさ:妻リンダ・ローマン 
山内圭哉:長男ビフ 
菅原永二:次男ハッピー
伊達暁:ウィリーの上司
村田雄浩:ウィリーの兄ベン
大谷亮介:ウィリーの友人チャーリー
加藤啓:チャーリーの長男でビフの友人バーナード 
ちすん 加治将樹 菊池明明 川添野愛 青谷優衣

初日のプレビュー公演を観劇。
【あらすじ】(ネタバレあり)
舞台は1950年代前後のアメリカの東海岸。主人公ウィリー・ローマンの死に至る最後の2日間を描いたもの。
ウィリー・ローマンは63歳になるセールスマンだったが、今では過去の幻影と自分を人並以上の人間だとする妄想の中だけに生きていた。家では献身的な妻と二人の息子との4人暮らし。長男のビフは定職につかぬ放浪者で、父に対して心に深いわだかまりを持っていた。次男のハッピーは女にしか関心のない。長い旅から帰ってきたビフはハッピーと共同で運動具店を始めようと計画し、元の雇主に金を借りに行くことになった。ウィリーは会社へ内勤を頼みに出かけたが、上司から却って解雇を申し渡されてしまう。旧友のチャーリーから自己に対する過信を戒められたウィリーは、その夜失意を押し隠して息子たちの待つレストランへ出かけた。そこで彼が聞いたのは、借金を頼みに行ったビフが、そっけない扱いをされた腹いせに、万年筆を盗んで逃げてきたという。絶望に打ちのめされたウィリーが、過去の回想に浸っていると、息子たちは外へ出てしまっていた。深夜、別々に家に帰り着いた父子は、母を間にはさんで烈しい喧嘩を起こした。しかし、この時ウィリーは長男よりもむしろ、自分の方が彼に対して深い溝を作っていたことに気付く。ウィリーは、深夜の街に車を駆った。葬式の日、ウィリーの墓に集まったのは、妻と2人の息子と、隣人のチャーリー父子だけであった。ウィリーが残した保険金で家のローンが完済した事を告げた妻は、夫の死のはかなさに泣いた。

この芝居を兄に連れられて神田共立講堂で観たのは15歳の頃だったと記憶している。だから約60年ぶりの観劇となる。
民芸の公演で、ウィリーを滝沢修、妻の役は小夜福子だった。大まかなストーリーは分かったし、感動したという記憶だけは残っている。
さすがに細かな所は憶えていなかったが、それでもいくつかの場面は思い出すことができた。それだけ印象深かったということだ。
上演時間は休憩を除いておよそ3時間だが、出来事は2日間だけだ。それをフラッシュバックという手法で、複雑な物語を観客に分からせる。
とり上げているテーマは、競争社会、親子の断絶、家庭崩壊、若者の挫折感など、いずれも普遍的な問題なので、現代の日本にも通じるものだ。
父と息子というお互い永遠に分かり合えない関係や、同じ息子でも長男と次男とでは父親の期待が異なるといった点は、身につまされる。
作者が主人公をセールスマンにしたのも、資本主義社会の最先端をゆく職業だからだと思われる。
自殺した保険金でローンを完済したウィリーの姿は、この社会の未来を暗示させているかのごとくだ。

芸達者揃いの出演者はみな好演で、緊張感のある舞台は演出家の手腕による所が大きい。
60年前の感動が再び蘇ってきた、そんな舞台だった。

本公演は18日まで。

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2018/10/16

「誤解」(2018/10/15)

「誤解」
日時:2018年10月15日(月)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:アルベール・カミュ
翻訳:岩切正一郎
演出:稲葉賀恵
<  キャスト  >
小島聖:マルタ
原田美枝子:その母
水橋研二:ジャン
深谷美歩:その妻・マリア
小林勝也:ホテルの老使用人

(註:以下にあらすじを記すが、感想を述べる上でストーリー概要を紹介せざるを得ないので、支障のある方は読み飛ばして下さい。)
【あらすじ】
チェコの田舎の小さなホテルを営むマルタとその母親は、この土地で暮らすのに辟易とし、太陽と海に囲まれた国での生活を夢見て、その資金を手に入れるため二人でホテルにやってくる客を殺しては金品を奪っていた。
そこにジャンという泊り客が現れるが、彼は母親の息子、マルタの兄だが、幼い頃に家を出てアルジェリアにいた。風の便りに実家の父は亡くなり母娘でホテルを営んでいることを知り、彼女らを助けるためにここにやって来た。
しかし、なぜかジャンは自分の身分を二人に明かさなかった。
マルタと母は彼が肉親であることに気付かず、計画通りジャンを殺害し金品を奪ってしまう。その中でジャンのパスポートを発見して肉親であることを知るが・・・。

解説によればこの芝居は不条理劇とある。
不条理とは実存主義の用語で、「人生の非合理で無意味な状況を示す語としてカミュによって用いられた」とある。
そうか、カミュが元祖だったのか。
ジャンは母と妹マルタを助けるために会いに来たのに、最後まで自分の身を明かさなかった。もしも一言「母さん、息子のジャンだよ」言っていたら、悲劇は起きなかった。もっとも、この劇も成り立たかった。
母親はジャンをどこか近しい人間の様に感じ、殺害をやめさせようとするが、マルタが計画を押しとおす。そして息子であることが分かると悲嘆にくれ、後を追ってしまう。
マルタとしては、ジャンが自分が憧れていた地中海の浜辺に住み、最後はに母親の心まで奪っていった分けで、ジャンを嫉妬しむしろ彼は幸せだったのだと断じ、自らは絶望的な気持ちに陥る。
こうしたマルタの心情は、終盤のジャンをさがしに来た妻のマリアとの激しい言い争いの中で明らかになってゆく。
ウ~~ン、分かったような、分からないような。
もっと不思議なのは、舞台の上をフワフワと漂うホテルの老使用人の姿だ。
なんたって不条理劇ですからね。

その一方、ジャンが理想的に語っていたアルジェリアはカミュの出身地だし、マルタが忌み嫌っているチェコは、カミュが若い頃に旅していて嫌な思い出があったそうだ。
又、この戯曲の初演の時に主演のマルタを演じた女優は、カミュの思い人だった。
そう見ていくと、けっこう背景は通俗的な面もある。

この芝居をみながら、長谷川伸の戯曲「瞼の母」を思い起こした。
幼いときに別れた母を慕うヤクザな息子は、やっとめぐり合った母から自分の子ではないと追い返される。後で思い直した母親が息子をさがすが、その呼び声を聞きながら息子は瞼に浮ぶ母の姿を慕い続けて旅に出るというストーリーだ。
「誤解」は逆「瞼の母」、なんて言ったら叱られるかな。

出演者では、主役の小島聖が良かった。彼女は舞台映えする。
他の演者も好演で、特にフワフワ老人を演じた小林勝也が存在感があった。

公演は21日まで。

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2018/07/15

「アンナ・クリスティ」(2018/07/14)

「アンナ・クリスティ」
日時:2018年7月14日(土)13時
会場:よみうり大手町ホール

脚本:ユージン・オニール
翻訳:徐賀世子
演出:栗山民也
<   キャスト   >
篠原涼子:アンナ・クリストファーソン
たかお鷹:父親のクリス・クリストファーソン
佐藤隆太:マット・バーク
立石涼子:マーシー・オーウェン
ほか、原康義、福山康平、俵和也、吉田健悟

【あらすじ】
舞台は1920年代のニューヨーク。
波止場に舫う石炭を運搬する艀に住むクリス。
若い頃から船乗りだったクリスは妻を亡くしてから、5歳のアンナを親類の農園に預けて育てて貰っていた。
そのアンナが15年ぶりに父親に会いにやって来る。
娘に再会できて喜ぶクリスだったが、アンナには何かわだかまりがあるようだ。
父娘が艀で暮らし始めた頃に、船が沈没してボートで漂流していた男たちをクリスが助ける。
その中の一人であるマットはアンナに一目惚れし、求婚する。
船の事故で親や息子たちを失くしたクリスは、アンナが船乗りの妻になるのは反対だった。
アンナはマットの求婚を拒否する。アンナは農園で養父やその息子たちから受けた虐待や、耐え切れず農園を出た後の荒んだ暮らしを、初めてクリスとマットの前で告白する。
自責の念と悲嘆にくれるクリス。
告白に戸惑うマット。
父親と愛する男の間で悩むアンナが、最後に出した決断は・・・・。

アンナは暗い過去の経緯から、父親に対しては許せない気持ちを持ち続けていた。マットに対しては、自分は妻になるには相応しくないと思いがある。
そうした悩みを吹っ切って決断を下すアンナの姿に、自立した女性の強さを感じる。
休憩を含め2時間30分の舞台は常に緊張感があり、飽きさせない。
クリスを演じた・たかお鷹が好演、マットを演じた佐藤隆太は荒くれ者だが真っ直ぐな男を体当たりで演じていた。
舞台は初主演だという篠原涼子には、もうちょっとセリフに陰影が欲しい。
これは難しい注文だとは思うが、荒れた人生を送って来たとはいえ20歳の女性だ。そうした若さも覗かせて貰いたかった。

公演は8月5日まで。

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2018/07/07

「睾丸」(2018/7/6)

ナイロン100℃ 46th SESSION「睾丸」・初日
日時:2018年7月6日(金)18時30分
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
<  キャスト  >
三宅弘城:赤本建三
坂井真紀:妻・赤本亜子
根本宗子:娘・赤本桃子
赤堀雅秋:光吉(亜子の弟)
廣川三憲:霧島作郎(亜子の恋人)
新谷真弓:浩子(光吉の元妻)
みのすけ:立石伸高
長田奈麻:妻・立石静
森田甘路:息子・立石伸也
菊池明明:歌田愛美
大石将弘:江戸一(愛美の恋人)
吉増裕士:歌田(愛美の父)
喜安浩平:多田厚夫(巡査)
安井順平:七ツ森豊(赤本や立石の先輩)
ほか

夫「昨日さ、『睾丸』って芝居見てきたよ」
妻「ヘエー、それ、前から見たいと思ってたの?」
夫「いや、タマタマさ」

こう見えても私だって子どもの頃は、「コウガン可憐な美少年」だったのさ。

次は実話。
私の母が玄関に出ていたら、お向かいの家の主人が家人に向かって「金玉持って来い!」と叫んでいた。母が驚いて見ていたら、家人が奥から持参したのは国旗の竿のてっぺんに乗せる金色の玉だったそうだ。あれって、そういう名前なんですかね。

中学の教科書に、北原白秋の「からたちの花」が載っていた。
これを国語の教師が、必ず女子生徒に朗読させていた。
「からたちも秋はみのるよ。まろいまろい金のたまだよ。」と女子生徒が読み上げると、男子どもは大喜び。
今なら、この教師はセクハラで処分だね。

劇中にも下ネタが沢山出てくるので、ちょいとマクラを振ってみた。
この戯曲はナイロン100℃創立25周年を記念してKERAさんが書き下ろしたもので、舞台は今から25年前、つまり1993年の出来事だ。バブルがはじけて何となく暗い雰囲気が漂い出した頃の話。
旅行代理店を営む赤本の家、何やら不穏な空気が流れている。妻の亜子が別の男と暮らすので家を出て行こうとしているのだ。
同居している亜子の弟の光吉は妻と離婚しているが、その妻はこの家に訪れては光吉とセックスに励む。
そこへ学生運動の仲間だった立石と妻が、家が全焼したからとこの家に転がりこんでくる。
おりしも、彼らの学生運動のリーダーだった七ツ森の訃報が届く。事故で25年間植物人間だったのが死亡したというのだ。
そうした事を契機に、彼らの25年前、つまり1968年の時代に遡る。1968年といえば大学紛争、学生運動が最高潮に達していた時期であり、赤本夫妻や立石らも七ツ森をリーダーにしたセクトで、激しい闘争を展開していた。
舞台は、この1993年と1968年の二つの年を行きつ戻りつしながら進行し、彼らの過去と現在の抱えている闇が炙り出されてゆく。
こう書くと、かなり深刻な芝居のようだが、そこはほらKERAさんのこと、面白さもタップリ詰まっている。
怖くて面白い芝居は、休憩を除き3時間があっという間に過ぎてしまう。
学生運動の描き方があまりに類型的だという不満はあるが、本筋とは無関係だ。

公演は29日まで。

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