演劇

2019/03/13

文学座 『 寒花 』(2019/3/11)

文学座公演 『 寒花 』  
日時:2019年3月11日(月)18時30分
会場:紀伊國屋サザンシアター  
作:鐘下辰男
演出:西川信廣
<   キャスト   >
瀬戸口郁:安重根(アン・ジュングン)
佐川和正:楠龍生(通訳)
新橋耐子:楠の母
細貝光司:黒木鉄吉(外務省政務局長)
若松泰弘:宮田健蔵(監獄医)
大滝寛:吉原健次郎(典獄)
得丸伸二:蘇我啓輔(看守長)
鈴木弘秋:高木治介(模範囚)
池田倫太朗:清水貞雄(看守)
常住富大:佐々木幹夫(看守)
横山祥二:刑事

本作品は1997年に初演、読売演劇大賞や紀伊国屋演劇賞を受賞したもので、今回が再演。
「私が伊藤公を殺したのは、公爵がいれば東洋の平和を乱し、日本と朝鮮の間を疎隔するのみであります。本当にやむにやまれぬ心から公爵の命を奪ったのであります。」
「悠久なる朝鮮の歴史の上に一個の捨て石となれば満足であると私は思っています。いつの日か朝鮮に、日本に、そして東洋に、本当の平和がやってきて欲しいのです。」
以上は、伊藤博文を暗殺した朝鮮人青年・安重根の言葉である。本作品は、安重根が死刑囚として収監されてから処刑されるまでを描いたものだ。

【あらすじ】
明治43年(1910年)、旧南満州・旅順の監獄に、ハルビン駅前で時の韓国統監であった伊藤博文を暗殺した安重根が収監されてくる。 日露戦争の戦勝国として、文明国としての体面を保つため、無事に安の死刑を執行すべく派遣されるエリート外務省高官と、その指示に忠実に従う監獄の長である典獄。それに抵抗する看守長は、囚人は暴力で抑えるしかないと主張する。安の隣の独房には獄内の情報提供者である模範囚が配置され、監視役をやらされる。彼らの確執を冷ややかに見ているシニカルな監獄医。
そこに統監府から差し向けられた朝鮮語通訳の楠龍生は、精神を病んだ母を抱えて赴任してくる。
安の手記を読み、その毅然たる態度に惹かれてゆく楠と安の間は次第に心が通じ合い、静かな対話が続くが・・・。

安重根について、当時の日本の新聞は不逞浪人とされていたようだが、実家は高級官僚で、本人はクリスチャンだった。処刑を前にして泰然自若としていたのは信仰のせいもあったのだろう。
この芝居は安重根そのものを描いたものではなく、安を取り巻く日本人たちの葛藤を描くことに重点が置かれている。
一つは、外務省の高級官僚は薩長閥だが、その他の監獄の関係者はいずれも官軍に打ち負かされた東北の士族の出身だ。この時代は、薩長閥でなめれば出世できなかったので、みな不遇をかこっているという共通点がある。その怒りの矛先が看守長の場合は、囚人や朝鮮人に向けられていく。
通訳の父親は戊辰戦争で官軍によって処刑され、兄は先の日露戦争で戦死。そうした事から母親は気が狂ってしまう。仕方なく母の手を紐で縛り柱に括り付けるのだが、それはあたかも安が獄中でも常に手錠をかけられていると同義であることに気付くのだ。
安と通訳との対話は文学的だが、安が伊藤博文を暗殺にするに至った心の内をもっと描いて欲しかった気もする。

出演者では、通訳の母を演じた新橋耐子の存在感が群を抜いている。彼女が出てくると舞台全体を浚ってしまう。

この戯曲が初演された23年前と今とでは、在日に対するヘイトスピーチの横行や、韓国や朝鮮人に対する差別意識は大きく変わっている。私たちが冷静に過去に向き合うべき時に、こうした作品が上演されるのはとても意義のあることだ。

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2019/03/09

米国の格差と差別を描く「SWEATスウェット」(2019/3/7)

劇団青年座第235回公演「SWEATスウェット」
日時:2019年3月7日(木)
会場:駅前劇場(下北沢)
作=リン・ノッテージ
翻訳=小田島恒志、小田島則子
演出=伊藤大
<    キャスト    >
トレーシー=松熊つる松(ドイツ系白人/工員)
シンシア=野々村のん(黒人/工員)
ジェシー=佐野美幸(イタリア系白人/工員)
イーヴァン=山賀教弘(黒人/保護監察官)
ジェイソン=久留飛雄己(ドイツ系白人/トレーシーの息子)
クリス=逢笠恵祐(黒人/シンシアの息子)
スタン=五十嵐明(ドイツ系白人/バーテンダー)
オスカー=松田周(コロンビア系アメリカ人/バーの従業員)
ブルーシー=加藤満(黒人/シンシアの元夫)

【あらすじ】
舞台は2000-2008年にかけての、全米で最も貧しい街の一つとされるペンシルバニア州レディング。
この町で最も大きな工場で、もう20数年工員として働くトレーシー、ジェシー、シンシアの3人はお互い親友同士で、同じバーに通い続けている。
トレーシーの息子ジェイソンとシンシアの息子クリスは友人で、母親と同じ工場で働いている。
しかし、経済のグローバル化の波はこの土地にも容赦なく押し寄せ、安い労働力を求め工場がメキシコに移転されるという噂が流れる。
そうした不安定な状況から抜け出そうとトレーシー、ジェシー、シンシアの3人は管理職試験を受けるが、シンシアだけが合格し、3人の友情に亀裂が入ってしまう。
シンシアにはブルーシーという夫がいたが、別の工場を解雇されたのがきっかけでドラッグに頼る生活に陥っていた。
クリスはそうした両親の姿を見て大学を受験して合格、進学に向けて貯金を始めようと準備をしている。
折しも、会社は更なるコストダウンを目標に掲げ、メキシコへの工場移転を発表する。それに対し組合はストライキを決行するが、反対に工場から完全に締め出される。
会社側は生産を維持するためにより安い労働力を求め、彼らが通うバーのバーテンダー・スタンの下で働く移民のオスカーたちを臨時雇用する。
工場をロックアウトされた労働者たちの怒りはオスカーに向けられ、悲劇的な事件が引き起こされてしまうが・・・。

親子3代にわたって同じ工場に勤め、貧しいながらも暮らしを楽しんでいた人々が、一瞬のうちに生活を奪われてしまう米国のラストベルト(錆びついた工業地帯)で働く労働者の姿と、極端な格差社会の現状を描いた作品だ。
日本でも同様の問題は起きているが、米国の場合はこれに加えて白人vs.黒人、マイノリティ、移民といった対立や差別がより問題を複雑化している。
シンシアという女性工員は12時間立ちっぱなしという勤務を20数年間続け、もう身体もボロボロだった。だからエアコンの効いた部屋で椅子に座って仕事ができる管理職を得たのだが、仲間からは裏切りと見做され攻撃の対象となる。彼女が黒人だったことも周囲からは優遇されたのだと映るのだ。
南米からの移民の子であるオスカーだって、決して工場の労働者たちを敵視しているわけではなく、ただまともな仕事とまともな暮らしをしたいため工場の臨時の仕事に就いたのだ。しかし、周囲からはヨソモノが自分たちに土地に勝手に入り込み仕事を奪った存在として憎悪の対象となってしまう。
本来なら彼らの怒りは、会社の利益のためにより安い労働力を求め海外へ工場移転するような経営者に向かうべきなのだが、それが却って仲間同士に攻撃の矛先が向けられてしまう。
劇中で「アメリカという国はどうなってしまうんだ」と叫ぶシーンがあるが、その行き着く先がトランプ大統領の出現だったという事になるだろう。
本作品は今回が日本での初演になるようだが、再演されるべき価値のある戯曲である。

演技陣では、バーテンダーを演じた五十嵐明や、ヤク中の黒人っを演じた加藤満の好演が光る。

公演は12日まで。

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2019/02/15

今月の文楽公演は落語でお馴染みの「お半長」(2019/2/14)

上方落語の『胴乱の幸助』を聴かれた方も多いでしょう。
胴乱の幸助と呼ばれる喧嘩の仲裁だけが唯一の趣味という男。今日もどこかで喧嘩がないかと探していると、義太夫の稽古屋の前を通りかかる。中では『桂川連理柵(通称がお半長)』の帯屋の段の稽古の真っ最中で、長右衛門の継母・おとせが、長右衛門の妻・お絹をいびる場面だ。これを親子喧嘩と勘違いした幸助は周囲の人に事情を訊くと、これは有名な浄瑠璃で・・・と筋書きを教える。浄瑠璃なんて見たこともない幸助は筋書きが事実と勝手に思い込み、京都から三十石の夜船に乗って帯屋の舞台となっている柳馬場押小路虎石町の西側にある帯屋宅を訪れる。たまたまその場所に帯屋の店があったので、店の番頭に幸助は、聞いてきた筋書きの通りに事の次第を問い質す。ようやく事情が呑み込めた番頭が、
「それ、もしかしたら、ハハハ……『お半長』と違いますか?」
「何がおかしいねん」
「笑わずにおれますかいな。お半長は、とうの昔に桂川で心中しましたわいな」
「えっ、死んでもた、てか! しもた……ゆうべのうちに来たらよかった」
でサゲ。
この当時は子どもでも知っていたという『お半長』、恥ずかしながら私も幸助と同様、知らなかった。
今月の国立の文楽公演でこの『お半長』が掛かるというので、これを見なけりゃ先祖の助六に顔向けできないと、早速出向いた次第。

『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』
石部宿屋の段
六角堂の段
帯屋の段
道行朧の桂川
日時:2019年2月14日(木)11時
会場:国立劇場 小劇場

実際にあった心中事件を題材にした浄瑠璃で、『朧の桂川』など先行のお半長右衛門情話を、菅専助が脚色したもの。安永5 (1776) 年に初演以来、浄瑠璃や歌舞伎で度々再演されてきた。
帯屋の主人・長右衛門は、隣家の信濃屋の娘お半と伊勢参りの旅宿で泊り合せたのを縁に契りを結ぶ。長右衛門の貞淑な女房お絹が2人の身を案じるものの,親子ほどに年の違う2人の仲に長右衛門の苦悩は深まるばかり。長右衛門の継母・おとせは息子の儀兵衛に店を継がせるべく、難癖をつけては長右衛門やお絹を責めたてる。ついには,長右衛門がさる武家屋敷から預っていた刀をお半に横恋慕していた丁稚にでっちにすりかえられたことや、お半の懐妊で進退きわまり,お絹に心を残しつつ,お半と桂川で心中する。

長右衛門38歳、お半14歳、おそらく数ある心中ものでも最大の年の差だろう。一夜の過ちとは言え、親子ほどの年下の生娘であり、女房のお絹の弟の許嫁でもあるお半と関係を持ち妊娠させてしまう。過去には芸子と心中のし損ないをしていて、お半が妊娠したと知ると女房の弟と縁組させようと図る。女房の真心に打たれて全てを告白するが、肝心のお半の妊娠や、大事な刀がすり換えられていたことは打ち明けられない。
全ては、長右衛門の優柔不断さが生んだ悲劇と言えよう。
そう冷静に分析してしまうと感情移入が出来ないので、ひとまずは物語の世界に浸かって観るしかない。
やはり圧巻は「帯屋の段」で、松竹新喜劇ばりの笑いあり、口説きありで、たっぷりと楽しませる。前半を呂勢太夫、後半を咲太夫がじっくり語る。人形では勘弥のお絹が凛とした品格を見せ、清十郎のお半が一途な心を表現させていた。

落語ファンにも必見の浄瑠璃だ。

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2019/02/08

面白うてやがて哀しき・・「Le Père 父」(2019/2/7)

「Le Père 父」
日時:2019年2月7日(木)19時
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
脚本:フロリアン・ゼレール
翻訳:齋藤敦子
演出:ラディスラス・ショラー
<   キャスト   >
橋爪功:アンドレ
若村麻由美:娘アンヌ
壮一帆:女
太田緑ロランス:ローラ
吉見一豊:男
今井朋彦:ピエール

この戯曲は、ある父を巡る悲しいコメディであり、誰にとっても身近な物語だ。
若い看護師が泣きながらアンヌに電話をしてきたため、父に何らかの異変を感じ、行くはずだった旅行を急きょ取りやめてやって来た。父は看護師を自分の腕時計を盗んだと悪党呼ばわりし、自分は1人でやっていけるから看護師の助けなど必要ないと言いはる。しかし、アンヌに指摘されると、その腕時計はいつもの秘密の場所に隠してあった。なぜアンヌは誰も知らないはずの自分の隠し場所を知っているのか、と父は訝る。そして今自分が居るのは、長年住んだ自分のアパートなのか? ここは何処なんだ? 部屋の出入りする男や女は何者なのか? いや、娘の顔さえ思い出せないこともある。何が真実で何が幻想なのか? 
自分自身の信じる記憶と現実との乖離に困惑する父と、父の変化に戸惑う娘。
最終的にアンヌはある決断をするが・・・。

テーマは、ずばり「認知症」だ。
私の母は91歳でが、最後の数年間は私の顔さえ覚えていなかった。
母の妹、つまり叔母は死の直前まで意識がしっかりしていたが、連れ合いの死、息子の経済的破綻により自宅を売られ施設に入所した現実を嘆き悲しんで亡くなっていった。
どちらが人間として幸せだろうか。叔母も認知症であれば、あれほどの悲惨な思いをせずに済んだかも知れないと。
そんな思いを巡らせながら、この芝居を観ていた。

そうした現実をユーモラスに描いているので、父アンドレ(実は自分の名前さえ忘れてしまっているのだが)のチグハグな言動は観ていてしばしば笑いを誘う。
面白うてやがて哀しき物語なのだ。
この戯曲は2012年の初演以来、欧米諸国や南米、アフリカ、アジアなど多くの国で上演が繰り返されてきた。
日本では今回が初演なのは不思議なくらいだ。

主役のアンドレを演じた橋爪功は正に「はまり役」。残酷な現実をこれほどユーモラスに演じることが出来る人はそうはいない。
娘のアンヌを演じた若村麻由美のひたすら純粋な姿は心が打たれる。いつも思うのだが、彼女は舞台映えする女優だ。
他の演技人もそれぞれ良かった。
アンドレも美女たちに囲まれ幸せそうだったのが救いか。

決して観て損のない芝居なのでお薦めできる。
公演は24日まで。

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2018/12/28

【演劇部門】2018年、この1作

『赤道の下のマクベス』
観劇日:2018年3月13日
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:鄭義信
演出:鄭義信
<  主なキャスト  >
池内博之:朴南星(清本南星)
浅野雅博:山形武雄
尾上寛之:李文平(清原文平)
丸山厚人:金春吉(金田春吉)
平田満:黒田直次郎
木津誠之:小西正蔵

【講評】
アジア・太平洋戦争について、私たちが知らないことが沢山ある。
例えば、戦争終結後に軍事裁判によって死刑判決を受けた人数だ。
A級戦犯    7名
BC級戦犯  934名
命令を下した者より、命令に従った者の処刑者の数の方が圧倒的に多いのだ。
さらに、BC級戦犯の死刑のうち11%は捕虜収容所の関係者で、捕虜に対する虐待や暴力が処刑の理由となっていて、捕虜収容所の監視員らがその対象とされていた。
戦犯で処刑されたのは日本人だけでなく、朝鮮人も含まれている。
この舞台は、1947年のシンガポール、チャンギ刑務所で、BC級戦犯として収容されていた日本人と元日本人だった朝鮮人の物語だ。
判決から処刑までおよそ3ヶ月という期限に日々怯えながら、過酷な環境の中で精神的にも肉体的にも追い詰められるていく。
朝鮮人死刑囚が日本人死刑囚に対して「あんたたちは、それでも名誉が残るからまだいい。俺たちは何も残らない」という言葉は重い。国に残された家族たちも、息子が日本軍の協力者だったということで迫害を受ける。彼らには全く救いがなかった。
明るく振舞っていた死刑囚の一人が、執行を前にして「生きたい、もっと生きていたい」と嘆く場面は胸を打つ。
舞台はいかにも鄭義信の作品らしく賑やかな場面もあるが、それが反面の熾烈さを印象づけていた。
出演者は全員が熱演で舞台を盛り上げていた。

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2018/12/15

「通し狂言 増補双級巴―石川五右衛門―」(2018/12/14)

「通し狂言 増補双級巴(ぞうほふたつどもえ)」 四幕九場
三世瀬川如皐=作
国立劇場文芸研究会=補綴

発端 芥川の場
序幕 壬生村次左衛門内の場
二幕目 第一場 大手並木松原の場
第二場 松並木行列の場
三幕目 第一場 志賀都足利別館奥御殿の場
第二場 同 奥庭の場
第三場 木屋町二階の場
大 詰 第一場 五右衛門隠家の場
第二場 藤の森明神捕物の場

<    主な配役    >
石川五右衛門:中村吉右衛門(播磨屋)
壬生村の次左衛門:中村歌六(播磨屋)
三好修理太夫長慶:中村又五郎(播磨屋)
此下藤吉郎久吉後ニ真柴筑前守久吉:尾上菊之助(音羽屋)
大名粂川但馬:中村松江(加賀屋)
大名田島主水/早野弥藤次:中村歌昇(播磨屋)
足柄金蔵/大名白須賀民部:中村種之助(播磨屋)
次左衛門娘小冬:中村米吉(播磨屋)
大名天野刑部/小鮒の源五郎:中村吉之丞(播磨屋)
大名星合兵部/三二五郎兵衛:嵐橘三郎(伊丹屋)
呉羽中納言氏定/大名六角右京:大谷桂三(十字屋)
足利義輝:中村錦之助(萬屋)
傾城芙蓉/五右衛門女房おたき:中村雀右衛門(京屋)
義輝御台綾の台:中村東蔵(加賀屋)

国立劇場12月歌舞伎公演は「通し狂言 増補双級巴」、芝居や映画、ドラマ、落語でもお馴染みの石川五右衛門の物語だ。
石川五右衛門は実在の人物だったようで、安土桃山時代の盗賊の首長。文禄3年(1594年)に捕えられて京都三条河原で煎り殺され、親族も全員が極刑に処されている。
但し、処刑の事実だけははっきりしているが、彼の所業や人物像は全く分かっていない。それだけに後世の作者は自由に描けるわけで、沢山の作品が生まれている。
本作も古典の狂言である「釜淵双級巴」と「木下蔭狭間合戦」をつなぎ合わせて創作を加えた書き換え狂言だ。
いずれの場も数十年ぶりの上演となるようだ。

配役に屋号を加えたが、吉右衛門を中心とした播磨屋の芝居だ。
序幕での五右衛門の出生の秘密が明かされる場面から始まり、大詰では五右衛門の家族をめぐる苦悩が描かれていて、全体に世話物の色を濃くしている。
「木屋町二階の場」は有名な「楼門五三桐」の中の「山門」のパロディになっていて、ここでも五右衛門と久吉(秀吉)とのヤリトリも世話物風にしている。
宙乗りでの「葛籠抜け」という珍しいアクロバティックな演出や、大詰での派手な立ち回りなど娯楽色の舞台は理屈抜きに楽しめる。
中村吉右衛門奮闘公演の名に相応しい舞台だ。

五右衛門の息子・五郎市(安藤然/醍醐陽のWキャスト)という子役が活躍するのだが、これが健気で可愛らしい。
五右衛門の妹役を演じた中村米吉、数年前から注目している若手の女形役者だが、可憐な娘役を演らせたら当代一ではなかろうか。姿が美しいし声が良く、上品な色気がある。次代を背負う女形になると期待している。

公演は26日まで。

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2018/12/09

「スカイライト」(2018/12/8)

「スカイライト」
日時:2018年12月8日(土)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:デイヴィッド・ヘア
翻訳:浦辺千鶴
演出:小川絵梨子
<  キャスト  >
蒼井優:キラ・ホリス
葉山奨之:エドワード・サージェント
浅野雅博:トム・サージェント

あらすじ。
トムは外食企業の経営者で、キラはかつてトムの会社の従業員。トム夫妻もトムの息子エドワードもキラを信頼していたが、キラとトム二人は長いあいだ不倫関係にあった。しかし、不倫がトムの妻に知られてしまい、キラは行方をくらます。キラに去られ、妻をガンで失ったトムは打ちひしがれ、エドワードとの関係も悪化してゆく。
今ではキラはロンドン中心部から離れた質素なアパートに住み、貧民街の子どもたちに勉強を教える教師となっていた。
そこへエドワードが突然キラのアパートを訪ねてきて、不安定なままの父親トムを助けてほしいと言い残し、彼は去る。
その夜、トムもまたキラの元を訪れる。三年前に不倫関係が明るみになった日以来、初めて再会した二人は、夜更けまでこれまでのことを語り合う。お互いへのいまだ消えぬ想いと、解けない不信感、共有する罪の意識の間で大きく揺れ動く二人。
よりを戻し二人で新たな生活を始めようと迫るトムに対し、貧しい子供たちへの教育に生きがいを見出したキラ。二人の会話は、やがてそれぞれの価値観の違いが鮮明になり・・・・・。

この物語の背景に、イギリスの階級社会の存在がある。
解説によればイギリスの階級は、上流、中の上、中の中、中の下、労働者層、貧困層に分かれているようで、お互いに生活環境が全く異なり、階級が違う同士はプライベートの付き合いが無いそうだ。
キラもトムも恐らくは中の中クラスに属すると思われるが、トムは自社の事業拡大が人生の目標であるのに対し、キラは貧困層の子供たちの成長を助けることが使命を燃やしている。これが二人を決定的に隔てている。
別離に至った経緯についても、二人の言い分は大きく食い違っている。
舞台はキラのアパートの部屋、登場人物は3人だけで、これといった出来事があるわけでもないのだが、お互いの火の出る様な会話のぶつかり合いは迫力がある。
タイトルの「スカイライト」とは「天窓」で、観客席の谷間で演じる俳優たちの演技を、観客はまるで天窓から覗くような気分で観られる仕掛けになっている。
出演者3人の熱演も見もの。

公演は24日まで。

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2018/12/05

テアトル・エコー「おかしな二人」(2018/12/4)

テアトル・エコー公演156 
ニール・サイモン追悼公演「おかしな二人」
日時:2018年12月4日(火)14時
会場:恵比寿エコー劇場
作:ニール・サイモン
訳・演出:酒井洋子
<  CAST  >
安原義人:オスカー
根本泰彦:フィリップス
落合弘治:スピード
上間幸徳:マレー
後藤敦:ロイ
松原政義:ヴィニー
RICO:グウェンドリン
薬師寺種子:セシリー

過去12回ニール・サイモン作品を上演してきたテアトル・エコーが、今年8月26日に亡くなったニール・サイモン追悼公演として今回「おかしな二人」を上演。

あらすじ。
スポーツ記者のオスカーは離婚して気ままな新生活を満喫中。ズボラで部屋は散らかり放題だが全く気にならず今夜も友人たちとのポーカーで盛り上がる。そこに仲間の一人、フィリックスが妻に別れを告げられ憔悴して転がりこんできた。だらしがなくて妻に去られたオスカーと几帳面すぎて妻に離婚を言い渡されたフィリックス。性格は反対でも同じ境遇のもの同士、オスカーはフィリックスを誘い一緒に暮らし始めたのだが、二人の新生活は波乱が絶えない。
ある日、オスカーが上階に住む後家と離婚したばかりの姉妹(ポッポちゃん)に目を付け、一夜を過ごそうと企てるが、フィリックスのためにオジャンになる。いよいよ我慢が出来なくなったオスカーはフィリックスを家から追い出すのだが・・・。

ジーン・サックス監督、ジャック・レモン, ウォルター・マッソー出演の映画は何度か観たが、舞台は初めてだった。
とにかく面白く、2時間半の上演中は笑い通しだった。ニール・サイモン作品の最高傑作というだけでなく、すべてのコメディの中でも最高の作品だと思う。
オスカーやブリッジ仲間は潔癖症のフィリックスを疎ましく思うのだが、いざ彼がいなくなると皆が真剣に心配する。この戯曲は男同士の友情の物語だ。
フィリックスがポッポちゃんたちに別れた妻や子供たちの思い出を語ると、ポッポちゃんたちも貰い泣きしてしまう。彼女たちも死別あるいは離別した亭主たちを思い出したのだ。
オスカーにしても、乱暴な口とは裏腹に別れた家族のことが忘れられない。
そうした人間の持つ温かさがこの芝居全体に通底しているから、観客は腹の底から笑えるのだ。

出演者も主役の安原義人を始め、この公演に対する意気込みを感じた。個々の演技はもちろんのこと、全員のチームワークでニール・サイモンの世界を創り出していた。

公演は12日まで。

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2018/11/27

「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部・千穐楽(2018/11/26)

「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部

一、お江戸みやげ(おえどみやげ)
川口松太郎 作
大場正昭 演出
<  配役  >
お辻:時蔵
おゆう:又五郎
阪東栄紫:梅枝
お紺:尾上右近
鳶頭六三郎:吉之丞
市川紋吉:笑三郎
文字辰:東蔵

二、新歌舞伎十八番の内 素襖落(すおうおとし)
福地桜痴 作
<  配役  >
太郎冠者:松緑
太刀持鈍太郎:坂東亀蔵
次郎冠者:巳之助
三郎吾:種之助
姫御寮:笑也
大名某:團蔵

三、十六夜清心(いざよいせいしん)
河竹黙阿弥 作「花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)」
<  配役  >
清心:菊五郎
十六夜:時蔵
恋塚求女:梅枝
船頭三次:又五郎
俳諧師白蓮実は大寺正兵衛:吉右衛門

一、「お江戸みやげ」
常陸の国から江戸見物に来た二人のオバサン、湯島天神の小屋掛け芝居を観て、美男役者にウットリ。終演後に座敷に呼び、一人が気を利かして席を外していると、かの役者が現れ手を握ってくれたので、もう一人はすっかり舞い上がってしまう。そこへ役者の恋人が来ていちゃつきだすと、今度は恋人の母親が現れ、金を強請る。見かねたオバサンが、財布ごと全財産を渡し、二人が夫婦になるのを見届ける。
もう一人のオバサンが、なんで財布ごと渡したりしたのかと問うと、あたしが初めて惚れた男だったのと言いながら、役者から貰った小袖を胸に抱いて空を見上げる時蔵の表情がいい。この人は世話物で特に本領を発揮する。

二、「素襖落」
狂言を元にした松羽目物の舞踊劇で、ストーリーは他愛ないものだが、松緑が演じる太郎冠者が酔態を見せながらも、八島での扇の的の物語を一人で踊り分けて見せる所が圧巻。
当たり前だが歌舞伎役者の踊りは見事と言うしかない。さすがは藤間流勘右衛門派の家元、待ってました、紀尾井町!

三、十六夜清心
鎌倉極楽寺の僧である清心は、遊女の十六夜と深い仲であることが発覚し、女犯の罪で寺を追われる。十六夜が自分の子を宿しているのを知り、心中を決意して川に身を投げる。しかし、十六夜は舟遊びをしていた俳諧師白蓮(実は大盗賊)に救われ、その後白蓮に身請けされる。一方の清心も水練に堪能であったために死に損なう。岸に上がった清心は、癪を起こして苦しむ恋塚求女を助けた拍子にその懐にあった50両に触れる。金を奪おうともみ合ううちに、誤って求女を殺してしまう。清心は一度は自害しようとするが、やがて「一人殺すも、千人殺すも、取られる首はたったひとつ」と、これからは世の中を面白おかしく生きていこうと決意する。
折から、そこへ十六夜と白蓮が相合傘で通りかかるが、暗闇のため気付かず、清心はそのまま去ってゆく。終幕は「世話だんまり」となる。
菊五郎と吉右衛門が顔を揃える豪華版。
この芝居の見所は舞台もさることながら、名曲「梅柳中宵月(うめやなぎなかもよいづき)」を
始め、清元の聴きどころが満載だ。
清元栄寿太夫(役者の尾上右近)の床デビューが華を添える。

大歌舞伎の楽しさを堪能した。
入場料6000円(三等席だが、3階の最前列)は安い。

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2018/11/21

「誰もいない国」(2018/11/20)

「誰もいない国」
日時:2018年11月20日(火)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:寺十吾
<  キャスト  >
柄本明:ハースト(屋敷の主人、作家)
有薗芳記:フォスター(同居人)
平埜生成:ブリグス(同居人)
石倉三郎:スプーナー(客、詩人)

『野ざらし』の「さいさい節」じゃないけれど、
♪金がゴーンと唸りゃさ・・・
「欲深き人の心と降る雪は積もるにつれて道を忘れる」
片山さつきのチョロマカシなど小さく見えてしまうが、それはそれだ。

ノーベル文学賞受賞者のハロルド・ピンターの戯曲「誰もいない国」を観劇。
あらすじは。
2時間半の芝居は2幕に分かれる。舞台は老作家ハーストの自宅の居間。場所はロンドンのハムステッド・ヒースの近くらしい。ハーストとパブで意気投合した詩人を名乗る老人スプーナーの二人、二人はパブの続きみたいに酒を飲み続けお喋りをするが、会話は成り立っていない様子。
ハーストの身の回りを世話する2人の若い男が部屋に入ってくるが、2人はスプーナーをもてなしたかと思えば乱暴に扱ったりと、態度がころころ変わる。
4人の会話は一見取り止めのない様に見えるが、次第にハーストとスプーナーの二人の間の、女性関係をめぐる応酬の様相を呈してゆき・・・。

感想を一口にいえば、よく分からなかった。
物語に展開があるわけではないし、4人の状況も明確ではない。
「誰もいない国・・・動かない・・・変わらない・・・
老いることもない・・・いつまでも・・・
永遠に・・・冷たく・・・静か」
こんなセリフが唐突に飛び出してきて、それに反応するセリフはないのだ。
この芝居、恐らくはセリフそのものの楽しさと、役者の演技を楽しむ舞台なんだろう。
柄本明の演技を見るだけでも、確かに価値はある。

公演は25日まで。

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