演劇

2019/09/22

こまつ座『日の浦姫物語』(2019/8/21)

こまつ座第129回公演『日の浦姫物語』
日時:2019年8月21日(土)13時(公演時間:休憩含め2時間55分)
会場:紀伊國屋サザンシアター
脚本:井上ひさし
演出:鵜山仁
<  主なキャスト  >
朝海ひかる:日の浦姫
平埜生成:稲若/魚名(太郎)
たかお鷹:藤原宗親
辻萬長:説教聖
毬谷友子:三味線弾きの女
石川武、沢田冬樹、櫻井章喜、粟野史浩、
木津誠之、赤司まり子、名越志保
川辺邦弘、宮澤和之、越塚学、岡本温子

【あらすじ】
平安時代、説教聖という人間が町や村を回り、昔あった出来事を物語って暮らしていた。ただここに登場する赤子を背負った説教聖は三味線弾きの女を伴い、なぜか「日の浦姫物語」だけを語る、
奥州は岩城国の米田庄、両親をを失った双子の兄妹、稲若と日の浦姫が仲睦まじく戯れている。二人がおかしたたった一度の過ち、姫は懐妊し一人の男の子を産む。兄の稲若も亡くなり、唯一の血を受け継ぐ日の浦姫が領主を受け継ぐことになる。罪に苦しむ姫は、幼児の魚名を砂金と手紙を入れた袋と共に舟にのせて海に流し、無事に助けられるようを祈る。
魚名は漁師に助けられ、太郎という名で寺の和尚に育てられて18年後には立派な青年に成長する。太郎は都に出て武士になることを目指し村を出る。途中、米田庄に通りかかると、隣の領主が日の浦姫に懸想し、姫と領土を手に入れようと米田庄内の武将たちを次々倒していることを耳にする。正義感に燃えた太郎は、隣の領主と弓矢で争い倒してしまう。
独身を通してきた日の浦姫は領主として婿取りを迫られていて、周囲の声と姫自身の希望により、太郎を婿に迎える。夫婦は仲睦まじく姫は懐妊する。
しかし、姫が偶然に太郎が持っていた手紙を読んでしまうと、それは過去に自身が書いたものだ。姫は自分の子とまぐわい懐妊したことを知り、その事実を太郎(魚名)に伝えると・・・。

テーマは近親相姦であり、それをめぐる悲劇だ。
日の浦姫は実の兄とまぐわい男の子を産むが、やがてその子と夫婦になる。
物語りを伝える説教聖もまた、背負っている赤子は実の妹である三味線弾きの女との間にできた子だ。
井上ひさしは本作品を執筆するにあたり、教皇グレゴリウス1世の一生や、古事記や今昔物語を参考にしたようだが、古今東西、近親相姦は文学の大きなテーマの一つだ。
本作品は、このテーマを悲劇で終わらせるのではなく、そうした中でも逞しく生きる姿を通して、私たち観客を励ます内容になっている。
深刻なテーマを扱っているにも拘わらず、いかにも井上作品らしい歌や踊りと笑いに満ちた楽しい舞台に仕上がっていた。
元々は文学座の杉村春子への「当て書き」として書かれた脚本だったそうだが、今まであまり再演されなかった(こまつ座としては今回が初演)のが不思議に思えるほど、完成度の高い舞台だった。

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2019/09/15

能『錦木』・狂言『船渡聟』(2019/9/14)

能『錦木』・狂言『船渡聟』
日時:2019年9月14日(土)13時
会場:国立能楽堂
1.解説・能楽あんない『鄙の風流ということ』 林望(作家)
2.狂言・大蔵流『船渡聟(ふなわたしむこ)』 
シテ/聟:茂山忠三郎
アド/舅:大蔵弥右衛門
アド/太郎冠者:大蔵基誠
3.能・金剛流『錦木(にしきぎ)』
前シテ/男・後シテ/男の霊:廣田幸稔
ツレ/女:豊嶋晃嗣
ワキ/旅僧:飯富雅介
笛:一噌幸弘
小鼓:曽和鼓堂
大鼓:高野彰

国立能楽堂の定期公演で、9月の普及公演にリンボウ先生が解説するということで出向く。リンボウ先生の著作は読んだことがあるが、講演は初めてだ。講演なれしているらしく分かり易い解説で、話し方も正面と脇正面を交互に体を向けながら話していた。
『錦木』は世阿弥作とされていて、当時は高貴な女性というのは男性からプロポースされても先ずは拒否するのが慣わしだった。そこで男性は何度も自分の意思を伝え、やがて女性が受け容れる場合もあれば、拒絶される場合もある。
都であれば男性は手紙をしたためて女性に贈るが、都から見れば東夷である東北地方の人は字の読み書きができないと考えられていた。
そこで、奥州では錦木と呼ばれる木片(又はその束)を男性が恋しい人の家の前に置き、女性がOKなら錦木は家の中に、NOならそのまま放置されるという伝説となった。それが時に1000日に及ぶこともあり、錦木は「千束」となる。これでも女性がNOなら、男性は諦めるしかない。遂に夢が叶わぬまま終わってしまった男性の遺体と「千束」が埋葬されたのが「錦木塚」だ。
ここから錦木は「恋文、又はその文例集」を指す意味でも使われた。
もう一つ「細布」というのが出てくるが、細布は幅が狭いので胸元が合わない、つまり女性に会わないという含意となっている。
中世の歌学書に錦木を説明する際の歌に、こうある。
「錦木は立てながらこそ朽ちにけれ、けふの細布胸合わじとや」
「錦木は千束になりぬ今こそは、人に知られぬ閨の内見め」
「陸奥のけふの細布ほど挟み、胸合ひがたき恋もするかな」
2番目の歌は、錦木が千束になって、ようやく女性の閨に通された喜びを歌ったものだ。
ここまで分かると、能の『錦木』への理解も深まる。

狂言『船渡聟』
「聟入り」という風習を描いたもので、聟が結婚後初めて妻の実家を訪れ、舅と盃を交わす儀式を指す。
ここに登場する聟、酒の入った竹筒を持って舅の家に向かうが、途中で乗船する。船頭が竹筒に目をつけ、酒を飲ませろと脅す。聟も酒が飲みたくなり、船上で二人は酒盛りを始め、聟は謡や舞まで披露する。
やがて聟は舅の家に着き、酒を振舞おうとするが・・・。
聟である若者の調子の良さと、舅の聟を思う優しが現れた舞台だった。

能『錦木』
旅の僧が陸奥の国狭布の里(今の秋田県)を訪れると男女に出会い、叶わなかった恋の思いを聞かされる。女が持っていた布は鳥の羽で織った幅の狭い細布、男の持っていた彩色された木は錦木といい、いずれも土地の名物であり男女の恋にゆかりのあるものだと言う。夫婦は男の墓である錦塚に僧を案内し姿を消す。
里の男が、3年間錦木を立て続けた男の恋物語を語り、夫婦の供養をするよう勧め、僧は夜通し弔うと、細布を持った女の霊が現れ僧に感謝し、塚に内から男の声がする。
塚は灯火の輝く家とない、中では女が細布を織り、男が家の門に錦木を立てている。
男の霊は、錦木が家に取り入れられて恋が成就した有様を語り舞い踊る。
やがて夜が明けると、霊の姿は消え、松風の吹く塚だけが残されていた。
最終場面で、男が閨に通された喜びで「黄鐘早舞(おうしきはやまい)」を舞う所が圧巻で、笛、小鼓、大鼓の演奏も素晴らしかった。

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2019/09/11

文楽公演『心中天網島』(2019/9/10)

近松門左衛門作
『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』
 ・北新地河庄の段
 ・天満紙屋内の段
 ・大和屋の段
 ・道行名残の橋づくし
日時:2019年9月10日(火)11時
会場:国立劇場 小劇場
<太夫・三味線>
「北新地河庄の段」
・中
三輪太夫(みわたゆう)
清志郎(せいしろう)
・奥
呂勢太夫(ろせたゆう)
清治(せいじ)
「天満紙屋内の段」
・口
津國太夫(つくにだゆう)
團吾(だんご)
・奥
呂太夫(ろだゆう)
團七(だんしち)
「大和屋の段」
・切
咲太夫(さきたゆう)
燕三(えんざ)
「道行名残りの橋づくし」
・小春  
芳穂太夫(よしほだゆう)
宗助(そうすけ)
・治兵衛
希太夫(のぞみだゆう)清丈‘(せいじょう)
小住太夫(こすみだゆう)寛太郎(かんたろう)
亘太夫(わたるだゆう)錦吾(きんご)
碩太夫(ひろたゆう)燕二郎(えんじろう)
<主な人形役割>
紀の国屋小春:和生(かずお)
江戸屋太兵衛:文司(ぶんじ)
五貫屋善六:清五郎(せいごろう)
粉屋孫右衛門:玉男(たまお)
紙屋治兵衛:勘十郎(かんじゅうろう)
女房おさん:勘弥(かんや)

人形浄瑠璃をご存知ない方のために出演者の名前をズラリと記したが、人形の遣い手ではここに掲げた数倍のもの人が出演している。他に大道具や衣装など沢山の裏方がいるわけで、「文楽」の世界というのは数十年の修行を積んだ熟練の芸人による技芸の集約で成り立っている。
もし落語は好きだけど、人形浄瑠璃は敷居が高いと思われているなら、一度は観ることをお薦めしたい。

近松門左衛門の代表作であるこの物語。
主人公・紙屋治兵衛という男、女房と二人の子どもがありながら、曽根崎新地の遊女・紀伊国屋小春の所へ通い詰め。女房のおさんはグウタラ亭主に代って店を切り盛りし家族の面倒を見る貞女だ。治兵衛と小春が心中でもしないかと心配になったおさんは、密かに小春に手紙を書き、治兵衛とは手を切ってくれるよう懇願する。小春はおさんの気持ちを受け止め、心配で店を訪れた治兵衛の兄の孫右衛門に、もう小春の元に通わないようと頼む。その様子を立ち聞きした治兵衛は逆上し一騒動起こすが、そこは孫右衛門が制止して収まる。
店に戻った治兵衛は、小春を思って昼間から布団をかぶって泣いている。どうしょもない男なんだ、この治兵衛は。そこに孫右衛門ら親類が訪れる。彼らは小春が落籍(ひか)されるという噂を聞き、治兵衛を問い詰めるためにやって来た。治兵衛には身に覚えがないことで、落籍するのは恋敵の太兵衛だと話す。孫右衛門らは納得して帰って行くが、おさんはここで意外な行動に出る。小春が落籍されれば自害するのではと直感し、おさんは治兵衛に金とありったけの着物を渡し、これで太兵衛に先んじて小春を落籍するよう勧める。一件落着かと思われたが、そこに運悪くおさんの父親が現れ、グウタラな治兵衛への怒りからおさんを強引に実家に連れ戻してしまう。
絶望のうえ虚脱状態になった治兵衛は小春の店を訪れ、小春に心中を約束させる。
深夜に二人は蜆川から多くの橋を渡って網島の大長寺に向かい、治兵衛は小春の喉首を刺し、自らはおさんへの義理立てのため首を吊って果てる。

この浄瑠璃、主人公の治兵衛はむしろ狂言回しの様な存在で、テーマは治兵衛をめぐるおさんと小春の義理に張り合い、意地の張り合いだ。
特におさん、グウタラ亭主を何とか立ち直らせようと努力し、小春にも治兵衛と縁を切るよう願って手紙まで出しておきながら、落籍された小春の身を案じて今度は治兵衛に小春を落籍せようとする。この辺りは理解し難い複雑な心境でもある。
「天満紙屋内の段」での太夫、三味線、人形遣いは、この揺れ動くおさんの切ない心を巧みに表現していて、ここが最大の見どころだ。
「北新地河庄の段」では、小春をめぐって恋敵の太兵衛と善六が、口三味線で治兵衛を嘲笑する場面が見どころ。
「大和屋の段」では、治兵衛を探す兄が倅の勘太郎を連れてくるのだが、治兵衛は物陰からじっと見送る場面が印象的だ。
「道行名残の橋づくし」では、二人が歩んできた険しい道のりを、幾つもの橋を通り抜けることによって表現していた。
世話物なので派手な場面こそないが、現代に通じる人間の心理劇として見ることも出来る。

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2019/08/23

東京芸術座「終りに見た街」(2019/8/22)

「終りに見た街」
原作/山田太一
脚本/いずみ凜
演出/鈴木龍男

【あらすじ】
時代は現在、東京の荻窪に住む清水の家族、夫の要治はIT企業に勤めるサラリーマン、妻の紀子、娘の彩奈、要治の父親で85歳になる太吉の4人暮らし、部屋には要治が開発したスーポラと呼ばれるロボットが置かれている。
そこに旧友の宮島敏夫とゲーム依存症の息子・新也の親子が訪れ、旧交を温める。
その2日後、清水夫妻がが庭に出ると周囲の景色がガラリと変わっていて戸惑う。外の掲示板には昭和19年と書かれていたのだ。そこへ親子で釣りに出かけていた宮島から電話があり、やはり今が昭和19年になったといって、二人は清水の家に着き、しばらく同居することになる。
空襲警報や防空訓練、竹槍の訓練、配給制度に食料不足といった状況に追い込まれながらも、なんとか切り抜けてゆくが、若い彩奈は郵便配達、新也は軍需工場で働きだす。
清水と宮島は、未来から来た人間の義務として、人々にこれから起こる東京大空襲の危険を知らせようとビラを配るが、人々は非国民と疑われるのを恐れ、結局誰も逃げようとはしなかった。
そして新也が突然帰宅するが、帝国軍に入隊しており、戦地に向かうと宣言する。新也は敏夫、要治の考えている事はおかしいと言い、また彩奈もそれに同調する。
不意に空襲警報が鳴り、要治は自分たちのいる場所は安全で攻撃されない場所だと言うが、起こらない筈の空襲を受けてしまう。閃光が光り、要治が目を覚ますと、そこは見渡す限りの瓦礫と焦げた無数の死体の山。そして廃墟となったビルや東京タワー。そこは2XXX年の死の街・東京であった。

既に2度TVドラマ化されている作品で、それを舞台化したもの。オリジナルが昭和であるのに対しこちらは令和。主人公の清水要治の職業がAI技術者で家には試作のAIロボットが置かれたり、宮島の息子の新也がスマホゲームの依存症であったりという設定の違いはあるが、大筋はTVドラマと同様だ。
現代の人間が戦時中にタイムスリップして、既知の時代を生きる経験を通して、もし将来の人間が今の時代にタイムスリップしたら?を問うことをテーマにしている。昭和19年の人々が清水らの忠告に耳を傾けずに多くの犠牲を出したと同様に、今の私たちが何も考えず何も実行しなければ、やがては破滅するしかないという警鐘を鳴らすものだ。
ただ終幕の演出は、意図が観客にうまく伝わっただろうか。

公演パンフレットに原作者の山田太一が書いた本のあとがきが転載されているが、興味深いことが書かれている。
終戦の年に山田少年は小学5年生だった。理科の時間に教師がいま日本で密かに開発されている「特殊爆弾」について説明があった。それが完成すれば、ワシントンに一発、ニューヨークに一発落として、日本が勝利するというのだ。それを聞いた生徒たちは、その爆弾が一日も早く完成し、アメリカの人々を皆殺しにしてくれることを心から願った。その時の先生の目の輝き、子どもたちの興奮を思い起こすと、原爆についてアメリカを非難する気持ちになれないと、山田は書いている。
こうした体験も本作品に反映されているようだ。

公演は25日まで。

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2019/08/21

テアトル・エコー「バグ・ポリス」(2019/8/20)

テアトル・エコー公演15「バグ・ポリス」(原題:Unnecessary Farce)
日時:2019年8月20日(火)14時(上演時間:1時間40分)
会場:恵比寿エコー劇場

作:ポール・スレイド・スミス
翻訳:常田景子
演出:永井寛孝
<   キャスト  >
池田祐幸:エリック・シェリダン巡査
渡邊くらら:ビリー・ドワイヤー巡査
沖田愛:カレン・ブラウン会計士
根本泰彦:ミークリー市長
加藤拓二:フランク市長警備員
瀬田俊介:トッド殺し屋
丸山裕子:メアリー市長夫人

舞台はアメリカのとある街のモーテルの2室。片側の部屋にはエリックとビリーの二人の巡査が、もう片側の部屋に仕込んだ隠しカメラをモニタリングしている。署長の命令で、会計士カレンが見つけた市長の公金横領を突き止めるためだ。メアリーが市長をこの部屋に呼び出し、帳簿を突き付けて不正を暴くのをビデオに収めるという囮捜査だ。
エリック巡査とメアリー会計士が事前の打ち合わせをしているうちに、ついつい良い雰囲気になってしまい、二人は下着姿でベッドの中へ。そこへ早めに到着した市長や、市長の警備員が現れ大混乱。さらに、スコットランド人の殺し屋や、何かいわく有り気な市長夫人まで加わり、果たして捜査は無事終了できるのだろうか。

舞台には8枚のドアがあり、そこを下着姿の男女が出たり入ったりのドタバタ艶笑コメディ。際どいセリフが飛び交う舞台に、後の席の年配のご婦人たちが大受けしていていた。
終始下着姿で奮闘した沖田愛(色気が全く無いのがスゴイ)、終始分けの分からないセリフをしゃべり続けた瀬田俊介(これって結構難しい)、ご苦労さまでした。

公演は26日まで。

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2019/08/10

「人形の家 Part2」(2019/8/9)

PARCOプロデュース2019「人形の家 Part2」
日時:2019年8月9日(金)19時(上演時間:1時間45分)
会場:紀伊國屋サザンシアター
脚本:ルーカス・ナス
翻訳:常田景子
演出:栗山民也
<   キャスト  >
永作博美/ノラ
山崎一/夫・トルヴァル
梅沢昌代/乳母・アンネ・マリー
那須凜/娘

イプセンの戯曲「人形の家」が上演されたのが1879年で、本作品ではノラが家に帰ってきたのが15年後ということだから、時代は19世紀末ということになる。
ノラが15年ぶりに家に帰ったのは、家族との再会のためではなく、ある用事があったから。
ノラは、今では女性の自立をテーマとして本を書き、ベストセラーにもなっている。処が、その本を読んだ読者の女性が離婚し、怒った夫がノラの素性を確かめると、戸籍上ノラは未だトルヴァルの妻であることを突き止め、世間に公表するとノラを脅迫する。
ノラは、家を出るときに離婚届けを出すようトルヴァルに頼んでいて、自分は独身であることを信じ、本の中でもそのことを書いていた。もし事実が世間に知れれば、ノラは社会的に抹殺される。そこで、トルヴァルに会って、約束通り離婚届けを出すよう催促に来たのだ。
しかし、ノラの申し出をトルヴァルは一蹴する。お前が勝手に出て行ったんだから離婚はしないと主張する。
仕方なくノラは、乳母や、今は立派に成長した娘にトルヴァルへの説得を依頼するが、15年間行方不明だったノラは死亡したことになっていた。そのことを前提にトルヴァルとその家族は長いあいだ生活をしてきていたので、今さら離婚届けを出すわけには行かないという理由があった。
困惑するノラ、果たして解決の道は開けるだろうか・・・。

本作品のテーマも女性の自立だ。
舞台は5場構成で、各場が「ノラvs.乳母」「ノラvs.夫」「ノラvs.娘」といった具合に、2人芝居が連続した形で進行するディスカッション・ドラマだ。
本来は19世紀末の時代設定のはずだが、議論されているテーマは今日的であり、現在進行形である。
終始、緊張感あふれる舞台は、休憩なしの1時間45分の長さを感じさせない。

4人の出演者はいずれも熱演で、初日にも拘わらず完成度の高い演技を見せていた。
ノラを演じた永作博美は2度目だが、演技はもちろんのこと、魅力的で舞台映えする女優だ。

公演は、9月1日まで

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2019/07/14

青年座「明日-1945年8月8日・長崎」(2019/7/13)

劇団青年座 第237回公演「明日-1945年8月8日・長崎」

日時:2019年7月13日(土)14時
会場:東京芸術劇場・シアターイースト
原作=井上光晴
脚色=小松幹生
演出=鈴木完一郎
演出補=山本龍二
<   キャスト   >
巡査/堂崎彰男=桜木信介
堂崎ハル=津田真澄
銅打弥助=山﨑秀樹
銅打みね子=柳下季里
三浦泰一郎/高谷藤雄(声)=山賀教弘
三浦ツイ/高谷藤雄の母(声)=山本与志恵
石原継夫=逢笠恵祐
福永亜矢=小暮智美
水本広=高松潤
水本満江=田上唯
助産婦/産婆=佐野美幸
山口由信=五十嵐明
山口キヨ/おばさん=遠藤好
三浦ヤエ=角田萌果
中川庄治=前田聖太
ツル子=田邉稚菜
<演奏>
ピアノ=大貫夏奈
ヴァイオリン=菅野千怜
チェロ=石貝梨華

この作品は、1945年8月8日から9日の早朝までの、つまり長崎に原爆が投下される直前までの、長崎市に住む市井の人々の生活を描いたもの。つまり原爆を書かずに原爆の惨禍を描いた作品だ。
原作者の井上光晴によれば、長崎の原爆投下地点周辺を歩いていたら、住宅の物干し台に洗濯物が干されひらひらしているのが目に留まった。それで原爆投下の前の日もこうした光景だったんだろうと、この作品が閃いたとある。
調べてみると、この地域では前日に一組の結婚式が行われ、二人の赤ん坊が誕生していた。原作者は生存者の記録や証言を得て、本作品を書き上げたようだ。

舞台は、結婚式を挙げた二人とその列席者たちの家族の様子が描かれ、それぞれが「明日~~するけんね」といった会話を交わしあっていた。8月1日には長崎市内が空爆され、また米軍が九州に上陸してみな殺しにされるという噂が流れ緊迫した状況もあったが、それでも人々はごく当たり前の日常を送っていた。
8月9日午前4時17分に新たな生命が誕生する。「かあさん、きつかよ」とうめく娘の手を握り、赤ん坊の泣き声が響くと、ほっとした母親が空を見上げながら、こうつぶやく。
「ああ、明けたよ。今日もよか天気になるじゃろう。よか日和たい。ほんなこつ」
このおよそ7時間後に原爆が投下され、7万3千人あまりの人が亡くなるのだ。

演劇を観る機会はそう多くはないが、なかで青年座の舞台を観る比率が高い。
それは、この劇団の上演作品の多くが社会問題に切り込んでおり、かつ楽しい舞台を披露してくれるからだ。
やはり芝居は楽しくなくてはならない。
本作品も登場人物と一緒に笑ったり泣いたりホッとしたりしながら、終ってから怒りがこみあげてくる、そういう舞台だった。

公演は17日まで。

 

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2019/07/07

新国立『骨と十字架』(2019/7/6)

『骨と十字架』プレビュー公演
日時:2019年7月6日(土)14時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:野木萌葱
演出:小川絵梨子
<  キャスト  >
神農直隆:ピエール・テイヤール・ド・シャルダン(イエズス会の司祭、古生物学者)
小林隆:ブラディミル・レドゥスキ(イエズス会総長)
伊達暁:エミール・リサン(イエズス会の司祭、考古学者)
佐藤祐基:アンリ・ド・リュバック(ピエールの弟子)
近藤芳正:レジナルド・ガリグー・ラグランジュ(バチカンの枢機卿)

新国立小劇場で上演された『骨と十字架』のプレビュー公演を観劇。プレビュー公演での客の反応をみて手直しし、更に3日間稽古を行った後に本公演となる。従って本公演では多少演出が変わる可能性があるようだ。
作品のテーマは「信仰と科学への探求心との関係」。
時代は明確にされてないが、北京原人の発見が行われていたことから1920-30代の物語と思える。
本戯曲は、進化論を否定するキリスト教の教えに従いながら、同時に古生物学者として北京原人を発見し、一躍世界の注目を浴びることとなったフランス人司祭、ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの物語だ。
人類の進化を認めれば、人間の祖先はアダムであるという聖書の教えに背くことになる。
ピエールを異端と指弾するバチカンの枢機卿は言う、「探求心は認める、但し、神の教えに反しない限りは」。何故なら全能の神は何もかもご存じだからだ。
ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」によれば、人類の科学革命は「ヒトが知らないことを認めた」からとしている。知らないことを認めれば、新たな知識を得ようとする。それによって科学は進歩したという。
芝居は、信仰と科学をめぐる5人の登場人物によるディスカッション・ドラマとして進行する。
どう折り合いをつけてゆくか、5人5様の葛藤が繰り広げられ、それぞれがこの課題に真摯に向き合っていく様子が描かれている。
ただこの辺、私の様な無神論者(形式上は日蓮宗の檀徒だがハナから信じていない)にはなかなか理解し難い処だ。

神農直隆が真っ直ぐな主人公を好演、小林隆と近藤芳正がいい味を出していた。

公演は28日まで。

 

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2019/07/02

民藝「闇にさらわれて」(2019/7/1)

劇団民藝「闇にさらわれて」
日時:2019年7月1日(月)18時30分
会場:紀伊國屋サザンシアター

作=マーク・ヘイハースト 
訳・演出=丹野郁弓
<  キャスト  >
イルムガルト・リッテン=日色ともゑ
ハンス・リッテン=神敏将
カール・フォン・オシエツキー=佐々木梅治
エーリヒ・ミューザム=横島亘
コンラート博士=千葉茂則
フリッツ・リッテン=西川明
グスタフ・ハメルマン=大中耀洋
クリフォード・アレン卿=篠田三郎(客演)
突撃隊員、親衛隊員など=岡山甫 近藤一輝

命の危険にさらされている息子を必死に助けようとする母親を描いたこの戯曲は、1930年代のドイツでヒトラーが政権を奪取し、思想弾圧や民族浄化を強めた時代に実際にあった物語だ。
弁護士のハンス・リッテンは、父フリッツは高名な大学学長、母イルムガルトという良家に育つが、保守的な愛国者の父とは正反対にマルクス主義に傾倒し、反戦平和運動に身を投じる。父が結婚を契機にユダヤ教からキリスト教に改宗したことの反発から、ハンスはユダヤ教徒となる。
ハンス・リッテンを一躍有名にしたのは、1930年にベルリンの酒場エデンパレスに集まっていた共産党の若者に、ナチス突撃隊(SA)が武器を手に襲い掛かり殺傷した「エデンパレス事件」だ。
この裁判でリッテンはヒトラーを証人喚問した。リッテンは証拠を示してヒトラーの非合法・暴力路線の実態を追及する。
処が、1933年にヒトラーのナチ党が政権を握ると「緊急令」(自民党の改憲案にも類似の案がある)を発令し、国民の基本的人権を奪う。続いて「全権委任法」を発動し、立法権がナチ政府の手に渡ってしまう。政治犯やユダヤ人は逮捕され、強制収容所に送られる。リッテンもこうした中で捕らえられ残虐な拷問を受け、強制収容所に送られてしまう。
当時のドイツは、ヒトラーーとナチは国内では熱狂的な支持を受け、国外でも英国や米国ではむしろヒトラーの手腕を評価する向きまであった。そのため、ドイツ国内で行なわれたユダヤ人殺戮などが一部を除き大きく採り上げられ事が稀だった。
ハンスの母イルムガルトは、杳として行方を絶った息子を救出するために、身の危険を顧みず孤独な闘いを始めるのだが……。

民藝の芝居を観るのは久しぶり、というか数十年ぶりだ。
舞台は、リッテンやその仲間に加えられる残酷な行為と、母親が助命のためにゲシュタボの本部まで乗り込んで交渉、嘆願する姿が交互に演じられる。
リッテンたちの困難な中でも明るさを失わず、最期まで公正で清廉な生き方を貫く姿は感動的だ。
母親を演じる日色ともゑの、凛とした姿は舞台を引き締めていた。
ただ、テーマがテーマだけにいかにも重い。
また、命を助けたい一身とはいえ、息子に仲間を売るよう勧める母親の姿はあまり見たくなかった。実話だから仕方ないのだろうが。

 

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2019/06/06

「宮武外骨伝」(2019/6/5)

演劇集団ワンダーランド 第46回公演『過激にして愛嬌あり 宮武外骨伝』
日時:2019年6月5日(水)19時
会場:座・高円寺

作・演出:竹内一郎
<  出演者  >
武末志朗 松村穣 岡本高英 中田寿輝
本郷小次郎 高橋亜矢 桑島義明 嚴樫佑介
茨木学 木ノ下椿 北村りさ 葉山奈穂子
成澤奈穂 小川友暉 竹良光 遠田恵理香
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宮武外骨(みやたけがいこつ)、知る人ぞ知る。私も以前に読んだ明治時代の新聞に関する本で名前を知った程度だ。ペンネームかと思ったら17歳の時に自分で改名した本名だ。これだけでも変人ぶりが分かる。
著述家・明治文化史家。号は半狂堂。慶応3年生れだから、夏目漱石や正岡子規らと同年。明治20年『頓智協会雑誌』を、のち大阪で『滑稽新聞』を発行。風俗史・政治裏面史に造詣があり、古川柳・浮世絵の研究者としても知られる。晩年は日本新聞史研究に尽力した。昭和30年(1955)歿、88才。
反骨のジャーナリストで投獄3回、発禁は数知れず。その一方、結婚は5回(最後の結婚は74歳)、妾が最盛期には16人いたという艶聞家でもある。ウラヤマシイ。
モットーは「威武に屈せず富貴に淫せず、ユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の肝癪(かんしゃく)を経(たていと)とし色気を緯(よこいと)とす。過激にして愛嬌あり」。ね、恰好いいでしょ。
もう一つ、「迫害こそ勝利」。これも恰好いい。
薩長藩閥政治を徹底的に嫌い、明治憲法は国民主権、四民平等さえないと批判した。今では当たり前のことだが、当時はこれで弾圧された。
敵が多かったが、講釈師で国会議員にもなった伊藤痴遊や、博報堂の創業者の瀬木博尚とは交友があり援助も受けていた。
社会主義とは一線を画す一方、彼らが発行した「平民新聞」には資金を出している。
『滑稽新聞』では、政治批判だけでなく下ネタやゴシップ記事も載せたり、イラストを効果的に使うなど、現在の週刊誌を予測させる紙面にしていた。また、活字を並べて絵に見せたり、縦組みのページを横に読むとネタが隠れていたり、官憲による伏せ字を逆手にとって残った字をたどると一つの文章になるなど、宮武外骨のアイディアと遊び心に溢れたものだった。

芝居はこうした宮武外骨の物語を、過去と現在のウェブ新聞の編集室にタイムトラベルさせながら描いたものだ。
現在のメディアが批判精神を失い、権力へ迎合し続けているかかという作者の思いが籠められている。
ちょいと軽いかなという印象もあるが、これもまた外骨精神の現れかな。

公演は9日まで。

 

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