演劇

2021/08/23

辻萬長さんの死去を悼む

Tsuji
日本の演劇界を支えた俳優の辻萬長(つじ・かずなが)さんが8月18日、腎盂がんのため死去した。77歳だった。
私が観た辻萬長さんの舞台は以下の通りで、公演名、辻萬長さんが演じた役、年月日の順に記す。

こまつ座84回公演「人間合格」 中北芳吉 2008/2/17
こまつ座88回公演「兄おとうと」 吉野作造 2009/8/2
「十二人の怒れる男」 陪審員四号 2009/12/5
「夢の泪」 伊藤菊治 2010/5/18
「夢の痂」 佐藤作兵衛 2010/6/14
こまつ座101回公演「イーハトーボの劇列車」 宮沢政次郎 2013/10/9
「アルトナの幽閉者」 父親 2014/2/20
こまつ座「父と暮せば」 福吉竹造 2015/7/11
「城塞」 男の父 2017/4/25
こまつ座129回公演「日の浦姫物語」 説教聖 2019/8/21

辻萬長さんは名優という言葉がピッタリだった。どんな芝居の、どんな役柄でも、辻萬長さんは圧倒的な演技力と存在感を示していた。
なかでも印象に残るのは、「父と暮せば」の父親役だ。ストーリーは悲劇的なのだが、そこに辻さんが演じる幽霊の父親が出てくると、何かホッとした気分になる。原爆で倒壊した建物の下敷きになっていた父を助け出せずにいた事から、その罪に苛まれ自分は幸せになってはいけないと思い詰める娘に、幽霊の父親はこう声をかける。
「人間のかなしいかったこと、たのしいかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが」
「そいがお前に分からんようなら・・・・ほかの誰かをかわりに出してくれいや・・・・わしの孫じゃが、わしのひ孫じゃが」
今でも辻萬長さんの声が耳に残る。
合掌

 

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2021/07/15

日本の戦後を問う『反応工程』(2021/7/14)

『反応工程 Reaction Process』
日時:2021年7月14日(水)14時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:宮本研
演出:千葉哲也
<   キャスト   >
高橋ひろし/牟田(係長)
平尾仁/猿渡(職長)
有福正志/荒尾(責任工)
天野はな/正枝(見張り勤務、荒尾の妹)
河原翔太/木戸(動員学徒)
久保田響介/田宮(動員学徒)
田尻咲良/節子(田宮の妹)
清水優/林(動員学徒)
内藤栄一/太宰(勤労課員)
奈良原大泰/影山(学徒動員)
八頭司悠友/矢部(見習い工)
若杉宏二/柳川(徴用工)
神農直隆/清原(監督教官)
神保良介/憲兵

【あらすじ】(注意:ネタバレあり)
舞台は、太平洋戦争の敗色濃い1945年8月5日、九州中部にある三井系の軍需指定工場の休憩室。戦前は染料を製造工場も、今ではロケット砲の推進薬を作り出す"反応工程"の現場となっている。 徴兵されて人手不足になったため、田宮、林、影山らの動員学徒も配属され、工員らと共に汗を流している。勝利を信じる田宮だったが、勤労課の職員である太宰に戦争の本質を説かれ、禁書となっている本を渡される。
8月7日、前日に広島に大きな爆弾が落ちて大勢の人が死んだという噂が届く。この頃は北久州でも空襲が激しくなり、皆内心では戦争の勝利に不安を感じるが口には出せない。そんな中、影山に召集命令が下り、周囲からはオメデトウと祝福されるが影山は何だか浮かない顔。影山は徴兵拒否で逃亡する。一方、憲兵による私物検査で、田宮が禁書を持っていることが分かり、誰から貰ったのか厳しい追及を受けるが田宮が黙秘したため憲兵から激しい暴力を受ける。田宮は、監督教官の清原に学生が本を読むことがなぜ悪いのか問いただすが、清原の答えは曖昧なものだった。事情を知った太宰が自分が渡したと憲兵に名乗り出る。
戦況がさらに悪化した8月10日、工場は爆撃を受け、林や田宮と恋仲だった正枝が死亡する。逃亡していた影山は招集に応じることにして戻ってくるが、既に母親が息子の逃亡を恥じて縊死したことを知る。
1946年3月、終戦後の工場では、戦後を生きた人々が再会する。戦争中はさんざん戦意高揚を煽った人物が戦後のどさくさに紛れて金儲けをしていたり、熟練工の荒尾に係長が退職の打診をしたりと、様々な動きがある。工場を訪れた田宮はお互いの無事を喜び、進学を諦めて農業をしていることを告げる。

本作品は、宮本研が32歳の時の1958年に書いたものだ。作者自身の体験、すなわち戦中の苦しい時代から戦後の混乱期、労働運動の高揚とレッドパージ、朝鮮戦争を経て日本の独立とサンフランシスコ体制が確立するまでの時期と重なる。
上演時間では戦時中の場面が多いが、作者が言わんとしていることは、最後の戦後の場面に集約されていると思う。
戦後の日本は戦争責任を問うこともなく、自らを加害者として反省することなく、過去を顧みないまま戦後を歩み始めた。
それが、例えば労組の大会で皇居遥拝して君が代を歌うという主張がなされるといった場面や、戦意高揚を煽った人物が戦後はひたすら金儲けの精を出すといった場面や、戦時中のスローガンの上に労組のビラを貼る場面などに象徴的に表れている。
戦争が遠い過去のなりつつある今、多くの方に観てもらいたい演劇だ。
フルオーディションで選ばれた出演者は熱演だったが、演技力にバラツキがあるように思えた。
書かれた時代にせいか、怒鳴り合う場面が多かったのは致し方なかったか。
公演は、7月25日まで。

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2020/02/14

「彼らもまた、わが息子」(2020/2/13)

「彼らもまた、わが息子」(原題:All My Sons)
日時:2020年2月13日(木)18時30分
上演時間: 約2時間40分(休憩15分を含む)
会場:俳優座劇場
脚本:アーサー・ミラー 
翻訳:水谷八也 
演出:桐山知也
<   キャスト   >
吉見一豊:ジョー・ケラー(夫)
山本郁子:ケイト・ケラー(妻)
竪山隼太:クリス・ケラー(長男)
佐藤玲:アン・ディーヴァー(妹)
逢笠恵祐:ジョージ・ディーヴァー(兄)
斉藤淳:ジム・ベイリス(医師、夫)
上原奈美:スー・ベイリス(妻)
森永友基:フランク・リュベイ(夫)
多賀麻美:リディア・リュベイ(妻)

原作者アーサー・ミラーといえば『セールスマンの死』『るつぼ』で知られているが、こんな傑作があったとは。
1947年に初演され、第1回トニー賞を受賞したミラーが注目された最初の戯曲で、日本でも『みんな我が子』として上演されてきたようだ。今回は新訳脚本での上演となる。
【あらすじ】
ジョー・ケラーとケイト夫婦には二人の息子がいた。空軍パイロットだった次男ラリーは終戦後も行方が分からないまま3年がたつ。長男クリスは戦争で負傷するが復員してジョーの工場で働き、いずれは後を継ぐ予定でいる。
ラリーの恋人だったアンとの結婚を決めるが、ラリーの死を受け入れられない母ケイトは素直に祝福することができない。
一方、アンの父親は戦時中に空軍に戦闘機の部品を納入していたジョーの工場で働いていたが、不良品を出荷して21機の戦闘機が墜落する事故を引き起こした罪に問われる。裁判でジョーは無罪になるが、アンの父親は実刑判決を受け服役中である。
当初は周囲とギクシャクしていたジョーだったが、今では彼の家の庭に近所の人たちが集まりカードゲームに興ずるようになった。
ケラー一家とアンが団欒を迎えようとしていた時、初めて刑務所で父親と面会したアンの兄で弁護士のジョージが、突然ケラー家を訪れると連絡が入り、のどかな空気は一変する。父親の説明によれば、部品の欠陥をジョーに連絡したにもかかわらず出荷してしまい、その罪をなすりつけられたのだと言う。それを聞いたクリスはジョーを激しく詰問し、ジョーは全て生活のためお前の将来のためにしたことだと説得するが、やがて激しい言い争いになり・・・。

本作品は、大戦期を生き抜いた家族の物語だ。
ジョーは自分は無罪になったものの、部下だったアンの父親に全て罪をなすりつけていたことをずっと苦にしていた。
妻のケイトは、次男が戦争で死んだことをうすうす感じていながら、それを受け容れようとせず、、恋人だったアンが長男のクリスと結婚するのを許せない。
クリスは戦争で部下を全員死なせてしまったことに罪悪感を感じ続けている。
ジョージとアンの兄妹は、父親の罪を許せず今まで一度も父に面会したことも手紙を出すこともしてこなかった。
またアンは、長男の死の事実を知っていながらケラー家の人々に内緒にしてきた。
父親のジョーが何かというと息子のためだったと言うのに対し、クリスが「戦争で死んでいった若者たちもみな息子なんだよ」と諭す言葉が胸に刺さる。
今の時代だからこそ多くの方に観て欲しい舞台だ。

公演は15日まで。

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2020/02/13

文楽公演『新版歌祭文』『傾城反魂香』(2020/2/11)

朝から晩までコロナウイルスの話題ばかりでいい加減にあきる。それよりアメリカの今シーズンのインフルエンザ感染者数は2200万人、死者数は1万2000人に上っている。こっちの感染の方がよっぽど恐ろしいんじゃないのかな。こちらの対策は大丈夫なんだろうか。
2月の国立小劇場での文楽公演が3部制で、その第2部に出向く。相変わらず客の入りはいい。
演目は『新版歌祭文』『傾城反魂香』で、いずれも代表的な一幕のみの上演。特に前者は落語とも縁が深く、先代の文楽や春団治の出囃子「野崎」はこの浄瑠璃からとられている。また上方落語の『野崎詣り』は浄瑠璃の切りと同様に、野崎観音の参詣の模様をネタにしている。

『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)』
野崎村の段
<中>豊竹睦太夫 野澤勝平
<前>竹本織大夫 鶴澤清治
<切>豊竹咲太夫 野澤燕三 野澤燕二郎
<人形役割>
久作:吉田玉助
娘おみつ:吉田蓑二郎
お勝:桐竹紋臣
娘お染:吉田清五郎
丁稚久松:吉田玉助

竹本津駒太夫改め
六代目竹本錣太夫襲名披露狂言
『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』
土佐将監閑居の段
<口>豊竹希太夫 竹澤團吾
<奥>竹本錣太夫 竹澤宗助 鶴澤寛太郎
<人形役割>
土佐将監:吉田玉也
将監奥方:吉田文昇
門弟修理之助:吉田玉勢
浮世又平:桐竹勘十郎
女房おとく:豊松清十郎

『新版歌祭文』
由あって野崎村の久作の義理の息子として育てられた久松だが、奉公先の油屋の娘お染と深い仲になる。一方、久作の計らいで久松と久作の女房の連れ子であるおみつとを夫婦にしようとしていた。祝言を控えて浮き立つおみつ、そこへ久松を追ってお染が現れる。最初は悋気に苛まれるおみつだったが、二人の会話を聞くうちに二人が心中を図っていることを知り、身を引くことを決めて尼になる。やがてお染は母のお勝と共に野崎詣りの風習に従って船で、久松は土手を駕籠で大阪に向かい、それを久作とおみつが見送る。
見所は喜びに浮き立っていたおみつが二人のために祝言を断念するまでの心の乱れ、動き。それを見守る久作の一徹でいながら心の優しさ、娘の心情を思う親心だ。
おみつとお染の心の動きを繊細に伝える人形の動作は見事というしかない。
それと終幕での三味線の連れ弾きが舞台をいっそう引き立てていた。

『傾城反魂香』
外題にある「反魂香」は、前漢の武帝は亡くした李夫人を偲び道士に霊薬をつくらせてその香を焚いてみると、はたして彼女の魂が反ってきたかのように李夫人の姿が煙の内に見えたという故実に基づく。
この浄瑠璃も有名な絵師の奇跡やお家騒動をからませ、遊女に身を落とした絵師の許嫁が霊魂をなって現れるというストーリーが本筋の様だが、サイドストーリーの「又平」が活躍する「土佐将監閑居の段」が繰り返し上演されている。
絵師として身を立てようとする又平だが、一向に芽が出ない。おまけに吃音のため女房のおとくが代わりに将監に願い事を申し立てるが叶わず。夫婦は絶望の果てに死を決意し、最後にと手水鉢に画を書くと、それが筆の勢いで裏を通って両面に描かれていた。
将監からお褒めの言葉を頂き、念願の使者の役割も仰せつかり、同時に吃音が治るという奇跡も起きる。
喜び勇む又平は、早口言葉を操りながら勇み行く・
本公演は六代目竹本錣太夫襲名披露狂言で、文楽の襲名口上を初めて見た。
その錣太夫の語りと三味線、人形遣いが三位一体となった躍動感のある舞台は素晴らしかった。

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2020/01/12

能『八島』ほか(2020/1/11)

・解説・能楽あんない 「八島のいくさを語り継ぐ」
佐伯真一(青山学院大学教授)

・狂言/和泉流『酢薑 (すはじかみ)』 
シテ/髙澤祐介
アド/前田晃一

・能/宝生流『八島 (やしま)』
前シテ・漁翁 後シテ・源義経/今井泰行
ツレ・男/亀井雄二
ワキ・旅僧/村山弘
アイ・浦人/三宅近成
笛/槻宅聡
小鼓/住駒匡彦
大鼓/大倉正之助

「平家物語」ほど古典芸能の世界で採り上げられたテーマは他にないだろう。過去の2か月を振り返っても人形浄瑠璃『一谷嫩軍記』や京舞『梓』は平家物語を題材にしたものだ。
今回は能『八島』、正確には屋島だが、古典芸能の世界では八島とされるケースが多いらしい。
今回の公演では冒頭に佐伯真一氏の解説があり、これがとても分かり易かった。
平家物語では源平の主な合戦は、一の谷、屋島、壇之浦っとなっているが、この中で源氏が決定的な勝利のきっかけとなったのが屋島の戦だった。
一の谷で追われた平家が屋島に陣を構え反撃の機会をうかがっていたが、守りは北側の瀬戸内海向けに固めていた。処が義経は南側の阿波から上陸し、浅瀬を渡って屋島の南側から騎馬で攻撃してきた。
軍勢にでは圧倒的に勝る平家だったが、安徳天皇やその側近(女性が多かった)の身を守るのが第一と船で海に逃げてしまう。屋島に上がった義経の軍は天皇の御所を焼き払ってしまったたため、平家は屋島に戻れず海上を漂う結果となってしまった。この形勢にみた豪族たちは一斉に平家を離れ源氏についてしまう。
従って屋島の戦では大きな戦闘はなく、平家の有力な公達からの死者はいなかった。源氏方の主な死者は佐藤継信のみ。
こうした大きな戦が無かったためか、いわばサイドストーリー的なエピソードに溢れる結果になった。
馬上の義経が誤って弓を落とし、それを拾おうとして部下に諫められる「弓流し」。これも義経が小柄だったため弓も短かった。もし平家側に弓を拾われれば義経が小柄だったことが分かり、それは武士のプライドに係るから弓に拘った。
平家の武将・悪七兵衛景清と源氏の武将三保谷四郎との「錣引(しころびき)」や、この舞台では披露されなかったが那須与一の「扇の的」もこの屋島の戦の物語だ。

能『八島』は、現世の戦いを描いた「修羅能」の傑作とされ、義経の亡霊が八島の合戦の模様を語り舞う所が最大の見所だった。シテと笛、鼓とが競い合うように激しくぶつかり合う舞は迫力十分。
それも単なる勝者としてではなく、前半の終わりの「春の夜の 潮の満つる暁ならば  修羅の時になるべし」や、終曲の「春の夜の波より明けて 敵と見えしは群れ居る鴎 鬨の声と聞こえしは 浦風なりけり高松の 浦風なりけり高松の 朝嵐とぞなりにける」は胸に迫る。

狂言『酢薑』は、酢売りと薑(生姜)売りが品名を詠み込んでの秀句(しゃれ)合戦を繰り広げるというものだったが、あまり面白いとは思わなかった。

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2019/12/11

「青鞜」を描いた『私たちは何も知らない』(2019/12/10)

二兎社公演43『私たちは何も知らない』
日時:2019年12月10日(火)13時30分
上演時間:2時間40分(休憩含む)
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
脚本:永井愛
演出:永井愛
<  キャストと人物紹介  >
朝倉あき:平塚らいてう(本名は明)/「青鞜」編集と執筆の中心人物。女性を抑圧する家制度に反対し、夫婦別姓、シングルマザーを貫いた。後に、婦人参政権運動を展開。
藤野涼子:伊藤野枝/親の決めた結婚相手に拒み「青鞜」に参加。平塚から「青鞜」を譲り受けるが後に廃刊。高女時代の恩師・辻潤と結婚し二人の子をもうけるが、大杉栄の元へ奔る。関東大震災の際に大杉らと共に憲兵にに斬殺される。
大西礼芳:岩野清/妻子ある男に失恋し投身自殺を図るも漁師に救われ、「青鞜」に参加。作家の岩野泡鳴と結婚し出産するが、夫の不倫で別居。日本初の離婚訴訟で勝訴するも、養育費は得られず困窮する。
夏子:尾竹紅吉/日本画を修行していて、平塚に惹かれ「青鞜」に参加。平塚との間に恋愛感情を持つが、その奔放な言動が世間のスキャンダルとなり「青鞜」を退社。陶芸家の宮本憲吉と結婚し、その後は子育てをしながら婦人運動に加わり反戦を貫く。
富山えり子:保持研(やすもちよし)/平塚と共に「青鞜」を創刊、編集など実務で支える。丸善社員の小野東と結婚し「青鞜」を退社。小野と愛人との間に生まれた子を養育した。
枝元萌:山田わか/単身アメリカに出稼ぎに行くが、騙されて娼婦になる。サンフランシスコで語学塾を開いていた山田嘉喜と知り合い結婚、夫の元で語学や哲学を学ぶ。帰国後、嘉喜の弟子だった大杉栄の紹介で「青鞜」に参加、翻訳や評論を手掛ける。「母性保護法」の成立に取り組んだ。
須藤蓮:奥村博/画家。平塚とは当時として珍しい事実婚の夫婦となる。

平塚らいてうを中心とする「新しい女たち」の手で編集・執筆され、女性の覚醒を目指した『青鞜』は世間から大きな反響をよぶ。支持する意見がある一方、当時は親の許しがなければ結婚できない時代で、「姦通罪」や「堕胎罪」など制度的にも女性が一方的に不利な時代だった。彼女たちが家父長制的な家制度に反抗し、男性と対等の権利を主張するようになると、逆風やバッシングが激しくなり、やがて編集部内部でも様々な軋轢が起こる。
本作品は、「青鞜」に集まった女性たちの像を、平塚らいてうを中心に描いたものだ。

伊藤野枝「処女ってそんなに貴いのだろうか。男子の不貞はとがめられないのに女子だけ責めるのは女の人格を無視している」
平塚らいてう「貧困や親になる資格がないということだけが避妊や堕胎の理由だろうか。勉強したり考えたり、自分の内面を高めるゆえの避妊や堕胎が罪になるとは思えない」
山川菊栄「私娼は自己責任ではなく、原因は社会にある。売笑婦を処罰するなら、共犯者である男子も同等に処すべき。」
これらの意見は今の時代では極めて妥当に見えるが、それでも女性がこうした発言を行うとネットの世界では叩かれる。当時は実名で批判していたが、今は匿名でバッシングするのだから余計に始末が悪い。
「青鞜」や平塚らいてうの戦いは今も続いている。

公演は12月22日まで。

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2019/12/08

文楽公演『一谷嫩軍記』(2019/12/6)

『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』
「陣門の段」
豊竹咲寿太夫
竹本小住太夫
豊竹亘太夫
竹本碩太夫
竹澤宗助
「須磨浦の段」
豊竹希太夫
野澤勝平
「組討の段」
豊竹睦太夫
鶴澤清友
「熊谷桜の段」
豊竹芳穂太夫
鶴澤藤蔵
「熊谷陣屋の段」
竹本織大夫
豊竹靖太夫
鶴澤燕三
野澤錦糸

「主な人形役割」
熊谷次郎直実:吉田玉志
無冠太夫敦盛:吉田一輔
平山武者所:吉田玉翔
玉織姫:吉田蓑紫郎
相模:吉田蓑二郎
藤の局:吉田勘彌
石屋弥陀六:吉田文司
源義経:吉田玉佳

源氏と平家が激突した「一の谷の合戦」で、平家の公達・平敦盛は十六歳で討死したが、討ち取ったのは源氏方の武将・熊谷次郎直実であった。「平家物語」に出てくるこの物語は数々の芸能に採り上げられきた。本作品もその一つで、この合戦にまつわる伝説や様々なエピソードを加え創作したもの。
全部で5段の構成になっているが、全ては最後の「熊谷陣屋の段」に物語は収斂されている。
源平の合戦で平家には安徳天皇という錦の御旗があったが、源氏にはそれがなかった。
かつて都で御所づとめの侍と腰元だった直実と相模は、私的な恋を咎められ罰せられるところを、藤の局の情けで都を逃れていた。二人にとっては藤の局は命の恩人ともいえる。その藤の局は平経盛に嫁ぎ、一子・敦盛をもうけたが、実は敦盛は後白河法皇のご落胤であった。そうした経緯を知った義経は、敦盛を安徳亡き後の皇位継承者としたいと考え、熊谷直実に敦盛を救出するよう命じる。しかし戦場の味方の前で敵将を助けることなど不可能だ。そこで直実の一子・小次郎がたまたま敦盛と同じ年齢でよく似ていたことから、初陣で負傷した小次郎の首を落とし、それを敦盛の首として差し出すというストーリー。

山場の熊谷直実の陣屋に、直実の妻・相模が息子・小次郎の無事を心配してやって来るが、そこに藤の局も訪れ相模に「我が子の敦盛を討ったのは、おまえの夫・直実である。その仇を討たせよ」と迫り、相模は困惑する。
やがて直実が館に戻るが、陣屋の前には桜の木があり、そこには立て札で「一枝を切らば一指を切るべし」と書いてあった。その制札を直実は深い想いで見つめる。
陣屋に戻った直実が妻の相模に戦で敦盛を討った手柄話をすると、奥から藤の方が「我が子の敵!」と直実に斬りかかる。直実は敦盛の最期を語り、戦場では致し方がなかったことと、藤の方に言い聞かせる。
直実が討ち取った敦盛の首を携えて義経の元へ向かおうとすると、その義経が陣屋に現れ、敦盛の首実検を行なう。すると首桶の中に敦盛の首はなく、そこにあったのは直実と相模の子・小次郎の首だった。
制札の文言にあった「一指を切るべし」とは「一子を斬れ」という意味で、義経が直実に下した「身替り差し出せ」という命令を意味していたのだ。
この有様を見た藤の局は安堵し、相模は我が子を失った悲しみにくれる。
主の命令とはいえ、我が子を手に掛けた直実は世の無常を感じ、出家して僧の姿となり、相模と共に戦場を去る。

総大将の命令とはいえ我が子を手に掛けた直実の苦しみ、それを命じておきながら直実の心中を慮る義経。首実検で死んだのは敦盛ではなく小次郎と分かった時の、藤の局と相模の天国と地獄の逆転。武将には勝ち負けはあるが、妻たちには夫や息子を失う悲しみしかない。いつの時代でも変わらぬ戦争の惨禍を形で示していることが、この芝居が長く愛されている理由だろう。
「熊谷陣屋の段」での、太夫と三味線、そして人形が一体となった舞台は感動的だった。

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2019/12/01

舞踊公演「京舞」(2019/11/30)

Miyako

「京舞」
日時:2019年11月30日(土)11時
会場:国立大劇場
だいぶ以前のことだが、一度京都祇園の「都をどり」を観にいって、その煌びやかさに感心した。
今回、国立劇場で21年ぶりに井上流による「京舞」が上演されると言うので出向いた。
国立のHPによれば、18世紀末頃、初世井上八千代に始まる井上流は座敷舞ならではの高雅で匂い立つような風情と、能や人形浄瑠璃の影響を受けたダイナミックな表現力を併せ持つ。
また、祇園という土地に深く根を下ろしながら磨き上げられてきた豊饒な魅力を通じて、京都の伝統文化の一翼を担っているという。
今回の公演は、五世家元・井上八千代を中心に総勢約60人の祇園の芸妓、舞妓が出演している。

上方唄「京の四季」
上方落語にも登場する京都を代表する唄で、祇園周辺の四季の風情を唄ったもの。今回は大勢の舞妓(全員衣装の色が異なる)によって舞われた。オープニングにふさわしい華やかな舞。
なお、歌詞の中に「そして櫓の差し向かい」とあるが、かつては四条通りを挟んで北座と南座の櫓が差し向かいに立っていた。これを炬燵を挟んで男女が差し向かいの姿と重ねていると。これは桂米朝による解説。

地唄「水鏡」
井上小りん
井上豆涼
一転して芸妓の正装による舞。琵琶湖の水面を鏡に見立て、近江八景を詠み込みながら水鏡のように揺れ動く女性の恋心を詠ったもの。「艶物」ではあるが、琵琶湖の広々とした情景が思い浮かぶように舞うとのこと。
しっとりとした舞。

義太夫「弓流し物語」
井上小萬
屋島の合戦っで、義経が弓を海中に流したとされる逸話に基づく有様を描いている。男踊りで、衣装も義経を思わせる着付け。ダイナミックな動きは歌舞伎の踊りを思わせる。勇壮な中に戦った武者たちへの悲しみも表現されていた。

地唄「正月(まさづき)」
元旦から注連飾りを解くまでの祇園の風景の中に恋人を待つ女心を描いたもの。新年の浮き立つような華やかな舞。

一中節「千歳の春」
井上和枝
春を迎えて終わりなき代を寿ぐ舞だが、四世井上八千代が古希の祝いに踊ったことからしっとりを落ち着いた舞。

義太夫・上方唄「三つ面椀久」
椀久:井上八千代
面売:井上安寿子
江戸時代に実在した大阪の商人・椀久が遊女恋しさのあまり発狂し、大阪の街を狂い歩いたという姿を描いた「椀久物」の一つ。
椀久が、大尽・太夫・太鼓持ちという三つの面を被り替わしながら、それぞれの所作を舞う分けるというコミカルな舞。踊りには詳しくないが、切れがあるのに柔らかいというか、とにかく素晴らしい舞だった。
これが観られただけでも来て良かった。

上方唄「十二月」
「十二月」といっても、落語の「いちがちーは、まちゅかじゃり」じゃありませんよ。
1月から12月までの紋日を詠ったもので、黒紋付の晴れ着の芸妓衆が稲穂の簪を刺して踊る目出度い舞。
これまたフィナーレにふさわしい華やかな中にも落ち着いた姿を見せていた。

いやー、良かった良かった。
華やかにみえる祇園の芸妓、舞妓の世界も、その裏ではこれだけの厳しい修行をしているんだと実感させられた。

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2019/11/29

「羽衣」をテーマとした能と組踊(2019/11/28)

組踊『銘苅子(めかるしー)』 
天女:宮城能鳳
銘苅子:嘉手刈林一
おめなり:末吉元気
おめけり:當間剛琉

能・観世流『羽衣(はごろも)和合之舞(わごうのまい)』 
シテ/天人:坂井音重
ワキ/漁師白龍:森常好

11月の国立能楽堂の企画公演は、「羽衣伝説」をテーマにした「能」と沖縄の「組踊」で、特に「組踊」は初見だったので興味を持った。

組踊『銘苅子』
【あらすじ】
農夫・銘苅子に羽衣を隠された天女は銘苅子の妻となり二人の子どもをもうける。やがて羽衣を見つけた天女は子ども達を寝かしつけて天界へと帰っていく。残された子どもたちは来る日も来る日も母を捜し悲しみにくれる。伝え聞いた国王が姉を首里城中で養育、幼い弟は成人後に廷臣に取り立て、銘苅子には位階を与える。
【感想】
「組踊」という名称からいわゆる舞踏を想像していたが、能に似て動作は静かだ。囃子が三線、笙、笛、胡弓、太鼓という構成。
ストーリーは羽衣伝説というよりは、かつての国王(15-16世紀にかけて在位した尚真王)の善政を賛美する内容になっているようだ。
見所は、天女の佇まいや髪を洗う時の動きの美しさ、二人の子どもと別れる場面の静けさといった所。
ただ、詞章が沖縄の言葉なので全く分からない。訳も出ているが、それを追っていたら舞台が見えない。「組踊」の上演の難しさを感じた。

能『羽衣』
【あらすじ】
漁師・白龍が三保の松原で見つけた羽衣は天女のもの。舞を見せれば羽衣を返すと言う白龍の言葉に、天女は月への祈りを捧げつつ舞い、昇天する。
【見所】
天女から羽衣を返してくれれば舞を舞うと言われた白龍が、羽衣を返してしまうとそのまま天に帰ってしまうのではと怪しむと、天女は「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」と言って、純粋無垢な天人の魂を示す。終始変わらぬ気高さを示すシテの姿が見所。
それと囃子方の音が素晴らしかった。
解説によればこの物語は、天女が礼拝する月天子はインドの月神チャンドラーが仏法守護の十二天の一つに変じたもので、その本地が勢至菩薩。月世界に宮殿があるというのは道教の発想であり、この『羽衣』は神道、仏教、道教が融合した世界観に基づいているとのこと。またワキの白龍は中国式の名乗りにもなっているそう。ウーン、グローバルで、深いね。
久々の能、結構でした。今回は寝落ちしなかったぜ。

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2019/11/20

『通し狂言 孤高勇士嬢景清』(2019/11/19)

『景清』という落語があるのはご存知の方が多いと思う。盲人の定次郎が赤坂の日朝さまに願掛けして目があくというストーリーだが、このタイトルがなぜ景清なのか、以前から不思議に思っていた。
昔から平家の勇将である悪七兵衛景清が活躍するという「景清物」と呼ばれる芝居があり、平家再興のために頼朝の命を狙うが、後に断念して自ら目を突いて盲目になるという一連の物語を指す。だから当時の人は景清といえば盲人だと分かったのだろう。
今回、国立劇場で上演された芝居もその「景清物」の一つだ。なお、景清の名は平家物語にも出ているので実在の人物と思われる。

通し狂言『孤高勇士嬢景清(ここうのゆうしむすめかげきよ)』 四幕五場
西沢一風・田中千柳=作『大仏殿万代石楚』
若竹笛躬・黒蔵主・中邑阿契=作『嬢景清八嶋日記』 より
序幕  鎌倉大倉御所の場
二幕目 南都東大寺大仏供養の場
三幕目 手越宿花菱屋の場
四幕目 日向嶋浜辺の場、日向灘海上の場
<   主な配役   >
悪七兵衛景清:中村吉右衛門
源頼朝/花菱屋長:中村歌六
肝煎左治太夫:中村又五郎
仁田四郎忠常:中村松江
三保谷四郎国時:中村歌昇
里人実ハ天野四郎:中村種之助
玉衣姫:中村米吉
里人実ハ土屋郡内:中村鷹之資
和田左衛門義盛:中村吉之丞
俊乗坊重源/花菱屋遣手おたつ:嵐橘三郎
梶原平三景時:大谷桂三
秩父庄司重忠:中村錦之助
景清娘糸滝:中村雀右衛門
花菱屋女房おくま:中村東蔵

時は鎌倉時代。源平合戦で勝利した源頼朝は、仏の教えを守ることが国家安寧の基礎と説き、平家によって焼き討ちされた東大寺大仏殿の再興を図る。ここでは頼朝の名将ぶりと慈悲深さが示される。
落慶供養の日を迎えた奈良の東大寺では、鎌倉から頼朝一行が訪れ、いよいよ大仏殿で読経が始まる。その時、悪七兵衛景清が現れ頼朝に挑もうとする。しかし景清は、平清盛の非道を説く頼朝の言葉に返答を詰まらせる。頼朝は景清に臣従するよう求めるが、景清は自らの目を剣で刺し盲目となる。
駿河国手越宿にある遊郭・花菱屋に、景清の14歳の娘・糸滝が遊女を斡旋する肝煎の左治太夫と共に現れる。糸滝は花菱屋の夫婦を前に、身を売らなければならない訳を切々と語る。父の窮状を救おうとする糸滝の健気さにうたれた花菱屋が、糸滝と左治太夫に餞別を渡し、二人は日向へ出立する。
日向国の浜辺では、亡君・平重盛の位牌を供養しながら貧しく暮らしている景清のもとへ糸滝が訪ねて来る。二人は再会を喜び合うが、糸滝が大百姓に嫁いだと聞いた景清は、激高して娘を追い返す。しかし、娘を乗せた船が沖に出ると名残惜しそうに見送り、娘の幸せを願う本心を明かす。さらに残された手紙から糸滝の身売りを知ると驚愕し、娘を犠牲にしたことに我が身を責める。
景清は娘を身売りから救うため源氏に帰順することを決意し、船中から海へ平重盛の位牌を投下し祈りを捧げる。

この芝居には、勇壮な立廻りが楽しめる二幕目、一転して庶民の人情を描く世話物風の三幕目、親子の情愛を綴る四幕目と、場面ごとに見どころがある。
最大の見所は、中村吉右衛門の熱演と奮闘ぶりだ。武士としての信念と娘への情愛の間に揺れる心を見事に描いて見せる。
対して、観客の入りが寂しいのが残念。
脇では以前から注目している中村米吉の可憐で一途な玉衣姫の演技が印象に残った。10年以上前に見たときは、未だセリフも少ない村娘の役だったが、段々良い女形になってきた。

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