演劇

2019/02/15

今月の文楽公演は落語でお馴染みの「お半長」(2019/2/14)

上方落語の『胴乱の幸助』を聴かれた方も多いでしょう。
胴乱の幸助と呼ばれる喧嘩の仲裁だけが唯一の趣味という男。今日もどこかで喧嘩がないかと探していると、義太夫の稽古屋の前を通りかかる。中では『桂川連理柵(通称がお半長)』の帯屋の段の稽古の真っ最中で、長右衛門の継母・おとせが、長右衛門の妻・お絹をいびる場面だ。これを親子喧嘩と勘違いした幸助は周囲の人に事情を訊くと、これは有名な浄瑠璃で・・・と筋書きを教える。浄瑠璃なんて見たこともない幸助は筋書きが事実と勝手に思い込み、京都から三十石の夜船に乗って帯屋の舞台となっている柳馬場押小路虎石町の西側にある帯屋宅を訪れる。たまたまその場所に帯屋の店があったので、店の番頭に幸助は、聞いてきた筋書きの通りに事の次第を問い質す。ようやく事情が呑み込めた番頭が、
「それ、もしかしたら、ハハハ……『お半長』と違いますか?」
「何がおかしいねん」
「笑わずにおれますかいな。お半長は、とうの昔に桂川で心中しましたわいな」
「えっ、死んでもた、てか! しもた……ゆうべのうちに来たらよかった」
でサゲ。
この当時は子どもでも知っていたという『お半長』、恥ずかしながら私も幸助と同様、知らなかった。
今月の国立の文楽公演でこの『お半長』が掛かるというので、これを見なけりゃ先祖の助六に顔向けできないと、早速出向いた次第。

『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』
石部宿屋の段
六角堂の段
帯屋の段
道行朧の桂川
日時:2019年2月14日(木)11時
会場:国立劇場 小劇場

実際にあった心中事件を題材にした浄瑠璃で、『朧の桂川』など先行のお半長右衛門情話を、菅専助が脚色したもの。安永5 (1776) 年に初演以来、浄瑠璃や歌舞伎で度々再演されてきた。
帯屋の主人・長右衛門は、隣家の信濃屋の娘お半と伊勢参りの旅宿で泊り合せたのを縁に契りを結ぶ。長右衛門の貞淑な女房お絹が2人の身を案じるものの,親子ほどに年の違う2人の仲に長右衛門の苦悩は深まるばかり。長右衛門の継母・おとせは息子の儀兵衛に店を継がせるべく、難癖をつけては長右衛門やお絹を責めたてる。ついには,長右衛門がさる武家屋敷から預っていた刀をお半に横恋慕していた丁稚にでっちにすりかえられたことや、お半の懐妊で進退きわまり,お絹に心を残しつつ,お半と桂川で心中する。

長右衛門38歳、お半14歳、おそらく数ある心中ものでも最大の年の差だろう。一夜の過ちとは言え、親子ほどの年下の生娘であり、女房のお絹の弟の許嫁でもあるお半と関係を持ち妊娠させてしまう。過去には芸子と心中のし損ないをしていて、お半が妊娠したと知ると女房の弟と縁組させようと図る。女房の真心に打たれて全てを告白するが、肝心のお半の妊娠や、大事な刀がすり換えられていたことは打ち明けられない。
全ては、長右衛門の優柔不断さが生んだ悲劇と言えよう。
そう冷静に分析してしまうと感情移入が出来ないので、ひとまずは物語の世界に浸かって観るしかない。
やはり圧巻は「帯屋の段」で、松竹新喜劇ばりの笑いあり、口説きありで、たっぷりと楽しませる。前半を呂勢太夫、後半を咲太夫がじっくり語る。人形では勘弥のお絹が凛とした品格を見せ、清十郎のお半が一途な心を表現させていた。

落語ファンにも必見の浄瑠璃だ。

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2019/02/08

面白うてやがて哀しき・・「Le Père 父」(2019/2/7)

「Le Père 父」
日時:2019年2月7日(木)19時
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
脚本:フロリアン・ゼレール
翻訳:齋藤敦子
演出:ラディスラス・ショラー
<   キャスト   >
橋爪功:アンドレ
若村麻由美:娘アンヌ
壮一帆:女
太田緑ロランス:ローラ
吉見一豊:男
今井朋彦:ピエール

この戯曲は、ある父を巡る悲しいコメディであり、誰にとっても身近な物語だ。
若い看護師が泣きながらアンヌに電話をしてきたため、父に何らかの異変を感じ、行くはずだった旅行を急きょ取りやめてやって来た。父は看護師を自分の腕時計を盗んだと悪党呼ばわりし、自分は1人でやっていけるから看護師の助けなど必要ないと言いはる。しかし、アンヌに指摘されると、その腕時計はいつもの秘密の場所に隠してあった。なぜアンヌは誰も知らないはずの自分の隠し場所を知っているのか、と父は訝る。そして今自分が居るのは、長年住んだ自分のアパートなのか? ここは何処なんだ? 部屋の出入りする男や女は何者なのか? いや、娘の顔さえ思い出せないこともある。何が真実で何が幻想なのか? 
自分自身の信じる記憶と現実との乖離に困惑する父と、父の変化に戸惑う娘。
最終的にアンヌはある決断をするが・・・。

テーマは、ずばり「認知症」だ。
私の母は91歳でが、最後の数年間は私の顔さえ覚えていなかった。
母の妹、つまり叔母は死の直前まで意識がしっかりしていたが、連れ合いの死、息子の経済的破綻により自宅を売られ施設に入所した現実を嘆き悲しんで亡くなっていった。
どちらが人間として幸せだろうか。叔母も認知症であれば、あれほどの悲惨な思いをせずに済んだかも知れないと。
そんな思いを巡らせながら、この芝居を観ていた。

そうした現実をユーモラスに描いているので、父アンドレ(実は自分の名前さえ忘れてしまっているのだが)のチグハグな言動は観ていてしばしば笑いを誘う。
面白うてやがて哀しき物語なのだ。
この戯曲は2012年の初演以来、欧米諸国や南米、アフリカ、アジアなど多くの国で上演が繰り返されてきた。
日本では今回が初演なのは不思議なくらいだ。

主役のアンドレを演じた橋爪功は正に「はまり役」。残酷な現実をこれほどユーモラスに演じることが出来る人はそうはいない。
娘のアンヌを演じた若村麻由美のひたすら純粋な姿は心が打たれる。いつも思うのだが、彼女は舞台映えする女優だ。
他の演技人もそれぞれ良かった。
アンドレも美女たちに囲まれ幸せそうだったのが救いか。

決して観て損のない芝居なのでお薦めできる。
公演は24日まで。

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2018/12/28

【演劇部門】2018年、この1作

『赤道の下のマクベス』
観劇日:2018年3月13日
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:鄭義信
演出:鄭義信
<  主なキャスト  >
池内博之:朴南星(清本南星)
浅野雅博:山形武雄
尾上寛之:李文平(清原文平)
丸山厚人:金春吉(金田春吉)
平田満:黒田直次郎
木津誠之:小西正蔵

【講評】
アジア・太平洋戦争について、私たちが知らないことが沢山ある。
例えば、戦争終結後に軍事裁判によって死刑判決を受けた人数だ。
A級戦犯    7名
BC級戦犯  934名
命令を下した者より、命令に従った者の処刑者の数の方が圧倒的に多いのだ。
さらに、BC級戦犯の死刑のうち11%は捕虜収容所の関係者で、捕虜に対する虐待や暴力が処刑の理由となっていて、捕虜収容所の監視員らがその対象とされていた。
戦犯で処刑されたのは日本人だけでなく、朝鮮人も含まれている。
この舞台は、1947年のシンガポール、チャンギ刑務所で、BC級戦犯として収容されていた日本人と元日本人だった朝鮮人の物語だ。
判決から処刑までおよそ3ヶ月という期限に日々怯えながら、過酷な環境の中で精神的にも肉体的にも追い詰められるていく。
朝鮮人死刑囚が日本人死刑囚に対して「あんたたちは、それでも名誉が残るからまだいい。俺たちは何も残らない」という言葉は重い。国に残された家族たちも、息子が日本軍の協力者だったということで迫害を受ける。彼らには全く救いがなかった。
明るく振舞っていた死刑囚の一人が、執行を前にして「生きたい、もっと生きていたい」と嘆く場面は胸を打つ。
舞台はいかにも鄭義信の作品らしく賑やかな場面もあるが、それが反面の熾烈さを印象づけていた。
出演者は全員が熱演で舞台を盛り上げていた。

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2018/12/15

「通し狂言 増補双級巴―石川五右衛門―」(2018/12/14)

「通し狂言 増補双級巴(ぞうほふたつどもえ)」 四幕九場
三世瀬川如皐=作
国立劇場文芸研究会=補綴

発端 芥川の場
序幕 壬生村次左衛門内の場
二幕目 第一場 大手並木松原の場
第二場 松並木行列の場
三幕目 第一場 志賀都足利別館奥御殿の場
第二場 同 奥庭の場
第三場 木屋町二階の場
大 詰 第一場 五右衛門隠家の場
第二場 藤の森明神捕物の場

<    主な配役    >
石川五右衛門:中村吉右衛門(播磨屋)
壬生村の次左衛門:中村歌六(播磨屋)
三好修理太夫長慶:中村又五郎(播磨屋)
此下藤吉郎久吉後ニ真柴筑前守久吉:尾上菊之助(音羽屋)
大名粂川但馬:中村松江(加賀屋)
大名田島主水/早野弥藤次:中村歌昇(播磨屋)
足柄金蔵/大名白須賀民部:中村種之助(播磨屋)
次左衛門娘小冬:中村米吉(播磨屋)
大名天野刑部/小鮒の源五郎:中村吉之丞(播磨屋)
大名星合兵部/三二五郎兵衛:嵐橘三郎(伊丹屋)
呉羽中納言氏定/大名六角右京:大谷桂三(十字屋)
足利義輝:中村錦之助(萬屋)
傾城芙蓉/五右衛門女房おたき:中村雀右衛門(京屋)
義輝御台綾の台:中村東蔵(加賀屋)

国立劇場12月歌舞伎公演は「通し狂言 増補双級巴」、芝居や映画、ドラマ、落語でもお馴染みの石川五右衛門の物語だ。
石川五右衛門は実在の人物だったようで、安土桃山時代の盗賊の首長。文禄3年(1594年)に捕えられて京都三条河原で煎り殺され、親族も全員が極刑に処されている。
但し、処刑の事実だけははっきりしているが、彼の所業や人物像は全く分かっていない。それだけに後世の作者は自由に描けるわけで、沢山の作品が生まれている。
本作も古典の狂言である「釜淵双級巴」と「木下蔭狭間合戦」をつなぎ合わせて創作を加えた書き換え狂言だ。
いずれの場も数十年ぶりの上演となるようだ。

配役に屋号を加えたが、吉右衛門を中心とした播磨屋の芝居だ。
序幕での五右衛門の出生の秘密が明かされる場面から始まり、大詰では五右衛門の家族をめぐる苦悩が描かれていて、全体に世話物の色を濃くしている。
「木屋町二階の場」は有名な「楼門五三桐」の中の「山門」のパロディになっていて、ここでも五右衛門と久吉(秀吉)とのヤリトリも世話物風にしている。
宙乗りでの「葛籠抜け」という珍しいアクロバティックな演出や、大詰での派手な立ち回りなど娯楽色の舞台は理屈抜きに楽しめる。
中村吉右衛門奮闘公演の名に相応しい舞台だ。

五右衛門の息子・五郎市(安藤然/醍醐陽のWキャスト)という子役が活躍するのだが、これが健気で可愛らしい。
五右衛門の妹役を演じた中村米吉、数年前から注目している若手の女形役者だが、可憐な娘役を演らせたら当代一ではなかろうか。姿が美しいし声が良く、上品な色気がある。次代を背負う女形になると期待している。

公演は26日まで。

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2018/12/09

「スカイライト」(2018/12/8)

「スカイライト」
日時:2018年12月8日(土)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:デイヴィッド・ヘア
翻訳:浦辺千鶴
演出:小川絵梨子
<  キャスト  >
蒼井優:キラ・ホリス
葉山奨之:エドワード・サージェント
浅野雅博:トム・サージェント

あらすじ。
トムは外食企業の経営者で、キラはかつてトムの会社の従業員。トム夫妻もトムの息子エドワードもキラを信頼していたが、キラとトム二人は長いあいだ不倫関係にあった。しかし、不倫がトムの妻に知られてしまい、キラは行方をくらます。キラに去られ、妻をガンで失ったトムは打ちひしがれ、エドワードとの関係も悪化してゆく。
今ではキラはロンドン中心部から離れた質素なアパートに住み、貧民街の子どもたちに勉強を教える教師となっていた。
そこへエドワードが突然キラのアパートを訪ねてきて、不安定なままの父親トムを助けてほしいと言い残し、彼は去る。
その夜、トムもまたキラの元を訪れる。三年前に不倫関係が明るみになった日以来、初めて再会した二人は、夜更けまでこれまでのことを語り合う。お互いへのいまだ消えぬ想いと、解けない不信感、共有する罪の意識の間で大きく揺れ動く二人。
よりを戻し二人で新たな生活を始めようと迫るトムに対し、貧しい子供たちへの教育に生きがいを見出したキラ。二人の会話は、やがてそれぞれの価値観の違いが鮮明になり・・・・・。

この物語の背景に、イギリスの階級社会の存在がある。
解説によればイギリスの階級は、上流、中の上、中の中、中の下、労働者層、貧困層に分かれているようで、お互いに生活環境が全く異なり、階級が違う同士はプライベートの付き合いが無いそうだ。
キラもトムも恐らくは中の中クラスに属すると思われるが、トムは自社の事業拡大が人生の目標であるのに対し、キラは貧困層の子供たちの成長を助けることが使命を燃やしている。これが二人を決定的に隔てている。
別離に至った経緯についても、二人の言い分は大きく食い違っている。
舞台はキラのアパートの部屋、登場人物は3人だけで、これといった出来事があるわけでもないのだが、お互いの火の出る様な会話のぶつかり合いは迫力がある。
タイトルの「スカイライト」とは「天窓」で、観客席の谷間で演じる俳優たちの演技を、観客はまるで天窓から覗くような気分で観られる仕掛けになっている。
出演者3人の熱演も見もの。

公演は24日まで。

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2018/12/05

テアトル・エコー「おかしな二人」(2018/12/4)

テアトル・エコー公演156 
ニール・サイモン追悼公演「おかしな二人」
日時:2018年12月4日(火)14時
会場:恵比寿エコー劇場
作:ニール・サイモン
訳・演出:酒井洋子
<  CAST  >
安原義人:オスカー
根本泰彦:フィリップス
落合弘治:スピード
上間幸徳:マレー
後藤敦:ロイ
松原政義:ヴィニー
RICO:グウェンドリン
薬師寺種子:セシリー

過去12回ニール・サイモン作品を上演してきたテアトル・エコーが、今年8月26日に亡くなったニール・サイモン追悼公演として今回「おかしな二人」を上演。

あらすじ。
スポーツ記者のオスカーは離婚して気ままな新生活を満喫中。ズボラで部屋は散らかり放題だが全く気にならず今夜も友人たちとのポーカーで盛り上がる。そこに仲間の一人、フィリックスが妻に別れを告げられ憔悴して転がりこんできた。だらしがなくて妻に去られたオスカーと几帳面すぎて妻に離婚を言い渡されたフィリックス。性格は反対でも同じ境遇のもの同士、オスカーはフィリックスを誘い一緒に暮らし始めたのだが、二人の新生活は波乱が絶えない。
ある日、オスカーが上階に住む後家と離婚したばかりの姉妹(ポッポちゃん)に目を付け、一夜を過ごそうと企てるが、フィリックスのためにオジャンになる。いよいよ我慢が出来なくなったオスカーはフィリックスを家から追い出すのだが・・・。

ジーン・サックス監督、ジャック・レモン, ウォルター・マッソー出演の映画は何度か観たが、舞台は初めてだった。
とにかく面白く、2時間半の上演中は笑い通しだった。ニール・サイモン作品の最高傑作というだけでなく、すべてのコメディの中でも最高の作品だと思う。
オスカーやブリッジ仲間は潔癖症のフィリックスを疎ましく思うのだが、いざ彼がいなくなると皆が真剣に心配する。この戯曲は男同士の友情の物語だ。
フィリックスがポッポちゃんたちに別れた妻や子供たちの思い出を語ると、ポッポちゃんたちも貰い泣きしてしまう。彼女たちも死別あるいは離別した亭主たちを思い出したのだ。
オスカーにしても、乱暴な口とは裏腹に別れた家族のことが忘れられない。
そうした人間の持つ温かさがこの芝居全体に通底しているから、観客は腹の底から笑えるのだ。

出演者も主役の安原義人を始め、この公演に対する意気込みを感じた。個々の演技はもちろんのこと、全員のチームワークでニール・サイモンの世界を創り出していた。

公演は12日まで。

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2018/11/27

「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部・千穐楽(2018/11/26)

「吉例顔見世大歌舞伎」昼の部

一、お江戸みやげ(おえどみやげ)
川口松太郎 作
大場正昭 演出
<  配役  >
お辻:時蔵
おゆう:又五郎
阪東栄紫:梅枝
お紺:尾上右近
鳶頭六三郎:吉之丞
市川紋吉:笑三郎
文字辰:東蔵

二、新歌舞伎十八番の内 素襖落(すおうおとし)
福地桜痴 作
<  配役  >
太郎冠者:松緑
太刀持鈍太郎:坂東亀蔵
次郎冠者:巳之助
三郎吾:種之助
姫御寮:笑也
大名某:團蔵

三、十六夜清心(いざよいせいしん)
河竹黙阿弥 作「花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)」
<  配役  >
清心:菊五郎
十六夜:時蔵
恋塚求女:梅枝
船頭三次:又五郎
俳諧師白蓮実は大寺正兵衛:吉右衛門

一、「お江戸みやげ」
常陸の国から江戸見物に来た二人のオバサン、湯島天神の小屋掛け芝居を観て、美男役者にウットリ。終演後に座敷に呼び、一人が気を利かして席を外していると、かの役者が現れ手を握ってくれたので、もう一人はすっかり舞い上がってしまう。そこへ役者の恋人が来ていちゃつきだすと、今度は恋人の母親が現れ、金を強請る。見かねたオバサンが、財布ごと全財産を渡し、二人が夫婦になるのを見届ける。
もう一人のオバサンが、なんで財布ごと渡したりしたのかと問うと、あたしが初めて惚れた男だったのと言いながら、役者から貰った小袖を胸に抱いて空を見上げる時蔵の表情がいい。この人は世話物で特に本領を発揮する。

二、「素襖落」
狂言を元にした松羽目物の舞踊劇で、ストーリーは他愛ないものだが、松緑が演じる太郎冠者が酔態を見せながらも、八島での扇の的の物語を一人で踊り分けて見せる所が圧巻。
当たり前だが歌舞伎役者の踊りは見事と言うしかない。さすがは藤間流勘右衛門派の家元、待ってました、紀尾井町!

三、十六夜清心
鎌倉極楽寺の僧である清心は、遊女の十六夜と深い仲であることが発覚し、女犯の罪で寺を追われる。十六夜が自分の子を宿しているのを知り、心中を決意して川に身を投げる。しかし、十六夜は舟遊びをしていた俳諧師白蓮(実は大盗賊)に救われ、その後白蓮に身請けされる。一方の清心も水練に堪能であったために死に損なう。岸に上がった清心は、癪を起こして苦しむ恋塚求女を助けた拍子にその懐にあった50両に触れる。金を奪おうともみ合ううちに、誤って求女を殺してしまう。清心は一度は自害しようとするが、やがて「一人殺すも、千人殺すも、取られる首はたったひとつ」と、これからは世の中を面白おかしく生きていこうと決意する。
折から、そこへ十六夜と白蓮が相合傘で通りかかるが、暗闇のため気付かず、清心はそのまま去ってゆく。終幕は「世話だんまり」となる。
菊五郎と吉右衛門が顔を揃える豪華版。
この芝居の見所は舞台もさることながら、名曲「梅柳中宵月(うめやなぎなかもよいづき)」を
始め、清元の聴きどころが満載だ。
清元栄寿太夫(役者の尾上右近)の床デビューが華を添える。

大歌舞伎の楽しさを堪能した。
入場料6000円(三等席だが、3階の最前列)は安い。

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2018/11/21

「誰もいない国」(2018/11/20)

「誰もいない国」
日時:2018年11月20日(火)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:寺十吾
<  キャスト  >
柄本明:ハースト(屋敷の主人、作家)
有薗芳記:フォスター(同居人)
平埜生成:ブリグス(同居人)
石倉三郎:スプーナー(客、詩人)

『野ざらし』の「さいさい節」じゃないけれど、
♪金がゴーンと唸りゃさ・・・
「欲深き人の心と降る雪は積もるにつれて道を忘れる」
片山さつきのチョロマカシなど小さく見えてしまうが、それはそれだ。

ノーベル文学賞受賞者のハロルド・ピンターの戯曲「誰もいない国」を観劇。
あらすじは。
2時間半の芝居は2幕に分かれる。舞台は老作家ハーストの自宅の居間。場所はロンドンのハムステッド・ヒースの近くらしい。ハーストとパブで意気投合した詩人を名乗る老人スプーナーの二人、二人はパブの続きみたいに酒を飲み続けお喋りをするが、会話は成り立っていない様子。
ハーストの身の回りを世話する2人の若い男が部屋に入ってくるが、2人はスプーナーをもてなしたかと思えば乱暴に扱ったりと、態度がころころ変わる。
4人の会話は一見取り止めのない様に見えるが、次第にハーストとスプーナーの二人の間の、女性関係をめぐる応酬の様相を呈してゆき・・・。

感想を一口にいえば、よく分からなかった。
物語に展開があるわけではないし、4人の状況も明確ではない。
「誰もいない国・・・動かない・・・変わらない・・・
老いることもない・・・いつまでも・・・
永遠に・・・冷たく・・・静か」
こんなセリフが唐突に飛び出してきて、それに反応するセリフはないのだ。
この芝居、恐らくはセリフそのものの楽しさと、役者の演技を楽しむ舞台なんだろう。
柄本明の演技を見るだけでも、確かに価値はある。

公演は25日まで。

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2018/11/08

『修道女たち』(2018/11/7)

KERA・MAP #008 『修道女たち』
日時:2018年11月7日(水)13時
会場:本多劇場
脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
<出演>
鈴木杏、緒川たまき、鈴木浩介、伊勢志摩、
伊藤梨沙子、松永玲子、みのすけ、犬山イヌコ、
高橋ひとみ

当初は妻と日光へ紅葉狩りに出かける予定だったが、妻の体調が悪くてとりやめ、ケラさんの芝居を観に本多劇場へ。
劇場近くに、喬太郎の『ハンバーグ・・・』のモデルとなったスーパー「オオゼキ下北沢店」がある。本人によると、この店を見てネタを思いついたそうだ。
この戯曲について、HPに以下の様なケラさんの序文が載っている。
【宗教とは無縁な私が聖職者の物語を描きたいと欲するのは何故なのだろう。理由はいくつでも挙げられる。
第一に、禁欲的であらねばならぬというのが魅力的。奔放不覊な人間を描くよりずっと面白い。「やっちゃいけないことばかり」というシチュエーションは、コントにもシットコムにももってこいだ。
第二に、宗教的モチーフが、シュールレアリズムやマジックリアリズム、或いは不条理劇と非常に相性がよい。不思議なことがいくら起こっても、「なるほど、神様関係のお話だからな」と思ってもらえる。
時間が無くて二つしか思い浮かばなかったが、かつて神父を登場人物にした舞台をいくつか描いてきた私が、満を持して修道女の世界に挑む。しかも複数だ。修道女の群像劇である。どんなテイストのどんなお話になるかは神のみぞ知る。ご期待ください。】

どんなお話かというと、キリスト教系と思われると宗教団体の教会に集う6人の修道女たち。この国の国王が彼女らの宗教を忌避していて、毒入りのワインによって47人の修道女のうち43人が殺害されてしまった。助かった4人に、新たに加わった母娘2人を加えた6人のメンバーが、年に一度の聖地巡礼に旅立つ。
聖地では、かつては修行の洞窟だったのを家屋に改造した家に修道女たちは逗留する。その家には祖母と孫娘が暮らしている。孫娘には親しい男性がいるが、彼は戦争で仲間が全滅する中で奇跡的に生還した。
修道女たちは近辺に托鉢に向かうが、村人たちは国王の意思に背けず戸を閉ざして相手にしてくれない。しかし村人たちが集まって話し合い、皆で修道女たちを歓迎しようと決める。
それに対して国王は、修道女たちを皆殺しにするか、さもなくば村を焼き払うと命令をくだす。村人たちの出した結論は修道女たちを助けるというもので、村を代表して保安官が彼女らに伝えに来る。併せて、修道女たちにパンとワインを差し入れるが・・・。
この後、物語は二転三転するが、それは見てのお楽しみ。
ヒントは、差し入れが「パンと葡萄酒」であること。
サイドストーリーをからめながら、この世に神は存在するのかという根源的な問いから、国家と宗教、国家と戦争といった問題を内包した芝居になっている。
なにせケラさんのこと、シチュエーションコメディタッチで随所に笑いをちりばめ、楽しい舞台に仕上げていた。
出演者たちもみな楽しそうに演じていたが、エキセントリックな役を演じた鈴木杏の熱演が印象に残った。

公演は、15日まで。

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2018/11/04

60年ぶりの『セールスマンの死』(2018/11/3)

『セールスマンの死』
日時:2018年11月03日(土)17時
会場:KAAT神奈川芸術劇場ホール

【作】アーサー・ミラー
【翻訳】徐賀世子
【演出】長塚圭史
<   キャスト   >
風間杜夫:ウィリー・ローマン
片平なぎさ:妻リンダ・ローマン 
山内圭哉:長男ビフ 
菅原永二:次男ハッピー
伊達暁:ウィリーの上司
村田雄浩:ウィリーの兄ベン
大谷亮介:ウィリーの友人チャーリー
加藤啓:チャーリーの長男でビフの友人バーナード 
ちすん 加治将樹 菊池明明 川添野愛 青谷優衣

初日のプレビュー公演を観劇。
【あらすじ】(ネタバレあり)
舞台は1950年代前後のアメリカの東海岸。主人公ウィリー・ローマンの死に至る最後の2日間を描いたもの。
ウィリー・ローマンは63歳になるセールスマンだったが、今では過去の幻影と自分を人並以上の人間だとする妄想の中だけに生きていた。家では献身的な妻と二人の息子との4人暮らし。長男のビフは定職につかぬ放浪者で、父に対して心に深いわだかまりを持っていた。次男のハッピーは女にしか関心のない。長い旅から帰ってきたビフはハッピーと共同で運動具店を始めようと計画し、元の雇主に金を借りに行くことになった。ウィリーは会社へ内勤を頼みに出かけたが、上司から却って解雇を申し渡されてしまう。旧友のチャーリーから自己に対する過信を戒められたウィリーは、その夜失意を押し隠して息子たちの待つレストランへ出かけた。そこで彼が聞いたのは、借金を頼みに行ったビフが、そっけない扱いをされた腹いせに、万年筆を盗んで逃げてきたという。絶望に打ちのめされたウィリーが、過去の回想に浸っていると、息子たちは外へ出てしまっていた。深夜、別々に家に帰り着いた父子は、母を間にはさんで烈しい喧嘩を起こした。しかし、この時ウィリーは長男よりもむしろ、自分の方が彼に対して深い溝を作っていたことに気付く。ウィリーは、深夜の街に車を駆った。葬式の日、ウィリーの墓に集まったのは、妻と2人の息子と、隣人のチャーリー父子だけであった。ウィリーが残した保険金で家のローンが完済した事を告げた妻は、夫の死のはかなさに泣いた。

この芝居を兄に連れられて神田共立講堂で観たのは15歳の頃だったと記憶している。だから約60年ぶりの観劇となる。
民芸の公演で、ウィリーを滝沢修、妻の役は小夜福子だった。大まかなストーリーは分かったし、感動したという記憶だけは残っている。
さすがに細かな所は憶えていなかったが、それでもいくつかの場面は思い出すことができた。それだけ印象深かったということだ。
上演時間は休憩を除いておよそ3時間だが、出来事は2日間だけだ。それをフラッシュバックという手法で、複雑な物語を観客に分からせる。
とり上げているテーマは、競争社会、親子の断絶、家庭崩壊、若者の挫折感など、いずれも普遍的な問題なので、現代の日本にも通じるものだ。
父と息子というお互い永遠に分かり合えない関係や、同じ息子でも長男と次男とでは父親の期待が異なるといった点は、身につまされる。
作者が主人公をセールスマンにしたのも、資本主義社会の最先端をゆく職業だからだと思われる。
自殺した保険金でローンを完済したウィリーの姿は、この社会の未来を暗示させているかのごとくだ。

芸達者揃いの出演者はみな好演で、緊張感のある舞台は演出家の手腕による所が大きい。
60年前の感動が再び蘇ってきた、そんな舞台だった。

本公演は18日まで。

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