演劇

2020/01/12

能『八島』ほか(2020/1/11)

・解説・能楽あんない 「八島のいくさを語り継ぐ」
佐伯真一(青山学院大学教授)

・狂言/和泉流『酢薑 (すはじかみ)』 
シテ/髙澤祐介
アド/前田晃一

・能/宝生流『八島 (やしま)』
前シテ・漁翁 後シテ・源義経/今井泰行
ツレ・男/亀井雄二
ワキ・旅僧/村山弘
アイ・浦人/三宅近成
笛/槻宅聡
小鼓/住駒匡彦
大鼓/大倉正之助

「平家物語」ほど古典芸能の世界で採り上げられたテーマは他にないだろう。過去の2か月を振り返っても人形浄瑠璃『一谷嫩軍記』や京舞『梓』は平家物語を題材にしたものだ。
今回は能『八島』、正確には屋島だが、古典芸能の世界では八島とされるケースが多いらしい。
今回の公演では冒頭に佐伯真一氏の解説があり、これがとても分かり易かった。
平家物語では源平の主な合戦は、一の谷、屋島、壇之浦っとなっているが、この中で源氏が決定的な勝利のきっかけとなったのが屋島の戦だった。
一の谷で追われた平家が屋島に陣を構え反撃の機会をうかがっていたが、守りは北側の瀬戸内海向けに固めていた。処が義経は南側の阿波から上陸し、浅瀬を渡って屋島の南側から騎馬で攻撃してきた。
軍勢にでは圧倒的に勝る平家だったが、安徳天皇やその側近(女性が多かった)の身を守るのが第一と船で海に逃げてしまう。屋島に上がった義経の軍は天皇の御所を焼き払ってしまったたため、平家は屋島に戻れず海上を漂う結果となってしまった。この形勢にみた豪族たちは一斉に平家を離れ源氏についてしまう。
従って屋島の戦では大きな戦闘はなく、平家の有力な公達からの死者はいなかった。源氏方の主な死者は佐藤継信のみ。
こうした大きな戦が無かったためか、いわばサイドストーリー的なエピソードに溢れる結果になった。
馬上の義経が誤って弓を落とし、それを拾おうとして部下に諫められる「弓流し」。これも義経が小柄だったため弓も短かった。もし平家側に弓を拾われれば義経が小柄だったことが分かり、それは武士のプライドに係るから弓に拘った。
平家の武将・悪七兵衛景清と源氏の武将三保谷四郎との「錣引(しころびき)」や、この舞台では披露されなかったが那須与一の「扇の的」もこの屋島の戦の物語だ。

能『八島』は、現世の戦いを描いた「修羅能」の傑作とされ、義経の亡霊が八島の合戦の模様を語り舞う所が最大の見所だった。シテと笛、鼓とが競い合うように激しくぶつかり合う舞は迫力十分。
それも単なる勝者としてではなく、前半の終わりの「春の夜の 潮の満つる暁ならば  修羅の時になるべし」や、終曲の「春の夜の波より明けて 敵と見えしは群れ居る鴎 鬨の声と聞こえしは 浦風なりけり高松の 浦風なりけり高松の 朝嵐とぞなりにける」は胸に迫る。

狂言『酢薑』は、酢売りと薑(生姜)売りが品名を詠み込んでの秀句(しゃれ)合戦を繰り広げるというものだったが、あまり面白いとは思わなかった。

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2019/12/11

「青鞜」を描いた『私たちは何も知らない』(2019/12/10)

二兎社公演43『私たちは何も知らない』
日時:2019年12月10日(火)13時30分
上演時間:2時間40分(休憩含む)
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
脚本:永井愛
演出:永井愛
<  キャストと人物紹介  >
朝倉あき:平塚らいてう(本名は明)/「青鞜」編集と執筆の中心人物。女性を抑圧する家制度に反対し、夫婦別姓、シングルマザーを貫いた。後に、婦人参政権運動を展開。
藤野涼子:伊藤野枝/親の決めた結婚相手に拒み「青鞜」に参加。平塚から「青鞜」を譲り受けるが後に廃刊。高女時代の恩師・辻潤と結婚し二人の子をもうけるが、大杉栄の元へ奔る。関東大震災の際に大杉らと共に憲兵にに斬殺される。
大西礼芳:岩野清/妻子ある男に失恋し投身自殺を図るも漁師に救われ、「青鞜」に参加。作家の岩野泡鳴と結婚し出産するが、夫の不倫で別居。日本初の離婚訴訟で勝訴するも、養育費は得られず困窮する。
夏子:尾竹紅吉/日本画を修行していて、平塚に惹かれ「青鞜」に参加。平塚との間に恋愛感情を持つが、その奔放な言動が世間のスキャンダルとなり「青鞜」を退社。陶芸家の宮本憲吉と結婚し、その後は子育てをしながら婦人運動に加わり反戦を貫く。
富山えり子:保持研(やすもちよし)/平塚と共に「青鞜」を創刊、編集など実務で支える。丸善社員の小野東と結婚し「青鞜」を退社。小野と愛人との間に生まれた子を養育した。
枝元萌:山田わか/単身アメリカに出稼ぎに行くが、騙されて娼婦になる。サンフランシスコで語学塾を開いていた山田嘉喜と知り合い結婚、夫の元で語学や哲学を学ぶ。帰国後、嘉喜の弟子だった大杉栄の紹介で「青鞜」に参加、翻訳や評論を手掛ける。「母性保護法」の成立に取り組んだ。
須藤蓮:奥村博/画家。平塚とは当時として珍しい事実婚の夫婦となる。

平塚らいてうを中心とする「新しい女たち」の手で編集・執筆され、女性の覚醒を目指した『青鞜』は世間から大きな反響をよぶ。支持する意見がある一方、当時は親の許しがなければ結婚できない時代で、「姦通罪」や「堕胎罪」など制度的にも女性が一方的に不利な時代だった。彼女たちが家父長制的な家制度に反抗し、男性と対等の権利を主張するようになると、逆風やバッシングが激しくなり、やがて編集部内部でも様々な軋轢が起こる。
本作品は、「青鞜」に集まった女性たちの像を、平塚らいてうを中心に描いたものだ。

伊藤野枝「処女ってそんなに貴いのだろうか。男子の不貞はとがめられないのに女子だけ責めるのは女の人格を無視している」
平塚らいてう「貧困や親になる資格がないということだけが避妊や堕胎の理由だろうか。勉強したり考えたり、自分の内面を高めるゆえの避妊や堕胎が罪になるとは思えない」
山川菊栄「私娼は自己責任ではなく、原因は社会にある。売笑婦を処罰するなら、共犯者である男子も同等に処すべき。」
これらの意見は今の時代では極めて妥当に見えるが、それでも女性がこうした発言を行うとネットの世界では叩かれる。当時は実名で批判していたが、今は匿名でバッシングするのだから余計に始末が悪い。
「青鞜」や平塚らいてうの戦いは今も続いている。

公演は12月22日まで。

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2019/12/08

文楽公演『一谷嫩軍記』(2019/12/6)

『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』
「陣門の段」
豊竹咲寿太夫
竹本小住太夫
豊竹亘太夫
竹本碩太夫
竹澤宗助
「須磨浦の段」
豊竹希太夫
野澤勝平
「組討の段」
豊竹睦太夫
鶴澤清友
「熊谷桜の段」
豊竹芳穂太夫
鶴澤藤蔵
「熊谷陣屋の段」
竹本織大夫
豊竹靖太夫
鶴澤燕三
野澤錦糸

「主な人形役割」
熊谷次郎直実:吉田玉志
無冠太夫敦盛:吉田一輔
平山武者所:吉田玉翔
玉織姫:吉田蓑紫郎
相模:吉田蓑二郎
藤の局:吉田勘彌
石屋弥陀六:吉田文司
源義経:吉田玉佳

源氏と平家が激突した「一の谷の合戦」で、平家の公達・平敦盛は十六歳で討死したが、討ち取ったのは源氏方の武将・熊谷次郎直実であった。「平家物語」に出てくるこの物語は数々の芸能に採り上げられきた。本作品もその一つで、この合戦にまつわる伝説や様々なエピソードを加え創作したもの。
全部で5段の構成になっているが、全ては最後の「熊谷陣屋の段」に物語は収斂されている。
源平の合戦で平家には安徳天皇という錦の御旗があったが、源氏にはそれがなかった。
かつて都で御所づとめの侍と腰元だった直実と相模は、私的な恋を咎められ罰せられるところを、藤の局の情けで都を逃れていた。二人にとっては藤の局は命の恩人ともいえる。その藤の局は平経盛に嫁ぎ、一子・敦盛をもうけたが、実は敦盛は後白河法皇のご落胤であった。そうした経緯を知った義経は、敦盛を安徳亡き後の皇位継承者としたいと考え、熊谷直実に敦盛を救出するよう命じる。しかし戦場の味方の前で敵将を助けることなど不可能だ。そこで直実の一子・小次郎がたまたま敦盛と同じ年齢でよく似ていたことから、初陣で負傷した小次郎の首を落とし、それを敦盛の首として差し出すというストーリー。

山場の熊谷直実の陣屋に、直実の妻・相模が息子・小次郎の無事を心配してやって来るが、そこに藤の局も訪れ相模に「我が子の敦盛を討ったのは、おまえの夫・直実である。その仇を討たせよ」と迫り、相模は困惑する。
やがて直実が館に戻るが、陣屋の前には桜の木があり、そこには立て札で「一枝を切らば一指を切るべし」と書いてあった。その制札を直実は深い想いで見つめる。
陣屋に戻った直実が妻の相模に戦で敦盛を討った手柄話をすると、奥から藤の方が「我が子の敵!」と直実に斬りかかる。直実は敦盛の最期を語り、戦場では致し方がなかったことと、藤の方に言い聞かせる。
直実が討ち取った敦盛の首を携えて義経の元へ向かおうとすると、その義経が陣屋に現れ、敦盛の首実検を行なう。すると首桶の中に敦盛の首はなく、そこにあったのは直実と相模の子・小次郎の首だった。
制札の文言にあった「一指を切るべし」とは「一子を斬れ」という意味で、義経が直実に下した「身替り差し出せ」という命令を意味していたのだ。
この有様を見た藤の局は安堵し、相模は我が子を失った悲しみにくれる。
主の命令とはいえ、我が子を手に掛けた直実は世の無常を感じ、出家して僧の姿となり、相模と共に戦場を去る。

総大将の命令とはいえ我が子を手に掛けた直実の苦しみ、それを命じておきながら直実の心中を慮る義経。首実検で死んだのは敦盛ではなく小次郎と分かった時の、藤の局と相模の天国と地獄の逆転。武将には勝ち負けはあるが、妻たちには夫や息子を失う悲しみしかない。いつの時代でも変わらぬ戦争の惨禍を形で示していることが、この芝居が長く愛されている理由だろう。
「熊谷陣屋の段」での、太夫と三味線、そして人形が一体となった舞台は感動的だった。

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2019/12/01

舞踊公演「京舞」(2019/11/30)

Miyako

「京舞」
日時:2019年11月30日(土)11時
会場:国立大劇場
だいぶ以前のことだが、一度京都祇園の「都をどり」を観にいって、その煌びやかさに感心した。
今回、国立劇場で21年ぶりに井上流による「京舞」が上演されると言うので出向いた。
国立のHPによれば、18世紀末頃、初世井上八千代に始まる井上流は座敷舞ならではの高雅で匂い立つような風情と、能や人形浄瑠璃の影響を受けたダイナミックな表現力を併せ持つ。
また、祇園という土地に深く根を下ろしながら磨き上げられてきた豊饒な魅力を通じて、京都の伝統文化の一翼を担っているという。
今回の公演は、五世家元・井上八千代を中心に総勢約60人の祇園の芸妓、舞妓が出演している。

上方唄「京の四季」
上方落語にも登場する京都を代表する唄で、祇園周辺の四季の風情を唄ったもの。今回は大勢の舞妓(全員衣装の色が異なる)によって舞われた。オープニングにふさわしい華やかな舞。
なお、歌詞の中に「そして櫓の差し向かい」とあるが、かつては四条通りを挟んで北座と南座の櫓が差し向かいに立っていた。これを炬燵を挟んで男女が差し向かいの姿と重ねていると。これは桂米朝による解説。

地唄「水鏡」
井上小りん
井上豆涼
一転して芸妓の正装による舞。琵琶湖の水面を鏡に見立て、近江八景を詠み込みながら水鏡のように揺れ動く女性の恋心を詠ったもの。「艶物」ではあるが、琵琶湖の広々とした情景が思い浮かぶように舞うとのこと。
しっとりとした舞。

義太夫「弓流し物語」
井上小萬
屋島の合戦っで、義経が弓を海中に流したとされる逸話に基づく有様を描いている。男踊りで、衣装も義経を思わせる着付け。ダイナミックな動きは歌舞伎の踊りを思わせる。勇壮な中に戦った武者たちへの悲しみも表現されていた。

地唄「正月(まさづき)」
元旦から注連飾りを解くまでの祇園の風景の中に恋人を待つ女心を描いたもの。新年の浮き立つような華やかな舞。

一中節「千歳の春」
井上和枝
春を迎えて終わりなき代を寿ぐ舞だが、四世井上八千代が古希の祝いに踊ったことからしっとりを落ち着いた舞。

義太夫・上方唄「三つ面椀久」
椀久:井上八千代
面売:井上安寿子
江戸時代に実在した大阪の商人・椀久が遊女恋しさのあまり発狂し、大阪の街を狂い歩いたという姿を描いた「椀久物」の一つ。
椀久が、大尽・太夫・太鼓持ちという三つの面を被り替わしながら、それぞれの所作を舞う分けるというコミカルな舞。踊りには詳しくないが、切れがあるのに柔らかいというか、とにかく素晴らしい舞だった。
これが観られただけでも来て良かった。

上方唄「十二月」
「十二月」といっても、落語の「いちがちーは、まちゅかじゃり」じゃありませんよ。
1月から12月までの紋日を詠ったもので、黒紋付の晴れ着の芸妓衆が稲穂の簪を刺して踊る目出度い舞。
これまたフィナーレにふさわしい華やかな中にも落ち着いた姿を見せていた。

いやー、良かった良かった。
華やかにみえる祇園の芸妓、舞妓の世界も、その裏ではこれだけの厳しい修行をしているんだと実感させられた。

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2019/11/29

「羽衣」をテーマとした能と組踊(2019/11/28)

組踊『銘苅子(めかるしー)』 
天女:宮城能鳳
銘苅子:嘉手刈林一
おめなり:末吉元気
おめけり:當間剛琉

能・観世流『羽衣(はごろも)和合之舞(わごうのまい)』 
シテ/天人:坂井音重
ワキ/漁師白龍:森常好

11月の国立能楽堂の企画公演は、「羽衣伝説」をテーマにした「能」と沖縄の「組踊」で、特に「組踊」は初見だったので興味を持った。

組踊『銘苅子』
【あらすじ】
農夫・銘苅子に羽衣を隠された天女は銘苅子の妻となり二人の子どもをもうける。やがて羽衣を見つけた天女は子ども達を寝かしつけて天界へと帰っていく。残された子どもたちは来る日も来る日も母を捜し悲しみにくれる。伝え聞いた国王が姉を首里城中で養育、幼い弟は成人後に廷臣に取り立て、銘苅子には位階を与える。
【感想】
「組踊」という名称からいわゆる舞踏を想像していたが、能に似て動作は静かだ。囃子が三線、笙、笛、胡弓、太鼓という構成。
ストーリーは羽衣伝説というよりは、かつての国王(15-16世紀にかけて在位した尚真王)の善政を賛美する内容になっているようだ。
見所は、天女の佇まいや髪を洗う時の動きの美しさ、二人の子どもと別れる場面の静けさといった所。
ただ、詞章が沖縄の言葉なので全く分からない。訳も出ているが、それを追っていたら舞台が見えない。「組踊」の上演の難しさを感じた。

能『羽衣』
【あらすじ】
漁師・白龍が三保の松原で見つけた羽衣は天女のもの。舞を見せれば羽衣を返すと言う白龍の言葉に、天女は月への祈りを捧げつつ舞い、昇天する。
【見所】
天女から羽衣を返してくれれば舞を舞うと言われた白龍が、羽衣を返してしまうとそのまま天に帰ってしまうのではと怪しむと、天女は「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」と言って、純粋無垢な天人の魂を示す。終始変わらぬ気高さを示すシテの姿が見所。
それと囃子方の音が素晴らしかった。
解説によればこの物語は、天女が礼拝する月天子はインドの月神チャンドラーが仏法守護の十二天の一つに変じたもので、その本地が勢至菩薩。月世界に宮殿があるというのは道教の発想であり、この『羽衣』は神道、仏教、道教が融合した世界観に基づいているとのこと。またワキの白龍は中国式の名乗りにもなっているそう。ウーン、グローバルで、深いね。
久々の能、結構でした。今回は寝落ちしなかったぜ。

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2019/11/20

『通し狂言 孤高勇士嬢景清』(2019/11/19)

『景清』という落語があるのはご存知の方が多いと思う。盲人の定次郎が赤坂の日朝さまに願掛けして目があくというストーリーだが、このタイトルがなぜ景清なのか、以前から不思議に思っていた。
昔から平家の勇将である悪七兵衛景清が活躍するという「景清物」と呼ばれる芝居があり、平家再興のために頼朝の命を狙うが、後に断念して自ら目を突いて盲目になるという一連の物語を指す。だから当時の人は景清といえば盲人だと分かったのだろう。
今回、国立劇場で上演された芝居もその「景清物」の一つだ。なお、景清の名は平家物語にも出ているので実在の人物と思われる。

通し狂言『孤高勇士嬢景清(ここうのゆうしむすめかげきよ)』 四幕五場
西沢一風・田中千柳=作『大仏殿万代石楚』
若竹笛躬・黒蔵主・中邑阿契=作『嬢景清八嶋日記』 より
序幕  鎌倉大倉御所の場
二幕目 南都東大寺大仏供養の場
三幕目 手越宿花菱屋の場
四幕目 日向嶋浜辺の場、日向灘海上の場
<   主な配役   >
悪七兵衛景清:中村吉右衛門
源頼朝/花菱屋長:中村歌六
肝煎左治太夫:中村又五郎
仁田四郎忠常:中村松江
三保谷四郎国時:中村歌昇
里人実ハ天野四郎:中村種之助
玉衣姫:中村米吉
里人実ハ土屋郡内:中村鷹之資
和田左衛門義盛:中村吉之丞
俊乗坊重源/花菱屋遣手おたつ:嵐橘三郎
梶原平三景時:大谷桂三
秩父庄司重忠:中村錦之助
景清娘糸滝:中村雀右衛門
花菱屋女房おくま:中村東蔵

時は鎌倉時代。源平合戦で勝利した源頼朝は、仏の教えを守ることが国家安寧の基礎と説き、平家によって焼き討ちされた東大寺大仏殿の再興を図る。ここでは頼朝の名将ぶりと慈悲深さが示される。
落慶供養の日を迎えた奈良の東大寺では、鎌倉から頼朝一行が訪れ、いよいよ大仏殿で読経が始まる。その時、悪七兵衛景清が現れ頼朝に挑もうとする。しかし景清は、平清盛の非道を説く頼朝の言葉に返答を詰まらせる。頼朝は景清に臣従するよう求めるが、景清は自らの目を剣で刺し盲目となる。
駿河国手越宿にある遊郭・花菱屋に、景清の14歳の娘・糸滝が遊女を斡旋する肝煎の左治太夫と共に現れる。糸滝は花菱屋の夫婦を前に、身を売らなければならない訳を切々と語る。父の窮状を救おうとする糸滝の健気さにうたれた花菱屋が、糸滝と左治太夫に餞別を渡し、二人は日向へ出立する。
日向国の浜辺では、亡君・平重盛の位牌を供養しながら貧しく暮らしている景清のもとへ糸滝が訪ねて来る。二人は再会を喜び合うが、糸滝が大百姓に嫁いだと聞いた景清は、激高して娘を追い返す。しかし、娘を乗せた船が沖に出ると名残惜しそうに見送り、娘の幸せを願う本心を明かす。さらに残された手紙から糸滝の身売りを知ると驚愕し、娘を犠牲にしたことに我が身を責める。
景清は娘を身売りから救うため源氏に帰順することを決意し、船中から海へ平重盛の位牌を投下し祈りを捧げる。

この芝居には、勇壮な立廻りが楽しめる二幕目、一転して庶民の人情を描く世話物風の三幕目、親子の情愛を綴る四幕目と、場面ごとに見どころがある。
最大の見所は、中村吉右衛門の熱演と奮闘ぶりだ。武士としての信念と娘への情愛の間に揺れる心を見事に描いて見せる。
対して、観客の入りが寂しいのが残念。
脇では以前から注目している中村米吉の可憐で一途な玉衣姫の演技が印象に残った。10年以上前に見たときは、未だセリフも少ない村娘の役だったが、段々良い女形になってきた。

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2019/11/16

「あの出来事」(2019/11/15)

シリーズ”ことぜん”Vol.2「あの出来事」
日時:2019年11月15日(金)14時(上演時間:1時間40分)
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:デイヴィッド・グレッグ
翻訳:谷岡健彦
演出:瀬戸山美咲
<  キャスト  >
南果歩:クレア(合唱団の指揮者)
小久保寿人:少年、他
《合唱団》
秋園美緒、あくはらりょうこ、石川佳代、カーレット・ルイス、笠原公一、かとうしんご、鹿沼玲奈、上村正子、木越凌、岸本裕子、小口舞馨、小島義貴、櫻井太郎、桜庭由希、Sunny、白神晴代、菅原さおり、杉山奈穂子、鈴木里衣菜、武田知久、谷川美枝、富塚研二、中村湊人、松浦佳子、南舘優雄斗、柳内佑介、山口ルツコ、山本雅也、吉岡あきこ、吉野良祐

「あの出来事」とは、2011年7月22日にノルウエーで起きた、死者77人、負傷者200人以上を出した爆弾・銃乱射事件だ。犯人は極右思想を持ったキリスト教原理主義者で、反移民、反イスラム主義を掲げていた。
本作品は、上記の事件を題材にして書かれた戯曲である。
【あらすじ】
合唱団の指導者を務めるクレア。彼女の合唱団には、移民や難民など、さまざまな立場の人たちがいた。ある日、練習中に突如入ってきた少年が銃を乱射し、多くの人が亡くなる。団員が殺されるのを目の当たりにしたクレアは、それ以来、魂が分離したような気分になってしまう。
クレアは、犯人の少年がなぜこの様な犯罪を起こしたのかその原因を探るため、少年の親や知り合いを訪ねる。
クレア自身も事件の影響で不眠症に悩み情緒不安定になり、パートナーや友人との間に齟齬や対立が生じる。
やがて、クレアは犯人の少年を毒殺しようとするが・・・・。

イギリス人の作者は、ノルウエーの事件の第一報を聞いたとき、一緒にいた幼い息子から「どうして、こんな事がおこったの?」と訊かれ、それが本作品を書くきっかけになったようだ。
今、何か自分と異なるものを極端に排除するような傾向が強まり、それが大量殺人のような事件を引き起こす原因となっている。
また、こうした事件は加害者のみならず、被害者やその周辺の人々の精神や生活にも多大な影響を及ぼす。
この演劇が上演される意義はここにあると思う。
役者が二人だけで、30人の合唱団が芝居に参加するという特異な舞台は、かなり実験的だ。
公演は26日まで。

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2019/10/18

落語でおなじみ『天竺徳兵衛韓噺』(2019/10/17)

10月の国立劇場の歌舞伎公演は、落語『蛙茶番』でおなじみの『天竺徳兵衛韓噺』。
落語では、素人芝居の舞台番(一段高い所に座り客席で騒ぎが起きた時に鎮める役)を頼まれた半公、意気込みは良かったが慌てて褌を着けるのを忘れてしまった。粋がって着物の裾をくるっとまくって胡坐をかき、大はしゃぎ。半公の異様な姿に気付いた客が「ようよう、半公、日本一! 大道具!」と大向う(掛け声)をかけたので、調子に乗った半公は客席の方に乗り出していく。
芝居は『天竺徳兵衛韓噺』の真っ最中、大盗賊の徳兵衛が忍術の極意を伝授されるという見せ場。ここでガマの登場になるはずが、ガマ役の定吉が舞台に上がろうとしない。
番頭が「おいおい、定吉! 早く出なきゃだめだよ」
定吉は「いいえ、ガマは出られません」
「なんでだ?」
「あすこで、青大将が狙ってます」 でサゲ。
さて、芝居の方は。

四世鶴屋南北=作
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』三幕六場
・序幕 北野天満宮鳥居前の場
同 別当所広間の場
・二幕目 吉岡宗観邸の場
同 裏手水門の場
・大詰 梅津掃部館の場
同 奥座敷庭先の場
<    主な配役    >    
天竺徳兵衛/座頭徳市/斯波左衛門:中村芝翫
梅津掃部:中村又五郎
梅津奥方葛城:市川高麗蔵
山名時五郎/奴鹿蔵:中村歌昇
下部磯平:大谷廣太郎
銀杏の前:中村米吉
佐々木桂之介:中村橋之助
侍女袖垣:中村梅花
石割源吾/笹野才造:中村松江
吉岡宗観/細川政元:坂東彌十郎
宗観妻夕浪:中村東蔵

主人公の天竺徳兵衛は実在した人物で、江戸初期の商人で寛永年間に御朱印船に乗船し、シャム(タイ)と天竺(インド)に渡った人物。
芝居では、異国を漂流して歩いた難破船の船頭である天竺徳兵衛が吉岡宗観の息子であるという設定になっている。その吉岡宗観が実は日本に侵略された恨みを晴らすために密かに来日し、足利幕府転覆を狙う朝鮮国の臣下・木曽官だと天竺徳兵衛に語る。
だが父の吉岡宗観は、宝剣「浪切丸」を紛失した疑いで謀反の罪をきせられ切腹する。天竺徳兵衛は父の遺志を継ぎ、父から授けられた蝦蟇の妖術を使い足利幕府の転覆を狙うという壮大なストーリーとなっている。
そうした物語より、徳兵衛が大蝦蟇に乗って大屋根の上に現れ、屋敷を押しつぶす「屋台崩し」や、座頭の徳市から上使斯波左衛門義照(両者とも徳兵衛の変装)に水中での早替わりといった、ケレンが見せ場の芝居。
舞台は中村芝翫が出てないとダレ気味になり、あまりいい出来とはいえない。
劇中で蛇が悪役として使われるので、落語の『蛙茶番』のサゲは良く考えられている。
余談になるが、現在の歌舞伎界では立女形の人材が不足気味だ。10年ほど前から中村米吉(今回は銀杏の前)という若手の女形に注目している。姿と声が良いので、これからが楽しみだ。

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2019/10/10

『どん底』(2019/10/9)

シリーズ「ことぜん」Vol.1『どん底』
日時:2019年10月9日(水)13時
上演時間:3時間(休憩含む)
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:マクシム・ゴーリキー
翻訳:安達紀子
演出:五戸真理枝
<   キャスト   >
山野史人/ミハイル・イワーノヴィッチ・コストゥイリョフ(木賃宿の亭主)
高橋紀恵/ワシリーサ・カールポヴナ(その女房)
瀧内公美/ナターシャ(ワシリーサの妹)
原金太郎/メドヴェージェフ(ワシリーサとナターシャの叔父、巡査)
立川三貴/ルカ(巡礼者)
廣田高志/サーチン
釆澤靖起/ワーシカ・ペーペル(泥棒)
伊原農/アンドレイ・ミートリイチ・クレーシチ(錠前屋)
鈴木亜希子/アンナ(その妻)
クリスタル真希/ナースチャ(売春婦)
泉関奈津子/クワシニャー(肉饅頭売りの女)
小豆畑雅一/ブブノーフ(帽子屋)
堀文明/俳優
谷山知宏/男爵
永田涼/アリョーシカ(靴屋)
長本批呂士/クリヴォイ・ゾーブ(荷かつぎ人足)
福本鴻介/ダッタン人

20世紀初頭のロシア。社会の底辺に暮らす人々が集うサンクトペテルブルクの木賃宿。ペテン師、泥棒、病人、娼婦、彼らは希望の持てないままカードと酒に浸る。
そこへ巡礼のルカが現れ、宿の住人たちに説教を垂れる。虚実判然としないその説教に耳を傾ける者もいれば、冷笑する者もいる。
やがて宿の主人とその妻、妻の妹、妻の情夫で妹との結婚を夢見る泥棒との間で騒動が持ち上がり、泥棒が宿の亭主を殺害する事件が起きる。妻と泥棒は捕まり裁判にかけられ、怪我をした妹は病院に送られるが逃亡する。
誰一人幸福になることがなく、どん底にいる市民たちは、歌と酒だけを娯楽に日々の生活を送っていく。

夜でも昼でも 牢屋は暗い
いつでもオニめが あああ
えいやれ 窓からのぞく

のぞことままよ 塀は越されぬ
自由にこがれても あああ
えいやれ 鎖は切れぬ

ああ この重たい鉄の鎖よ
ああ あのオニめが あああ
えいやれ 休まぬ見張り

 

絶望しかない宿の住人たちだが、過去に殺人を犯し出獄してきたサーチンの言葉、
「人間はよりよき者のために生きてるのさ」
「人間、これこそが真実だ」
が胸に響く。
だから終幕で住人全員が合唱する上記の「どん底の歌」が人間賛歌の様に聞こえてくるのだ。
舞台装置を敢えて工事現場に仕立てた意図は、現在私たちが抱えている「どん底」に対する演出家の問いであろう。

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2019/09/28

民藝『異邦人』(2019/9/26)

劇団民藝『異邦人』
日時:2019年9月26日(木)18時30分
上演時間:休憩含め2時間25分
会場:紀伊國屋サザンシアター
脚本/演出:中津留章仁
<  主なキャスト  >
小杉勇二:村本哲夫(洋食屋の主)
樫山文枝:村本早苗(その妻)
齊藤尊史:村本涼太(長男でコック)
中地美佐子:村本有紀(長女で役場勤務)
佐々木梅治:遠藤晋平(農家の主)
金井由妃:遠藤明日香(その孫)
神敏将:グエン・ヴァン・クアン(農家で学ぶベトナム人実習生)
本廣真吾:石島透(工場の主任)
吉岡扶敏:大川幹雄(工場の副工場長)
岩谷優志:ファム・ミン・チェン(工場で学ぶベトナム人実習生)
細川ひさよ:海原智恵美(ベトナム人実習生の監理団体の職員)
平野尚、近藤一輝、高木理加、長木彩、伊木瑠里

ここの処、昔懐かしい劇団の最近の公演を観て歩いている。文学座、俳優座、そして今回の民藝。かつて民藝の芝居を観たのは、未だ滝沢修や宇野重吉が舞台に立っていた頃だから、昔昔のその昔。出演者の顔ぶれをみても、樫山文枝以外は知らない人ばかり。
タイトルの『異邦人』だが、有名なカミュの作品とは無関係だ。

【あらすじ】
村本早苗と哲夫の夫婦は、ある地方の小さな町で洋食屋を営んでいる。娘の友紀は役場に勤め、息子の涼太はいずれ店を継ぐため東京から戻りコックとして哲夫の下で修行中だ。
この地方でも外国人労働者が増え、店の近くにある工場の寮に住むベトナム人たちの騒音やゴミ出しに村本夫婦は悩まされている。
さらに最近オープンしたばかりのネパール人カレー屋に人気が集まり、村本らの店は客足が減るばかり。
常連客に近くで農家を営む遠藤晋平がおり、後継者がいないためベトナム人実習生のグエンの力を借りて農作業を続けている。
そのグエンのアイディアで、村本の店でベトナム人向けのカレーをメニューに加えて客を呼び込むことになり、企画が当たって沢山のベトナム人が店を訪れるようになった。
一方、近くの工場で働くベトナム人実習生のファムは、日本人の上役と衝突し会社を辞めると言い出す。ファムの上司の主任はファムの反抗的な態度に怒りをぶつけるが、ファムに辞められると困る副工場長や、ファムを派遣した監理団体の担当者は懸命にファムをなだめ、思いとどまらせようとする。
そんな時、農家の主の遠藤晋平が大怪我をしてしまうが・・・。

テーマはずばり共生である。
今回の舞台で語られるベトナム人技能実習生の実態はこの様だ。
先ず、ベトナム国内で日本に実習生に就きたいと思う人を募集する企業がある。応募すると日本語の学習を始め、必要な手続きをしてくれる企業がある。そのための費用は日本円でおよそ100万円、うち40万円は保証金で3年間無事に実習を終了すれば返金される。途中で辞めたり帰国した場合は返金はされない。
日本側では、監理団体がベトナム人実習生を受け入れ、企業などに派遣する。従って、実習生が勝手に途中で辞めたり職を変えたりする自由はない。実習という名目の労働も予めその範囲は決められており、ベトナム人が自由に選ぶことはできない。
もし彼らがどうしても派遣先の仕事を辞めたい場合は、監理団体が他の仕事を探して紹介することになるが、相手先は簡単に見つからない場合がある。
監理団体から契約を打ちきりになった途端に、実習生は不法滞在者になってしまう。そこから転落して、悪事の道に踏み込む者も出てくる。
日本とベトナムの国民性の違いもあるようだ。
日本のサラリーマンは社畜という言葉に表現されるように、上司の命令には逆らわない風潮がある。
対してベトナムでは、議論を闘わせて結論を得るという。
この点は、私も僅かな経験ではあるが、中国で感じた。
いま、日本の至るところ、特に地方の生産や建築現場、農業などの分野では、外国人労働者によって支えられている。その人たちは労働者でもあるが、生活者でもある。
外国人と日本人が共生してゆくための法整備や、人間関係の在り方を真剣に考えてゆかねばならない。
そういう事が実感できる芝居である。

公演は10月7日まで。

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