環境

2013/09/12

「デンキ開ケテ世間暗夜」

月刊誌「図書」9月号に、小松裕・熊本大教授が「田中正造没後100年に思う」という副題の記事を書いていて、その中に田中正造の言葉がいくつか引用されている。
ご存知の方もおられるだろうが、当方は不勉強で初めて知った次第。その中のいくつかを以下に紹介したい。
なお、田中正造(1841年12月15日-1913年9月4日)は、戦前の衆議院議員選挙に当選6回の政治家で、日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を告発し、その解決に生涯をかけた人物だ。

冒頭の言葉は次のようだ。
【物質上、人工人為の進歩のみを以ってせバ社会は暗黒なり。デンキ開ケテ世間暗夜となれり】
まさに福島の原発事故そのものをズバリ表している。
他にもこういう言葉がある。
【真の文明ハ山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さ〲るべし】
原発事故でいまなお住民の9割が仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。古里の山河は荒れ、住民の生活は破壊されたままだ。
【猫もシャクシも興利々々、興利が人民を殺すのです】
【食のみ足りて人ハ飢えたり。食ハ充満して餓死多シ】
【他を思わざるもの社会ニ充満して国漸く滅亡す】
田中正造の警句を読むと、100年経ても日本は変っていないと思わざるを得ない。

それに引き換え、安倍首相は2020年五輪招致のスピーチで、原発の汚染水漏洩問題について「抜本解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している」と発言していた。
安倍首相は同じ言葉で、福島の被災者の前にして大見得を切れるのだろうか。
国外向けと国内向けで使い分けるとしたら、"ウソツキ晋ちゃん"である。

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2011/03/22

ほうれん草は食べられるのか?(下)

昨日、近所のスーパーの野菜売り場から、ほうれん草が消えた。
茨城県産だということで、すべて撤去されてしまったようだ。
生産者はさぞかし悔しい思いをしておられるだろう。
すでに根拠のない過剰反応による風評被害も起きている。

事故の起きた福島第一原発から発生した放射性物質は、大気に浮遊したのち地表に落下し、土壌や河川を汚染し、食品の中に入り込む。
その影響は東北から北関東にかけての農作物や畜産、魚介類にまで及ぶ可能性がある。つまりこのたびの大震災の被災地と重なる。
そうなると私たちの台所を直撃するだけでなく、今回の大震災の被災地復興にも支障となることが憂慮される。
食品の安全性は大事だ。
同時に、かりに基準値を超える放射性物質を有する食品でも、工夫することにより人体に影響がなく摂取できるのであれば、私たちは安全性と被災地への支援・復興との間で、どこかで折り合いをつけねばならない局面に遭遇するかもしれない。
そうならないことを祈るが、心づもりはしておいた方が良いかもと考え、この記事を書いている。

さて、ここで検査データについて私が疑問に感じているのは、検体の採取方法だ。
試験や検査をやったことのある人はお気づきだろうが、サンプリングが的確に行われているかが、検査結果以上に大きな問題になることがある。
抜き取りが適正に行われているか、採取したサンプルが収穫物の山(母集団)を代表するといえるかどうかだ。
例えば、A市のほうれん草の検体から5000ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたとしよう。
これがA市のほうれん草全体の平均値なのか、それともこの検体だけの異常値(高いor低い)なのかが分からないということだ。

検体の前処理はどのように行っているのか、検査にいたる保管方法はどうしているのか、それも分からない。
厚労省は葉物野菜の場合、水洗いしてから検査するよう指導しているとしているが、水洗いの方法や程度によっても数値は大きく変わるはずだ。
そうした測定条件が詳らかでないので、数値だけでは判断がつきかねるのだ。
今回発表された野菜の試験結果は、いずれも露地もののようだ。
ハウス栽培のように上部が覆われている場合は、影響は少ないだろう。

時間経緯という課題もある。
定点観測で日にちを変えて試験し、放射性物質がこれから増えてゆくのか減ってゆくのか、これによっても安全性の評価が変わってくるだろう。
検体の経時変化のデータも重要だ。
とりわけ放射性ヨウ素は半減期が短いので、日にちをおけば数値は急速に下がる可能性がある。
農作物の場合、収穫して集荷され倉庫に保管される。
そこから出荷されて卸し市場でセリにかけられ、小売店にわたる。
産直などを除けば、収穫された野菜が私たちの口にはいるまで、一定の日数がかかっている。
収穫時に基準値を超えていても、食卓に上がるころは基準値以下に収まっていることは十分有り得るわけだ。

さて、表題の「ほうれん草は食べられるのか?」に対する答えだが、現在までに私たちに公表されている試験データだけでは、
・データが少な過ぎる
・検体の採取方法や前処理条件が不明
・時間経緯の試験データや検体の経時変化のデータがない
などの不備があり、結論は出せない。
ネットでは、ほうれん草は「安全」「食べても大丈夫」などと断定している学者もいるが、私には早計に思われる。

ただ一つだけ言えることは、我が家ではほうれん草は「おひたし」にしてしか食べない。
先ず流水で十分水洗いして、ほうれん草1把をおよそ2リットルの熱湯でゆで上げ、再度流水で水洗いしてから食卓に乗せている。
この工程で表面に付着した放射性物質の大部分は除去されるので、基準値をオーバーしたほうれん草でも問題なく食べられる筈だ。
ほうれん草を水洗いもせず、生でそのまま食べる人はあまりいない。
そういう意味では一律に出荷停止したり、廃棄したりするのはとても勿体ないと思うのだ。
これから仮にキャベツやレタスで基準値をオーバーするようなケースが生じても、表面の葉を数枚はいで良く水洗いすれば、安全に食すことができるだろう。
関係機関がこうすれば安全に食べられるということを試験データでもって立証すれば、消費者はさらに安心できるのではなかろうか。

しかし水道水や原乳についてはそうした前処理はできないので、厄介だ。
ヨウ素131なら半減期が短いので、一定期間過ぎれば危険はないと見られるが、セシウム137が基準値を超えているようなケースでは、飲用を控えるのが賢明だろう。
特に乳幼児や学校給食に対しては、使用を避けるべきだ。

繰り返しになるが、政府や地方自治体は放射性物質に関する詳細な検査データと、放射性物質の危険性とその対処方法について正確に公表することが肝要だ。
これからは、放射性物質をCTスキャンと比較するなどというバカな事はせぬことだ。
過剰反応や風評被害を防ぐためには、先ずは正確な情報開示が求められる。

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2011/03/21

ほうれん草は食べられるのか?(上)

政府は3月19日、福島県内の原乳と茨城県内のホウレンソウ6検体から、食品衛生法の暫定基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたと発表した。
暫定基準値は放射性物質にさらされた食品の出荷制限などを検討するためのもので、東日本大震災に伴う福島第1原発の事故を受けて政府が設定したもので、放射性ヨウ素131が原乳で1キログラムあたり300ベクレル、ホウレンソウなどの葉もの野菜で1キログラムあたり2000ベクレルとなっている。
厚労省によると、福島県川俣町の1農家で16~18日に採取された原乳からヨウ素が基準値の3~5倍にあたる1キログラムあたり932~1510ベクレルを検出した。
ホウレンソウは、茨城県高萩市、日立市、常陸太田市、大子町、東海村、ひたちなか市の各自治体の1検体ずつ計6検体から、基準値の3~7倍にあたる1キログラムあたり6100~1万5020ベクレルが検出された。
いずれも放射性セシウム137に関しては、基準を下回ったとみられる。
記者会見で枝野幸男官房長官は、今回の検出と同量の放射性物質のホウレンソウと牛乳を1年間とった場合の被ばく線量に関し、牛乳がCTスキャン1回分、ホウレンソウが5分の1程度と説明。「ただちに皆さんの健康に影響を及ぼす数値ではない。冷静な対応をお願いしたい」と呼びかけた。

また茨城県の発表によれば、19日に15地点で採取した露地野菜3品目と、20日に県が県北2地点で採取した生乳を分析した結果、ホウレンソウから790~500ベクレルの放射性セシウムが、また5700~3200ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたとしている。
この検査結果では、セシウムについても基準値の500ベクレルをわずかに上回っている。
菜の花の1種のかき菜からは2000ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたが、ネギと生乳は規制値を下回った。
茨城県は同日、農業団体に対し、ホウレンソウとかき菜の出荷自粛と自主回収を要請した。

福島第一原発の重大事故は完全に収束しておらず、今なお放射線を出し続けている。
したがって食品への影響はむしろこれから現れることになるだろうし、安全性は重大な関心事だ。
今回の検査結果についてどう評価するかだが、政府が言うようにCTスキャンと比較するというのは、かなり乱暴なやり方だ。
食べるものとレントゲン検査では、まるで次元が異なるし、こういう説明ではかえって消費者に不信感を抱かせる恐れさえある。
ネットでも安全性について様々な意見が寄せられているが、どうも原発に対する見解、すなわち反対派であるか容認派であるかによって、評価にバイアスがかかっているような印象を受けている。

ここで、いくつかおさらいを。
先ずは摂取の基準値の根拠だが、放射性物質を含む牛乳や乳製品を1日1リットル、水を1日2リットル、葉もの野菜を1日100グラムなどについて、それぞれすべてを1年間毎日飲んだり食べたりし続けた時に、発がんなど健康に害が出る放射線量を計算したものだ。
ほうれん草を1年間毎日食べる人はまずいないだろうが、水は常に口に入るものだ。
数値だけでなく、食品のアイテムによっても安全性に対する評価は異なってくるということになろう。
いずれにせよ、短期間の摂取ならば問題はなさそうだ。

次に放射性物質の中でもヨウ素131は8日たつと放射線の量が半分になるが(半減期という)、セシウム137は、放射線の量が半分になるのに30年かかり、土壌に長くとどまって農産物に影響を与える。
半減期を超えると放射線の量は急激に減るので、ヨウ素の場合は日にちを置けば安全性は高まる。
その点、セシウムは始末に悪いが、はんめん体内に入っても多くは排出されるという利点もある。
今のところ、基準値を大幅にオーバーしているのはヨウ素が多い。

放射性物質はどのようにして食品に入り込むのかだが、ヨウ素とセシウムは風に乗って運ばれ、ホウレンソウなど葉の大きいものほど付きやすい。
キャベツの場合は、外側には付くが中には入りにくい。
放射性物質は土の表層にとどまりやすく、短期的には大根などの根菜類への影響は少ないとみられている。
原乳からの検出は、乳牛が放射性物質を含んだ餌や飲み水から摂取したのではないかと推測されている。

つぎに摂取した人の年齢の影響だが、子どもは大人より放射線の影響を受けやすい。
大人では体内に入ったヨウ素の約7%が甲状腺にたまるが、子どもは約20%が甲状腺にたまってしまう。
いずれも残りは24時間以内に排出されてしまう。
子どもさんにはより注意が肝心だということであり、私ら年寄りは少しぐらい摂取しても大して影響しないということ。
どうせこの先、そう永くはないし(涙)。

(続く)

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2009/10/16

「エコエコ詐欺」にご注意を!

信条として「エコ」と名が付いた商品は買わないことにしている。
理由は簡単で、「エコ」にはニセモノが多く、保護するどころか環境を破壊する商品が多いのが実状だ。
花王の人気食用油「エコナ」が、国から特定保健用食品(特保)の表示許可を受けながら、発がん性が懸念される成分が検出されたのは記憶に新しい。
問題になったのは、エコナに含まれる成分「グリシドール脂肪酸エステル」が体内で分解されると、発がん性物質の「グリシドール」になる危険性があると指摘されたものだ。
これだけではない。
「エコナ」は2003年にも専門家から、主成分ジアシルグリセロール(DAG)にがんの進行を促進させる可能性があると指摘されていた。マウステストで、通常の油に比べ癌が増える傾向が出たためだ。
もう6年も前のことだった。
だいたい油なのに体に脂肪が付かないという効能に、そもそもムリがあったのだ。
「エコな」が聞いて呆れる。

現在進められている20年度予算編成において、「エコポイント制度」と「エコカー減税」の存続が議論されているが、この「エコ」も真っ赤なニセモノである。
本当に環境保護を考えるなら、できるだけ車に乗らないようにし、輸送手段としては電車やバスなどの公共交通機関を利用することが求められる。
エコカーなら環境に優しいだと、冗談言っちゃあいけねえ。
新車を生産したり、スクラップの車を処分するのにどれだけのエネルギーを使うと思ってるんだ。
これだけでも膨大な温室ガスを排出することになる。
電気で動くからCO2が出ないたって、その電気はどうやって作るんだい。
少し考えれば分かりそうなものだ。

エコポイント制度も又然り。
この制度の目的は、テレビの地デジ化を促進するために、政府がぶら下げたニンジンだ。
環境保護のためには、今使っている電化製品を一日でも長く大事に使うことが大切であり、ワケの分からないポイント制度で釣って早く新製品を買わせるというのは、環境破壊を促進するようなものだ。

景気を良くするためには、とにかく消費者は新しい製品をどんどん買ってくれというのなら、それはそれで話は分かる。
それを屁理屈をつけて「エコ」を標榜するなら、これは政府による「エコエコ詐欺」である。

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2008/09/10

環境ファシズム「禁煙条例」

初めにお断りしておくが、私はタバコを吸ったことがないし、吸おうと思ったこともない。元々気管支が弱いので紫煙が苦手なのだ。列車では禁煙車、店では禁煙席を選ぶ。
しかし法律や条令で、他人の嗜好を制限したいとは思わないし、現状なにも不自由も感じていない。

神奈川県の松沢成文知事は9月9日、「公共的施設における受動喫煙防止条例(仮称)」の骨子案を発表した。これまでは「公共的施設における禁煙条例」という名称だったが、規制を緩やかにするとともに名前を変えた。
それなら施設の運営者や喫煙者の良識やマナーに拠る現状で十分ではないのか。
条例が施行されれば、違反した人間は処罰されることになる。

私はタバコは吸わないが酒は大好きだ。飲酒も考えてみれば、酒を飲まない人にとってはとても迷惑だろう。列車の中などで、酔っ払いのアルコールだか、それが分解されたアセトアルデヒドだかの含まれた息を吹きかけられて、不快な思いをした方も多い筈だ。
「禁煙法」の次は「禁酒法」ができるのではないかと、ヒヤヒヤしている。決して冗談ではない。アメリカでかつて禁酒法があったのは衆知の通りであり、飲酒を禁止している国だって現にある。

だけど考えて見て欲しい。人間というものは、お互いにチョットずつ迷惑をかけ合って生きているのではなかろうか。自分は絶対に他人に迷惑をかけたことがないという方があれば、教えて欲しい。
私は香水の臭いが苦手で頭が痛くなる。これだってリッパな健康被害だ。しかし「香水禁止法」を作りたいとは望まない。環境ファシストにはなりたくないのだ。
迷惑になることは全て法律で禁止するとなれば、清く正しく美しい社会にはなるだろうが、実に住みづらい、味気ない世の中になってしまう。

人間だってそうだ。「沈香も焚かず屁もひらず」、世の中そんな人ばかりになったら、きっとツマラナイゼ。

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2008/05/31

「サマータイム」で環境保護だとぉ!

近ごろ都に流行るもの、それは「環境病」患者。なんでもかんでも「地球環境保護」と結びつけ、効果が不明なのにも拘らず有り難がってお題目のように唱え続ける。その最たるものが、バイオ燃料だった。環境保護の切り札みたいにもてはやされていたが、結果はどうだろうか。当初から予想されていた通り、穀物価格が上昇し、貧困層の飢餓を世界に拡げることになった。こういう人々は、人の命より環境が大切なのだろう。

仕掛けた人間ははっきりとした企みを持っている。バイオ燃料なら穀物価格の上昇を織り込んで、先行投資していた連中である。処が、これに乗っかり推進している人たちは、善意の人が多い。この「善意」がまた始末に終えないのだ。
今の「レジ袋」追放運動もまた然り。喜んでいるのはエコバッグとやらの販売者であり、スーパーの経営者だ。当ブログでも、「レジ袋」問題のまやかしについて早くから指摘してきたが、最近になってようやく環境保護に逆効果だという論調が出始めている。
A(石油、レジ袋)をB(バイオ燃料、エコバッグ)に替えた時、Aのマイナス分しか計算せず、Bのプラス分を計算していない、こういう初歩的な(推進者は計算づくだが)思い違いがいけない。

さて本題の「サマータイム」、どうやら政府は本気になって導入を図っているらしい。
実は、私はサマータイムを過去に経験している。終戦直後の1948年に進駐軍の命令により、日本でもサマータイムが実施されたことがある。もっとも当時は「サンマータイム」と呼ばれていたが。しかし悪評で、日本の独立とともにわずか4年で廃止されてしまった。そんな前歴ありの制度を又やろうというのだ。

サマータイム導入にあたって良く持ち出されるのは、先行して実験している北海道で賛成が7-8割に達しているというアンケート調査である。処がこのアンケートは、サマータイムに賛同して実験に参加した企業の経営者や従業員を対象にしたものだそうで、それなら賛成が多いのは当然なのだ。こんな数字のマジックまで使って導入を図っているサマータイムとはどんな制度なのか。

夏季には夏時間になり、時計の針を1時間進ませるという制度である。例えば、会社の就業時間が午前9時から午後6時までとしよう。夏季になると1時間進ませているので、通常の時間でいえば、午前8時から午後5時までが勤務時間となる。
早く始まって早く終わる、良いじゃないかと思われるだろうが、どっこいそうはいかない。いつも午後8時まで仕事をしている人は、サマータイムになっても午後8時まで残業してしまう。悲しいサラリーマンの性が、結果として残業(あるいはサービス残業)を増やすことになる。

一時期、企業でフレックスタイム導入がはやされた事があり、私の勤めていた会社でもこの制度を導入した。一定時間仕事をすれば、時間帯は自由という一見すると合理的なシステムである。
正規の就業時間が9時から18時の企業で、これを7時から出勤して16時に退社しようとすると、周囲の眼が気になり、やっぱり18時まで仕事をすることになる。10時に出社して19時まで仕事をしたいと思っても、取引先から9時に電話があり、未だ出勤していないと答えると怪訝な反応が返ってくる。朝一番の打ち合わせに「又あいつがいない」などと言われかねない。結局気が付けば全員が正規の勤務時間に戻っていて、ちっともフレックスにならなかったという結果に終わった。
横並び意識の強い日本のサラリーマンには、不向きなのだ。

海外では多くの国が実施しているではないかというのも理由の一つだ。だけど外国と日本ではサラリーマンの仕事の仕方が違う。生活様式が違う。
以前アメリカの企業で働く人に訊いたところでは、サマータイムになると退社時間が早くなる一方、夏季は日没時間が遅いので、退社後に近くのゴルフ場で同僚たちとハーフ位は回れるので大歓迎と言っていた。そんなサラリーマンは、日本には先ずいないだろう。
どっちが良いか悪いかではなく、慣習が違うのだ。
「仏作って魂入れず」で、制度だけ導入しても中味が変わらなければ、結果は逆効果になる。
ゆめゆめ「サマータイムで地球環境保護」などと騙されぬように。

いつも政府批判ばかりしていると思われるでしょうが、決してそんな事はありません。誉めることもあるんです。
クラスター爆弾の禁止条約づくりを目指す「オスロ・プロセス」で、一部の最新型爆弾を除いて禁止する条約案の受け入れを日本政府は正式に表明しました。自衛隊が保有しているクラスター爆弾も、廃棄することになるでしょう。これは大変良いことです。
小泉、安倍と二代続いた総理大臣が揃ってアメリカの顔色ばかり窺って、禁止条約に賛成してこなかったのですが、福田首相久々(初めての?)のヒットです。

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2008/04/16

アスベスト被害と自動車産業

アスベストによる中皮腫や肺がんの発生について、主に石綿を原料としていた建材企業やその周辺、家屋の解体作業に伴う石綿の飛散などが発生源として採りあげられている。兵庫県尼崎市のクボタの旧神崎工場の元従業員の妻が、夫の作業服に付着したアスベストの吸引が原因で、肺がんで死亡したと認定されたのは、記憶に新しい。これが事実なら、石綿関連工場で仕事をしていた従業員の家族全てが、アスベスト被害にあう可能性が高いということになる。

アスベストによる健康被害について、なぜかあまり注目を浴びていない産業に自動車産業がある。自動車では、つい最近までブレーキパッドやライニングに石綿を使用してきた。現に大手ブレーキメーカーの曙ブレーキ工業で、アスベスト疾患による死亡者が公表されている。
自動車のブレーキでは、耐熱性樹脂とアスベストの複合体が使われていた。ブレーキを踏むごとに、この複合体の粉塵が撒き散らされていたわけで、空気中を浮遊したアスベストを含む粉塵を、大多数の国民は日常的に吸引していたわけだ。
東京都大田区内の環境測定で、幹線道路の周辺で石綿の粉塵濃度が高いと報告されているのは、このためだ。

しかし、自動車による不特定多数の人へのアスベスト被害は、殆んど問題とされていない。
その理由として、次の点があげられている。
①ブレーキでは、アスベストの周辺を耐熱樹脂がとりまいているため、アスベストが露出しない。
②中皮腫や肺がんが発生するのは、アスベストが繊維状であるからで、ブレーキから出る粉塵は粉状なので、健康被害の発生原因とならない。

本当にそうだろうか。ブレーキをかけた時に材料にせん断力が働き、材料が破壊する。複合体では、最も弱い部分が、優先的に破壊を受けることになる。
石綿/耐熱樹脂の複合体を考えると、一番弱いのは石綿単体であり、次に石綿と樹脂の界面、最後に樹脂単体の順で、恐らくその順位で破壊が起きると想定される。
そうなると、浮遊粉塵の表面の大部分は石綿が露出しているであろうし、超微粉であれば容易に人間の肺に吸い込まれる。
繊維状だから有害、粉状なら無害というのは、なぜアスベストが中皮腫や肺がんを引き起すのか、決定的なメカニズムの解明がなされていない以上、根拠が無い。

してみると、自動車産業が外されているのは、政治的発言力が強いからではなかろうか。

もう一つ、大きな問題がある。
アスベストが使われ始めたのは1879年である。しかしアスベストの健康被害がこれほどまでに明らかになったのは、およそ100年経ってからだ。
現在、石綿に替わる材料が開発され実用化されているが、これらの代替品が健康被害を引き起さないという何の保証もない。
石綿と同じ性能を持つ材料であるからには、同じような被害を及ぼす危険性は常にあるわけで、今後この点についても注視しなければならない。

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2008/03/16

「レジ袋」ファシズム

Rejibukuro「レジ袋」削減について、3月14日に二つの動きがあった。
一つは東京都町田市と同市の中堅スーパー三和、市民団体の三者がレジ袋を全廃して効果を調べる全国初の実験が始まったこと。
もう一つは、東京都杉並区議会は14日、全国初のレジ袋有料化推進条例案を賛成多数で可決し、4月1日に施行することが決まったこと。
レジ袋を減らしていこうという取り組みを行うのは自由だが、一方的に廃止したり、杉並区のように「有料化」を条例で決めるなどということは、正気の沙汰ではない。
こうした運動を進めている人たちを見ていると、環境保護のためには絶対にレジ袋を廃止しなくてはいけないとの思い込みに上に立っており、まんまと環境省の術中にはまっている。

当ブログで以前「レジ袋」有料化に異議あり!」に書いた通り、日本中からレジ袋を全廃しても、原油換算で0.08%、廃棄物の重量換算で0.06%しか寄与せず、その効果は微々たるものだ。さらにこの試算には次の点が無視されており、実際の効果は更にその数分の1になると思われる。
①我が家では家庭ごみの袋として100%利用しているが、こうした利用率を無視していること。
②レジ袋を廃止すれば、他の買い物袋などを使うことになるが、こうした代替品に係わる燃料の消費量や発生する廃棄物量を無視していること。

ではなぜ行政がこれほどレジ袋だけを目の敵にしているかといえば、最大の理由は
①この運動が行政や産業界、商店の腹を一切痛めることがない、リスクは消費者が一方的に負う仕組みになっている。
②効果が数量で現れ、眼に見えやすいので、行政側のPRにはもってこい。
③買い物袋の購入など、新たな需要が期待できる。
からであろう。
環境保護運動で注意しなくてはならないのは、効果が不明瞭のまま結局は環境ビジネスに利用されることだ。その典型が「バイオ燃料」であり、一方でこのビジネスで莫大な利益を上げている者があれば、その一方で穀物価格の上昇による貧困層の増大を招く結果となっている。
いま話題になっている「捕鯨禁止」運動なども、目的は牛肉輸出産業を保護するためだ。

環境保護は誰もが反対できないところから、行政が市民運動を巻き込んで思惑通りに進めやすい。問答無用になるのだ。よほど注意してかからないと、終わってみれば環境ビジネスにのみ貢献したという事になりかねない。
過去の責任は一切棚に上げ、現状の危機だけを煽って国民の側に一方的に犠牲を押し付ける。石原都知事と同様の手法を、環境保護の美名の下に推し進めるのであれば、これは環境ファシズムだといえる。

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2008/03/03

「環境保護」という名の「海のギャング」

Sea_shepardo又しても米国の「環境保護団体」が、日本の調査捕鯨に対し無法な行為を行った。
2月3日午前7時10分ごろ、オーストラリア・メルボルンの南南西約2960キロの公海上で、環境保護団体シー・シェパードの所属船「ステープ・アーウィン号」(1000トン)が、日本の調査捕鯨船「日新丸」に対し、1時間にわたり船橋後方甲板に酪酸入りの薬瓶と白色粉末状のものが入った茶色の紙包みを投げ込む妨害活動を行った。
投げ込まれた酪酸などが乗船していた海上保安官2人、乗組員2人の計4人にかかり、うち3人が受傷し医師の手当てを受けたと報じられている。

実はこのシー・シェパードという団体、1年前の2007年2月9日、同じ「日新丸」に対して船2隻が接近し、今回と同様の手口で酪酸入りの瓶を投げ付ける事件を起こしている。
この時も日新丸乗組員2名が負傷している。
その際、シー・シェパード側の米国人二人が海に落ち行方不明になり、何と日本側に救助を要請、日新丸がこの二人を救助したというオマケ付きだ。
恩を仇で返すたぁ、実にふてえ野郎どもである。

シー・シェパードは過去に、捕鯨船を爆破したり発砲したり照明弾を投げ込んだりと、やりたい放題の無法行為を繰り返している。一体これらの行為のどこが環境保護なのだろう。むしろテロリスト、あるいは海賊と呼ぶのが相応しい。
もう一つ、アメリカ政府はなぜ彼らの行為を取り締まらず、放置しているのだろうか。それともアメリカ人が行うテロ行為は見逃すというのが基本姿勢なのだろうか。

三浦和義を捕まえているヒマがあるなら、彼らのような無法者こそ取り締まるべきではないだろうか。

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2008/01/30

「再生紙」が環境を破壊する

Koshi最近多くの製紙会社が古紙の配合率を表示より低くしていたという「再生紙偽装」問題、一体何が悪いのか私にはサッパリ分らない。
例をあげるとすれば、国産牛肉を米国産牛肉と表示したようなもので、これは「偽装」とは言えないだろう。
第一この「偽装」には被害者がいない。偽装によって誰かが被害を受けてわけではない。
食品や建築の偽装とは、根本的に違う。

コスト面から見れば、バージンパルプの価格は古紙の数倍以上するので、本来は古紙を混ぜれば混ぜるほどコストが下がる筈だが、実際はそうではない。むしろ安い古紙を使うと、却ってコストが上がるというケースもある。
こいした現状を無視した再生紙の押し付けは、むしろ環境破壊を促進している。

我が家では再生紙トイレットペーパを一切使わないことにしている。
その理由は、以前に仕事の関係で再生紙の工場を見学して、果たして環境保護に役立っているのか疑問を感じ、さらに再生紙の危険性を感じたからだ。
再生紙は、新聞紙や雑誌、広告などに一度使われた後で回収された古紙が原料とする。
最初に水をいれた巨大なミキサーで撹拌し、どろどろのスラリーを作る。その後、ホチキスやフィルムなどの異物を除去する。取り除かれた異物は、多量に水を含んだ廃棄物となる。

次に脱墨と呼ばれる、古紙に付着する印刷インクを除去する工程に入る。新聞紙で鼻をかんだ経験がある方ならご存知だろうが、鼻が真っ黒になる。インクを除かなければ、紙にはならない。
私が見た工場では、発泡剤を加えて泡立たせてインクの微粒子を表面に浮かせて除去する方法をとっていたが。紙の白度を上げるのは、この工程を繰り返すのだ。
もちろん、除去されたインク類は廃棄処理が必要となる。
古紙のスラリーには発砲剤が多量に含まれており、このままでは製紙工程に移れないので、消泡剤を添加して泡を完全に消す操作がいる。

製紙工程に入ると、古紙の大きな欠点として湿気を含むと極端に強度が落ちることだ。
製紙というのは紙が自身を引っぱりながら抄きあげて行くので、ある程度湿潤強度が求められる。そこで強度を上げるために添加剤が使われるのだが、これがかなり多量であったと記憶している。
この後、紙に必要なインクが滲まないようにするための添加剤、印刷した時裏写りが起きないような添加剤を加えて最終的に再生紙が得られる。

つまり再生紙というのは、実は「薬品漬け」の製品なのだ。
我が家のトイレットペーパーに再生紙を使わなくなった理由が、ここにある。
紙は通常、パルプ1に対して水を数百倍使う、製紙メーカーが自らの企業を水商売と呼ぶのも、このためだ。
工程が増えれば、それだけ使う水の量も増える。使用した水は必ず排水処理が必要だ。
こうした様々な理由で、古紙を使うと却ってコストが上がるという現象が起きるのである。
環境保護に貢献しているかどうかは、水や数々の添加剤、燃料使用量など総合的に判断する必要があり、単に古紙の割合さえ増やせば環境にやさしいなどと言うのは、妄信に過ぎない。

「偽装」の責任は製紙会社にあるのではなく、実態を無視した数字を押し付けた環境行政にあるのではなかろうか。

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