環境

2022/09/04

「SDGsの大嘘」読後感

池田清彦「SDGsの大嘘」(宝島新書 2022/6/20初版)
少々大げさなタイトルだが、生物学者が今流行りのSDGsについて批判的に書いている。専門の生物学の観点から科学的に検証し、矛盾を指摘し、これからの進め方について提案をしたものだ。
主な点をいくつかピックアップしてみた。
1.地球温暖化の原因がCO₂の増加によるという定説について疑問を投げかけている。地球の歴史を振り返れば、温暖化と寒冷化の繰りかえしだ。最も大きな要因は太陽の活動であり、17世紀から18世紀にかけて起きた寒冷化はマウンダー極小期と呼ばれる太陽の活動低下が原因とされている。
また、火山の大噴火も大きな要因で、近い例でいえば1991年のフィリピン・ビナトゥボ火山の噴火により、翌年の世界の気温が0.5℃下がった。日本もこの影響を受けて冷夏になり、農作物が不作となった。気温はこうした様々な要因の影響を受けるので、一義的にCO₂濃度で決まるわけではないというのが著者の主張。
温暖化とCO₂の関係は、環境問題の根幹を成す問題であり、科学的な検証が必要だろう。
2.我々が必要としているエネルギーは、詰るところ太陽エネルギーに依存している。つまり地球全体のエネルギーは有限だということだ。食糧もまた太陽のエネルギーに依存している。このエネルギーを分け合って人類全体が幸せに暮らすためには人口の抑制が必要だ。いま進めているSDGsには、人口問題が抜けている。
3.船を使って漁をして得られる世界の漁獲量は、毎年900万トンとほぼ一定だ。しかし漁業の技術は格段に進歩していることを考えるなら、水産資源が枯渇していることを示している。残りは養殖で補っているが、効率を上げるために大量の抗生物質が投与されている。こうした魚を長期にわたって食べていたら、人体に何かしらの影響があると考えるべきだろう。SDGsに「海の豊かさを守る」というスローガンがあるが、この状況でどうやって水産資源を守るつもりだろうか。水産資源も有限であり、ここにも根本に人口問題がある。
4.再生エネルギーとして太陽光発電が推進されているが、一度、農地の上にソーラーパネルを設置すると、その土地は二度と農地として使えなくなる。土壌が死んでしまうからだ。通常の発電設備にはメンテナンスなどの規制があるが、ソーラーパネルには何もない。ソーラーパネルには寿命があるが、その交換や撤去について何も規制がない。このままだと、いずれ使えなくなったソーラーパネルが放置され、その撤去に自治体が頭を悩ますことになる。
日本の食糧自給率を上げるためにもソーラーパネルなどやめて、農地を有効活用すべきだ。
再生エネルギーについては、日本の地形をいかした小規模な水力発電を沢山設置したり、地熱発電技術の開発を進めるべきだ。
この他、多岐にわたって著者からいくつもの指摘や提案が示されている。自然との共生という視点を重視しており、参考になる点があった。

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2022/08/08

再生エネルギーに立地条件の壁

温暖化防止→脱炭素→再生エネルギーの流れが官民あげて加速している。代表的なものが太陽光発電と風力発電だ。
問題は再生エネルギー発電の場合、火力や原発に比べ広い土地が必要になることだ。
中国のシルクロードに行った際に、広大な砂漠を利用した大規模な太陽光発電と風力発電が設置されていたが、日本では望むべくもない。
風力発電の場合は、周辺の森林を伐採するケースも出てくる。これでは却って環境破壊になってしまう。
観光地に近いと、景観の妨げになる。
現在、ラスエナジー社が青森県八甲田周辺で、大規模な風力発電を計画している。完成すれば国内最大級となる。敷地面積は1万7千ヘクタールで、対象地域は2市4町にわたる。
計画では、高さ200m羽根の直径が150mの風車が約150基並ぶことになる。さぞかし壮観だろう。
問題は次の通り。
①予定地に十和田八幡平国立公園が含まれる可能性がある
②建設のために切り拓かれた森林は元へ戻らない
③景観の破壊
太陽光発電の立地条件としては①日当たりがいい②水はけがいい③人通りが少ない、などがある。
再生エネルギー発電では自然環境の調和が必要で、日本の国土を考慮すれば自ずと限界がある。
いずれにしろ、建設にあたっては地域住民の理解が必要であることは言うまでもない。

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2022/02/14

紙コップは「紙」ではない

最近、プラスチックを減らす取り組みの中で、紙に置き換えたという表現に出会うことがある。本当かな?と思ってしまう。紙に置き換えるくらいなら最初から紙を使ってるんじゃないの。
紙(パルプ)は水を通しやすいのと、水に濡れると極端に強度が落ちてしまうという弱点がある。だから紙で紙コップはできないのだ。紙が包装紙として使えないのはそのためだ。
その欠点を補うためには、紙と薄いプラスチック(より一般的には有機ポリマー)フィルムを貼り合わせたり(ラミネート)、塗布したり、含侵させたりして複合体をつくる。だから見た目は紙だが、紙ではない。
プラスチックを紙との複合体に置き換えた場合、プラスチックの量は減らすことが出来るが、リサイクルが難しくなるという問題が発生する。
いま、海洋汚染として問題になっているのは狭い意味のプラスチック(熱可塑性樹脂)だけでなく、合成繊維や合成ゴム、塗料など幅広いポリマー製品が含まれる。例えば、自動車のボディは鉄製品なので表面を保護するために塗装しているが、これもポリマーの塗料だ。内装はほとんどポリマーで、軽くて強い特性が活かされている。ブレーキなどの部品もポリマーが使われていて、タイヤは合成ゴムから出来ている。電車の車両や航空機も同様だ。
建築材料にもポリマーは沢山使われていて、ガス管や水道管、接着剤、塗料、断熱材、壁紙など、みなポリマーだ。
電気を通しにくいという性質から、電器製品も多くのポリマーが使われている。
入院して感じたのは、病院で使う医療器具はそのほとんどがポリマー製品だ。ポリマーを無くしたら、医療は成り立たない。
プラスチックを減らすというと、すぐにレジ袋がやり玉にあがるが、全体からみれば微々たる量だ。替りに買い物袋(トートバッグ)が使われているが、見るとほとんどがポリマー製品だ。あれじゃ、何もならない。
海洋汚染=プラスチックの様に見られているが、それはプラスチックが水に溶けず、軽い(水の比重より小さい)から目立つにすぎない。海洋には膨大な量の物質が投棄されていて、気体や液体は海水に混ざってしまい、水溶性のものは海水に溶けてしまい、重い固体は海底に沈んでしまうので目立たないだけだ。それらの有害性については、あまり議論されていない気がする。
海洋汚染について、より科学的な分析が必要だろう。

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2022/02/04

原発や化石燃料の従事者

福島の原発事故があった後、原発のの全面停止を主張する記事を書いたところ、当ブログにたびたびコメントを寄せていた方から、「もう二度と記事は読まない」と宣告されてしまった。その方は女性で、どうやら夫が原発関係の仕事をされているようで、当方の主張が反感をかった模様だ。ある産業を無くそうとそれば、設備は廃棄すれば済むかも知れないが、そこに従事している人間は、そうはいかぬ。これで当方の主張を曲げるわけではないが、そうした事に思い至らなかった点は認めざるをえない。
いま、地球温暖化を進めるうえで、石炭や石油などの化石燃料を無くしていこうという方向に政策が進んでいる。
その一方で、石炭や石油の産業には多くの従事者がおり、「お前の仕事はこれから必要なくなる」と言われたら、どういう気持ちになるだろうか。将来を考えて暗澹たる気分になるだろう。
他の産業に転換させればと言っても、そう容易でないことは、1960年代の日本の経験からしても断言できる。当時の日本はエネルギー政策の転換により、燃料を石炭から石油に切り替えが急速に行われた。その結果、多くの炭鉱が閉山に追い込まれ、多数の炭鉱労働者が失業することになった。これをめぐって全国で労働争議が起きて、特に三井三池炭鉱では、総労働対総資本の決戦と言われた、一大争議になった。炭鉱労働者の場合、親子代々といった人も多く、明日から別の仕事をとは簡単にいかなかったのだ。
これから世界的な規模でこうした動きが発生する可能性があり、対応を迫られることになる。
時代の変化とともに、産業構造が変わってゆくことは避けられないが、切り捨てられる産業の従事者をどう手当てしてゆくかも、政治の課題だ。
私たちも、そうした事に思い致すことを忘れてはなるまい。

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2021/10/06

気候変動は私たちの運命をも左右する

大気海洋の循環を考慮した気候変動のモデルを開発した等の功績でノーベル賞を受賞した米プリンストン大の真鍋淑郎・上席研究員(90=愛媛県出身、米国籍)が話題となっており、これを機に地球温暖化への取り組みが一層進むことを期待したい。
日本政府は、昨年末に「パリ協定」に積極的に参加し、「地球温暖化を産業革命以前と比べて2℃以下に抑える努力をする」こととなった。しかし、「可能なら1.5℃に抑えたい」という議論が世界中で真剣に行われているという。この「0.5℃」の差が、どれだけ大きいのか。
例えば、洪水の影響を受ける世界の人口は、1.5℃だと現在の2倍で済むが、2℃だと3倍になってしまう。小麦の収穫量減少はは1.5℃だと9%だが、2%だと16%に激増する。サンゴ礁の消失は1.5℃だと80%だが、2℃だと99%とほぼ完全に地球から消失してしまう。
これらは将来予測だが、1991年に実際に起きた事例で見ると、ピナツボ火山の大噴火で地球の平均温度が0.5℃下がった。この影響とエルニーニョとの複合作用で、日本の東北地方は冷夏となり、水稲の収穫量が40%も減少し、コメ不足で「平成の米騒動」になった事は記憶に新しい。この様に、たった0.5℃の差が人々の生活に大きな影響を及ぼすのだ。
過去の地球の気温を推定するのは難しいことだったが、最近になって正確な海水温を推定するのに大きな進展があった。それは、海の表層に生息するプランクトンが夏季に作る、アルケノンという特別な有機物が、合成時の水温を正確に反映することが分かってきた。これを海水の温度推定に利用できる。海水温と気温とは密接な関係があるため、堆積物の中のアルケノンを測定することにより、過去の気温も正確に推定できる。誤差は0.3℃と高精度だ。
この技術を使って、過去2万2千年の日本の水温、気温を推定したところ、大寒冷期が、社会の大枠を転換する節目になっていることが見出された。
①土器の発明
②縄文遺跡である三内丸山の崩壊
③大陸からの弥生人の渡来
④宮廷政治の衰退と武士の台頭
この様に気候変動は社会に大きな変化をもたらし、私たちの運命も左右される。
平均気温の2℃上昇は、「この世の終わりの様な非常事態」が危惧されると推定されている。
地球温暖化の阻止は、人類共通の課題として真剣に取り組まねばならない。
(以上は、月刊誌「図書」10月号の川幡穂高氏の記事を参考にした。)

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2021/04/19

環境ポピュリズム

先般の記事で、環境省が使い捨てのプラ製スプーンやフォーク、ストローなどを対象に有料化を進めることや(ナイフを含めてない所がミソ)、小泉大臣の「スプーンを持ち歩けば良い」発言ととりあげた。
これで思いだしたのだが、30年くらい前に「my箸」運動というのがあった。森林保護のために割り箸を使わないようにと、自分用の箸を持ち歩くという運動だが、あっという間にしぼんでしまった。森林保護のためには木材を伐採しなくてはいけないし、切った木は何かに有効利用せねばならない。いずれにしろ割り箸を減らす程度では、森林保護には貢献しない。その一方、箸を常に持ち歩くというのは面倒であることが分かったのだろう。
水の汚染を防ぐために合成洗剤を使わず、粉石けんを使うという運動もあった。化学物質より自然のものを(石けんは天然品ではない)という口当たりが受けたのだろうが、試験の結果ではむしろ合成洗剤の方が汚染が少なかった様で、これもいつの間にか下火になってしまった。
小池百合子が環境大臣のころ、レジ袋の代わりに風呂敷の利用を薦めていたが、スーパーで商品を風呂敷に詰めている人を見たことありますか?
このように科学的根拠が無いにも拘わらず、環境保護の名のもとに口当たりの良い政策や運動を、仮に環境ポピュリズムと呼ぶ。
環境省のプラスチック製スプーンなどの有料化も、その典型といえる。

昨年、入院して感じたのは、医療用の器具は殆どがプラスチック(正確にはポリマー《プラスチック、合成繊維、合成ゴムなど》だが、分かり易くプラスチックと総称する)で出来ている。今マスクの着用が義務付けられているが、大半は不織布でこれもプラスチックだ。プラスチックが無ければ今の医療は成り立たない。家庭用品、オフィス用品から、乗用車や航空機の内装や機器の多くはプラスチックだ。
プラスチックの持つ軽い、強い、液体を通さないといった特性が活かされている。
プラスチックによる海洋汚染が問題となっているが、それは材料のせいではなく投棄する人間が悪いのであって、プラスチックに罪はない。
紙コップ、紙パックと呼ばれているものも、純粋な紙(パルプ製品)ではない。紙は水を通すし、濡れると極端に強度が落ちてしまうという欠点があるため、紙とプラスチックフィルムを貼り合わせた(又はコーティングした)ものを使っている。廃棄する際には性質の異なる物資が密着しているので、却って仕分けが困難になる。
将来、プラスチックに代る物質が開発される可能性はあるが、どの物質にせよ必ず原材料は必要だし、加工にはエネルギーが消費される。そこは不変だ。

昨今、原発の処理水について人体に無害で飲むことも出来るという主張が安易になされているが、これもまた環境ポピュリズムの一種かも。

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2021/04/06

「レジ袋」の次は「スプーン」かよ

政府は3月9日、事業者にプラスチック製品の削減を義務づけるプラスチック資源循環促進法案を閣議決定した。今国会に提出し、2022年4月の施行を目指す。環境省は成立後、省令でコンビニエンスストアのプラ製スプーンや飲食店のストローの有料化などを検討している。
販売段階では、コンビニなどの小売店やレストラン、カフェなどの飲食店に対し、プラ製品の使用削減を義務づける。事業者が取り組むべき対策は成立後、省令で定める。環境省は、使い捨てのプラ製スプーンやフォーク、ストローなどを対象に〈1〉有料で提供〈2〉受け取らなかった客にポイントを還元〈3〉代替素材への転換――などの対策を示し、いずれかの対応をとるよう義務づける方向で検討している。
対策を講じない事業者には、国が指導や命令ができ、命令に違反した場合は50万円以下の罰金が科せられる。
プラスチックを巡っては、昨年7月から容器包装リサイクル法に基づいて小売店のレジ袋が有料化されている。小泉環境相は新法案について「コンビニでスプーンなどが有料化されれば、自分でスプーンを持ち歩く人が増えていく。こうしたことでライフスタイルを変化させていきたい」と述べた。
(「讀賣新聞オンライン 2021/3/9」記事より)

政府は、レジ袋の有料化が終わったら今度はスプーンなどの有料化を狙っているらしい。
一連のプラスチックごみを減らすという政策は、海洋汚染を防ぐという目的に端を発している。つまり、汚染の原因はプラスチック→プラスチックを減らせ、という所が出発点になっている。
先ず、この構図を疑ってみる必要がある。
海洋には日々膨大な量の物質が投棄(廃棄、流出)されている。原発から出た放射性物質を含む液体などもその一つだ。投棄されたものの内、重い物(比重が海水より大きい物)は水面下に沈殿し、水に溶けやすい物は海水に混入してしまうので人の眼につかない。この中でポリマーと呼ばれる物質の多くは水に溶けず、軽い(比重が海水より小さい)ので海面に浮かび、眼につきやすい。ポリマーは合成樹脂(プラスチック),合成繊維,合成ゴム等に分類される。従って、
①海水表面に浮遊している物質が何かを分類、分析して特定する
②水面下に沈殿する物質と水溶性物質を含めた全ての投棄物の有害性を検討する
事から先ず出発すべきなのだ。
そうした作業をすっ飛ばして、海洋汚染=プラスチックという議論はあまりにお粗末だし、主要な要因を見落としてしまう恐れがある。

次の問題は、レジ袋有料化の効果の検証が行われていないことだ。私は当ブログで以前に、プラスチックの廃棄量にも海洋汚染の改善にも寄与しない可能性が高いことを指摘してきたが、そうした検証が行われた形跡はない。
前にも書いたことだが、コスト低減対策で理屈上は効果が明らかなのにも拘わらず、実施してみたら却ってコストが上がってしまったという苦い経験を何度もしている。「勘定合って銭足らず」である。だから何かをなした時は、必ず検証することが大事だ。
これは政府の政策全般に言えることだが、いわゆる「P(プラン)ーD(実行)ーC(チェック)ーA(アクション)」のサイクルに回すことにより、初めて政策の成否が判断できる。
特に、有料化のように消費者に負担をかけるような場合は、結果の検証を公開すべきだ。
ボンボン大臣が、スプーンを持ち歩けば良いなんてほざいているようだが、使い終わったスプーンをどうやって持ち帰るつもりだろうか。店で洗うのか?
環境大臣として、もっと頭を使うことが他にあるだろうに。

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2020/04/07

「エコ(買い物)バッグ」を使わない理由

政府が2020年7月から小売店にレジ袋を有料化することを義務づけことで、多くのスパーマーケットではこの4月から有料化が始まった。
地球環境保護なぞという政府のフェイク(内容は後述)に乗せられている方もいるようだが、飛んでもない悪法だ。
当方は未だにエコバッグ(このネーミングからして怪しい)を一切使っていない。
その理由は大きく二つある。
第一は、エコバッグは衛生面に不安があるからだ。
肉や魚はプラスチック製のトレーに乗せられ上からラップを巻いているが、時にはラップから液が外に漏れることがある。また冷凍食品だと袋の中部で結露することがある。一方、野菜や果物はむき出しのまま袋に入れることが多い。繰り返し使うとなると衛生面が気になる。
先日あるニュースで、米国では繰り返し使用するエコバッグに付着したウイルスが、客と従業員間で感染を拡大させるおそれがあるとして、使用の自粛を求める動きが拡大していると報じていた。ニューハンプシャー州では、エコバッグの使用そのものが禁止されているという。
この記事で微生物の専門家が、エコバッグは使うたびにお湯で45分洗うことを推奨している。
私の様な無精者には到底守れない。
レジ袋であればゴミ袋として使い捨てなので衛生面の心配がない。
当方では家庭のゴミはレジ袋に詰めてから大きなゴミ袋に入れて外へ出している。だからレジ袋は100%利用しており、これが無くては困るのだ。

第二は、レジ袋有料化の理屈に納得がいかない。
プラスチックゴミが海を汚染している→プラスチックを減らさねばならぬ→レジ袋を使わない→エコバッグを使え
という理屈は果たして本当だろうか。
海洋汚染は、海洋、海域及び河川から流出した物質による汚染で、主に次のような物があげられる。
①有機物質
・殺虫剤・除草剤
・下水道や畜産業からのバクテリア
・病原菌を含んだ食品加工廃棄物
・木材と払い落とされた小片
・溶剤などの揮発性有機化合物 (VOCs)
・塩素処理溶剤など重非水液(DNAPL)
・石油炭化水素には燃料となるガソリン、軽油、重油、潤滑油など
・合成洗剤
・家庭から出るさまざまな有機化合物
②無機物質
・酸性鉱山廃水に含まれる重金属類
・産業廃棄物から生じる酸性物質(特に発電所から生じる亜硫酸ガス)
・半製品の工業用原料ペレット
・工業用の化学廃棄物
・農業用排水に存在する肥料分
・建設現場、材木の搬出、焼畑農業、開墾といった表層流出液における沈泥(シルト)
③放射性廃棄物
・液状廃棄物
・固形廃棄物
・廃原子炉
海洋を汚染している物質は、ざっとあげただけでも上記の様になる。
この中の「家庭から出るさまざまな有機化合物」の中に「合成高分子」があり、合成高分子としてプラスチック,合成繊維,合成ゴム,塗料,接着剤がある。
エコバッグ(私が見た限りではほとんどが合成高分子製だ)にしたからといって海洋汚染が解決できるわけでもないし、まして地球環境保護には役立たぬ。

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2013/09/12

「デンキ開ケテ世間暗夜」

月刊誌「図書」9月号に、小松裕・熊本大教授が「田中正造没後100年に思う」という副題の記事を書いていて、その中に田中正造の言葉がいくつか引用されている。
ご存知の方もおられるだろうが、当方は不勉強で初めて知った次第。その中のいくつかを以下に紹介したい。
なお、田中正造(1841年12月15日-1913年9月4日)は、戦前の衆議院議員選挙に当選6回の政治家で、日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を告発し、その解決に生涯をかけた人物だ。

冒頭の言葉は次のようだ。
【物質上、人工人為の進歩のみを以ってせバ社会は暗黒なり。デンキ開ケテ世間暗夜となれり】
まさに福島の原発事故そのものをズバリ表している。
他にもこういう言葉がある。
【真の文明ハ山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さ〲るべし】
原発事故でいまなお住民の9割が仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。古里の山河は荒れ、住民の生活は破壊されたままだ。
【猫もシャクシも興利々々、興利が人民を殺すのです】
【食のみ足りて人ハ飢えたり。食ハ充満して餓死多シ】
【他を思わざるもの社会ニ充満して国漸く滅亡す】
田中正造の警句を読むと、100年経ても日本は変っていないと思わざるを得ない。

それに引き換え、安倍首相は2020年五輪招致のスピーチで、原発の汚染水漏洩問題について「抜本解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している」と発言していた。
安倍首相は同じ言葉で、福島の被災者の前にして大見得を切れるのだろうか。
国外向けと国内向けで使い分けるとしたら、"ウソツキ晋ちゃん"である。

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2011/03/22

ほうれん草は食べられるのか?(下)

昨日、近所のスーパーの野菜売り場から、ほうれん草が消えた。
茨城県産だということで、すべて撤去されてしまったようだ。
生産者はさぞかし悔しい思いをしておられるだろう。
すでに根拠のない過剰反応による風評被害も起きている。

事故の起きた福島第一原発から発生した放射性物質は、大気に浮遊したのち地表に落下し、土壌や河川を汚染し、食品の中に入り込む。
その影響は東北から北関東にかけての農作物や畜産、魚介類にまで及ぶ可能性がある。つまりこのたびの大震災の被災地と重なる。
そうなると私たちの台所を直撃するだけでなく、今回の大震災の被災地復興にも支障となることが憂慮される。
食品の安全性は大事だ。
同時に、かりに基準値を超える放射性物質を有する食品でも、工夫することにより人体に影響がなく摂取できるのであれば、私たちは安全性と被災地への支援・復興との間で、どこかで折り合いをつけねばならない局面に遭遇するかもしれない。
そうならないことを祈るが、心づもりはしておいた方が良いかもと考え、この記事を書いている。

さて、ここで検査データについて私が疑問に感じているのは、検体の採取方法だ。
試験や検査をやったことのある人はお気づきだろうが、サンプリングが的確に行われているかが、検査結果以上に大きな問題になることがある。
抜き取りが適正に行われているか、採取したサンプルが収穫物の山(母集団)を代表するといえるかどうかだ。
例えば、A市のほうれん草の検体から5000ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたとしよう。
これがA市のほうれん草全体の平均値なのか、それともこの検体だけの異常値(高いor低い)なのかが分からないということだ。

検体の前処理はどのように行っているのか、検査にいたる保管方法はどうしているのか、それも分からない。
厚労省は葉物野菜の場合、水洗いしてから検査するよう指導しているとしているが、水洗いの方法や程度によっても数値は大きく変わるはずだ。
そうした測定条件が詳らかでないので、数値だけでは判断がつきかねるのだ。
今回発表された野菜の試験結果は、いずれも露地もののようだ。
ハウス栽培のように上部が覆われている場合は、影響は少ないだろう。

時間経緯という課題もある。
定点観測で日にちを変えて試験し、放射性物質がこれから増えてゆくのか減ってゆくのか、これによっても安全性の評価が変わってくるだろう。
検体の経時変化のデータも重要だ。
とりわけ放射性ヨウ素は半減期が短いので、日にちをおけば数値は急速に下がる可能性がある。
農作物の場合、収穫して集荷され倉庫に保管される。
そこから出荷されて卸し市場でセリにかけられ、小売店にわたる。
産直などを除けば、収穫された野菜が私たちの口にはいるまで、一定の日数がかかっている。
収穫時に基準値を超えていても、食卓に上がるころは基準値以下に収まっていることは十分有り得るわけだ。

さて、表題の「ほうれん草は食べられるのか?」に対する答えだが、現在までに私たちに公表されている試験データだけでは、
・データが少な過ぎる
・検体の採取方法や前処理条件が不明
・時間経緯の試験データや検体の経時変化のデータがない
などの不備があり、結論は出せない。
ネットでは、ほうれん草は「安全」「食べても大丈夫」などと断定している学者もいるが、私には早計に思われる。

ただ一つだけ言えることは、我が家ではほうれん草は「おひたし」にしてしか食べない。
先ず流水で十分水洗いして、ほうれん草1把をおよそ2リットルの熱湯でゆで上げ、再度流水で水洗いしてから食卓に乗せている。
この工程で表面に付着した放射性物質の大部分は除去されるので、基準値をオーバーしたほうれん草でも問題なく食べられる筈だ。
ほうれん草を水洗いもせず、生でそのまま食べる人はあまりいない。
そういう意味では一律に出荷停止したり、廃棄したりするのはとても勿体ないと思うのだ。
これから仮にキャベツやレタスで基準値をオーバーするようなケースが生じても、表面の葉を数枚はいで良く水洗いすれば、安全に食すことができるだろう。
関係機関がこうすれば安全に食べられるということを試験データでもって立証すれば、消費者はさらに安心できるのではなかろうか。

しかし水道水や原乳についてはそうした前処理はできないので、厄介だ。
ヨウ素131なら半減期が短いので、一定期間過ぎれば危険はないと見られるが、セシウム137が基準値を超えているようなケースでは、飲用を控えるのが賢明だろう。
特に乳幼児や学校給食に対しては、使用を避けるべきだ。

繰り返しになるが、政府や地方自治体は放射性物質に関する詳細な検査データと、放射性物質の危険性とその対処方法について正確に公表することが肝要だ。
これからは、放射性物質をCTスキャンと比較するなどというバカな事はせぬことだ。
過剰反応や風評被害を防ぐためには、先ずは正確な情報開示が求められる。

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