教育

2017/06/21

道徳の教科書に安倍首相の写真

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上の写真、自民党の宣伝ビラではない。
驚くことに、小学校の道徳の教科書に掲載された写真だ。
最初は、「こういう人に絶対なってはいけない」という写真かと思ったら、そうではない。

文科省が進める道徳の教科化にともない、「特別の教科 道徳」が検定教科書として、小学校では2018年度(平成30年度)から、中学校では2019年度(平成31年度)から導入される。
私が住んでいる区では、小学校用の「特別の教科 道徳」が区役所などで展示され、各出版社の内容比較ができるようになっている。
冒頭に掲げた写真は「教育出版」の道徳教科書(小学校5年生)だが、「下町ボブスレー」の中で、「ポーズを決める安倍首しょう」というタイトルで掲載されている。他にも、東大阪市長の写真も載っている。
この教科書の編集者3人のうち2人が、育鵬社の道徳副読本の編著者であり、意図は明確だ。
教科書の現役の政治家を掲載することは、政党、政治家掲載の公平性にも反する。

ネットでは、日本中を「安倍晋三記念小学校」にするつもりかといった批判の声が多く寄せられている。
私の住む区の教育委員の中には複数の「日本会議」メンバーが含まれており、この様な教科書が採択される可能性があって油断ができない。
現在、各自治体では教科書の展示会を開いていて、自由に意見を投書できるようになっている。
保護者や市民として、積極的に声をあげてゆきたい。

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2016/12/22

ここにも教育格差が

月刊誌「図書」2016年12月号に、「北海道ブックシェアリング」代表理事をしている荒井宏明氏が、北海道の小学校図書館の惨状について書いている。
札幌の隣町にある市立小学校で、学校図書館に並んでいる本がどれもひどく痛んでいて、半分以上は背表紙がはがれタイトルの判別さえできない。
中から一冊の本を取り出すと図鑑だったが40年も前に出版された本だ。
百科事典には「西ドイツの首都はボン」と書かれ、地図帳にはソ連がのっている。これでは図書館で勉強するほど間違った知識を身につけることになる。
閲覧机はなく、会議室用テーブルにパイプ椅子が並べてあるだけだ。これでは本の魅力も読書の楽しみも伝わってこない。
道内には週に数時間しか利用できない「開かずの学校図書館」が多いのもムベなるかなだ。
北海道では一般書店の閉店もあいつぎ、道内179市町村のうち約50が無書店自治体となっている。子どもから大人まで、本を手に取る手段が失われているのだ。
同じ北海道でも札幌の学校図書館は、蔵書数や図書更新の充実のみならず、学校図書館地域開放制度といった全国でも先進的な取り組みをしている。
先ほどの隣町とは雲泥の差だ。
先の小学校校長は生徒に「本が好きな子は進学で札幌に行って好きなだけ読め」と言ったこともあるそうで、悲しい現実としかいい様がない。
こうした状況は北海道だけでなく、おそらく全国の多くの地方自治体が抱える問題だろうと推測される。

なぜ学校図書館が地域によって大きな格差が生まれたのか。
その理由は、かつて学校図書の購入費は補助金扱いだったので、生徒の規模に応じて公平に配分されていた。
それが現在は地方交付税扱いになり、地方自治体の裁量で増減の措置が取られる。
財政状況が厳しい自治体だと、図書の購入費が削減されてしまうのだ。北海道のケースだと措置率が、文科省の指針の半分以下になっている。それも先進的な札幌を含めての数字なので、他の自治体は推して知るべしだ。

少なくとも義務教育である小中学校では、全国どこでも公平な教育環境が担保されるべきだ。
財政が厳しい地域の学校では、まともに学校図書を購入できないといった状況は即座に解消せねばなるまい。
その主たる原因が財源の問題であるなら、以前の補助金制度に戻せばよい。
文科省の役人たちは、一体この問題をどう考えているのだろうか。

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2013/04/05

「体罰アンケート」で教師に脅される

孫の一人が都内の公立中学に通っている。現在中3だが、1年生からバスケットボール部に入部し現在も続けている。
昨年秋ごろから部活動の顧問の教師による体罰が始まり、最初のころは軽くビンタ程度だったが次第にエスカレートして時には拳で殴るようになり、子どもが顔にアザを作ったり頬が腫れたり唇を切ってくることもあった。
この教師は以前にも体罰で処分を受けたことがあったようだ。
見るに見かねた生徒の母親たちが学校を訪れ、顧問の教師に体罰をやめるようお願いした。当初は体罰はしていない指導しただけだと強弁していたが、最終的には謝罪し、以後は一応収まってはいる。

今年1月、東京都教育委員会は、都立学校長および区市町村教育委員会教育長に対し、部活動指導における暴力による体罰の実態把握のために実態調査を実施することにした。
実態調査での教師に対しての質問で、「部活動の指導で、生徒に暴力による体罰を行ったことがあるか」「生徒からは暴力による体罰ではないかと受け止められかねない行為をしたことがあるか」など6項目。
生徒に対しての質問では「部活動中に、顧問教諭から、暴力による体罰を受けたことがあるか」「部活動中に、上級生から、暴力による体罰を受けたことがあるか」「部活動中に、顧問教諭から、暴力ではないが、肉体的や精神的苦痛を感じる体罰を受けたことがあるか(長時間にわたる正座など)」など同じく6項目に渡る。
孫はアンケートに正確に答えるかどうか迷い母親に相談したところ、母親(わたしの娘)は事実をありのまま回答するようにと勧めた。どうやら孫はその助言に従ったようだ。

処がその後、バスケットボール部の顧問の教師から孫が呼び出され、アンケートの内容について強く叱責を受けたそうだ。
その内容は、「体罰があると答えたのはお前だけだ」「親は承知してるのか」「なぜあんな事を書いたのか」「こうなったらお前が部をやめるか、俺がやめるか、どちらしかない」「お前はレギュラーを続けたくないのか」など。
孫は、来年に高校受験を控えている。
顧問の後段の脅しは、部活動を熱心に続けたかどうかは内申書に響くので、明らかにそこの弱みを衝いてきたものだ。
教育者にあるまじき卑劣な手口だ。
ただ「受験」の二文字がどうしても頭に浮かぶので、孫も母親も悩んでいる。

「体罰アンケート」に対する学校側の嫌がらせは、孫の中学だけではあるまい。恐らく多くの学校で行われているんだろう。
教育委員会といえば、見て見ぬ振り。
そうした調査結果というのは、果たしてどれだけ信用がおけるのだろうか。
全国で行われている「体罰」や「いじめ」の実態調査に関しても、その結果については疑ってかかった方が良さそうだ。

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2013/01/11

体罰は何故なくならないか

親族の中学生がバスケットボール部に入部している。
先日、顔に痣が出来ていたので母親が事情をきいたところ、コーチの教師に殴られたと答えた。
本人は体罰そのものには抵抗感が無いのだが、そのコーチの暴力が理不尽な理由からであることと、次第にエスカレートしていることに不満を持っている様子だった。
同級生の部員はもっとひどい体罰を受けていて、唇を切ったり頬が腫れたりした。この生徒の場合、コーチは連続して10発前後平手打ちしていたようだ。
調べてみるとそのコーチの教師というのは数年前に体罰で処分を受けていて、しばらくは暴力をふるうのを控えていたが、最近になって再び体罰を開始したようなのだ。
息子が止めるのを振り切って母親は学校に行き、部の顧問に面会して事情を話すと、顧問の教師は「暴力ではありません。熱心に指導しているだけです」と言って取り合わない。母親はこのまま暴力が続くようなら、息子の部活を止めさせると啖呵を切って帰ってきた。
その抗議が功を奏したのか、その後コーチの暴力は止まっているそうだ。

この件で私も興味を抱いたので、少しその子の母親から中学の内情をきいてみると、いくつか分かったことがある。
一つは、この区立中学が部活、特に体育部の活動に力を入れている。親族の男の子が所属するバスケット部は常に区内で優勝を争う実力がある。そのせいでコーチの手腕を学校側が高く評価していて、問題があってもこの教師をコーチを外すことが出来ないのだ。
だから問題が起きても学校側は先ずコーチをかばい、明るみに出ぬよう事実を否定し、徹底して隠蔽する。
二つ目には、バスケット部員の保護者たちの中では、体罰を認めている人が多数であること。むしろ顧問やコーチにもっとビシビシやってくれという親も少なくない。
三つ目は、最初は文字通り指導の意味での体罰あったものが、その内なんの理由もなく殴りつけるようになっていたことから、恐らくこのコーチにとって暴力が次第に快感になっていたものと推察される。
暴力や威嚇をもって一方的に相手を従わせるというのは気持ちの良いものなのだろう。
イジメもズバリそうだし、家庭内のDVもそうだ。企業のパワハラやセクハラも同じだ。
麻薬と一緒で一度味を覚えると病みつきになるのだ。

教師の体罰が何故なくならないか、何故エスカレートしていくのかだが、
・学校側の隠ぺい体質
・保護者の容認
・教師が暴力で生徒を服従させる快感
の3要素が存在する限り無くすことは出来ないと思う。
現在、大阪市立桜宮高校2年のバスケットボール部主将の男子生徒(17)が顧問の男性教諭(47)の体罰を受けた翌日に自殺した問題が大きくとり上げられているが、私の親族のケースとその原因に共通性を感じるのだ。

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2010/02/19

働き者だった大正時代の小学生

東京・大田区内のある小学校の、開校135周年記念誌を読む機会があって、そこに大正時代の子どもたちの生活が書かれていたので紹介したい。
明治8年に開校したこの学校だが、大正7年から「朝学」が始まったとある。
「朝学」というのは早朝から授業をおこなうことだが、その理由というのは。この地域ではこの頃から海苔獲りが盛んになり、子どもたちがその手伝いに追われて欠席するケースが増えたためとある。
その時代のこの地域の子どもたちの一日の生活スケジュールは、ざっとこんな具合だったそうだ。

午前1時 起床
登校までは家業の手伝い
午前5時~7時30分 授業
この間に家に帰り朝食と、海苔干しの手伝い
午前9時~9時40分 授業
そして帰宅後は、
海苔の干し返し
海苔の穫り入れ
を午後3時まで手伝い。
夕食後は午後5時頃には就寝。

深夜1時には起きて、学校での授業が行われる3時間10分以外はずーっと家業の手伝いをして、夕方には眠りにつく生活をしていたわけだ。
今の子どもたちには想像もつかないだろう。
農村や漁村に住んでいた子どもたちも、ほぼ似たような生活だったに違いない。
東京の多摩地区でも昭和30年ごろまでは、子どもたちは学校から帰ると農作業を手伝っていたし、農繁期には学校も休みだった。
子どもは立派な労働力だった時代だ。
貧困で学校に行けない子どももいただろうが、今でいう「不登校」や「引きこもり」は起き得なかった時代でもある。
「自分さがし」をしている暇など無い。
引きこもろうにも、家に居場所などなかった。

その後のこの小学校の歴史は、昭和7年には夜学(小学校で!)が始まり、やがて太平洋戦争が激化してくると児童は熱海と三島に疎開。
さらに東京大空襲が始まるころには、岩手県の小沢へ再疎開になる。
昭和20年には空襲で校舎が全焼し、終戦直後は近所の神社の境内で青空教室を開いていたとある。
校舎が建てられたのは昭和22年になってからだ。

海外の開発途上国に行くと、沢山の子どもたちが農作業や商売の手伝いをしている姿に出会う。
大変だろうなと思いつつ、そこに数十年前の私たちの姿を見い出すことができる。

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2008/08/23

【こんなモノいらない】学校の夏休み

間もなく学校の夏休みが終わり、ホッとしている親御さんも多いと思う。なにしろ、何もすることがなく日長一日家でゴロゴロしている子供たちの存在は、本当に扱いに困るだろう。
以前から疑問に思っているが、学校の―ここでは義務教育である小中学校のことなのだが―夏休みって必要なのだろうか。どういう教育的効果を狙っているのだろうか、どうも良く分からない。

学期と学期の間を一定期間休ませるというなら、春休みや冬休みと同様せいぜい2週間程度あれば十分だ。夏休みも同じ趣旨で2週間程度の休みであれば納得がいく。問題はなぜ夏休みだけが40日間(地域により異なるが)必要なのかという点だ。
私が子どもの頃は、夏は暑くて勉強にならないので学校を休みにすると説明された記憶がある。しかし今はエアコンが普及し、夏場でも快適に授業が受けられる環境になった。

子どもたちがアウトドアで思いっきり遊ぶために、夏休みは必要だという意見もあるだろう。では現実はどうだろうか。夏場、日中に屋外で遊んでいる子どもが、どの位いるだろうか。
外は暑いし紫外線が強いし、家の中はクーラーがあって涼しいし、TVやゲームなど家庭内で遊ぶツールは豊富だしと、結局大半の子どもは家にいることになる。
家から出るときは、学校のプールか熟に行く位だ。それなら何も学校を休みにする必要はない。

もっと不思議なのは、宿題というヤツだ、学校は休みにするが、家では勉強しろというのは、どう考えてもおかしい。サラリーマンに例えれば、会社は休みだが仕事は自宅でしろということになる。これは休みとは言わない。
結局、学校も夏休みという制度は後ろめたいのだろう。だからエクスキューズとして格好をつけるために宿題を出す。それならいっそ授業にした方が良い。

親と一緒に過ごせるからという狙いもあったのだろうが、これも現実とは合わない、日本の多くの家庭では、子どもが就学すると、母親がパートなどで仕事に出るケースが多い。そういう共働きの家庭では、日中子どもだけが家にいることになる。
夏は2~3週間、家族でリゾート地に行きノンビリ過ごす、そんな家庭は日本では極めて稀なのだ。

「小人閑居して不善をなす」の例えあり。人間、暇になるとロクなことをしない。小学校上級や中学生で非行に走るのは、夏休みがきっかけとなる例が多い。
進学や進級で、ようやく学校生活に馴れた頃に、いきなり長期の休みに入る。どうしても生活のリズムが狂ってくる。朝寝坊と夜更かしのクセがつき、学校や親の目が行き届かない。条件が揃うのだ。
統計データがないのではっきりとはしないが、夏休みが不登校や引きこもりの引き金になるケースも多いと推定される。

それでも一定期間、子どもが学校を離れて行動するチャンスは必要だろう。親と一緒に旅行に出たり、部活や対外試合で授業に出られないこともあるだろう。
クラブ活動などは教育の一環だから、授業の一部として見做せば良いことだ。そんな意欲的な生徒なら、授業の遅れなど直ぐに追いつく。
仕事や勤務形態の多様化により、お盆や年末年始GWなどの時期に、まとまった休みを取れない親も多い。シーズンを外して子どもと一緒に帰郷したり旅行したりするケースでは、保護者の申請により生徒が学校を休めるという制度(年間定められた日数の範囲で休める)を作れば良い。

遊びは遊び、勉強は勉強、要はケジメのついた学校生活が送れるよう、知恵を出したらどうだろうか。
小中学校の夏休み制度の見直し、文科省でも検討する価値があると思われるが。

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2008/01/11

悪質な「モンスターペアレント」には法的措置を

Mounster_parent2002年に焼身自殺した狭山市の市立保育所女性所長について、埼玉県は1月9日までに保護者の苦情対応によるストレスで発症したうつ病が自殺の原因として公務災害と認定したことを明らかにした。
自殺した保育所長は、園児同士のけんかで軽いけがをした男児の両親から約4カ月間にわたり、付きっきりでの保育を命じられたり、繰り返し苦情を受けたりしたという。
他人に理不尽な要求を繰り返す、いわゆる「モンスターペアレント」による脅迫であり、遺族代理人は「こうした保護者に自殺に追い込まれ、公務災害に認定されたケースは初めてではないか」としている。
問題の保護者からの謝罪は一切無いそうだ。

これは保育所での出来事であるが、現在全国の小中学校でこうした「モンスターペアレント」とよばれる自己中心的な保護者による理不尽な要求、例えば
・特定の児童は自分の子供と遊ばせるな
・クラス分けで特定の児童と同じクラスにするよう要求
・特定の教育方法を導入するよう要求する
・時間かまわず教師の自宅に電話をかける
などが、教育現場に深刻な影響を及ぼしている。
2006年に行われたあるアンケート調査によると、およそ78%の校長が「深刻な状況」と回答している。

こうした保護者の行為により、教師が精神を病んでしまったり、場合によっては自殺に追い込まれるケースもある。この結果、他の生徒に対する教育にも支障が出る。
教育の場に司直の手を持ち込みたくは無いのだが、自殺にまで追い込むような極端な保護者の脅迫に対しては、教育(保育)側としても毅然と法的措置を取るべきではなかろうか。
非常識な相手には、法的な手段での対抗しかないだろう。

保護者が学校の運営や教育の進め方に意見や要望を出すのは当然の権利だが、教師を指弾したり脅迫したりする権利は無い。

最近の親は、子どもの問題⇒学校への要求、と考えているフシがあるのではなかろうか。
子育ては親が責任を負うのであって、学校は教育機関に過ぎない。
私事になるが、子どもの頃学校からいじめられて帰ってくると、母親から「今から相手の家へ行って、やり返してこい。男だろ、それ位出来なくてどうする」とハッパをかけられた。
親友の一人は学校でケンカして怪我をし、血だらけで帰宅したら、父親から「ケンカには勝ったのか?」と訊かれ「勝った」と答えたら、「それでいい」と言われていた。
余り良い例ではないが、要は過度に学校に頼らぬことだ。

学校は教育機関であり、決してサービス産業では無いということを再確認しておこう。

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